EVANGELION : LAGOON

Welcome to H.S.D. RPG.
CAR-BATTLE in TOKYO-3, 2015.
by N.G.E. FanFiction Novels,
and RACING LAGOON.


Episode 21. 10 years ago, The fastest STREET RACER
was in YOKOHAMA.












 箱根峠を駆ける2台のクルマがある。

 イエローのエボ7、マリンブルーの180SX。

 加持リョウジと虎口ミハルだ。
 彼らは新旧の皇帝同士。今夜、同じ思いを秘めて走る。

 HOLY ROADのつづら折りのヘアピンを駆け上がる2台。激しくテールを振ってコーナーを攻める180SXと、路面に噛み付くような強力なトラクションで旋回していくエボ7。勝負は互角に見えた。

 だが、この場での勝ち負けに意味がないことを彼らはわかっている。

 今はただ、すべてを忘れて走るのみ。
 生きようとする意志、それが、抗いがたい衝動となって自分を突き動かす。

 同じ思いを抱えて。



















 蒸し暑い真夏の夜。

 首都高速、湾岸線。


 有明JCTを過ぎた先、13号地の左コーナー。

 そこに、数台のクルマが列をなして飛びこんできた。


 先頭はヴァイオレットブルーのフェアレディZ、Z32。狂おしい青白色の閃光が路面を貫く。



 風の悲鳴、大気が切り裂かれる音が重なる。
 それを追いかけるように、全開のエキゾーストノートが立ち上がる。

 遮音壁の向こうから、蒼い光条が空を切り裂く。

 天の川に突如出現した超新星の如く…………


 無機質なコンクリートとアスファルトのかたまりが、TUNEDCARたちの全開走行に打ち震えている。

 魂が共鳴する……
 ……極限のSPEED領域で……



 Zのテールから突き出された4連のマフラーが紅い血潮を噴く。
 鬱血を押し流すように……アフターファイヤーを体内から炸裂させる。

 それによって身体の重みが抜け、Zはさらに加速する。


 後続のマシンたちは遅れはじめていた。





 交通が途絶える朝方の高速道路。
 最高速アタックにはうってつけの時間帯。

 こんなとびきりのシチュエーションは、そう何度もあるものじゃない。

 Zの本能はそれを敏感に感じとっていた。



 前方には何もない。

 ……ALL CLEAR……


 すべてが止まる最高速の世界へ…………



 他のマシンたちはもはや追いつくことができない。
 彼らの視界のはるか向こうに、一筋の赤い流れ星が舞っている。





 長いトンネルを抜けると、道は大きく左へ回り込んでいる。


 Zはじりじりとアウト側に寄り、そしていっきに車体を振った。
 ブレーキランプは点灯しなかった。

 荷重の抜けたリアタイヤが路面を撫でる。
 一瞬の滑走、そして再びフラットアウト。


 永遠とも思える瞬間の後、Zは闇の中へ向けて猛然と加速していた。


 黒いアスファルトに刻まれた轍…………

 月明かりを浴びて、赤黒く輝いている。





 その夜、空には紅い満月があった。

 東の空からのぼる太陽に、徐々にその姿がかき消されていく。





 夜が明け、また人々の一日が始まっていく。










「シンちゃん、起きて〜」

 朝からいきなり叩き起こされた僕は、寝ぼけ眼をこすりながらガレージで眠るZを起動させた。コクピットに身体を沈めてエンジンの振動とサウンドを味わうと、疲れも吹っ飛んで元気がわいてくる。

 やっぱり、コイツは最高だ。

 8月も半ば、中学生は夏休みの真っ最中だけど、今日はたまたま登校日だった。で、僕は妹を学校に送っていくためにこんな早くから起こされたってわけだ。

 ちなみに、母さんは昨夜も明け方まで走っていたらしくぐっすりお休み中だ。
 朝まで仕事だったのは僕も同じなんだけどな。

「そうだ、今日うちの学校に転校生来るんだって」

「へえ」

 横浜市立本牧中学校に通う僕の妹。今年3年生になった。
 本当は僕の従姉妹にあたるんだけど、うちで引き取ったんで義理の妹になった。

 彼女の名は、綾波レイ。

 そしてこの日、僕たちの前に現れた転校生っていうのが……

「ちょっとあんたぁ、なに飛び出してきてんのよ!轢かれたいの!?」

 歩道からいきなり飛び出してきた少女に、綾波が窓から顔を出して叫ぶ。転んだ赤毛の少女は身体を起こしながら、きっと僕を睨む。おいおい、悪いのはそっちだろ。
 が、すぐにその顔は羞恥に紅く染まる……

「んなっ、み、見たわねこのスケベー!!」

 赤いロングヘアの少女は顔を真っ赤にしてスカートの前を押さえ、喚き立ててる。

 そっちが勝手に見せたんじゃないか。ていうかいつまでも道路の真ん中につっ立ってないで早く避けろって。その意味で軽くアクセルを煽る。

「邪魔だって……」

「こいつぅ、ちょっといいクルマ乗ってるからって調子こいてんじゃないわよ!」

 退く気配がない。仕方ないのでステアを大きく切って対向車線からZを通す。すれ違いざまに綾波は少女に向けてあかんべーをした。

「んん〜!!……あっ、やば、もうこんな時間じゃない。初日から遅刻じゃヤバイって!
んじゃアンタ、そこの冴えない男!これからは気をつけなさいよ!生意気に女ヨコに乗せるなんて、アンタには100億年早いのよっ!!」

「な!なーにあの女。勘違いしちゃって!もう」

「……仕方ないよ、ああいうのは」

 これが出会いだった。
 惣流アスカラングレー……僕んちのお隣さんで、母さんの親友でもある惣流キョウコのひとり娘。

 彼女は綾波のいっこ下で、本牧中の2年生に通うことになった。

 そしてその夜。
 バイトを上がった僕は母さん、キョウコさんと落ち合い、その足で首都高へ向かう。

 初めて公道上に姿を現す、後に伝説と呼ばれるそのZと共に……

 闇に溶けるように深い、禍々しさすら感じさせる紫色のカラー。
 隣に並ぶ僕のZが小さく見えてしまうほどの巨大なワイドボディフルエアロ。そのボディラインは優雅に、官能的に、見る者の心を抉るバイオテックな曲線美。
 ボンネットとフロントフェンダーのダクトスリット、フロントバンパー開口部から見える巨大なインタークーラーコアが、その身に秘めたパワーを見せ付けている。

「……シンジ、あなたもわかるでしょう。これの凄さが」

「ああ」

 ヴァイオレットブルー。

 深紫のZ。サイドステップには、緑色のカッティングシートで『TEST-01』と描かれている。試作初号機。

 近くに寄れば、リアに背負った大型のウイングが光を覆いつくすほどに振りかざされてる。
 それらすべてが、地上に降り立った悪魔の如く。

「まるで……悪魔だな、こいつは」

「そう。私たち『NERV』の悲願、D計画の要となる神器」

「NERV……悪魔……D……Diablo……」



「「「Diablo-Zeta」」」



 僕の愛機は、母さんが今まで乗っていた白いZ32。母さんがこのDiablo-Zetaに乗るため、僕はお下がりをもらえることになった。
 キョウコさんの赤いFCと共に……僕たちは、走り出す。

「──おっと!?」

 いきなり鳴り出した携帯を慌てて取る。

 ハルカさんか。また微妙な時間に。僕は心の容量いっぱいの明るい声で電話に出る。

「はい、シンジです。お久しぶりです、こちらこそ。こないだはどうも。
──ええ、わかりました。OKですよ、もちろん。ええ、後のコトも。
では明日19時、同伴で──」

 もう何度繰り返したかしれないパターンどおりの通話を終え携帯をしまうと、キョウコさんが僕を見てニヤけてた。もう四十路に片足突っ込んでるっていうのに、いつまでも少女みたいに若い心を失わない。夜の遊びだってドンとこいだ。

「フフフ、さっすがユイの子供ね。すっかり板についてるじゃない。
やっぱアタシの見立ては間違ってなかったわねぇ」

「でしょーキョウコ、なんたって私の子供なんだもの」

「シンジ君、今日レイちゃんとこの学校に転校生が来てたでしょ」

「転校生?──あ」

 思い出した。今朝のあのくまさんパンツ……じゃなかった、赤毛の少女か。

「彼女、アタシの娘ね。アスカっていうの。今度ドイツからこっちに来ることになったのよ。
レイちゃんのいっこ下だからね、シンジ君、アスカはあなたに任せるわ。仲良くしてあげてね♪」

「任せるってそんな」

 学校にも行ってない僕に何をどう任せるんだい。
 たしかに惣流家はウチのお隣さんだから、会う機会はそりゃ多いだろうけど……

「ま、明日改めて顔合わせするわ。アタシ譲りのチョー美少女だから、シンジ君、期待しててねー」

「は、はい……」

 いや、あの、じつはもう顔合わせは済んでるんですが──最悪な形で。でもこの雰囲気じゃ言い出せないよ。キョウコさん楽しみにしてるみたいだし。

 まあいいや。彼女──アスカのことは、明日会ってから考えよう。
 今夜は走りに集中する。

「それじゃキョウコ、シンジ、……そろそろ行きましょうか」

 疼くような母さんの微笑みと共に、僕たちを囲む3台のチューンドカーが一斉に吼えた。地の底から響いてくるエキゾーストノートが大気を揺さぶり、ビリビリと光の粒子を震わせる。

 待ち続けていた鬱屈を晴らす、激しいアフターファイヤーが炸裂する。
 マフラーテールから噴き上げる炎は、迸る熱いパトス。
 尊い欲望だ。

 西の空に輝く満月は、僕たちの興奮を写し取ったように紅く染まっていた。

 紅の月。





 夜のもっとも深い淵底で、今、伝説がゆっくりと動き出す。

 アイドリングの鼓動が闇に血を通わせ、最速伝説の幕開けを告げる。



 時に、西暦2005年。深夜。横浜。










YOKOHAMA 2005



Round Midnight



Returner from YOKOHAMA's fastest legend





The city that forgot what sleep is...



Neo-seaside city BAY-LAGOON










The Fastest Legend Of Neon Genesis

EVANGELION-LAGOON
















from YOKOHAMA 2005





to TOKYO-3 2015





















 僕はずっと待っていた。

 この時を。

 雪の峠道を越えてたどり着いた先には、古ぼけた山荘がひっそりと建っていた。
 ここが、Diabloの眠る地……

 ナオコさんの案内で中に入った僕は、一枚のMOディスクを手にしていた。

 この中に……すべてが。
 Diabloの真実……そして、本当の僕を手にするための鍵が……

 すべてが、この一枚のディスクの中にあると。

『……そうだ……』

 僕は思い出す。

『このチンケな山小屋が僕のGOALだ……
ここへ来ること……何度も夢に見たぜ。
何度も何度もな……繰り返しの悪夢ってやつだ』

 忘れはしない……

『あんたの顔……覚えてるぜ』

 吼えるDiablo-Zeta。

 表で別のエンジン音が聞こえた。
 つけられていたのか……

 僕たちは急いでクルマに戻り、ここを離れる。

 ディスクをZのグローブボックスに放り込み、僕はZを発進させた。
 僕たちをつけてきていた相手は……WON-TEC!
 TRIDENT-TUNEのランサーエボ2台が、僕たちを追ってくる。

 スノー・ダウンヒル……

 負けられない。
 こんなところで捕まるわけにはいかない……

 どこまでも澄んだ白銀の回廊を僕は、駆け抜けていく。

 Z。

 走れ、生きるために。












Here is a Forgotten hill


WON-TECの追っ手から逃げ切れ!

     HIGH SPEED DRIVING RPG


Diablo vs. TRIDENT












 地獄の底へ引きずり込もうとする重力を堪え、僕は峠を駆け下りていく。

 Zの1.6トンの質量は、ともすれば簡単に路面を滑り、ガードレールを飛び越えようとする。落ちたらそこは奈落だ。

 後方から迫るランエボ、先を行くインプレッサ……

 僕は負けられない。

 Diabloの血が疼きはじめる……

 ぶっ飛ばせ!SPEEDをあげろ!

 力がせめぎ合う瞬間が見える、感じる。
 猛烈な勢いで吹き飛んでいく雪、風、そして命。

 まともに路面をつかめないタイヤは雪に翻弄され、Zはまるで波にもまれる木の葉のようにあえぎながら走っていく。

 それは恐怖。

 そして焦り。

 死ぬことが怖い。

 人間の条件ってものがあるとしたなら、死を恐れる気持ちは、おそらくそのひとつ。

 僕は人間なのか?

 Diablo。

 恐怖もなく、しかし、力に限界はある。
 その限界を越えた先はどこまでも闇。
 力も、知覚さえも及ばない永遠の闇。

 前方を行くインプレッサのテールランプが、見えなくなる。

 Diablo-Zeta……

 わずかの浮遊感、無重力の後、激しい衝撃が僕とZを襲った。
 舞い上がった雪の塊がZを押し潰すように降り注ぎ、すべてが白く包まれていく。





 身体が鉄の塊になっちゃったみたいに……動かない。



 びくともしない……



 熱さも冷たさも感じられない……



 脳ミソまでが凍りついていってしまう……



 吹き付ける雪が、吹雪が、僕を切り刻んでいく……





 あの夢……



 ばらばらになっちゃった僕の身体……温かい肉片、温もりが失われていく……



 かき集めようとしても……意識が、動かない。



 すべてが白く消えていく……



 永遠の白へ……



 気を失う……



 このまま……



 僕は消えてしまうのか…………










 遠くで銃声のような音がした。





 僕はたった一人……





 崖下の雪に埋もれて……





 何もかもが白く……





 雪はすべてを覆い隠す……





 人の命さえ……



 この極限の自然の中ではちっぽけなものだ……



 そうだね……Z……



 僕の中のアイツも消えていく……



 大地に還る……



 いつまでも降り続ける、白い真綿に包まれて……




















 第3新東京市の北、羽田にそびえるNERV本社ビル。

 そこの地下ケージには、アスカと、退院したばかりのマナが赤木博士に連れられてやってきていた。

 赤木博士はマナたちを案内し、やがてカバーをかけられた一台のクルマの前で振り返った。そのシルエットを、マナは固唾を飲んで見つめる。

「……!!」

 姿を現したのは、きらめくほどに磨きこまれた純白のZ32。
 かつてDiablo-TUNEの試作車として造られたまま放って置かれたのが、今、再びリフレッシュチューンを受けて甦った。

 Diablo-Zetaプロトタイプ。

 誘われるように、マナはそっとZのボンネットに触れた。
 触感に弾かれるように震える。

「これが……Diabloの」

「そうよ」

 腕組みをしてマナを見下ろしながら赤木博士が言う。
 アスカは二人をじっと見つめている。

「基本スペックはDiablo-Zetaに準じるわ。タービンはK26ツイン、最大出力600馬力。設計最高速度は330km/hまでは保証するわ」

「330……」

「違いは、『S2機関』があるか無いかだけ。チューンドカーとしてはオリジナルのDiablo-Zetaにもまったく引けをとらないはずよ」

 マナはZのボディを撫でながら、ゆっくりとコクピット側へ回った。

 コンソールパネルはノーマルのZ32と一見変わらないように見える。
 黒朱のレカロシートが不思議な違和感をかもし出してた。真新しい四点ハーネスとステアリング、シフトノブは後から新しく取り付けられたもののようだ。

 これが、自分の新たな愛機となる。

 シンジと同じ力、ずっと求めていた力。
 それを手にできる。

 この純白のフェアレディZを……。

「リツコ、アタシのFDには?」

「ええ。こっちも大幅に手を入れるわ。ジオメトリーを新たに設計しなおして、さらなる運動性の向上を狙う」

「パワーよりも機敏さで攻めるってわけね」

 かつてキョウコのFCに施されていた足回りのセッティング、それをFDに移植する。もちろんFCとFDではサスペンション形式が違うからそのままとはいかないが、キョウコがずっと熟成させてきたロータリーマシンの走りはさらに、FDへと受け継がれることになる。

 FD、Z。

 かつて共に走った2台のマシンがこうして再び集う。

 新たな乗り手を得て、新たな魂を吹き込まれる。

「こいつが……私の、新たなマシンになる」

 呟くマナ。
 その時、背後で気配がした。

「……そんなの、後回しにしといてくださいよ」

「うおっ!?」

 アスカが振り向き、驚きの声を上げる。
 続いてマナと赤木博士も、その声の主を見て息を飲む。

 その女は壁に寄りかかりながら、足をやや引きずる格好でフロアに入ってきた。頭には包帯を巻いて、顔は汗で濡れてる。
 彼女の髪は澄んだ空のように、蒼かった。

 視線は、奥のリフトに載せられたRSへ向かっていた。

「私のが先でしょう……『零号機』、ぜんぜん直ってないじゃないですか……赤木博士」

「レイ、大丈夫なのあなた……?」

「あ、綾波さん……」

「綾波……アンタ、生きてたわけ……」

 マナも、アスカも、レイの姿に釘付けになったように放心する。

「なにをそんな呆けた顔してるの。足はちゃんと2本とも付いてるわよ」

 無理もない。
 あの壮絶なクラッシュから生還したというのか……

 目の前にある姿は紛れもなく、第3新東京最速の走り屋、綾波レイ。

 記憶と変わらない。

 レイは赤木博士に向かうと言った。

「セントラルドグマにあるRSの車体……あの中から使えそうなパーツを引っ張れば1台くらいはすぐ組み上げられるでしょう。とりあえず走れるレベルでやってくれれば、あとは私の方でセットアップします」

「ええ……そのつもりでいたわ。だけどレイ……」

「碇くんのことなら聞きました。心配は要りませんよ」

「……そう」

 震えてた。

 マナはレイの背をじっと見つめ……彼女も当然知っているであろう記憶の中のシンジに、想いを馳せていた。










 その夜、アスカとマナはさっそく首都高へ上がり新たな愛機の慣らしをしていた。紅いFDと白いZがつるんで走る。マナは1ヶ月近く入院していてブランクがあるが、すぐにそれは取り戻せたようだ。

 この白いZの姿は、自分が幼い頃からずっと記憶の中にあったものだから……

「シンジ……私も、思い出したよ。あなたのこと」

 180SXに比べると、やはりその重量のために動きは思ったより鈍い。慣性質量を上手く操らなければマシンが振られてしまう。
 だけど、こいつは紛れもなくDiablo-Zeta。
 ずっと眠り続けていた、本当ならこのまま朽ち果てていくはずだった純白のZ。
 自分はそれを眠りから覚まさせてしまった。

 戦うために。

 もちろん、わかっている。

「すごい……ね、やっぱり……180SXであれだけ苦労したスピード領域へ、こいつはあっという間に到達しちゃう」

 さすがに、身体を気遣って加減速Gはかけすぎないようにする。
 それでも、そんな緩やかな走り方にもこいつはしっかりと応えてくれる。180SXはいつでも全開でなければ鈍くて仕方がなかった。それだけ、Diablo-Zetaは懐の広いマシンってことだ。

 前方を行くZを追走しながら、アスカはZのテールをじっと見つめていた。
 ナビシートにはレイが座っている。

「どうしたの?そんな顔して」

 見透かしたようにレイが聞いてくる。
 アスカは横目でレイを見やり、その表情を確かめた。

「ん?まあ……なんていうか。
驚いてるのよ。自分がこれほどまでに嫉妬する人間だったってことにね……」

「嫉妬?」

 アスカはふん、と鼻を鳴らしてシートに座りなおした。
 ステアリングを浅く握り、ゆらゆらとFDを轍のレールに乗せる。

 バックミラーに吊るした葉っぱの芳香剤が揺れた。

「見てみなさいよ綾波。あのZの姿……あれにマナが乗ってんのよ。
まるでシンジを見てるみたいじゃない……あのZの走り」

「…………」

「今更みたいに思い知らされるわ……シンジが選んだのはアイツなんだって。
アイツが本当のDiabloを受け継いでる……
アタシたちはあくまでも……候補に過ぎなかったってわけ……」

「そう卑下することはないわ」

 視線は前方に据えたまま、レイは言う。

「なにも、彼らだけが唯一のDiabloというわけではない。
私たちもそれぞれ別の可能性として存在し続けることはできるわ」

「アダムとイブ……そういうモンなんじゃないの?」

「たしかに私たちの中にはすでにDiabloがある。
だけど、それを上書きすることはできるわ。
私たちが彼から、新たにDiablo-Virusを植え付けられればね」

 最後の一言だけをレイは、かすかに微笑みながら言った。

 アスカはじっとその話を聞き……やがて、俯くように薄ら笑いを浮かべた。
 のどが震えてる。

「くくくっ……マジ?そいつぁ面白い話ね。
でもなんていうか……ほんと、アタシたち自身が縛られて振り回されてるのね、Diabloの血に。まるで吸血鬼かなんかの一族、血の柵みたいじゃない?
アイツがDiabloオリジナルを保有している以上……それを欲しければ、自らの身体をアイツに捧げなければならない……ってね」

「物理的に不可能なことではないわ」

「そりゃ、まあ。だけどンなことしたらマナがぶち切れそうだけど?アイツ顔に似合わずけっこうやるわよ」

「そのようね。聞いたわよ、あなたとタイマンでタメ張ったって」

「ふっ、まああれはアタシもアイツも本調子じゃなかったからねえ」

 思うのは、シンジ。

 今や、血の導きによって3人の女を生物学的に拘束している。
 Diabloの血、それは抗いがたい生命の衝動を誘い起こす。

 こうして共に走る中で……たしかに息づいてた。

 Z、RS、FD。そしてDiablo-Zeta。

 再び戦いが迫っていることを、マナも、レイも、アスカも、予感していた。

「どう、だいたい感覚はつかめたかしら」

 Zのナビシートに座る赤木博士が尋ねる。

 マナはZの走り味を確かめるように深く、ゆっくりと頷いた。

「ええ……申し分ないです。このZなら……もう一度、戦えます」

 思うのは、廃車になってしまった180SX。2年近くの間を共に走ってきた愛機……思い出だってたくさんある。WON-TECを離れることになった自分が、せめてもの餞別にと譲り受けた180SX……その180SXでマナは第3新東京のストリートを戦い抜き、やがてレイの目にとまってMNA入りを決めた。
 そして、TRIDENT-SUPRAとの戦い……自分がかつて開発に携わっていたモンスターマシンとも、その180SXで走った。ナイトロオキサイドチューンを施して300km/hマシンとなった180SX。

 それも今は、力尽きて……鉄くずの中で眠っている。

 いつかはこうなる運命だったんだ。
 思っても、やりきれない。
 自分の腕が未熟だったから……なによりも、心が弱かったから。シンジと共に走れるだけの、強い心がなかったから……

 あの夜、迅帝と戦った夜。湾岸線下り、大井コーナー250km/h。
 あれだけの派手なクラッシュで、思えばよく生きていられたものだ。アスカが言っていた通り……当て方が良かった。ロールケージがきっちり衝撃を吸収してくれた。それはつまり、マナが受けるはずだったダメージを180SXが代わりに負い、マナを助けてくれたってこと。
 180SXが身代わりとなって、マナの命を、マナが宿していた命をも助けてくれた。

 周りがどう思っているにしろ、マナにとってはそれだけが事実だから。

 涙は流さない。
 目をつぶって涙を堪え、マナは再び道の向こうへ視線を据えた。

 もう一度、走り出す。

 行き着くところまで、どこまでも。










 僕は北海道を離れるフェリーに乗ってた。

 傍らにいるのは、Z、ただ1台だけ。

 ナオコさんは……おそらく、WON-TECの追っ手に殺されたんだろう。
 雪の中で乾いた銃声を聞いた。

 僕はどうやって脱出したのかわからない……

 だけど、あの山荘から持ってきたMOディスクはたしかに、僕の手にあった。

 こいつを持ち帰れば……その時こそ、僕の真実がわかる。
 今はそれを信じて……走るしかない。

 青森に着けば、再び第3新東京へ向けての長距離航海が待ってる。

 Z……。

 僕はきっと帰ってくる……
 だから、待っててくれ。

 赤いケースに収められたMOディスクには、NERVのロゴマークが黒抜きで刻まれていた。年月日の刻印は、西暦2005年とあった。10年前……横浜戦争の真っ只中、その時をこのディスクは生きてた。

「まるで……血の赤だね」

 鈍く光るディスクが満月のように。
 赤い月が今夜も……僕を見守っていた。

 CRIMSON MOONLIGHT……

 赤い月の夜、僕は再び甦る。














予告


還って来たレイ。新たなマシンと共に走り出すマナ。

アスカの心には、自分を脅かす同種の存在を

感じたことによる焦りが生まれていた。

新生・FD3S。その力を手にした時、人間の限界を超える。



第22話 せめて、人間らしく


Let's Get Check It Out!!!







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