EVANGELION : LAGOON
Welcome to H.S.D. RPG.
CAR-BATTLE in TOKYO-3, 2015.
by N.G.E. FanFiction Novels,
and RACING LAGOON.
Episode 19. Endless Nightmare
…………ANCIENT BAY…………
汚れた旧港、走り屋たちの間ではそう呼ばれる。
この港は、この街がまだ横浜市と呼ばれていた頃から……ずっと、この姿を変わらずに残していた。
前世紀……いや、もっと前から。
近代的なビルが立ち並び、華やかなのにどこか乾いた無機質な街、第3新東京市。
ざわつくノイズと廃墟が織り成す複雑なモザイク模様、横浜市。
この辺りにはまだ、そんな街並みが残ってる。
来るにはスラム街を通り抜けないといけないここには、普段は誰も寄り付かない。
僕だけの切り離された空間……
そんな場所に、何が見えても今の僕には不思議はない。
マナの姿に重ねるように、180SXの光に、光の中に『アイツ』の姿。その姿を僕は知ってる……いや、『アイツ』が僕の記憶を取り込み、僕の姿を、僕と同じ姿を見せてる。
君もそうなのか……?
【声】が見せていたもの……
僕の中に入り込もうとしていたもの……
聞こえてたのは君の【声】だったのか……?
『アイツ』は何も答えない。
そうさ……『アイツ』だってすべてをわかってるワケじゃない。
わからないことがある……知りたいことがある、だから、苦しんでる。
封じられ、鎖をかけられ、ばらばらに千切れてしまった精神。心の疼き、痛み。
ピントがぼやけ、背景があやふやになる。
もう一度見上げたマナは……光のオーラを纏っているように見えた。
そして、僕もきっと。
走る……最速の彼方へ。
そうさ、僕は……
…………『横浜最速の男』…………
教えてくれるのは誰でもない。
僕の深く奥底から……そう、響いてくる声がある。
くぐもって、なにか、硬い水槽に響いているような艶かしい湿った声。
それはきっと僕の声。
そして、君の声……
「……シンジ……あなただけじゃない。変わっちゃったのは私もよ……あれから」
身体は浮ついて、感覚があやふやだ。物体に触れている感触を確かめられない。身体にまとわりついているはずの衣服、空気を感じられない。
だけど、マナに抱かれていることだけはしっかりとわかる。マナに触れられることにだけ、身体が敏感になってる。
「理由なんてわからない。だけど、シンジ……
私は今、たまらなくあなたが欲しい。あなたもきっと、そうよね」
柔らかな胸が押し付けられる。鼓動が、互いの胸を通して響きあう。
心臓が激しく打ち鳴らされる。直接なにかに鷲掴みにされて、むりやり鼓動を刻まれているようだ。
脳の奥がひねり潰されたように違和感がある。だけど、それすらも僕だ。
この身体がたとえ砕けようとも僕は、消えない。
腕の感触さえない。
だけど僕はマナを抱きしめてる。見える?そこにいるのか、マナ。
身体の枷をすこしだけ、外す。まだそこまでは理性で制御できる。
僕はマナの頬に手を添え、唇を奪った。何度も深く攻め入り、犯していく。舌や歯茎に触れるたびに身体をひくつかせ、喉を鳴らしてる。こぼれた唾液が唇から顎を伝う。
「いいよな……ここで」
「……うん」
ボコッと、強靭なカーボンファイバーが重みにたわむ音。180SXのボンネットにマナを押し倒す。
服を捲り上げ、目の前にマナの柔肌があらわに。
止める理由なんか……ない。
圧し掛かり、僕は夢中でマナの胸を乳房を貪った。身体に直接響く睦み合いの音に嬌声が混じる。
指は片手で5本、両手で10本しかないよね。
だけどもっとずっとたくさんの、蠢く指が僕の身体に生えてる。そのありったけをマナの股間に突っ込み、あらゆる快感神経を捕まえる。
意識が冷たさに沸騰する。
そうだ……思い出した。同じなんだ……いつもの、綾波先輩との情事と……。
コトの前にはいつも、綾波先輩は僕に何か知らない薬を飲ませていた。僕に必要なものだと言って……紫色をしたカプセルだった……それを飲んだときの身体の状態が、今と同じだ。
言葉で説明はできない。感覚でしかわからない。精神が溶けて、世界が崩れ落ちる。
もうずっとそれを続けてきたから殊更に疑問は持たなかったけど……そう、なんだろうな。僕に必要、ってのはそういうことだ。
今の僕には……もう、先輩の助けは要らない。
なぜかって?
……マナが、いるから。
そうだろ!!!
「はっ、あ、あぁっはァ…っん、ふあっ、し、しひっ、シンジぃ……っあぁん!」
腕をぐっと伸ばして180SXのフェンダーにしがみつき、悶えるマナ。身体中から熱い汗を噴出させ、それ以外の液体でも全身を濡らしている。
「後ろ向けよ」
言うが早いか僕はマナの身体をひっくり返した。無防備な彼女はなすがままに。
震える手でベルトを外し、パンツを引きずり下ろす。自らの愛機180SXに寄りかかってうつ伏せるマナを僕は後ろから貫いた。
歓喜に啼き叫ぶマナ。ここでいくら大声をたてようが誰にも聞こえない。よしんば聞かれていたとしても構わない。僕は自身と繋がってるマナの腰を掴み揺さぶる。マナの肉体をこれでもかと味わい尽くす。美味しい。垂らした涎が尻を濡らす。
Z、180SX。僕たちのしもべたるこの2体の鋼鉄の獣に守られて、僕たちは白昼夢の快楽に溺れてる。冷たい潮風が吹きっさらしの肌をくすぐる。
交わる僕たちを外敵から護るかのように、Zと180SXは辺りに睨みを利かせている。
身体は興奮している?だけど、僕の意識は恐ろしいくらいに、熱すぎて冷静だった。
そう、精神と肉体が分かれてしまっている。
そしてともすれば、暴れる肉体に精神が引きずり込まれそうになる。そのギリギリのラインを走り続ける。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、……んっ、シンジぃ……まだ、私まだぜんぜんたりないよ……
……ん?それ……どうするの?」
一発目を放った後、僕はいったん離れてZへ向かった。
ロールケージが邪魔して操作しにくくなってるけど、いちおうこいつもTバールーフは外れるようになっている。天窓を開き、僕はマナに向き直って言った。
「今度はこっちで……初めてだろ、こいつでカーセックスするのは」
「……うん。いいよ……」
Diablo-Zeta、その体内へマナを。そして僕は、マナの胎内へ。
狭いZのキャビンの中なら、ちょうど外したルーフからひょこっと頭を出す格好になる。
バケットシートに仰向けになり、マナを腰の上へ乗せる。
懐かしくはない、新鮮な快感。だけど知ってる。
僕が知ってるんじゃない……僕の中のなにかが知ってる。
マナも僕のことをきっと……知ってはいなくても、気づいてはいるだろう。
そうさ、サイドミラーに映りこんだ僕の瞳は……
……紅く、はっきりと紅く染まっていた……
「シンジのたくさん……私のなかに、ちょうだいね」
マナの、普段からは想像できないくらいに妖艶な声。
見上げる……月明かりを背に、冷たい笑みを湛えて僕を見下ろす。彼女の瞳もそう……あの時の渚さんや、綾波先輩と同じように……ルビーのような紅い光を満たしていた。
そうさ……これが、この紅い瞳こそが僕たちの証。
Diablo-TUNEの証……
「マナ……」
「なによシンジ、涙なんか流しちゃって。男の子でしょ?」
泣いてる?僕が?
うれしいんだよ。君と出会えたことが。君とセックスできることが……。
いつから君がこうなったのか、今ならわかる。
あの夜、君と初めて結ばれた夜……あの夜だ。
君は変わった……いや、僕が変えた。僕が君に、僕の中のものを植え付けたんだ。種付け?そんな言い方もあるだろうな。
そして今夜、再び僕と君はめぐり合った。
運命なんかじゃない……必然。僕たちの意志がもたらした必然だ。
血が求めあってる。発情期を迎えた獣のように。抑制する理由なんて無い。
愛しい。
たまらなく愛しい。マナ。
切なさ、そんな言葉だけじゃ表しきれないくらいに胸がいっぱいだ。気持ちいい。溢れ出る愛しさ、切なさ、幸せをマナ、君に与えたい。
肩に手をかけ、優しく、そして力強く抱き寄せる。マナの身体の、どこを触っても程よい柔らかさが心地いい。
「愛してるよ」
「うん」
「僕のこともみんな……わかってるんだろ」
「うん……。私もシンジと同じよ……
綾波さんや惣流さんとは違う。似ていても違う……わかるよね」
「そうだよ……君だけだ。綾波先輩は……違う。僕と君だけだ……マナ……」
そう、同じ。マナは僕と同じだ。
『アスカ』や『綾波』も同じではある……だけど、それは別々の存在。同じ『種』ではあっても、完全に別の個体だ。
だけどマナは、僕自身から分かれた存在……例えれば血の繋がり、もっと言えば分身、双子、血を分けた肉親みたいなもの。
それがあるから、僕たちはどうしようもなく惹かれあう。
空高く昇った満月は赤く色を変え、今夜がその夜であることを僕に教えてる。
Zが吼えた。起動。
戦いを予感してる……僕もそれをわかってる。
うねりを上げて海が吼える。波が飛沫を散らす。それは僕の血。そうさ、僕はこの世界。海は赤い。僕の血も赤い。赤い力が僕の中で満ち、滾る。
エンジンの鼓動が、僕をさらに昂ぶらせる。腰に響く振動。繋がったまま、身体が内側から爆発しそうになるほどに冷たく熱く。
身体の中身すべてをぶちまけてしまうかと思うほどの激しい射精。生皮をひん剥くが如く、僕の命がマナの子宮へ吸い込まれていく。
何度、射ち込んでも果てない。いったいどれだけの量をマナの中に注いだんだろう。9回?10回?数えるのが馬鹿らしい。
クスリが入ってなかったらこれだけ出すなんてとても無理だよね……
それでもなお、僕の身体はエナジーに満ちてる。
Zと180SXのアイドリングが共鳴する。V型6気筒と直列4気筒、エンジン型式もマフラーの口径もまったく違う、本来なら重なることのない2基のエンジンサウンドが、今は呼び合い協奏している。
ヒュウンヒュゥンと、呼吸するようなビッグタービンの回転共鳴音が僕を、ぞくぞくと高みへ導く。
Diablo-Zeta。誰もが畏れる悪魔のマシン。それを追う者の心を虜にし、破滅へと誘う呪われた伝説。
だけど、今の僕たちには何も恐れることはない。
むしろ愛おしいくらいに、Z、こいつに触れられる。
深紫の鬼神、Diablo-Zeta初号機。
大気を切り裂くために鋭く張り出したそのフェンダーに、最速の妖精が羽を休ませてる。
「ふふ……シンジ。何をそんなに欲しがってるの?」
ふと見ればグローブボックスの蓋が開いてる。中に入ってたはずのものも無い。
さてはこっそり合い鍵作ってたのか。
大切なおもちゃを奪われた子供のようにおろおろしながら、僕は地べたに手をついてZのキャビンから這いずり出た。
僕はうわ言のようになにかを呟いて……ぼやけた視界がやわらかいものにぶつかる。手のひらで触れて確かめる……すらりとした女の脚がそこにある。
Zを降りたマナはフェンダーに腰掛け、くつくつと嗤いながら僕を見下ろしてる。小ぶりで引き締まった尻がZの冷たいボディに乗っている。
マナは手に弄ぶジョイントから、深く吸い込んだマリファナの煙を僕に吹きかけてきた。思わず咳き込みながら、潤む瞳で彼女を見上げる。
それ、綾波先輩から貰った大事な宝物なのに……なんか知らないけど有名なブランド品なんだって。そこらのしょぼいガンジャとは物が違うんだぜ。
まあ、いいけどさ。形見なんて後生大事に持ってる趣味は、僕にはない。
再び深く吸うと、鼻から煙を漏らしながらマナは僕に微笑みかけた。おお、溜め込んでるな。
僕も微笑みを返すと、マナの身体に抱きついてよじ登り唇を重ねた。口移し。マナの温もりと血液を溶かし込んだ煙が僕の肺に満たされる。
程よく気分が落ち着き、僕は誘われるようにマナの股間に顔を埋めた。太ももに寝そべり、熱く火照って良い香りのするマナの性器を間近に眺める。幸せだ。粘液に塗れた花弁が微笑み、陰毛の一本一本までもが愛しい。
そっと髪を撫でられて、柄にも無くヘナヘナと鋭気を奪われてしまう。
「ミルク飲ませてあげよっか。私を楽しませてくれたご褒美♪」
「え?……うわっ、ぷ!ぅ、うぇぇ……なにすんだよ」
さっき僕が大量に注ぎ込んだものを、いきなり目の前で絞り出された。避ける余裕もなく僕の顔面は白濁まみれになる。
「あっははははっははは」
爆笑するマナ。ひ、ひどいな……
だけどそんなマナでさえも愛しい。どうしようもなく。現に今、僕は彼女の前に跪いて頭を垂れ、下僕のように仕えている。逆らうことなんて考えられない。いや、逆らって罰を受ける、マナに裁かれることを想像してさえ僕は快感を味わえる。
……冗談じゃない…………どうしようもない変態マゾ野郎だな、僕。
僕がDiablo、悪魔の化身なら、さしずめ彼女は魔界から僕を呼び寄せる魔女、僕を使役する召喚師といったところか。裸に革のジャケットだけを羽織った姿は、年齢不相応に煽情的ですらある。
神々しいほどに美しいマナの裸身、その背には熾天使セラフィムが輝いてる。
TEAM MidNightANGELS……真夜中の天使、まさにその通りさ。
手を取り、僕は穏やかにマナに抱かれる。
フラットになった感情、平坦な幸福感に満ちた心……その奥から、熱く沸騰する想いがにじみ出てくる。
紅の月、輝く夜。
僕たちは戦いへと赴く。
それは抗いがたい血の導きによって……
理由のない、果てのない疾走。それが僕たちの命。
「服着ろ。……行こう」
「うん」
第3新東京市、ミッドナイト。
深夜、25:55。
Diablo-Zeta、出撃。
180SXを従え、Zは首都高へ上がる。
石川町ICから横浜環状外回りへ、生麦を直進して横羽上り。環状を抜けて箱崎から湾岸へ。いつものコース、そして戦場の最前線。
つばさ橋を迎えて湾岸を走り切ったなら、大黒が見えてくる。
そうだ……楠木が企んでいたイベント、それを冷やかしてくるのも悪くない。
どんな面子が集まってくるのかということにも、興味はある。
「マナ……そういえば、君とこうして二人で走るのは……これも、初めてだったね」
バトル。本気の、一対一。
情はある。でも、手加減はしない。できない。
僕の走りを見てくれ……僕が見ている世界をマナ、君にも見てほしい。
Zの4連マフラーが激しくアフターファイヤーを上げる。
180SXのスーパーシーケンシャル・ブローオフバルブが鋭いブローサウンドを奏でる。
加速。速度はみるみる上がり、あっという間に200km/hを超える。
突っ込んでくる一般車の間をすり抜け、駆け抜け、そうすれば僕たちは通常空間を飛び越えて二人だけの空間を共有できる。
それは相対速度。僕とマナはその差がゼロに近づき、そして他の人間たちとの差は限りなく広がっていく。
今夜、この紅い月の夜……
明日の朝日を拝めるとは、僕だってさすがに思っていない。
例え今夜限りだろうが……僕はマナと、永遠にいっしょにいたい。
愚か。
だけど、生きてる。
醜い。
だけど、純粋。
路肩へラインをとり、コンクリートウォールぎりぎりまでボディを寄せる。
ありえないすり抜けをやらかす僕たちを、どんなオービスだって捕らえることはできない。
ぼけっとつっ立って反応しないレーダーとカメラを後目に、Zと180SXが高速の路肩を240km/hでぶっ飛んでいく。
「さあ、踊ろうよ……マナ。
天国の扉<ヘヴンズ・ドア>を開けようぜ……!!!」
MEMORIAL BATTLE WANGAN 僕たち、出逢うのが運命だった。 HIGH SPEED DRIVING RPG
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Diablo-Zeta、基準出力600馬力、トルク80kgm。
180SX、ナイトロONで最大450馬力。
スペックの差なんて関係ない。
僕たちは共に、ひとつの風になって舞う。
一般車に混じってときおり遭遇する走り屋のマシンたち……その誰もが、僕たちに追いつくことはできない。
いや、彼らが僕たちを認識した時には既に、僕たちははるか遠くへ走り去っている。
そうさ……僕はお前たちのことなんか見ちゃいない。
ただの背景でしかない。
動いてる。だけど、それはただ動いてるだけ。
意思?それはあるだろう。混沌とした、ヒトの集団という意思が。
だけどこの首都高の流れの中で……それがどれだけの意味を持つのだろう?
僕たちは他の人間と隔絶された……そんな存在だ。
同じ人間、見た目にはそうだしなにか生物学的に違いがあるってわけでもない。
ただどうしようもなく相容れない、心、考え方、感情、生き方……そんな違いがあるだけだ。
そしてそれは何よりも深く果てしない溝、どこまでも高い壁。
同じ社会に暮らしていても、たとえ人の海に埋もれていたとしても、どこかではっきりとぶつかる壁。
それに耐えられなかった者たちが、あるいは諦め、壊れ、走りの道を降り、あるいは命を落とし、そうして消えて朽ち果てていく。
『真っ当な』人間たちはそんな僕たちのことなど理解もしない。
ただ反社会的な異分子として片付けるだけだ。
走り屋、暴走族、最近はルーレット族って言うのか。スピード違反、共同危険行為、他に何かあったっけ。違法改造、整備不良、まあそんなことはどうだっていい。
それがどうした?
走っている間、そういうことがまったく頭に無いかっていうとそんなことはない。
200km/hオーバーで捕まればまあ、確実に免取りだ。事故でも起こせばそれこそ終わり。社会的にももちろん、そもそもそんな速度域では生きてられるかってこと自体怪しい。
「だけどさ……それが辞める理由にはならないよね」
迫る右コーナー、右車線イン側に張り付いた一般車。
ラインが見える。
まったくためらうことなく、僕はそのわずか30センチ横をかすめてコーナーへ突っ込む。
「マナ……そうだろ!!」
さすが。15メートル後方、マナはさらに20センチまで寄せてきた。
びびったか?いや、気づいてすらいないだろうな。気づいた時にはZと180SXは車体を傾け、ゼロカウンターの慣性ドリフトでブラインドの向こうへ消えようとしている。
恐怖?あるだろうか。あるかもしれない。だけど感じられない。
ぶつかったら壊れる。それだけだ。あと、なにかあるか?
迫り来るコーナー、障害物、それらを一つ一つクリアしながら、命の価値について阿呆らしく考えてみる。
「生きてる実感……?そんなの、必要ないだろ……」
次々と襲ってくる『死』を回避する。ん?回避?死ぬって何だ?そんな必要あったっけ?
横羽線を上りきり、浜崎橋JCTから環状へ合流。ここからはいよいよ、いちばん面白くそしていちばんヤバイ領域だ。道は狭く、荒れ、そして一般車も多い。もちろん他の走り屋のクルマも。
汐留のS字コーナーが壁のように迫る。とくに一般車が多い時間帯、ここはヤバイ。
きついコーナーでもたつくクルマがどうしてもいるから、時にラインがふさがれてしまう。それに気づかずに、普通のコーナーのつもりで最短距離をカットして突っ込めば……
デッドエンド。
公道はサーキットとは違うんだ。
僕は中央車線へZを向け、最初の左を真ん中から突っ込む。めくりあげるように壁の向こうから見えてくる道の先。
予想通りだ。次の右コーナーイン側、トラックが1台ラインをふさいでる。
「しっかりついてこいよ、マナ」
凄まじい重力を受けてたわむタイヤが叫ぶ。ベクトルの転進、2秒後、進路クリア。
右へステア。吸い込まれるように落ちていくコーナーの立ち上がり、いっきにアウト側へ車体を飛ばしていく。
最大出力。全力加速。
激しいスキール音をあげて、高速道路の騒音をかき消さんばかりに僕たちは叫ぶ。
見える……。動いてく世界。そう。世界は動いてる。
時速200キロ。簡単に言うけど、こうして環状を走ってるとそれは冗談じゃないスピードだ。
新幹線みたいに何も無いレールの上を走ってるワケじゃない。鋼鉄のレールに支えられてるワケじゃない。たった葉書き1枚分、タイヤ4本で4枚分か、たったそれだけの接地面しかないゴムタイヤで、1トン以上の質量が200km/hで走る慣性重量を支えてるんだ。
小難しい理屈は僕にはわからない。
だけど、今にも吹っ飛びそうなほどの重力を身体に受けて……右から左から、迫るコンクリートの壁に身を寄せて、僕の命はこの死の回廊を突き進んでる。
立ち上がる。重力の軸が左から後方へ。直線の全力加速へ移る……
……!!
「あれは……あのGT-R!まさか!?」
八重洲との分岐点に、青い34GT-Rがハザードをつけて停まっていた。
僕たちの姿を見るや、そいつは待ってましたとばかりに身を躍らせ本線に飛び出してきた。
34Rの脇を、速度を乗せたまますり抜ける。バックミラーを確認するとそいつは既に加速体勢に入り、HIDヘッドライトの鋭い光をZに叩きつけていた。
恐ろしいまでの加速力。馬力は600は軽くあるか。いや、700、800、へたをすればもっと……
そうだ。
この34R、コイツがまさしくそうなのか……
「迅帝……!!」
突き刺すような強烈なオーラを感じる。コイツは僕たちと勝負を付けたがっている。
上等だ……迅帝34Rなら、今のZに、相手にとって不足はない。
勝負は環状から湾岸。あの気の遠くなるような直線で……Zの最も得意とするその場所で、おそらくそっちもそうだろう。
そこで決着をつける。
パッシング。瞬くヘッドライトが、戦闘開始の合図。
迅帝 BNR34 SKYLINE GT-R 壱・撃・離・脱 |
トンネルを抜けて銀座シケイン。狭いガードに囲まれたコーナーを駆け抜けていく。
バックミラーを確かめる。
マナはちゃんとついてきてるな。迅帝は、まだ後方にいて仕掛けてこない。あの大柄な34ボディを振り回すには、環状ではさすがに都合が悪いんだろう。
来るとすれば箱崎を過ぎてからだ。
「!!」
合流路を駆け下りてくる2台。
あれは……S30!それにもう一台、赤い32R。
間違いない……青いS30の方は何度も見てきたし、赤い32Rも……横浜GPで戦った。
椎名姉弟……こいつらも来ていたのか。
「どうやら、迅帝とはツレみたいね」
嬉しそうにマナがつぶやく。3台ともトップクラスのマシン、ドライバーたちだ。
相手になるかどうかはわからない。だけど、戦いたい。戦いを求めてる。
心惹かれる相手だ。
眼前に、Zの向こうに見えるS30、32Rのテール。
すぐ後方に迫った34Rのフェイス。
普段街で見かける34スカイライン、仕事で触るGT-Rなんかとは比べ物にならないくらい、そう……フェロモンを放ってる。戦いへ誘うフェロモンを。
熱い。血が燃える。
自然とアクセルを踏む右足に力が入る。
ブーストメーターの針がビリビリと震える。
「アンタら……このアタシを忘れてくれちゃあ困るってモンよ……!!」
江戸橋JCTを越えて突然現れたもう1台。外回りから合流してきたのか。
FD3S RX-7。
人呼んで『紅のエヴァンゲリオン』ことNightRACERS本牧、惣流アスカラングレー。
君も今夜を予感していたのか。
FDはしょっぱなから迅帝34Rを掠め、いっきにZに迫ってくる。
激しいアフターファイヤーを噴き上げながらFDはその存在をアピールする。
ロータリーのサウンドが共鳴してる。それは僕たちのセッションに、最後のアクセントと最高のアンサンブルを添えて。
「シンジ、アンタもわかってるわよね……この戦いで決着をつける。Diabloがどれほどのものなのか、そしてアタシたちの本当の姿を……確かめる。
そんでマナ……アンタがどれだけの覚悟でシンジについてこうとしてるのか、きっちり見させてもらうわよ」
180SXからFDへパッシング。マナにとって惣流はライバルか?
そうだな。
今、現時点で、僕たちの仲間内で唯一、Zとタメで走れるマシンがFDだから。僕とタメで走れるドライバーが惣流、そうだから。
マナが僕と共にいることを願うなら……それは避けられない戦い。
Diablo-Zeta。
180SX。
FD3S。
S30Z。
32R。
34R。
僕たち6台が連なって走る。
この首都高で……終わりのない、地獄のキャノンボール。ゴールに何が待っているのかはわからない。
ただひたすらに走る。力尽きるまで、その命が尽きるまで。
碇シンジ。
霧島マナ。
惣流アスカラングレー。
椎名アズサ。
椎名メグミ。
岩崎トモヤ。
今夜ここに集った僕たち……普段の生活を送っていればすれ違うことすらない僕たち。
この首都高に、同じ道に、同じ時間、同じ空間、同じ意思、それらを共有して集まってる。
それはごく短く脆い、はかない夢、そして、瞬間の永遠。
6台がいっせいに吼える。唸るエンジン音、そんなものじゃない。
共鳴する咆哮はまさに大気を砕き、衝撃波を作り、それは意志の力、堪え切れない想い、満ち溢れる生命のエネルギー、それらすべてを巻き込んで爆発する。
僕たちは叫ぶ!!
首都高、真夜中のロシアンルーレット。
僕たち6人はリボルバーの6連弾倉。そのうちのどれに弾丸が詰められているのかはわからない。
外れ?それとも、当たり。
どっちにしろ待っているのは破滅。
そうさ、この最高に気持ちいい夜、この走り……それはいつまでも終わることがない。
なぜなら、僕たちはその先のことを考えてないから。
走り終える?そんな選択肢はない。
こうしてここで出逢ってしまった以上、立ち止まるなんてことは考えられない。
首都高は永遠のメビウスループ。複雑につながり絡み合い、どこまで行っても終わりのない迷宮。
最高の走り、そう、それは終わりのない悪夢。
ワルい夢を見続けてるんだよ、僕たちは。スピードに取り憑かれて、こんな命を捨てるような無謀な走りを続けて。
そうさ、この悪夢から目覚める方法はただひとつ。
死ぬこと……さ…………
『わかってんじゃねえか……』
【声】。ようやく目覚めたのか。待っていたよ。君が来なきゃ始まらない。
『そうさ、お前はオレの為に走り続けろ……オレがオレとして目覚めるために。そしてオレの為に死ね……オレがお前を手に入れるために』
【声】が僕に語りかける。
その声に揺さぶられるように、視界がぐらつく。コーナーの先が見えない?
「僕は……お前には負けない!!」
辰巳JCT突入。湾岸へ向けて駆け下りる右コーナーへ、真っ先に突入するZ。
FDもS30も32Rもいっきにぶち抜き、先頭に立ってコーナーへ踊りこむ。
迅帝も仕掛けてきた。
その強力無比なパワーでいっきにZに迫る。加速ポジションとかそういうことを考える必要が無いくらい、奴はどこからでもトップスピードへ持っていける。
紛れもない、最強の12使徒。最強のチューンド。
そのパワーは空間さえ歪ませてしまう。
引きずりこまれるのか。いやZ、お前の力もこいつには負けない。そうだろ?
「きっと……君も僕と同じ、同じ方向へ歩いているんだろうね」
『クックック、ようやく「骨のある」相手に出会えたな』
速い。いや、もう速さなんてどうだっていい。
こうして共に走る、それで通じ合えるものがある。
僕も、迅帝も、それをわかってる。
12使徒最速の称号、『迅帝』。そう呼ばれることの意味。
目指してるものは同じなんだ……
走り続ける事。走りに何を見出すかってこと。
僕が求めてること……僕はいったい何者なのか、それを知りたかった。
うすうすわかってたんだ。僕が異常な人間だってこと。
スピードの魅力、それもある。速く走る、速さを求める、それは人間のおそらく根源に近い欲望。強大な力を手にし操る。力を振るう。それは人間が人間である、証と言える欲望。それをほんの、ほんの少しだけ、『まともな人間』より抑えが利かない、ただそれだけのことさ。
たったそれだけのことで、僕は周りの人間、社会と、果てしない隔絶を味わう。
だから僕は走る。仲間がいる、この場所で。
数多の走り屋たちが速さを競い、抗争を繰り返し、運命に抗い続けるのはそれが理由。
だけど、それを自覚してる奴がいったいどれだけいるのか。
僕だってまだわからない。
ましてや、他の人間のことなんか……
「わからないって言うワケ。ま、それが普通よね。わかったなんて知ったかしてる奴は信用できやしないわ。
わからないからこそ……近づいていける、近づこうと思えるのよ」
FDが出てくる。湾岸道路の直線、ぐんぐんスピードを乗せてくる。
Z、FD、34Rが並ぶ。
有明JCT直進。
やがてはるか前方に、13号地の左コーナーが見えてくる。
ポジションをとるなんて考えない。6台すべてが、前へ出ようといっせいに牙をむく。
S30も32Rも180SXも、そのパワーのすべてを振り絞って加速してくる。
トップスピードの280km/hへ向けて、リミットぎりぎりまで加速していく。
限界をすこしでも超えてしまったなら、そこに待っているのは……
わかってるさ。わかってるから僕たちは、それを超えて行ける──!!
「13号地通過──300km/h!!」
Diablo-Zetaの力。迅帝34Rの力。物理法則の限界を超える、Diablo-TUNEの力。
「『最高だぜ……なあ!!』」
突き抜ける。一瞬の隙をついて180SXが後方の集団を抜け出し、FDに並んだ。
アペックスへ向けて、ためらいも無く車体をかぶせていく。
280km/h。
ナイトロ全開の450馬力。たった1800ccの排気量しかないCA18DETが限界を超えたパワーに震え、叫ぶ。
「マナ──ァ!こんの馬鹿ッタレ──!!!」
並んだままコーナーへ。FDがブルブルと戦慄き、フロントタイヤが限界を叫んでもがく。
前方のZと34Rのテールが、手の届きそうなほど近くに迫る。
「アンタ完全にキレてんわよぉ!ちょっとでもミスったら、6台みんな即吹っ飛ぶって──!!」
限りなく100%に近いスピードでFDと180SXがコーナーを飛び出してくる。
その勢いのまま東京港海底トンネルへ、逆落としの全開加速。僕を先頭に34R、FD、180SX、32R、S30。
300km/hを超えてなお、重力に引かれるマシンは速度をじりじりと上げていく。
305。310。315。最大速度で地底に叩きつけられる。
この奈落の底へ向かうトンネルに、魂さえも引きずり込まれて。
「さすが、Diablo-Zeta……こんなに興奮する走りは初めてだよ」
34Rのトモヤが堪えきれない風に呟く。歳は僕とほとんど変わらないくらい?
オレンジ色のナトリウムランプに照らされて、並走する互いの横顔が見える。
トンネルの最底部が見えてくる。道はまるでジャンプ台かカタパルトのように鋭く上昇していく。
叩きつけられる重力に耐えて今度は、はるか前方の出口、闇の空を目指して。
『勝てるさ……その理由はお前にもわかるはずだ』
【声】が囁く。それは悪魔の誘いか?
僕たちのスリップストリームに入ったFDと180SXがじりじりと差を詰めてくる。次のコーナーで勝負をかける気だ。
惣流……
マナ……!!
トンネル脱出。大井の左コーナーが迫る。
かたまってる一般車が見える。状況としては良くはない……だが、いける。ほとんどの車は大井分岐のため左車線に寄ってる。このタイミングならアウトいっぱいまで立ち上がりのラインを取れる。
「大井ターンはしない……このまま湾岸神奈川エリアで決着をつける……!!」
ブレーキング。限界まで昇りつめたスピードが強大な圧力となって僕を締め付ける。高速域ではブレーキの効きは鈍い。290。280。270。ゆっくりと落ちていくスピードメーターの数字がもどかしい。
後ろの5台も僕の後ろに連なってブレーキング……
──来る!?どいつだ、迅帝か、惣流か……
「マナ!!?馬鹿な、ここで仕掛けるってのか……!!!」
ラインを変えて飛び出してきたのは180SX。アウト側ぎりぎりからのターンインを試みる。
「やめろ、そのスピードはまずい──!!」
突っ込めるラインは一本しかない。仕掛けるなら一番にそのラインに乗れなければクリア不能だ。だが、その位置からでは遠すぎる!!吹っ飛ぶぞ!!!
『勝てるって……気にすんな』
相対速度が一気に大きくなる。ぶつかり合うエネルギーのベクトル、増大。
「思い出……想い出、なのかな」
『おっまたせ〜!
碇シンジ君ね?』
『えっへへ〜……それじゃ、私はシンジ君といっしょに住めるんだ♪』
『おかえり、シンジ君……』
『シンジ君……私はシンジ君の求めるもの、持ってないの?本当に私じゃダメなの?』
わずかな路面のギャップで激しく車体が揺さぶられる。Zが、僕が、見えなくなる……
『私は……私はシンジ君が欲しいよ……
一緒に暮らして、一緒に働いてるのに……いつも、手の届かないところにいる。
私はシンジ君についていきたい……シンジ君についていけるぐらいになりたい。
普通の幸せなんかいらない……私はいつだって、それ以上を求めてるんだから…………』
『シンジ君と出会ったときもそう…………
出会えたことに嬉しくて、でもいつかは別れなきゃならないと思うと怖くて…………』
『……じゃあ、じゃあさ……
シンジ君は……私がもし敵だったとしても……私を愛してくれる……?』
胸が苦しい。どうしようもなく切ない。
いつから、こうなっちゃったんだろう……
走り屋。自分だけのクルマで走る。その喜び、ずっと求めてたはず。スピードを身体に感じながら、自分の意思で走る。そのことにかけがえのない喜びを感じていた。
そのはずなのに……
『うん……愛してるわシンジ……』
いつから、自分はこんなに弱くなってしまったんだろう。マナの胸に不安と疑念が満ちる。
ひとりぼっちでも平気だった。大好きなクルマといっしょにいられれば、走りがあれば、それを楽しみに生きていけると思ってた。自分の生活すべてをクルマと走りにつぎ込んで、そうやって青春を過ごしてきたマナ。
だけど、今は……。果てしない不安の闇に落とし込まれて、何かに追い立てられるようにして走ってる。
『うん……。シンジ、私待ってるからね。
シンジが帰ってくるの、私……信じてるから』
もうひとりじゃ生きていけない。
僕だって……それは僕だって同じだ。
Zのコクピットに180SXのヘッドライトビームが差し込む。
マナの想い。痛いほどに僕の心を突き刺す。
「どうして……こんなにまでなって、こんな思いをしてまで走り続ける!?その先に何があるっていうんだ……」
クリッピングポイント通過。左車線をのろのろと走る大型トレーラーの鼻先をかすめ、Zは加速体勢に入る。後方の迅帝34Rもそれに続き……
「!!!」
「動いた!?馬鹿な!!」
後方からすべての様子を見ていた惣流が叫ぶ。
34Rがその巨体をゆっくりと揺らし、突っ込んでくる180SXの進路を遮る。34Rの絶壁のようなテールが、マナの視界から僕を奪う。
ステアリングを握る手が、冷や汗に濡れてブルッと震える。それは、トモヤの手だった。
そしてマナ、君の瞳に迷いはなかった。ただどこまでも哀しい微笑みが、見果てぬ僕を求めてる。
「180SX、こいつはもう限界……もたない。このまま湾岸神奈川エリアに入れば、間違いなくブローする。勝負をかけるならここしかない。ここで前に出られなければ、私はもうシンジ……あなたについていけない──」
減速しない。いや、できない。もう止められない。
「ねえ、どうして?怖くなんかないよ。ただ、わからないだけ。どうして、何を求めて?
何を求めて走るの?
あなたは何を求めて走るの?
私は何がほしかったのかな。
これがあなたの求めてたことなのかな。
あなたが近づく……
私、あなたのそばにいつまでもいられるよ──」
光が反転する。ホワイト・アウト。
後ろに見えていた5つのヘッドライトが4つに減った。
フルスピード。
止められない。
「っのドアホぉぉぉぉ──!!」
ブレーキペダルを蹴飛ばす惣流。FDが凄まじいスキール音とスモークを上げて急制動をかける。後方のS30と32Rも同様に。
飛び散ってきたガラス片が、FDのフロントウィンドウにピシピシと叩きつけられる。
FDのわずか20メートル前方で、ハーフスピンに陥った180SXがガードレールにフロントノーズを叩きつけた。砕けたヘッドライトの破片が街灯に照らされ、涙の滴のように風に流されていく。
「だからアンタは馬鹿だっつってんのよクソがあぁ!!!」
素早くカウンターを切り、振りっ返してFDは衝突を回避する。S30と32Rは走行継続をあきらめて減速するようだ。真横を向いて側壁にその身を委ねる180SXが、相容れない速度で遠ざかっていく。
3台がこれで消えた。
残るは僕、惣流、そして迅帝。勝負はこの先、湾岸神奈川エリア、全長11kmに及ぶ果てしない直線、そこに持ち越される。
羽田空港トンネルを抜け、浮島料金所でいったん停止。僕たちはそれぞれ隣り合った3レーンにつけ、料金清算と同時に再スタートを切る。
それが、最後のバトルの幕開けだ。ここで払うチップは、三途の川の渡し賃。
「──シンジ、大丈夫?」
Zの隣にFDをつけた惣流が、窓を開けて呼びかけてきた。
「……なにがだよ?」
わかってる。わかってるさ!今この瞬間にも心臓が破れそうなくらいだ。そんなこと……今ここで言うな!
「やっちゃったわね、マナ。あのスピードじゃあ……」
「惣流らしくないな」
「あぁ?」
エンジンルームから熱気が立ち上る。電動ファンが全力で、過熱したエンジンを冷やそうと回ってる。
「意外だなって。勝負の最中にこんなこと気にするなんて、って」
惣流は答えない。
そうさ、惣流だって辛いんだろ。僕が思うほど強くないんだよな、君だって。
僕はなんだ……?
感情?そんなもの、僕はとっくに失くしてる。
「12使徒の2台はついてこないわね。とりあえずマナのことはあいつらに任せましょ。
自走できるなら大井南出口からもう降りてるわ」
「…………」
ベイラグーンでのRS。大井コーナーでの180SX。2台が僕の頭の中で重なる。
走り続けていく、その先に手に入るのはこんな結果ばかりか。
いや、まだ、僕がいる。
戦うべき相手は残ってる。
迅帝34R、お前が残っている……
再び。
ゼロスタート、全開加速。邪魔する一般車はかなり減った。この流れなら0-300km/hのタイムも競えそうだ。
だが、そんなことに意味はない。
今はただ……この果てないスピードの向こう側を目指して突き進むだけ。
Diablo-Zeta、お前の本当の力……今出さずにいつ出すんだ!?
走れ!ぶっ飛ばせ!SPEEDをあげろ!!
『走れ!ぶっ飛ばせ!SPEEDをあげろ!!』
僕に見せてくれよ!お前の力、僕にSPEEDを見せてくれ!
『オレに見せろ!お前の力、オレにSPEEDを見せろ!』
Zのボディからスパークが飛ぶ。ヘッドライトの色が変わった?
偏光するビームが、前方を行く34Rを捕らえる。
「──!!」
反対側から競りかけるFD。惣流らしい肉弾戦か。だが、FDが競り合いで34Rに勝てるか!?
前方からトラックが迫る。一般車の速度が100km/hそこらなら、相対速度は実に200km/hを超える。この速度で追突でもすれば、それは全速走行中の新幹線に轢かれるようなもんだ。
トラックの両側をFDと34Rが抉るようにしてぶち抜いていく。
「もしかしたらさ、マナ……アタシはアンタに自分を重ねてたのかもしんないわね……
……だからこそ!」
再びボディを合わせる。だが、パワーの差か34Rが一瞬早く前に出た。アフターファイヤーの青い炎がFDの鼻先を舐める。
「負けてらんないのよ……アタシはぁ!!」
全開フルブースト。ロータリーエンジンの限界を超える1.5kg/cm²の過給、最大出力580馬力。
だが、それを持ってしても……迅帝34Rが、じりじりと離れていく。いや、差は加速度的に広がっていく。
遮るものは何もない。
湾岸の高架から見下ろす第3新東京の夜景が、転がした地球儀みたいに球面を描いて動いていく。この地球上でたった一人、取り残されてしまったように。
「くっ……こんちくしょうぉぉぉ──!!」
ZをFDの直前へ。スリップストリームで引っ張ってやる。ついてこい惣流!!
「ふっ、アンタも負けず劣らずの馬鹿ね!ちょっと速くなったくらいでヒーロー気取りして……っ!!」
320km/h、スピードを乗せていっきにZの後方から飛び出したFDが34Rに飛びかかる。
34Rも負けずに切り返す。
このスピードで、まともに舵も切れないこのスピードで。ゼロ・ファイターばりの巴戦。
FD……!!
「まずいぜ……」
限界が来た。はっきりとそうだってわかるように、FDが残像を放って上下にぶれる。
やられたか……
「『アスカ!!』」
34Rが勝利をアピールするかのようにテールを振り、FDのノーズを叩き払う。
バランスを崩したFDは暴れる挙動を必死に押さえ込み、左フロントを路面に沈み込ませながら煙を上げて落ちていく。
惣流もここで脱落……あとは僕だけだ。
僕だけがコイツを倒せる……いや、【声】はもしかしたら、この時を待ってたのかもしれない。
「そうだろ……僕だけだ!お前を倒せるのは……」
『オレだけが……横浜最速のオレだけがお前を倒す』
フルパワーでZを振り切りにかかる34R。この速度からさらに加速!最大出力は間違いなく1000馬力オーバーだ。そのパワーの前にはDiablo-Zetaといえども赤子のようなもの?
『違うさ……』
「マナも……惣流も……!!」
全開。ブーストメーターが限界値を振りきる。
切り裂かれた大気が衝撃波を作り、その反動すらもZを加速させていく。
「僕がやらなきゃ……今やらなきゃ、今夜でなきゃ……もう二度と取り戻せない!
もう逃げない……迅帝……BNR34、GT-R!!僕は過去へ逃げたりなんかしない!!!」
スリップストリーム。大気の壁をなぞり、Diablo-Zetaが狙い違わず34Rのテールに喰らいついた。340km/hからのバンパープッシュ。
ボンネットからバチバチと放たれるスパークが34Rを捕らえる。
こいつがDiablo-TUNEの力……渚さんのFCや、綾波先輩のRSが見せた『侵食』なのか。
34R、どうだよ……こいつの恐ろしさを見たか?
可笑しくてどうしようもないよ。こんなモノに僕は乗ってるのか。こんなモノを僕の母さんは造ってしまったのか。
Zのコクピットで、僕は声を上げて笑った。ははは。笑いが止まらないよ。
冷静に考えてみればEMP兵器の類だろうか。電磁場に捕らえられた34Rはもはや逃れられない。内部構造をズタズタに破壊され、そしてその生命力……新鮮な金属分子とか、機械としての生命力を吸い取られていく。
文字通り、捕食だ。
Diablo-Zeta、君が追う者の魂を奪うって言われるのは……そういうことなんだな。
『オレこそが横浜最速の男……』
「僕こそが……真のDiablo継承者……」
電撃が弾ける。
Diablo-Zetaが満足したようにテールから離れたとき、34Rは既に走り続ける力を失いスローダウンしていた。
つばさ橋、そしてベイブリッジが僕を迎える。懐かしいな、ようやく帰ってこれたんだ。
大黒JCTで迅帝34Rは分岐路に乗った。これから横羽経由で帰るのか。まあ、それが賢明だ。もっともそのボディとシャーシとエンジンが再起可能かどうかは、僕の知ったことじゃないけど。
本牧の右コーナーへ向けて、僕はZを全開で走らせる。
すこしも衰えちゃいない……Diablo-Zeta。10年前から、すこしも衰えちゃいない。むしろ、より魔力を増して速くなってる。
悪魔のZ!!
誰も何も残らない。僕が、こいつが走り抜けた後には。残ったのは僕ひとりだけだ。
そうさ、みんなDiabloの餌食に、糧になってしまう……
これが勝利。僕の勝利だ。
こいつが悪魔だって言われる理由がわかったよ……
そして、Diablo-TUNE。それを受けた人間がどうなるかってことも。
NERVがコイツを何に使おうとしていたのか……予想はつくけど、今の僕には関係ない。
この夢が覚めるまで、もう少し待っててくれ。
……その前に、会いに行かなきゃね。
綾波……マナ……アスカ……。
みんな僕を待ってるだろ。心配してるだろうね。会いに行かなきゃ。
不思議と穏やかな気分。僕は恐れすぎてたんだ。【声】を、僕自身を。今の僕がたとえ、ただ一時のトリップの産物だとしても……たどり着いた先に光があるってわかったから。
光の中にアイツの姿が見える。
君の思いを僕はたしかに受け取った。
希望はあるさ。それは他の人間にとっては絶望かもしれなくても。
僕を守り、愛し、導いてくれた綾波。
対等な仲間として僕を励ましてくれたアスカ。
そして……僕が愛した、たった一人の恋人……マナ。
僕はいつまでも、忘れない。10年間の失われた時を経ても、ずっと。
僕はそろそろ眠りにつかなきゃならない時が来る。
だから、待っていてくれよ。
必ずまた会おう。
約束だよ。
そうだ、もしもう一度会えたら……みんなで海にでも行こうか。
もちろん、それぞれ自慢のマシンを持ち寄ってね。
4人で海沿いのドライブウェーを走ろう。
……はは、しょうがないな。
どこまで行っても僕たちは『走り屋』であることから逃れられないんだな──
「おい、どうしたんだ……加持さんよ」
大黒PA。
今夜のイベントに顔を出していた加持が、かけられた楠木の声に振り向く。
他に集まっているのは……桜木町GT川崎、元町Q's立河、NR本牧石川、それから高島VRフレディ、そんなところだ。
「ん?いや、なに……ちょっとな」
レインボーブリッジから響く、悪魔を思わせる咆哮。
その先に、いる。Diablo-Zetaが。
「奴はとうとう来なかったな」
「シンジ君のことかい?
──だが、君の目的はどうやら果たせたようだぜ。WON-TEC社レーシングチーム『TRIDENT』次期エースドライバー候補、楠木ガモウ君」
皮肉を込めて加持は言う。楠木は憮然とした表情で加持を見据え、やがてメンバーたちの元へ戻っていった。
「Diablo-Zeta……初号機の覚醒と解放か。
これはSEELEが黙っちゃいませんな……六分儀会長」
予告
【声】は失われた記憶を捜し求め、シンジを第2東京へ導く。
加持から『10年前の横浜最速伝説』そして『横浜最速の走り屋碇ユイ』『Diablo-Zeta』に
まつわる話を聞いたシンジは、自分の中にいる『もう一人の自分』と向き合うことを決意する。
そして第3新東京市では、アスカとマナのもうひとつの戦いが繰り広げられていた。
第20話 天使の異名
Let's Get Check It Out!!!