EVANGELION : LAGOON

Welcome to H.S.D. RPG.
CAR-BATTLE in TOKYO-3, 2015.
by N.G.E. FanFiction Novels,
and RACING LAGOON.

Episode 18. AMBIVALENCE












 リノリウムの床に、硬質なハイヒールの音が反響する。

 白衣の女はポケットに手を突っ込み、じっと押し黙ったまま歩いている。



 薄ら寒い無機質の館。
 蛍光灯の光がうつろに這っている。

 音もない。静寂が満ちている。

 やがて女はある部屋の前で立ち止まると、ゆっくりとドアノブに手をかけた。


 金属音と共にナックルが外れ、かすかなプラスチックの軋みと共にドアが開く。





「────レイ」

 重く呼びかける。

 ……綾波先輩は棚をあさっていた手を止めると、振り向かずに背後に向かって言った。

「……どうしました、赤木博士」

「それはこっちの台詞よ。今夜はこれから、チームの祝勝会があるんじゃなかったの?」

 赤木博士は部屋に踏み入り、彼女の背後でドアが軽い音を立てて閉まる。
 綾波先輩はゆらりと振り向くと、鋭い視線を赤木博士に走らせた。

 先輩の手には、薬の小瓶が握られている。中に入っているのは紫色のカプセル。

「……レイ、あなた……」

 赤木博士に構うことなく、綾波先輩はカプセルを数粒手に取ると口に入れた。目をつぶって深く飲み下す。
 続いて、机の引き出しからビニールで封をされた小さな注射器を取り出す。

「待ちなさいレイ、それ以上は危険よ。
わかっているでしょう……このままじゃあなたの身体がもたないわ」

 焦った様子で赤木博士が制止する。
 赤木博士が綾波先輩の手を取ると、先輩はそのまま注射器の袋を取り落とした。

 先輩の腕はすでに力無く冷えきって……指先は小刻みに震えていた。

 息をのんで先輩の顔を見つめる赤木博士。顔色が石膏のように白くなっている。皮膚も乾き、崩れ始めている。
 目が合う。瞳に色が失われ、虹彩は黒から次第に赤く変色していっている。

「ええ……これで最後です。これが私の……最後の戦いになるでしょう」

「なにを言ってるのレイ!?しっかりしなさい!
……っ、……これは……もう薬が効き始めているのね」

 赤木博士は綾波先輩を椅子に座らせた。
 先輩はぐったりと身体を弛緩させ……薬が身体じゅうに行き渡るのを確かめている。

 注射器の封を破り、アンプルをセットすると赤木博士はそれを先輩の左腕静脈にあてがった。

「レイ……本当にいいのね?これ以上の投与はショック症状が起きてもおかしくないわよ」

 力なくうなずく。

「かまいません……私では、ここまでしなければ……碇くん、
いえ……シンジには、敵いませんから」

「……わかったわ。あなたが望むなら、その通りにしてあげる」

 針を刺しこむ。
 綾波先輩は微動だにしない。既に痛覚は失われているのか……
 ゆっくりと……すこしずつ、薬液が体内に注入されていく。血管を焼くように……身体じゅうが冒されていく。熱さと冷たさの境界がなくなる。

 やがて赤木博士は注射針をそっと抜き、傷口をアルコールで消毒した。
 先輩はしばらくじっと身体を止めていたが……うっすらと目を開け、光を脳へ受け止めていく。

 虹彩の色は今や完全に消え、眼球の中の血管が浮き出ている。



 ……紅い瞳……

 そう、それはDiablo-TUNEの証。



「………………」

 半開きの唇の端にヤニがこびりついている。
 手の甲でそれを拭うと、のどを落ち着かせるように何度もつばを飲み込む。

 深く息をする。呼吸が……冷たい酸素を求めて。寒気に身体がふるえ、冷や汗が肌を湿らせる。

「レイ……」

 Diablo。
 それは人間を創り出すと同時に、人間を壊す。

 最速の力と引き換えに……失うのは、ヒトとしての尊厳。

「……今の肉体が限界なのは……碇くんもそうでしょう。
このまま、D-Sleepが解放されるなら……『三人目』への移行も、準備しておかなければいけませんよ」

 膝の上に肘をついたまま、赤木博士を見上げる綾波先輩。

 僕のこと……僕自身も知らない僕のことを、先輩は知ってるのか……


 違う──僕は知っている?



「言われるまでも無いわ……。地下のダミーは既に稼動しているのでしょう?
あなたが自分で手を下すなら……」

 そっと肩に手のひらを置く赤木博士。綾波先輩は不敵に微笑みかける。

「……皮肉、ですか……?ふふっ、10年前のjokeにしては性質が悪いですね」

 肩を握る手の力が瞬間強まる。
 視線を交叉させ、瞳を射抜く。

 紅い瞳……天然の色素異常や、アルビノとは明らかに違う。

 ヒトならざるもの……Diablo<悪魔>の瞳だ。

 かすかに腕をひくつかせ、赤木博士は震える口唇を紡いだ。

「レイ……口の利き方に気をつけなさい。あなたが『リリス』のキャリアーでなかったなら、とっくに消されていてもおかしくないのよ」

 惜しむように手を離し、一歩下がる。綾波先輩は視線を流して戻す。



 すっ……と立ち上がる。
 重力の縛りを離れたかのように。重さが消えてしまった足取りだ。

 綾波先輩は机に掛けていたMNAのジャケットを肩に羽織ると部屋を出て行く。



「…………レイ…………
……『シンジ君』があなたの真実を知ったら、どんなにか傷つくことでしょうね……」

 呟きは無人の静寂に飲み込まれる。


 赤木博士はしばらく、じっと立ち尽くしていた。










 NERV本社ビル、エントランス。

 綾波先輩が正面ロータリーに下りると、ちょうど葛城がやってきたところだった。
 フェラーリレッドのACURA NSX-ZERO。

「おおっとレイ、来てたの。リツコはいる?」

「……赤木博士なら、今は第4実験室だと思いますが」

「あんがと。レイはこれから祝勝会?お疲れ様。アスカもシンちゃんもがんばったもんね〜。今夜はパーッとお祝いしなきゃね♪
あたしも後で行くわ」

 笑顔ではしゃぎながら言う葛城。
 本当にそう思っているのか……感情は醒め、代わりに呆れと苛立ちが現れる。

「ええ。……待っていますよ」

 巨大な鉄とコンクリートの城の中に葛城を見送り、綾波先輩はRSへ向かった。

 起動。レーシングマフラーの硬質な排気音がコクピットに満たされる。

 コンソールからECUコントロールパネルを呼び出し、制御マップを切り換える。
 スクランブルモードで使われるマップに……指定するのは、『MODE:D』。すべての安全マージンを使い切り、全開10秒でブローする最後の切り札だ。
 使わずに済むならそれにこしたことはない。

 だが……もはや寿命がわずかも残っていないこのRSで、それは望むべくもない。

 Diablo-TUNE……ほかのあらゆるチューニングにしてもそうだ。
 劇的にパワーを向上させる代わりに、引き換えに寿命は縮む。
 そこらを走っている街乗りのファミリーカー……彼らが20年20万km走れるとしたなら、その倍のパワーを発揮するチューンドカーは、もって1年1万kmしか走れない。

 人間で言うなら……普通の人間よりもすこしだけ、身体能力を向上させたその代わりに、80年生きられるところを20年で死んでしまうということになる。
 誰が好き好んで、そんなことをするだろうか。
 身体を切り刻み、命を削ってまで速さを求めたいのか。

 Diablo-TUNE……D計画。
 人類補完計画…………

 人間がもつ根源的な欲望……もっと速く、高く、遠くへ。もっと、もっと強く。
 その欲望が生み出すエネルギーを具現化するのがD計画。
 それを足がかりに、人間を種族としての新たな段階へ…………

 人間の分を超えた力を持たされて……器としての肉体が耐え切れずに崩壊する。
 それでも、僅かな間だけでも、燃え上がる力はたしかに現出できる。

 あっという間に燃え尽きていく命。

 惜しい?たしかに惜しい。
 だがそんな感傷では、この突き抜けるような衝動は抑えられない。

 RSはゆっくりと動き出す。

 歴戦の老勇……SKYLINE RS。Diablo-RS『零号機』。
 今は静かに、その時を待っている。










『SPEEDをあげろ!
ぶっちぎれ!!
ぶっとばせ!!!』



 僕の中で聞こえる【声】……


『誰が最速にふさわしいか……
SPEEDが、オレの世界』



 僕の心の中から聞こえる…………


『誰にも邪魔はさせない……
……穢したのは、アイツラだ…………!!!』



 これは僕なのか……?

 これは僕の思いなのか……?


 目の前には冷たい鉄の格子。僕は薄暗く湿った檻の中に閉じ込められてる……
 光も、音も、時間もない。ただじっと凍りついて……
 誰の存在も感じられない。


『オレはゆるさねえ……』

『もっとSPEEDを見せろ……』

『オレにSPEEDを……』

『最速の彼方に……』



 反響してくる。僕が僕の声を聞いてる……
 怖い……


『オレがオレであるその証を……
お前にわからせてやる……』


『オレは………………』



 ──イヤだ!!!

 思い出したくない。
 これは僕なんかじゃない……ダメだ、ダメなんだ!

 忘れさせてくれ……そんな記憶なんていらない!!

 僕が僕じゃなくなっちゃう……


『いいや……違うぜ……
これこそがお前だ』



 違う!こんなの僕じゃない!!!

 目を閉じてもダメだ。瞼の裏……それもダメだ。
 目玉を潰してくりぬいても、視神経に直接ヴィジョンが送り込まれてくる。

 脳みそが抉り取られる幻影……炎、焼け爛れる神経細胞。


『オレはずっと眠り続けてたんだ…………』

『やつらの掛けた封印をお前は解け……』



 重力。光が捻じ曲げられ、神経が耐え切れずに破れる。骨も肉も砕けてしまって、心臓だけが煮えたぎるアスファルトの上に転がってる……

 僕はたくさんの命を踏み潰して走ってきた……

 硬い靴底の下で悶え跳ねる心臓が有る……


 ……それは僕だ……


『オレが甦るその時まで……
お前は走り続けろ…………!!!』






「────!!!」

 疾走するZ。僕は横羽線を第3新東京市へ向かってる……

 【声】は僕を惑わす……いや、僕を乗っ取ろうとしている。
 今、この瞬間にも意識は危うい……

 僕はどうすることもできない……

『そうだ……オレにSPEEDを感じさせろ』

『オレがオレを取り戻す……
逃げられやしねえ』


 激しい怒りと悲しみ……炎に包まれて溶けていく。

『「横浜最速」……
 …………呪われた栄冠』

『オレのもの……
 このオレこそが「横浜最速」……』


 心が溶かされて融合していく。

 もう僕の意思は僕を制御できない……

『そうだ……
……オレは……』

『……「横浜最速」……』

『……10年前……』

『……そう呼ばれてた……』

『誰もが……恐れ……
クレイジーだってオレを……』

『おびえた目をして見てた…………』



 そうさ……僕は『横浜最速』……

 この僕こそが……
 オレこそが第3新東京最速…………










 南横浜のとあるクラブ。そこが今夜のパーティ会場だ。

 マナ、ケンスケ、惣流、鈴原、洞木……そして、綾波先輩も既に集まって、僕を待っている。


 浮ついた熱気の渦……
 光がぶれる。陽炎のように視界が乱れるから、こんな場所はさっさと出て行きたい。



「シンジ、遅いなあ……。どうしちゃったんだろ……
決勝が終わったら、必ずお祝いしようねって、みんなで約束してたのに……」

 不安げにマナが呟く。

 みんなとの約束……
 今の僕にはそんなもの……必要ない……

 ほしいのは……



「お、碇か?待ちくたびれたぜ」

 ケンスケがエントランスの方を見て声をかける。

「あっ、シンジ!待ってたよ、ほらはやくはやく」

「シンジ、おっそいわよ」

『………………』

 声はガラス越しにしか聞こえない。
 僕が見ているのはただ一人……


『綾波…………レイ!!!!!』

「っ!シンジっ!?どうしたの、……きゃっ!!」

『邪魔するんじゃねえ……!!』


「なんだっ、碇どうしちまったんだ!!」

「馬鹿シンジッ、なにトチ狂ってんのよ……!」

「このっ、しっかりせいやシンジ!!」

『うるせえな………………!!』


 怒号と悲鳴が飛び交う。

 僕の視界に映ってるのは、見慣れた蒼い髪。それだけ。
 身体を感じられない。

 僕はとっくに魂だけの存在になってしまって……なにもできずに、ただこうして見ているしか出来ない。


 だけど……

 この拳の痛みは僕のもの……

 この頬の痛みも僕のもの……


「シンジッ、いい加減に……っの!!」

 惣流が僕を羽交い締めにして床に投げ飛ばす。
 それでも僕は何度も立ち上がり……取り憑かれたように向かっていく。

 綾波先輩はすこしも応えない。

 殴られても、殴られても動じることなく、冷ややかに僕を見つめている。鼻が潰れ、口の中がズタズタに裂けようとも、それでも動かない。
 それがなおさらに僕を壊れさせる……!!お前は人形か……!!
 ぶち壊してやる……ただのモノなら壊してやれる……!!!

 お前がいるから僕は苦しんでるんだ!!

 僕をずっと縛り付けていたお前を……
 僕を誑かしていたお前を……僕は…………

「いやあああっ!!やめて、シンジやめてよお!!!シンジぃーっ!!!」

 マナの悲痛な叫びが僕の耳を貫く。
 既に冗談では済まされないほどの血の滴が床に飛び散り、僕はボロボロになって狂い回っている。

 僕は泣いてるのか……

 悔しい。怒りがあふれるほどにやりきれない。
 感覚の無くなった拳の骨はもう力も無い。

 僕はただの涙の塊になって……

 どこにもこぼれ落ちることもできずに、時を止めて漂うのみ…………










 狂ったように走り続ける…………

 Zのエキゾーストノートが僕を優しく包んでくれている。
 このゆりかごの中で僕は……すこしずつ、自分を取り戻していく。


 やがてたどり着いたのはベイラグーン埠頭。

 冬の足音が近づき、今夜の風はいつもより冷たい。


 僕を待ってくれていた……

 嬉しさの反面、悲しくもある。
 なぜ。何故。こんなにも悲しい?孤独だから、それは違う。
 なぜかがわからないから、怖い。

 僕の中で何かが変わろうとしている……

 僕はそれを望んでいたのか、それとも抗おうとしていたのか……
 自分の意志さえも把握できずに、僕はただ走り続けることしかできなかった……



 蒼銀の髪が柔らかく、風に揺れる。
 綾波先輩の瞳はいつでも優しく、僕を見守ってくれていた。

 それが今では憎らしい。僕はこの気持ちを抱えきれずに苦しんでいた。

 切ない。

「朝日が昇るまでよ。
……行きましょう」

 RSが咆哮を上げる。

 僕は黙ってZに乗り込んだ。
 アイドリングからレーシング。タコメーターの針は震えている。

 僕の気持ちを……どこまでも受け止め、そして飲み込んでいく。

 綾波先輩……どこまでいっても、オレはあなたに手を届かせることはできない。












いつか、
こんな日が来ると思ってた



       vs. Rei Ayanami


TAIMAN-BATTLE


TOKYO-3, BayLAGOON Wharf













 一騎打ち。

 Diablo-Zeta、Diablo-RS。
 僕と綾波先輩の……最初で最後の戦いだ。

 狂おしいほどに叫ぶエキゾースト。炎を噴き上げてRSが加速していく。

 負けられない……


 僕は僕自身に決着をつけるため……自分を取り戻すために走る。

 この【声】を振り切るために…………


『そうだ……もっと速く!SPEEDをあげろ!!』


 視界は暗闇。RSのテールランプだけが虚無の闇に浮かび上がっている。
 綾波先輩……僕はずっと、追いかけてきた。

 いつでも僕の前にいて……僕を導いてくれていた。

 だけど、それじゃ……いつまでたっても、僕はひとり立ちできない。いつまでも先輩に甘えてはいられない……
 振り切る。僕を愛してくれた綾波先輩……
 僕は行かなきゃならない。

「気づきかけているんでしょうね、碇くん……
『あなた』が殴りたかったのは……私の過去……」

 ボディをきしませて加速していくRS。ゆがんだ鋼鉄が途方もないパワーを受け止め、高圧の重力を路面に叩きつける。


 Diablo-ZetaのハイビームがRSをとらえる。
 いやというほど目にしてきた、HIDプロジェクターライトの光。

 その瞳に映るのは……忘れることのできない、血と鉄と炎の記憶。

「……っ……!!
Z…………いえ……これは……」

 神経を貫くハイケルビンストーム。脳の奥底に直接働きかける……

 綾波先輩が、誰もが封じていた10年前の記憶。

 Zは、【声】は……それを甦らせる。


「あなたがずっと、心の底に秘めていた悲しい記憶……
私はそれを受け止めなければいけない……」

 Diabloの力。

 RSは……Zと共鳴し、その力を限界以上に浮かび上がらせる。
 金属が息づく……

 Aero-Diablo。マーブリング模様のような塗装のゆがみからボディが浮き上がり、RSの全身に血管がむき出しになる。大気をイオン化させて紫電のスパークを飛ばし、RSはオーロラをその身に纏う。

 DiabloTUNED……

 それは悪魔のささやき、暗黒へのいざない。










 首都高湾岸線。
 葛城のNSXが第3新東京市へ向けてひた走る。後方には、横須賀BKメンバーのマシンもついてきている。

「──リツコ!!なんで黙ってレイを出してやったの!このままじゃあの子確実に死ぬわよ……!!!」

 本気の声。携帯に向かって怒鳴る葛城の表情は険しい。

『そう……ね。レイは、……彼女は死ぬ気よ。
私は彼女の望みに手を貸してやっただけ』

「!!利いた風な口を……レイとRSを失ったら、D計画もぱーでしょうが!っかってんの!!」

 伊吹さんのMR-Sから通信が入る。

「葛城さん、RSを捉えました!ベイラグーン埠頭、Diablo-Zetaと共に走行中です」

「!了解っ……間に合ってよ!
──ともかくリツコ、すぐにD抗体の準備、しときなさいよ!!30分以内!!」

 通話を切り、葛城は携帯をナビシートに放り投げる。

 つばさ橋を通り過ぎ、大黒を直進。本牧ICまで2kmの標識を過ぎる。
 既に朝の車が動き出してる。出口に通じるランプウェイには大型トラックが連なっている。

「くっ……レイ、早まるんじゃないわよ……」

 ステアリングを握り締め、祈るように呟く葛城。
 横浜市街へ向かって大きくカーブする湾岸線の高架の向こう、ベイラグーンタワーの黒い巨体が横たわっている。

 虚無の奈落に落ち込む……

 すべてはここから始まり、ここで終わる。










 ベイラグーン・ショート。
 無限のメビウスループを僕たちは走る……

 RSのオーラにZが呼応するように、パワーが上がっていく。

 求め合っているのか……本能で。
 機械としての……

『オレの邪魔をする奴はゆるさねえ……みんなぶっ潰してやる』

 【声】はずっとそう繰り返し、響き続けている。

 綾波先輩の言っていた【声】も……これと同じものなのだろうか。



 激しくRSに迫るZ。
 もはや僕の意識はZと一つになり……目の前のRSに、素手で触れられそうな感じがする。


『──私と一つにならない?』


「……!!誰……」

 【声】。聞こえる。RS、いや、Diablo-Zetaの。

「貴女なの……    …………」

『いつまでそうやって……気付かないふりをしているの?
血に汚れた自分の手に…………』


 テールトゥノーズ。Zがスリップストリームに入る。

『碇くんをずっと騙し続け……いいように利用してきた……
許されると思っているの?

……いいえ……あなたは心の底でそれを期待していた。このまま何も変わらずに、進んでいけるとね…………』


「……違うわ」

『嘘ね……』

 RSのマフラーテールから迸るアフターファイヤーがZの鼻先を撫でる。
 熱い鼓動を大気に放つ。

『同じ朝を繰り返す……あなたはそれで逃げられると思っているの?
怖いんでしょう。
碇くんに拒絶されるのが。

彼を傷つけたくない。そんなのは偽善。
本当はあなたが碇くんに嫌われたくないだけでしょう……?』


 ラインが揺らぐ。リアを大きく振り出してコーナーへ突っ込むRS。横腹にZのビームが刺さる。

『最速の彼方を目指す……だけどどんなに速く走っても、あなたは絶対に逃げられない。
あなたの犯した罪は死ぬまで、あなたを追いかけ続けるわ……』


「イヤ……っ!!」

『オレの邪魔をする奴はゆるさねえ……みんなぶっ潰してやる』

「綾波……ッ!!」

 接触寸前まで接近するRSとZ。大気の壁が僕たちを閉じ込める。

『私はあなたの心の投影……あなたの弱さ、醜さ、切なさすべてをあなたに見せてあげる』

 オーラが交わる。

 けだるい混沌の先に感じる……綾波先輩。
 手を伸ばせば届くのか……

 フェンダーが接触する。金属が引き裂かれる音と共に、僕たちの意識に電撃が走る。

 Zの頭を押さえるRS。
 ブレーキタイミングが少しでもずれれば即、2台ともクラッシュだ。

「私が終わらせなければ……私が戦わなければ……!
碇くん……あなたを守りたかった……」

 いつか見た、羊水の向こうの光。
 ベイラグーンの街灯、ベイラグーンタワーのサーチライト、ベイブリッジの銀河……それらがひとつにつながって、天へと登る光の階段に見える。

「こわかった……走るのが……
どこにも行けない……たどりつけない……
見えない何かにおびえて…………

……今わかった……
おびえていたのは、私自身の心の闇……

未来から逃げたかった……
碇くん、あなたがいる限り、私は過去を振り切れない……」

 加速するRS。残り少ない命が燃え上がる。
 後ろから見ていると痛いほどにはっきりわかる……

 アクセルONでねじれ、路面にしがみつくボディ……もう既にその限界は超え、自らのパワーが身体を壊し始めている。見た目は何の変化も無くても、骨格の内部はズタズタだ。

 RSの吼え声が……夜明けのベイラグーンに響き渡る。

「……そうよ……私は負け犬……
碇くん……あなたを守る資格なんて、私にはありやしない…………!!」

 涙の滴が、頬をひと筋撫でる。

 RS、スクランブルブースト発動。ECUが即座に制御マップを切り替え、エンジンに鞭打つ。

「……!!『綾波先輩』──!!!」

 狂気の加速でZを振り切ろうとするRS。Zのフルパワーでも追いつけない。
 大気を引き裂く過給音はタービンの限界を超えて、心臓を膨れ上がらせる。

 ボディの芯が砕ける……もうRSは走れない。

 それでも加速し続ける……それはなにかから逃れようとするように……
 すべてを道連れに……すべての罪を背負い込もうとするように……





 高速を降りて一般道に入るNSX以下、NERVのマシンたち。

 RSとZをモニターし続けていた伊吹さんが悲鳴混じりの報告を続ける。

「RS、スクランブル……モードD発動!排気温度上昇、ノッキングレベル危険域です!!」

「レイ!ダメよ──ッ!!」

 叫びも届かない。

 ベイラグーン埠頭から第3新東京市すべてに響き渡る、RSの魂の咆哮。

「臨界突破!コアが潰れます──!!」





 ベイラグーンショート、最終4連コーナー。

 250km/hオーバーの最高速からRSが慣性ドリフトに入る。
 アフターファイヤーが弾け、流れるようにボディが横を向く……

「綾波先輩……!!」

「これで……楽になれる……
嫌な声も聞こえない……

……ごめんね……碇くん……
もっとたくさん、あなたと話をしたかった……」

「そんな……泣き言、いわないでよ!!かっこいい先輩のままでいてくれよ……!!」

 震え上がるRS。もう終わりが近い。1秒ももたない。

「……いやだ!いかないで!!

僕を……ひとりにしないでよ…………!!!!!」


 パッシングの瞬間、綾波先輩の横顔が見えたような気がした。



 それは宇宙の始まりを思わせるかのようなまばゆいばかりの光球。
 限界を超えたエネルギーにRSの心臓が破れるのがわかる。
 ピストン、クランクシャフト、そしてシリンダーブロックごとエンジンが溶ける。RSの体内で……その身に秘めたすべてのエネルギーが解放された。

 瞬間遅れて音がやってくる。
 空気さえも砕け散る大音響の爆発と共に、Zは炎の中へと飛び込んでいく。

 見えない。いや、見える──


「嘘でしょ……ねえ、嘘だって言ってよ……
弱気になってるだけだよね……

おかしいじゃないか?
先輩の言葉は僕の言葉……そうだよ……
僕だって怖いんだ……

涙が出ないよ……悲しいはずなのに……!!

……こんな朝なら……
……こない方がマシだよ…………」

『なにやってんだよ……勝ったんだぜ?
喜んでいいんだぜ……』


「うるさい……だまれ…………!」

 笑ってやがる……

 【声】は満足したかのようにおとなしくなった……

「もう……やめてくれよ…………」

 炎に包まれたRSは何度もガードレールに弾かれ、燃えながらつぶれていく。

 砕けて飛び散ったパーツが辺り一面に転がり……くすぶっている。
 縁石に引っかかったリヤウイングが……物悲しく風に揺られている……










 どこをどう走ったのか覚えていない。

 止まりたくなかった。走り続けていなければ不安で押しつぶされそうだった。
 SPEEDの重力に身を委ねて僕は……どこまでも走り続けた。

 命が尽きるまで……この身体が朽ち果てるまで、走り続けたい。

 立ち止まってしまうのが怖かった……


 僕は……どこまでも逃げていく…………



『シンジっ!!綾波さんが、綾波さんがぁ……!!!
シンジ、ねえ、どこにいるの……?なにしてるの……?教えて……

……お願い……どこにもいかないで……シンジ……
そばにいてよ…………シンジ』

 電波はどこにいても追いかけてくる。
 ダメだ……僕を縛り付けるものはみんな捨ててやる!!

 ずっと愛していた……もう終わりだ。僕はこのまま消えてしまいたい……

「マナ。これで……」

 僕は鳴り続ける携帯を海に投げ捨てた。
 光さえも届かない海の底に……

 僕の想い出も沈んでいく。


 どのみち、僕はもう立ち止まれない。
 見届けてやるさ……





 そうさ……



 ……失うものなんか……





 …………なんにもありやしないんだ…………














予告


レイが倒れ、シンジも【声】によって自分を失う。

残されたマナ、アスカはただ惑うだけだった。

そんな中、最強の12使徒が彼らの前に立ちはだかる。

『迅帝』彼とのバトルは、ついにDiablo-Zetaを真の覚醒へと導く。



第19話 終わらない悪夢


Let's Get Check It Out!!!







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