EVANGELION : LAGOON

Welcome to H.S.D. RPG.
CAR-BATTLE in TOKYO-3, 2015.
by N.G.E. FanFiction Novels,
and RACING LAGOON.

Episode 16. Whisper from the Dark












 皆が待ち望んでいたバトル。

 綾波先輩と虎口とのバトルは、綾波先輩の勝利で終わった。
 駐車場に入ってくるRSと180SXを見ながら……僕は、どうしようもなく疼く胸を持て余していた。

 体温が上がっているのか下がっているのかわからない。
 背中、腕、わきの下に冷や汗がじっとりと浮き出る。足が震える。
 呼吸は自然と速くなり……もやもやと、濃い靄のようにわき上がる不安感が頭の中を埋め尽くしていく。


 僕はいやだ……

 ……このままじゃいやだ。

 ではどうしたい?どうすればいいんだ?

 ……わからない。どうすれば気持ちが晴れるのかわからない。
 何をしたいのか……ただ不安だ。

 だけどひとつだけ……
 それはZ……君が、答えを知っているような気がする。
 僕の心を埋めてくれる答えを……。

 それは僕自身がつかみ取らなきゃいけない……

 僕にできること……それは走り…………
 Zを走らせてやること……そうすれば、なにかがつかめる。

 Zの声が聞こえる……
 それはどこまでも深い心の闇の中から……
 ささやきかけるように、聞こえてくる…………

 ……そんな【声】が…………

 …………僕に聞こえてくる…………


 …………



SPEEDをあげろ!

ぶっとばせ!



 これは僕の気持ちなのか……
 もっと速く、強くなりたい……
 僕の心を縛り付けて離さないもの、それはなんだ……



綾波…………レイ………………



 綾波先輩……?


「僕は綾波先輩に……」

 そうだ。それが目標だったはずだ。
 綾波先輩に追いつくこと……

 だけど今はどうだ……
 勝ちたい。綾波先輩より速くなりたい。
 そういう想いが、僕の中にふつふつとわき起こっている。

 今までこんなふうに思うことはなかった……
 僕にとっての唯一の人として、先輩を尊敬していたはずなのに……



もっと……SPEEDを見せろ…………



「……!!」

 振り払おうとしてもダメだ。
 頭の中に……そいつはまるで棲みついてしまったかのように……


 今の僕には、綾波先輩を見ることが出来ない。
 先輩の姿を瞳にとらえたら……今のこの気持ちを制御できる自信がない。
 勝ちたい。挑んで、倒したい。

 ヴィジョンの隅から、じわじわと侵食するように浮かび上がってくる……
 競り合うZとRSの姿。スキール音は間断なく続き、火花を散らしてぶつかり合う。
 終わらない戦い。どちらかが倒れるまで。それはこの世に生を受けたモノとして……ゆずれない、生存を賭けた争い。

 僕はいつでもZと共に……いつかZが死んだとき、僕はどうなってしまうのだろうか。
 Zとて、機械の運命からは逃れられない。いつかは力尽き、朽ち果てる時が来る。僕はその時、どうすればいいんだろう。

 それとも、その時まで僕の方が生きていられるのだろうか……



「碇くん。冬月先生の所へ行きましょう」

 綾波先輩の呼ぶ声に、僕ははっと我に返る。

「先生には話をつけてあるわ。私の師匠……碇くんはまだ会ったことはなかったわね。
その人と、MAGI BALTHAZARで会うことになっているから」

 そうだった……。
 綾波先輩の師匠、その人に会い……横浜最速伝説の真実を知る。
 当時を知る数少ない人たち……僕たちの、導きとなれる真実。それを求めて、僕たちはここへ来たんだ。

 マナとケンスケは、しばらくまた峠を流してからそれぞれ帰るそうだ。
 僕と綾波先輩は二人で、箱根峠の中腹にある冬月先生のSHOP、「MAGI BALTHAZER」へ向かう。










 MAGI BALTHAZARでは冬月先生が既に待っていた。
 今夜は先生のGT-Rも外に出ている。外装はさすがに古くささを隠せないが、速さの方は今でも健在だ。

「やあ、よく来たねレイ君。シンジ君も久しぶりだね。元気でやっとるかな」

「ええ、おかげさまで。お久しぶりです、冬月先生」

「どうも、お久しぶりです」

 挨拶を交わす。

 ここに戻ってくるのは何ヶ月ぶりになるだろうか。懐かしさを感じているはずの僕。
 懐かしいというのはたしかにそうなのだが、どこか……もっと何年ぶりか、それくらいに来た気がする。

 この箱根の地に……僕は、なにを覚えているのだろう?

「ところで、先生……加持さんはまだ?」

 加持さん。それが先輩の師匠の名前か。

「加持君かね。彼もまたあちこち飛びまわっとるからね。なに、そのうち来るだろうよ。
なんだったら上がって待っとるかね?」

「ええ、そうさせてもらいます。
……碇くんはどうするかしら?」

「……僕はしばらく走ってくるよ。
もうすこし……走っていたい、から…………」

 心の中に生まれた焦り。いや、焦りというよりは気持ちのはやりか。
 それを発散させたかった。
 走っていれば、気持ちが紛れる気がしたから。

 ……Zが求めている。僕の、走りたいと思う気持ちを。
 かっ飛ばしたい。スピードを上げていきたい。

 そういう思いをZは、貪欲にのみこんでいく。

「…………ええ、わかったわ。気をつけてね」

「ああ」

 僕は再びZに乗り込み、箱根の峠へと降りていく。

 綾波先輩と冬月先生は店に残り……僕を見送る。
 先輩の瞳に映るZのテールランプ……それは何度も見た光。赤い光。シグナルRED……Zが、求めている証。

「……同じか、彼も」

「ですね」

「まるでユイ君を見とるようだよ。シンジ君の瞳は。
同じ色をしとる……走りに、スピードに取り憑かれた者……」

「そして……あのZに魅せられた者、ですね……」

 Zを見送りながら、過去に思いを寄せた女性を振り返る冬月先生。
 最速の走り屋として君臨していた僕の母さん……
 このZを生み出した人。伝説を築いた走り屋…………

 そして僕にも、同じ色を感じている。
 それはどういう意味なのか……同じように、最速となりうる力があるのか、それとも、同じ運命をたどるということなのか…………。

 冬月先生と綾波先輩。二人とも、僕の知らない真実を知っている。










 しばらく峠の往復を繰り返し、ふと目をやると道路脇の公園に180SXが停まっているのが見えた。マナだ。
 まだ帰ってなかったのか……

 僕は公園の駐車場にZを入れ、マナの元へ行った。

 星空の下……山々を見渡すマナは、いつもよりどこか幻想的に見えた。
 淡い星の光を浴びて……
 大気は、僕たちをオーロラのように包みこむ。

「星がすごいきれいだね。
第3新東京じゃ、こんな星空見れないもの」

「先に帰ったんじゃなかったの?」

 口をついて出る言葉は、そんななにげないものばかり。
 気の利いた言葉なんて僕には言えやしない……

「昔ね……田舎のおばあちゃんが聞かせてくれたんだ。
山の空気は、都会よりも透明だから人の心がよ〜く伝わるんだって。
つらいことあったらなんでも話しちゃいなさい……って」

 マナは僕のそばに歩み寄り、そっと……表情をのぞき込む。

 見ないでくれ……僕を。マナ。
 今は話すような気分じゃない……

「シンジ……なにか思い詰めてる?そばにいれば、わかるんだよ。
渚さんのこと……責任感じてるの?」

 分かってる。あの夜、渚さんの最期を見届けたのは僕だ。
 僕の目の前で渚さんは死んだんだ……

「僕には止めることができたかもしれないんだ……もし僕が、渚さんとあんなに競り合うことがなければ……」

「……偶然なんてないんだよ、シンジ……
世の中に起きること、それにはみんな意味があるの。
変えられないのよ、運命なんて……そんな簡単には」

 マナの声は悲しげだ。
 分かってる……運命を変えるのが容易でないことぐらいは。

 だが、もうひとつ考えを進めてみれば……その運命を創り出しているのは神様でもなんでもない。僕たちと同じ、人間なんだ。
 人間が、同じ人間をコントロールする。運命を弄ぶ。
 そう考えると……僕は、どうしようもない無力感と苛立ちを覚える。

 どうしようもないのか……僕だけの力じゃ。
 鈴原が事故ったのも……マナがムサシと離ればなれになってしまったのも。そして、渚さんが死んだのも……
 僕にはどうにもできなかったのか。
 僕にはその運命を変えることができなかった……
 もっと大きな力の存在。僕たちをその手のひらに踊らせる、計り知れない黒く大きな存在。

 それがたしかにある。
 夜のSTREETに生きる僕たちを……冷たく見下ろしているなにかが。



 背後の峠道には、今もときおり走り屋たちのクルマが行き交っている。

 彼らはよもや思いもしないだろう……10年前の横浜最速伝説、その影につきまとう力の存在をなど。

 僕たちのまわりでは確実になにかが狂い始めていた。
 渚さんの死……ただの偶然とは思えない。
 異様な姿に変貌を遂げてしまった渚さんのFC……それはどこからやってきたのか?
 Diablo-TUNE……それはつまり、NERVが関わっているということなのだろうか。

 綾波先輩……葛城……赤木博士……。
 彼らが僕の知らないところでなにをしているのか。
 渚さんを死に至らしめたDiablo-TUNE……それは彼らの手によるものなのか?

 わからない。これ以上、進んでしまうのは怖い。

 これ以上先に行ったら……引き返せない。そんな気がする。
 Zは……知っているのか。この先になにがあるのかを。
 そして僕は……Zと共に、その真実を知るために……走り続けていく。

「シンジ」

 マナはすこし、僕の方にすり寄ってくる。

「なに?」

「どこにも行かないよね。
私を置いて、いなくなっちゃうなんてことないよね……」

 か弱げな声。いつもは明るく、笑顔を絶やさないマナが……こんなに心を沈めるのは、僕の前だけだ。
 外面だけの笑顔の影には……弱い心がある。
 どうにもできない困難を前にしたとき、それを隠し通すことなどできない。

 マナにとって、僕は初めて……自分を隠せずに近づいた人間なのだろう。それはつまり、演じている余裕がなくなったってことだ。それだけ本気だってこと……

 それなら、僕はマナの気持ちに応えてやるべきだろうか。
 目の前にいる少女を。抱けるものなら抱いてやりたい。

「……ああ……行かないよ。僕はマナのそばにいるから……」

 思う。それはZのこと。
 走り続けていくってことは……いつ、命を落とすかもわからないことだ。

 Zを降りようなどとは思わない。それに、マナとて自ら180SXを駆って走りを続けているんだ。
 その意味するところはじゅうぶんに承知しているはず。
 だとするなら……マナも、きっと僕と同じように戸惑い、悩んでいるはずだ。

 このまま走り続けていくことの意味……何を求め、そして何を得て何を失うのか。

 僕たちが手に入れることのできないもの……

「うん……。シンジ、私待ってるからね。
シンジが帰ってくるの、私……信じてるから」

 僕とマナとの間の断絶。それはこの温度差だろう。
 もし、僕と走りとどちらを取るかと言われたら……マナはおそらく、走りを辞めることを選ぶだろう。
 だが、それでも今はまだ……踏ん切りがつかない。走りをあきらめきれていない。

 しかたないだろう。2年余の間……二度と戻ることのないその青春を、走りに捧げてきたのだから。

 来年になればマナも20歳だ。いろいろと変わる。様々な社会的権利、義務もついてくるし、名実共に立派な大人だ。今までのように無茶をしてもいられなくなる。

 僕は……たとえば1年後、今のマナと同じ歳になったとき……何を思っているだろう?
 変わらず、Zで走り続けていられるだろうか。そんなことは考えたこともなかった。
 未来のこと……実感がなかった。今を走ることに精一杯で。

「ねえ、知ってる?この場所……HEAVEN'S HILLって呼ばれてるの。
ここで星を見たふたりは永遠に結ばれる……そんな言い伝えがあるんだって」

「……迷信だよ、そんなの」

「私は、信じるよ……。そう思ってれば、勇気が出るじゃない。
迷信って言って捨てちゃうよりは……すこしでも、希望を持ってた方が私はいいと思うよ」

 縋れるものがほしい。そんなところだろうか。
 マナの気持ちは分からなくはない。だが、僕の心はそこから前へ進めない。なにかにつっかえるように……僕を抑えつけているものがある。

 綾波先輩?Diablo-Zeta?
 僕を縛りつけているのはお前たちなのか…………

「マナ。ほしいよ」

 言って、僕はマナを抱き寄せる。
 そのまま、抱きしめていく。力を強めながら。
 マナは驚きに打たれたように僕を見上げる。その表情……僕はやるせない。どうしてなんだ。
 求めながらも、この腕、胸に感じる違和感はなんなんだ…………

 目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは…………そう。

 綾波先輩…………

 だけど今、僕の腕の中にいるのは……違う。
 不安、不信、それらが僕を惑わせる……

「シンジ……」

 マナも僕も、互いに言葉を持ち合わせていない。
 囁きあうこともかなわず、僕たちはただ寄り添いあうのみ。

 なぜ僕はこんなにも胸を締めつけられているんだ……?なぜ……
 信じていたものが揺らいでいるから……

 綾波先輩!!

「…………」

 僕はマナの身体をきつく抱きしめる。だがそれは、マナへの想いからではない。僕の心に鎖のように絡みついたなにかを振り切りたいから……
 僕はこうして、身を縮こまらせるしかできない。
 こんなに……弱かったのか、僕は…………





「おおっと、いい感じの所邪魔しちまったかな?」

「!?」

 突然背後から聞こえてきた声に、僕たちは思わず離れて身構える。

 声の主は若い男だ。歳の頃は三十前後といったところか。
 よれよれのシャツをラフに着こなし、顎には無精ひげ。伸ばした後ろ髪を束ねている。一見、不良青年のような出で立ちだ……

「いや、久々に昔を思い出してここへ来てみれば、これまた初々しいお二人に遭遇したってわけなんだが……」

 芝居がかったおどけた口調で言う。
 マナは警戒した様子で僕の背後へ回る。僕はじっと、探るように彼を見つめた。

「そうだ、自己紹介が遅れたな。俺は加持リョウジ。ま、ここ箱根をテリトリーにしてる走り屋ってやつだ。
MAGI BALTHAZARってSHOPは知ってるよな?そこでちょっと手伝いみたいなことをやってる。
よろしくな、碇シンジ君」

 にかっと微笑み、彼……加持さん、は手を差し出してきた。とりあえず、握手を交わす。

「僕の名前を?」

「もちろんさ。この業界じゃ、君は有名人だからね。
弱冠18歳にしてあのDiablo-Zetaを操る、『10年前の最速の走り屋』碇ユイの再来と言われている走り屋。それが君だ」

「そう、ですか……」

 加持リョウジ。もちろん知っている。
 綾波先輩から聞いた、先輩の師匠の名……かつて箱根エリア最速の走り屋として君臨し、『皇帝』の称号を持っていた男だ。

 今は引退した身だが、その速さは衰えてはいないという。

 ふと駐車場の方を見ると、黄色いランエボが停まっている。あれは……7。ランエボVIIだ。あれが加持さんのマシンか。
 エアロはノーマルのようだが、夜の闇にぎらぎらと光る大径ホイールにブレーキローターがその戦闘力をアピールしている。

「……ふむ」

 エボVIIに興味を引かれている僕の視線に気付いたのか、加持さんは値踏みするようにあらためて僕を見据えた。

 分かっていた……僕が、戦う相手を求めてるってことを。

「どうだいシンジ君、ここで会ったのも何かの縁だ。いっちょ、軽くバトルといかないか」

「……望むところですよ」

 期待がなかったと言えば嘘になる。だが、こんな言葉が出るとは思わなかった。
 言ったあとで、僕は自分に愕然となった。
 今までと自分が変わってしまったようだ。僕はこんなに戦いを求める人間だったのか?

 違う。僕は……

「ようし、それじゃさっそく行こうか。
お、そうだ、お嬢ちゃん、君はどうするんだい?彼を待つかな?」

 そうだった、マナがいた。
 僕はZのコクピットに片足を突っ込んだままマナの方を振り返る。

「マナ、どうする?」

「う、ん……そうだね、時間ももう遅いし。相田君といっしょに帰ることにするよ」

「そうか、わかった。ケンスケはどこに?」

「あ、えーと……Route1の方で、箱根DDの山崎って人といっしょに走ってるみたい。そっちに寄ってから行くよ」

「うん。気をつけてね、マナ」

「シンジもね。それじゃ、あとで」

 会話を終え、僕はあらためてZのシートに深く座り直す。
 加持さんは既にエボVIIの準備を終えて待っていた。
 僕たちはそれぞれのマシンを道路に出し、横断歩道の白線にそって鼻先を並べる。

「さっきの娘は彼女かい?いいねえ、若いってのは」

 まるで緊張した素振りを見せない。さすがと言うべきか、もともと軽い性格なのか……
 ともかく、今は走りに集中する。


 ……そうさ……

 僕は、飢えてた。


 走りに。食らいつく獲物に。


 箱根の眠れる皇帝・加持リョウジ……

 綾波先輩の師匠。そして、ランサー・エヴォリューションVII……最高のマシン。


 僕は自分を納得させたかった……


 自分の中にわき上がるこの気持ちに……

 ……答えを出したかった……


 独りでやれるってこと……


 綾波先輩から、僕は独り立ちできるってことを…………!!
















vs

Ryouji Kaji
















 ……タイヤが悲鳴を上げる……

 身体の中で疼く力を発散しきれない……

 ……このもどかしさ……


 まるで違う時間軸にいるように、エボVIIは飛び出していく。
 Zはいきなり出遅れてしまった。

 いかにDiablo-Zetaといえども……ゼロスタート、加速、最高速、コーナリング……そのすべてにおいて最強というわけではない。

 気付いたときには僕は、誘われるようにアクセルを踏み込んでいた。
 目の前で黄金色に光るエボVIIのテール……キャンディゴールドのボディは夜の闇に、プラチナの輝きを放つ。
 ときおり足下に弾けるアフターファイヤーの炎が、閃光のようにきらめく。

 僕は加持さんに……皇帝に、勝つことができるのか……

 Zは牙をひそめている。僕だけが、焦っている……
 Diablo-Zetaにとっては……こんなランエボなど、とるに足らないマシンだとでもいうのか……



「なっ……!?」

 突然、Zのバックミラーが激しいパッシングを反射した。
 すぐ背後に迫っている。それは……RS!綾波先輩だ。

 RSは一気にZを追い抜くと、そのままエボVIIに競りかけていった。
 エボVIIもそれを受け、Zを放って加速していく。

「冗談じゃ……ない…………」

 速い。いや、それは分かってる。

 なによりも僕を愕然とさせていたのは……加持さんも、綾波先輩も、まるで僕のことなど目に入っていないかのように……Zを無視して行ってしまったことだ。
 僕には追いつけない……一体、なにが足りないんだ……

 僕になくて……綾波先輩にはあるもの。

 じりじりと引き離されていく……だが、僕はあきらめるわけにはいかない。
 そうさ……目の前にあるRSのテールランプは、ベイラグーンでのファーストバトルの時よりも……ずっと、大きく見えた。
 僕は確実に前に進んでいる……綾波先輩に、近づいている。

 RSは僕の手の届くところにいる……

 僕の心には、不思議な満足感が生まれていた。
 報酬なんていらない。観客の歓声だって。
 ここには……ひとりのギャラリーもいない。だけど、僕たちがいる。それだけでじゅうぶんだ。


 僕は……蜃気楼をつかむ……





 頂上の駐車場に着き、僕たちは駐車場にそれぞれクルマを入れて降り立った。

 加持さんと綾波先輩が向かい合う。僕もそこへ向かい、じっと二人を見つめる。

「よ、なかなかの走りだったじゃないか。さすがだなシンジ君。
レイちゃんも、久しぶりだね」

「……2年になりますね」

 変わらず軽い口調で言う加持さんに対し、綾波先輩はいつになく重い。

「そうだな。俺ももう走り屋としちゃ年寄りかな、はは」

「速いですよ。……あの頃と変わらず」

「どうだい?第3新東京は。葛城はうまくやってるのか?」

「……ええ。
そんなことより……加持さん。

……5thが死にました…………」

 死んだ……それは渚さんのこと?
 5th……フィフス、だって!?

「……そうか」

 加持さんもさすがに声のトーンが落ちる。
 僕たちのまわりで最近死んだ人間……渚さんしか思い当たらない。だが、5th、とコードネームかなにかのように呼ばれるのは……いったいどういうわけなんだ?

「……加持さん……いえ、加持保安部長。
戻られるおつもりは……ないのですか?葛城作戦部長も、あなたの復帰を心待ちにしています」

「…………さてね」

 綾波先輩は一歩前に踏み出る。加持さんはわざとか視線を逸らし、宙を見上げる。

「今さら、ですか?あなたほどの好奇心と探求心の持ち主が、横浜最速伝説に手を出さないなど」

「おいおい、勘弁してくれよ。そりゃま、君がわざわざ俺の所に来るぐらいだ……事情は察するよ。
ただな……すまないが、力にはなれない。俺が命を懸けるのはあくまで、自分の興味のためにさ」

 おどけたように、困った表情を見せる加持さん。綾波先輩も引かない。

 先輩の声には必死さが滲んでいる……いつもはこんな声は出さない。
 いつも強く……懐の広さを見せていた、あの綾波先輩が……

 ……今は、加持さんに縋りつこうとしている……

「……私……怖いんです……
私は運命づけられてた……もう引き返すことなんてかなわない。声が……聞こえるの…………
……頭の中に響き続ける……この声を振り切れない…………」

「レイちゃん」

「加持さん……あなただって分かっているんでしょう?
やり残したことがある……だから、戻ってきた。忘れられなかったから……
……違いますか?」



 僕はなにも言うことができなかった……

 頭の中が沸騰して、思考がまとまらない……
 綾波先輩の言葉……たしかに言ってた。
 『声が聞こえる』と…………

 渚さんも同じことを言ってた……同じ【声】なのか…………?

 Diabloが語りかけてくる、その声なのか……?

 MAGI BALTHAZARへ戻る道……僕は前を走るRSのテールランプを見つめている。そうするしかできない……
 綾波先輩……どうして、僕になにも言ってくれないんだ……

 ずっと前から聞こえてたのか……?
 誰にも言えず……おびえてたのか?
 ……僕が……僕がいるじゃないか…………

 僕は……綾波先輩のことをずっと…………





 ともかく、はっきりしているのは……
 渚さんと綾波先輩……そして、僕に……【声】は、聞こえてるってこと……

 おそらく、その共通点……それは共に、Diablo-TUNEのマシンに乗っているということ……
 Diablo……それはなにか、得体の知れない力を秘めているんだ……

 ……だが、だとするなら……同じくDiablo-TUNEを駆る、惣流はどうなんだ……?
 あいつにも、声が聞こえているのだろうか……


 どっちにしろ、綾波先輩は……

 ……ずっと独りで、戦っていたんだ……


 …………誰にも助けを求めることができずに…………










 MAGIに戻り、僕たちはあらためて冬月先生の元に集まった。

 冬月先生の話とは、来るべき横浜GPに向けて、Zのさらなる調整をしておくということだった。
 Diablo-Zetaの開発者である母さんと冬月先生は、京都大学時代には学生と教授の間柄だった。母さんの誘いで、冬月先生はNERVに入り……やがて、チューナーとして名を馳せていく。

 そしてこの時、初めて聞かされたこと……それは、母さんの夫……つまり、僕の父さんだ……
 NERV総帥、六分儀ゲンドウ……その男が、僕の父親だということ。

 僕には実感がなかった……今さら、知ってどうなるということでもない。僕は両親のことなど、まったく気にせずに生きてきた。それで不便があったことはない。
 だから、今さら……父親がこんな大企業の長だったと、分かったところで特段なんの感慨もなかった。

 ZはすぐにMAGI BALTHAZARのガレージに入ることになり、GP決勝当日に会場に運ばれるということだ。
 僕は綾波先輩のRSで第3新東京市に帰ることになる。





 そして冬月先生は僕に話があると、僕をGT-Rに乗せて箱根の峠へ走り出した。

 KPGC110スカイラインGT-R……
 今の時代にあっては極貴重なクルマだ。現存する台数はもはや50台あるかどうかと言われている。
 そんな超ヴィンテージカーも、冬月先生の手に掛かればバリバリのレーシングマシンに生まれ変わる。車齢はもう40年ちかくに達するはずだが、ボディ、エンジン、足回りとも微塵の衰えも見せていない。

 箱根の峠をなめらかに駆け抜けていくGT-R。

 夜の闇は深まり、ところどころに虫たちの声が聞こえる。

「今、ワシから君に話してやれることは限られている……
だが、忘れんでくれ。ユイ君も六分儀も、君の幸せを第一に願っておったのだとな」

「……分かってますよ……僕はあれだけのマシンに乗れてるんだ。
走り続けていける……僕にとってはこれ以上の幸せはありませんよ……」

 GT-Rはロープウェイの駅に滑り込み、僕たちはそこで外に出る。

「それよりも気になるのは……Diablo-TUNEのことです。
綾波先輩ははっきりしたことを教えてくれませんでした……
……僕にも、話せないことなんですか?」

「ふむ……」

 腕組みをし、ため息をもらす冬月先生。
 考え込んでる……なにを?僕のことか、それとも……

「……NightRACERSの惣流君は知っておるね?実は、彼女には既にいくらかを話してあるのだよ。
Diablo-TUNE……それはクルマのチューニングではなく、それを操る人間のチューニングなのだとな。もちろん、それに見合った器にクルマを作ってやる必要はあるが……
人間の限界を超えた力を引き出す、ひとことで言えばそれがDiablo-TUNEだ……」

「限界を超えた力……」

「10年前……ワシや加持君も現役だった頃だ。
当時の横浜にな……恐ろしく速いZ32がいると、噂が立った。次々と各地の記録を塗り替え、それはまさしく『伝説』だった……」

「……横浜最速伝説……」

「夜の闇に溶けこむ、深い紫のボディ。いつもどこからともなく現れる……
金属質の耳障りな音のマフラー、これまでにない有機的なデザインのエアロパーツ……それらすべてに、まるで命が宿っているかのようでな。
ほどなくして、それがユイ君の造り上げたDiablo-TUNEのテストタイプ……Diablo-Zetaだと知ったのだよ」

 当時を思い出す冬月先生。
 10年前は今とは違い、走り屋たちの争いはまさに戦争の様相を呈していた。毎夜の如くハイウェイでは熾烈なバトルが繰り広げられ、事故も当たり前のように起きていた。SecondIMPACT後の混乱期でPOLICEも手が回りきらず、深夜のSTREETは半ば無法地帯と化していた。

 母さんも、キョウコさんも、そんな中を戦い抜いてきた。
 そんな中で生まれたんだ……このDiablo-Zeta、そして僕は……

「たしかにDiablo-Zetaは速かった。異常と言えるほどにな。
あのクルマには悪魔が宿った……走り屋たちの間ではそんな噂が立ったのだよ」

 Diablo-Zetaの伝説……
 それを追うドライバーの心に取り憑き狂わせる、悪魔のマシン……

 それは既に……母さんを蝕みつつあったのか?

「ワシらの心配にもユイ君は耳を貸さんでな。キョウコ君のFCと共にいつも首都高を走っておった。
彼女らを追う走り屋たちは、Diabloの魔力に引きずられるように次々と事故を起こし死んでいった……
そして、ついにはユイ君自身までもな。その後を追うようにキョウコ君も……

君たちの仲間の渚君にしても同じことだ。Diabloの力に心を奪われ、取り込まれてしまえばああいったことになる……
誰が悪い、とは言わん。ただ、Diablo-TUNEは常にそういった危険をはらんでいるということだけはたしかだ」

「…………」

「ユイ君は一度だけ、六分儀に漏らしたことがあったそうだ。
『あのクルマには、造った自分でさえ分からないところがある』と……
だがワシらは信じておる。あのZ、Diablo-Zetaには……ユイ君の魂が宿っておるのだとな。
だからこそ、ワシらは君にDiablo-Zetaを託したのだよ」

「母さんの魂が……」

 そう思えないこともない。Diablo-Zeta……おぼろげながらも感じていた。
 このZの伝説……そして、秘められた底知れぬ力……
 Zに宿った力、それがあるいはそうなのかもしれない…………

 走り続ける僕を、ずっと見守ってくれている……

 そんな気がしたんだ……

 そして同時に、それは恐ろしいものでもあるということを心に留めておかなければいけない。
 Zに乗り始めた頃……僕もたしかに感じていた。このクルマには、ドライバーの心を虜にするなにかがあると。
 それに呑み込まれてしまえば……僕だっていつ、渚さんのような運命をたどっていたかもしれない。



 Diablo-TUNEに適合した人間……Diabloに選ばれし者。
 それが『Driver』……

 僕は三番目の適格者、『3rd』……
 綾波先輩は『1st』、そして惣流が『2nd』ということだ……
 皆、Diabloに関わった者かその親族だ。

 さらに驚くべきことには……
 鈴原が『4th』、渚さんが『5th』……共にDriverだったということ……

 二人とも、Diablo-Zetaと戦い、そして敗れた……

 僕は二人を蹴落として這い上がってきた……そういうことなのか…………

「横浜GP……勝つことでなにかが変わるんですか……?」

 鈴原の事故。渚さんの死。それらに意味はなかったのか……
 志半ばで倒れた多くの者たちの屍を乗り越えて、僕は前に進んでいる。

 墜ちていった者たちは……いったいどんな気持ちでいるのだろうか。

 僕の心ははるか遠くへ……時間も記憶も飛び越えて、未来へと向かっている。
 横浜GP……
 僕の、避けることのできない戦い。
 乗り越えた先にはなにがあるのだろうか……

「それはワシにもわからん……
ただ、横浜GPを走り抜き、結果を残せば……君の中の何かが片付くのではないかね?
あれだけの大規模なRACEを経験すれば、いろいろと分かることもあるだろう。
Diabloがなんたるものなのかを……今よりももっと、理解することができるかもしれん。いや、かならずできるだろう。

年を取るとな、君のような未来ある若者たちに憧れを抱くのだよ。
自分ができなかったことを、成し遂げてほしい……そんな思いをな。

Diabloは言ってみれば夢のようなモノなのだよ。
恐れず、立ち向かえる力……心の枷を取り除ける力。進化の袋小路に追いつめられた人間を救うことのできる力だ。
RACEはいわばそのためのひとつの形に過ぎない。

……シンジ君。君は君の思うようにやってゆきたまえ。
君にも愛する人、大切な人はいるだろう。その人の元へ、かならず戻ってくるのだ。
そう思っていれば、取り込まれることもない。
約束はたくさんしておくものだ。ワシのような年寄りではなく、若い娘さんとがいいだろうな。

……忘れるんじゃないぞ、シンジ君。
君を迎えてくれる者たちはたしかにいるということをな」














予告


横浜GP。それは境界線を越えた力のぶつかり合い。

激しく歪む空間の中を、レイ、アスカと共に走り抜けるシンジ。

彼の中には着々と、別の意志が表れつつあった。

10年の時を経て再び一つになる、二つの心。



第17話 心のかたち、人のかたち


Let's Get Check It Out!!!






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