深夜のベイラグーン埠頭。

 そこには、大勢の若者が集まっていた。
 今夜、ここで行われるイベント……それは、ある種の人間たちにとって最高の祭り。



 TEAM MidNightANGELS vs. NightRACERS Honmoku。

 第3新東京市最速を争う二大チームの交流戦。


 そう……今夜は、伝説がよみがえる夜。

 それを待ちわびるかのように……空高く上がった満月は、不気味に赤く輝いている…………





 ターミナルに陣取った数台のクルマのうち、中央に鎮座した紅いRX-7。
 ドライバーの女が、腕組みをして瞑想するように口に出す。

「聞こえるわ……夜の響き」

 惣流アスカ=ラングレー…………

 南横浜は本牧埠頭を本拠地にする第3新東京市最大の走り屋チーム、「NightRACERS本牧」の3代目リーダーだ。
 昼の顔は新東京医科大学に籍を置く23歳の医大生。

 惣流の愛車であるFD3S型RX-7は、MAZDAが技術の粋を集めて開発した世界唯一のロータリーエンジン・ピュアスポーツ。
 高出力かつ軽量コンパクトなロータリーエンジンをフロントミッドに搭載し、かの零戦に倣って極限まで軽量化されたボディに50対50の理想的な前後重量配分を実現することによって、他の追随を許さない車両運動性能を発揮する。
 真紅のボディにゴールドの文字で描かれたNightRACERSステッカーが映える。

「おう!しびれるで!わしらの音!」

 惣流の隣にいるのはNR本牧のNo.2、鈴原トウジ。

 アグレッシブなドリフト走行が持ち味で、本人の性格も走り同様に豪快だ。
 義理と人情に厚く、裏表のない性格がチームメンバーの信頼を集める21歳。

 鈴原の愛車はNISSANのミドルクラスFR、S14シルビア。艶やかな黒色が夜の闇に浮かび上がっている。
 このS14はターボ無しのQ'sだが、鈴原の手にかかればヘタなターボ車を寄せ付けない速さを発揮する。



 彼らが待ち受けるのは、第3新東京市においてここ半年ほどで急激に頭角を現してきた「TEAM MidNightANGELS」。

 元々はチューニングショップ「MAGI MELCHIOR」の代表である綾波レイを中心に、熱心な客たちが集まって結成されたチームだったが……今年、1人の新人を迎えたことにより本格的にチームとしての活動をはじめた。
 そして今夜、MNAは新たな戦力を手に入れる。


 それが……走り屋たちの間で伝説と謳われた深紫のフェアレディZ…………



 …………人呼んで、「Diablo-Zeta」………………










A.D. 2015


紅の月、輝く夜











 この日から、すべてが始まった。
 綾波先輩に呼ばれて……この街、第3新東京市に来て。

「おっまたせ〜!
碇シンジ君ね?」

 そう……これが出会いだった。
 彼女の名は霧島マナ……僕たちは、この時初めて出会った。

「き……霧島、さん……?」

「さ、時間がないわ。はやく乗って〜」

 彼女のクルマはVeilSideのコンバットエアロを纏った茶色い180SX。
 威圧感たっぷりのエアロにリヤの2段式GTウィングがアクセントを添える。

 こんなマシンを当たり前のように操る彼女の姿は、僕にとってはインパクトが大きすぎた。

「じゃ、れっつごぉー♪」

 僕を乗せて、180SXはベイラグーン埠頭へ向かう。
 僕を待ち受けていたもの、それは…………


「……これは……!!」

「ふふ、驚いたかい?」

 吸い込まれるような鮮やかな紫。
 有機的な印象を与える、不気味なフルエアロ。
 街の片隅、寂れたガレージで僕を待っていたこの300ZXツインターボ……

 これこそが……伝説の、Diablo-Zetaそのものだった…………


 僕はこいつを知っていた?
 記憶の彼方に、こいつの面影がある。

「久しぶりね、碇くん」

 綾波先輩。僕を……待っていてくれた…………

「碇くん。私が今から言うことをよく聞いて。
……これにはあなたが乗るのよ。そして、これから行われるチーム対抗戦を走ってもらうわ」

 そう……これは運命づけられていたことなんだ。
 だけど…………僕にとって、そんなことは関係ない。

 ……僕はこいつに…………会う前からすでに、こいつに魅せられていたんだ…………

「……ああ。僕は走るよ」










Diablo-Zeta First RUN





Diablo-Zeta、および碇シンジ


ベイラグーン埠頭にて初出撃











 嘘みたいだった…………


 震えてる。僕の手が震えてるんだ。ステアリングが、じっとりと汗ばんでる。


 僕はゴールするだけで精一杯だった。自分が何位だったか、そんなことまでは気が回らない。


 とにかく、意識を落ち着けたかった。


 窓を開けて、風を入れる。


 熱くなった空気を冷やさなきゃ、どうにかなっちゃいそうだった。


 聞こえてくるのは、風の音に混じったエンジン音と綾波先輩を讃える声……


 ギャラリーしてた人たちが口々に…………ざわめいてる…………



「勝ったのは、MidNightANGELSの綾波だ!!」


「NightRACERSの惣流があんなに離されるなんて、どうなってるの!?」


「これで何連勝じゃ!?不敗神話も生きとるのう!!」


「確かに、10年前の最速の走り屋よりも速いかもね」


「MNAの綾波……新たなる伝説の始まりだな!!」



 ………熱い風に溶けてく………


 ……伝説の始まりを告げる……


 ……夜を讃える声の群れが……



 これが…………新たな伝説が生まれた夜の話さ…………

 誰もが浮き足立ってた。もしかして、僕も…………


「…………冗談じゃない」

 なにひとつ見えなかった。綾波先輩の走り…………
 テールランプすら、僕の視界に入ってなかったんだ。

 僕は……ただ身体の震えが止まらなかった。


 こんなことは…………初めてだった………………




 紅い月が、「今夜も」僕らを見下ろしていた。















緒戦より3週間後


ベイラグーン埠頭











 交流戦は綾波先輩の圧勝だった。

 ……もっとも僕とこのZが現れたおかげで、このバトルによって決まるはずだった横浜最速の座は保留のままになった。


 …………10年前…………

 Diablo-TUNEと呼ばれる謎のチューニングが施されたZ32を駆り、とてつもない速さを誇っていた走り屋がいた。
 誰も追いつくことのできなかった最速の彼方……それを見たといわれる、深紫のZ32…………

 ……それがこのZ……


 …………Diablo-Zeta…………





 そして、これをきっかけにして第3新東京市の戦局図は大きく揺れ動いていく。
 その発端が……MNA対NRの交流戦から3週間後のこの事件…………



「すまん!こないなことになってしもうて……」

 突然の知らせ。

「石川の野郎、独断で綾波に挑戦状叩きつけようとしとるんや。
霧島はそのための人質っちゅうわけや……」

 NRの内紛。それに巻き込まれた僕たち。
 どっちにしろ……黙って見過ごすわけにはいかない。





 だが、これには裏があった。
 NR石川はベイラグーンを離れたあと……赤レンガ倉庫に向かっていた。

 隠れるように、倉庫の裏手に停まっている石川兄弟のインテグラ。
 さらにその隣にいるのは……茶色い180SX。その背には熾天使セラフィムを拝している。マナの180SXだ。
 NRの問題児と、MNAのアイドル……激しく釣り合わない組み合わせだ。
 ……なぜ、こんなところに一緒にいるのか……

 そして表には、WON-TECのものだろうか……数台のLIMOUSINEが停まっている。

「マジでいいのかよ!?バトルの面倒を見てやるだけでこの報酬……オイシすぎンぞ!」

 提示された条件にかぶりつく石川ケイスケ。
 マナは180SXのボンネットに腰掛け、そんな彼らを呆れたように見ている。

「私に言われてもね。これはWON-TECの方から直接来た話だから……文句つけるならそっちに言って」

 石川はちらりと表を伺う。

「WON-TEC……?霧島、お前……いや、マナさんと呼ばしてもらおうかな。
マナさんよ、あんた仮にもNERVの人間だろ?ヤバクねえのかぁ?」

「……さぁ、ね……どのみち、契約はあなた達とWON-TECの間で結ばれる。私はその案内をしただけ。
あとは向こうが勝手にやるでしょ」

 火をつけた煙草を、まだ半分も吸わないうちに地面に落とす。

「ケッ……まぁいいってことよ。オレもこう見えて、何かと顔は利くっスから……なんかあったときは言ってくれや。
もちろん、それなりの見返りは欲しいスけどねぇ……」

「…………覚えておくわ」

 180SXのボンネットに手をつき、好色じみた顔をマナに近づける石川。
 多少引きつつもマナは怯まずに返す。

「まずは仕事よ。Diablo-Zeta……あなた達自身の目で、その速さを確かめて。
……石川君。こないだみたいなへまはしないようにね」

 そう厳しく言いつけると、マナは180SXに乗り込んだ。

「わぁってらよ!あん時はコイツの調子が悪かっただけだ」

 自尊心を傷つけられたのか、石川はインテグラのルーフを叩いて大声を張り上げる。

「さっきもちょいと顔出してきたけどよ、っとにクソムカつくぜ!あのZのガキは!
マナさんもあんなガキやめてオレらとよろしくやんねースか!?」

「……穴が欲しかったら、Nanpa Chicaneにでも行けば?あそこのコたちはカルいわよ」

「ケッ、言うじゃねえスか。まあいい、なんとかゼータとやらを軽くひねって、ついでにあんたも攫っていくぜ。
せいぜい、特等席から見てるんだな!」

 赤レンガ倉庫から出撃する180SX、それを追うインテ。

 マナは携帯を取り出し、僕に電話をかける。
 フロントウィンドウの向こうにベイラグーンタワーを見て……そこに、Zがいるのを感じて。

「……(シンジ君……ごめん……)」










Diablo-Zeta vs. GRA-Hyena











「ケッ……しつこい野郎だ!」

「追いつかれるぜ」

「オレを誰だと思ってんだ!すぐにちぎってやるぜ!!」










ベイラグーン埠頭、ロングコース











「ああっ!あのZ32!!MidNightANGELSの生意気な奴だぜ!!」

「おもしれえ!やったろうじゃねえの!!」

 インテ対Z。圧倒的な性能差を前に、焦る石川。

「アニキッ!こんなヤツコーナーで差しちまえよッ!」

「でけえ図体が邪魔なんだよッ!ええいフラフラとうっとうしい!!」










封鎖











「なっ!?き、聞いてないわよこんなの……!」

 ベイラグーン埠頭のゲート前に陣取ったNRのクルマたち。
 僕たちを逃がさないつもりなのか……

 だが、構うものか。

「強行突破する!!僕の後についてくるんだ!!!」










突入











「くっ!!……うあっ!……!」

 脱出路を塞ぎにかかったR33スカイラインを体当たりではじき飛ばし、NRの包囲を抜け出す。
 やがて惣流たちが助けに来てくれて、僕たちはようやく石川の手から逃れることができた。

 Zは傷ついてしまったけれど……マナが無事で、よかった。

 そう、僕は思おうとした。

「僕はどうして…………誰のためにこんなこと……しなくちゃならないんだ…………」

 僕は戸惑ってる。


 自分の中にわき上がる、この熱い血に。















2日後、首都高速湾岸線











 降りしきる雨の中、僕はZを走らせる。

 こいつが何だろうと僕は……自分の思いを否定できない。
 逃げていたら……ダメなんだ。


「Z……!?」

 僕の目の前に現れたミッドナイトブルーのフェアレディZ……
 彼こそが、12使徒の称号をもつ最速の首都高ランナー。










Diablo-Zeta vs. Blue Stinger











 12使徒、首都高の青い悪魔「ブルースティンガー」……
 ……そう呼ばれている青年は、名前を椎名アズサさんという……

 彼もまた……このZを待っていた1人。

「Diablo-Zeta……首都高ランナーにとっては伝説だ」

「ディアブロ・ゼータ……?」

 僕は初めて、このZの由来を知る。

「……俺も大したことを知ってるわけじゃない。さっき言ったことは、ちょっと詳しいヤツなら誰でも知ってることだしな……。
ただ……よく噂されていたこととしては、そうだな……
そのクルマは、まるで意思を持っているかのように走る、ってことか…………」

「……意思を……?」

「ああ。ただ速いだけのクルマじゃない……
それを追うドライバーを惹きつけ、虜にする……魔性の魅力を持っていたんだ……
Diablo-Zetaを追って事故った走り屋は数知れない。
幾多の事故に遭いながらも、それでもそのたびに驚異的な復活を遂げてきたそうだ、Diablo-Zetaは……」

 そして、僕が知る衝撃の事実。

「つい1か月前にも、そいつはクラッシュしてる。
ドライバーはそう、MNAの綾波レイだったか……
湾岸での最高速アタック中の事故だったそうだぜ」

「!な……綾波先輩が!?」

 信じられなかった。
 あの綾波先輩が事故った……それも、このZで…………

 こいつはまさしく悪魔のマシン。
 たんなる偶然や噂なんかじゃない。本当にそうとしか思えないような、不気味な経歴を持っている。
 まるで……ドライバーを拒絶するかのように。

 誰にも操ることのできない、凶暴なモンスターマシン……
 ……だけど、そんなコイツが認めた数少ない人間がいる。










横浜最速伝説





10年前の最速の走り屋











「碇さんは、俺たち首都高ランナーの間では伝説的な走り屋だった。
Diablo-Zetaに唯一認められたドライバーとしてな…………」

 碇ユイ。それは僕の、亡き母親の名……
 ……そして10年前、このDiablo-Zetaを駆り、横浜最速の座に君臨していた伝説の走り屋の名…………

「彼女の持つ記録はいまだに破られていない。今でも、こう呼ばれてる……『10年前の最速の走り屋』ってな…………」

 僕はなにひとつ覚えちゃいない……
 記憶がないんだ。

 かろうじて思い出せるのはそう……10歳くらいまでで、それ以前の僕がどこでどうやって暮らしていたのか……それさえも思い出せない。

 ただ分かることは……僕は冬月先生の家に引き取られて、綾波先輩と一緒に暮らしてたということだけ……



 Z……君はいったい、どんな時を生きてきたのか。

 それは君だけが知っている……
 僕たちは、ただ断片の情報をつなぎ合わせて、おそらく主観の混じった推測をしなければならない……


 誰にも本当のことは分からない。

 ましてや、それが10年も前のことなら。















再び、ベイラグーン埠頭





MNA vs. NR


再戦










先の拉致未遂事件の決着をつけるため





MNA綾波レイ、NR惣流アスカラングレーによる

タイマンバトル










その前哨戦に


NR鈴原トウジ、MNA碇シンジを指名











「…………私だって怖いと思うことはあるわ……
走りを追うことはいつだって死を意識する。

……でもね……そんな恐怖でも、忘れてしまう瞬間はある。

シグナルRED……闇の中に明滅する赤い光。
それ以上踏み込んではならない世界がある……そんな気にさせる光よ…………

スピードの中に自分が消えてしまう……
……自我境界が薄れていく……

そういう瞬間、自分が溶けていく瞬間…………

…………限界のSPEEDの中で…………

………私は少しだけ、自由になる………………」

 淡い光に包まれて……僕たちは、少しの間だけ……心を通わせる。

「綺麗よね……

……海に映った街の光。
そう……鏡の街、偽りの世界…………

……スピードに呑み込まれそうになったとき、私はここに来て……
空にかかるベイブリッジの銀河を見つめるの……

………流れていく光は、海に溶けてひとつになる………

流れ続けるこの鏡の世界に、私がいる……
……そんな気がしたら、私はもう一度走り出す…………」

 僕がZで走るとき…………

 ……それは、抗い難い血の衝動に突き動かされて……
 戦い。闘争本能。それをむき出しにしてる…………

 それはこのZが……Diablo-Zetaが、求めていた血。

「そう……Zはあなたを選んだ。あなただからこそ、そのZに乗れる。
彼女はあなたのために生まれてきたと言ってもいいわ」

 それは逆に言えば……僕が、このZのために生まれてきたってこと。

「碇くん……1つだけ聞くわ。
あなたはそのZで走るとき…………自分だけは事故らないって、思ってる?」

「まさか……そんなわけないよ。いつもビクビクしてる……
キーをつかんだ瞬間からもう……今日こそは死んじゃうんじゃないかって……
だけどそれでも、走りたいって気持ちは抑えられない……」

「そう……怖いのね」

「怖いよ……当たり前じゃないか。僕だって怖いよ……」

「碇くん…………あなたは死なないわ。
本当に分かっているヒトは死なない。自分が臆病だって、認められる勇気のある人はね。
あなたはそれに気づいているわ」

 そう……僕はすでに分かってる。

 後づけの理屈や、知識、技術なんかじゃなく……
 ……僕の心の奥底……
 遠いなにかから受け継がれてきた本能の中で、それを知っている…………










TAIMAN-BATTLE











「おう!わしらにはわしらなりのやり方があるよな!
それがK・T・H!!清き正しき走り屋道っちゅうやつや!!」










NightRACERS本牧 No.2


鈴原トウジ





S14 SILVIA











「おう!碇!わしらが前哨戦や!!
ただのエキシビジョンレースとちゃうで!お前にホンマモンの走りっちゅうやつを教えたるわ!!」










Diablo-Zeta vs. S14











 僕は……Z、こいつの力を確かに感じていた。
 それは果てしない闇の中からわき上がってくる…………

 こいつは、一見して乗りやすいように見えて……その逆、常にドライバーを裏切ろうとしている。

 ……いや、違う。
 こいつはいつだって、自分の走りたいように走っている。
 それを感じ……それにシンクロできるドライバーでなければ、こいつを乗りこなすことはできない。

 それができなければ…………










ベイラグーンショート





複合4連コーナー










S14、クラッシュ











 ……………なにやってるんだろ、僕……


 壊れちゃった人形みたいに、手も足も動かない…………



 なにも見えない。聞こえない。世界すべてが止まった。

 感じるのは自分の心臓の鼓動だけ……


 僕は確かに生きてる。

 だけどそこは……世界から隔離された、どこまでも紅い……


 ……紅い…………、紅い海…………



 僕は覚えてる?
 記憶が見える。


 僕がそこで見たもの……それは…………


 煤けたアスファルトの路面を濡らしていく……

 薄汚れたエンジンオイルと、それに混じる真っ黒な血…………



 外へ……

 こんなところにはいられない。僕は外に出るんだ……!
 ガラス越しの風景なんてもう、たくさんなんだ……!!



「鈴原ああぁぁぁ――――っ!!!畜生、畜生、畜生――――っっっ!!!」

「惣流ッ!!離れて、ガソリンに引火するわっ!!
あなたたち!なにしてるの、救急車と消防車を早く!!
渚くん!消火器ッ!!」

 Diablo-Zetaの魔力……
 それを追うドライバーを虜にし……そして…………

「……碇…………お前ならなれるで……

…………横浜最速に…………

……絶対や……このわしが言うんやから間違いあらへん…………」


 僕は…………


 ……勝ったのか?

 これが勝利なのか?



 …………僕は何を得て……

 ……そして何を失ったんだろう…………?




 その疑問に答えられる者は、この場には誰ひとりとしていなかった。















WON-TEC社、新型デモカー


「Monster-R」を発表










筑波サーキットにて


公開シェイクダウンを行う











『……タービンはRX-6ツイン、常用ブースト1.8kg/cm²で出力は800馬力オーバー。
またボディはカーボンファイバーを使用して軽量化し、前後重量配分も……』










時田シロウ





WON-TEC社、モーターレース部門責任者











『GT-Rこそ、チューニングベースとして最も優れた国産車といえるでしょう。並みいる世界のスポーツカーと対等に戦えるのは、GT-Rをおいて他にありません』










Monster-R











『……いいでしょう。本日こちらにはDiablo-TUNEのZ32があります。
答えは、コース上で出しましょう』










Diablo-Zeta vs. Monster-R





筑波サーキットラップ


1分フラット





0-400mタイム


10秒ハーフ











「ちっ……NERVの使い魔め、こしゃくな……」










リヤデファレンシャルギア破損


Monster-R、走行不能




















NightRACERS本牧


惣流アスカ=ラングレー











「アスカ……あなたは今頃、気付いているでしょうね。あのZの正体に」


「(確信したわ……こいつは『あの』Z……
ママが言ってた……あのZなのね…………!)」

 Zを追うFD。
 惣流はしっかりとZのテールランプを見据え……そして、その中に見ている。

 幼き日の記憶を……

 心の奥底に封じ込めていた、母との思い出を…………










NERV





D-projectメンバー





惣流キョウコ=ツェッペリン


FC3S RX-7










そして





碇ユイ


GCZ32 FAIRLADY Z










Diablo-Zeta











「Diablo-Zeta……そう、アレはDiabloの1番機……
Diablo-Zeta初号機。後に造られたどのDiabloマシンよりも速く……そして、魔力を持ったマシン……」

「ママはよく話してた……あの頃のアタシには分からなかった、それはあのZ……」

 10年前の湾岸、この夜……ひとつの伝説が、湾岸の空に散った。


『ユイぃ―――っ!!!』










Diablo-Zeta、単独大クラッシュ











『もしもし、ゲンドウさんですか……
じつは、ユイが湾岸でやっちゃって……今、横浜国際病院です』

『ユイはっ!ユイは無事なのかっ!?どうなんだ、一緒に走ってたんだろう!?
なんとか言ってくれ、キョウコくんっ!!』










ひとつの伝説が消え





そして、呪われし新たな伝説が始まる











『ユイ、アンタまだそのZに乗り続けるつもり?
……ホントにいつか死ぬわよ、そんな走り方してちゃ……』

『なによぉキョウコ、あなたまでそんなこと言うの?
このコが悪魔だなんて……』

「そうよ……そいつは悪魔よ!
アンタのママを殺した……アタシのママを狂わせた……
悪魔のZっ!Diablo-Zetaなのよっ!!!」










首都高速横羽線





Diablo-Zeta vs. FD3S





FD、エンジンブロー





これに対しNERVは





Diablo-TUNEの投入を決定





惣流キョウコ博士によってチューニングされた

スペシャルエンジンを搭載





NEW-FD3S











「……どうしたの?あなたのFDよ。
パワーもきっちり500馬力出ているわ」

「…………ん?ああ、悪い悪い……
……なんか、こうしてまた走れるなんて、正直夢みたいで……
走りはじめたばかりの頃、その頃の気持ち……思い出しちゃったわ」










第2戦





12使徒、WHITEWOLF参戦





首都高速環状線にて





三つ巴のバトルを展開











「シンジ……アンタを初めて見たときから……アタシはもう、アンタに惹かれてたのかもね……
不思議なヤツよ、アンタって。どうがんばったって触れることさえできないのに……どうして、ここまでアタシを虜にするの?」

 まるでフィギュア競技のごとく、同じラインとアクションをトレースする僕たち。
 それは互いに心を重ねているからこそできること……

「だけどねシンジ……こうして走ってるときだけは、アンタをそばに感じる。
アンタの息づかいが肌に触れる……

たまんないでしょ?
どんなに言葉を交わすよりも……どんなに身体を重ねるよりも、もっと深く触れあえるんだもの……
……フッ、イカれてるわよねアタシ。

…………でもシンジ…………
……大マジ、なのよね。
周りから見れば狂ってるようにしか見えなくても……本気なのよね、アタシたちは」










赤坂ストレート











「アスカ……こらえてよ。最高のラインで……運んであげるから……!」










300km/hトライ











「Z……聞こえるだろ?みんなの声が……」

 トンネルに共鳴する僕たちのエキゾーストノート。
 それはいつか夢見た、熱い夜の思い出。

「ママ……見てる?今こうして、アタシはZと走ってる……
あの時叶わなかった夢……今夜、叶えてみせるわ」

 今夜でなければダメなんだ……
 二度とやってこないこの夜に……僕たちは、何よりも心をひとつにして。

「ぐ…………っ」

 メーターの表示はぐんぐん上昇していく。
 だが迫りくるコーナーはそれよりも速く接近してくる。

「Z!」

 僕の視界には、接近するFDのテールランプが映っていた。
 流れる景色の中で、その光だけが孤高を保って輝いている。

 それは僕に近づいてくる。いや、僕が近づいている。

「くぉの……バカシンジぃ!」

 だが後一歩、届かない。
 FDが先にコーナーを抜け、最後までZを抑えきった。










Diablo-Zeta vs. FD3S





Diablo-Zeta、300km/hオーバーを達成





















 第3新東京市に突如現れ、名うての走り屋たちを次々と撃墜していく謎のチューンドカー。
 時を同じくして、UORに新たな挑戦者が現れる。

 彼は加賀ムサシと名乗り……僕たちに、接触を図った。










WON-TEC社





プロジェクトT











「あらためて、はじめまして。加賀ムサシです。よろしく」

「こちらこそ。……うちの霧島が世話になったようね。お礼を言うわ」

 マナの幼なじみ……
 僕の知らないマナの過去を……ムサシは知ってる。

 ……だが、そんなことより…………

「さっそくだけれど、『プロジェクトT』を知っているかしら?
実は、WON-TECの方でそういう名称の計画があると、情報が流れてきてね。
霧島さんはたしか、うちに来る前にWON-TECにいたんだったわね?
……もしかしたら、名前くらいは聞いたことがあるかと思ったんだけれど」

 NERVとWON-TECが激しい抗争を繰り広げていることは、ちょっと裏社会に通じている人間なら誰でも知ってる。

 ……穏やかでは、ない。










謎のチューンドカーの目撃事例





TRIDENT-SUPRAの出現





NERV、BlackKnights小隊を投入





首都高速横浜環状線にて迎撃作戦を展開











「……どうやら、ゲストのお出ましのようね」










12使徒、「夢見の生霊」出現





TRIDENTと戦闘状態に突入





夢見の生霊により





TRIDENT1機が大破、沈黙





残る1機は行方をくらます











「そういえば、葛城さん……
昨夜撃墜されたっていうTRIDENTのドライバーは?」

「それがねぇ、シンちゃんたちと変わらないくらいの若い子なのよ。さすがのあたしも驚いたわね〜。
……そだ、どうせマナちゃんを迎えに行くことだしさ、ついでに見に行ってみれば?」

 TRIDENTのドライバー……それは、マナたちの仲間であった浅利ケイタという青年……
 そしてムサシもまた、TRIDENTのドライバー……すなわち、WON-TEC社の尖兵であった…………

「…………芝居はそろそろヤメにしない?加賀ムサシくん……いえ、『ムサシ・リー・ストラスバーグ』くん?」

「ムサシ・リー……『リー』ってまさか……WON-TEC総帥の!?」

「……ああ……そうだよ。WON-TEC社総帥、ウォン・リー・ストラスバーグは……俺の親父だ」

 敵地で孤立してしまえば……命はない。

「……俺を、どうするつもりだ?」

「さぁね〜。とりあえずは、あたしと一緒に来てもらうわ。だいじょ〜ぶ、VIP待遇だからさ♪」

 目の前で、幼なじみが連行されていく。

「こらっマナ!手ぇ焼かせんじゃないっつってんでしょ……!」

「離してくださいっ!……ムサシ!ダメ!……綾波さん!お願いします!ムサシを……っ!!嫌!行かないで!!ムサシ―――っ!!!」

 運命といえばそうなのかもしれない。
 だけど……その状況を作り出した原因はなんだろう?
 そう考えたとき……一個人にはどうしようもできない、強大な組織の力というものを感じる。

 NERV……そして、WON-TEC…………

 戦うのが運命だというのなら……
 僕たちは……なんのために、走り続けているのか…………










首都高速湾岸線





Diablo-Zeta vs. TRIDENT-SUPRA











「Z……覚えてるんだね……この夜を。
赤い月の夜……みんなと走った、この夜のことを…………」

 なんのために走る……そんな陳腐な理由なんかいらない。
 どうしようもなくわき上がってくるこの熱い衝動を……

 僕たちは、この鉄の塊に委ねる…………

「よくここまで走ったというべきね…………でも、分かってるでしょマナ?
……これ以上はもう……アンタの心が耐えられない。
300km/hオーバーのその先まで……アンタはもう踏んでいけない…………」

 僕と、ムサシと、そして、マナ。
 普通に暮らしていればすれ違うことすらなかったはずの僕たちが、こうして今一緒に走っている……
 それぞれの思いをもって…………

 二度と忘れない…………この赤い月の夜を。

 僕たちをここへ導いてくれた、走りにかけるそれぞれの思いを…………


「私はムサシのことが好きだった……誰よりも愛してると、思ってた…………
……だけど……失ったものは大きすぎて、もう二度と手に入らない……
走りを続けていくために…………大きすぎる代償を……私は支払ってしまった…………

あなたと暮らした日々……それは私の大切な思い出…………
だけど……もう……

私の中で……どんどん思い出が色褪せていく…………
……分かってる。私の気持ちがもう……あなたを向いてないってこと…………

だからもう……これで、終わりにする。
……これで最後……これで、ケリをつける……!!!」

 たとえ目指す先に何があろうとも、走るのをためらう理由にはならない。
 立ち止まれば終わり……それを分かっているから。

 分かっているからこそ……降りるという選択肢を選ぶ。

 それは自分にとって大切なものを守るため……
 そして、自分にとっての大切なものを知るため…………

『お前も来いよ。一緒に……やろうぜ』

『私は誰かの命を犠牲にしてまで……走りを続ける資格はないんです……』

『あなたはまた、走り出すしかないのよ』

 振り返ることはできる。
 しかしそれは、否応なしに現実を見つめることになる。
 相容れない速度で遠ざかる思い出を……振り切ることが、できなければ。

 そして、マナは気づいた。

 僕たちがひきかえにしているものの重さを……
 走りを続けるために、失おうとしているものの大きさを…………

 こんなにまでして走り続けて、いったい何が得られるのか?
 終わりのない走りなんて、やめた方がずっと幸せに生きてゆけるのに…………
 永遠の矛盾のループにはまって……答えを見出せないまま、ヒトは壊れていく。
 心の奥底に抱えた、欲望の重さに耐えきれなくて。

「やめてっ!!2人とも、もうやめて……!!!」

 誰にも止めることはできない。
 たとえ目の前に破滅が迫っていようとも……

 だから……その時は、せめて……


 せめて……僕だけに…………










26:58





首都高速湾岸線 下り海底トンネル付近


ポイント2882-2884










TRIDENT-SUPRAクラッシュ










Diablo-Zeta





瞬間最高速度367.28km/hを記録










D-Sleepシステム発動の可能性あり





現在、ドライブ・レコーダーを解析中




















人類補完委員会





特別招集会議











『いかんな……早過ぎる』

 ホログラフィー投影されていた映像が切れ、1人の男が苦々しげに言う。

『TRIDENTの第3新東京市への侵攻……かろうじて水際でくい止めたとはいえ、これは由々しき事態だよ、六分儀君』

『さよう。D-Sleepシステムは未だ試行段階の域を出ておらん。不確定要素は極力排除すべきだよ』

『まして、サードへの接触を許すわけにはいかん』

 広い会議室にいるのはゲンドウただ1人。
 残りのメンバーは映像と音声のみをここに送って会議を行っている。

 TRIDENTとDiablo-Zetaとのバトル……彼らにとっては予定外の出来事だった。

『Driverにはよけいな感情など不要だ。これは君の管理責任を問うことにもなるぞ』

『1st、2nd、そして3rd……Driverはすべてシナリオの管轄下に置かれねばならん』

『12使徒にも例外はない。Driverへの想定外の接触は許されんのだ』

「タイムスケジュールにはわずかの遅れもありません。計画はすべて滞りなく進んでいます」

 ゲンドウは姿勢を崩さずにそれだけ言う。

『六分儀。分かっているだろうが、貴様が新たなシナリオを作る必要はないのだぞ』

 赤いバイザーをつけた老人……この会議の議長であるキール・ローレンツが、厳かにそう告げる。

 ゲンドウは微動だにせず、いつもの手を組んだ姿勢を崩さない。
 机上から放たれる照明が、ゲンドウのサングラスを不気味に浮かび上がらせている。


「分かっております。すべてはSEELEのシナリオ通りに」

 いっさいの感情を含まずに吐かれるその言葉が、深い闇に溶けていく。











新世紀最速伝説
The Fastest Legend of Neon Genesis
エヴァンゲリオンLAGOON

第14話 ゼーレ、魂の座












アイドリングの鼓動が闇に血を通わせ、最速伝説の復活を告げる。










時に、西暦2015年





深夜、夏。第3新東京市。










遅い奴には、ドラマは追えない。











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