EVANGELION : LAGOON

Welcome to H.S.D. RPG.
CAR-BATTLE in TOKYO-3, 2015.
by N.G.E. FanFiction Novels,
and RACING LAGOON.

Episode 11. IRON MAIDEN












 少しさかのぼって……
 霧島が、僕たちとはぐれたとき。

「くっ……マジ、やばいわよコレ……」

 霧島の180SXはパトカー2台に追われていた。
 周りの道が混んでいて、思うように飛ばせない。
 これで先回りなどされたら絶体絶命だ。


 ……と、1台の白いクルマが180SXとパトカーの間に割り込むようにして入ってきた。

 いきなりかぶせられたパトカーは急ブレーキからスピンを喫してしまう。
 この隙に逃げられる。

「…………ムサシ!」

 180SXを援護したのはさっきのUORに出ていた白いエボIV。

 パトカーを振り切ると、エボIVは180SXをパスしてハザードを出した。
 ついてこい、と。










 180SXとエボIVは外国人墓地に逃げ込んだ。
 霧島は180SXから降りるとエボIVのもとへ走った。

「ムサシ!」

 エボIVのドライバー……ムサシが降りてくる。

「よ、マナ。大丈夫だったか?」

「……うん。ありがと、ムサシ……」

「気にするなよ。ところで、チームの奴らとはぐれちまったみたいだな?」

「うん……でも、まだパトカーがいっぱいいるはずだからヘタに動けないよ」

 不安げにあたりを見回す霧島。

「じゃ、しばらくここでほとぼりが冷めるのを待つか……」

 ムサシは自分のエボIVに戻り、霧島もエボIVのナビシートに座った。
 外では、まだ遠くからサイレンの音が聞こえる。





 沈黙したまま、お互いに目は合わせない。
 霧島はムサシの方を気にしているようだが……

「ねえ……」

 やがて、ためらいがちに切り出す。

「なんだ?」

「…………TRIDENT、完成したんだ」

 TRIDENT?なにやら聞き慣れない名前だ。

「……まあな。仕様は現状のでほぼ決定だろうし……
セッティングもすぐに取れるだろ。横浜GPまでには……」

「……そう…………よかったね」

「……あんまりうれしそうじゃねえな?」

 複雑な表情。
 霧島の心中は伺えない。ただ……

 自分の思うことが、自分も含めた周囲の状況に対して良い流れを生まないという予想……
 それに縛られ、結果として素直になれない。
 ……これほど、苦しいことはない。

「…………仕事の方はどうだ?うまくやってるのかよ?」

「……うん……まあね……」

 ムサシはいろいろと話題を振ろうとするが、霧島はただ答えるだけで会話が続かない。


 やがて霧島が思いきったように口に出す。

「そうだ……綾波さんに連絡しなきゃ……きっと心配してるだろうから」

 自分に言い聞かせるように呟き、携帯を取り出す。

 ……メモリーを開き……少し考えてから選んだのは、僕の番号。
 コール。1、2、3……5回目のコール。

『……もしもし?』

「あっ、シンジ君?霧島です……っと、一応なんとか逃げられたんだけど……今、どこにいる?」

 僕の名前にムサシが反応する。
 霧島は気付かないフリをして話を続ける。

『あ、今MILAGEにいるんだ。ちょっと待って、今代わるから』

「うん……」

 ややあって、綾波先輩が電話に出る。

「あっ……霧島です、あの……なんとか、警察は振り切れました……それで、みんなは…………
……あ、そうですか……それであの、今外国人墓地にいるんですけど……どうします?
いちおうしばらくここで様子を見ようと思うんですけど……はい、分かりました。
…………はい……あ、それと実は、今ムサシと……あ、あの今日のレースに出てたランエボの人と一緒なんですけど……彼にも来てもらいますか?
……はい、……分かりました……はい、失礼します…………」

 ふーっとため息をつきながら携帯をたたむ。
 さすがの霧島もかなり緊張したんだろうか。

「……どうだった?」

 ムサシが聞いてくる。

「……うん、とりあえずこのまま様子見てさ……2時間くらいしたら、店の方に来てくれだって。
それと、……ムサシも一緒に来てって……」

「俺もか?」

「うん……」

 ちょっと驚く。
 だが霧島の表情を見て察したようで、肩を落としてシートに身体を投げ出す。

「…………なあ、さっき電話でいってた『シンジ』って……アイツなのか?」

「……うん……そうだよ」

 あれ?ムサシは僕のこと知ってるのか。

「『10年前の最速の走り屋』碇ユイの一人息子にして……『Diablo適格者』…………
……『Diablo-Zeta』を乗りこなせるただひとりの『Driver』碇シンジ、か…………」

 キーワードを強調するように、ムサシは言う。

 Diabloはただ速いだけのチューンドとは違う……もっと別の、+αの要素をもってる。
 だからこそ、今でも伝説として語り継がれ……WON-TECが、それを狙ってる。

「……そういや、お前アイツと同居してるんだったな?」

 いきなり軽い口調に変わるムサシ。
 霧島は一瞬呆気にとられるが、すぐに頬を赤らめる。

「う……うん、そう……
いちお、そうだけど……」

「……楽しそうだったじゃねえか。……正直俺、お前が一人暮らしするっつった時心配だったんだぞ?
お前、人一倍寂しがりだからな。
……けど、なんとかやってるみたいで安心したよ」

「うん……ありがとう」

 昔からの知り合い……ってな感じだろうか。

「…………な、マナ……」

「……なに……?」

 街は、いつになく静かだ。










 僕たちはMAGIに着いた。
 鍵を開け、明かりをつける。

 僕と綾波先輩は、無言で事務所に入った。

「………………」

「………………」

 どうして、来たんだろう。

 気になったから……何を?
 綾波先輩の話?
 それとも……霧島のこと?

 ……いずれ、今日帰ってくる。僕との話なら、その後いくらでもできる。

 …………不安、だったから。
 そばにいないと、不安になるから。

 なぜ?

「…………気になるの?霧島さんのことが……」

 綾波先輩は、僕を気にしてる。
 だから、聞いてくる。

「……………………うん……」

「そう……」

 テーブルを隔てて向かいあっている。

 互いの表情を見ないように。

「…………」

 ちらっと先輩の顔を見る。
 ……なにか、考え込んでるみたいだ。

 霧島に話があるって……なんのことだろう?



 やおら、綾波先輩が立ち上がる。
 先輩は僕の隣に座った。

 ……そっと、僕の肩を抱きかかえる。

「……碇くん。今から私が話すことは……あなたのこれからに大きく関わることだわ。
心して聞いて」

 綾波先輩は僕の身体を引き寄せる…………
 ……ほのかに、汗の匂い。

「…………横浜GP……MNAからは、碇くん……あなたが出ることになるわ。
チーム内予選でも……おそらく、あなたが勝つ。
分かっているとは思うけど、NERVの意向は……GP本戦にDiablo-Zetaを出場させ、WON-TEC勢を打ち負かすこと……」

 僕が横浜GPに……?
 でも、予選を勝ち抜かなければ出場はできない。
 渚さんだって本気でFCを仕上げてきてる……そう、すんなりいくとは思えない。

「渚くんのことを気にしているのね?…………彼は、横浜GPが終わったら引退するつもりだわ。
……いつまでも、走り続けてはいられないと……」

「……そんな!?渚さんが、引退…………?」

 突然のことで、僕は何と言っていいのか分からなかった。
 僕たちには、まったくそんな素振りは見せなかったのに。

「彼には彼なりの考えがあるのよ。あなたが気にしても仕方ないわ」

 ……思い出したのは、こないだ僕が霧島に言った言葉。

 『何事にも終わりはある。永遠に続くものなんてない』

 ……綾波先輩がいて、渚さんがいて、霧島やケンスケがいて……
 それも永遠のものじゃない。出会った人間は、いつかは別れなきゃならない。
 そして、Zも例外じゃない……

「前に言ったかもしれないけど、横浜GPの実体はNERV対WON-TECの企業間抗争。
当然、WON-TECも威信をかけてマシンを作ってくる。
NERVがそれに対抗するには……Diablo-Zetaが、……碇くん、あなたの力が必要なの」

 霧島にあんなふうには言ったけど、別れたくないのは僕だって同じだ。
 できることなら、ずっと、一緒に。

 渚さんが走り屋を辞める……当然、僕たちと会う機会はなくなると言っていい。
 いつかは、降りていく世界。
 だけど。……降りることなく、ずっと走り続けられるとしたなら…………

 あるいは母さんが、そうなのかもしれない。
 10年の時を経てなお、伝説となって走り続ける深紫のフェアレディZ、Diablo-Zeta…………

「……分からないよ」

 WON-TECの狙いはなんだ?NERVを蹴落とし、業界のトップに君臨すること……
 本当にそれだけなのか?

「僕にはなにも教えてくれない……そんなんじゃ、分からないよ…………」

 言いしれない不安。
 僕の知らないところで、なにかとてつもなく大きな力が動いているように感じる。
 綾波先輩がいくら隠そうとしたって……その疑念は拭えない。

 NERVはなにかを隠してる……そんな感じがする。

「ごめんなさい……私も正直、迷っているのよ……あなたに、どこまでを話していいのか……
あなたが知れば、きっと傷つくことがある。だから……」

 僕の頬を両手で抱え、瞳をのぞき込むようにして。

「今はまだ、言えないわ…………許して、碇くん……」

 僕の返事はない。
 僕は綾波先輩を信じてる。……身体は、正直だから。
 少なくとも、僕が感じてることは……嘘じゃない、と思うから。










 2時間後……

 MAGIのガレージには、霧島の180SXとムサシのエボIVが入っていた。
 エボIVのトランクには、たしかにNOSのボンベがあった。最終ストレートでの猛烈な追い上げはこれのおかげか。

「あらためて、はじめまして。加賀ムサシです。よろしく」

「こちらこそ。……うちの霧島が世話になったようね。お礼を言うわ」

 ムサシと綾波先輩が挨拶する。
 霧島はいったい何を言われるのかとドキドキしてるみたいだ。

「お近づきの印といってはなんだけれど……これ、うちのオリジナルキーホルダー。よければもらってくれるかしら」

 そう言って綾波先輩は、MAGIのロゴが入ったキーホルダーをムサシに渡した。

「あ、ありがとうございます」

「……さて、霧島さん……」

 綾波先輩は霧島に向き直る。

「さっそくだけれど、『プロジェクトT』を知っているかしら?」

 緊張していた、とはいえあっけないほど自然に出された言葉に、霧島とムサシは一瞬硬直する。

「実は、WON-TECの方でそういう名称の計画があると、情報が流れてきてね。
霧島さんはたしか、うちに来る前にWON-TECにいたんだったわね?
……もしかしたら、名前くらいは聞いたことがあるかと思ったんだけれど」

 霧島の緊張の度合いがいっきに高まる。それはムサシも同じようだ。

 僕はといえば、2人とは違うことで驚いてる。
 それは、霧島がMAGIに入る前、WON-TECにいたということ。
 綾波先輩から、横浜GPの裏の実態を聞かされた後だけに……どう受け止めればいいのか、判断に迷う。

「さ、さあ……いたといってもほんの短い期間ですし……そういうのは、聞いたことないです……」

「そう……?それなら仕方ないわね。……まあ、どのみちこの件はNERVの諜報部に任せることになるから……
私たちは、直接関わることではないわね」

 霧島たちは気付かないようだけど……僕には分かった。
 綾波先輩……いつもと声のトーンが違う。
 相手を挑発して出方を探る……そんな声だ。

 僕が戸惑うのはそのこと自体よりも…………
 ……綾波先輩が、霧島に対してそういう態度にでていることだ……

 …………これは、きっとただことじゃない。

「……ちなみにそれ、どういう計画なの?」

 僕からも聞いてみる。

「……はっきりしたことは分からないわ。ただ今の情勢からみて……新しいチューンドカーを作る計画、と考えるのが妥当でしょうね。
なにより、このところ謎のクルマの目撃事例がいくつかあるのよ」

「謎のクルマ…………?」

 聞き返しつつ、霧島やムサシの様子にも注目する。

「ええ。第3新東京市郊外の、主に高速やバイパスなどのハイスピードコースに出没するそうよ。
とにかくべらぼうに速くて、追いついてその姿を見ることのできた走り屋は誰ひとりいないらしいわ。

……ただ彼らの証言に共通してるのは、そのクルマは70スープラ、車体の下に青いネオン。ヘッドライトは赤く、白のLED装飾をしているということ」

「スープラ……か」

「加賀くん、霧島さん……あなたたちも聞いたことないかしら?そんなクルマの噂を」

「いや……俺は聞いたことないですけど……」

「ええ〜……私もちょっとそういうのは…………ところでそのクルマって、いつ頃から出てきたんですか?」

「そうね、つい最近……ここ3、4日ぐらいかららしいわ」

 2人とも聞いたことない……僕も知らなかった。

 ほんの3日ぐらい前から出てきたっていうんなら、遭遇した人も少ないだろう……
 でも、その遭遇した人たちが例外なくぶっちぎられてるってのは……にわかには信じがたい。

 そこまで圧倒的な速さを持つクルマが……急に現れ、それに合わせるかのように謎のプロジェクトの情報が飛びこんでくれば…………


 そこまで来れば想像は容易だ。

 WON-TECが進めているらしい『プロジェクトT』……
 それはすでに実走可能な段階まで来ており、ひそかに公道にそのプロトタイプマシンが出撃している……

 そう見るのが自然だろう。


「……じゃあ、この先僕らも気をつけたほうがいいってことだね?
今はまだ、郊外の方にしか出てないみたいだけど……もしかしたら、市内の方に来るかもしれない……」

「そうなるわね。ただそのクルマも、まだ正体がはっきりしない以上なんとも言えないわ」

 ……まあ、まだそれがプロジェクトTの車両だと決まったわけじゃない。
 ただ、NERVとしてでなく、1人の走り屋としてなら……

 速いクルマがいると知った以上、そいつに挑戦したくなるのは自然な感情だ。

 僕はいつだって求めてた、走る相手を。
 そして、Z……君は、おそらく僕以上に。

「僕もまだ……そのスープラを見たことはないけど……
すごく、興味あるよ。
……できれば……いや、いつか必ず……そいつと、走ってみたいね」

 その言葉に、綾波先輩は驚いた表情になった。

「……珍しいわね、碇くん。あなたが自分から挑戦したいと言い出すなんて」

「…………そう、かな?」

「いい傾向よ。やっぱり走り屋はそうでなくちゃね。
実は私も、その話を聞いてわくわくしてるクチなのよ」

 おどけてみせる。めったに見ることのない、綾波先輩の砕けた笑顔……
 僕も、自然と顔が緩む。

「対スープラ用に、Zもなにか手を入れる?思い切ってもうひとつ大きいタービンにしましょうか」

「あ、それいいかも」

 そういえば、今入ってるタービンってなんだっけ……?

「やる?すぐに用意できるわよ」

「いや、冗談ジョーダン……」

 未だ見ぬ相手。

 もしかしたら、この時が一番楽しいのかもしれない。
 走ってる時間は、短いから…………
 そこへたどり着くまでが、大事だから…………

「ふぅー…………さて、と……霧島さん、遅くまで済まなかったわね。加賀くんも、付き合わせちゃって……
とりあえず話はそれだけよ。夜道で赤い光が後ろから近づいてきたら気をつけたほうがいいってことね。
そのスープラじゃなかったらパトカーだものね」

「はは……そ、そうですね……」

 綾波先輩にしては珍しくボケをかました。

 ……霧島もさすがに苦笑せざるを得ない。
 ムサシは、ちょっと居心地が悪そうにしてる。

 僕は…………まだ、自分の位置を把握できてない。










 NERV本社ビル。
 広大な敷地面積を誇るこのビルは、棟ごとの移動用に専用の地下鉄が造られている。

 ……ゲンドウと、冬月先生が2人、ロングシートに向かい合って座っている。

「……そういえば六分儀、WON-TECの方ではいよいよアレが走り出したそうだぞ」

 冬月先生は新聞を広げたまま、思い出したように口にする。

「12使徒の何人かも、すでに撃墜されているらしい。
……こちらも、うかうかしてはおれんのではないか?」

 12使徒。それは首都高のみならず、全国区の知名度を誇る文字通り国内最速の走り屋の称号。
 首都高エリアのショップがデモカーを造る場合、彼らとの勝負がひとつの基準になる。

 WON-TECのニューマシンが12使徒に勝った……
 そうなれば、今まで事実上「NERVでなければ12使徒には勝てない」とされていた業界内の定説が崩れることになる。

 僕のZ、綾波先輩のRS、そして惣流のFD……
 すなわちDiablo-TUNEのマシンのみが、12使徒に唯一対抗できる力を持つと。
 そう言われてきた。

 ……WON-TECのニューマシン……プロジェクトT…………
 おそらく、Monster-Rを超えるであろうそのマシンに、僕たちは勝つことができるのか…………

「問題ない。諜報部と作戦部がすでに動いている。
葛城君とレイで……対処に当たる」

「……ふむ…………だが彼女はどうするんだね?今回の作戦ではかえって障害になるやもしれんぞ」

「その時は切り捨てるまでだ……どのみち、WON-TECにとってもあれはもはや邪魔者でしかない」

 ゲンドウはあくまで冷徹に、感情を込めずに告げる。
 その言葉の奥にどんな思いがあるのか……それは誰にも分からない。

「……まあ、あまり面倒なことにはしないでくれよ。後始末がやっかいだからな」

「善処しますよ、冬月先生」

 わざと昔の呼び名……「冬月先生」で答えたゲンドウに、先生も苦笑する。


「問題は……彼らがどういったアプローチをかけてくるかだな……」

 ため息をもらしつつ、先生は肩を落とす。

「奴らはDiabloの真価を分かっておらんのだ。……ただの金儲けと、権力のことしか考えていないよ」

 ゲンドウはそう言い捨てる。
 先生はやれやれ、といった表情で答える。

「そうだな。……だが……どのみち俺達も、Diabloに縛られていることに変わりはないのだ……」

「………………」

 ゲンドウは何も言わない。
 D計画……そしてその上位にある、人類補完計画。
 NERVのバックにいる秘密結社、SEELE……

 そしてNERVに干渉するWON-TEC、日本政府……

 僕たちにはとても想像のつかない事象だ。


 …………横浜GrandPrix…………

 それはこの企業間抗争を……ひいては国家レベルの陰謀を……
 体よくカムフラージュするためのイベント……

 僕たちは、そのための駒に過ぎないのか…………

 綾波先輩……惣流……霧島……そして、渚さん…………


 盛り上がりを見せるストリートレースの向こうに……黒い闇を見ているのは、僕だけなのか…………










 翌日、新東京医科大学。
 惣流はレポートの提出のために担当教授の研究室に来ていた。

 と、そこに相原さんがやってきた。
 彼女の姿を認め、惣流が挨拶する。

「あっ……どうも、相原先輩」

 相原さんは軽く一瞥するとこの部屋の主である老教授に向かった。

「……うん?ああ、カオリ君かね」

「根府川先生……この間頼んでおいた、例の10年前の患者たちの記録……用意できました?」

「……ああ、あれだね。どれ、ちょっと待ってくれたまえ……
……むぅ……たしか、ここにしまったと……」

 この老教授、いつでもマイペースなことで知られている。

 惣流はその様子をじっと見つめている。

「あったあった、これだね。……なにぶん整理する時間がなくてね、順番はばらばらだが……」

「いえ、どうもお手数をお掛けしました。……それでは、お借りします」

 書類の束を受け取ると相原さんは部屋を出ていく。


 しばらくして、用事を済ませた惣流も後を追う。

「相原先輩!」

 駆け足で追ってきた惣流は少し息を切らしている。

「……ああ、アスカ……どうしたの?」

「それはこっちのセリフですよ……どうしたんですか今日は?急にこっちに来るなんて」

 あたりを気にしながら、相原さんは小声で惣流に言う。

「…………Diablo……」

「!」

「……いちおう私の方でも調べてはいたんだけどね。うち(横浜国際病院)にはそのころの資料がなかったのよ……
それで、根府川先生に頼んでこっち(新東京医科大学)の方を探してもらってたの」

 Diabloの名前を聞いた惣流は、さすがに驚きを隠せない。

「……『横羽の大事故』ですね……」

「…………ええ。あの当事者たちの記録……見事に、抹消されてたわ」

「……!」

「隠さなきゃならないわけがあるんでしょうね、NERVには……
手に入るのは、こういう紛れた断片だけよ」

 書類の束をひらひらとやる。

 惣流は複雑な表情だ。
 ……10年前のこと。自分はまだ中学生だった。当時の状況など分からない。

 だけど……それは、一番知りたい真実。

「…………そういえば……相原先輩、最近第3周辺を荒らしてるクルマの噂……聞いてますよね?」

 このことについて考えるのは後回しにして、話題を変える惣流。

「……ええ。『ルシファー』と『白いカリスマ』が……あいつらにオトされたこともね」

「……『四天王』は……動かないんですか?」

 12使徒の中でも特に上位に位置する4人を「四天王」と呼ぶ。

 「湾岸の黒い怪鳥」ブラックバード、「首都高の青い悪魔」ブルースティンガー、「ハマの白い狼」ホワイトウルフ……そして、12使徒最速といわれる「迅帝」。
 迅帝を除く3人には……僕も会ったことがある。
 八代さんに……椎名さん、そして相原さん……昼の顔はそれぞれ違えど、いったん夜のSTREETに出れば彼らは同じ仲間。

「……彼らはまだ、首都高に乗り込んできていないわ。
こっちから出撃、といってもね……なかなか会えるとは限らないのよ」

 八代さんあたりはちょくちょく出ているらしいが、まだそのスープラには遭遇していないそうだ。
 相原さん曰く「だいたい1人でコッソリという根性がイヤね」だそうだが……

 どのみち首都高エリアに来れば12使徒はもちろん、そこは僕たち第3新東京市の走り屋たちのテリトリーだ。

 逃がしは、しない。

「レイならなにか知ってるんじゃないかしら?あのコもNERVのお偉いさんでしょう?」

「そうですね……今夜あたり、ちょっと行ってみます」

 それぞれの仕事に戻る2人。

 そして次に会うのは……夜のSTREETで。

 そこでは、すべてが対等だ。
 たとえ免許とりたての新人だろうが、百戦錬磨のベテランだろうが、自らの手足となるマシンを駆ってSTREETを走る以上は……
 すべてが対等(タメ)だ。そこに手加減はない。



 力と狂気が支配する世界……
 スピードの魅力に取り憑かれ……チューニングの麻薬に溺れて。

 僕たちは、そういう世界に生きてる。










 その日の夜、MAGI MELCHIOR。
 昨夜の騒ぎも収まり、STREETにはいつものように走り屋たちが繰り出している。

 駐車場には惣流のFD3Sと……今日は綾波先輩もRSを出してきてる。

「まったく、私もそんなにヒマじゃないんだけどね。たまってる仕事もあるし……で、今日はどうしたのかしら?」

 軽い嫌味で先制攻撃。

「とぼけないでよ。…………噂のスープラ……アンタならなにかつかんでんじゃないの?」

 くわえ煙草を手に取り、FDに寄りかかりながら言う惣流。
 流れていく煙が、街の光を浴びて白く輝く。

 綾波先輩はピットの片づけをしながらそれを聞き流す。
 惣流は煙草の火を踏みつぶし、じっと綾波先輩を見つめる。

 ややあって、惣流はつかつかと綾波先輩に歩み寄った。

「……どうなのよ、実際のとこ。……相原先輩たちもそのスープラを狙って流してる。
……奴は、アタシたちでオトさなきゃマズイんじゃないの?」

「………………」

「あのスープラがWON-TECのマシンかどうかなんて関係ないじゃん?
もし違ったとしてもそれならそれでいいことだし。
…………どうなのよ、綾波!?」

 最後は惣流、綾波先輩の肩をつかんで揺さぶる。

 綾波先輩はじっと惣流の目を見据えると、やがて言った。

「……スープラの正体はだいたい見当はついてる。WON-TECのマシンであることは十中八九間違いないわ。
ただね……気になることがあるのよ。
そのスープラ以外にも、WON-TECの手の者がこのところ第3周辺をかぎ回ってる。
……どこか腑に落ちないわ」

「なによそれ?敵地偵察でもやってるつもりなのかしら」

 ベイラグーンエリアをはじめ、南横浜を含めた第3新東京市はNERVの縄張りだ。
 WON-TECは旧東京や第2東京が主な勢力圏。

 この街にWON-TECの看板を堂々と掲げて乗り込んでくるのは、穏やかなことではない。

 あのスープラがWON-TECのものだとすれば、市内になかなか現れないのはそのせいもあるんだろうか。

「……アスカ。これは警告よ。
…………もしあなたが、本気で真実を知りたいのなら……命の危険もあるということを覚悟しておいて。
これは脅しじゃないわ。……WON-TECはそういうところよ」

 ドスをきかせた声で言う綾波先輩。
 惣流も自然と、声を押し殺す。

「……NERVも、でしょ?アタシがなにも知らないと思ってる……?
アタシだけ蚊帳の外なんてのはナシよ。相原先輩たちも協力してくれてる。
……どうすんの?マジで」

「…………アスカ……。ともかく今は抑えて。
まだ向こうの正体もつかめないうちよ……むやみに動いてはいけないわ」

 じっと、にらみ合う。

 やがて惣流は観念したように舌打ちすると、綾波先輩から離れた。

「……、まあいいわ。ただね……万が一にも向こうから来ることがあれば、そん時はそく迎撃態勢でいくわよ。
それは覚えておいてね」

 そう言うと惣流はFDに乗り込み、街に走り出していった。


 綾波先輩には何か思うところがあるのか……
 まだ、WON-TECには手を出さないと。

「……問題なのは……霧島さん、それに碇くんよ…………」

 …………まだ、しかし確実に、その時はやってくる。










 第2東京郊外、箱根の山中深く。
 ここに……件のスープラたちは潜んでいる。

 ひそひそと小声で話し合っているのは……

「ケイタ、どうだ?」

 褐色肌の青年が、双眼鏡を構えるもう1人の青年に向かって聞く。

「相変わらずだよ。WON-TECの奴らは第3までは入っていけない……
……むしろ、市内に逃げ込んだほうがいいんじゃない?」

「だけど、そうするとコイツを隠せる場所がねえぞ。
……今はまだ、ここから動けねえな……」

 そう言って、後ろのスープラ2台をあごでしゃくる。
 ケイタと呼ばれた色白の気弱そうな青年は、双眼鏡をしまうと褐色肌の青年に聞いた。

「……ねえムサシ、マナは……やっぱり、戻る気ないって?」

「……ああ……」

「そう…………そうだよね」

 落胆の色を浮かべるケイタ。

「マナにはもう……新しい居場所があるんだもんね……
やっぱり、今さら僕たちが出ていったって……」

「やめろ!んなこた分かってる!」

 ムサシが一喝する。
 ケイタは驚いて言葉を途切れさせる。

「そんな簡単にあきらめられるほど……俺は大人じゃねえんだ……
ダメだって分かってても……やってみなきゃ気が済まねえんだよ……!」

 拳をぐっと握りしめるムサシ。
 悔しさをいっぱいににじませて、溢れる感情を必死に抑える。

 ケイタはそんなムサシを心配そうに見つめている。

「それに……WON-TECの追っ手からも、そうそういつまでも逃げられるわけはねえしな。
早めにケリつけなきゃ……マナのことどころじゃなくなっちまう」

 ……?
 スープラの出撃はWON-TECの意志ではないのか?

 話しぶりだと、どうも彼らの独断でコトが進んでるように思える。


 もちろん、僕たちはそんなことは知る由もない……
 綾波先輩はなにかつかんでいるのか……
 そして、NERVの諜報部は。

 このままいけば、いずれWON-TEC側と衝突する。










 ……ここ数日、霧島も走りに出ている時間が多くなった。
 チーム内予選を控えて……走り込みをするためだろうか。

 部屋に帰る時間も少なくなって……さすがに、朝帰りとまではいってないみたいだけど……

 僕と一緒にいる時間は、確実に減ってる。


 ……どこか、よそよそしさを感じる気がする。

 こないだのUORの日以来かな……
 仕事中も、ときどき思い詰めたような表情をしているときがある。

 どうしたんだろう?……聞いてみても、結局はぐらかされて終わりだった。


 …………それが、あのムサシという青年が現れたのと同じころから……

 そして、綾波先輩から聞かされたWON-TEC社の不穏な動き。


 ……想像は悪い方向へ傾く。
 万が一と……最悪の事態を想定するなら。
 横浜GPと同時か終了直後、あるいは……開催を待たずして、NERVとWON-TECが全面抗争に突入する可能性もある。
 NERVも有名企業とはいえ、第3新東京市のいわゆる『族』を傘下におさめている。

 綾波先輩が、惣流にNERVステッカーを渡した……
 それは綾波先輩だけの意志ではないだろう。NERVの意向……
 第3新東京市における最大勢力であるNightRACERSを、直属のチームにすること。


 ……いや、これ以上はちょっと想像したくないな……
 3面記事の当事者になるのはゴメンだよ……





 ……で、その霧島だけど……

 この夜は何故か赤レンガ倉庫に来ていた。
 21世紀になってから再開発地区に認定されたこのエリアは、原則として立ち入りは禁止されてる。
 ……もっとも、走り屋たちにはあまり関係のないことだけど……

 倉庫の陰に隠れるように180SXを停め、こそこそと中に入る。
 なにか探しに来たのか?

「……なるほど、ここが逢い引きの場所ってわけね?」

 突然背後から響いた声に、霧島は飛び上がりそうになる。

「あ、綾波さん……うぐっ!?」

 動転して振り返った霧島は、その隙をつかれて後ろから羽交い締めにされる。
 そのまま頭に一発喰らって頽れる霧島。

 ……惣流か。

「アスカ、あまり乱暴にするんじゃないわよ」

 惣流は気絶した霧島を広い場所まで引きずっていく。
 後からついていく綾波先輩の手には……鈍く光るショット・ガンが握られている。

 寂れた、無人の倉庫内に……2人の足音と、引きずり音が不気味に反響する。





「う、う〜ん……」

 意識を取り戻した霧島の視界に真っ先に飛びこんできたのは、鼻先に突きつけられたショットガンの銃口だった。

「……マナ……ここんとこアンタの様子がおかしいと思ったら、やっぱり……だったのね」

 惣流が冷たく言い放つ。

 霧島は言葉を失ったまま……震えてる。
 綾波先輩は銃身で霧島の顔を小突き……そして、厳かに言った。

「……WON-TEC社『プロジェクトT』チーム、『TRIDENT-SUPRA』試作三号機専属ドライバー、霧島マナ……
……霧島さん、私が知らないとでも思ってた?」

「こいつ、スパイでしょ!NERVに潜り込んで、Diabloの秘密を盗み出そうとしたのよ!」

 惣流は声を荒げるが、綾波先輩は気にせずに霧島の瞳を見据える。
 なぜなら、霧島をWON-TECから引き抜いたのは他ならぬ綾波先輩だから。

「……じゃあ……、な、……なんで……知ってて、私を……」

 霧島がMAGIに入ったときには、綾波先輩はWON-TECのことについてはなにも聞かなかった。
 その時から、初めから知ってたのか……
 その経緯は綾波先輩と霧島しか知らない。

「言ったわね、私は?あなたにもう一度、走るチャンスを与えると。
……分かってるわね。今、NERVとWON-TECは一触即発状態にある。
あなたにできるコト……あなたのするべきコトを、もう一度よく考えてみて」

「……!!」

 綾波先輩の言葉に震える霧島。
 目の前の死よりも、自分が封じていた過去に震える。

 自分にできるコト。自分のするべきコトを信じて……ここまで来たんだ。

「ムサシを…………説得、します……」

 呼吸が荒い。
 肩を震わせつつ、一言ずつ吐き出すように言う霧島。

「ムサシは、……WON-TECを脱走して……、だから、私に……力を、貸してほしいと……
……TRIDENTを、持って……」

「あぁ!?でたらめ言ってんじゃないわよ!」

「アスカ!!」

 霧島につかみかかりそうになる惣流を、綾波先輩がたしなめる。

「……だから、ムサシは……今、……WON-TECからも、追われてるんです……
WON-TECの中でも、……派閥が、あるから……」

 語尾が震えて、言葉も前後しているが……

 意訳するとこうだ。
 WON-TECは今大きく二派に分裂していて、TRIDENTを以てNERVを倒そうとする強硬派と……それに反対する穏健派、に分かれている。
 TRIDENTチームという立場上強硬派に所属するムサシらは……その目論見を潰すため、TRIDENTを強奪し……かつての仲間である霧島に協力を求めた。
 だがその霧島も、すでにチームを離れた身で(たとえNERVに引き抜かれているとしても)第3新東京市に潜入している工作員、という身分上……ムサシへの協力をためらっていた、ということだ。

 だがたとえ、どんな身の上であろうと…………STREET RACERの、走り屋の血に、嘘はつけない。
 自分の意思で決めるのか……それとも、血に引きずられて意志が生まれるのか……
 いずれにしろ、ここでの答えはひとつ。

「……では、一連のチューンドカー騒ぎはWON-TECの意思ではないと?」

「…………そう……です……」

 綾波先輩の瞳を見つめ返す霧島。
 無機質な銃の臭いが鼻をつく。

 ……視線は、逸らさない。逃げない。

「嘘臭いわね。だいたいこの女がシンジと同居してるってのがそもそもおかしいのよ!」

 惣流はちょっと目の付け所がずれてるようだが。
 意味合いは違うが、僕も霧島もNERVにとって重要な人物であることに変わりはない。

「…………TRIDENTを、WON-TECの手に戻すわけにはいきません……
……負けるわけには、いかないんです…………」

 じっと、にらみ合う。
 霧島の荒い呼吸の音だけがレンガに反響する。


 やがて綾波先輩は銃を下ろした。

「…………アスカ。……行くわよ」

 そう言うと、綾波先輩は霧島の横を通り抜けて外へ向かった。
 惣流はまだ不満げだ。

「……少し走りに行きましょう」

 綾波先輩は霧島と惣流を連れて倉庫を出た。


 赤レンガ倉庫は再び静寂を取り戻す。





 そして同じころ、第3新東京市ではついにNERVが動き始めていた。














予告


緊迫した情勢の中、ついに12使徒と激突するTRIDENT。

一方マナは、恋心を抱いていたシンジの綾波との関係を知って愕然とする。

どこまでも不器用に、擦り切れていく想いを抱えながら。

たった一夜かぎりの奇蹟を、マナは実現する。



第12話 奇蹟の代償


Let's Get Check It Out!!!






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