第3新東京市郊外、箱根方面へ伸びるバイパス道路。

 ここは首都高と違い夜になればぱったりとクルマの流れが消えてしまうため、走り屋たちにとっては穴場となっていた。
 道幅も片側3車線と広く、直線が長く高速コーナーメインのためここに集まるクルマはハイパワーマシンが多い。





 今夜もいつものように、数台のクルマが陣形を組んで高速巡航していた。


 変わったことといえば、今夜は12使徒のうち2人が来ていることぐらいだ。

 1人はスノーホワイトパールのFD3Sを駆る、「白いカリスマ」こと舘ヒデユキ。
 走り屋からレーシングドライバーに転向したが、最近またストリートに戻ってきたらしい。

 もう1人、ブラックパールのJZS161アリストを走らせるのは「ルシファー」こと千代田セイジ。


 彼らは以前在籍していたチームのOBとして今夜の走行に参加していた。





 ひととおり走り終え、第3新東京へ戻る途中。

 いつもなら、このまま何事もなく過ぎていくはずだったが……



「ん……?」

 最後尾を走る千代田が、後方から近づいてくる見慣れないクルマに気付く。

「……うちのチームのクルマじゃねえな……
……かなりデカい!リトラクタブルだな、NSXか、コルベット……?」

 不気味な黒いシルエットをたずさえて、接近してくるのは2台。

 なにより異様なのは……通常のヘッドライトの他、おそらく外装パネルに埋め込んでいるのであろうLEDのイルミネーションランプだ。
 それが車体の動きによって激しく煌めき、閃光をアリストのバックミラーに叩きつける。
 そして、最近流行のLAスタイルなのか……青いアンダーネオンを2台とも装備している。

「上等だ……このオレにアオりくれるたぁ、10年早えぞ……」

 千代田とて、長年走り続けてきたベテランだ。未知の相手とのバトルにおいて、油断と過信がもっとも大きな敗因になりうることは身に染みている。
 それでも、自分の好みではない派手さ優先のマシンを目にして嫌味のひとつも言ってやろうと思ったんだろう。

「見た目ノーマルだからってなめてかかると痛い目に遭うぜ!」

 先行するチームのクルマにパッシングで合図し避けさせる。

 前方がクリアになったのを確認すると千代田はアリストにフルスロットルをくれた。
 重量級セダンとしては名実ともに国産最速の名を頂くアリストは、その巨体からは想像もできないほどの強烈な加速を見せる。

 後方のクルマも負けてない。
 いっきに他のクルマたちを抜き去り、千代田のアリストに迫る。

 ヘッドライトはピンク色のHIDだ。それもファッションライトの類とは違う、独特の色。
 照射領域は昼間というよりは、なにか特殊な光線を浴びたように浮き上がって見える。



 1つ目のコーナー。

 黒衣を優雅に操り、スムーズにコーナーをクリアするアリスト。
 鍛え上げられたサスペンションが生み出すコーナリングパフォーマンスは下手なスポーツカーを一蹴する。

 これであのクルマも離れただろう、と千代田がバックミラーを確認すると……

「なに!?…………バカな、スープラだと!?」

 すぐ背後につけられていた。

 80ならまだ分かる。

 だがこれは、旧型の70スープラだ。
 たとえエンジンを80の2JZやGT-RのRB26に載せ換えたところで、シャシー性能の差はカバーできない。

 その70スープラに、アリストがもっとも得意とするはずのハイウェイでアオられている!?


 さすがの千代田も一瞬状況を理解できなくなる。
 だがすぐに意識を前方に集中させ、あらためて勝負に出る。



「来たか……ヒデユキ、こいつはトンでもねえ化け物かもしれねえぜ……」

 前方を走る舘ヒデユキのFD3Sが近づいてきた。
 パッシングでバトル中であることを伝える。

 後方のスープラはFDに気付くと、二手に分かれてそれぞれアリストとFDの後ろについた。

「くっ……セイジよぉ、ホンモノだぞ……こいつら」

 スープラたちの無駄のない動き、それは明らかにプロのもの。
 元レーシングドライバーである舘はそれを直感的に理解した。

「虚仮威しじゃねえってことか!」

 スープラのイルミランプが発光パターンを変える。
 それはあたかも、こちらをじろじろとうかがっているようにも見えた。

 濃いフルスモークのおかげでドライバーの姿は見えない。



 次のコーナーが迫る。
 バンクのついたきつめの左コーナーだ。

 すでにギリギリまでスピードを乗せていたアリストがフルブレーキング。
 FDはややセンターよりから進入。

 スープラたちはインベタで速度を落とし気味にしてきた。

「…………(こいつら、なにか……)」

 舘の脳裏をなにか嫌な予感がよぎる。
 思考する間をおかず、舘はFDをアリストの横につけた。

 2台がかりでブロックしようというのか。

「………………」

 予感は外れた……?
 スープラは特に仕掛けてくることもなくコーナーを抜ける。

「おどかしやがって……」 

 ため息を吐いた舘が再び元の車線にFDを戻そうとした、その瞬間……

「なにっ!?」

 自分とアリストの間を、猛烈な速度で突き抜けていったなにかがいた。
 一瞬遅れて、それがさっきまで後ろにいたものだと気付く。

 前方には、テールから炎の尾を引きつつ疾走する2台のスープラが見える。

「マジかよ……冗談じゃねえぜ…………」

 圧倒的な加速。それはアリストの2JZエンジンをも凌駕していた。



 30秒とたたないうちにスープラの姿は2人の視界から消えた。

 2人はただ、呆然と見送るしかなかった。



「オレたちは……幽霊でも見たのか?
仮にも12使徒と呼ばれるオレたちが……こんなにあっさりとちぎられるなんて…………」

「あんなクルマは見たことねえ…………今までどこに潜んでいたんだ?
あんな怪物が…………」



 後から追いついてきたメンバーたちに話を聞いてみたが、その証言はみな同じだった。

 青いネオンに白のLED装飾、そして巨大なワイドボディフルエアロ。
 だが特徴的なリトラクタブルライト、そしてキャビンの形状は、紛れもなくA70スープラのものだった。

「そういえば、フロントウィンドウにハチマキ(ステッカー)巻いてました……
一瞬だったしライトの光で、はっきりとは見えなかったんスけど…………」

 メンバーの1人が呟くように言った。





 これが、事件の始まりだった。











新世紀最速伝説
The Fastest Legend of Neon Genesis
エヴァンゲリオンLAGOON

第11話 鋼鉄のガールフレンド












 目覚ましの音がうるさい。

 無意識のうちに、布団の中から手を伸ばす。
 だがいくら探ってみても目的のものには当たらない。


 ……そういえば、僕は目覚まし使ってなかったんだった。

 てことは、霧島か。

「……どうしたんだ…………?」

 いつまでたっても鳴りやまない。
 そんなに熟睡しているのだろうか?

「今何時だよ……?……なんだ、まだ5時半じゃないか……」



 やがて目覚ましは止まった。

 気になった僕は霧島の寝室に行ってみた。
 ノックしてみるが、返事はかえってこない。

「霧島?もう起きてる?…………ってあれ、……霧島、入るよ?」

 鍵が開いてた。
 そして、部屋の中に霧島の姿はない。

 もみくちゃになったベッドの上には、無造作にパジャマが脱ぎ捨てられてる。

「こんな時間からどっか出かけたのか?……珍しいな」

 2度寝しようかとも思ったが、時間も時間なので少し早めの朝食にすることにした。


 ちなみに、僕たちは同居はしてはいるものの食事などは別々だ。
 それぞれが好きな時間に自分で料理し、材料は自分で買ってくる。ただし、冷蔵庫に放り込んだものは誰でも好きに使ってよい。
 洗濯も各自で。風呂は自分が入りたいと思ったときに自分で沸かす。その時に汚れていれば自分で掃除する。

 ……霧島いわく、これがMAGI社員寮の流儀だそうだ。

 別に僕と霧島の2人しかいないんだしそう気にすることもないと思うが……
 他の棟に住んでいるMAGI従業員たちも同じような感じなんだろうか。

「オムレツにでもするか……」

 手間がかからずそれなりに美味しいので気に入っている。
 卵を溶いたら牛乳を混ぜ、胡椒をふる。これがなかなかキク。
 霧島に言わせれば「ツウは七味唐辛子よ〜」だそうだが、僕はちょっと遠慮しておく……










 まだ東の空に赤みが残るベイラグーン埠頭。

 朝の静かなひととき……だが、それを破る爆音がある。


 埠頭入り口の広場に、1台のチューンドカーが入ってきた。
 それは、VeilSideのフルエアロで武装した茶色い180SX。リヤには2段式のGTウィング。
 空ぶかしのエンジン音に、ブローオフバルブの独特な排気音が混じる。

 ……もちろん、霧島だ。

 こんなに朝早くから走りに来るなんて……急にどうしたんだろう?
 ステアリングを握る霧島の表情はいつになく真剣だ。

 やがて、霧島はスタートラインに決めた駐車場の白線の上で180SXを停止させた。

 目の前には、ベイラグーンへ向けてまっすぐなストレートが続いている。
 ここをまっすぐ進むと、ちょうどベイラグーンショートの最終4連コーナーの1つ目に合流する。

 ここから見ると、ちょうどストレートの先が中速の右コーナーになる。



 タイミングを計るように、アクセルをあおる。
 早朝のベイラグーンに、CA18DETの激しいサウンドが響く。

 クラッチをいっぱいまで踏み込み、シフトレバーを1速へ。
 タコメーターの針に集中しつつ……じりじりと、パワーゾーンへ収束させていく。

「!!」

 クラッチミート。ドンつなぎだ。
 一瞬ストールしかけるが、霧島は強引にフルスロットルで持ち直す。
 同時にホイールスピンが始まり、180SXは弾かれたように発進、加速する。


 2速へ。

 どうもデフがヘタリかけてるのか、シフトアップと同時に蹴飛ばされるような振動がリヤから伝わる。
 霧島はそんなことは気に留める様子もなく、全開のまま突っ走る。


 90km/h、ここで3速へ。さすがにブースト圧の立ち上がりが鈍くなる。
 そういえばタービン交換してるって言ってた。ターボラグの大きさは……覚悟しとかなきゃならないな……


 なおも加速。

 140km/hを超える。

 4速に入った。パワーバンドに完全に乗っている。


 いつものコーナー、だが今はまるっきり違うように見える。
 ギリギリと身体を締めつける加速Gに、距離感までもが揺さぶられる。

 ……まだだ。まだ距離はある。ブレーキングポイントには早い。


 この加速だと、5速まで入る……?


 ついに200km/hに達した。

 CA18は苦しそうな声を上げるが、この180SXにずっと乗り続けてきた霧島はまだまだ余力があることを分かっていた。
 アクセルは、戻さない。


 220km/h。

 視界はすでに流れている。
 5速へ上げようとシフトレバーへ手を伸ばす…………!

「……っ!!」

 一瞬の姿勢の揺らぎで、大きくリアを振り出してしまう180SX。
 速度が速度なだけに、あっけなくスピンモードに入る。

「くうっ!」

 とっさにフルカウンターを入れる。だが、コマのようにいったん回りはじめてしまった車体は止まらない。
 1回転、ここで逆カウンター。

 ステアリングで立て直すのは無理…………となれば、後は強引に止めるしかない。
 霧島はステアリングをしっかり固定すると、ブレーキペダルを思いきり踏みつけた。
 タイヤをロックさせ、後はただひたすら止まるのを待つのみ。

 まだスピンは止まらない。

「…………!」

 スピードが落ちてきた。これならコントロールがきく。
 ブレーキを少しだけ戻し、フロントの動きにあわせてカウンターを入れる。

 車体が進行方向に戻ったのを確かめると再びフルブレーキ。


 180SXは最終コーナーのガードレールギリギリで止まった。


 ……なんとか、クラッシュは回避できた。

 だが…………、もう少しでも冷静さを欠いていれば、今頃はガードレールに張り付くか、最悪海へダイビングすることになっていただろう。

「……ハァ、…ハァ、…ハァ、……ッ、ハァ……〜〜むぅ〜っ!!」

 苛立ちげにサイドウィンドウを殴りつける霧島。
 気を取り直して180SXを発進させると、少し慎重な運転でベイラグーンをあとにした。










 元町Johnny's。
 霧島は朝飯を食べに来ていた。

 この時間は走り屋たちよりも仕事、学校前の人たちが多い。

「…………」

 店内をざっと見渡す霧島。
 と、奥のテーブルに隠れてるつもりなのか、それでもやたら目立っている男がいる。

 霧島は迷うことなく、その男の向かいに座った。

「…………石川君」

「……マナさん……なんの用スかぁ?」

 石川ケイスケ?なんでこんなところに。
 それよりも、名前で呼ぶなんて……?

「……こないだの……しくじったそうじゃない。
あんまり派手にやるとあっちもうるさいわよ」

「知るかよ。……オレぁオレのやり方でやるんだ。次のクルマももう手はずはついてっスから」

「………………」

 じっと睨みつける。

 石川はあくまでふてくされた態度を変えない。



 やがてウェイトレスが料理を運んでくる。

 2人は黙って食べはじめた。
 店内のざわめきは外の騒音に溶けこむ。





 食べ終わってしばらくの後、霧島は内ポケットから煙草を取り出した。
 食後の一服。

 それを見た石川が苦笑する。

「マナさん……煙草ヤメてなかったんだな。『坊っちゃん』がうるせーっスよ?」

 石川の言葉を聞いた霧島は顔をしかめる。
 紫煙が2人の間を流れていく。

「……その呼び方、やめなさいって言ってるでしょ。
…………それよりも……どうなの?向こうの具合は」

「…………それなんスけどね。坊っちゃんら、ぼちぼち出てきてるらしいんだ、こっちに。
昨夜も厚木線で12使徒の……誰だったかな、ぶっちぎられたって」

「…………それ、マジなの?」

 なにか違和感があると思ったら……石川、霧島に対して敬語使ってる……?
 歳は石川の方が上のはずだけど……
 でもだとしたら、いつかの石川たちの騒ぎ……あれも不自然だな。

「……完成、したんだね」

 考え込む霧島。
 ……霧島は、なにかを知ってる?


 しばらくして、霧島は思いきったように立ち上がった。

「……分かった。石川君の方はそのまま進めて。
くれぐれも、先走るような真似はしないでよ」

「わぁってらよ。で、坊っちゃんらの方はどうすんスか?」

「今はまだ。向こうでなにか動きがあるなら、私に連絡が来るだろうし。
……ともかく、慎重にね。
あ、これご飯代。お釣りはいらないから」

「へいへい」

 霧島はテーブルに1000円札を置くと石川を残して店を出た。

 駐車場では180SXが待っている。
 霧島は180SXのコクピットにつくと、ステアリングを握り瞑想するように目を閉じた。

 きゅっと、唇を噛む。

「……今さら……私に何ができるってのよ…………」



 やがて180SXは発進し、MAGIへ向かって走り去っていった。










 昼間、ちょうど時間があったので霧島に聞いてみることにした。


「……霧島、今朝どこ行ってたんだ?」

「ん〜?朝練〜」

 相変わらず能天気な答えだ。

「朝練って……走りに行ってたの?」

「そ」

「そうか……」

 とりあえず僕は納得できたので作業の続きをしようとピットに向かった。

「あ、そうそう聞いた?今夜、みなとみらいでUORがあるんだけど、それに綾波さん出るんだってさ!
MNAのみんなで応援に行くことになったんだよ」

 UOR……横須賀BKの葛城が中心になって開催してるストリートレースだ。
 通常のバトルとの最大の違いは……賭けレースだってこと。

 すなわち、レースに出る者は賭け金を用意し、勝てばその金を手にすることができる。

 出走者には成績に応じてランキングがつけられるため、このUORが実質第3新東京市での走り屋のランクを決める目安になっている。

 ……そして、綾波先輩はUORランキングトップ。
 UORが始まって以来実に17ヶ月間におよぶディフェンディングチャンピオンだ。

「へえ……綾波先輩が……
そうだね、それは見に行かないとね」

 僕も、UORにはたまに参加している。
 だけど今回綾波先輩が出場するのは、いわば横浜GPのための選考会みたいなもの。
 賭けレース……すなわち、勝敗を予想して投票するシステムもある。
 出走者以外にも……のし上がるチャンスはある、ってわけだ。










 その日の夜。
 片づけをしていると、MAGIの前の道路を数台のチューンドカーが北横浜方面へ走っていった。

 街を走る走り屋たちのクルマはいつもより明らかに多い。

「今日はやけに多いね……」

「そうね。みんな今日のUORに来る人たちでしょうね」

 綾波先輩はいつもの素っ気ない答え。
 こういうことでいちいち気負ったって仕方ない……
 それを分かってる。





 21:40。レース開始予定時間まで20分。

「じゃ、行きましょうか」

 すでにMAGIの駐車場に集まっていた僕たちMNAメンバーは、それぞれのクルマで今夜のUOR開催場所であるみなとみらい……通称「MM STREET」へ向かう。

「思い出すな……僕が初めて第3新東京に来たときも……こんな感じだったっけ」

 初めて会った時を思い出したのか、霧島も嬉しそうに微笑む。

「ふふ、そうだね」

 レースが行われるエリアには、すでに大勢のギャラリーが集まっていた。
 知らない人が見ればなにかの祭りをやっているのかと思いそうなくらいのにぎわい。

 その中を僕たちは、歓声を浴びながら走り抜けていく。

 みんな……綾波先輩の走る姿を見に来てるんだろうな。
 先輩は、この街の走り屋たちの、憧れの的だから…………

「…………綾波先輩」

 目の前に見える、R30スカイラインの4連テールランプ。
 僕はまだ、追いつくことができない。
 綾波先輩の背中を……追いかけてる。


『キャ〜碇さ〜ん!』

『こっちこっち〜!』

「……む」

 たまたま、窓を開けていた霧島の耳に黄色い声が飛びこんできた。
 よく見ると、女子高生のグループがZに手を振っている。
 僕は気付かなかったが、霧島は彼女たちの姿をしっかり見ていた。

「……なんだ?」

 後ろで180SXがなにやらもぞもぞ動いてる。
 霧島は腹いせのつもりなのか、女子高生グループの前で思いきりエンジンを吹かし、ついでにアフターファイヤーも鳴らした。
 驚いて固まる彼女たちに、霧島は窓から腕を出して中指を立てて見せた。

 ……頼むから、あまり格好悪いとこ見せないでくれ…………





 パドック代わりの駐車場には、UORを取り仕切る横須賀BKのメンバーとレース出場者たちが既に集まっていた。
 僕たちは隅の方にクルマを寄せ、綾波先輩だけが前へ進み出て停める。

 ドアを開けて降り立つ綾波先輩の姿は、思わず見とれてしまうくらいに威厳と貫禄がある。

「やぁ〜レイちゃん、わんばんこ♪」

「相変わらずですね、葛城部長」

 まずはカルく挨拶。

「どう、調子は?」

「文句ありませんよ。……それにしても、今日は大盛況ですね」

 周りのギャラリーたちを見渡しつつ言う。

「ま〜、そんだけレイちゃんが人気あるってことじゃん♪
あ、そだ今日の出走者を紹介するわ。みんな、こっち来て〜」

 葛城が手招きすると、近くで待機していたメンバーたちが集まってくる。

 1人めは元町Queen's片桐ユイ。洞木のいるチームのリーダーだ。
 普段はチャイナタウンで、コンパクトカーを用いたドラッグレースをやっているそうだが……

 あの黄色いZ432が彼女のクルマか。
 見た目はノーマルだけど……

 2人めは……あ、あのスープラ。

「Hey!レイ、シンジ!ボクも今日のレースに出るヨ」

 高島VRフレディ・ローレンツ。
 彼のスープラはビッグターボ+NOSによるハイパワーが自慢だ。直線の長いMM STREETでは有利だろう。

 あと、綾波先輩を入れて3人か。

「……ん?霧島、どうした?」

 隣にいた霧島が、驚いた表情のまま固まってる。
 その視線の先を見ると……

「待ってくれ、俺も出る」

 人混みをかきわけてやってきた青年。
 浅黒い肌と真ん中分けの艶やかな黒髪が印象的だ。

「なんだい坊や、見かけない顔だね。……見たとこ、免許とりたてのぺーぺーって感じじゃないかい?
思い上がりも程々にするんだね」

 片桐が訝しげに青年を見る。
 青年はポケットから丸めた紙幣を取り出して見せた。

「金ならある。……どうだ、これで文句ないだろ?
……あれが俺のクルマだ。どうだ綾波、受けてくれるか?」

 青年が指さしたのは白いランエボIV。エアロこそノーマルだが、なかなか速そうな感じだ。

「Oh、名指しで挑戦かい?ハハ、YOUはGutsがあるね。気に入ったヨ」

 フレディが茶化す。

「…………いいわ。お手並み拝見といきましょうか」

 綾波先輩の言葉に、成り行きに注目していたギャラリーたちが歓声を上げる。

 ……みんな、待ってる。
 綾波先輩の走りを待ってる。


 と、あの青年がこっちを見てる。
 だが僕が彼を見ると、すぐに視線を外した。

「霧島、知り合い?」

「……!う、ううん……なんでもないよ」

「そう……?」

 出走メンバーが揃ったところで葛城がレースの概要を説明する。

「よーしみんな揃ったわね。
コースはこのMM STREETからNanpa Chicaneをぐるっと回る周回コース。勝負は1周きり。
いいわね?」

 高らかに宣言し、皆が歓声で答える。
 葛城はそれに頷くと、大きくゼスチャーで合図した。

「じゃ、行くわよ!!
Ladies & Gentlemen!! Now is the time, we gotta NIGHT FEVER!! C'mon, Let's move!!!」

 騒がしいくらいの、みんなの歓びの声。

 誰が命令するでもなく、自然と人の海が割れて道ができる。
 そこを、綾波先輩はじめ出走メンバーたちは優雅に行進する。

 先頭から綾波先輩のRS、フレディのスープラ、片桐のZ432、そして……あれ、名前分かんない。
 最後尾にエボIV。あのドライバーの名前はなんていったっけ?

「葛城さん!」

「あれ〜シンちゃん、こんばんわ♪今日はみんなで来たの?」

 なんだか目つきが怪しいが、そこはとりあえず。

「あの……エボIVのドライバー、名前分かる?」

「ん〜ムサシ君?彼がどうかしたの?」

「ムサシ……?ムサシっていうのか」

 聞いたことのない名前だ。というか、あのエボIVもここらでは見かけないクルマだ。
 第3新東京のヤツじゃないのか……?

 ナンバーは……湘南?第2東京の方から来たのか?












UnOfficialRace            ...≫

SPECIAL EVENT for YOKOHAMA GP


North YOKOHAMA

STARTING GRID
1st Rei Ayanami(MNA) DR30 SKYLINE RS-X
2nd Freddie P.Lorentz(VR) JZA80 SUPRA
3rd Yui Katagiri(Q's) PS30 FAIRLADY Z
4th Musashi Kaga CN9A LANCER EVOLUTION IV


たったひとりだけへのRESPECT
誰もが、求め、そして、嫉妬する














「ALL CLEAR確認!いつでもいけます」

 BKのメンバー伊吹さんが報告する。
 葛城はそれを聞き届けると、グリーンフラッグを持ってスタート地点に進み出た。

「スタート10秒前!GET READY!?」

 4台がブリッピングで答える。葛城は挑発するように立てた指を振る。

「5…4…3…2…1…GO!!」

 凄まじいスキール音とともに4台が飛び出していく。
 誰がトップで抜け出すか!?

 ……スープラだ。NOSの瞬発力を生かしてフレディがまずトップに立った。
 そのあとを綾波先輩のRS、それからエボIV、Z432と続く。

 僕は霧島たちがいるゴール前のギャラリースポットに戻ることにした。





 長い直線でMAXスピードに達したあと、なだれ込むように右の90度コーナーがある。

 先頭はフレディのスープラ。
 やや離れて綾波先輩のRS、そしてエボIV。Z432はさすがにパワー的に厳しいのか少し遅れてる。

 コーナーをクリアし、綾波先輩が差を詰める。片桐のZ432は突っ込みでインをつき、エボIVをパス。
 ここから、長い右カーブが続く。道路としては短い直線に交差点が連続するレイアウトだが、コースとして見た場合は高速コーナーの連続になる。バンクもないため、ここはアクセルワークの技量が要求される。
 スープラに肉迫するRS。さすが、綾波先輩といったところか……

 エボIVも、Z432も負けてない。ストレートでの遅れを取り戻すべく、じりじりと差を詰めてくる。



 右カーブが終わると、2カ所クランク状になったシケインがある。
 ここはクリアできるラインがものすごく狭い。同時に通れるのは1台でいっぱいだ。

 さすがにフレディも後ろを気にして、ラインを締めてくる。

 だが綾波先輩にとってはまさにそれが狙い通りだ。

 2つ目のシケイン立ち上がりでアウトからスープラに迫る。
 そしてインとアウトが逆転する次のコーナーで前に出る。

 見事なカウンターアタックが決まり、RSがトップに立った。



 このあとはみなとみらいの中へ入り、Nanpa Chicaneの5連ヘアピン。
 通常とは逆側からの進入になる。

 あざやかなブレーキングドリフトを繰り出してヘアピンをクリアしていく綾波先輩。
 もしいつものNanpa Chicaneなら、間違いなく満点をもらえるだろう。

 そのあとをスープラが追う。

 さらにスープラの背後にはZ432が来ている。


 アンダーステアが強すぎて曲げづらいのか、スープラの動きが鈍い。
 その間にZ432が後ろから揺さぶりをかける。



 5連ヘアピンをクリアし、最後のストレートへ。

 やや遅れてスープラとZ432も。最後にエボIV。

 最後の加速勝負。
 もはや綾波先輩の勝利は確実だ…………





「来た来たっ!……おおっ、RSだ!綾波がトップだぜ!」

 ギャラリーの熱気は最高潮に達する。

 と、最後方から猛烈な加速で迫ってくるクルマがいる。
 あれは……エボIV!!

「うおっ!?なんだあの加速は!?」

 エボIVに一瞬遅れて、スープラも猛ダッシュをかける。
 NOS……あのエボIVもナイトロを積んでるのか!?

 これで勝負の行方は分からなくなった。
 ゴールまであと200メートル、綾波先輩が逃げ切るか、それとも……?


「………………ふん」

 迫るエボIVとスープラにもまったく動じない綾波先輩。

 先輩はブーストコントローラーのスクランブルスイッチを入れた。
 最大ブーストを通常の1.5からいっきに2.0まで上げる。
 メーターは警告表示の赤色に変わり、スクランブルモードであることを知らせるアラームが鳴る。

 NOSに比べればそれほど爆発的な加速を得られるわけではないが、それでも出力は瞬間600馬力を超える。

 RSのツインソレノイドがすべての圧力を解放し、追いすがるエボIVを、スープラをも突き放す。

 ゴールラインをトップで駆け抜けたのは綾波先輩のRS。
 そのあとに僅差でムサシのエボIV、フレディのスープラ。最後に片桐のZ432。
 終わってみれば綾波先輩の完全勝利。


 僕は初めて、自分の目でしっかりと見た。

 第3新東京市最速といわれる、綾波先輩の走りを。










 最高の盛り上がりを見せてレースは終わり、出走メンバーたちがパドックに戻ってきた。
 僕たちも綾波先輩を労うためにパドックに向かう。

「先輩、お疲れさま」

「……ありがと。……今回はさすがに少し驚いたわね」

「あのエボIVですか?」

 そういえば彼はどこにいるのだろうか。
 見回すと、駐車場の一番手前のところに停まっていた。

「ここらへんじゃ見かけないクルマだけど……心当たり、ある?」

「……一応ね」

 綾波先輩は知ってたのか……
 とりあえず葛城のところへ向かう。

「おめでと〜レイちゃん!賞金たっぷりよ♪」

 葛城から賭け金を受け取る。
 はやし立てるギャラリーに、綾波先輩は手を振って応える。


 ……あのエボIVの青年はどうしただろうか。

 横須賀BKのメガネの人とロンゲの人……名前、なんだっけ。
 その2人が彼に話しかける。

「やあ、惜しかったね。どうだい感想は?」

 ムサシはちょっとためらいがちに、はにかむような笑顔を見せた。

「へへ……もうちょい、だったなあ」

「いやいや、大健闘だったよ。よくがんばった」

 そうだ、メガネの人が日向さんで、ロンゲの人が青葉さんだった。
 青葉さんがムサシの肩をポンポンと叩く。





 一方僕たちは帰り支度をしていた。


 と、葛城の携帯が鳴る。

「は〜い、ミサちゃんよ〜ん♪」

 普段もこんな感じなんだろうか?余計な心配をしてしまう。
 と、葛城の表情が変わった。
 さっきまでとはうってかわって真剣な顔になる。

「マジ?分かった、こっちもすぐ行くわ。信号弾を上げて」

 葛城が通話を終えた直後、みなとみらいの中から花火が上がった。
 赤い星が3個、笛の音を鳴らしながら50メートルほど飛んで破裂する。

 ざわめきはいっきに嵐へと変わる。

「ど、どうしたんだ?」

 僕には初めてのことなので状況が飲み込めない。

「シンジ君、もうすぐPOLICEが来るよ。早く逃げるんだ!」

 渚さんが慌てた様子で叫ぶ。
 くっ……さすがにこれだけ大きな騒ぎになれば、ある意味当然か……

「みんな〜、ずらかるわよ〜!!!」

 葛城のかけ声で、みんなは即座に逃げ支度をはじめる。
 路駐したりバリケードを張っていたクルマもわらわらと散らばっていく。

 僕たちも急がないと……

「みんな急いで!渚くん、しんがりを頼むわ!!」

「分かった!」

 綾波先輩を先頭に、僕たちもみなとみらいを脱出する。

 こう混んだ中を走るのは大変だ……渚さんがいちばん後ろについて、はぐれないようにみんなを誘導する。
 意外なのがケンスケ……たくさんのクルマや人が駆けめぐる中を、まるでネズミのようにすばやく抜けてくる。
 逃げ足だけなら綾波先輩より速い……あながち嘘でもなさそうだな。





 ……バックミラーに赤色灯が映った。
 とうとうパトカーが出てきたか。

「…………!!くっ!」

 いきなり脇道から1台のパトカーが飛び出してきた。
 くそ、裏をかかれたか!

 とっさにフルブレーキング。タイヤが煙を上げる。

「っ、しまった!?」

 僕のすぐ後ろにいた霧島が、Zをよけようとして対向車線に出てしまった。
 クルマが多すぎて戻って来れない。

「ちっ……ついてない!」

 とにかく逃げ切らないことには話にならない。
 幸い他のチームのクルマが援護してくれて、僕たちはなんとか全員パトカーを振り切ることができた。

 ……あとでフレディが言ってたけど、アメリカじゃあストリートレースの取り締まりに普通にヘリが出てくるそうだ。
 それに比べれば、日本はまだマシな方だろう……










 MILAGEにとりあえず避難する。ここは車庫があるのでクルマを隠すにはもってこいだ。

「やれやれ、危ないところだったね」

「……碇くん。これから先もSTREETを走るなら、こういうことは日常だと思ったほうがいいわ。
心しておいてね」

 分かってる。たまたま、今まで取り締まりに遭遇することがなかっただけだ……

 それはそうと、霧島は無事だろうか?

「綾波先輩、霧島は……」

「…………そうね……彼女ならまずつかまることはないでしょうけど……無事なら連絡をよこすでしょう。
POLICEがいなくなるまではこっちも動けないしね……」

「………………」


 と、携帯が鳴った。同時に、みんながいっせいに身体を引きつらせて椅子から乗り出す。

 この着信音は……僕のだ。
 通話スイッチを押す指がふるえてる……

「……もしもし?」

『あっ、シンジ君?霧島です……っと、一応なんとか逃げられたんだけど……今、どこにいる?』

 僕が返事をしようとすると、綾波先輩が割り込んできた。

「霧島さんから?……ちょっと代わってくれるかしら」

「あ、今MILAGEにいるんだ。ちょっと待って、今代わるから」

 携帯を綾波先輩に渡す。

「もしもし、綾波です。……ええ。……ええ、みんないるわ。…………そう、分かった……
……、…………そうね……、……あ、それと。
とりあえず、もう2時間くらいしたらいったん店の方に来てくれるかしら。話があるわ。
……ええ、そうよ。……それじゃ」

 通話を切ると、先輩は携帯を僕に返した。

「……それじゃあ、ひとまずここで解散にするけれど……どうする?クルマは置いていく?」

「そうですね……まだ、ポリもうろついてるでしょうし。置いてきます」

 ケンスケが答える。

「僕も……一応。」

「分かった。……じゃあ、渚くん、いいかしら?」

「もちろんだよ。僕はこれから明日までのシフトだから、しっかり見張っておくよ」

「頼むわ」

 とりあえず、今日のところはみんなクルマを置いていくことになった。
 こんな目立つ改造車でうろつけば……おそらく今あちこちでやっているだろう検問では、間違いなく引っかかってしまうだろう。





 綾波先輩はMAGIへ向かった。
 そういえば、さっきの電話だと霧島となにか話があるみたいだったけど……


 ……行ってみるか。

「綾波先輩!」

 僕は一足先に出ていた先輩を追いかける。

「……どうしたの?」

「これから、店の方に行くんだよね?」

「……ええ」

「なんか、霧島に話があるとか言ってたけど……なんなの?」

「………………」

 早足で歩く。
 答えに迷っているのか……?綾波先輩は黙ったままだ。

「……来たいのなら来てもいいわ。ただ…………」

「……ただ?」

「…………いえ、なんでもないわ」

 なんだろう?
 話の雰囲気としては……なにか、あまり大きな声では言えないような内容、といった感じだ。

 霧島に関わることで?……僕には見当もつかない。



 ……聞いても、教えてくれなさそうだ。

 僕は……黙っているしかない。











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