EVANGELION : LAGOON

Welcome to H.S.D. RPG.
CAR-BATTLE in TOKYO-3, 2015.
by N.G.E. FanFiction Novels,
and RACING LAGOON.

Episode 10. TUNED ROTARY












 1回転したインテはまっしぐらにガードレールに向かっていく。

「踏ん張ってろシンスケぇぇーーー!!!」

 ガードレールにめいっぱい車体をこすりつけて速度を殺していく石川インテ。
 シビックRは公園の縁石に激しくノーズを突っ込んで停まった。


 停止したインテから這い出した石川弟が、城嶋に連絡する。

「こ、こちらインテ……こっちはやられた、山下通りでシビックとからんだ……」

「シンスケ、貸せッ!」

 石川弟から携帯をひったくるケイスケ。
 携帯に向かって怒鳴りつける。

「惣流はまっすぐ本牧へ向かった!!相討ちになってもいい、思いきりかぶせろ!骨は拾ってやる!!」

 新山下ICから発進したシルエイティ、バックミラーには既にFDの光が映っている。

「ど、どうするよ……」

「ヤルに決まってんだろがぁ!!」

 乱暴なステアリング操作でFDの前に躍り出るシルエイティ。
 シルエイティを追い越そうとFDが横に出る、その瞬間に幅寄せをかます。
 いや、幅寄せというより本気で当てにいってる。

「くっ……うおっ!」

 だがなんなくFDにかわされ、さっきまでFDがいたところにはガードレールが迫ってくる。

「ふざけろクソアマがぁ!」

 シルエイティのフェンダーがちぎれ飛ぶ音に、城嶋の叫びはかき消された。
 ノーズをぶつけた衝撃でシルエイティは両目の光を失い、なすすべなくガードレールに弾かれる。

 FDは本牧埠頭には入らず、そのまま新横須賀方面へ消えていった。










 翌日、MILAGE。

 この日はケンスケと、珍しく石川シンスケも来ていた。
 渚さんのFCは裏のガレージで作業待ち。

 意外だったのがケンスケとシンスケが仲がよいということ。
 たまたま同じ中古車屋にクルマを買いに行って知り合ったそうだ。
 遅い者同士……どこか通じ合うものがあるんだろうか。

「しかし幸運だったじゃないか、一般車を巻き込まなかったんだから。
結局誰もケガしなかったことだしね」

 窓拭きをしつつ渚さんが言う。

「ああ…………
……けどオレよぉ、正直アニキにはついてく自信がねえんだ……」

「…………たしかに、最近の彼は異常だね……」

「なんか変わったことはないのか?普段の生活とかで」

 ケンスケがそう聞くと、シンスケは少し戸惑うような素振りを見せた。

「……いや……わかんねえ。
兄弟っつってもあんましゃべんねえし……アニキがなんの仕事してんのか、ほんとのとこはオレにもわかんねえな……」

 それきりシンスケは黙ってしまった。
 渚さんは何か心当たりがあるのだろうか……顎に手を当てて、考え込む仕種をする。



 ケンスケは雰囲気を変えようと、今度は惣流のことに話を振った。

「それにしても惣流のやつ、すごいですよね。
あんなスピードでかぶせられたら普通ブレーキ踏むでしょう?」

 昨夜の山下通りでのバトル……
 速さを競うバトルじゃない。文字通り潰しあいだった。

「……だね。どんな上手い走り屋でも反射的にブレーキは入れるよ」

「あん時……アニキが惣流にかぶせたとき、アイツは一瞬もスピードを殺さず、オレたちに切り返してきた……
オレたちが避けなきゃブツかるほどにな。
んでビビってとっちらかって……中沢のシビックRとヒットさ。城嶋サンも同じようにやられただろうよ」

 昨夜のバトルを思い出すシンスケの表情は心なしか震えている。

「やはり気合いが違うんだね。一歩間違えばすべてを失う……それを分かったうえで踏んでくるんだ。
僕は惣流君を昔から知っているけれど……彼女は変わったよ、本当に。
以前はまだ、どこかお嬢ヅラが抜けきってなかったものだけど、今は立派なSTREET FIGHTERの顔になったよ」

 惣流……レディース時代を含めれば、走り屋のキャリアは10年近い。
 それだけの長い間、走り続けてきた……
 当然、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきた。

 ドライヴィングの技術だけじゃない…………本当の極限で、引かない気持ち。

 その差だろう。昨日のバトルで、勝ち負けを決めたのは。

「……じゃ、オレはそろそろ帰るよ」

「ああ、気をつけてな」

 ケンスケが手を振って見送る。

 シンスケは自分のシビックではなく、原チャで来ていた。
 実質MNAの溜まり場となっているMILAGEに、NRのクルマで来るのはさすがにまずいからね…………










 深夜、26:30。
 今夜も惣流は、愛機FDを駆って首都高を走っていた。

 首都高といえば前世紀からのスポットである環状・湾岸・横羽が有名だが、第3新東京市ができてから新たなスポットとして発展してきた横浜環状線もある。
 かねてから行われていた生麦JCTの改修がようやく終わり、神奈川線がひとつのループとしてつながったためだ。

 惣流はもっぱらこっちを走っているようだ。
 流れが途切れる、夜のもっとも深い時間帯を狙って。


「……走り続ける……それは他でもないアタシの意志…………」

 積み換えたエンジンは絶好調のようだ。
 FDならではの抜群の旋回性は、最高のエンジンを得たことでさらに磨きがかかっている。

「相原先輩に誘われて……この世界に踏み込んでから…………
……たったひとつ……

…………たったひとつのことを……アタシは追いかけてた………………」

 アクセルオフでスムーズに前荷重を作り、ノーズをかるくインへ向ける。
 再びアクセルを踏み込めば、FDはなめらかにラインをトレースして立ち上がっていく。

 惣流が今まで貫いてきた立ち上がり重視のセッティングが効いてる。
 このエンジンの特性と、見事なまでにマッチしているのだ。

「シンジ……そして、Diablo-Zeta…………
まさか、こういう形で相まみえることになるとはね……」

 帝王と、挑戦者。

 第3新東京市で確固たる地位を築いた惣流と、新進気鋭の走り屋として着実に力をつけつつある僕。
 10年間の空白を経て巡りあった、かつてのライバル。

「ママ……ママもきっと、こうしてユイ博士と走ってたのね…………」

 バックミラーに映る星。
 近づいてくるクルマがいる。


 それは、Z。

「シンジもね…………分かってるんでしょ?」

 僕はZをFDの後方につけた。

 ついていけるかは分からない。
 とにかく、このZで走る以上は全開で行く。それだけだ。
 ハンパな走りではZが、なにより僕が満足しない。

 コーナーへ飛びこむ。
 さすがに重量差があるせいかターンインの切れ味ではFDにはかなわない。

 だけどZは、立ち上がりから直線の加速ではFDをはるかに凌駕している。
 僕も上手くなってきた。前よりもいっそう、Zを速く走らせられるようになってきてると思う。

「同じこの道の向こうに……アンタは何を見てるの?何を追い続けたいの……?」

 この横浜環状を……すでに何周しているのだろうか。
 FDのステアリングを握る惣流の手はじっとりと汗ばんでいる。下着が蒸れて吸い付いてくる。
 だけどそんなことが意識に上らないくらいに、今…………惣流はFDとシンクロしてる。

 レーンチェンジひとつとってみても、その動きがとにかく違う。
 チューニングカーだからじゃない……本当の、オーラを宿した走り。
 追いかけている僕が、思わず見とれてしまうくらいにスムーズで、かつアグレッシブな姿。

「アンタが望んでることでもあるでしょ……これは…………!」

 全力で、でもどこかで冷静で。

 それは自分を見失わないこと……
 取り込まれてしまったら終わりだ。

 それができて初めて、マシンにシンクロできる。

 コンクリートウォールに張り付く前にね…………

「アンタがそのZのことをどれだけ知っているのか……それはアタシの知ったことじゃない。
だけどね……アンタは無意識のうちに探し求めているはずよ、真実を……」

 生麦JCTから湾岸へ向かう。

 橋の上でFDに並ぶ。他にクルマはいない。

 風を感じる。そして、隣を走るFDを。
 FDが切り裂く風を。

「アンタもDriver……選ばれた人間…………
自覚……してないわね、きっと。アンタってそんな感じだし……
でも、それでいいのかもしれない。
それが、そのZと対等に走れる理由なのかもしれない…………」

 大黒JCTより湾岸入り。

 加速、240km/h。

「シンジ…………アンタには、綾波と同じ匂いを感じる。
鈴原の言ってた通りかもね……
アンタなら、きっと横浜最速になれる。
アタシたちと同じステージで戦える…………」

 つばさ橋通過。速度は300km/hを越える。

 最高速ではZの方が上か……
 310km/h、ここでFDの加速が止まる。

「横浜GP…………
アタシたちの決戦の場……
……待ってるわよ、シンジ…………」

 どこまでも、行きつくところまで。

 目指しているものは、たったひとつ。










 同時刻、MILAGE。

 渚さんがシフト交代の準備をしていたところに、珍しく綾波先輩がやってきた。

「とりあえず……ハイオク満タン、入れてくれるかしら」

 RSから降り立つ綾波先輩。
 ざっとあたりを見回し、駐車場にFCの姿がないのを確かめると渚さんの方へ向かう。

「FC……どのくらい進んだのかしら?」

「ん?ああ、今はとりあえずセンサー類のOHをね。
エンジンを完調までもっていってからチューンに入るよ」

「中はヤルの?」

「う〜ん、問題はそこだね。機材がないから、加工屋に出すとなると予算的に厳しいからね……」

「……よければ、MAGIのピットを貸してあげてもいいけれど」

「いいのかい?他の仕事もたくさんあるだろうに」

「……渚くん。覚えてる?2年前、私があなたに言ったことを……」

 綾波先輩はポケットに両手を突っ込んで、渚さんに流し目をくれる。

「ああ、覚えてるともさ…………
……やはり、僕では役不足だというのかい?」

 さりげなく、綾波先輩に近づく渚さん。
 その目はいつもと違う……
 僕たちに接するときの優しい目じゃない。

「…………僕にはもう後がないんだよ。いつまでもちゃらちゃらしてはいられない。
……正直、もうそろそろ引退しようかと思っているんだ。
家族のこともあるしね……これ以上、クルマにばかり構っていられないんだよ」

「だから、なのよ。渚くん、あなた自身が一番分かっているはずでしょう?
私も碇くんもね……あなたとは違う。背負っているものが違うのよ」

 緊張感。

 2人の間に交わされる、言葉の駆け引き。

「育った環境が違う……そう言ってしまえばそれまでだわ。
だけど、よりよい環境を探すことはできる。違う?」

「…………できるものならね」

「渚くん……私は今まで、何十台というチューンドカーを作ってきた。
それにかかったお金はカルく億を超えているわ。それだけのお客の人生を、私は狂わせてる。
……正直なところ、私はそんな彼らのことなんてなんとも思わない。クルマにすべてをつぎ込んで、人生をめちゃくちゃにしようがね。
だけど、あなたがそうなってしまうのはちょっとつらいわ……」

 重い表情で言う。

 最速の女ともてはやされ……人々のカリスマとなる。
 その影で、身を堕としていく者たちを思う……

 どこかで割り切らなきゃいけない。割り切らなきゃ、やっていけない。

「……言いたいことは分かるよ。でも納得はできない」

 絞り出すように、渚さんは言った。

「………………」

「………………」

 沈黙が続く。
 給油機はすでに自動停止し、メーターの表示が点滅している。

「……………………」

「………………もし……」

 長い沈黙の末、綾波先輩が口を開く。

「もし、あなたのFCをNERVでチューンできるとしたら……」

 うつむいていた渚さんが、顔を上げて綾波先輩を見つめる。
 息をのんで、次の言葉に耳を傾ける。

「NERVのスポンサードマシンとして、横浜GPに参加できるとしたら……どうする?」

「そんなことできるのかい?」

 いくらなんでも虫が良すぎないか。
 そう思うのも無理はない。

「……Diablo-TUNE…………渚くん、あなたならよく知っているでしょう?」

「…………ああ」

「Diabloのテスト車両として……あなたがFCを提供するなら、これからも走り屋を続けられるようにNERVでサポートするわ」

 じっと……互いの腹を探り合うように、見つめる。

 渚さんにとって…………Diabloは何の意味を持つのだろう?

「…………当然、知った上でのことなんだろうね」

「……何か問題でも?」

「…………いや。……ただ、チーム内予選だけはこのまま行かせてくれないか。
僕の力だけでやってみたい。
……それは構わないね?」

 その言葉を聞き届け、綾波先輩は不敵に微笑んだ。

「……ええ。そのように手配するわ。
期待して待ってて」

 料金の精算を終えると、綾波先輩はRSで颯爽と夜の街に走り出した。

 渚さんは鋭い表情で、闇を見つめている。

「…………綾波レイ……君は、僕と同じなんだね…………」










 数日後のある夜。

 この日僕は、北横浜を流していた。
 Queen's Aquesの前にさしかかったとき、見覚えのあるクルマが路駐しているのが目にとまった。
 VeilSide180SX、霧島のクルマだ。

「霧島……?」

 気になった僕は180SXの後ろにZを停め、あたりを見回してみた。
 買い物でもしてるのかな……?

 時間帯が早いためにあたりは人通りが多い。
 だけど誰ひとりとして、僕たちのクルマに注目する人はいない。
 みんな、僕たちのことなど目に入らない振りをしている。


 …………考えてみれば当たり前のことだよね…………

 ……みんな他人に興味なんて持たない。いや、持たないようにしている。
 いつか相原さんも言ってた……『今どき、フェラーリなんて誰も驚かない』。
 単にスポーツカーってだけで振り向く人なんていない。

 …………特に、どんなヤバイ人間が乗っているかもしれないこういうクルマなんて特に。

 ……あらためて、僕たちが背負っている熾天使のステッカーを見る……
 これだって一般人から見ればじゅうぶんに危険な存在だ。ヘタに関わり合いになればどんな目に遭うか分からない。

 ……僕たちは、そういう目で見られてる。


「シンジ君!」

 背後からかけられた声に振り向く。
 見ると、紙袋を抱えた霧島がいた。

 MAGIの作業着にMNAのジャケットを羽織った姿……いつもの綾波先輩と同じスタイルだ。

「どうしたの?こんなところで」

「いや……たまたま通りかかったんだけど。
ところで、何を買ってきたの?」

「えっとね、整備士試験の参考書。この仕事やってくなら資格は必須でしょ?」

「ああ……そうだね」

 そういうのは考えたこともなかったな……
 第2東京では見よう見まねで、独学で覚えてきたクルマいじりだけど……

 本来ならきちんと資格を持った人間が作業しなければならない部分もある。
 もっともMAGIのようなチューニングショップなら必ずしも……なんだけどね。

「そうだ!……ねえ、せっかくだからさ、これから夜のドライブなんてどう?」

「……いいよ」

「うん♪私ね、いい場所知ってるんだよ〜♪」

 なんだかずいぶん久しぶりに見たような気がする。
 霧島の無邪気な笑顔……

 ほっと、する。

 このままでいたい…………










 霧島に連れられてやってきたのは、セントラルドグマサーキットそばの埋立地の一角。
 ここから海を挟んで、みなとみらいの大観覧車がすぐそばに見える。

 ちょうど斜め下から見上げるような形で……観覧車のイルミネーションを透かして星空が見える。

「ね〜?きれいでしょ♪」

「ああ……」

 そっと、霧島が僕にすり寄ってくる。

「シンジ君……」

 かすかな声で。
 星空の淡い光が、霧島の表情を浮き上がらせる。

「なに?」

「シンジ君……私と暮らすの、嫌かな?」

「?」

「ひとりの方が気楽だって……思う?」

 淋しそうな声。
 僕の腕をつかんでいるか弱い手……
 力が入ってない……怖くて、握れない。

「そんなことないけど……」

 くっついてるように見えて、ギリギリで距離をとってる。

「私ね……正直、怖いんだ。
横浜GP……たしかにすごい大会だし、みんな目標を掲げてがんばってると思う……でも」

 僕もそうさ……
 未来に対する、言いしれない不安。

 多かれ少なかれみんな持ってると思う。

 夢中になって、でもはたと我に返って。
 その瞬間の、とてつもない不安、孤独感。
 闇に落としこまれたように……

 立ち止まったら、終わりだ。

「未来をつかむ……夢をつかむ。
でも、同時に何かを失ってしまいそうで……怖いの」

「……自分でも気づかないうちに、か」

「…………そうかもね」

 海面に揺らぐ街の光。

 いつか綾波先輩が言ってた……鏡の街、偽りの世界。
 夜の間だけしか……見えないもの。

 誰にも止めることはできない……

「シンジ君と出会ったときもそう…………
出会えたことに嬉しくて、でもいつかは別れなきゃならないと思うと怖くて…………」

「……離ればなれになりたくない?」

「……………………」

 霧島はうつむいて、じっと黙ったまま。

 そっと、霧島の髪をなでる。
 霧島はその手をつかんで……しっかりと握って、離さない。
 だけどそれ以上はなにもできない…………

 触れるのが怖くて?僕に近づくのが怖くて?

 もともと体温が低いのか……僕の手を握る霧島の指はひんやりと冷たい。
 ……胸が、いたい。

「……ずっと……いられたらいいのに……
永遠に、シンジ君と一緒にいられたらいいのに…………」

 ふるえながら、手を離す。
 風の音にかき消されそうな声。
 普段の霧島なら考えられないくらいにか弱い姿。

「…………永遠なんて、ないよ」

 その言葉に霧島がびくっと震える。

「何事にも終わりは必ずある。永遠に続くものなんて……」

「わかってるよ!そんなことわかってるよ!!」

 突然霧島が声を張り上げた。

 みなとみらいの光にきらめく雫……
 霧島、泣いてる……?

「だから……だからあきらめられないんじゃない……」

 泣き出してしまった。僕には……なんと声をかけたらいいのか分からない。
 こんな時……どうすればいい?


『他人じゃあないのよ』

 そう……赤の他人ならともかく、大切に思ってる身内なら……

『碇くん……約束するわ。たとえ何があろうとも、私は決してあなたを見捨てない』

 自分の人生を捧げてもいいと思えるくらいに、大切な人。

『僕には……他に何も、ないから』

 今は、どうなんだ…………?


「霧島…………」

 両肩に手を置いて。
 優しく抱き寄せる…………

 おびえる小動物のように……僕の腕の中で丸くなる。

 僕は何度も何度も……霧島に、触れる。





 風向きが変わった。

 ベイブリッジの風が流れてくる。

「…………渚さん……?」

 風に乗って聞こえてくるエキゾーストノート。

 霧島は不思議そうな顔で僕を見る。

 僕の視線はベイブリッジのある一点に釘付けになった。

 あそこか。
 あそこにいる。

 FC……
 いよいよシェイクダウンか。
 そして……あの音は、1台じゃない。

 バトルしてる。

 他のどんなクルマとも違うあの金属音は…………

 フラット6ツインターボ、ポルシェ911。
 間違いない……12使徒の1人、湾岸の黒い怪鳥「ブラックバード」。












vs. BLACKBIRD


METROPOLITAN HIGHWAY

Kaworu Nagisa(MNA) FC3S RX-7
vs.
Tatsuya Yashiro(Apostles) Porsche 911


非合法のスピード
止められないチューニングの麻薬
今、もう一度、問う














 横羽線へ向けて走るFC、ブラックバード。

 先行するFCの背後に、ぴったりとつけている黒いポルシェ。
 湾岸の走り屋なら、その名を知らない者はいない……

「ブラックバード……その黒き翼は何を狙っているんだい?」

 バックミラーに映る2つのハロゲンランプに、不敵に呟く渚さん。

 渚さんのFCで……このポルシェと戦えるのか?
 パワーは何馬力出ているだろう?
 ノーマルタービンで出せるパワーなら……250か、いって300か。

「黙ってやり過ごすわけにはいかないね」

 アクセルを踏み込む。
 13B-Tは即座に応え、軽量なFCをすばやくスピードに乗せていく。

 ブラックバードからパッシング。

 すかさず渚さんもパッシングを返す。

 2台は20メートルほどの車間距離をとったまま生麦JCTへ進入する。
 進路は、横羽上り。

「さすがに絶対出力ではかなわないからね……無理は禁物さ」

 まだ、余裕はある。
 狭く荒れた路面の横羽線なら、いかにブラックバードといえどもフルパワーは使えないはずだ。

「フフフ……まったく意外だね」

 なんのためらいもなく、FCをコーナーへ飛びこませる。

 自分が通っていくラインが見える。
 そこだけがくっきりと見える。
 鳥の視界のように…………全体を見渡す広い視野と、目標を見逃さない正確な追尾。

 今、FCはその目を手に入れている。

「これほどまでに……熱くなる人間だったのか、僕は?」

 いつも、クールを演じてた。
 飄々として……カルく、要領よく見せる。

 それは影の自分を……苦悩し、努力する自分を隠したかったから。

「ブラックバード……さすが、12使徒といわれるだけはある。
君の前では小細工など通用しないね」

 やたらにアオってはこない。
 自分の速さを隠そうとしない。

 あくまで対等に戦うと。

 戦うならそれは、自分のすべてをはっきりと見せた上で。

「FC3S RX-7…………これが僕のマシンだ。
僕のすべてとひきかえにした、最後のマシンだ…………」

 18歳で免許を取ってからの4年間。
 ずっとこの1台のために生きてきた…………

 たった、1台のクルマのために。

 それになんの価値がある?それは自分にしか決められない。





『渚くん。あなたはいつか言っていたわね。他人に頼りたくない……他人をアテにして生きたくないと』


 2年前のこと。

 第3新東京市でMAGI MELCHIORを開業したばかりの綾波先輩に、渚さんは出会った。

 渚さんは綾波先輩に、チームを組もうと申し入れた。
 綾波先輩は、渚さんもチューニングを仕事にしてはどうかと提案した。



 渚さんはそのころから……MILAGEで毎日、働いていた。
 昼間はMILAGEで働き、夜のわずかな時間にクルマいじり、そして走り。

 親からの支援も受けず……家にもめったに帰らなかった。


『でもそれは結局、自分が利用されたくないだけではないの?
表面的な付き合いだけをこなしておいて、自分から積極的に近づこうとしない。
だけどそれでは、なにかあったときに対応しきれないわ』


 一見、社交的な性格に見える。
 だけど実際には……すごく、孤独。


 自分もチューナーになればいい……そう言われて、渚さんは答えられなかった。

 事実渚さんのウデはプライベーターとしては相当なレベルだ。
 その気になればショップを持つことだってできるだろう。

 だけど、渚さんはそれをしなかった。


『人間はやっぱり、持ちつ持たれつでしょう?ましてや私たちのような人種ならなおさらのこと。
チームを組む以上……それはうわべの距離ではいけない。
よくもわるくもベッタリの距離でなければ……編隊飛行はできないわ』


 そのまま、時だけが過ぎた。
 FCはこつこつとチューンを重ね……今や、一線級の戦闘力を手に入れた。

 それは自分の、人生そのものをひきかえにしたと言っていい。


 先のことなど見ていない。
 ただ、今を維持できればいい。そう思ってごまかしていただけだ。

 その「今」が、崩れ去るということがなければ…………





「まったくその通りだね…………でも綾波サン、僕は間違っていなかったよ……」

 ブラックバードを従え、浜崎橋JCTから環状内回りへ。箱崎経由で湾岸へ向かう。

 流れは少し悪い。
 ところどころで減速を余儀なくされる。
 だが、いける。

「親元から離れて、自立する……聞こえはいいけど、それは……」

 新富町オービス通過。
 すばやく一般車の間をかいくぐり、加速ラインに乗せる。

「それはただ、家庭を持つこと……家族を養わなければならないということから、逃げたかっただけなんだ……」

 狭いガード下を抜けると、目の前には長いストレートが現れる。
 江戸橋JCT。

 ……9号湾岸方面、渋滞なし。

「走り屋になると言ったときも……ずいぶんと反対されたものさ」

 決して声高に宣言したわけではない。
 何気ない会話のなかでぽつっと漏らしたことだった。

「兄のことは僕も十分承知している……
……そのうえで、僕は兄のいた世界を……兄が命を賭けていた世界を、知りたかったんだ…………」

 渚さんには歳の離れた兄がいた。
 その人はサバンナRX-7を駆り、速いことで有名だったそうだ。

 それは僕たちにも話してくれた。

 でも…………

「どこまで走っても、追いつけはしない…………
……だけど今なら、降りることができる……少なくとも、兄より長く生きることができる…………」





 辰巳JCTより湾岸入り。

 いよいよブラックバードが勝負に出てくる。

「そうさ……勝負は手を抜いてはいけない」

 圧倒的な加速でFCを抜き去るブラックバード。
 噂では700馬力近いとか……とても、FCでは相手にならない。

「僕はまだ終われない……そうさ、終わるわけにはいかないんだ…………」

 240km/h、ここからさらに1段加速。
 リヤエンジン・リヤドライブの911にしかできない、ワープするような加速。

 すでに車間は100メートル以上開いている。

「FC……僕を連れていってくれよ……スピードの向こう側へ…………!!」





 羽田トンネルに入るころには、ブラックバードの姿は完全に見えなくなった。

 湾岸の流れは静かだった。
 いつものように、長距離トラックが列をなして走っている。


 それは、いつまでも変わらないこの世の姿。














予告


第3新東京市に突如現れ、名うての走り屋たちを次々と撃墜していく謎のチューンドカー。

時を同じくして、UORに新たな挑戦者が現れる。

そして水面下では、NERV対WON-TECの戦いがすでに始まっていた。

それは熱い夜を駆け抜けていった、もうひとつの物語。



第11話 鋼鉄のガールフレンド


Let's Get Check It Out!!!






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