EVANGELION : LAGOON

Welcome to H.S.D. RPG.
CAR-BATTLE in TOKYO-3, 2015.
by N.G.E. FanFiction Novels,
and RACING LAGOON.

Episode 8. FIRST STRIKE












 市川PAには既に全員集まっていた。

「おそいよアスカ、待ちくたびれたゼ」

「悪い悪い、偶然ダチに会っちゃってさ」

 カルく挨拶する。

「じゃあさっそく行こうか。今日は流れもいいし、走るには絶好のシチュエーションだ」

「そうだな」

 みんながそれぞれのクルマに乗り込み、エンジンをかける。
 PAは突如として轟音に包まれる。

 テスタロッサのフラット12、ポルシェのフラット6ターボ、S30のL28改ツインターボ……そして、JZA80の2JZ、FDの13B。
 総勢5基のチューンドエンジンがその咆吼を轟かせる。
 力を誇示する。





 12使徒の3台がまず先に出る。その後からスープラ、そしてFD。

「シンジ、ベルトしっかり締めといて……
……ホンモノの最高速を見せてあげるわ」

 気合いを入れる惣流。
 ビリビリと震えるタコメーターの針は、惣流の心の高ぶりを表しているようだ。

 加速レーンに入り、先頭のポルシェがフルスロットルをくれる。
 間髪入れずにテスタとS30が続く。
 NAのテスタは素早く速度に乗り、ターボのS30は若干もたつくもののすぐに追いつく。

 惣流もここでFDを全開。ブースト1.0kg/cm²のフル加速。

 スープラは……

「……遅れた!?」

 バックミラーにみるみる離れていくスープラの姿。

「はんっ、アイツのこと、どうせ……」

 惣流がそう言いきらないうちに、FDのバックミラーをスープラのヘッドライトが埋めつくした。
 凄まじい加速だ。

「うっ!?」

 圧倒的な加速でFDを抜き去るスープラ。12使徒の3台も軽くパスし、いっきに先頭に躍り出た。

「かぁ〜しょっぱなから飛ばすわね。まったく変わってないんだから、こういうとこは」

 目の前で見せつけられたにもかかわらず、軽く鼻で笑う惣流。
 惣流はあわてることなく、自分のペースで加速していく。

「ハハハ、NOSの威力を見たカ?」

 速度は200km/hを越えた。
 軽量なクルマであることも手伝って、まだ加速は鈍らない。
 いったん速度に乗りさえすればスムーズに加速を積み立てていける。

「ほーら、前が詰まってきたわよ〜」

 前方に一般車。隙間に入り込もうとするスープラ。

「身体が……硬いな……?」

 動き自体はクイックなのだが、どうにも危なげだ。
 リヤを引きずるというか、路面からむりやり引き剥がすような感じ。

「ほー、よく気づいたわね。さすが」

「リヤが強すぎる……のか?」

 S30がスープラに追いつく。
 続いてポルシェ。すかさずスープラの後ろにつける。

「直進安定性を重視ってのは間違ってないけどね……要はバランスよ。
横っ飛びさせるように走らせられればいいんだけど、アレじゃあね……」

 やがて一般車がばらけ、空いた隙間をテスタがいっきに上がってきた。
 ここでテスタがトップに。

 スープラはたまらず一番右によける。
 ポルシェが前に出た。
 S30もそれに続く。

「フレディも決してヘタじゃないわ。あのスープラの癖、それをきっちり把握して的確な操作をしてる。
ただ、半年ぶりの湾岸でいきなり12使徒を相手にするのはちょーっと厳しかったみたいね……」

 FDもスープラに追いついた。
 だが無理に前に出ようとはせず、後ろについたまま様子を見る。

 トラックが3台並んでいる。ここを抜ければまたクリア状態が続く。

「さーて、また加速勝負よ。見てなさいシンジ。
首都高最速といわれる12使徒の走りをね…………」

 スラロームする12使徒の3台。じりじりとタイミングを取る。

 惣流の集中の度合いがいっきに高まる。
 FDのコクピット内がいっきに張りつめた。
 ナビシートにいる僕にも、痛いほどの空気が伝わってくる。

 くる。このタイミングで。

「っ!!」

 いっせいに咆吼する。
 テスタが、ポルシェが飛び出す。
 その後をNOSの強烈な加速でスープラが追う。

 だが、それでも前方の4台が接近してくるように感じる。
 FDが、加速している。それよりも早く。

 僕たち5台だけが、他のクルマの流れから切り離されてワープしているように。
 1台だけでもその感覚はあるが、こうして複数で走っていればなおさら増幅される。

 なおも加速し続ける。
 速度は何km/hだ?250?280?体感なんていいかげんなもんだ。
 ただ相手との距離……それがあるだけ。

 じりじりと離れだす。
 さすがにブーストアップのFDでは限界か……

 と、惣流はFDをポルシェの後ろにつけた。
 これでスリップストリームが効く。少しは抵抗を軽減できる。

 スープラはそんなものはお構いなしにどんどん加速していく。

「…………すごい……」

 まるで流れるように。
 舞踏会の会場にでもいるかのように…………
 互いの手を取り合い、華麗に舞う。

 互いのスリップを使い、風を切っていく。

 間違いなく、最高レベルの走り。


 僕は、この世界をまだ知らない。










 湾岸を下った後、大黒JCTで12使徒と別れる。
 僕たちは第3新東京市に戻り、高島臨海桟橋に向かった。

 ここで高島VRのメンバーと顔合わせ。
 高島VRは外国人メンバーも多く、ホンダ車や外国車に乗っているものが多い。

「第3新東京ではNOSを扱うSHOPはないのカ?」

「そうねえ……まあ頼めば取り寄せてはくれると思うけど、やっぱ綾波んトコが間違いないんじゃない?
なんたってNERVの直系だからね」


 ひととおり自己紹介した後、次は桜木町へ向かう。

 しばらく走ると、道路を封鎖して走っているたくさんのセダンが見えてきた。
 なにやら特徴的なエクステリアをしている……

「惣流……アレって……」

「……気にしないで。リーダーの趣味なのよ……ったく、前時代的なんだから…………」

 僕たちが近づくと、道路を封鎖していたメンバーたちが驚いて道を開ける。
 見た目は強面なのに、えらくペコペコしててなんだか気味が悪い。

 本当に場違いなところに迷い込んだような気分だ……

 惣流は普通にしている。
 さすが、尊敬するよ…………

「Oh、これがSHAKOTANってやつカ?Japanese motorcycle gang!」

 ここにいるクルマをひとことでいえば…………「族仕様」。
 地面に擦りそうなほどの車高短は当然……
 雪かきのようなチンスポイラー、大口径の爆音タケヤリマフラー、ウィンドウは全面フルスモーク。
 金メッキのモールも忘れずに。
 それからボディに書かれた「喧嘩上等」とか「愛國戦隊」とか……くらっときそうだ。

 やがて、中央にいる紫色のクルマの前で停まる。
 あれは……チェイサーか?原形をとどめてないから分からないよ…………

 リーダーらしき男が進み出てくる。
 こいつもまた…………金髪のリーゼントに、パール入りのロングコート。それから木刀装備。
 いろんな意味ですごすぎる…………

「おう、惣流の姉御……フレディも一緒か。
ん?そっちの小僧は誰じゃ」

「ほらシンジ」

 惣流が僕をこづいて自己紹介を促す。

「……MNAの碇……碇シンジだよ」

「ワハハ、ワシは桜木町GT総長、川崎テツシじゃ。
MNAの新入りじゃな、噂は聞いとるぞ。綾波によろしゅうナ」

 ……総長?……まあそれはどうでもいいか……

「テッさん、さっそく1本どうだい?実は今日こっちに帰ってきたばかりなんダ」

「おう、受けて立つわい。
…………お前ら!ワシとフレディの1本勝負や、さっさと道を開けんかい!!」

 リーダー……いや総長川崎の一声で、道を占拠してたむろっていたクルマたちがぞろぞろとよけていく。
 みるみるうちにR16の長いストレートが現れ、そこがゼロヨンのコースとなる。

 チェイサーとスープラがスタートラインに着く。

 族車セダンとスポコンGTカー。激しくミスマッチな取り合わせだ。
 派手なのはどっちも同じだけど…………

「川崎のチェイサー……あんなんで本当にゼロヨンできるのか?」

「……まあ、見た目はあの通りだけど、アイツはあれでもセダン乗りとしては一流よ。
セダンのチューニングに関しては第3新東京一じゃないかしら」

 激しいスキール音を上げて2台が飛び出していく。
 スープラが一瞬前に出るが、チェイサーのスタートダッシュは非常識なほどに鋭い。
 いっきに1車身出てくる。

 スープラも負けてない。2JZのトルクを生かして食いついていく。

「速い……っ!マジで速い」

 差はじりじりと広がる。10メートルほどか。

 スープラ、ここでNOS噴射。
 シュウーッというジェット音とともに、シャブでも打たれたようにスープラのエンジンが咆吼をあげる。
 この速度からでもスキール音を鳴らすほどの強烈な加速。

 チェイサーに肉迫するスープラ。

 いっきに抜き去るか……が、一歩届かない。
 中間加速だけでなくトップエンドの伸びも抜群だ。
 結果的にチェイサーが50cmほど先にゴールラインを駆け抜けた。

「やった!」

「総長さすがですぜ!」

「桜木町GT万歳!」

 どうやら川崎が勝ったようだ。
 道路の向こうから、2台が戻ってくる。


「……ま、ひさびさの対決は川崎に軍配が上がったってトコね……
でも、なかなかいい勝負だったじゃない。NOSを使うタイミングの見極めがキモね」

「うーん、惜しかったネー。でも次は負けないヨ」

「おう、何度でも受けたるわい。これからも精進せえや」


 僕たちはフレディと別れて桜木町を離れ、ベイラグーンへ戻る道を走る。










 海沿いの道を走っていると……前方にクルマが並んでいるのが見えてきた。
 数十台はいる。
 渋滞か?でもなさそうだが…………

「惣流……あれ、何だ?」

「ああ〜しまった!今日はアレある日じゃない……ちっ!ここ一通だからね……しょうがないわ、とりあえず並ぶしかないか……」

 みなとみらいの中を突っ切るドライブウェイみたいだ……
 ここも走り屋のスポットなのか?それにしてもこの列は異常だな……

 ギャラリーの数も多い。……よく見てみると女ばかりだ……なんだ、ここは?

「おいおい、後ろからもどんどん来るぞ……」

 FDの後ろにも次々とクルマが並ぶ。マジで一体どうなってるんだ?

「……まあアンタはこんなトコ来るわけないから分かんないでしょうけど……
ここはNanpa Chicane。パフォーマンスドリフトのスポット。
……要するに、ドリフト自慢の男がギャラリーの女を釣る場所よ……」

「そんなのがあるのか……」

「ああ〜もうなんでこんな時に来ちゃうのよ!アンタと一緒にこんなトコいたら、それこそどんな誤解されるか分かったもんじゃないわ!!」

 ステアリングを叩いてわめく惣流。





 ……と、2台前にいるクルマ、見覚えがあるな……

「……ケンスケ?」

 思わず冷や汗が流れた。
 間違いない。あの黄色いハチロク……ケンスケだ。

 どうしてこんなところに?

「あによ?……え?あのクルマ……?
……ぶっ!誰かと思えば相田じゃん〜!クールなふりしてこういうコトしてるなんて、これはいいネタになるわね」

「惣流もヒトのこと言えないだろ」

「んなっ!あ、アタシの場合は道間違えただけでしょ!ここにいるような軟派な男どもと一緒にしてほしくないわね!!」

「……どうでもいいけど、さっきからみんなこっち見てるよ?」

 ギャラリーの女たちがこっちを見てひそひそいってる。
 ……彼女らの目に、僕たちはどう見えるだろう?

 逆ナン?ショタ趣味?未成年略取?
 どれも僕にはさっぱり謎なんだけど。
 こういう女たちの考えることは分からない……いや、考えてもいないかもしれないが。

 こんなやつらに比べれば、惣流みたいな女の方がはるかにマシに思えてくるけど……

「ぐ……うぅ」

 惣流は顔を真っ赤にしてうつむく。
 視線にさらされるのはいやだ……

「どうしよう?」

「シンジ……後で覚えてなさいよ」

 そろそろ順番が近づいてきた。ケンスケのハチロクが出ていく。
 1分ほどして次のクルマ。次は僕たちだ。

 オフィシャル役の男が近づいてきた。さすがにこの場所で、女性ドライバーのクルマというのは場違いすぎるだろう。

「あの……もしかして、NightRACERSの惣流さんですか?」

「ったりまえよ!クルマ見て分かんないの!?」

 いきなり怒鳴りつける惣流。

「い、いえ……それで、ナンパシケインに挑戦……」

 ギロ、と睨みつける惣流。
 男、引く。

「ちょーっとばかし道間違えてね。悪いけど通してくれるかしら」

「は、はい……スルーですね、どぞどぞ」

 鼻息も荒く窓を閉める惣流。
 と、僕たちの前に出ていったクルマが戻ってきた。

「あら?今度はなによ?……ったく今日はツイてないわね……」

 オフィシャルが駆けつけて事情を聞く。

「どうしたんだ?」

「俺の前に出ていった奴が途中で止まっちまってんだ。ノックしても出てこねえしよ……
このままじゃ通れねえぜ」

「ぶつけたのか?」

「いや、クルマは平気そうだけどな。早くどいてくれねえと後がつかえるぜ。
……黄色いハチロクだったからな……MNAの最遅野郎じゃねえか?」

「……分かった、とにかく行ってみよう」


 オフィシャルの男はしばらく話した後、自分のクルマを出してきた。

 惣流が再び窓を開けて呼びかける。

「何があったのよ!」

「あっ、惣流さんちょうどいい。今コースの途中でMNAのクルマが止まっちゃいまして。
一緒に来てくれますか」

「ケンスケだな……」

「あんの馬鹿…………分かった、いちおうブースターケーブルと牽引ロープはこっちに用意があるわ。
とっとと引きずり出してやりましょ」

 僕たちの前に出ていったJZZ30ソアラと、オフィシャルのEP91スターレットがハチロク救助に向かう。

 ケンスケのハチロクは5連ヘアピンの4つ目で、真横を向いて道路をふさぐ格好で止まっていた。
 確かにこれじゃ通れない。

 僕たちはクルマを降り、ハチロクの元へ向かった。

「バカ相田!いつまでそうしてんのよ、さっさとクルマをどかしなさい!」

「ケンスケ!返事しろよ!」

 呼びかけてみるが返事がない。
 車内をのぞきこむと、ケンスケはシートの上で丸まっていた。
 ぴくりとも動かない。

「……どうしちゃったんだ?」

「う〜ん……そう言えば相田君、今日は憧れの女の子をようやく呼ぶことができたって、スタート前にうれしそうに話してたからねえ…………
ひょっとしてスピンしたのがはずかしくて出て来られないのかな?」

「…………ケンスケが?憧れの女の子?……そんなバカな……」

 意外だ。意外すぎる。
 ケンスケは硬派だとずっと思ってたのに。
 「走り屋に女はいらない。永遠のLONELY DRIVERとは俺のことだぜ」とか言っていたのは……ただのカッコつけだったのか?

 ……まあそれはおいといて、とりあえずここからどいてもらわなければ話にならない。

 コースの真ん中で止まっている僕たちを見て、野次馬がぞろぞろと集まってきた。
 多いな……





「すみませぇ〜ん、通してくださぁ〜い!」

 聞き覚えのある声。
 僕は再び盛大に冷や汗を流した。

「ぷはあぁ〜!や、やっと抜けられたぁ〜。
相田君!止まってないで早く出てきてよー!他の人に迷惑でしょ?」

「霧島……」

 僕に気づいてなかったのか、いきなり顔を上げて思いきり驚く霧島。

「しししシンジ君!?どどどどうしてここに?」

「それはこっちのセリフだよ……」

「え!?あ、いやぁ……べ、別にそういうことはないのよっ!
ほら、上手い人の走りを見て研究しようとか、そう思って……」

「今日はケンスケと連れなんだろ?なんとか言ってくれよ、さっきからクルマにこもって出てこないんだ」

「ごっ、誤解しないでよね!そういうんじゃ全然ないんだから!
一緒に行こうって、相田君があんまりうるさいから……」

「はいはい分かったから。とにかくあのバカに一発ガツンとかましてやりなさい」

 慌てまくりの霧島だが、惣流が出てきたことはかえって逆効果だったかもしれない。
 突如フリーズする霧島。

「……………………」

「……どうした?」

「し……シンジ君が……惣流さんと一緒に…………?そんな、嘘よね…………」

「もしもし?」

「は……ははは、そう、そうなのね…………
うん、いいの……私のことは……ただのルームメイトだもんね、それ以上じゃないんだよね……」

 ……ダメだ、こりゃ。
 この際だからハチロクに牽引ロープ引っかけて強引に引きずり出すしかないかな……

「ちっ……ったくどいつもこいつも!……そこのアンタ!アタシのFDでハチロク引っ張るから、ロープかけんの手伝いなさい!」

「は、はい!」

 さっきのEP91の男だ。惣流の指示でFDのトランクから牽引ロープを取り出し、ハチロクのフックに引っかける。惣流はもう片方の端をFDのフックに引っかけ、しっかりロックする。
 ケンスケはサイトブレーキもかけていなかったのか、FDが発進するとするすると動き出した。

 そのままコース外までハチロクを出す。
 ……たぶん、このあとケンスケは惣流にボコられること間違いなしだな。





 で、残る問題は派手に誤解をしている霧島なんだけど……

「霧島、今日は自分のクルマ?」

「…………え?……あ、うん……そうだけど……」

「なら丁度いい。今日は惣流の横だったから足がなくてね。
どうせもう帰るんだろ?一緒に乗せてってくれよ」

 霧島は一瞬迷うが、すぐに答えた。

「……うん……いいよ」

 ケンスケのことは惣流たちに任せ、僕は霧島と一緒にナンパシケインを離れた。
 みなとみらいの外に出れば、さっきまでの喧噪が嘘のように静まりかえっている。


「…………シンジ君」

「なに?」

「あ……あのさ、私…………」

 言葉を途切れさせる霧島。
 何か言いたくても……言葉が見つからない。

 これほどつらいことはない…………

「……180SXはどこに置いてるの?」

「…………え?……あ、あの、ほら……あそこの『名もなき公園』……あそこに置いてあるよ。
あそこなら停めるのに十分なスペースあるし、ひとけもないから」

 名もなき公園……本当は何か名前が付いてるはずだけど、僕たち走り屋はそう呼んでる。
 第3新東京市の開発の影で、ひっそりと忘れ去られた廃墟のような場所……
 近代的な街並みの中に、ところどころ思い出したようにそういう場所はある。

「……気をつけてよ?そういう場所はヤバイからさ。
大声出したって、誰にも聞こえないよ」

「…………そうかもね。……でもシンジ君ならいいよ、私は……」

「……どういう意味だ?」

「………………」

 霧島は答えなかった。










 名もなき公園に着いた。
 ブランコもシーソーもすっかり錆び付いて、砂場の砂もほとんど雨に流されてしまっている。

 180SXはすべり台の陰に隠れるようにして停まっていた。

 ……無性に切なくなる。
 僕はこういう場所は……好き、だけどつらい。
 僕の心を愛撫して……だけど、引き換えに果てしない不安感を与える。
 それは……どこまでも深い、記憶の果てに自分が消えていくような…………

 そういう感じだ…………

「霧島!」

 たまらず僕は呼びかけた。
 霧島は一瞬驚いたように振り向くが、すぐに僕のそばに駆け寄った。

「どうしたの?」

 僕の顔をのぞき込む。
 ……違う……これじゃない……僕が欲しいのはこれじゃない…………

 …………はっ、無い物ねだりをしても仕方ないね……

「ごめん……なんでもないよ…………」

 構わず歩き出す。

 霧島は僕の腕を取って、自分の腕に絡めた。
 肘が霧島の胸にあたる。
 やわらかい…………

 僕が180SXに乗り込もうとドアノブに手をかけたとき……

「…………っ」

 突然、霧島に後ろから抱きつかれた。
 首筋に押しつけられた顔と、背中に当たる乳房の感触。

「霧島っ……な、何するんだ……」

「シンジ君……私はシンジ君の求めるもの、持ってないの?本当に私じゃダメなの?」

 その言葉が僕に突き刺さった。
 まるで僕の考えが読めるんじゃないかって、本気で思うくらいに。

「私は……私はシンジ君が欲しいよ……
一緒に暮らして、一緒に働いてるのに……いつも、手の届かないところにいる。
私はシンジ君についていきたい……シンジ君についていけるぐらいになりたい。
普通の幸せなんかいらない……私はいつだって、それ以上を求めてるんだから…………」

 今にも泣き出しそうな声。
 僕にはどうしたらいいのか分からない。
 ただ、霧島にされるがままに……僕は地面に押し倒された。

 そのままどれくらい経っただろう。
 1分?3分?いや、もっとか…………


「……どいてくれよ」

 沈黙を破った僕の声に、霧島は気まずそうに僕の上から離れた。
 僕は身体を起こすと、服に付いた泥を払う。

「あの、シンジく……」

「……帰ろう」

 それだけ言うと僕は180SXのナビシートに座った。
 霧島は黙ってコクピットにつき、エンジンを起動した。
 車内はチューンドエンジンの轟音に包まれる。










 COMFORT17に着いて部屋に戻るまで、霧島は一言もしゃべらなかった。
 もちろん僕も。

 ……これじゃダメだ。
 こんなのじゃダメだ……霧島を傷つけるだけだ。
 僕は……どうしたらいい?

 どうしてなんだ……?
 普通に暮らしていくのには、何も問題はなかったはず。
 それなのにどうして、霧島に対してだけはこんなふうになってしまうんだ?
 僕は…………何かを間違えてる?

 僕の知らない感情……これはなんだ?
 綾波先輩といる時とは違うこの胸の痛み……これはなんなんだ?


 それを知るには…………僕の心は、あまりにも未熟すぎる…………














予告


少女時代の記憶に残る、悪魔のマシンDiablo-Zeta。

過去への囚われを断ち切るべく、シンジに挑む惣流。

12使徒相原カオリの見守る中、惣流はどこまでも純粋に走ろうとするシンジの心に触れる。



第9話 瞬間、心、重ねて


Let's Get Check It Out!!!






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