「……ええ、分かってるわ。ちゃ〜んと連れてくっから。明日には着くんでしょ?」
路肩に停めたFDの車内、携帯電話で話している惣流。
「しっかし、横浜GPに出るのにわざわざ向こうから来るなんてね……
大学はどうするのよ?…………ええ、こっちは別に問題ないわよ。いいSHOPがあるしね。
ま、つもる話は会ってからってコトで。……じゃ、後でね」
通話を終える。
携帯をたたむと、惣流はふーっとため息を吐いた。
海の向こうに視線をやる。
「高島VICTORYROAD……復活、か…………」
高島VRとは、北横浜は高島臨海桟橋を本拠地とするストリートゼロヨンのチームだ。
横浜では歴史の古い桜木町GrandTourersと並び、第3新東京市におけるゼロヨン界トップクラスのチーム。
これに南横浜のMidNightANGELS、NightRACERS本牧を加えた4つのチームが、第3新東京市を代表する4大チーム。
リーダーがいったん本国アメリカに戻っていたため活動を休止していた高島VRだが、彼の復帰に伴い活動を再開した。
古くからのSTREETとして有名な桜木町ARTWALL STREETを抱える北横浜エリアは、現在は日本におけるストリートゼロヨンのメッカとなっている。
そこでトップの地位にいるのが、セダン系のクルマを中心としたチーム「桜木町GrandTourers」。
高島VICORYROADはそれに続く第2位、という位置づけだ。
リーダー復帰によって活動を再開する高島VR。
……第3新東京市の勢力図は、再び大きく書き換えられようとしている。
新世紀最速伝説
The Fastest Legend of Neon Genesis
エヴァンゲリオンLAGOON
第8話 新たな、一歩
いよいよ夏の暑さも本格的になってきたある晴れた日、新横須賀港。
大型のフェリーが、接岸のためタグボートに牽引されている。
僕たちはそのフェリーに乗ってやってくる、ある人物を待っている。
……で、僕たちの後ろでさっきから騒いでいるのは……
「うおぉおぉっ!!すごい、すごい、すごすぎるーーーっ!!
フェラーリ・テスタロッサに、ポルシェ911、そしてS30フェアレディZ!まさに世界の名車っ!スポーツカーの代名詞っ!これはカーマニアなら涙を流すべき状況だねっ!」
一般の旅行客もいる平日の日中であるにも関わらず、港の駐車場で1人はしゃいでいるケンスケ。
「す、すみません相原先輩…………」
惣流は冷や汗を流しつつ隣の女に詫びる。
その女は苦笑しつつも、ケンスケを暖かい眼差しで見つめる。
「いいのよ。彼、とっても嬉しそうじゃない……最近はフェラーリくらいじゃ誰も驚かないもの。
彼のように素直に喜んでもらえるとね。少なくとも悪い気はしないわ」
彼女の名は相原カオリ。横浜国際病院の医師で、鈴原の担当医だ。
惣流とは新東京医大での先輩後輩の関係。
ちなみに惣流はレディース時代、彼女の舎弟だったらしい……
そして、相原さんもまた椎名さんと同様、「12使徒」と呼ばれる首都高最速の走り屋だ…………
「たしかになあ……S30なんてもう、現役で走ってるのがどれだけいるか……
テスタロッサだって、もう何年かしたら旧車の仲間入りだぞ?」
椎名さんが言う。
21世紀、自動車は高効率化・省資源化が進み、僕たちが乗っているようなスポーツカーはどんどんその数を減らしている。
最近ではTOYOTAのスープラ、MITSUBISHIのGTOが生産終了し、NISSANのスカイラインGT-Rも現行型のBNR34型をもってその系譜が途絶える。
MAZDAのRX-7もFD3S型で終わり、RX-8が発表されたが……こちらは4ドア、搭載される新型ロータリーエンジンからはターボが除かれた。
現在もそのモデルライフが続いているものといえば、HONDA NSX、MITSUBISHI ランサーエボリューション、SUBARU インプレッサ、それぐらいだ。
Zも、最近発売されたZ33型は丸みを帯びた今風のデザイン。性能は上がっているのはたしかだけど、最近のクルマに多い丸っこいボディは僕の趣味じゃない。
そんな時代にあっては、S30Zなどもはや化石だ。
Z32や、FD3S、BNR32……そんなクルマは、バブル時代の遺産……
いろいろと規制も厳しくなってきてる。スポーツカーにとっては肩身の狭い世の中になったものだ。
……だが、僕たちにそんなものは関係ない。
夜のSTREETに生きる限り……世間の雑音からは隔離された、僕たちの世界を生きるのだから……
「今じゃ、スポーツカーに興味持つ奴なんて少数派だもんな……」
夜、首都高を走っているときにはすさまじいオーラを醸し出していた椎名さんのS30も……
こうして太陽の光を浴びていると、何でもない普通のクルマに見えるから不思議だ。
僕たち以外には……その存在を認識されない。
そうさ……同じ領域にいるものでなければ分からない、分かり合えない……
またそれが分かるのなら、同じ領域の人間だってこと…………
「それはそうと、彼はまだかな?半年ぶりに帰ってくるというから楽しみにしているんだけど……」
「案外、ゲートで引っかかってたりしてな?なにせあんなクルマだからな……」
黒のポルシェターボに乗ってきたのは、椎名さんや相原さんと同じく12使徒に名を連ねる、ブラックバードこと八代タツヤ。この3人はよく一緒につるんでいるらしい。
今日みんなが待っているのは、高島VICTORYROADリーダーで惣流の友人でもあるフレディ・ローレンツ。
大学院での研究のためにずっとアメリカにいたのだが、半年ぶりに日本に戻ってきた。
彼がどうしても会いたいというので、椎名さんはじめ12使徒の面々を呼び、そして僕も呼ばれた。
ケンスケは僕が行くと言ったら、どうしても連れていってくれと言って無理についてきたのだ。
惣流は渋ったが、連れていってあげたらという綾波先輩の言葉で結局一緒に来ることになった。
「来たぜ」
ぞろぞろとフェリーのゲートから出てくるクルマたちの中で、ひときわ強烈な存在感を放っているクルマがいる。
くりくりっとしたどこか愛嬌のある目、フロントマスク。
どっしりとした大きなボディ。
JZA80……スープラ。
重厚な灰色のメタリックカラー……
カッティングシートで描かれたファイヤーパターン……
いわゆるスポコン仕様ってヤツだ…………
……だが、こいつは格好だけのマシンじゃない……
速い。
それも、かなり。
立ち姿を見るだけで、そういうオーラは伝わってくる。
「おーし、アタシらも行きましょ」
ゲート前に移動し、スープラを出迎える。
人の波をかきわけるように……ゆっくりとガンメタのスープラが進み出てくる。
スープラはクルマの列から外れると、僕たちの前に来て止まった。
降りてきたのは、ツンツンに立てた金髪にタンクトップシャツ、ヴィンテージジーンズという姿の青年。
「Hello、アスカ!ひさしぶりだネ!元気にしてたか?」
「まーね。アンタも相変わらずじゃん?」
笑顔がさわやかな好青年、といった印象だ。
「ハハ、それはお互い様。TEAMのみんなにもよろしく言っといてくれよ」
日本語はかなり流暢だ。日本での生活は長いだけある。
「……っとぉ、シンジ達は初めて会うんだったわね?
紹介するわ。高島VICTORYROADリーダー、フレディ・ローレンツ。
フレディ、こいつがMidNightANGELSの碇シンジ。でこっちは相田ケンスケ。2人とも今年入ったメンバーよ」
「シンジ、よろしく。ケンスケもよろしくな」
「「こ、こちらこそ」」
軽く握手しただけだが、それでも凄まじいオーラを感じた。
こいつも……Zを知ってるのか。
僕に会いたいって言ってたのは……そういうことなんだね…………
「Oh、カオリ、アズサ!あれからどーだい?タツヤもうまくやってるか?
ボクのSUPRAはパワーアップして帰ってきたゼ」
「上等上等。……どう?なんなら今夜辺り、さっそく走りに行ってみる?あいさつ回りも兼ねてさ」
「OK、いいゼ。日本のTUNEDCARの進歩はめざましいからね、非常に参考になるヨ」
「聞いてんぜ?向こうじゃ今ゼロヨンが大ブームなんだってな?
やっぱお前んトコのクルマが映画に出たのがおっきかったんじゃねえか?」
「そうだね。あれは日本でも大人気だよ。おかげでNOSの認知度も上がったんじゃないかな」
「それは光栄だネ」
椎名さんたちも、いつもからすればずいぶん砕けた話し方になってる。
やっぱり仲間なんだ……
そう、思う。
「シンジ!ちょっといいかナ」
「えっ?……な、なに?」
突然フレディに呼ばれて僕は面食らった。
なんだかんだいって、やっぱり外国人を相手にすると正直ビビってしまう。
人種が違うんだから当然といえば当然だが……
まあ、これは慣れの問題だ。
「ボクらは今夜、WANGANを走りに行くんだ。よかったらシンジも付き合わないか?」
走りの誘い?それはいいんだけど……
「いや……悪いけど、実は今、Zは整備中でね……」
NRとの交流戦、筑波サーキットでのタイムアタック&ゼロヨントライと、ここ最近結構ハードに走らせていたためZはフルメンテ中だ。
今日も、惣流のFDに乗せてもらってここまで来た。
「Oh、それは残念だ。せっかく伝説のZと走れると思ったのに」
フレディは大げさに頭を抱えて空を仰いで見せた。
アメリカ人らしい大げさなゼスチャーだけど……
さすがに、僕もちょっと気まずくなる。
「あ……でも、今日は無理だけど明日なら行けるよ……」
「なに、Z出せないの?……なんならアタシの横ででもどう?」
「それもいいネ。OK、それじゃ今夜1時に市川PAでどうかな?」
「了解。……じゃシンジ、0時半に拾いに行くから……そうね、MILAGEで待ってなさい。あそこならアンタんちからも近いでしょ?」
「分かったよ」
その後、僕たちは連れ立ってJohnny'sへ向かった。
先頭から惣流のFD、フレディのスープラ、椎名さんのS30、相原さんのテスタ、八代さんのターボ、そしてケンスケのハチロク。
総勢6台ものチューンドカーが列をなして走行する様は、昼間の街中には異様すぎるほどだ。
駐車場に並んでも、周囲を圧倒するほどの存在感。
それぞれに分かれてテーブルにつく。
惣流、僕、フレディ、八代さんとケンスケ、椎名さん、相原さん。
「ところで、レイはどうしてる?今日は来てないけど」
「んー?まあねー、普通よ。アイツもいろいろと忙しいみたいだし」
そういえば綾波先輩、フレディが来るって言ったらなんか少し驚いた様子だったけど……
「シンジは何歳なんだい?」
「僕?……18だよ」
「Oh、それはすごいね。その歳であのZを操れるなんて大したもんダ」
「……そうかな」
確かにな。僕と同じ歳のヤツで、スポーツカーに乗ってるヤツなんて……
「そうだアスカ、トウジの寝相の悪さは直ってるかい?蹴っ飛ばされたりしてないかナ?」
「……ぶっ!!な、いきなりなに言い出すのよフレディ……!」
さりげなく投下された爆弾に、惣流が思いっきりコーヒーを吹き出す。
向かいに座ってるフレディと八代さんがすかさずよける。
「……は、初耳だねそれは。アスカ君とトウジ君はそうだったのかい?」
八代さんが多少引きつりつつ尋ねる。
「ンなわけないじゃん!アイツとは中学ん時からの腐れ縁よ!」
「えーそうなの?じゃあ私に相談したのは冷やかしだったんだ?」
隣のテーブルから相原さんが言う。いたずらっぽい表情で。
「なっ!……そ、そんな昔のこと持ち出さないでくださいよ……
……そ、そう、若気の至りってヤツですよ!そう!
うん、アタシもね、もう遊んでられる歳じゃないですからね!」
焦りまくってるのが僕でも分かる。視線があさっての方を向いてる……
僕にとってはめまぐるしい変化。こういう雰囲気って……嫌いではないけど、苦手だな……
隣のテーブルを見れば、ケンスケは椎名さんたちとチューンドカーについて盛り上がっている。
僕はただ……遠くから眺めているだけさ……
だけど……それじゃダメだ。
なぜ?
僕は……違う……僕だけじゃない…………
「そう……彼と走るの」
「うん。今日は惣流の横だけど、明日はZで行くつもりだよ」
閉店後のMAGI。
他の従業員たちはみな帰宅して、僕と綾波先輩だけが残っている。
「彼は80スープラ?」
「ああ」
綾波先輩は棚から1冊のファイルを取り出すと開いて見せた。
「これはね……NERV USAで造ったマシンのデータ。
このNo.601を見て。これが……彼のスープラよ」
「……JZA80……2JZ-GTE…………NOS……
……NOS……これって」
「そう。向こうでは一般的なんだけどね、NOS…………」
「瞬発力はすごいだろうね」
「ええ。6速トップエンドでNOSを吹けば……彼の80なら、340km/hオーバーも狙えるでしょう」
JZA80スープラ。国産最強クラスのパワーを誇る。
それは確実に、Zを凌駕するパワー。
だが、最高速は……湾岸は、それだけじゃない。
「だけど、スラロームじゃあ……」
「そう。スープラが苦手とする超高速コーナリング……そこにつけこめば、Zにチャンスはあるわ」
元々がゼロヨンマシン、最高速は専門外かもしれない。
だけどフレディは本気だ。
Zがテリトリーとする最高速で……自分にとって必ずしも有利でなくても……戦う。
そうさ……分かってる。
新横須賀港であのスープラを見たときから…………
それはフレディも同じだと思う。
綾波先輩はファイルを棚に戻すと、軽くため息をついた。
「…………彼のスープラに限らず、あなたがこれから先どんなマシンに出会うか分からない。
分かってるとは思うけど……Zは無敵じゃない。限界はある。
だけどね……その限界を、上げてやることはできるわ」
「……まだ、チューニングの余地はあると?」
「はっきり言えばね。タービンも旧いし、セッティングももっと詰められる。
あなたが望むなら、NERVでもう一度フルチューンしてやることもできるわ」
珍しく、綾波先輩が興奮しているのが分かる。
めったにないことだ。
普段はもっと……淡々としていて、勝負に対してムキになるようなヒトじゃないんだけど……
「そうだね……でも、今はこれでいい。少なくとも僕は……これでいいと思う。
僕がもっと上手くなれば……」
「……………………」
「……そろそろ時間だ。……じゃ、行ってくるよ」
「ええ」
MILAGEまでは歩いて30分といったところだ。
待ち遠しい……のか?
確かに興味はある。NOS搭載というスープラに。
だけど……
それだけじゃない?
僕はなにかを思い出そうとしている?
……それがなんなのかは、まだ分からない。
だけど、その答えを知る鍵が、手の届くところにありそうな気がする。
だから、僕は行く。
今夜の湾岸に…………
僕がMILAGEに着くと、ちょうど惣流も来たところだった。
「カヲル!とりあえず満タン頼むわ!窓は拭かなくていーから」
「やあいらっしゃい。今夜はシンジ君とタンデムかい?」
渚さんが手際よくFDに給油する。
「まーね。湾岸未体験ゾーンご招待ってカンジ」
「それはいいね。今度僕もご一緒させてもらおうかな」
「はは、構わないけど?でーも正直アンタのFCじゃあちょいと厳しいんじゃない?」
FCのギア比で300km/hオーバーを出そうとすれば5速で8500回転ぐらいは回さないとダメだ。
きちんとチューニングしたエンジンでなければとても耐えられるものではない。
渚さんのFCはノーマルエンジンノーマルタービンらしいから……
……さすがに無理かな……
「そうだねえ。やはりノーマルエンジンのFCではキツイね。
……いや、実は僕もそろそろエンジンに手をつけようかと思っていたところなんだよ」
「へえ、それは楽しみね。綾波んトコでヤルの?」
渚さんもFCのチューンを考えてるのか……
すごく速くなりそうだ。渚さんの腕があれば、もしかしたらFC最速もいけるかもしれない。
とその時、聞き覚えのあるNAエンジンの音が聞こえてきた。
ケンスケのハチロクだ。
……よく来るのかな?ここには……
「やあ相田君。今日はどうしたんだい?」
「渚さん、あ、シンジもいたか。ちょうどいいや。
たった今入った情報なんだけど、横浜GrandPrixの開催が正式に発表されたよ」
「ほう。噂は聞いていたけど……本当にやるんだね」
「いよいよWON-TECが動き出したってわけ」
渚さんと惣流が深く頷く。
「横浜GrandPrix……?」
「ええっ?やだぁアンタ、ひょっとして知らないの?」
「……」
「教えてあげましょーか。横浜GPってのはね……」
惣流の説明によると、第3新東京市港湾エリアの公道をクローズドサーキットとして使用する、世界的にも例を見ない大規模な公道GrandPrixレースということだ。
ル・マンと似たようなものだろうか……こっちは普段街の走り屋たちが使っているコース、という違いはあるが。
主催はWON-TECとNERVの共同、企画元はとある有名自動車雑誌ということだそうだ。
「分かる?公道で走ってるアタシたち、誰もが優勝するチャンスがあんのよ。
そしてその先には、プロドライバーとしての道も開かれている……」
「…………僕はそんなのには興味ないよ。
ただ…………速いヤツと走れる、っていうのは…………
……うれしい……そう、うれしいよ…………」
「かぁ〜っ、相変わらず覇気のないやつだな!
考えてもみろよ?このレースで活躍すれば、いっきに全国区だぞ?すげえと思わねえのかよ!?」
横で聞いていたケンスケが割り込んでくる。
有名になる……それは確かにすごいことだと思う。
だが僕には……そういう欲求がわいてこない。
なぜなんだろうね…………
無意味なことをしてるのは、どっちも同じようなことだとは思う。
日本でのモータースポーツの地位は低い。
だからといって、走り屋が認められるわけでもない。
それは明らかに法律違反だし、社会的に見ても許されることではない。
だけどそれでも、僕たちが走るのは…………
なにものにも代えがたい魅力……それが、走りにはあるからだと思う。
無謀な暴走行為……そう見られたって仕方ない。
僕たちがやってるのは、そういうことなんだから。
「いちおう、アタシらみたいな有名TEAMには前々から出場依頼が来てたのよ。
表向きにはチューニングメーカーの宣伝だしね。
綾波から聞いてないの?」
「いや……なんにも。綾波先輩って、そういうことはギリギリまで言わないからな……
……って、そろそろ時間じゃないか?」
時間は00:42。
「ああ!ッたく、話し込んでたら時間過ぎちゃったじゃない!
……まあいいわ、シンジ早く乗って!湾岸上り15分で行くわよ」
「……別にちょっとぐらい遅れたっていいだろ?ゆっくり行ってくれよ」
「つべこべ言わないの!」
惣流にむりやりFDに押し込まれ、半ば拉致られるような感じで僕はMILAGEを後にした。
発進間際に見えた渚さんの笑顔と、ケンスケの呆れたような顔が妙に印象に残る。
一番近い新山下ICから湾岸線に乗り、一路東へ向かう。
同じ頃、霧島は自分の部屋にこもって何かを真剣に読んでいた。
書類の束のようだけど……
「碇シンジ…………18歳。
マルドゥック機関の報告書によって選ばれた3人目のDiablo適格者『Driver』。
Diablo-Zeta試作初号機専属ドライバー…………
過去の経歴は白紙。
すべて抹消済み………………か…………」
霧島は書類を机の上に投げ出した。
ベッドに仰向けになり、天上を見つめながら呟く。
「綾波さんにもらったシンジ君のファイル…………
……過去を抹消だなんて、いったいどんな理由があるの…………?」
僕の経歴?普通に学校に通って、ショップの手伝いをしてたことぐらいしか思い浮かばないけど……
記録上では白紙らしい。
これは綾波先輩も僕にはしゃべってない。
もちろん、僕自身も知るわけない。
だけど……そういう記録がある、ってこと自体が疑問だな…………
確かに会社なら従業員の履歴は把握しておかなければならないだろう。
だが明らかに隠蔽された、あるいはつくられたデータがある……
これはおそらく、MAGIではなくその上の存在……NERVが関わっているだろう。
もちろん僕には知る由もないことだ……
問題は霧島がそういう情報を得ているってことだ……
綾波先輩が渡したぐらいだから、知られても別に問題ない範囲でのことだとは思うけれど……
普通、同居人に対する興味だけでは調べようとしないことだよね…………
まあ、いずれその時がくれば分かるだろう…………
200km/hクルーズで湾岸を走る惣流のFD。
前後のピッチングが大きいのはFDの特徴だろうか……
加速時のリアの沈み込みはかなりのものがある。立ち上がり重視のセッティング……ってことか。
「……シンジ!あのZのコトさ、少し聞いていい?」
「Z?……それだったら綾波先輩の方が詳しいと思うけど……」
「アイツじゃなくてアンタに聞きたいのよ。……正直どうなのよ?乗ってみた感じとか」
惣流って綾波先輩と仲悪いのかな……確かにライバルではあるけど……
「乗った感じかあ……そうだな、とにかくパワーで走るって感じかな……。重さはあるし、決してクイックってわけじゃないけど…………
…………トルク……そうだね、トルクがすごいよ。5速からでもお構いなしに加速する」
「馬力いくつよ?」
「……そういえば知らないな……測ったことないし、綾波先輩も教えてくれなかったからさ……」
「なにそれぇ」
惣流は呆れた声で言った。
……確かに、知っているようで僕はZのことを知らなさすぎる。
自分のクルマのパワーぐらい知っておかなきゃ……
「惣流から見てどう?僕のZは……」
「アタシから見て?そうね……確かにパワーで走るってのは言えてるわね。コーナーははっきり言って弱いし……サスでグリップさせるっていうより、パワーで踏ん張ってるって感じ。
ただ、間違いなく言えるのは…………アタシのFD、コレよりは確実にパワーあるわよ」
「FD……確か400馬力だったよね」
「まーね。最近ちょっとくたびれ気味だからサ……いいトコ380かしら。どっちにしろZは相当出てる」
「450……500ぐらいあるかな?」
「どうだろ。綾波なら知ってそうだけどね……アイツんトコで造ったんでしょ?このZって」
「ああ……なんでも、Diabloのデモカーとして10年前に造ったやつらしい」
「10年前ぇ〜!?よくそんな古いクルマを…………って、アンタ今なんて言った!?」
突然真剣な口調で聞いてくる惣流。
「え……10年前に、Diabloのデモカーとして造ったクルマだって……」
「Diablo……」
「そう、Diablo……有名なんだろ?」
「ええ……そりゃ、まあね…………」
惣流はそれきり黙ってしまった。
どうしたんだろうか?僕にはよく分からないけど……
とりあえず、下手なことは言わないほうがいいだろうな…………
習志野で折り返し、市川PAへ入る。PAに入る直前、惣流は僕に言った。
「明日Z持ってくるわね?みんなで走った後さ……ちょっと付き合いなさい。いいわね?」
「……?ああ……分かったよ……」
惣流にどんな意図があるのか分からないけど……とりあえず、彼女に従ってみることにした。
まさかなにか悪さをするわけではないだろうから…………