EVANGELION : LAGOON
Welcome to H.S.D. RPG.
CAR-BATTLE in TOKYO-3, 2015.
by N.G.E. FanFiction Novels,
and RACING LAGOON.
Episode 7. HUMAN WORK
数日後……
今日は、ショップの定休日だ。
休みの日の僕は……ヘタすれば、昼の11時過ぎまで寝てることがある。
さすがに腹が減ると目は覚めちゃうけど……
今日ばっかりは、朝早くから起こされた。
枕元に置いた携帯が鳴り響く。
……綾波先輩からだ。
僕はあわてて飛び起きると電話に出た。
「はい……」
『もしもし、碇くん?悪いけど今から出られるかしら?』
「はあ……いいけど、どうしたの?」
今日はたしか……WON-TEC社が新しいデモカーを作ったんで、筑波サーキットで業者向けの発表会がある日だったと思ったけど……
綾波先輩と赤木博士が、NERVの代表として出席しているはずだ。
『突然で悪いんだけど、公開タイムアタックにうちも参加することになったの。で私がRSで出るつもりだったんだけど……
……向こうがね、Zを出せっていうのよ』
「Zを……?」
綾波先輩の声は少し焦っている。
どうやら本当に、たった今決まったばかりのことらしい。
『ええ……うちではデモカーっていうのは作ってないけど、一応私のRSがカンバン車になるのよ。そのつもりでいたんだけどね……
連中、明らかにあなたのZを狙ってるわ。たしかにそのZは昔MAGIで作ったものだけど……既に払い下げられた、っていう形になってるからね……』
なにやら複雑な事情が絡んでいるらしい。
メーカー同士の、政治的な要素もあるんだろう。
……どっちにしろ望むところだ。
そこまでこのZにこだわるっていうんなら……
見せてやる。望み通りに。
「……ちなみにWON-TECのマシンは?」
『…………BCNR33、GT-R。800馬力オーバーの、【最強最速のMonster-R】……だそうよ』
「……そうか」
『それと、葛城部長を迎えにやったから……道案内は彼女に頼んで』
「分かった」
それで切る。
僕は素早く着替えを済ませるとリビングに出た。
とりあえず朝食だけは、簡単なものでも食べておかなければならない。
サーキットを走るのなら……体力を温存しておかなければバテてしまうだろう。
がさごそと冷蔵庫をあさっていると、霧島が起きてきた。
パジャマのまま……眠たそうに目をこすっている。
「むぅ〜どうしたの〜?」
ねぐせ爆発の霧島。……すごいな。
「ちょっと急用ができた……筑波まで、ね」
「あ〜……そう……い〜てらしゃ〜い……ふわぁ」
生あくびをしながら洗面所に向かう霧島。
……ほんとに起きてるのか?それと、話の内容をちゃんと理解してるのか?
さすがに1ヶ月近くも一緒に暮らしてれば、慣れてはくるけど……
買い置きしておいたゼリーinをいっき飲み。走りに出るときの携帯食としてはかなり便利だ。
腹はふくれないけどね……
「……行ってくる」
いつもはわざわざ言ったりしないけど……
なんか今日はそういう気分だった。
これから戦いに行く……大げさだけどそういうことだ。
今さらかもしれないけど……
ここが、僕の帰ってくる場所…………
ここが、僕の帰りを待っている場所なんだ…………
Zを起動する。
暖機していた時、タイミング良く葛城から電話が来た。
ていうか、葛城もNERVだったのか……意外だな。
「おっはよーシンちゃん!もう出た?」
「今から出るとこだよ……綾波先輩から道案内を頼めって言われてるけど?」
「ええ、あたしも今そっち向かってるわ。とりあえず常磐道に入って。もうすぐ混みはじめる時間だから急いでね〜」
「どのICで降りる?」
「ん〜とね、谷和原でおりて、R294を行くんだけど……
高速の行き方は分かるよね?守谷PAで待ち合わせしない?」
「……ああ、分かった。1時間くらいで行けると思う」
僕がそう言うと、葛城は不敵な声色で返してきた。
電話口の向こうでにやけているのが手に取るように分かる。
「ふふ……30分で行くわよ」
「…………とりあえず、待っててくれよ……」
湾岸線へ乗る。さすがに夜と違って、クルマの流れが多くなってきた。
うっかり渋滞に巻き込まれてしまっては大変だ。通勤ラッシュの時間と重なればなおさらだ。
……まだ、渋滞は始まっていない。今のうちに時間を稼いでおかなければいけない。
いっきに180km/hまで加速するとスラロームに移る。
多い一般車をかわしながら走るにはこれくらいがいっぱいだ。
湾岸から中央環状へ入り、三郷JCTから常磐道へ。
守谷PAで葛城のNSXと合流し、彼女の先導で一路筑波サーキットを目指す。
しかしこのNSX……パワーはそれほどでもないみたいだけど、高速安定性がただものじゃないな。
特にこういった激しいスラロームではそれが際だつ。
Zのように重いボディをもてあますことなく、路面にぴたっと張り付くように、そして水面を滑るように華麗に走る。
そして葛城……
彼女も並の走り屋じゃない。決して小回りの利くクルマではないNSXを軽々と操り、混んだ高速を絶妙なライン取りで駆け抜けていく……
センスだけではなく、経験も積まなければ身に付かない能力だ。
さすがNERV幹部というだけはあるか……
「うっわぁ〜いるいるぅ」
僕たちが筑波サーキットに着いた頃には、すでにたくさんのショップ、メーカーが乗り込んできていた。
各ショップ自慢のチューンドカーが勢揃いした光景は、否が応でもテンションを高めていく。
「綾波先輩たちはどこに?」
「まあまあ、せっかくだからブースの方見ていきましょ〜」
葛城に連れられて、コース隣の特設スタジオに展示されたショーカーを見に行く。
WON-TECのマシンたち……
NERVのものに比べて無骨というか、えげつない姿のマシンばかりだ。
なりふりなんて構わないんだろうか。
気になるのは、今回のタイムアタックに出るという「Monster-R」…………
……おそらく既に、ピットの方に入っていると思うが……
「……WON-TECのGT-R……速いのか?」
「さぁ〜?パワーはあるみたいだけどね〜走ってみなきゃ分かんないんじゃない?」
「テスト走行ぐらいはしてるんだろ?見てないのか?」
まさか、いきなりぶっつけ本番なんてことはないだろう。
「うーん、あたしも今朝来てすぐそっち行ったからさ。リツコなら見てると思うわよん」
「そうか……で、その赤木博士はどこに?」
「えーと、予定だとそろそろミーティングの時間だから……ホールにいるんじゃないかな?」
走行の方は10時過ぎかららしい。
その前に、WON-TECからデモカー紹介があるそうだ。
僕と葛城はWON-TECとっておきのマシン、Monster-Rが置かれているホールへと向かった。
『……タービンはRX-6ツイン、常用ブースト1.8kg/cm²で出力は800馬力オーバー。
またボディはカーボンファイバーを使用して軽量化し、前後重量配分も……』
壇上で得意そうに説明してる男がいる。
聴衆の中でメモを取ったりしているのは修行中のチューナーたちだろうか。
しかしこれだけ人が多いとな……綾波先輩たちはどこだ?
『……以上のように、このMonster-Rはビッグパワーを最大限に活かせるマシンに仕上がっております。従来のチューンドカーにありがちな、パワーを持てあましてかえって遅くなるようなことはありません。
いかなるステージにおいても、エンジンパワーをフルに使うことが出来ます』
力説する男。
こいつがMonster-Rを設計したのか……
『GT-Rこそ、チューニングベースとして最も優れた国産車といえるでしょう。並みいる世界のスポーツカーと対等に戦えるのは、GT-Rをおいて他にありません』
やけにGT-Rびいきだな。
だが……最新型の34Rではなく、空力、超高速域での操縦安定性に優れる33Rを選んだあたりはしっかり分かっているみたいだ……。
800馬力、か……正直筑波仕様としてはオーバーパワー過ぎる気がする。
暗にZを意識していることからすると…………
……最高速、すなわち首都高での勝負を想定しているのか…………
『ところでNERVでは、Diabloという非常に優れたチューンドカーをお持ちのようですが……
今回の走行には参加されないのですかな?』
「……!」
Diabloの名前を出した…………
そこまであからさまにくるか!
「なーにー、あの男……感じわっるいわね〜」
葛城が嫌悪感をあらわにする。
口調は丁寧だが、言葉の影には自分たちのマシンがDiabloより優れているんだということを誇示する意図が見え見えだ。
「あっ、リツコ」
葛城が壇上を指さす。
赤木博士が、さっきまで説明していた男からマイクを手渡される。
『……我々としてもMonster-Rの性能には非常に興味があります。
ですが、我々とそちらとではチューニングの方向性が異なります。
我々のステージは常に公道であると、そのことをどうかお忘れなきよう』
『ではNERVのマシンは、サーキットでは本領を発揮できないとおっしゃるのですかな?』
『そんなことはありません。我々のマシンはサーキットにおいても、公道と変わらぬ速さを発揮できるでしょう。
ですがそちらのマシンは、公道で同じ速さを発揮できるのでしょうか?
先ほど説明なされたスペック通りだとしますと、常にコース状況の変わるストリートには対応しかねると愚考しますが』
「おうおうリツコ、あの時田相手にやるわねぇ〜」
「時田?」
「時田シロウ。WON-TECが某有名レーシングチームから引き抜いたのよ。
腕は確かなんだけどね、チームとのそりが合わなくて干されそうになってたとこをWON-TECが拾ったってわけ」
元レーシングチームのメカニックというわけか……
しかし、妙に自信家っぽいのが気になる。
GT-Rにこだわるのはともかくとしてな……
『先ほども説明したとおり、Monster-Rは800馬力を余すことなく路面に伝える性能を持っております。
公道であろうがどこであろうが、その速さは揺るぎません』
『エンジンにもいくつか疑問がありますが……
まず800馬力という出力自体はともかく、このパワーグラフを見ますと、最大出力発生が8500rpmとなっております。
この非常に狭いパワーバンドで、マシンを自在に制御できるかというといささか疑問を持たざるを得ません。
サーキットのような限られた場所でなら、それでもいっこうに構いませんでしょうが……?』
『しかし、そちらのDiabloは非常に不安定なマシンなのでしょう?
ブランド立ち上げ以降、Diablo-TUNEのマシンが起こした事故は数え切れないほどと伺っておりますが』
嫌味な男だ。
確かにDiabloは乗り手を選ぶマシンかもしれない。
だがここでは……それも「汎用性に欠ける」という欠点にされてしまう。
『パワーを持てあますマシンほど危険なものはありませんな。
その点我々のMonster-Rは、あらゆる状況下において柔軟な操縦性を確保しております』
『……いいでしょう。本日こちらにはDiablo-TUNEのZ32があります。
答えは、コース上で出しましょう』
事実上の宣戦布告とも言える赤木博士の言葉に、会場がいっきにざわめいた。
もはや伝説とも言えるDiablo-Zeta。
それが、WON-TECの最新型マシンと戦う。
旧き伝説を守るのか……新たな伝説がうち立てられるのか…………
チューナーとしても、10年前に一世を風靡したチューンドであるDiabloと、WON-TECが誇る最新のチューンドとの対決は注目に値する。
CENTRAL20……ESCORT-SENDAI……JUN-AUTOMECHANIC…………この場に来ている名だたるZチューナーも、この1戦に注目していることだろう。
そしてなにより…………走るのは、僕だ。
不思議とプレッシャーは感じない…………それとも麻痺しているのか。
まるで別世界にいるような…………
……そう、僕は世界の外にいる。何もかもが見える。
BCNR33、GT-R……相手にとって不足はない。
いけるさ……絶対。
「わぁお〜リツコノリノリだわね〜。
シンちゃんってサーキット経験ありだっけ?」
「いや……無いけど。でも……やるしかないよ。
それに今日は……無性にやりたい気分だ…………」
「ふっふふ〜……ま、程々にね?」
サーキット側から今回の走行スケジュールについて説明がある。
Monster-RとZの他にあと2台が同時にコースインするそうだ……
各マシンが接近する場合は随時ピットストップ。
あくまで、タイムアタックだからな…………
Zをコース内に入れる。
初めて走るサーキットだ……
広い。
最初の印象はそれだった。
セントラルドグマサーキットもここに匹敵する規模を持っているが……
やはり、日本を代表するサーキットといえる筑波は違う。
最高の舞台……
僕とZの、真価が問われる。
いったんピット内に降りると、綾波先輩がサーキット用のヘルメットとインカムを持ってきてくれた。
ストリートと違って、サーキットでは安全装備は義務だからね……
ヘルメット越しの視界はちょっと違和感があるが……まあ、すぐに慣れるだろう。
「先輩のRSは?」
「一応フリー走行を少しね。今……WON-TECと派手にコトを構えるのは得策じゃないわ」
そう言って綾波先輩は、WON-TECのピットの方にちらりと視線をやった。
青と黒で塗り分けられたGT-Rにメカニックたちが群がっている。
ドライバーは時田……制作者自ら乗るっていうのか。
果たしてドラテクの方はどれだけのものなのかな…………
…………Monster-R…………
2基のRX-6タービンを、2.8リッターにスープアップしたRB26にセット。
GT-Rでパワーを狙う場合ビッグシングルが主流だが……ツインにすることでトルクとレスポンスを向上させているようだ。
マフラーの音はかなり大きい。最近はサーキットでも音量規制が敷かれるところが増えてきたし、ここ筑波もそうなんだけど……
本当に基準値内に収まっているのだろうか?ちょっと疑問だ。
足については見ただけじゃ分からないけど……ずいぶん車高が低いのが気になる。
エアロはフロントとリアに大型のウイングを装備。ダウンフォースは相当強力だろう。
リヤディフューザーまできっちり装備されてる。空力対策にぬかりはないようだ。
ホイールは17インチ。Sタイヤの装着を前提にしたサイズだ。
そしてボンネットに大きく「WON-TEC」とカッティングシートで描かれている。
完全に自社製品で固めているようだ。この手のチューンドカーによくある、びっしり貼られたスポンサーステッカーが無い。かわりにグラデーション塗装とマーブリング模様でドレスアップしている。
ハッタリだけはきちんと効かせているようだね…………
「WON-TECでは今、Diablo-TUNEのマシンを狙っているのよ……
……その速さの秘密を解明して、自社製品にフィードバックするために。
そのために、WON-TECではストリートに流れているDiabloのパーツを集めているそうよ」
「Diabloは……もう市販されてないのか?」
「新規開発は事実上凍結されているわ。NERV社内でもあくまで一つのブランドとして、名前だけ残っているようなものよ。
それにいくらDiabloが優れているといっても所詮10年前の話。
現在のチューンドに比べれば一歩遅れているわ。
それでも彼らがDiabloにこだわるのは…………
……Diablo-Zeta、その伝説があるからでしょうね…………」
「Diablo-Zeta……こいつのこと……?」
綾波先輩の頬を、一筋の汗が流れた。
「Diablo-TUNEを受けたZ32は何台もあるわ……そのZも、そのうちのひとつ。
今も現役で走っているのはおそらくこれだけでしょうね」
「……用心したほうがいい?」
「さすがにWON-TECもそうそう非合法な手段は使わないでしょうけど……
……気をつけたほうがいいのは確かね。
ただ、COMFORT17にいる限りはそれほど心配しなくていいわ。あそこはNERVの直轄だし、ガードも常につけてあるから……」
「そう……」
そういうことだったか。
ひとまず安心すると同時に、僕や霧島が既に、NERVという巨大な組織に守られなければならない存在になっているという事実を改めて認識する。
「本題に入るけど……WON-TECの33R、Monster-Rはパワーバンドが超高回転域に絞られているわ。だからコーナーの立ち上がりでもたつくことがあるでしょうね。直線ではZといえども勝負にならないから……もしストレートで迫られても勝負しないこと。
あくまで、コンスタントにラップタイムを刻むようにね」
「……赤木博士は、なんだか白黒つけるようなことを言ってたけど……」
「向こうはまだセッティングが決まっていないからあくまで参考タイム。それほど無理はしなくていいわ。
それよりも、タイムアタックの後ゼロヨントライもあるのよ。むしろそっちが本番ね」
「ゼロヨン……」
「ともかく、今回は無駄な挑発は不要よ。適当に付き合ってやるだけでいいわ」
「……先輩らしくないね、そういうの」
ふっと、視線を落とす。
「…………碇くん。できるならあなたを、表舞台には出したくなかった。
奴らの相手なら、私1人でできるから…………
……あなたは私のそばに、ずっと置いておきたかった……」
目を細める綾波先輩。
「2年前のことは本当に悪かったと思ってる。
事情はどうあれ、あなたを見捨てた形になってしまったから……」
「……そんなこと……僕はもう気にしないよ…………」
綾波先輩…………
僕がこの世でただひとり、信じている人…………
先輩は僕を……僕は先輩を……そう、求めている…………
「でも……分かって。このZに乗れるのはあなたしかいない……
あなたでなければダメなのよ…………」
「先輩……」
「あなたはこのZに選ばれた。それがあなたにとって幸せなことなのか、私には分からない。
だから…………私からのお願いは一つ。
碇くん……あなたに、私のすべてを見て欲しい……私が目指しているものを、あなたにも見て欲しい……」
綾波先輩が目指すもの……
僕が綾波先輩を追う、その先に見るもの…………
それはすなわち、僕の願い。
僕は…………
「碇くんも知っているわね?10年前、Diablo-TUNEのZ32を駆り、横浜最速と云われた走り屋のことを…………」
「…………碇ユイ…………僕の……母さんだね…………」
「………………そう……碇ユイ。
私は彼女の記録を塗り替える」
綾波先輩の言葉には、強い決意がこもっていた。
覚悟を決めたとかいうのとは違う……
何かを悟ったような…………迷いのない、瞳。
しっとりと潤う黒い瞳の奥に…………映るのは、僕の姿。
「どこまで続くか分からない。そこに行けば、何があるのかも分からない。
……それでも、私は走る…………
最速の彼方に真実があるのなら走り続ける。知るために…………」
意識が、はるか時空を越える。
「……ついてきて、碇くん」
その言葉が、僕の心をしっかりととらえた。
僕は……そう…………
……知るために……
最速の彼方にある真実を知るために…………
Zが求めている、その答えを知るために…………
僕は導かれるように走る……
僕の望みは……Z、こいつとともに走り続けること…………
綾波先輩がもう一度、僕を見つめる。
「碇くん…… … …… …………」
先輩の言葉をかき消すかの如く、調整を終えたMonster-Rの咆吼があたりに轟いた。
聞き取れなかったけど……でも、なんて言ったのか僕には分かった。
それは……僕の人生の中で一度も言われたことのなかった言葉。
初めてのはずなのに……初めてじゃない気がする。
だけど言葉にしなくても……僕はじゅうぶんに、その気持ちを受け取ってた。
だから僕は……力強く頷くと、Zのコクピットに乗り込んだ。
ヘルメットを被れば、視界は戦闘用のものになる。
Z…………君のさらなる力を、僕は引き出してみせる。
SPECIAL MEETING TSUKUBA Curcuit Entry list
懲りないヤツほど愛は深く 愚かな人間こそ 欲望は強く、果てしなく 傷だらけの青くさいSPRING |
Monster-Rが真っ先にコースに乗り込んでいく。
30秒遅れてZ。
その後から、FD、ランエボと続く。
「おおーっ、出たぜ!WON-TECのGT-R!!」
本日の主役、Monster-R。
コース上に姿を現すと同時に、観客席から歓声が上がった。
……どうにも、居心地が悪い。
僕は本来……こういう喧噪が嫌いなんだ。
タイムなんて気にしない。
目的はあくまで、Monster-Rに競り勝つこと。
ドッグファイトで……撃墜することだ。
「うっ!?あのZかぁ?NERVの秘蔵マシンってのは……」
Zの禍々しい姿を見た1人が、思わず呻く。
太陽の下には似合わない……紫のマシン。
光の干渉によってボディ表面に浮き出る幾何学模様は、あたかもクリーチャーの血管のように。
金属のボディが、脈づいている。
「なんっつーか……不気味だぜ……」
「速い……よな。数字じゃねえ……感覚に速いって思わせるようなヤツだ……」
悠然とコーナーを回るZ。
そのエキゾーストは、獣のうなり声のように。
「あれが……Diablo-Zeta……
オレたちが10年間、追いかけ続けてきた伝説……」
10年の空白を経て現れた、異形の天使。
今、人々の目の前に。
1周目は様子見、2周目から徐々にペースを上げていく。
2周目中盤、早々にランエボが迫ってきた。
さすがに軽量4WD、コーナリング速度は尋常じゃない。
やや遅れてFDが続く。
Monster-Rはそれほど飛ばさず、コーナリングの感覚を確かめているようだ。
さすがに組み上がりの一発目だ……無理はできないだろう。
だがそんなことはお構いなしだ。
攻める。
向こうが、ペースをつかむ前に。
「Z……いけるだろ」
最終コーナーでMonster-Rに迫る。強い重力にさらされながら、それでも僕は、目の前にいるMonster-Rのテールランプを見据える。
NERVピット。
走行前に取り付けた簡易ロガーから送られるデータを、赤木博士が解析している。
以前のセッティングの際に使ったものほど大がかりな装置ではないけど……通常使用には十分耐える。
「……さすがね、彼。この短期間で驚くほど乗りこなしているわ、Diablo-Zetaを……」
感嘆する赤木博士。綾波先輩はどこか複雑な表情だ。
「……むしろ当然の結果でしょう?問題は……Diablo-Zetaのスペックそのものです。正直メカとして言わせてもらうと、Zの性能は現代のチューンドカーに比べれば劣っていると言わざるを得ません」
「今はそんなことは問題ではないわ。それに……『あの』Zなら、ここにいるマシンなど歯牙にもかけやしないわ……分かるでしょう?あなたなら……」
「………………」
やはりこのZは特別なものらしい。だがそれは初めから分かっていたことだ……あらためて言われるまでもない。
5周したところでMonster-Rがピットインし、セッティングの微調整を行っている。
7周目を終えたところでZもピットインする。
さすがに真夏のサーキットでは水温が厳しい。冷却性能も十分考慮されているとはいえ、Zの水温計は98度まで上がっていた。オーバーヒート寸前だ。
これ以上のアタックは無理だろう……それは他のマシンも大なり小なり似たような状況だ。
こないだの交流戦前、LLCを交換しておいたのは幸いだった。劣化したLLCならもっと早く熱ダレが起きていただろう。
油温もなんとか限界値内で収まった。油圧もまだまだ大丈夫だ。
勝負は後半戦……ゼロヨントライに移る。
「Zのタイムは?」
「ファステストは1分2秒67、4周目のタイムね。初走行にしては上出来だわ。
コンディション的にもこの時がピークだったわ」
赤木博士が結果表を見ながら言う。
ちなみにトップはランエボの59秒85。今日のアタックの中で唯一1分切りを果たした。
Monster-Rは2位、1分0秒22。初アタックで1分フラットを叩き出すあたりはさすがといったところか。
「…………差は2秒か……」
数字にしてみればそれほど大きな差ではないように見える。だが、距離にしたら数十メートル。レースの世界では大きすぎる差だ。
だがそれはあくまで、筑波サーキットという限定されたステージだから……
それとも、首都高の方が限定されたステージ?
「結果は結果よ。次はゼロヨン。路面μが高いから、いつもより高めの回転数でのクラッチミートを心がけて」
「……分かりました」
インターバルを挟み、Zをドラッグ用コースへと移動させる。
グリッドには既にMonster-Rが先について待っていた。
800馬力のGT-R……最速のシチュエーション。
純粋な力と力のぶつかり合い……
果たして、Zに勝ち目はあるのか……?
ランエボ、FDがグリッドにつき、スタートの準備が整った。
レッドシグナルが点灯し、カウントが始まる。
「……行こう」
ブリッピング。タコメーターは鋭く上昇し、レスポンスの良さをアピールする。
アクセルペダルは軽く、しかし確かな踏みごたえを感じる。
隣で吼え続けるMonster-R。ときおりパンパンとアフターファイヤーを鳴らしている。
獲物を狙う肉食獣のように……身体全体のバネに力を蓄えていく。
解き放たれる一瞬のために……すべては、その10秒間のために。
「走りきるんだ……」
空間がワープする。
切り取られたような鋭い加速で、Zは猛然とダッシュしていく。
視界の端に、身悶えしつつもすさまじいスピードで疾走するMonster-Rの姿が見える。
ランエボは一瞬鼻先を出すも、すぐに他のマシンに追い抜かれてしまう。
FDはクラッチミートをミスったのか1車身ほど遅れている。
ボディにまとわりつく大気が見える。
邪魔だ……こいつ!
2速へシフトアップ。加速はさらに鋭くなり、大気を吹き飛ばしはじめる。
Monster-Rがじりじりと前に出る。
高回転域での伸びは抜群だ。
6速ミッションを搭載するMonster-Rが、Zよりも早く3速に上げる。
一瞬加速が鈍る。直後、Zも3速へアップ。差が少し縮まる。
Monster-Rは明らかに、シフトアップでパワーバンドを外している。
それを差し引いても、圧倒的なパワーによる加速を誇っているが。
「Z……いつも通りに、ね」
VG30ならではの極太トルクで1.6トンの車重をねじ伏せるZ。
4速へ。これで勝負だ。
Monster-Rも4速へ。2台は横一線。
「ちっ……NERVの使い魔め、こしゃくな……」
呟きを漏らす時田。
Monster-Rのブーストメーターは1.8kg/cm²に張り付いて動かない。
速度の伸びも十分だ。まったく問題ない。コンディションは完全だ。
それなのに、Zが離れない。
焦る時田。だが焦ってみたところでどうにもならない。
できるのは、ただひたすら、1ミリでも深く、アクセルを踏み込むことだけ。
「分かってたのか……Z…………?」
速度は220km/hを越え、4速でのパワーバンドが過ぎてしまった。
Monster-Rがぐいぐいと前に出ていく。
5速に上げるほど距離は残っていない。
ここまでか……
……その時。
「「!!」」
強烈な金属破壊音があたりに響き渡った。
みるみる失速していくMonster-R。
ゴールラインをトップで駆け抜けたのは、僕のZだった。
バックミラーを見ると、ボディ下から火花を散らしながらよたよたと減速しているGT-Rが見えた。
なにかを引きずっているようだ…………
エンジンブローではない。駆動系……おそらくデフかファイナルギアあたりがイったんだろう。
あれだけパワーのあるマシンなら不思議はない、が……
「やったか……」
でてきた言葉は素っ気ないが、僕は吹き出しそうになってた。
まるで漫画みたいな結果。
事実は小説より奇なりとはいうけれど、この絶妙のタイミング……
もう、言うことはない。
時田の悔しがる顔が目に浮かぶ。
ついでに、葛城の高笑いも。
僕はZをピットエリアに向け、ゆうゆうと戻っていった。
「了解した。……その件については引き続き頼む。
…………ああ、問題ない。WON-TECもこれでしばらくは動けん。
残るは……『プロジェクトT』のみだ」
NERV本社ビル、再びMAGI-CASPERと通信中のゲンドウ。
『あれね……そっちは切り札のひとつを手に入れているんでしょう?取引材料としては申し分ないんじゃない?』
「フッ……奴らもまともな手段では来んよ。迎え撃つならそれはレースでだ。
実戦に関してはレイに一任している。第3新東京のストリートレースは実質、レイとキョウコ君の娘とで仕切っているようなものだからな……」
『あの子たちが頼り、ってわけね……』
相手の女性は少々年配のようだ。ゲンドウと同じくらいか、少し上……?
『……ところで、「ゼーレ」の方はどうなの?』
「シナリオは順調、と……老人どもはそれで満足している。
Diabloさえ甦らせることができれば我々のシナリオは実行可能だ。
何も問題はない」
『……分かってるとは思うけど、くれぐれも気をつけてね……』
「ああ」
ゲンドウは受話器を置こうとする。と、相手の女性が最後に付け加えてきた。
『……そうだ、リッちゃんは元気にしてる?最近ずっと会う機会がなくてね……』
「ああ、元気にしている。心配することはない」
『……そう……』
気のせいか?ゲンドウの表情が少しだけ和らいだ気がする。
「では切るぞ……」
『ええ。それじゃ、また』
通信が終われば、そこには静寂しか残らない。
だけど……なにかもう一つ、……うまく言えないけど……
あたたかい思いが……何処かから、伝わってきたような気がする…………
翌日、MAGI-MELCHIORにて。
Zの勝利は、既に第3新東京市じゅうの走り屋たちの知るところとなっていた。
いつものように朝8時に店に来たら、霧島たち従業員の他、渚さんやケンスケまでもが駆けつけていっせいに祝福してくれた。
「聞いたぜ碇!すげえじゃねえか、ゼロヨンでGT-Rに勝ったんだって!?」
「おめでとう、シンジ君。GT-R相手によく戦ったそうだね。称賛に値するよ」
ここは素直に……反応しておいたほうがいいよね。
「えへへ……どう?このポスター、私のアイデアなんだけど」
そう言って霧島が持ってきたのは、サーキットで撮影したZの写真を引き伸ばして作ったポスター、というかピンナップ。MNAのチームステッカーを重ねてスマートにデザインされている。
昨夜パソコンに向かってなにやら作ってると思ったらこれだったのか……
「ああ……なかなかいいセンスじゃないか」
「うんっ!ありがとう♪お店に飾っとくね♪」
「そうしてくれ……」
とその時、駐車場に赤いFDがやってきた。惣流だ。
ナビシートに乗っているのは……
「おう、碇!わしの予想は間違いやなかったな!この調子で、目指せ日本最速や!」
「……こいつったらもう、どーしても会いに行くって聞かないのよ……無理言って外出許可もらってきたんだけどね」
惣流が苦笑しつつ説明する。
鈴原……こんな僕のために……そこまでして……
僕は君に何かしてやれただろうか……?
「鈴原…………僕は……」
「なんやなんや、朝っぱらから辛気くさいのう!こういうときはパーッといかなあかんで、パーッと!
どれ、いっちょ集合写真でも撮ったろやないか。ケンスケ、お前カメラ持っとったな?」
鈴原に引っ張られて僕は列の真ん中に並んだ。
松葉杖をついてる……左足はまだギプスが取れていない……
それは僕が負わせた怪我……
「ごめん……僕のせいで……」
絞り出すような小声。
「……ん?なんのことや?……ああ、これかいな……お前が気にすることやないで。
走るんやったら事故はつきものやからの。碇、またいつか走ろうやないか。今度は負けへんで!」
僕は何も言えなかった。
……手が、震える。喉の奥が痛い。
僕は臆病者だ……
「シンジ!ほらいつまでも沈んでないの!しゃきっとしなさいしゃきっと!」
惣流が僕の肩を叩いて励ます。
僕は……みんなに、必要とされてる?
……いや、違うね。
みんなが……僕を、自分に重ねてる。夢と……そして、憧れと。
STREETのトップに立つこと……いつか、夢見た明日。
それは必要、不要といった価値では測れないもの。
喜び……生きていく楽しさ。
僕はZに乗ることでそれを提供できる……
そして僕自身の喜びは、これから探していくんだ……
「……ありがとう、みんな……」
飾らない、僕の気持ち。
また今日から、いつもの日常が始まる。
そしてそれは、終わることのないZとの旅でもある。
未だ見ぬ、最速の彼方を探して…………
予告
アメリカはロサンゼルスから海を越え、第3新東京市に降り立つガンメタのスープラ。
インポートドラッグの本場で鍛えられたその走りにシンジは圧倒される。
そしてついに、世界初の公道グランプリレース「横浜GrandPrix」の開催が発表される。
第3新東京市全域を巻き込み、再びSTREET RACEの炎が上がる。
第8話 新たな、一歩
Let's Get Check It Out!!!