EVANGELION : LAGOON

Welcome to H.S.D. RPG.
CAR-BATTLE in TOKYO-3, 2015.
by N.G.E. FanFiction Novels,
and RACING LAGOON.

Episode 6. Zeta II












 埠頭にはメンバーたちが集まりはじめた。

 綾波先輩……霧島に、ケンスケ……それから惣流、鈴原……
 渚さんは仕事の都合で少し遅れるそうだ。
 それと石川兄弟の姿が見えないが……今日は来ないのか?


 渚さんを待つ間……バトル開始時間は少しずれ込む。
 決戦の時まで、時間の猶予が伸びる……

 それだけ、プレッシャーに晒される時間が長くなるってことだ…………

 僕はベイラグーン埠頭をあてどもなく歩いた。
 海からの風を浴びて……
 少しでも、心を冷やしたかった。

 震えが止まらない……
 これは不安からくるものか?いや、違う気がする…………

 期待しているのか?待ち望んでいるのか?
 それは僕?
 僕が望んでいる?

 僕は……何を願う?





 桟橋の向こうに第2氷川丸の姿が見える。

 対岸に浮かぶ氷川丸は、役目を終えた旧船だが……
 こいつの中身は、技術の粋を集めた最新鋭艦だって噂さ……
 新世紀の象徴……

 たとえこいつが、一度も航海に出ることなく永遠に眠り続けるとしても……
 そんなことを気にする奴はここにはいない……


 ……永遠に未完成なこの街、第3新東京市……


 そうさ、こいつが象徴してるのは……
 …………未完成な僕たちそのもの…………

 目の前の海は伊達じゃない。
 虚栄の船……こんな船でも、とがめることもなしに許してしまうのは……


 ……自分たちと同じ匂いを感じてるから……


 ………そんな気がするから………





「綾波先輩……」

 月の光を浴びて、淡く輝く蒼銀の髪。
 桟橋に1人たたずむ綾波先輩の姿は、思考のすべてを奪われてしまうほどに美しい。


「…………私だって怖いと思うことはあるわ……
走りを追うことはいつだって死を意識する。

……でもね……そんな恐怖でも、忘れてしまう瞬間はある。

シグナルRED……闇の中に明滅する赤い光。
それ以上踏み込んではならない世界がある……そんな気にさせる光よ」

 僕が近づくと、綾波先輩は独白するように話しだした。

「スピードの中に自分が消えてしまう……
……自我境界が薄れていく……

そういう瞬間、自分が溶けていく瞬間…………

…………限界のSPEEDの中で…………

………私は少しだけ、自由になる………………」

 まるで僕の心の内を見透かしたような、その言葉。
 綾波先輩の言葉は、僕の思い。

 僕の中の、言葉にできない想いを…………

 綾波先輩は、自分の言葉に言い換えて僕に伝える。

「先輩、僕は…………」

 言葉が続かない。
 伝えたい気持ちは言葉にならない。


「綺麗よね……」

 先輩が僕に語りかける。

「……海に映った街の光。
そう……鏡の街、偽りの世界…………

……スピードに呑み込まれそうになったとき、私はここに来て……
空にかかるベイブリッジの銀河を見つめるの……

………流れていく光は、海に溶けてひとつになる………

流れ続けるこの鏡の世界に、私がいる……
……そんな気がしたら、私はもう一度走り出す…………」

 僕がそうであるように……
 綾波先輩も、僕の前では自分を見せている。

 他の誰にでもなく……
 綾波先輩になら、僕のすべてを見せてしまってもいい。
 僕にとっての唯一の人……

 そして…………

「…………私のこと、聞いたのね」

「えっ?」

「分かるのよ。1か月前の事故のこと……
私はそのZに乗り、そして拒絶された…………」

 思い出してしまった。思い浮かべたくなかったのに。
 最高速アタックでのクラッシュ。軽いケガで済んだのは本当に奇跡だ。
 僕には想像もできない。

 綾波先輩が…………!

「だけどね。そう……Zはあなたを選んだ。あなただからこそ、そのZに乗れる。
彼女はあなたのために生まれてきたと言ってもいいわ」

「……だけど……」

 はっきり言って、僕はZの力をまるきり引き出せていない。少なくとも僕はそう思う。

 なんとか、そこそこに走らせることができるってだけで……
 今のZは、周りから見ればただのハイパワーFRだ。

 バランスを無視して凶暴なパワーだけを振りかざす……危険なマシンだ。

「碇くん……1つだけ聞くわ。
あなたはそのZで走るとき…………自分だけは事故らないって、思ってる?」

 僕は……?
 僕がZに乗る……その時……

「まさか……そんなわけないよ。いつもビクビクしてる……
キーをつかんだ瞬間からもう……今日こそは死んじゃうんじゃないかって……
だけどそれでも、走りたいって気持ちは抑えられない……」

「そう……怖いのね」

「怖いよ……当たり前じゃないか。僕だって怖いよ……」

 言ってて自分が情けなくなりそうだった。
 取り憑かれてる自分……何よりも恐ろしいのはそれだ。

 僕が僕を恐れる……終わりの見えない袋小路。終わりはすぐ背後に、どこまでも僕を追いかける……


 綾波先輩は僕の顔を見て、ふっと微笑んで見せた。
 月の光に照らされて……
 淡い、僕たちは白い光に包まれている。

「碇くん…………あなたは死なないわ。
本当に分かっているヒトは死なない。自分が臆病だって、認められる勇気のある人はね。
あなたはそれに気づいているわ」

 そこまで言うと、綾波先輩は埠頭へ向かって歩き出した。

「時間よ……行きましょう」

 僕は……戸惑ってる。

 だがそれでも……走ることに変わりはない。
 Zを信じて……感覚のすべてを預ける。
 そうさ…………僕は……走るんだ、感じるままに。

 僕の身体の中に沸き起こる、STREET Warriorの本能に導かれて…………










 ベイラグーンの空に、大気を揺るがす轟音が響く。
 MNA、NR両チームのマシンが次々とエンジンを起動させ、ヘッドライトの光をスポットライトのようにターミナルの中央に向ける。
 僕たちはそれに照らされて…………そう、舞台に上がった役者の如く……人々の目の前にさらされる。


 惣流が一歩前に進み出る。それに応え、綾波先輩も歩み寄る。


 沈黙。

 じっとにらみ合う。


 重い空気。

 僕たちはただ見守ることしかできない。


「………………はじめましょうか」

 惣流が静かに、しかし力強く言う。
 限りなく重いトーンで……

「…………勝負は一度きり。アタシとアンタのTAIMAN-BATTLE……
……どっちが勝っても、チームとして結果は真摯に受け止めるわ」

「………………」

「……何か、言うことは?」

 綾波先輩は無言のままだ。
 一瞬たりとも視線を逸らすことなく、惣流を見据えている。

 直接顔を見ていない僕でさえ思わず圧倒されてしまいそうなオーラ……
 今、確かに見える。

「…………ないわ……
……分かっているはずよ。私たちには、走りがすべて…………
馴れ合いなんかいらない。私たちはそんなものを受け入れはしないわ」

「……もちろんよ…………今日……この夜が決戦の時……
勝つか負けるか………撃墜(オト)すか、撃墜(オト)されるか…………
今日で、決着をつけるわ」

 STREETの最高峰にいる者たちの会話…………

 僕たちには、決して手の届かない世界。
 情け容赦のない淘汰の世界…………
 綾波先輩と惣流の言葉には、そんな重みがこもっていた。


「おう!わしらにはわしらなりのやり方があるよな!
それがK・T・H!!清き正しき走り屋道っちゅうやつや!!」

 いきなり外野から大声を上げた者がいた。
 この場所でこんなことを言う奴はひとりしかいない…………

「恨みっこなし!走りがすべて!それがわしらのやり方や!!」

 鈴原……よくもまあこの雰囲気の中にも躊躇せず割り込んでいけるものだ。
 良い意味で気が抜けたか……
 それともみんなを余計に凍り付かせただけか…………

 どこか不安げな面持ちで見守るみんなをよそに、鈴原は僕をぴっと指さした。

「おう!碇!わしらが前哨戦や!!
ただのエキシビジョンレースとちゃうで!お前にホンマモンの走りっちゅうやつを教えたるわ!!」

 目の前でそう高らかに宣言され、僕はむしろどこか吹っ切れた。
 何故かは分からないがずいぶんと気分が軽くなった……

 惣流はもう処置なしといったような顔で、すっかり呆れ果てた感じだ。
 綾波先輩は何も表情に出さないが……心の中ではやれやれといった感じだろう。
 僕は……ただ自分のやろうとしていることに迷いがなくなって、すっきりした。


 Zをスターティンググリッドに移動させる。
 隣に並ぶS14。

 すぐそばにいる。
 その漆黒のボディに宿るオーラ……
 Zは、それに反応している。
 そして僕も…………


 ……DIVE INTO THE DARKNESS……

 その先に待っているのが、たとえ破滅だったとしても。












TAIMAN-RACE


BAYLAGOON short

Shinji Ikari(MNA) GCZ32 FAIRLADY Z
vs.
Touji Suzuhara(NR) S14 SILVIA
(NightRACERS No.2 Warrior)

NightRACERS
鈴原トウジを撃沈せよ














 オフィシャルがグリーンフラッグを掲げる。

『スタート10秒前!!』

 クラッチを踏み込み、ギアを1速に入れる。
 アクセルを煽り、タイミングをとる。

 S14の、NAエンジンならではの甲高い爆音がZのコクピットに容赦なく飛びこんでくる。
 Zも負けじと極太のV6サウンドを轟かせる。

『5!!……4!!……』

 エキゾーストが激しさを増していく。
 カウントとともに、パワーバンドを求めて登りつめていく。

『3!!……2!!……1!!』

 左足をゆっくりと引く。
 ダイヤフラムで押さえつけられたクラッチディスクが、駆動力を受け取るべくフライホイールへ近づいていく。


 クラッチミート。

『ゴー!!!!』

 Zのトリプルプレートクラッチが、VG30改のパワーすべてを余すことなくリアタイヤへと伝える。
 265/40ZR17のポテンザRE-01が最大グリップを発揮し、1.6トンのボディを激しく打ち出す。

 ほぼ同時にS14もスタート。
 鋭く短いスキール音は、瞬時に最大グリップを捉えて発進したことを示している。

 鈴原のS14が、半車身Zをリードする。
 いくらZがパワーに勝るとはいえ、重たいボディはスタートでは不利だ。
 第1コーナーでどっちが頭をとるか。
 僕はイン側にいる……アウト側からS14がくる。抜け出せるか!?

 ブーストがようやく0を越えた。負圧から正圧へ切り替わり、吸入空気が圧縮されはじめる。

 背中から押し出されるトルク。
 これなら……いける……!



「おっしゃ!アタマ取ったぜ!」

 スタート&ゴール地点の特等席を確保してギャラリーしていたケンスケがガッツポーズをした。
 その隣で、霧島と渚さんもレースの行方を見守っている。

「シンジ君……がんばって」

 折り重なる2つのエキゾースト。

 スキール音の激しさはS14の方が上だ。
 ドリフト全開の走り。僕の背後で、せわしなくS14のヘッドライトが舞う。





 スタートしてしばらくは中速S字セクション。

 道幅をいっぱいに使い、大きくラインを描く。
 低いスピードレンジなら、十分グリップで抜けられる区間だが……
 鈴原はそれでもドリフトする。このコーナーのRでも、スライドしてしまうほどのスピードで走る。

 先行する僕も、自ずと同等のスピードを要求される。
 今はまだ耐えている。
 ハイグリップタイヤがZをかろうじて支えている。

 イン側に力が入らない感触。
 LSDが効きはじめるほど踏めていない。踏みさえすればZは応えてくれるが……

「僕にはムリなのか……」

 ステアリングが揺らぐ。ラインがぶれる。
 それでも鈴原は容赦なくアオってくる。

 Zとのシンクロがずれていく……





「……!」

 S字区間が終わり、ベイラグーン名物コの字コーナーが迫る。
 ここは文字通り2つの90度コーナーが接近して並び、コの字型のヘアピンコーナーを形作っている場所だ。

「来るのか!?」

 S14がラインを変える。

 差される。
 そう思った次の瞬間には、僕はZを半車身イン側に寄せていた。

 ガードレールが流れる。

 右へ、ターンイン。
 フロントタイヤが鈍いスキール音を上げる。
 曲がれ、曲がれ……っ!!

 2速へシフトダウン。
 さらにトルクをかける。パワーオーバーを狙う。

 フロントが逃げる……完全にミスった。

 踏めない。
 ブースト圧が上がらない。
 ダメだ……失速か…………


 大きくラインをふくらませたZの横を、S14がゆうゆうとパスしていく。

 あのライン変えはフェイントだった。
 インから抜くように見せかけて、ブロックを誘いラインを制限する。
 コーナーではあえて仕掛けず……そのあとの立ち上がり加速の差で勝負する。

「くっそ!!」

 ようやくコーナーを抜けるが、S14は既にZの前に出てしまった。
 スピードの伸びはこっちが上だが、S14にラインをブロックされてアクセルを踏めない。
 これが腕の差か……!!





「鈴原サンがZを抜いたッ!コの字コーナーだ!」

 NRのオフィシャルが、興奮した口調で報告する。
 惣流はそれに頷くと、報告を続けるように指示した。

 Zが抜かれた。その報告は霧島たちの耳にも届いている。

「だぁあ〜っ!なにやってんだよ碇ぃ〜っ!」

 悔しがるケンスケ。
 霧島は不安げな表情で、じっと闇の向こうを見つめている。





 上昇を続けていくエキゾースト。
 ストレートの全開加速。

 ゆるい右高速コーナーを抜けてバックストレートへ。速度はいっきに乗っていく。
 Zは全開ではない。とりあえず離されない程度に、S14についていく。

「235km/hでクリップをとる…………」

 現在の速度は210km/h。鈴原はいったい何km/hで突っ込むのか……

「…………」

 ストレートを半分ほど過ぎた。さすがに絶対出力の低さは隠せないのか、S14の加速が鈍る。
 Zはまだまだ余裕で加速できる。だがパスするには距離が足りない。
 それに……

「いくらパワーがあったって、抜けなきゃ意味ないよな……」

 これは加速を競ってるわけじゃない。バトルだ。先にゴールした方が勝ちなんだ。
 そのためには、相手を速く走らせなければいい。たとえ相手のパワーが自分をはるかに上回っていたとしても、そのパワーを発揮できなくすればいい。

 純粋に加速力だけで勝負したら、鈴原のS14は僕のZにはかなわないだろう。
 だが今やっているのはタイマンバトル。コースをより速く走りきった方が勝ち、それもタイムを競うのではなくあくまでも相手より先に、だ。
 ストレートで譲るなんて、そんな甘いことはしない。

「まだか……」

 こんな速度で突っ込むのは初めてだ。
 いけるのか?それともダメなのか?

 理屈じゃない。直感だ。

 風が見える。尋常じゃない速度で、コーナーの向こうに見える街灯が迫ってくる。

「…………!!」

 235km/h。綾波先輩の言った速度だ。

 加速が止まった。
 S14が停止したように見える。

 Zだけが動いている。

「ここだ!」

 スロットルオフ、ブレーキング。
 一瞬おいてステアリング。

 ガードレールの向こうから、横断歩道のストライプが横殴りに視界に入ってくる。

 S14、ここでターンイン。
 かなりアウト側へ引っ張ってからの進入だ。
 Zの正面を、慣性ドリフトで横切る。
 そのまま次のコーナーへアプローチ。直ドリ状態からさらに角度をつけ、ほとんど速度を殺さずにコーナーを駆け抜けていく。

 コーナリングでエンジン回転が落ちた。210km/h……ここで4速へダウン。
 次のコーナーが迫る。だがまだだ。横Gが残った今の状態でブレーキングすれば、一瞬でスピンしてしまう。
 こらえるんだ。

 まだか?重力にさらされた心臓が強く脈打つ。

「……ぅっ!」

 身体の、左側へ押しつぶされそうな力。4輪のグリップ力すべてを使っての急減速から右旋回。再びすさまじい横GがZと僕を襲う。
 テールスライド。カウンターを入れてアクセルオン。全開。
 いっきに振り返す。

 パワードリフト状態のままゴールラインへ。目の前にはS14のテール。
 よし……まだ食いついていけてる。





 1周目が終わり、再びS字セクションへ。
 今度はS14が前、僕が後ろから追う。

「くう……速い!!」

 ギリギリのレイトブレーキング。Zではとてもじゃないけどできない。ストレートの伸びはこっちが勝ってるけど、コーナーの通過速度は段違いだ。

 このままじゃ追いつけない……

「速い……確かに速いけど…………?」

 僕はスピードメーターをちらりと見た。

 一瞬目を疑った。いつも走るより、10km/h近くも速いペースだ。
 バトルだから、じゃない。今までは曲がれなかったスピードで、今は曲がっている。

 S14のテールを追う。それで分かる。

「ストレートのスピードも……コーナーで決まる」

 鈴原のS14がなぜ、わずかなパワーであれだけのスピードを稼ぎ出せるのか。それはひとえに、無駄な減速をしていないためだ。多少ミスしてもパワーでカバーできるZと違って、パワーのないS14では一度失速すると再加速に時間がかかる。ハイアベレージを保つためのドリフトなんだ。
 Zのパワードリフトとは違う。限られたパワーを最大限に使うための、慣性ドリフトだ。

「おいおいZ……今日はまた、一段と速いんじゃないの……?」

 そう……まるで速いクルマに惹かれるように……Zは速くなっていた。
 それはZに乗る僕も同じかもしれない。

 迫るガードレールもものともせず……数pまでボディを寄せていく。リアタイヤの接地感を確かめながら……最大限のパワーをかけて、Zを加速させていく。
 Zもそれに応えるように……エンジンを震わせ、サスペンションを突っ張らせる。

 乗れてる。……少なくとも、僕はそう思っていた。

「パスできる…………」

 Zの前方で大きくRを描いて走るS14。
 激しくスキール音を叫び続けるリアタイヤ……

 それらの動きが、とてもゆっくりに見える。

 限界の重力を感じながら……
 僕は踏み込んでいく。










 ベイラグーン・ターミナルに、2台の派手なクルマがやってきた。
 ボディグラフィックとネオンで飾られたインテグラ&シビック……石川兄弟だ。

「ケッ!なかなか盛り上がってんじゃねえか……」

「ショーの観客は多い方がいいからな……」

 石川兄弟はクルマから降りると最終コーナー手前のギャラリーポイントへ向かった。
 惣流の姿を見つけて声をかける。

「惣流!どうよ、『鈴原サン』の調子はよぉ?」

 わざとさん付けを強調して言う石川兄。
 石川兄弟に気づいたギャラリーの数名が、少々引きつりつつ道を開ける。
 惣流はかなりムッとした表情で振り返る。

「何よ……今頃来たの?
じきにここを通過するわ……わざわざアタシに聞かなくてもいいでしょうに」

「ひゃははっ!そいつはいいなぁ?じっくりと見物させてもらうぜ?
最高のショータイムをなあ…………」

 石川兄は奇妙な高笑いを上げると、他のギャラリーたちを押しのけてコース際へ陣取った。
 惣流はそんな石川の様子を見ながら考えていた。

「(……ったく、全っ然懲りてないのね……あいつもあいつで仲間は多いし……
ヘタに衝突すると厄介だわ……早いうちに潰しかけとかないとね……)」


 石川たちになんの思惑があるのか知らないが……
 僕にできることはただ一つ。
 Zを走らせること……それが僕の望み。










「一瞬のアクセルオフとステアリング……」

 Zの前方10メートル、S14がゆらりと車体を踊らせてターンインしていく。
 あざやかにクリップをかすめて……アウトいっぱいまで立ち上がっていく……

 だが、Zはその内側に入れる。
 僕は直感した。

「抜ける……」

 いける。こっちが速い。

 速度差は何km/hだろうか?S14のテールが接近する。
 加速度的に迫ってくる。

 手前のコーナーからスピードを乗せて……

 いっきに、パス。

 インを突き刺すようにS14を抜き去る。
 バックミラーにヘッドライトの光。

「やるな!だがまだまだやで!」

 ヘアピン。僕たち2台はアウトいっぱいから理想的なラインを描いてブレーキングドリフトに入った。

 一定の差をキープしたまま立ち上がる。
 立ち上がりは互角だが……その後の伸びが違う。
 ZとS14の差は30メートル近くに広がった。

「さすがやのお……Diablo-Zetaの名は伊達やないっちゅうことか」

 バックストレートをまっすぐ加速するZ。3速全開。ブーストメーターが危険領域ぎりぎりまで上り詰める。
 レブリミットが迫っても、少しもタレる様子がない。

 速度が伸びていく。4速にシフトアップ。
 まだ伸びる。
 完全に速度に乗った。いける。これなら……

 最終の4連複合コーナー、最初の右。
 わずかに右へそれる程度のコーナーだが、この速度ではまるで鋭角に見える。

「ええでぇ、その意気や!」

 最後だ。5速へ。
 コーナーまでの距離を考えれば、4速ホールドで引っ張るという選択肢もある。
 だが……僕は、鈴原は、……僕らは違う。

「碇ぃ!お前もわかっとるはずやろぉ!!」

 最後まで踏み続ける……

「230……」

 綾波先輩は言った。終速は235km/hだと。
 それ以上ではどうなるのか?クリアできないのか?

 これ以上の速度は試したことがない。
 前の周回と違って、先行するクルマがいないのでそれをあてにすることもできない。
 頼れるのは、自分の感覚だけ。
 今度こそ、僕の力の真価が問われる。

 いけるのか……Z……?

「いけるって……いける…………」

「そうや!その走りや!!」

 後方のS14はまだ減速しない。
 コーナーまであといくらだ?200メートル?100メートル?
 距離なんてどうでもいい。
 いけるかいけないか、それだけが重要だ。

 240km/h。5速ギアでのパワーバンドに乗りはじめる。加速が強くなる。
 クリアできる領域は2次曲線的に狭くなっていく。

 引き返すなら、今しかない。


「そうだろ……Z……」




 光が尾を引く。



 街灯の色が変わる。

 視界に赤い、流れ星。




 大気がZを押し戻す。


 これまでか……?



 250km/h。



「!!」

 アクセルオフ。
 急激に戻せば挙動を乱してしまう。
 ゆっくりと、しかし確実に。

 Zが行きたい方向へ、僕はステアリングを切る。

 スキール音。横Gに耐えられないリアタイヤが流れる。
 だがそれでも、Zは前へ前へと、進もうとする。
 Zのヘッドライトがコースの先を凝視する。

 見える。クリアできる。
 2つ目。さらに右へ切り込む。その先にはきつい右のヘアピン。


 すべてが見える。



 Z…………!!





 ゴール手前、ギャラリースポット。

 少し高台になっているところから、綾波先輩が最終コーナーを見下ろしている。
 ZとS14が突っ込んでくるのが見える。
 Zが先行。


 最終コーナーへ突入。

 絶叫とも言えるほどの、激しいスキール音を上げる。
 そこにいるギャラリーたちすべてが、Zの叫びに圧倒された。
 リアが抜ける。
 ダメだ、失速する……!


 だがZは姿勢を崩さない。
 ゆるやかにロールを深くしながら……尋常でない速度でコーナーを曲がっていく。

 Zの鋭いプロジェクタービームがギャラリーたちをなぎ払う。

 言葉と思考のすべてを奪われて……皆、Zに魅入られている。


「いけない……!」

 綾波先輩が呟きを漏らす。


 Zに遅れること20メートル、S14が最終コーナーに飛びこんでいく。
 明らかにオーバースピード。

 だが皆、悲鳴さえあげない。

 NRの、鈴原に傾倒しているメンバーたちは信じていた。
 このスピードでもクリアすると。
 事実、鈴原はたとえ限界をはるかに超えた速度からでもマシンを立ち上げ、幾度もの奇跡的なコーナリングを見せてきたのだ。今回も同じように、最後の最後でZをぶち抜くと。

 彼らはそう信じていた。




「くっ……!!」

 僕は驚愕していた。
 さっき引き離したと思ったS14が、Zのすぐ後方に迫っている。

 僕よりも速いスピードで突っ込んできた……

 深くドリフトアングルをとり、Zのテールにぶつからんほどの勢いで迫ってくる。


 Z……っ!!


「…………Z!!」




 バックミラーからS14の姿が消えた。

 光だけが見える。
 Zが光を浴びる。


 衝撃音。


 狂おしく叫ぶZのエキゾーストをもくぐり抜けて聞こえてくる、断末魔の声。




 左のサイドミラーに見えた。

 ガードレールに激しくテールを打ちつけ、スピンするS14の姿が。
 火花が雨のように降り注ぐ。

 コントロールを失ったS14は、ノーズから飛びこむように着地すると反対側のガードレールに突っ込み、それでもなお走り続けようとして火花を散らす。


 僕は意識が消えた。



 声が、聞こえる。










「鈴原…………っ!!!」

 惣流は言葉を失った。自分の見ている目の前で、S14が激しくクラッシュした。
 まるで木の葉のように宙を舞うS14の車体。
 路面に打ちつけられ、まるで紙箱のようにつぶれていくS14の車体。

 ギャラリーたちも皆、声を上げることができない。


 後続車のクラッシュに動揺したのか、Zの挙動が乱れる。
 ゴールラインを越えると同時にハーフスピンに陥り、そのまま後ろ向きになって停止した。

 S14はキャビンを中心に車体を二つ折りにしながらも、さらに100メートルほど滑走してゴールラインを越えたところで止まった。
 ガラスの破片が散らばり、それは街灯に照らされて砂のように煌めいている。


 時間が停止した。



 S14のエンジンが力尽きると、この場からすべての音が消えた。

 すべてが終わった。










 …………










 ……………………










 ………………なにやってるんだろ、僕……


 壊れちゃった人形みたいに、手も足も動かない…………



 なにも見えない。聞こえない。世界すべてが止まった。

 感じるのは自分の心臓の鼓動だけ……


 僕は確かに生きてる。

 だけどそこは……世界から隔離された、どこまでも紅い……


 ……紅い…………、紅い海…………





 僕は覚えてる?
 記憶が見える。


 僕がそこで見たもの……それは…………


 煤けたアスファルトの路面を濡らしていく……

 薄汚れたエンジンオイルと、それに混じる真っ黒な血…………



 外へ……

 こんなところにはいられない。僕は外に出るんだ……!
 ガラス越しの風景なんてもう、たくさんなんだ……!!










「鈴原ああぁぁぁーーーーーっ!!!畜生、畜生、畜生ーーーーーっっっ!!!」

「惣流ッ!!離れて、ガソリンに引火するわっ!!
あなたたち!なにしてるの、救急車と消防車を早く!!
渚くん!消火器ッ!!」

 僕の意識を覚醒させたのは、ひしゃげたS14のコクピットに張り付いて絶叫する惣流の姿だった。
 綾波先輩が彼女を羽交い締めにしてS14から引き剥がし、周囲の者に怒号混じりの指示を飛ばす。

 僕は呆然としたまま、誘われるようにS14に歩み寄っていく。


 渚さんがS14のエンジンと燃料タンクに消化剤を浴びせ、炎上を防ぐ。
 綾波先輩がセーフティハンマーでS14のウィンドウを割り、手伝いに入ったNRメンバーたちと協力してドアをこじ開け、鈴原を救出する。

 血まみれだ。かなりヤバイ。

 鈴原は僕の姿を認めると、力無く微笑んで見せた。

「……碇…………お前ならなれるで……

…………横浜最速に…………

……絶対や……このわしが言うんやから間違いあらへん…………」

 震える右手で、親指を立ててみせる。
 僕はなにも言葉を返すことができなかった。

「鈴原ッ!動いちゃダメよ、傷が開くわ……
……そっちを持って!そっとよ!」

 惣流が鈴原を担架に乗せる。
 僕はただそれを見守ることしかできなかった。

 救急車のサイレンの音さえ、僕の耳には届いてなかった。

 僕はただ立ちつくすしかなかった。





 取り残されたギャラリーたちが、異様な視線を僕に浴びせる。

 それは畏怖なのか……
 僕は…………

 ……勝ったのか?

 これが勝利なのか?



 …………僕は何を得て……

 ……そして何を失ったんだろう…………?





 その疑問に答えられる者は、この場には誰ひとりとしていなかった。














予告


鈴原の事故を目の当たりにし、走りに対する気持ちが揺らぐシンジ。

そんなとき、NERVのライバル企業であるWON-TEC社が新型デモカーを発表する。

筑波サーキットで行われる公開タイムアタックに、特別招待を受けるNERV。

Diablo-Zeta、そしてシンジの、衝撃のサーキットデビュー。



第7話 人の造りしもの


Let's Get Check It Out!!!






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