「嘘だろ…………」
目の前にあるのは紛れもない現実。
Zの10メートル前方で、S14が素早い切り返しで左へターンしていく。
ブラインドになっていて手前からでは分からないが、ここはシケイン状の複合コーナー、それもインを直線的にカットできないレイアウトになっている。
安全にクリアするにはじゅうぶんに減速した上で、必要以上のスライドを発生させないようにしなければならない。特に、最初の進入でスライドさせすぎてしまうと次のコーナーへのスムーズな切り返しが難しくなる。
Zは明らかなオーバースピードでシケインに突入してしまっていた。
強い横Gに耐えかねてリアタイヤが流れ出す。
フロントタイヤは既に次のコーナーを曲がるべく左を向いているが、車体がそれについてこない。
このまま行けばZはフェンスを突き破ってコンテナに激突するだろう。
アクセルを戻す。
荷重がフロントに移り、ノーズがすっと沈み込む。
迫りくる鉄の網から逃れようと、Zが回頭する。
重心が自分の中を通過していくのを、僕は感じていた。
荷重が抜けてグリップ力が減り、たまらずリアがブレイクする。
「ちぃっ!!」
Zのノーズが完全に左へ向くと同時に、僕はサイドブレーキレバーを思いきり引っ張った。
直後、背中を思いっきり引っ張られるようにGを感じる。
景色が横に流れ、視界がぼやけていく。
Zは後ろ向きになって停止した。
点いたままのブレーキランプが背後を照らす。
フェンスまであと10cmほど。マジでギリギリだった。ヘッドライトの光は、たった今刻まれたばかりのブラックマークを映し出している。
「…………はあ……」
ため息しか出なかった。
クラッシュを回避した安堵か……
鈴原にちぎられた悔しさか……
ともかく……
Z……こいつは甘えることを許さない…………
一歩間違えれば、そこに待っているのは冷たい死……
だけど、それでも……僕はこいつから離れられない。
新世紀最速伝説
The Fastest Legend of Neon Genesis
エヴァンゲリオンLAGOON
第6話 決戦、ベイラグーン
僕がZのシートで脱力していると、コースの先でUターンした鈴原のS14と惣流のFDが戻ってきた。
とりあえず、いつまでも道を塞いだままではまずい。
僕はZを再起動し、左側のフェンス際まで寄せた。
S14とFDはそれぞれZの前後につき、ハザードを出して停まった。
「なんやあ碇、しっかりせいや」
「ああ……ちょっとムリしすぎたな」
お互いに苦笑する。
まあ、どこもぶつけずに済んだだけでも幸いだろう。
「まあったく、ちょーしに乗るからこういうことになんのよ。アンタここ初めて走ったんでしょ?初めてのコースをいきなり全開で攻める馬鹿がどこにいんのよ」
惣流はここぞとばかりにきつい言葉を浴びせてくる。
今さら分かりきってることだから聞き流すけど……
……確かにな。
明るい時間ならともかく、夜ではコースの先がほとんど見えなくなる。
コースを知らなければ鈴原たちのようなラインは取れない。
普通のコーナーのつもりで突っ込めば……さっきのような結果になる。
よく見てみれば、フェンスはあちこちが歪み、コンクリートウォールも欠けたり割れたりしてボロボロになっている。
ここでクラッシュしたクルマが相当数いるってことだ……
危うくZもそのうちの1台になるところだった。
「……でもまあ、あの状態からよくスピンターンに持ち込めたわね。
あそこでパニクってアンダー出して刺さる、ってパターンが一番多いのよ」
「………褒め言葉と受け取っておくよ………」
見るところはちゃんと見ている……さすがは第3新東京のツートップと呼ばれるだけはあるか……
「どや、もいっちょ走ってみるか?負けたまま帰るなんちゅうことは、男やったらできんやろ?」
「…………ああ」
「今度はへますんじゃないわよ」
仕切り直しだ。
さっきと同じように惣流が先行し、僕と鈴原が追走する。
あくまで練習走行ということで、80%位のペースだが……
それでも、コーナーではすこしずつ離される。
ストレートで差は詰められるが、コーナリング、特にターンインでは大きく差が開く。
クルマの性能じゃない。
確かにZはFDやS14に比べれば重い。特性からいっても、コーナリングに秀でているとは言い難い。
だが……問題はもっと簡単なことだ。
僕自身がZを操り切れていない……それだけだ。
踏めば必ず応えてくれる。綾波先輩はそう言った。
だが僕は……踏み切れていない。
焦るなよ、僕…………
頭の中の靄はすこしずつ晴れていく……
進むべき道はまだ見えないけど……
攻めるべきコースははっきりと見える……
そう、こいつが見せてくれる……
次第にペースは上がる。
僕もコースは覚えた。さっきのようなミスはしない。
本牧のストレートに入ると同時に、FDとS14の加速が一段増した。
僕は少し距離をとってついていく。
深い闇の中へと、なんのためらいも見せずに加速していくFD。見ているとまるで吸い込まれていきそうだ。
ヘアピンへ突入。
いっきに5速から2速まで落ちるフルブレーキング。
後ろの僕はある程度余裕をもってコーナーに突入する。
「これで……どうだ!」
ブレーキを残したままステアリングをぐっと切り込む。
リアがブルブルと一瞬むずかった直後、堪えきれなくなったように右へ流れ出す。
落ちついて姿勢を作ると、カウンターをあててブレーキをリリース、この時点でZはクリッピングポイントめがけて突進している。
前を行くS14はそれよりも深いドリフトアングルで、縁石に乗って軽くジャンプしながらヘアピンをクリアしていく。
「ほう!……碇もなかなかやるのう!
惣流……!コーナリングはバランスがすべてやないで!!」
S14は豪快に着地し、ついでに卍も決めて見せた。センターラインを中心にして、鮮やかに二重螺旋のブラックマークが描かれる。
問題のシケインもクリアし、埠頭の中を走り抜けるセクションに入る。
こともなげにブレーキングドリフトを繰り出す惣流。
きれいな弧を描いてコーナーへ突入していくFDの姿は華麗ですらある。
「惣流!!コーナーの秘訣は3つのKや!!」
鈴原はコーナーのはるか手前から直ドリに入った。速度は100km/h以上は余裕で出てる。
派手にタイヤスモークを上げながら、スライド状態のまま軌道を変えてコーナーを曲がっていく。
素人の僕が見たって分かる。
ドリフトしながら自在にラインを変えられる、鈴原はそれができる走り屋だ。
もちろん惣流だってできるだろうが……今はやらないだけだ。
「ふんっ、派手なパフォーマンスはそれくらいにしといたら!?バトル前にタイヤ使い切るんじゃないわよ……!!」
FDはスライドを抑えたスムーズな走り。
S14はコーナーというコーナーを全開のドリフトで曲がっていく。
わずかなストレート、すぐにまた右の直角コーナー。
「いっつも思ってんだけどぉ!!」
フェイントモーションから直ドリに入るFD。見れば対向車が来ている。
このまま行けばコーナーの真ん中ですれ違う……
僕はZを道路の左側に寄せる。
「3つのKとか、それってなんなのよ!!」
続き、S14もターンイン。
対向車の姿がガードレールの向こうに見える。
「おう!!Kは気合いのKや!」
「はぁ……?」
ノーズをクリップへ向け、旋回体勢に入るFD。
FDのヘッドライトが対向してきた黒い111レビンの姿をまぶしく照らす。
「気合い!気合い!!気合い!!!それでALL RIGHT!!」
ドリフト状態のまますれ違う。2台の迫力にビビったのかレビンはイン側のガードレールに寄り添ったままこそこそと曲がっていった。
「おうら、まだまだこんなもんやないで!!今夜もぶっ飛ばしたる!!」
「ほんっと、しょーがない奴ね!
……いいわ、アタシもちょっとだけ本気モード……
どこまでついてこれる!?」
FDのペースが上がる。それに応えるように、S14もそれまである程度開けていた車間距離を詰めた。
今までは余裕かましてたってことか。
これからが本気の走り……僕はたぶんついていけないだろう。
だけど、あきらめちゃダメだ……
やれるだけのことはやる。それでもダメなとき、初めて突破口は見えてくる。
初めからあきらめたら、見えるものも見えない。
僕は……逃げない。
「おおうっ!?碇もようよう本気出しよったか?
どや惣流!わしの目に狂いはなかったやろ!?」
FD、S14、Z。
3台が揃ってドリフトを繰り出してコーナーをクリアする。
僕は……そう、今、乗れてる。
……Z、こいつが分かる気がする……
たとえそれが錯覚でもいい。
おぼろげに感じていた一体感が……
この時だけでも、感じていられるのなら…………
「気合いや気合い!気合いと根性やあ〜っ!!」
後ろで見ていてはっきり分かるくらい、鈴原の走りはアグレッシブだ。
ギリギリのハイスピードでの突っ込み。慣性でリアを流し、そのままアクセルで踏ん張りながら立ち上がる。
決してハイパワーとは言えないNAのS14で、その持てるパワーすべてを使い切る走り。
そう……手に負えないほどの凶暴なパワーを腕でねじ伏せる綾波先輩の走りとはちょうど対照的な、そんな走りだ……。
だけど、その走りに対する情熱……スピリットは、スタイルが違ってもきっと同じなんだ……
そんな気がした……
3本付き合った後、僕は本牧を後にした。
「碇!今夜のバトル、楽しみにしとるで!本番では手加減なしやからな!!」
「ああ……じゃ、また後で……!」
バックミラーにたまり場の灯りを見ながら……僕は考えていた。
仲間……その心地よさを。3台でつるんで走るうち……僕はとても楽しい気分になっていた。まるで昔から……ずっと一緒にいたような感じ。
走ることで分かり合えるもの……
僕らが求めているもの……
だからきっと、ここに集まってくるのだろうか?
この生活を続けるのは、容易なことではないはず。
それでも、仲間たちとのふれあいを求めて……夜のSTREETに繰り出すのだろうか?
僕はまだ分からない。
今はまだ……分からなくていい。
そう言っているような気がした。
おだやかなエキゾーストで語りかけるZが……
山下通りから横浜港を望む、マリンタワー。
港へ寄せる船への灯台の役目も果たしてる……
夜は、走り屋たちへの灯台にもなる。
そう、いにしえの船乗りたちが星を目印に航路を決めたように……
第3新東京市の海に輝くマリンタワーの光を、走り屋たちは道標にしている。
「そろそろ……行こうかな。ちょっと早いけど」
ケンスケはそう呟くと、山下公園前に停めたハチロクに向かった。
……たしか、「こういう場所は好みじゃないね」とか以前に言ってたような気がするが……
なんでわざわざ?
「碇のヤツはあいかわらずカッ飛んでたし…………
……しかし、マジで速えよな……あのZ……」
見てたのか。
僕が霧島を振りきって、その勢いのまま本牧に乗り込んだとき……
ここから見てたんだな。
と、僕からかなり遅れて霧島の180SXがやってきた。
ハチロクの姿に気づいて、180SXをその後ろに停める。
1台だけならともかく、こうして2台並ぶとその異様なカラーリングに圧倒されるな。
いかにも極悪改造車な雰囲気が漂ってる。
「相田君!意外なところで会ったね!」
霧島がケンスケに声をかける。
たしかに意外だ。なんとなく馬鹿にしてるように聞こえるのは気のせいだろうか?
僕に思いきりちぎられたばかりだってのに、そんなことはまるで表情に出さない。
あいかわらず気持ちの切り替えが早いな……僕にはとても真似できない。
タフなハートの持ち主なんだな……
「悪かったな……ちょっとな、浸ってたんだよ。
……碇なら本牧の方へ向かったけど……追っかけないのか?」
「う〜ん、……今日はやめとく。シンジ君だって……つきまとわれるのは嫌でしょ」
「そうかい」
ケンスケはあくまでクールを気取っているようだが……
「……………………」
「……………………」
「……ねえ「なあ」」
2人同時に口を開く。
少し止まり、霧島が先に言う。
「……私……シンジ君のこと好きかもしれない」
空を仰いで言う。視線を逸らすのは……あくまで、ここにいない僕に対して言っている、ということ。
「…………どうしてそんなこと俺に言うんだ?」
「……なんでだろう。……でも、本人目の前にしたら……たぶん、……言えないよ……」
「それだけマジってことか?」
掠れていく風の音。
風になびく前髪が、霧島の表情を隠す。
「……お前のことだから、3日もたたないうちに手を出すと思ってたけど……そうじゃなかったんだな」
「も!もうっ……誤解しないでよ、私そんなんじゃ……」
そうなのか?
……誰にでも馴れ馴れしくするのは立派な特技だと思うが。
僕にはできない。それはある意味でうらやましくもある。
だが今は……
僕には、分からない。
「…………出会ってすぐの頃だったら……ほんとに、きっかけさえあればすぐにヤっちゃってたかもしれない。
だけど今は……そんな気持ちじゃない。
……初めてなのよ……こんな気持ちになったの」
「近寄り難い、って感じするだろ」
「……そうなのかな」
乾いた笑み。物事を軽く捉えることで、心に受けるダメージを減らしてる。
だけど本当は、押しつぶされそうなくらいに痛いはず。
「なんて言うかな……
そう、『触れたくても触れられないもの』って感じだよな。
俺にしても、渚さんにしても……あいつのそば、一定距離よりも内側には入っていけない。
もちろん物理的な距離じゃないぜ。心の距離かな……
目の前に見えるのに、果てしなく遠い……いや、深いところにある……
……俺の受けた印象はこんなところだな」
誰も近づけない。
確かにそんな気がする。でも、あの人だけは違う、と。
霧島の心に居座って離れない、あの瞬間。
「でも、綾波さんは特別……?」
「……まあ、碇とはもともと知り合いだったらしいし……俺たちより近くにいることは確かだよな」
きゅっ、と胸が痛む。
霧島の気持ちを言葉に表すならそんな感じだ。
やっぱり見てたようだ。僕と綾波先輩が話してたところ……
立ち入れない何かを感じとったんだろう。
ふと思う。
霧島は僕に何を求めているんだろうか……?
家族の暖かさ?それは確かに大事だろう。
だがそれだけか?
恋人としての愛情?僕のどこを絞ればそんなものが出てくるんだろう。
同じ屋根の下で寝起きして、同じ職場で働いてる。
それこそ1日のほとんどを一緒に過ごしてるわけだ。
だけどそれは、ただ単に「同じ場所にいる」だけに過ぎない。
もっと深く……「同じ時間を共有する」ことを求めるなら……
あるいは、もっと近づかなければいけないのかもしれない。
軽いことじゃない。
僕はどうしても納得がいかなかった。
遊びで、軽いノリでやることを。
霧島にはそれだけの覚悟があるのだろうか?
僕と、周りの人間との間には……
見えない、でも確かにそこにあると分かる、分厚い壁があるように感じる。
霧島だってもちろんその外にいる。
唯一の例外があるとしたら……
それは、綾波先輩、たぶんそうだろう。
僕は…………やっぱり、1人なのか…………?
決戦の時まで、あと1時間。
ベイラグーン埠頭には既に大勢のギャラリーが集結していた。
どうやら僕が一番早く着いたようだ……他のみんなはまだ来ていない。
ターミナルの隅にZを停めて待機する。
フロントガラスの向こうに見える埠頭の熱狂…………
この前と同じ……人の群れ。
塊に見える…………
僕は目を閉じる。
Zが、僕と外界を隔てる。
同じ頃、石川兄弟は外国人墓地にいた。
ここは夜になればほとんどクルマの通りがなくなる。
こんな場所では、派手なスポコン仕様のインテグラ&シビックは目立ちすぎる。
別にどこにいたってこいつらは同じような気もするが。
「……アニキ、ほっぺた腫れてるぞ」
先日の拉致未遂事件の際、鈴原の鉄拳制裁を受けた石川兄。
まだ傷が治らないのか……よっぽど強烈だったんだな。
「…………ケッ……
……おれたおくばのうらみはこんやはらす…………ふが」
ろれつが回ってない。
ヤバそうだな……いろんな意味で。
「そのことだけど、うまくいったのかよ?」
「READY GOだぜ。……まかせとけって……
あいつは、単純熱血馬鹿だからな。
…………今夜のレースはショータイムになるぜ…………」
「ああ……REVENGE RACE……落とし前はきっちりつけさせてもらう」
なにやら不穏な相談をする石川兄弟。
何を企んでいるんだ……?
石川兄弟のクルマがベイラグーン埠頭へ向けて発進する。
それぞれ、クルマの色と同じオレンジとグリーンのネオン管をつけている。
不気味なくらいの派手な装飾……
格好だけでは、ない気がする。
さらに同じ頃、元町Johnny's。
いつもなら走り屋たちでにぎわうこの場所も……
今日ばかりは閑散として、一般客が2、3人いるだけだ。
みんなMNAとNRの交流戦をギャラリーしに行ってるからね……
「も〜う、よりによってなんで今日に限って柳瀬さん休んじゃうの〜?
おかげで私が出なきゃなんなくなっちゃったじゃない……」
カウンターの奥で1人文句をたれる洞木。
「まあまあ、しょうがないじゃん?結果はあとで聞けるんだしさ」
仲の良い同僚、櫻井ミズホが彼女をなだめる。
洞木はカウンターを拭きながらぶつぶつ言っている。
「分かってないなあミズホちゃんは。生で見なきゃ意味ないじゃないのよ」
「……なあに、そんなにあのシルビアのカレのこと気になるの?」
さりげなく爆弾を投下する櫻井。
ちなみに言うまでもなくシルビアのカレとは鈴原のことである。
洞木は否定しているが、Johnny'sの人間には洞木が鈴原に対して少なからず恋心を抱いているのはもはや周知の事実だった。
「なっ?どうしてそこで鈴原の名前が出てくるのよ!?」
思いきりあわてる洞木。
「私はただ、綾波さんと惣流さんのバトルを見たいって言ってるだけよ。第3新東京最速を決定する、あの2人のバトルなんて、今後2度とあるかどうか分からないのよ!?」
「う〜ん、わたしはそういうのよく分かんないんだけど?
でも、鈴原くん、だっけ?カレなかなかイケてると思うんだけど、どうなのよ?」
洞木は中華街ドラッグレースを取り仕切る元町Queen'sのメンバーだが、櫻井は別に走り屋でも何でもない堅気の人間だ。櫻井にとっては最速がどうのこうのよりも、身近にいる異性の方が興味の対象なんだろう。
それにしても鈴原……アレで『なかなかイケてる』か……
……まあ、年中ジャージじゃないだけ原作よりマシかもな……
って、何を言ってるんだ僕は。
「そ、それは……」
言葉に詰まり、顔を紅潮させる洞木。
「ほらほらあ、やっぱりヒカリだって気になるんじゃない!
向こうだって申し込んできてるんだしさ、いっそのこと付き合っちゃえば?」
「え……で、でも……」
迷うよな……その気持ちは僕にも分かる気がする。
いろいろ考えて、特に問題はないような気がしても、どうしてもためらってしまう。
いったい何が気がかりなのか、分からないもどかしさ……
ましてやそれが男女間のことならなおさらだ。
カルい付き合いってのはしたくないんだろう。
……堅い、ね……
でもそれでいいと思うよ。
別に鈴原が悪いって言うワケじゃない……
ノリで決めちゃまずいだろって、そういうことだよ…………
…………時間はたっぷりある。
第3新東京市の長い夜は、まだまだ続くさ…………
それぞれの思惑を包みこんで、時間は刻々と流れていく。
湾岸線を第3新東京市へ向けて北上する数台のクルマ。
ステッカーを見れば、彼らは横須賀BlackKnightsのメンバーだ。
先頭はNSX。フェラーリよろしくイタリアンレッドのカラーリングに身を包み、しかもご丁寧に輸出仕様の左ハンドル。ACURA NSXだ。
「ひゃほう〜みんなベイラグーンに向かうのね。
さっすがレイちゃん、神奈川全域に名が知られてるだけはあるわねぇ♪」
メンバーのクルマを引き連れて、颯爽とハイウェイを駆け抜けていく葛城のNSX。
高速を走っているクルマはほとんどが走り屋のクルマだ。
今日のバトルをギャラリーしに行く連中だろう……
第3新東京市だけじゃなく、市外からもギャラリーに来る奴らがいるなんて……
それだけ注目されてるってことだ。MNA……そして、綾波先輩が…………
「葛城さん、今日はUOR開かないんですか?」
黄色いMR-Sを駆るのは、横須賀BKのメンバー伊吹マヤ。
高校生どころか中学生と言っても不思議はないくらいの童顔で、しかしそのドラテクは一線級。
BKメンバーではダントツの人気を誇っているそうだ。
「ま〜ね〜。今日はみんなレイちゃんとアスカちゃんのバトルを見に行っちゃってるから、さすがにコッチはお休みするしかないわね。
ま、今日くらいはギャラリー楽しむのもいいじゃない♪」
先頭から、葛城のNSX、伊吹のMR-S、それから……33RとS2000がついてきてる。彼らも横須賀BKのメンバーだ。
「なあ、マコト……」
「なんだシゲル?」
「俺たち、ここでも影薄いのかな…………」
「なんの話だ?」
「…………いや、いい……」
白いR33GT-Rに乗るのは日向マコト。カッティングシートでさりげなく彩られた薄い青のストライプがいいセンスだ。
最後尾、ダークブルーのS2000に乗るのは青葉シゲル。ライトブルーのネオン管でドレスアップしているが、目立つというよりは浮いていると言った方が適切かもしれない。
この4人が横須賀BKの主力メンバー。
UORの運営はリーダーの葛城を中心に、この4人が取り仕切っている。
「ふっふふ〜今日はシンちゃんも走るのよねぇ〜楽しみだわぁ〜。
うしししししし」
ステアリングを握ったままにやける葛城。
いい歳して怖い……
こちらは旧東京エリア。遷都されたとはいえ、旧東京もまだまだ文化・産業の中心として栄えている。
首都高台場線・芝浦PA。
僕が先日会った12使徒の1人……椎名アズサさん。椎名さんはパーキングの隅にクルマを停め、じっと空を眺めていた。
今夜は、下ではちょっとしたお祭り騒ぎだ。
MNAの綾波レイと、NRの惣流アスカ…………今、第3新東京市最速に最も近いといわれる2人の直接対決。
前回の交流戦はチームバトルだったが、今回そのケリをつけるべくタイマンでバトルをすることになった。
見に行こうかと思ったが、椎名さんはどうも決心がつかなかった。
別に行きたくない理由もないのに、なぜか、行こうという意思が表れてこなかった。
30分ほど過ぎたころ、割れるような爆音を上げて1台のクルマがPAに入ってきた。
エッジを効かせた鋭角的なフルエアロで武装し、リヤに巨大なGTウイングを掲げたNSX-R。ライトは固定式に変更され、ボンネットにはエアスクープダクトが開けられている。
そして、目に悪そうなレモンイエローのカラーリング。
彼こそが、「夢見の生霊」として恐れられる君嶋ヨウヘイ。
彼もまた、12使徒の1人である。
君嶋はNSX-Rから降りると、椎名さんに声をかけた。
「よう椎名!今日は相原センセーは来てねーのか!?」
同じ12使徒と呼ばれ、首都高の走り屋仲間である相原カオリは横浜国際病院に勤める外科医である。
「…………あいつは当直だ。
それはそうと、今日はMNAとNRの交流戦がある…………見に行かねえのか?」
「んあ?下のことは俺知らねえなあ。どうでもいいじゃねーかよ」
「…………そうだな」
「んなことより、走ろうぜ!最近骨のある相手がいなくて退屈してんだよ」
大げさな身振りで話す君嶋。
椎名さんは表情を変えずに答える。
「暇つぶし程度なら付き合ってやるさ」
「へっ、そうこなくちゃな」
NewC1 HIGHWAY Entry list
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S30とNSX-Rが走り出す。
NSX-Rが先行だ。
NSX-Rのリヤバンパーから、黒く光るディフューザーがのぞいている。
カーボンファイバー製だ。
格好だけのエアロではなく、速さを追求したデザイン。性能は本物だ。
S30のL28改ツインターボと、NSX-RのC30A改3.2ターボが吼える。
本物の声だ。
「MNAにはあいつがいる…………10年前の、伝説のZだ」
「あいつかよ…………まだ走ってやがったのかあ?
とっくにスクラップにされたかと思ってたが」
環状外回りを湾岸へ向かう2台。
時間的にまだ一般車が多いため、それほどペースは上げない。
レーンチェンジしてトラックをかわすS30に対し、NSX-Rは路肩からいっきにトラックごとS30を抜いていく。
そのまま斜め前方のバン2台の隙間をこじ開けるようにして前に出る。
隙間は10pもない。
このようなキレた走りが、君嶋が生き霊と呼ばれる所以だ。
テクニックによる裏付けがあるにせよ、君嶋の無謀ともとれる走りっぷりは相手を怯えさせ、彼に挑戦してくる者は少なくなっていた。
「あのZをドライブしているのはまだ18歳の少年だ…………」
「ガキには不相応なオモチャだぜ」
「だが、あいつはすでにかなりのレベルまで乗りこなしている。
こないだ少し走ったんだ。あの雨の日な……あいつはオレにしっかりとついてきた」
雨の首都高……滑りやすい路面で、200km/hオーバーのバトルをする。
常識的に考えられないことだ。
「たまたまだろ」
「普通のクルマならな。あのZに限っては、たまたまとかそういうのは通用しない」
スリップストリームを使いNSX-Rのケツにぴったりと張り付いていたS30は、登り勾配でNSX-Rが失速した隙をついて前に出た。
NSX-Rも負けじとコーナーで差を詰める。
パワーで引っ張るS30と、コーナリングで攻めるNSX-R。
対照的な2台のバトルは、お互い一歩も引くことなく続いている。
「ところで椎名よお、最近相原とヤッてっか?」
「…………何のことだ」
「別に。深い意味はねーけどな」
椎名さんは意味深に遠くを見つめる。
「そうだな…………。これから忙しくなりそうだからな。暇があるかどうか」
「なんだよそれ」
「別に……。なんとなく思っただけさ」
大黒JCTで2人は別れた。
君嶋は横羽線へ進路を取り、旧東京へと戻っていく。
「(もし再び、伝説のZがよみがえるとするなら…………)」
椎名さんの脳裏に、10年前から伝わる忌まわしい伝説が蘇る。
「(横浜戦争が再び起きる、かもしれない…………)」
S30は本牧埠頭ICから下道に降り、まだ多い一般車の群れの中に紛れて消えた。
決戦の時までそう……あと30分と迫っている。