ベイラグーン埠頭に近い、海沿いのマンション。
 ………COMFORT17………

 5階、512号室。

 ネームプレートには、「(有)MAGI MELCHIOR」。


 空は雨だ。
 じっとりと、重い雨。


「シンジ君……」

 僕の部屋の前に、霧島が立ってる。
 声に元気がない。

 中に入るでもなく、じっとうつむいたままだ。

「いったい……どうしちゃったの?
Zはもう直ってるのに……」

 霧島はおそるおそるドアノブに手をかけた。
 カチャリ、とナックルが外れる音がする。
 ドアを開ける。

 そこには誰もいない。

「シンジ君……今日も帰ってこないつもりなの?」











新世紀最速伝説
The Fastest Legend of Neon Genesis
エヴァンゲリオンLAGOON

第4話 雨、逃げ出した後












 話は2日前にさかのぼる。

 NRの一件が片付いた後、僕たちはその足でMAGIへ向かった。
 修理のためにZを預け、僕は霧島の180SXに一緒に乗ってマンションへ戻った。

 僕と霧島の間には、沈黙しかなかった。

 話したくなかった。
 別に、何か話さなきゃいけないワケじゃない。

 僕はただ眠りたかった。

 身体をクールダウンさせたかった。


 NR石川とのバトルで……

 OVERHEAT寸前にまで過熱した僕の血液…………

 ……僕はまた、あの震えを感じていた。

 理性を薄れさせていく…………
 あるいは、それが恐かったのかもしれない。

 Zが……僕を狂わせる…………


 走りたい。Zで走りたい。
 でも、冷静さを失ってしまう自分が恐い。

 今、僕の手にはZのキーが握られている。
 これがあれば、いつだってZを動かせる。

 だけど……今、Zのドアを開けてサイドステップを跨げば…………

 ……それきり、僕は二度と大地を踏みしめることはないかもしれない。





 今は……

 今だけは…………


 ……Zから離れることも…………必要かもしれない………………










 その夜の内に、僕はCOMFORT17を出た。
 行き先は決めてない。

 とりあえずまだ土地勘もないわけだから、シティマップ片手に第3新東京市を回ってみることにする。
 真夜中と昼間では街の景観はずいぶん違うが、道を覚えられればまあいいだろう。


 ……クルマだとあっという間に行ってしまう道も、歩くとずいぶん時間がかかる。
 たとえばYAMASHITA STREETの700メートルを歩くのに2、3分はかかるけど、Zで全力加速すればものの20秒で走ってしまう。





 3時間ほどぶらぶら歩いた後、オールナイトの映画館で一休みすることにした。


 中では、SecondIMPACTを題材にした映画が上映されていた。

 ……いわゆるSFパニックに分類されるものだが……

 こんなものが作られるようになったあたり、もう人々の間ではあれは過去の出来事になったわけだ。


 実際、南半球の特に南米などはそれなりの被害を受けたけど、日本やアメリカ、EUなど北半球には特に物理的被害はなかった。
 むしろ経済的な影響の方が深刻だったね。

 ただでさえ、資本主義経済の行き詰まりから世界的な不況に陥っていたところにあれだ。
 例えば軍需、医療など、一部の産業にはIMPACTがきっかけで立ち直ったものもあるけれど、ほとんどの産業はとどめの一発を受けたみたいだ。

 そのせいかどうかは分からないけど、中東あたりではまた戦争が激化した。
 まあ、僕もそんなに歴史の点数がよかったわけじゃないから詳しくは分からないけど……


 そして1年くらいが過ぎて……

 …………いわゆる特需景気ってヤツだ…………

 戦争をしている国に物資を供給する日本は、にわかに景気が上昇したわけだ。前世紀にも似たような時期があったらしいけど……

 結局歴史ってのは、繰り返すものなんだ…………。

 僕の乗っているZ32を始め、R32GT-R、NSX、GTO、アンフィニRX-7などなど…………いわゆるスーパースポーツカーと呼ばれる車種がいっきに生まれたのも、ちょうどそんな時期だった。
 ……とまあ、それはまた別の話だけど。





 考え事をしていたら眠くなったな…………

 まどろみながら、備え付けてあった映画館のパンフレットを見る。

「大天使……戦記……セラフィックハート?…………ああ、あれか…………」

 2年くらい前に流行ったアニメだ。
 西暦2039年の日本を舞台に、セラフと呼ばれる人型機動兵器を操って第4次世界大戦を戦う若者たちを描いた作品…………まあ、ロボットアニメなんだけど。
 そうか……劇場版も作られてたんだ…………


 まぶた越しにぼんやりと映るスクリーンの光…………

 誘われるのは、超高速の湾岸の光…………


 僕の脳裏に刻まれた瞬間…………

 …………今では…………断片しかない…………


 いつかは…………きっと思い出せるのかな………………










 部屋に帰らなくなってからも、僕は普通に仕事に出ていた。

 霧島はなにやら気になる様子で、僕の方をちらちらと伺っていたけど…………
 別にこっちから構ってやる理由もないだろ……





 霧島も、仕事の方は普段通りにやっている。
 営業スマイルだって欠かさない。

 普通の人間にとっては当たり前のことかもしれないけど…………

 僕は……分からない…………


 僕に欠けているもの……

 霧島にはあるもの……

 それは何?
 なぜ?

 欲しい?


 霧島……





 空はまたどんよりと曇ってきた。
 じきに雨も降り出すだろう。

 もう……梅雨時なんだな…………



 結局、その日は霧島とは一言も言葉を交わさずに過ぎていった。










 翌日。
 昨日の夜から降り出した雨は、結局一日中降り続いていた。


 僕は今日も、部屋には戻らない。
 Zは修理が終わったけど、まだ店に置いたままだ。

 正直気まずかった。
 僕には何の他意もなかったのだが……結果的に、霧島を避けるような形になってしまっていた。
 だけど……霧島になんと言えばいい?

 何を言う?

 僕は何をした?

 とにかく、今は…………
 夜のSTREETを、あてもなくさまよう…………
 ……僕が求めている時間……

 …………ゆったりと流れる星空の時間を…………

 僕にできるのはそれくらいのことだ…………










 同時刻、COMFORT17。

 霧島は自分の部屋に戻り、電話をしている。
 相手は誰だろう?

「……うん、分かってる…………
……でも、私にはそこまで割り切れないよ……」

『それは僕も同じさ。真実がどうであれ、シンジ君を騙していることに変わりはないからね……』

 相手は渚さんだ。僕のことについて話しているみたいだけど……?

『君がいちばんシンジ君のそばにいるんだ。不安な気持ちはすぐに伝わるよ』

「うん……」

『シンジ君は今、迷っているんだよ。あんなことがあったばかりだからね。
このまま走り続けていけるのか…………不安なのはマナちゃんだけじゃないよ』

「うん……そうだよね。シンジ君だって……
いきなり知らない街に、たったひとりで呼び出されたんだものね……」

『とにかく、明日から気持ちを切り替えていけばいいさ。
まずシンジ君と話してみることだね。すべてはそれから始まるよ』

「……うん、やってみるよ」

 霧島の表情にすこしだけ、明るさが戻った。
 やっぱり不安だったみたいだね。

 僕は…………人の気持ちも察してやれない、分かっていても行動に表せない…………

 それはいけないこと……

 でも……それが「僕」なんだ…………










 雨で濡れた路面。
 街明かりを反射し、道路は万華鏡のようにきらめいている。

 クルマの通りはいつもより少ない。
 ウェット路面ではスピードが出せないからか……
 バトルしているクルマもほとんどいない。


 と、背後から鳴らされているクラクションに気づいた。
 振り向くと、黄色いハチロクの姿が見える。
 ケンスケのトレノだ。

「よう、碇!どうしたんだこんなとこで?」

 ケンスケは歩道に乗り出してハチロクを停め、ナビシートの窓を下げて僕と会話する。

「ちょっとぶらついてただけだよ……ケンスケこそどうしたんだ?」

「俺はUORに行くとこなんだよ。今日のレースに出るんだ」

「UOR……?」

 聞いたことのない単語だ。
 レースイベントのようだが……

「ああ、横須賀BlackKngihtsっていうチームが主催してる賭けレースなんだ。
非公式レース……『UnOfficialRace』を略してUOR、ってんだ。チームを問わず幅広く開催されててな……、何より、勝てば賞金が出るんだぜ!」

「へえ……」

「第3新東京じゃ、UORで活躍するのが名前を売るいちばんの早道なんだ。
それだけ、腕のたつ奴らが集まってるぜ」

 ケンスケは自分で説明しながらも、次第に目が輝きはじめていた。

 勝利と栄光を求めて……
 ……仕立てられた階段を上っていく……

 希望のお膳立て……

 ……Dream Maker……
 夢を売るのも……

 ……SYSTEMとしては……悪くないな……

「それとな、知ってるか?
綾波さんは、UORのランキングトップなんだぜ!UORが始まってから、ずっと第3新東京最速の座を守り続けているんだ、すげえだろ?」

「綾波先輩が……」

 すこし、驚く。
 でもすぐに、綾波先輩なら当然だろうな、と思う。

 第2東京にいた頃……
 まだ高校生だった僕は、地元の走り屋たちの事情などあまり知らなかったけど……
 それでも、綾波先輩がトップクラスの速さを誇っているということぐらいは、僕の耳にも届いていた。


 2015年の今……おそらく、日本でもっともレベルの高いスポット……

 ……それが、霊峰富士を頂く天上の島、第2東京市……
 箱根の峠(やま)なんだ……


 そこで活躍していた綾波先輩なら、他のどこへ行っても速いだろう。


「そうだ碇、なんだったらお前も来るか?第3新東京の走り屋たちのレベルがどれくらいのものなのか、見てって損はないぜ?」

「ああ……そうだね」

 確かに。
 さすがにもう気持ちも落ちついてきたことだし、……気分転換にもなるかな。
 それと、UORというのがどんなシステムなのかも、確かめておきたい。

 僕はハチロクのナビシートに座った。


 今夜のレースはセントラルドグマサーキットで行われるそうだ。
 セントラルドグマサーキットというのは、赤レンガ倉庫近くの埋立地をNERVが買い取って建設した私有サーキットだ。第3新東京市近辺で唯一のサーキットということもあり、週末にはたくさんの人が走りを楽しんでいる。

 ……もちろん、MIDNIGHT……深夜には、僕たち走り屋のSTAGEとなる……










 僕たちが到着したときには、既に十数台のクルマがサーキットに集結していた。
 レースを取り仕切る「横須賀BlackKnights」のメンバーたちが、人だかりの中心にいる。

「行こうぜ」

 ケンスケに言われるまま、僕は人混みをかきわけて受付へ向かった。


 人の海……熱気に、包まれる。

 たくさんの存在に囲まれて……

 僕は圧迫される……

 抜け出したい……
 この人の海から…………
 たくさんの自我が飛び交うこの海から…………


 ……たったひとりでいる時間……

 走っている間……

 Zに乗っている間……

 一夜の時間……

 ……僕は、自由になる……


「あっらー、相田クン!!今日はお友だち連れてきたの〜?」

 いきなり黄色い声が耳に飛びこんできた。
 ようやく人混みを脱出した僕が顔を上げると、赤いジャケットにタイトミニの、ロングヘアの女とケンスケが話しているところだった。

「ああ、紹介しますよ。彼は碇シンジ、俺たちMidNightAngelsのメンバーです。
碇、この人が横須賀BlackKnightsのリーダー、葛城ミサトさんだ」

「……碇シンジです……はじめまして」

「こっちらこそ!あたしは葛城ミサト。呼ぶときは、ミサト、でいいわよん♪」

 妙に軽いノリの女だ。
 僕は……はっきり言えば苦手なタイプだ。
 だが僕は感じる……この表面的な明るさの下に、黒い影があるのを……

 横須賀BK葛城ミサト…………

 ノーマークにするわけには……いかないな…………

「聞いてるわよ〜?初めてのバトルでいきなり大活躍したって〜」

「……そうなんですか?」

「も、そこらじゅうで噂になってるわよ!MNAに突如現れたヴァイオレットブルーのZ!横浜最速伝説の復活か!?……なんてね、ともかくシンジくん、あなたは今この街の注目株なのよ〜」

「僕は別に……そんな大したことだとは思ってないですけど」

「まったまたー、謙遜しちゃってえ!遠慮することなんてないのよ?」



 鈴原といい……この葛城といい……
 みんな、僕のこと買いかぶってるんじゃないのか?
 そう思わずにはいられなかった。


 実際、この間の交流戦では僕は7台中5位でゴールした。
 だがそれは、ほとんどクルマの性能で勝ったようなものだ。エンジンはノーマルに近い渚さんのFCにさえ、僕は5秒近くも離されてたんだから……


 でも分からないのは……
 綾波先輩も同じように言っていたことだ。
 先輩の言うことなら間違いはない……
 だとするなら……僕は……本当に?


 分からない。自分では……

 分かるためには……何をすればいい?



 走るしかない。
 ただ、感じるままに。



 大気に満ちたエンジンの音……

 それはTUNEDCARという鋼鉄の獣たちの、心臓の鼓動……

 そうさ……それは僕の心の奥底に、内なる衝動……
 走る。その思いの源を……


 僕は……恐かった。

 逃げてたんだ……



 多かれ少なかれ、醒めていく理由ってのはそれなんだ。
 心が荒んで……
 過ぎていく生活に追われて……

 本当の、生まれたままの自分の姿を……

 見失っていくからなんだ……



 ……僕は、走る。

 そうさ……これは僕の意思だ。

 僕の中から生まれるこの想いを……
 Zへの想いを……

 走りへと、変える。



 帰るべき場所はある…………


 道?そう……僕が走る道…………

 それはZ……君が走る道…………



 ……呼んでいる。僕を……
 僕を呼んでいる……

 Zが呼んでいる…………












UnOfficialRace

Unlimited Class

CentralDogma Curcuit

Entry list
Unknown Warrior PS13 SILVIA
Unknown Warrior(Q's) MC21 WAGON-R
Unknown Warrior HCR32 SKYLINE
Kensuke Aida(MNA) AE86 TRUENO



BONUS REWARDS : 80,000 yen












 歓声がひとつの大きなかたまりになった。
 どうやらレースが始まったようだ。



 まず飛び出していったのは白いワゴンR。見た目はただの軽ワゴンだが……軽量なボディに4WD、660ccとはいえハイパワーターボエンジンを搭載する。スタートダッシュは侮れない。
 それにS13シルビア、R32スカイラインがターボのトルクを生かしてくいついていく。
 第1コーナーまでの、ストレートの駆け引き。
 ケンスケのハチロクは……パワーがパワーなだけに、いきなり置いてかれてる。

 大丈夫なのか……?





 4台のマシンが、互いを牽制しつつコーナーめがけて突き進んでいく。


 スターティンググリッドから第1コーナーまで、1kmという長さを誇るTARMINAL STRAIGHT…………

 ゼロスタートからの加速と、加速Gをかけた状態でのスラロームをすれば……
 サーキットの高μ路面は、マシンの特性を的確に伝えてくれる。





 第1コーナーへ、S13を先頭に突入する。


 セントラルドグマサーキットは、国内の他のサーキットに比べて高速コーナーが多くストレートも長い。
 基本的にハイパワーマシンが有利だが……

 チューンドカーの速さは、それだけじゃない。


 インを閉めて第1コーナーを通過したS13に対し、いくぶんアウト側から立ち上がり重視のラインを取ったR32が、その先の150RコーナーでS13に鼻先を並べる。
 そのまま、サイド・バイ・サイドで次のコーナーへ。





 第3コーナーは……Geo-Front HAIRPIN。
 このコースでもっともきつい35Rのヘアピンコーナーだ。

 ブレーキに自信があるなら……ギリギリのレイトブレーキングを試してみるのも悪くない。


 ここはブレーキング勝負。スピードが乗るマシンだと、横Gが残った状態でのブレーキングになるため難易度は格段に上がる。


 アウトいっぱいからS13、コースセンターからR32。と、ひとつ前のコーナーでワゴンRをパスしたケンスケのハチロクも、後についてきた。

 ノーズが路面にくい込まんばかりのハードブレーキング。
 限界付近でグリップを探っていることを示す断続的なスキール音が響く。


 ここは4台とも危なげなくパスしていく。

 そうさ……無謀なだけが勇気じゃない。

 時には引くことも必要だ……

 ……それを冷静に見極め……
 瞬間の判断を下せることが……

 本当の勇気ってヤツなのさ…………





 ヘアピンを抜ければ、大きなS字コーナーが待ちかまえている。


 ここで確かめるのは、強い横Gに晒されるタイヤのグリップと、サスペンションのセッティング……
 限界領域での挙動をテストできる。

 ハイグリップタイヤを履けば、マシンによっては1.2〜1.3Gもの重力加速度がかかる。
 レールに固定されたジェットコースターと違って……
 4本の合成ゴムの輪だけで、1トンもの質量を支えているんだ……
 それが数倍の重量となって、マシンに襲いかかる。

 耐えられなければ…………GRIP OUT……そこで終わりさ……


 さすがに軽量なだけあって、ハチロクが徐々に差を詰めている。
 パワーがあっても、それを使えなければ速くは走れない。


 R32がS13をかわした。

 GT-Rに比べれば軽くフットワークのいいGTS-t、程良いパワーのFR……
 入門用には……もってこいのマシンだろう…………





 最終コーナーは、バンクのついた大きな緩いカーブ。
 全開では曲がりきれない。

 ハーフスロットルでの出力特性と、エンジンレスポンスが試される。
 こういう場所では、絶対出力が低くてもその分思い切って踏めるマシンの方が速かったりする。


 ハチロクがS13に追いついた。
 コーナーを抜けた先は、ホームストレートのTARMINAL STRAIGHT。





 最高速アタック……

 エンジンパワーの勝負。
 力と力のぶつかり合い。



 そしてGOAL LINEへ……

 瞬間と永遠が共存する。
 COURCE RECORDという瞬間の記憶が、永遠の記録として刻まれる。





 結果は以下の通りだ。
 1位、HCR32スカイラインGTS-t typeM。
 2位、PS13シルビア K's。
 3位、AE86スプリンタートレノ GT-V。
 4位、MC21ワゴンR。



 ケンスケは3位だった。まあ、健闘した方じゃないかな……?
 ギャラリーたちが、戦いを終えた走り屋たちを歓声で迎える。


 僕は……そう、この場所では傍観者さ…………


 遠くから、ただ見ているだけの…………

 それでも、僕は……


 誰かが見ていなくても……誰も見たことがなくても……
 走り続ける……それはまだ見ぬ記憶の彼方を……

 最速の向こうへ…………


 ……Z……君は目指している…………





「………………」

「なかなかの走りだったじゃないか」

 とりあえずケンスケに言葉をかける。
 僕は本当にそう思っていた。

 外から見ていれば、また違うもんだ。

 だがケンスケは不満のようだ…………
 まあ、かっこわるいところを見られたと思ってるんだろう。



「そうだケンスケ、ついでだからMAGIまで送ってってくれないかな?」

「…………いいけど、どうするんだ?」

「Zを取りに行く。いちおう、すこしは動かしてやらなきゃなんないだろ」

「……分かった。乗れよ」

 僕はケンスケにMAGIまで送ってもらい、Zが待っているガレージのシャッターを開けた。



 明かりをつける。
 全幅1900mmを超える巨大なモンスターマシンが、その鋭い瞳で僕を睨みつける。

 紫色の鬼神……

 鬼の面のような、艶めかしい形状のフロントマスク。
 傷はすっかり元通りになって、塗装も完璧に直っている。


 引き締められたそのプロポーションの中に、限界まで詰め込まれたメカの数々……

 フルデュアルのエキゾーストも、左右独立バンクのツインインタークーラー・ツインターボも……
 スポーツカーのアイデンティティを追求した……
 単純な数字だけの速さじゃない、心の、……いや、本能の根元を刺激する……

 そんなスピリットを持ってるんだ。このZは…………


「……行こう、もう一度……最速の彼方へ…………」











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