EVANGELION : LAGOON
Welcome to H.S.D. RPG.
CAR-BATTLE in TOKYO-3, 2015.
by N.G.E. FanFiction Novels,
and RACING LAGOON.
Episode 2. THE RESPECT
桟橋の先端、繋留フックに腰掛けて僕は夜の潮風を浴びていた。
「シ〜ンジ君っ!」
突然、背後からかけられた声に思わずびくっとして振り向く。
「なんだ……霧島か」
「もうー、なんだはないでしょ。ひどいなあ〜」
拗ねてみせる。
……なんだかなあ。
可愛いと思ってるんだろうか?それともこういう性格?
分からない。
……なんだろう。
「それよりさ、こっちで住むとことかもう決まってるの?」
「え?住むとこって…………」
それは初耳だ。たしかに来いとは言われたが、引っ越せとまでは言われてない……
「いや……何も聞いてないよ、そういうのは……
今日だって、ほとんど身ひとつで来たし…………」
「あれれ、そうなの?……うーん、荷物はもう届いちゃってるんだけどなあ……」
「荷物って……」
「うん、綾波さんが連絡してたみたいでね……とりあえず寮の方に置いてあるけど」
「そう……」
マジでこっちに住むのか……
とにかく、先輩に詳しいこと聞いておかないとな……
「そいでさ、これからのことなんだけど……
シンジ君は正式にMidNightANGELSのメンバーになって、『MAGI』で働くことになってるから……」
「……?ちょっと待って」
霧島の言葉に引っかかるものがあった僕は話をいったん遮る。
「どしたの?」
「『MAGI』って……?」
「ああ、綾波さんがやってるTUNE SHOP。第3じゃ有名なんだよ」
「第2東京にも同じ名前の店があったけど……」
そう……それは、第2東京で僕が住んでいたところ……
「それって、『MAGI BALTHAZAR』って名前?」
「そうだけど」
「ああ、な〜るほど。綾波さんとこのは『MAGI MELCHIOR』。系列のお店なんだね」
「系列?」
「ほら、MAGIってのは東方より来たりし三賢者、BALTHASAR、MELCHIOR、CASPERのことでしょ?だからそれぞれのお店にその名前を付けたんだよ、きっと」
「……僕、そういうのあんまり知らないから……」
東方のなんたら……ファンタジーものみたいな名前だな。
クルマ屋の名前には似合わない気もするけど…………
「…………で、なんだったっけ?」
あまりに自然に出た僕の言葉に霧島がずっこける。
「ててて……、うんうん、そいでシンジ君は綾波さんのSHOPに移籍することになったの。第2の方にも話は行ってるはずだよ。んで住むところなんだけど……いちおう社員寮はあるんだ。でも、他に部屋探すっていうんならそれでもいい、ってことだけど……どうする?」
「………………そうだね……別に住むとこにはこだわらないから、寮でいいよ」
部屋探しがめんどくさかっただけ、というのが本音だけど。
「えっ、いいの?」
霧島が驚きを含んだ声で聞き返す。
「うん…………?何か?」
「えっへへ〜……それじゃ、私はシンジ君といっしょに住めるんだ♪」
「んな……そこって相部屋なの?っていうか霧島も先輩のSHOPに?」
勘弁して欲しいな……
そのハイテンションに一日中付き合わされるのは。
「う〜ん、相部屋っていうかね〜、間取りは普通のアパートとかと変わんないんだけどね〜」
「…………ちなみにそこって」
僕はすでにあきらめモードに入ってしまった。
予想は……ついてたから。
なぜか分かんないけど、なんとなくそう思った。ひらめきかな……?
そこは正確には寮ではなく、会社名義で借りているマンションの一角だった。
というかワンフロア借り切って、おまけに住んでるのは霧島だけ……
「じつは私もこの街に来たばっかりなんだけどね。最初は驚いたわよ、この辺のマンションってどっこもガラガラで〜」
そりゃそうだろう。
旧横浜エリアはともかくとして、ここベイラグーンは21世紀に入ってから開発が始まった場所だ。建物だけは完成していても、経済成長が頭打ちになった現在では人はこれ以上増えることはないだろう。
ここに来る途中にざっと見渡しただけでも、入居未定のオフィスビルの多いこと多いこと。
…………地上の浮島、と言ってもいいかも知れない。
まあおかげでここが第3新東京市における走り屋の最前線になったわけだが。
道路はきっちり整備されている上に、住民も居ないため迷惑もかからない。しかも市内からわずか数分という近さ。
これで走るなと言う方が無理だろう。
眼下に見えるベイラグーン埠頭では、今も何台かのクルマが走り回っている。
「ああ、あったあった。これね、シンジ君の荷物は」
ドアの前に積み上げられ……いや、ちょこんと置かれている段ボール箱がひとつ、ふたつ…………
僕って案外物持ってなかったんだなあ。
ドアのプレートには、「(有)MAGI MELCHIOR」と書かれている。
霧島が先にドアを開けて部屋の中に入る。
僕も後に続いて………………って、あれ?
「ちょ〜っとまった!」
「…………何?」
霧島が僕の前に手をかざして制止する。いきなりどうしたんだ……?
「シンジ君は今日からここに住むんだよっ!つまり、ここはシンジ君のおうちなの!」
力説する霧島。
「はい、おうちに帰ったらまずは!?」
家に帰ったらまずは………………?
まずは…………まずは……………………
家に帰ったらすることか……
……なんだろう…………
「…………手を洗って……うがいして…………?」
「そうそう、帰ったらまずは手を洗わなきゃね…………って、違うでしょ!!」
「…………(ぎゅう)」
霧島の激しいツッコミが僕のおでこに炸裂する。
なんだ、違うのか…………じゃあ、なんだろう?
「………………た、ただいま……?」
ちょっと自信なさげ。
「……はいっ、おかえり、シンジ君!
よくできました〜」
元気よく僕を迎えた霧島は、すりすりと僕の頭をなでた。
…………もう、好きにしてくれ…………
荷物を部屋に運び込んだ後、僕は風呂に入ることにした。
さすがに疲れた。
なんていうか…………今日はものすごく長い一日だった気がする。
「…………っていうか……もう明日になってるけどなあ……」
今から寝れば3時間か……。
…………まあ、リズムに乗せてしまえばどうってことはないけどね…………
目を閉じる。
また開ける。
湯気が視界をさえぎる。
「……霧島マナ…………悪い娘じゃない……と思うけどね…………」
はっきり言って憂鬱だ。
これから毎日顔を合わせることになるのか。
……僕はどうもあのノリにはついていけない。
僕とはまったくベクトルの違う人間なんだ…………そう思って、自分を納得させる…………
心を素通りさせて…………
ルーチン化された思考に状況を委ねる…………
…………そして、僕は…………
深い深い、意識の深層に沈んでいく…………
「なんだろうな…………この感じ………………」
ベッドに入ったものの、なぜか寝付けない。
…………疼く。
これは…………求めてるんだ。
やおら起きあがると、携帯の時計を見る。
「3時半か……いけるな」
僕はパジャマを脱ぎ、普段着に着替える。
机の上に置いてあるZのキーをつかむと、まだ寝ているであろう霧島を起こさないようにそっと部屋を出る。
外に出ると、ひんやりとした早朝の空気が僕を出迎えた。
足早に階段を下りる。
Zの待つ、地下駐車場へと向かう。
「Z…………」
がらんとした駐車場の中で、僕のZは霧島の180SXと並んで静かにたたずんでいた。
僕はZのボンネットをそっと撫でた。…………まだ、暖かい。
Zの身体はまだ、今夜の余韻を残していた。起動後まもなく水温は適正域まで上がり、アイドリングも落ちついた。
まだ走りたりない…………
そう言っているような気がした。
僕はZを発進させた。
高速に上がる。
時間帯もちょうどいい。
せっかくの機会だ…………首都高でも走ってみるか。
新山下ICから湾岸へ上がり、大黒JCTからベイブリッジ経由で横羽へ向かう。
浜崎橋JCTで環状へ合流したらそのまま外回りを1周、再び浜崎橋JCTから台場線へ、レイブリ経由で湾岸へ、そこから下って帰ってくる。
それが今夜のルート。
しばらくゆったりと流していると、やがて一般車が途切れた。
2〜3kmほど全開で飛ばせそうだ。
5速、2600rpm。120km/hのクルージング。
そこからゆっくりと、3速へシフトダウンする。
アクセルを踏み込み、クラッチをつなぐ。
とたんにマシンは跳ねるように加速していく。
ステアリングで挙動を抑え込み、全力をこめてアクセルペダルを踏みつける。
強烈な加速Gに視野が狭まっていく。
からだが震える。分かるんだ。
Z……震えている。
この強大な力に…………自分の力に。
自分の身体さえ引きちぎってしまいそうなこの力に。
僕は必死で耐える。
まばらに走っている一般車が、自分に向かって突っ込んでくるように見える。路面に描かれた車線を頼りに、進路をイメージしてステアリングをそっと切る。
Zは大気と路面の間をえぐるように走る。
大気の壁をこじ開けるように走る。
5速に入った。
視界が開ける。
星の回廊。
オレンジ色の光だけが、果てしなく列をなしている。
…………ALL CLEAR…………
いける………………!!
凄まじい風切り音が巨大な圧力となって、Zを押さえつける。
それでもZは加速していく。
すごいパワーだ。
意識が飛んでいきそうなくらいに…………
「…………サイコーだよ…………」
帰り際、僕は大黒PAに寄った。
週末であれば走り屋たちでにぎわうが、今日は人影もない。
フェンスにもたれかかり、遠くの海を眺める。
海に反射する街の明かり。
穏やかな光の明滅に意識を溶かせば、また思い出せる…………
…………熱気に満ちた、夢の世界のようなBAYLAGOONが………………
そう…………僕はこれから、スピードという非現実へと飛びこんでいく。
『スタート10秒前!』
オフィシャルの声が響く。
グリッドについたマシンたちが、それぞれにブリッピングを始める。
エキゾーストの熱気が周囲の大気を陽炎のように揺らす。
皆が見守る中、いよいよレースが始まる。
『………………5!…4!…3!…2!…1!…GO!!』
フラッグが振り下ろされると同時に、総勢7台のマシンが激しいスキール音をたててスタートしていく。
スタンディングからのダッシュでハチロクをかわし、僕は6番手につけた。
Zの凄まじい加速に僕の視界は恐ろしく狭くなり、そのせまい範囲が不思議なほど鮮明に見える。
見える。
何が?
分からない。
感じる。
何を?
そうかもしれない。
僕は夢中でZを走らせた。
ベイラグーンの周回路を2周、およそ4000m強。
時間にしたら2分足らずだ。
それも、この膨大な時間の流れの中では一瞬に過ぎない。
その一瞬を僕は、覚えてる。
嘘みたいだった…………
震えてる。僕の手が震えてるんだ。ステアリングが、じっとりと汗ばんでる。
僕はゴールするだけで精一杯だった。自分が何位だったか、そんなことまでは気が回らない。
とにかく、意識を落ち着けたかった。
窓を開けて、風を入れる。
熱くなった空気を冷やさなきゃ、どうにかなっちゃいそうだった。
聞こえてくるのは、風の音に混じったエンジン音と綾波先輩を讃える声……
ギャラリーしてた人たちが口々に…………ざわめいてる…………
「勝ったのは、MidNightANGELSの綾波だ!!」
「NightRACERSの惣流があんなに離されるなんて、どうなってるの!?」
「これで何連勝じゃ!?不敗神話も生きとるのう!!」
「確かに、10年前の最速の走り屋よりも速いかもね」
「MNAの綾波……新たなる伝説の始まりだな!!」
………熱い風に溶けてく………
……伝説の始まりを告げる……
……夜を讃える声の群れが……
これが…………新たな伝説が生まれた夜の話さ…………
僕は駐車場の隅にZを停め、歓喜に包まれた人々の群れを遠くから眺めていた。
まるでそこだけに、太陽の光が注がれているかのようなその場所を…………
誰もが浮き足立ってた。もしかして、僕も…………
「…………冗談じゃない」
なにひとつ見えなかった。綾波先輩の走り…………
テールランプすら、僕の視界に入ってなかったんだ。
僕は……ただ身体の震えが止まらなかった。
こんなことは…………初めてだった………………
紅い月が、「今夜も」僕らを見下ろしていた。
「そうだ…………あの月…………あれは……あの夜だけのものだったのか………………?」
今、空に見える月は白い光を放っている。
だがたしかに、あの時空高く上った満月は紅く光っていた。
皆既月食の色じゃなかった。
そう…………たとえば、血の赤のように…………鈍く、黒い赤…………
と、風の音に混じってクルマの排気音が聞こえてきた。
僕は身体を起こし、その音のする方に視線を向ける。
「綾波先輩……?」
PAに蒼いRSが入ってくる。
超ワイドなGTエアロに、フェラーリF40ばりの巨大なリヤウイング…………綾波先輩のRSだ。
僕は綾波先輩の元へ向かった。
「ここにいるんじゃないかって思ったわ」
「綾波先輩…………」
「どうだった?ファーストランの感想は」
「…………」
言われて言葉に詰まった。
感想…………思ったことなら分かるけど……言葉にするのは難しい…………
ただ愕然としていて…………思考も感情も、記憶さえもまともに動かなかった…………
「…………ひとつだけ言うわ。……碇くん。あなたには素質がある。この私が見込んだのだから間違いはないわ。
あなたは……速くなるわ」
「……………………」
黙るしかなかった。
事実、僕は綾波先輩の後ろ姿さえ見ることが出来なかった。
一瞬で置き去りにされて…………追いつくどころか、その姿を目にとらえることさえ出来なかったんだ。
「碇くん。あなたは初めてのレースを無事に走りきった。それは誇りに思っていいのよ」
「綾波先輩…………」
「…………そろそろ帰りましょう」
街を覆っている朝靄が晴れていく。淀んだ時の流れが、再び動き出すように……一日の始まりを告げるように……第3新東京市は、昼の顔へと変わっていく。
僕と綾波先輩は、それぞれのクルマに乗り込みエンジンをかける。
静かだったパーキングエリアは、突如として轟音に包まれた。
「一緒に……走る?」
「あ……そうだね……そうするよ」
「ペースは抑えるけど、無理しないでついてきてね」
「ああ」
僕たちの2台は大黒PAを出て、本牧までの湾岸線をいっしょに走る。
綾波先輩のRSが、僕の視界の中にいる。
昨夜のバトルで…………あっけなく見えなくなってしまったそのテールランプの光を、僕は今はっきりと見ている。
分かってる。
本気の走りじゃない。
でも、分かる。
綾波先輩の走りを。
抑えていても、揺れるそのテールから、感じる。
Zが感じている。
速いマシンのオーラを。
そして……速いドライバーのソウルを。
僕がそれを感じる。
感じて、それを表す。
Zの意思を、僕が実行する。
Zは僕を駆り立てる。
それは……還らぬ過去の思い出を追い求めているのか……
それとも、ただひたすらに前を見て、はるか彼方へ走りゆこうとしているのか……
赤い航跡を描き、僕たちは星の海を駆けていく。
エキゾーストの叫びが大気を穿つ。
僕はこのZで走る。
僕は僕の思うように走る。
綾波先輩に……僕の尊敬する綾波先輩に追いつく。
それが僕の、目標と呼べるたったひとつのことだ……。
魂を宿した風になる。僕の意識は風に乗って、蒼い湾岸を駆け抜けていく。
ヴァイオレットブルーのフェアレディZ、僕のこのマシンとともに。
予告
新たな生活にも慣れ、
Zの乗り手としても着実な成長を始めたシンジ。
だが彼の知らない所で、彼を取り巻く状況は大きく動き始めていた。
第3話 ミッドナイト・プラスワン
Let's Get Check It Out!!!