未来の過去、過去の未来

5話 黒い檻







「では、転校生を紹介します。 入ってきなさい」
老教師の声に導かれ、二人は教室に入った。 2回目の少女には、ここに居る全員が見知った顔だ。 お下げの少女、眼鏡を掛けた少年、そして青い髪に赤い眼、透き通る様な白い肌をした少女―綾波レイ。 少女はレイに対して、嘗ての恐怖感―そう、彼女がクローンである事を知った時の様な―を感じる事は無かった。 それは自身が既に想像の埒外に居るせいなのかどうかは分からなかったが。


転校してから3週間の間、学校やネルフでの二人の何も無い日常が続いた。 少年は今までと同じ様に、そして少女が嘗てそうした様に他人と触れ合おうとしなかったし、少女も誰と何を話して良いか分から無かったのだ。
少女にとって全てが同じ風で、しかし全てが違う友人達。 戸惑いと悲哀をその濁った眼に沈ませて、少女は少年の背中を見つめ続ける。

自然、少女は考える。
先週の日誌提出の際に聞いたが、黒いジャージを着た少年の妹はやはり先の戦闘に巻き込まれ、怪我を負ったらしい。 そして、もうそろそろ次の使徒が来襲する頃だ。
少女は思う。
―エヴァに乗るのを代わる事は出来ないけれど、せめて他の痛みを、苦しみを代わってあげたい―
その想いは少女の願い。 近くに居る人が傷付くよりも、自分が傷付いた方が痛くないから。 青い少女、紅い少女、自分を取り巻く全ての人達、そして何より愛しいあの半身に、痛い思いはさせたくないから。

自分は、思い出だけで生きて行けるから。

少女は決断し、堅い、しかしそれ故に脆い殻を一つ心に重ねた。


そしてその日、少年、鈴原トウジが登校して来た。 流れは再びうねり始める。




その女子生徒は最近転校してきた双子の事が気になっていた。 あの怪物騒ぎの後にわざわざ転校して来た事、取り立てて目立つ程の容姿ではないが整っている顔立ち。
そして何より気になるのは、他を寄せ付けない程の異常な仲の良さだ。 友人はこの前の日曜日に、二人が腕を組んで歩いているのを見かけたと言っていた。 それは兄妹と言うよりも、むしろ恋人同士のように見えたと。 しかも今日の朝、二人が怪物を倒したロボットのパイロットだ、と言う噂まで聞こえてきたのだ。 溢れる好奇心に突き動かされて、女子生徒はクラスメイト全員に見える様にしたチャットルームで、メッセージを双子に宛てて送った。

―碇君達ってあのロボットのパイロットだって、ホント? Y/N

暫く経っても返信が来ないので、催促のメッセージを送る。
―ホントなんでしょ? Y/N

そして、少年の方からメッセージが返って来る。
―YES


その後は授業にならなかった。 少年の周りに群がる生徒達。 好意的な好奇心に囲まれている少年は、恥ずかしそうにしながらも訥訥と質問に答えていく。 今や、その群れに加わっていないのは、青い髪の少女と責任感に燃えた委員長―洞木ヒカリ―、そして妹がロボットによって傷付けられた少年しか居なかった。

その少年に向かい、双子のもう一方の少女は近付いて行く。


「話があるんだけど…」
そう言った少女に対し、トウジは答えた。
「わいには無い」
妹の仇がすぐ近くに居るのだ。 怒りに満ちたトウジにとって、それが誰であろうと話す気は無かった。 ましてやその仇の妹の話など。 しかし、その後の少女の言葉に少年の顔色が変わる。
「ボクもあのロボットのパイロットなんだ。 あの時乗っていたのもボク」
「何が言いたいんや」
少年が初めて少女の顔を見る。 憎悪に満ちた瞳。 嘗ての親友から向けられた悪意に、少女は濁った瞳を更に濁らせながら続ける。
「トウ…、鈴原君の妹さんを怪我させたのはボクだよ」
それを聞いた少年は目線を一旦机の上に戻し、更なる憎悪を以って少女の言葉に答えた。
「ほうか。 なら、今日の昼休み顔貸せや」
と。



口の中が切れ、鉄の味が広がる。 少女は、鈴原トウジに殴られていた。
「女子を殴るのは性に合わんのやが、妹の痛みはこんなもんやあらへんからな」
そう言って去って行く少年。
女性になってしまった所為だろうか、痛みで身体が動かない。 青い空を見上げながら
少女は独り、静かに涙を零す。

いつから流れていたのか、その耳に避難警報が聞こえる。 使徒が、やって来たのだ。
半身は青い髪の少女に連れられてもう行ってしまっただろう。


迎えは、来ない。




遅れて本部に辿り着いた少女に、席は用意されていなかった。 いや、そもそも居るべき場所など最初から無いのだ。 男子パイロット控え室で待っている少女は、半身の戦闘の様子さえ見られない。


少女は週に一回報告書を提出し、要求があればそれに使徒の情報を加えるだけ。 訓練と言ってもプラグスーツさえ着ず、赤木リツコの下で身体検査を受けるのみだ。 しかも、その結果は本人には決して知らされない。 少年と訓練が重なった日でも、少女の方が早く終了した時には少年を待つ事さえ許されず、外に放り出されてしまう。
有り体に言えば、彼女は疎んじられていたのだ。 ネルフと言う組織全体に。

だからこそ、少女は少年との触れ合いを何よりも求める。 もしかしたら、赤い世界でもう一つの半身と居た時よりも切実に求めているのかもしれない、と少女は思った。 誰もが自分に触れようとしない、そんな世界での寄る辺を求めて彷徨う少女。




無音のまま数時間程過ぎたその時、控え室の扉が開き、プラグスーツ姿の少年が入って来た。 少年は少女を見つけるなり傍らに駆け寄り、少女の肩に手を置いて言った。
「シヲリ、どこ行ってたのさ! 心配したんだよ」
暖かい言葉。 全てを敵に回しても護りたいと思う半身が戻って来たのだ。 少女の胸の奥から熱いものが込み上げて来る。 だが少年を心配させないよう、少女は涙を見せる事無く少年に答えた。
「ごめん…。 少し呼び出しに気付くの遅れちゃって。 それより、お兄ちゃんは大丈夫だった? 使徒が来たんでしょ?」

幸い、トウジに殴られたものの見て判る程の怪我はしていない。 少女は話を逸らす事ができた。
兄の眼を見つめる少女の両の瞳に、少年は仄かに頬を赤らめつつ答える。
「うん、僕なら大丈夫。 …それより、出て行ってくれないかな?」
「どうして?」
分からない、と言った風に首を傾げる少女に、少年は言葉を繋ぐ。
「僕、着替えたいんだけど…」
だが、少女は“普通”では無い。
「着替えて良いよ」
そう答える少女に、少年は少し語気を強めながら言う。
「シヲリが良くても、僕が恥ずかしいんだよ。 だから、出て行ってくれないかな?」
「そっか、分かった」
いつもの様な抵抗も見せず部屋を出て行こうとする少女。 ようやく自分の言う事を分かってくれて来たのかと安堵している少年の耳に、ドアの直前で振り返った少女の言葉が届けられた。
「じゃあ、出て行く代わりに一つお願いをして良い?」
少年にとって、妹からの初めての頼まれ事だ。 一も二も無く少年は承諾した。 否、してしまった。
「うん、いいよ。 何?」
「今日、お風呂でお兄ちゃんの背中流したいんだけど…。 良いでしょ?」

少年がその言葉を理解するのにたっぷり数秒はかかっただろう。 漸く言葉の意味を解した少年は、朱色に染めた顔から汗を噴き出させながら慌てふためいて言う。
「だ、駄目だよ! 何でそういう事になるのさ!」
少女は、あくまで冷静に少年に返答する。
「だったらここに居る。 どっちが良い?」


ちょうどその時控え室のドアが開き、葛城ミサトが顔を見せた。
「あら、シヲリちゃんも居るの。 悪いんだけどこれからシンジ君に話があるの。 ちょっち出て行ってくれないかしら」
「はい。 …じゃあお兄ちゃん、約束守ってね」
そう言って、少年が答える間も無く出て行く少女。

少女は出口に向かいながら考えた。 黒髪の女性の様子を見る限り、おそらくドアの向こうでは少年が命令違反の件で叱責されているだろう。 前の自分の様にはならないであろうが、さりとて自分の事だ、うまい言い訳など思いつく筈も無い。 少年が自宅に帰ってきた時の表情は容易に想像できた。


―今日は、少年が好きな料理を作って待っていよう。 何の足しにもならないかもしれないけれど。





果たして、帰って来た少年はやはり陰鬱な表情をしていた。 その気持ちが痛い程分かってしまう少女は何も聞かず、ただ一緒に夕飯を摂る。 この料理で少年の心が少しでも癒されるように願いながら。

「ご馳走様、美味しかったよ。 じゃあ、僕はお風呂入るから」
しかし、食事だけでは少年の心の傷を埋めるまでには至らなかったのだろう、少年はそう言うとバスルームへ向かった。 

少年が行って暫くしてから、少女はバスルームへ向かう。 もう、約束は忘れられているだろうが。 だが、約束とは関係なく、少年を憂き世の苦しみから少しでも解放するために。 少年の疲弊した心に安寧と平穏を。 純粋な決意と不純な性欲を両の手に抱え、少女はバスルームの扉を開ける。 


少年は湯船の中で白い湯気に包まれながら、今日あった事を思い出していた。 クラスメイトをエントリープラグの中に入れた事。 ミサトの命令を無視し、使徒へ特攻した事。 そして控え室で、ミサトに頬を張られた事。 
今までの自分であったなら逃げ出していただろう。 いや、自宅に帰るまでは現にそう思っていた。 しかし、自宅に帰った瞬間に思い出したのだ。 

そう、碇シヲリと呼ばれる少女の事を。 何よりも大切な己の肉親の事を。 逃げ出す訳には行かない。 そうする事によって妹がまた独りになってしまうから。 
―僕が、妹を守る―

決意を新たにした少年。 その耳に、バスルームの扉が開く音が聞こえてきた。 


何の気無しに見た其処には、一糸纏わぬ姿で立っている妹。 白の中で、その肢体は仄かな桃色に色付いていた。 その肌よりも少しだけ濃い桃色をした少女の乳首。 そして未だ生え揃わない、その奥に隠された少女の細隙もはっきりと見える程のまばらな陰毛。 
少女は言う。 
「背中、流しに来た」
「ちょっ、ふ、服ぐらい着てよ!」
夕刻した約束を思い出し、それと同時に視線を急いで湯船の中に移した少年が言う。 
「じゃあ、少し待ってて。 お兄ちゃんは上がって座っててよ」
大人しく脱衣所に戻る少女。 少年は、少女に言われた通り湯船から上がり、洗い場の椅子に腰掛ける。 
「くっ…」
治まって欲しい、と言う自分の願いとは裏腹に、少女の裸体に反応して痛いほど反り返る陰茎。 脈打つその剛直は、直接触れられてもいないのに粘度の高い液体を鈴口から溢している。 少年は慌ててタオルを腰に巻く。 そうした所でタオルの下から突き上げてくる陰茎は隠せはしないのだが。 
そうこうしている内に、少女が服を着て戻って来た。 
「これで良い?」
そう言う少女は中学の体操服を着ている。 ブラジャーをしていないのだろう、白い体操着の乳首の部分が二つ、自己主張する様に突起を示している。 少年は其処までしか気付かなかったが、良く見ればブルマの下にも何も穿いていない事が分かったであろう。
陰裂に食い込んだ紺色の布地。 その色故にはっきりとはしないものの、その紺色の股間の部分の色も違っている。 既に少女の裂け目からは蜜が溢れ、膣はしとどに濡れているのだ。 体操着から溢れ出ていないのは偶然、そう言える程大量の液が少女の体内に満ちていた。 
「う、うん! 良いよ…」
まともに少女を見ていられなかった少年が答える。 じゃあ、と少女は少年の前を隠しているタオルを取る。 
「ああっ…! 何で取るのさ」
少年の力無い責めが浴室に響く。 
「だって、これ使わないと洗えないから。 洗うよ?」
少女の見透かした様な言の葉が答えた。 
「う、うん…」
どうにもならないと判断した少年は、薄い返事を返す他無かった。 



実際、少女に背中を洗ってもらうのは心地好かった。 傷付いた気持ちが徐々に癒されて行く様で。 
―問題だったのは、肉体的な興奮がそれに勝ってしまっている事だったが。 
背中を擦る少女の繊細な手。 タオル越しにとは言え否応無しに感じる少女の手の柔らかな感触に、少年の怒張は更に硬くなる。 皮肉な事に、少女に見られまいとして前傾させた腹に亀頭が擦れるのだ。 たったそれだけの小さな摩擦。 しかし、今の少年にとっては強烈過ぎた。
「ん、くぅっ…」
少女には聞こえない位の喘ぎの後に、少年の尿道から精液が放出した。 泡に紛れて、排水溝へと流れて行く少年の欲望。 実の妹の前で放出すると言う禁忌に、身体が痺れる。
「はい、終わり。 今度はこっち向いて」
痺れの残ったままの状態で少女から聞こえた言葉に、少年は考えも無く少女の方を向いてしまう。
気付いたときには遅過ぎた。 湯を被った事で透けてしまった体操着。 その薄い生地の下からは少女の小さな乳房の頂点にある乳首の色がはっきりと分かる。 そして浴室の熱気からだろうか、汗に濡れた少女の髪と顔。 これ以上無い程卑猥なエロスを強調された少女の全身に、少年は自らが見られているのも忘れ、視線を釘付けられていた。
「洗うよ」
少女の言葉に我に返った少年だったが、この状態から脱却する術は無い。 勃起した陰茎に気付いていないかの様に少年を洗っている少女。 少女が少年の陰茎の近くを洗う度に、少女の持ったタオルが亀頭に静かな愛撫を与えている。 放出したばかりで敏感になっている少年の先端は、その刺激を受けて射精し切れなかった精液を垂らしている。 その充血した淫棒は、少女による直接の刺激を求めて少女の顔色を伺う。


「はい、おしまい」
しかし、少年の本能を嘲笑うかの様に少女の愛撫―少年にはそうとしか感じられなかった―が突然終了した。
「え……」
欲求を思わず口に出してしまった少年。 言ってしまってから慌てて口を押さえる。

「触って欲しい?」
少女の魅力的な提案。 しかし、ここで屈する訳には行かないのだ。 大切だからこそ、穢してはならないものだから。
「あ、洗ってくれてありがとう! じゃ、じゃあ僕は出るね」
勃起している陰茎を隠す余裕も無く、急いで浴室を出ようとした少年の手を少女が掴む。
「ちゃんと湯船に入らないと風邪引くよ」
そう言われては是非も無い。 渋々湯の中に身を置いた少年の耳に、濡れた衣擦れの音が聞こえて来た。 少女が服を脱ごうとしているのだ。
「シ、シヲリ! 此処で脱いじゃ駄目だよ!」
哀願する少年。
「だって、体操着濡れちゃったし。 それとも、お兄ちゃんはボクが風邪引いても良いの?」
「そんな事無いけど…。 シヲリは…あの、は、恥ずかしく無いの?」
「ボクはいつでも待ってる、ってこの間言ったじゃないか。 お兄ちゃんが恥ずかしいんだったら見なければ良いでしょ」

その後の経験は少年にとってある意味で地獄だった。
顔を伏せていても聞こえる、少女が身体を洗う音。 本能に負け、一瞬少女の方を見ると常に合う目線。 そしてその時に視界に入る、彫刻の様で、それでいて絵画の様に華麗なその肉体。 少女の甘い臭いに包まれながら、少年は精神的な興奮だけで数度、大量に射精してしまっていた。

が、興奮していたのは少女も同じだった。 少年の陰茎にあえて触れないと言う加虐的な興奮に、膣からは蜜が溢れ、背骨から脳にかけて快感が迸っている。 少女もまた、精神的に絶頂に達していたのだ。 震える膝。 己が涎を流していることさえ気付いていない少女は、いつまでもその快感に酔い続けた。






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