未来の過去、過去の未来

4話 護るべきもの







「シンジ君の隣で寝てる女の子の事なんだけど…。 うーん、やっぱり本人から言って貰う方が良いか。 ほら、起きて」
ミサトはそう言うと、少年の肩にもたれて眠っている少女を揺すった。


夜も昼も、飽かず少年の顔を見つめ続けていた少女。 彼女は、肩を揺すられる感覚と自分を呼ぶ女の声によって、夢の世界から引き上げられた。 睡魔に連れ戻されそうになる目を擦りながら開ける少女。
その目に飛び込んで来たのは、目が覚めるのを待ち焦がれていた少年の顔だった。 瞬間的に意識を覚醒させた少女は、一も二も無く少年の胸に飛び込んでいた。

「良かった、良かった…」
そう言いながら少年の胸に顔を埋める少女と、恥ずかしそうに俯きながらもまんざらでも無さそうな少年。
無条件の愛情。 それを与えられた記憶の無いミサトには、その光景は微笑ましくもあり、また眩しくもあった。

―まるで恋人同士みたいね―
そう思ったミサトが少女を見る。 自分から説明して貰おうと思ったが、今はどうやら無理な様だ。
じゃあ、と女は言った。
「改めて紹介するわね。 この子は碇シヲリさん。 今まで知らなかったと思うけど、あなたの双子の妹よ。 そして、エヴァンゲリオン初号機の予備パイロットになるわ」



双子の妹。 少年は女の言葉を咀嚼する。
少年の周りは突然昏くなり、手足を縛られた自分が底無しの泥濘の中にゆっくりと、静かに飲み込まれていく。
自分が恋した少女には、同じ血が流れていたのだ。 だが少年は少女に対して、憎しみや怒りの感情は不思議と湧いて来なかった。 ただ、ただ彼は悲しかった。
求めても、求めても許されることの無い恋。 彼の欠けた心を埋める事のできる唯一の存在は、少年にとって永久に彼方になってしまった。
「どうしたの? お、“お兄ちゃん”…」
少女からの告げられるべくして告げられた死刑宣告に、再び少年の意識は闇に沈んで行った。





目覚めたくは無いが、目覚めてしまう時は誰しも来るものだ。 少年、碇シンジは陰鬱な感情を持て余したままその目を開けた。
「お、お兄ちゃん!」

やはり夢では無かったのだ。 目の前には、自分の事を兄と呼ぶ同じ顔を持つ少女。
だが、いつもの様に心を閉ざしてしまおうと考えたその時、少年には見てしまった。 泣き腫らして充血した少女の目を。
「ボク、このまま目を覚まさなかったらどうしようって…」
涙と鼻水塗れの少女の顔。 その決して整っているとは言い難い表情に、しかし少年は心動かされる。
少年は思った。 このいたいけな少女は、自分が意識の無い間も自分と同じような事を考え、苦しんでいたに違いないのだ。 苦しみの余り意識の外に逃げ出した少年よりもきっと、遥かに深く。 また、こうも少年は思った。
自分はこの少女を護らなければならない、と。 庇護する、という考えは適当では無いかも知れない。 事実、自分の心の方が弱いのだから。
しかし、例えそうだとしても何に代えても護らなければならないものもまた、ある。

それに気付いたとき、少年は、唐突に兄となった。

少女が少年の眼を見つめながら言う。
「これからはお兄ちゃんとずっと一緒だから…。 どこにも、どこにも行かないで」
そして少年は、小さいながらもはっきりとした声で答える。
「うん、ずっと一緒だ」




暫くして少年は、此処が今までいた病院ではないことに気付いた。 しかも、何やら良い匂いまでしている。 少年が辺りを見回す様子に気付いたのか、少女が説明をする。
「ミサトさんがね、病院にいるより良いって此処に連れて来てくれたんだよ。 ボク達、今日から此処に住むんだって。 後ね、ボクがご飯作ったんだ」
もちろん少女は知っている。 このマンションが「コンフォート17」と呼ばれている事を。 嘗て自分は今居る部屋の真上、葛城ミサトの家に住んでいたのだから。
「へえ、そうなんだ…。 やっぱり、僕は帰れないんだね」
「う、うん…。 でも、ボクはお、お兄ちゃんと一緒に住めて嬉しかった」
恥ずかしげに呟く少女の声に、少年も思わず小声になる。
「ぼ、僕もだよ…」

「そう言えば―」
と、はたと気付いたように少年が言う。
「僕ら二人で暮らして大丈夫なの? ほら、僕らまだ中学生だし…」
「え、あ、その…」
少女は、少年のその問いに答えることが出来なかった。






時間は、遡る。


「お前を、サード・チルドレンの予備のチルドレンに命ずる。 これからはシンジの双子の妹として行動しろ。 名前は、碇…シヲリ。 碇シヲリだ。 お前には、シンジと同居して貰う―」
身元が確保された事に安堵し、更に少年と同居できると言う僥倖に身体の中心が震える少女。 しかし、少女はゲンドウの続く言葉に戦慄する。
「―そしてシンジの監視を命ずる。 週に一回、日誌を提出しろ」
「え…」
思い出したのはノート、映画館、草原、そして先程まで入れられていた営倉。 嘗て、自分が保護者の日誌を見てしまったときの絶望感がまざまざと思い起こされる。
「そ、そんなこと…!」
自分に出来よう筈が無い。 あの苦しみを万が一とはいえ味わわせる事になるのだから。

しかし、ゲンドウは少女の困惑を歯牙にも掛けず、更に言葉を続けた。
「出来ないのならば此処には必要無い。 何処へでも行くが良い」
だが、少女には行く場所など無い。 そもそも、自分でも何が起こっているか良く把握していないのだ。
そして、今この組織との繋がりを絶ってしまったら、これから先少年には二度と会えない。 それは考えるまでも無く真理だった。
未来に起きた、サード・インパクト。 あの日に、自分の父親の事も少女は少しは分かったつもりだった。 しかし、未だ心の中に色濃く残る畏怖の色。 ならば、少女はこう答えるしかなかった。
「分かっ…分かりました」
そして少女は、少年への秘密をその小さな胸の中へ仕舞い込む。





嘘は吐きたくない。 が、本当の事も言えない。
「う、うん! ミサトさんも同じマンションに住んでるから大丈夫だって! そうだ、お腹空いたでしょ。 もう出来てるんだ、食べよう?」
小さな声の震えを満面の笑顔で隠し、少女は台所へ向かった。


素直に美味しい、と少年は思った。 実際はそう特別に美味しい訳ではないのだろう。 しかし、食卓でもう何年も笑った記憶の無い少年にとっては、気の合う人間と共に過ごす時間とその会話が最高の味付けになっていた。

その少女は笑顔の裏、自身の嘘で身を焼いていたが。


おそらく、特別に人心に聡い人間で無くとも、そう、もしも赤い少女が居たならば、今の少女を見てこう言うだろう。
「アンタ、何でそんな泣きそうな顔してんのよ?」
と。 だが、少年の眼には、悲しいかなその仮面は厚すぎたのだ。 あと半年、いや三ヶ月遅かったなら気付けた筈の、少女の素顔。
独り苦悩する少女の心は、慰みを求める。
「ねえ、この前の続き…しよう」


それが一時の夢であったとしても。




「この前?」
「そう、ボク達が初めて会った日」
思い出した少年は顔面のみならず、全身を沸騰させる。 やはり、あれは夢では無かったのだ。 少女からの誘いに無意識の内に股間が反応する。
「あ、あれはシヲリが妹だって知らなかったからっ…!」
だが、自分はこの少女を護ると決めたのだ。 その誘いに乗る訳には行かなかった。
「でも、気持ち良かったでしょ?」
少女の薄桃色の唇が妖しく動く。
「で、でも―」
「答えて」
「うん…き、気持ち良かった…」
少女の華奢な体躯に似合わない強い声に、少年は思わず答えてしまった。
「そう。 ボクも気持ち良かった。 だから、これからもっと気持ち良いこと、しよう?」
少女は両腕を少年の首に巻き付け、しなだれかかりながら囁いた。
「で、でも! シヲリは僕の妹じゃないか…」
少女の甘い毒に冒されながら、少年は狼狽しつつも拒絶する。
「ボクの事…嫌い?」
潤んだ瞳で見つめる少女。
「き、嫌いじゃないよ…。 嫌いじゃないけどさ、で、でも兄妹でこういう事するのっておかしいよ」

未だ抵抗しようとする少年に少女は言った。
「ボクなら大丈夫…。 ね? 良いでしょ」
少年の耳に吹きかかる吐息。 そして、共に紡がれる囁きに桃色の靄に包まれながらも、少年は自身のなけなしの理性を総動員して少女を突き飛ばした。
「んっ…」
突き飛ばそうとした手が、ちょうど少女の胸に触れてしまったのだろう。 苦しげな顔で少女が呻く。 図らずも、少女の乳房に服の上からとは言え触れてしまった少年。 彼の陰茎は、見た目からでは想像も付かない少女の双丘の柔らかさに、学生服から飛び出さんばかりに大きく、硬くなってしまった。
「ほら、もう…」
それを見た少女が、少年の股間に手を伸ばす。 しかし、触れようとしたその瞬間、少年はこのまま触れられては最後に残った理性まで吹き飛んでしまうと感じたのだろう。
「ご、ごめん!」
少年はそう言って少女の脇をすり抜け、自室に入って鍵を閉めた。



暗い部屋の中、ドアに寄りかかって座った少年だったが、膨張し過ぎた陰茎が学生服に当たって痛い。 服を着替えようとズボンを下ろした、その時だった。
「ねえ、お兄ちゃん、聞いてる…?」
ドア越しに自分の妹の声が聞こえる。 ズボンを中途半端に下ろした情け無い格好のままで、少年は答える。
「うん、聞いてるけど…」
「今日はごめんね…。 でも、ボクはいつでも待ってるから…。 聞こえる? この音…。 ボクのここ、もうこんなになってるんだ…、んっ…」
水飴をかき回す様な音が聞こえる。 経験の殆ど無い少年にも、その音が少女の淫裂から発せられている音だということは分かる。
更に少女は続ける。
「あ…、床にまで垂れてきちゃった…。 水溜りみたいになってる……くぅ、んんっ」
匂いまで届いてくるような淫猥な音に誘われ、少年は知らず知らず陰茎を己の右手でしごき始めていた。 とめどなく尿道口から溢れ出てくる透明な液体に、少年の陰茎自身も淫らな音を発している。


実の妹とドア越しに自慰行為をすると言うアブノーマルな快楽に、少年の陰茎は一分も経たない内に絶頂に達してしまった。
「んっ、んはっ…」
少女に絶頂の際の喘ぎ声を聞かれないよう、必死に腕を噛んで音を漏らさない様に耐える。 床に放出される生臭い精液。 陰嚢に溜め込まれていた分が全て放たれたのではないかと思えるような大量の白濁が、少年の右手を汚す。 しかし、それ程大量に放出したにも関わらず、少年の右手の動きは止まることなく、それどころか放出した精液を潤滑の助けとして、更に激しく陰茎を擦り始めていた。
「ボクの中、もうこんな熱く…んんっ! くぅん、はぁっ」
入り口だけでは飽き足らず、少女は己の中指を充血した秘裂の中に出し入れしている。 後背位で挿入される時の様な格好になって自慰行為をしている少女。 少女にも少年の荒い息遣いが聞こえ、性感を高める手助けをしている。 既に制服のスカートは捲り上げられ、廊下に大量に零れ落ちている愛液は、少年の部屋の中まで浸入しようとしている程だった。


少年はもう、己の陰茎と少女の卑猥な喘ぎ声の事しか頭には無かった。 ドアの向こうに居る少女に、己の膨張を舐められた時の快感が鮮明に思い起こされてくる。 少年は、先程少女を穢さない事に理性を使い切って仕舞っていたのだ。 少年の行動は無理からぬ事と言えた。

「う、うあっ…!」
二回目の射精に早くも達し、少年はまたも大量の精液を先端から飛び出させた。 もう声を抑えようなどと言う事など、少年の頭の中からとうに吹き飛んでいた。
「イった…? ボクも…もうっ、はぁ、んんぁ、ひんっ、あっ、あっ、あああああ!」
一本では足りず、指を三本己の裂け目に抽送していた少女も、少年の絶頂を迎えた声に引き摺られたのだろう。 今日一回目の絶頂に達し、今までよりも更に大量の愛液を撒き散らしながら全身を痙攣させた。



萎える事の無い陰茎を擦り続ける少年と、尽きない性欲を持て余している少女。 兄妹の壁越しの自慰は、朝日が昇り、更に太陽が中天に達しようと言う頃になっても、止む事が無かった。






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