未来の過去、過去の未来

11話 星空







その日、金曜の夜。 アスカは眠れなかった。
ただ何となく、と言う訳では無い。 宿題を忘れて教師に怒られたり―ただ漢字を読むのが面倒臭かっただけなのだが―だとか、いつも有る筈の弁当―作るのはシヲリだ―が無かったりだとか、悪い事が重なっていたから。
加えて、生理前のあの嫌な感覚が身体に宿っている事も、彼女をいらつかせる欠片となっていた。 体温が上がり、集中力が持続しない。 敏感になった全身の触覚は、ほんのちょっとした事で求めてもいない性的感覚をその身に宿す。 その上、数日後には生理が始まり、一週間も下腹の鈍痛に耐えなければならないのだ。 アスカにとって、それは理不尽な責め苦であった。

「やってらんないわ…」
そう独りごちて、灯の落とされた中冷蔵庫へと向かう。 既に時間は深夜1時を回っている。 同居している双子は、もう夢の中だろう。


この前の浅間山の作戦以降、あの兄妹が前にも増して二人きりで居る場面を見る事が増えた。 それはネルフでも、学校でも、自宅でも。
この前の日曜日には二人で買い物に出掛けていたらしい。 ちょうどその日はヒカリと用事があったので自分だけ早く外出していたのだけれど、次の日、噂話を風に聞いた。 その内容から察するに、あの二人の関係は噂好きの同級生達のちょっとしたブームとなっているらしい。 人類を救う双子のパイロット同士の禁断の愛、と言う奴なんだろう。 いかにも漫画とかアニメに有りそうなシチュエーションだ。


―幾らなんでも、まさか、ね―
歯を磨くのが面倒臭いので、ミルクの代わりに炭酸入りのミネラルウォーターを喉に流し込みながらアスカは思う。 あれは兄妹として仲が良いんであって―

「…………っ」
ボトルを冷蔵庫に戻したアスカの耳に、僅かに声が聞こえた、ような気がした。 少女の部屋の方からだろうか。
シヲリも眠れないのか、とアスカは思量した。 今日は特別蒸し暑い夜だから、エアコンを余りつけない少女にとっては寝苦しいのだろう。
自分もまだ寝られそうに無いし、どうせなら少女と話でもしよう、とアスカは少女の部屋へと向かう。


「…っ、ん…」
誰かと電話でもしているのだろうか、断続的に声が聞こえる。 音が小さすぎて良く分からないけれど。 ノックをしようとして、アスカはドアがほんの少しだけ開いている事に気付いた。 特に理由も無く、ドアを叩く代わりにアスカはその隙間から少女の部屋の中を覗いた。



「なっ…!」
アスカは、言ってしまってから慌てて自分の口を押さえる。
「んんっ、…あっ、ふうっ、はっ、ん!」

少女は、自慰をしていた。

少女の薄いピンク色をした陰裂から透明な愛液が豊富に溢れ出し、ベッドの上の白いシーツをしとどに濡らしている。 その汁を少女は中指と人差し指で掬い取り、真っ赤に充血して包皮がめくれ上がっている陰核へと擦り付けていた。

「ひぅん、ああっ、はっ、はっ!」
快感をより引き出す点を見つけたのだろう、少女は人差し指と薬指で己の小さな大陰唇を拡げ、中指でそこを上下に擦り始めた。 仰向けになっている少女の腰が跳ね、目は虚ろに、更に口から涎が流れ落ちる。
少女の淫汁が膣口から溢れ出し、肛門を通って、持ち上げられた尻からベッドへと雫が垂れる。
「はぅん、ああ、んっ、いぅん! あっ! あっ、ああああああっ!」

絶頂を迎え、まるで電気ショックを受けたように少女は痙攣する。 余りの快感に緩んだ筋肉によって少女は小さく失禁する。 愛液と共に落ちたそれはアンモニア臭を周囲に立ち込めさせたが、その匂いは少女の変態的な淫靡さを強調する役目しか果たさなかった。



アスカは見た。 少女が自慰をしている姿を。 嫌悪すべき“牝”の姿を。
だが、彼女は部屋に入り少女を叱責する事も、その場を離れる事も出来なかった。 その目は少女に、少女の器官に釘付けられて。





少女は未だ火照った身体を持て余しているのだろう。 そして再び自慰行為に耽る。


「嘘、また…?」
アスカは自失し、声を出す。 その声量はいつもと変わらない程であったが、少女はそれに気付かない。


陰核を弄ぶのに飽きたのだろう、少女は狭隘な裂け目を白い、か細い指でこね回す。 充分過ぎるほどに濡れているそこは容易く指の進入を許し、第二関節まで埋まった中指は膣の中程で折り曲げられ、少女の腹側の膣壁を嬲りあげる。
「ああっ、うんっ、あはあっ! んはっ!」
軽い絶頂を何度も、何度も繰り返し、自身の性欲を段々と焦らしてゆく。 全身の肌が薄桃色に包まれ、至る所から汗が噴き出し、玉の様になっている。



アスカが僅かにその身を捩った時、それは起こった。
「…っ!」
アスカの股の間から、痺れるような激流が一気に脳天まで貫く。 アスカは膝に力が入らずに、その場に力なくへたり込む。 じりじりと灼けるような感触。
今までに経験したことの無い快感に、アスカの肉体が歓喜の声をあげる。 その甘美はアスカの下着が秘裂に触れる度、そのほんの少しの刺激ですら、彼女を苛む。

―何よ、これ―
しかし紅い理性がそれを止める、
―こんな下着着てるから変な感じになるのよ、きっと―

いや、理性にまで侵食してしまっているのだろう。 アスカは寝間着にしているショートパンツと、その下に穿いていた綿の下着を膝辺りまでずり下ろした。
その時、粘質の水音がアスカの股間で聞こえた。


「何で、こんな…」
生え始めたばかりの陰毛は粘液で肌に張り付き、淫らに光っていた。 アスカの亀裂からは大量の汁が零れ、下ろした下着まで路を繋いでいる。 勿論知識として知ってはいたが、アスカが自身のそういった身体の反応を感じた事は無かった。

「はっ…んんんっ!」
自分でも知らぬうちに、アスカは少女のしていた行為をなぞっていた。 自身の蜜を掬い取り、中指で勃起した陰核を擦る度に生ずる、先程とは比べ物にならぬ快感。 アスカは夢中で初めての快感を貪る。
その内に左手は胸へと伸びだす。 窮屈だからと寝る時にはブラジャーをつけずに居る胸の先端はTシャツに擦れ、僅かな快感をアスカに与えてはいたが、その程度では治まらないのだろう、Tシャツの下に潜り込んだ指は乳首を摘み、転がす。
「あっ、うんっ、くっ…!」
乳首と股間からの二つの強すぎる刺激に押し殺した喘ぎを流すアスカ。 友人の自慰を覗きながら自らを慰めている行為の自覚と共に、その蒼い双眸からは恥辱の為に涙を流している。
だが、恥ずべき行為をしていると理解する毎に、秘唇からは蜜が湧き出し、太腿は震え、脊髄には耐え切れない程の快楽の波が奔る。


「ああっ、んっ、あはぁ!」
二度目の絶頂が近くなってきた少女は、更なる快感を求めて三本の指を幼い裂け目に挿入し始めた。 紅い割れ目に指が抜き出しされる度に夥しい量の液体が掻き出される。 既に少女の手の平は蜜でふやけ、嬲られる陰唇は熱を持ったように火照っている。

「あああっ、あ、あっ、あっ、あっ…」
空疎な瞳でアスカが呻く。 その表情には何も無く、ただ美しさだけが有った。 真っ白な尻から太腿に掛けての扇情的なラインは、その蜜によって卑猥に、淫靡にデコレーションされている。

「ああっ、い、んあっ、あああああ、んひぃっ…!」
少女の二度目の絶頂と同時に、
「くうっ、あっ、んんんんんあっ…!」
アスカも初めての頂上に至った。 全身が雷に打たれたような痺れと、頭の中心から広がってくる白い波に犯されながら、アスカの意識は中天へと消えていった。




アスカが目覚めたのは夜明けも近い頃だった。 己の姿に気付き、慌てて自室へと戻る。 幸いな事に、誰にも痴態は見られていないようだった。
濡れた下着を隠し、新しい下着を身に着ける。 そして寝ようとして眼を瞑ったその時、アスカは迂闊にも先程の少女の姿態を眼の裏に浮かべてしまった。 匂いまで思い出される鮮明な記憶。 アスカの内臓は瞬く間に愛液を分泌させ、下着を濡らし始める。


そして股間へ伸びるアスカの指。
「! ああっ、んんっ、はあんっ…」
二度目の自慰は何度絶頂を迎えても快感が途切れずに。 動物のように快楽を求めて、アスカは気を失うまで狂熱に身を委ねていた。











「ったく、何でこんな狭いところ進まなきゃならないのよ…」
紅い髪の少女、惣流・アスカ・ラングレーは苛立っていた。 それは回線の通じぬネルフ本部や、暗く人気の無い路の寂しさ、情け無い格好で狭いそこを這っている事や、手の平に伝わる冷たい金属の感触、それだけでは無く、蒼い髪の少女、綾波レイが先頭を這っている―アスカには最大級の屈辱だった―事や、自分のすぐ後ろには碇シンジが居る事も、また。


「絶対に、前見るんじゃ無いわよ!」
アスカはそう言って、後ろにある物体を蹴りつける。
「痛っ! …痛いよ惣流」
当然その物体は少年の頭であったのだが。
「うるっさいわね!」
そう言いながらアスカは、こいつはストレス解消にはちょうど良いかもしれない、などと考えていた。 頼りない、口喧嘩の一つも出来ないような少年だが、こういう時には役に立つ、と。


「アスカ、駄目だよ…」
と、アスカのすぐ前方から声が流れてきた。 その声の持ち主は、碇シヲリ。
「…っ! わ、分かったわよ」
アスカは声につられて前を向き、そして慌てて視線を逸らし答える。
アスカの目の前には、柔らかな制服に包まれた薄い尻があった。 アスカよりも更に小さいそれは、未だ初潮を迎えていないかのように固く、閉じた蕾を思わせた。 が、少女の自慰を見てしまったアスカにとっては、逆に倒錯した欲望をぶつける性的対象に見えて。



あれ以来、アスカは毎日少女の部屋を覗いている。 期待通り、なのだろうか。 夜毎に少女の自慰行為は繰り返されている。 そして、アスカ自身の行為も、また。
その穢らわしい行為に悪寒を覚えつつも、少女の自慰を見る事を止められず、浅ましく濡れそぼった淫裂に指を這わせている自分が居る。 それを、嘲った目で近くから見下ろしている自分が居る。 自らが作り上げた、その存在しない“自分”の視線に晒される事や、少女がアスカの自慰に気付き、見られる事を想像するだけで、アスカの興奮は更に高まり、膣からは蜜があふれ出すのだ。


毎日気を失うように寝てしまって、起きた時に感じるのは自己嫌悪。 エヴァンゲリオン弐号機パイロットでは無く、“女”としての性欲を持て余している一人の少女が、そこには居た。

それは異常すぎる世界の中、正常すぎる悩みではあったけれど。








凪いで居る夜空の下。 使徒を倒し、彼らはそこに居る。


「人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきたわ」
レイが言う。
「てっつがくぅ」
アスカも、今回の使徒戦で借りを返し満足したのだろう。 燻った気持ちは未だ澱のように心の奥に沈んでいたけれど、今だけは重い気持ちを消し、軽口を叩く。
「だから人間て、特別な生き物なのかな。 だから、使徒が攻めてくるのかな」
少年が横を向き、言う。
「アンタばかぁ? そんなの分かる訳無いじゃん」
緑の絨毯に、声が染み込んでゆく。



その時、彼らの後ろから声が聞こえた。


「皆、ここに居たんだ」
後ろを振り返った三人が見たものは、少し強い風に翻る制服のスカートを押さえつつ、こちらを向いて微笑している少女。 三人には、それは一枚の絵のように思えて。

「綺麗な、空だね」
少年の横に腰を下ろした少女が口を開く。
「こんな空をさ、ずっと見られたら良いよね、皆で」
それは無理なのだと、少女は直感的に分かってしまったけれど、今、この時だけは我儘が許されるような気がして。


「そうね、そんなのも良いわね」
アスカが答える。
「うん、そうだね」
そして、少年も。 レイは黙っているけれど、同じ気持ちなのだ、と皆が感じた。



煌きが黒のキャンバスを駆ける。


「…流れ星」
レイが言う。
「うん…」
誰が答えたのか、皆が答えたのか。 それは瑣末な事だった。 同じ時間を共有している、それだけが本当で。


形の無い幸福感。 それは、四人の上に舞い落ちてきた偶然の欠片。






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