イルシオン(2)

    歩んできた道

    
        作 こめどころ






夜空が白んできた頃、アスカと僕は抱き合ったままやっと眠りに落ち、目が醒めた頃には日が高かった。
もう女中達は出勤していて、僕らの褥の有る部屋には遠慮して入って来ていないだけだった。
着替えを持ってきた若い娘が、真っ赤になって朝食はいつでも食べられると伝えていった。
食事をしながら色々話し合ったのだが、結ばれたばかりの甘い睦みごとではなく、自分達の身の上から
政治そのものである氏族の話になるのは僕らの立場からやむをえないことだった。


「君の母親はトラキアの黒海沿岸から北へ逃れたのだよね。
16,7年前にローマが敗走するほどの戦と言えば、多分同じ戦だったと思うんだ。何か他に聞いていないか。」

「何故他のローマ人が海路で本国に戻った中、北へ向かったのか、ね。
恐らく海城近く、父のいる黒海の奥地クリミヤ、ボスポロス方面へ逃れた方が安全だと判断したのでしょうね。
もしかしたら、北部から西部一帯に勢力を持つ一族との繋がりがあったのかもしれない。」

アスカは豊かな髪を肩と背に揺らし、僕を見つめながら言った。

「黒海北岸から西部も東部にかけても今以上にローマ人もギリシア人もゲルマンも多く住んでいたらしいわ。
私達の後背地にはスキタイ人たちが多く住んでいたけれど、仲良くやっていたの。それが急に。
母は周囲の人に助けられ、ローマ軍や西部へ移動する一族と共にここにやってきたのでしょう。」
ボスポロスはもともとトラキアとギリシアのイオニア人たちが作った王国だったし、父はそこの軍管区長だったから。」

それで分かった。アスカの氏族名スバルトコスは歴代の執政官の名ではないか。
穀物貿易と奴隷貿易で富み栄えていた王国の関係者だ。するとそれは僕らが生まれたころ起こった
地域の他民族を巻き込んだ、内乱とそれに先だって起こった対ローマとの戦いのことだ。
僕の母はその混乱の中でフェニキア人に略奪され、売り飛ばされ僕を孕み、産んだ。
同じ時期にこの娘の母はトラキアとゲルマンの一族に助けられ、夫であるローマ人の娘を産み落とした。

共に、スキタイやゴートに襲われ、平和な未来を奪われたのか。
その後、ボスポロスはローマ領に順次組み入れられ、その子供である僕らが、このバルト海の浜辺で出会った。
これが、皆が運命と呼ぶものだろうか。その様な采配が天上で振るわれたと言うのだろうか。
何かがゆっくりと、しかし決して停まらない巨大な歯車のように回転している。
ペルシアの残存(パルティアか?)がボスポラスを攻めたのも、次第にゲルマン諸族が西に移動しているのも
偶然ではない。歴史には偶然は無い。
必然のつながりと経済の動きがある。必然と経済のみが人を動かす。僕は家庭教師にそう習った。
それに沿わないものは滅ぶと。

「父は常々言っていたわ。ローマ貴族を背景とした一団を背景にもち、ドナウを越えることを悲願とせよと。
ローマ帝国内に住まなければ安住は無い。スキタイ、東ゴートはやがて東方の異民族に飲み込まれ、崩壊する。
ゴートが滅ぶときはローマ自体も滅ぶときだと。」

「今ではローマ軍の主力はガリアとゴートなどのゲルマン諸族だ。それは間違っていないな。」

「あなたの方にしても、今時、ローマの精鋭と貴族がバルトの海までやってくるなんて信じられない。
政治的な争いとか跡目争いで嵌められたというだけではないわね。」

「父がそんな話に乗るわけは無いからね。
現実のみを見る父が、判断には実際の現地調査することが必要と決めたのだから。」

「西へ西へと動き続けるゲルマンの流れの根本を知りたいわけね。」

「そうだ。誰もその答えを調べようとしなかった。だが父は違う。」

「あなた…ただの貴族の坊ちゃんではないと思ったけど。」

「それに答えることはできないよ。昨日誓い合ったろう。」

「ええ。」

何故だか、そう言った途端にアスカはただの小娘と同じように頬を染めた。



ドンドンドン!

荒々しく小屋の分厚いドアが叩かれた。
僕が立ち上がるのより一瞬早く彼女は立ち上がり、半裸のまま長剣を抜いて抑えた。

「静かにしていて。」そう彼女の目は僕に言っていた。
そして「何かっ!」と外に向かって叫んだ。

「おかしら、俺だ。」

その声は僕にもわかる、昼間僕と剣を交わしたあの若い男だった。

「なんだ!」

「フランクの連中だ。森の外側を囲みつつある。」

「フランク?」

「ゲルマンには幾つかの種族がある、その中でまた諸部族に別れている。
この部族はは古いゴートの一族とトラキア系の混合だがこの周辺はフランクと呼ばれる部族の縄張りでもある。」


アスカが簡単に説明してくれる。つまりこの部族と周囲はフランク族の多くの支族と面していると言うこと。
いったん北海まで森林を突き抜け、そこに国を建てたが、軋轢が生ずるのは当然だった。


「逆に我らはゴートとトラキア、ギリシアの混成軍。ドナウに向けて南下していくことが主流。
となればこの辺は一族の移動の最後尾にあたる。当たれば弱く出る。しかし組し易き敵と思われても困る。」

「だから敵の敵と言うことでローマとのつながりを図るべきだと考えたわけだな。」

「父の思惑はそういうことだったでしょうね。さらにローマへの帰還という夢もあったでしょうし。」

「おかしら、とにかく出て来てくれ。向こうの族長はおかしらと話がしたいと言っている。」


再度ドアの外の男が叫んだ。


「敵数はどのくらいだ?!」

「6、7百と言ったところだ。」


アスカは素早く上着を着ると甲冑を身に付けた。僕が一歩早く準備が出来上がった。


「アスカ、どうすればいい。」

「裏の戸口から先に出て!私は表から出る。」


ま、確かにこの緊急時に朝から男と並んで出たら興奮している男たちの感情を逆撫でするかもしれない。
皮の篭手をはめ、長剣を手に持つ。裏口は幾つかあるようだが、とにかく外の様子を見たい。
厨房に入り込むと、女中たちが怯えた様に固まっていた。


「おまえたちは今朝ここに出てきたのか。それとも泊まりこんでいるのか。」

「そこの娘以外は通いでございます。ご主人様。」


いつの間にか僕は主人に昇格している。
と言うことはこの娘達は僕らの関係が深まった事を泊まりの娘から聞いているわけだ。
それでも出て行かないということは味方だと言う事だ。そのことは構わない。
しかし、全部見られていたとは気恥ずかしい事だ。


「通ってきた時の外の様子はどうだった?」

「交易所が大変な賑わいでしたので、こちらの周囲のことは気が付きませんでした。」


例の奴隷たちを買った商人が僻地で人気のある商品を売り出していたのだろう。


「森の外側で騒ぎは無かったか?」

「私は森の外から来ますので騒ぎがあれば気づきます!」


疑われたと思ったのか女は憮然とした表情で、何も無かったのに!と繰り返した。
領内深く、そんなに敵がいる。
しかも戦闘が終わったばかりで負け戦だったとなれば、大勢で浸入して来るだろうか?


「森に集まっていたのは砦にいつもいる若い男たちです。」

「なんだって?」

「何するのよあんたたち!アスカ様から手を離しなさい!」

「煩い!あの男はどこに行った?」

「知らないわよ!朝暗いうちに出て行ったもの。」

「本当か!」

「だから、もういないと言ったでしょうっ。」


アスカと若い女中の声だ。甲冑や武器を持って出たので僕がいたという証拠は無い。
この上はさっさと抜け出て、男らの注意をこっちに引きつけなければ。

僕は女中たちの指図に従って、干草小屋の中に出る裏口から外へ出た。
ここは人の目に付きにくく、不意を打てる。
一番大きな庇のある裏口の前には、やる気を見せていない男たちが3人たむろしていた。


「こんなことでアスカを吊るし上げていいのかなぁ。どう思うよ。」

「ピピンが言うようにあれが他族の間諜だというなら話は別だけれどな。」

「間諜って言うのは、もっと冷徹なもんだろ。
必要なら人を殺しても自分だけはどんな手段をとっても生き残るらしいじゃないか。」

「アスカを我が物にしてしまえば意のままだ、敵の思う壺だって言うけど。
男に抱かれたぐらいでそんなに変わっちまうもんかなぁ。他の娘なら知らず、あのアスカだぜ?」


逆に間諜の方が手篭めにされちまうかも知れないな。などと冗談を言う。
裏切りとは言っても首謀者以外はそうそう一枚になっているわけではなさそうだ。
半信半疑、というところか。そうは言っても人数からみてこのままでは不利だ。
そう思い、僕は交易所に走った。あそこには馬があるはず。
アスカが僕の馬に対する知識を見抜いたのは恐らく僕があそこで馬の嘶きに反応したのに気づいたからだったろう。
ローマには元々騎兵部隊は存在しない。
馬に興味があるのは馬上で指揮を取る貴族階級の軍人だけだからだ。
現在の騎兵部隊は、皆ローマ領内に居住許可されたガリアやゲルマンからの傭兵部隊だ。馬には慣れている。
家族は農業を営み、定住化している。その中から選抜され次男三男が常備軍に雇われているのだ。
過去の大きな戦争でローマの歩兵部隊が破れたケースでは、騎兵を持たなかったからだと言われている。
それは現在でも基本的には変わらない。傭兵部隊ゆえ騎兵は一段低く見られがちだ。
だがそれは馬一頭でどのくらい歩兵を蹂躙できるか知らない「後ろの殿様」ばかりだからということでもある。
戦端に位置し先頭に立って戦う将軍らは皆騎兵の重要性を熟知している。
一部のガリア人やゲルマンに帰化を許したのは、騎兵が欲しかったからだ。
定住ゲルマンやガリア人を持って森ゲルマンを叩く。それがローマの選択だった。
とにかく、今必要なのは馬、騎乗槍だ。自分の剣があるのがもっとも頼もしい。


「おまえは昨夜、よそ者のあの男と寝ただろう。我々の軍事機密が漏れた恐れがある。」

「男と寝るたびに機密が漏れてる?それを心配するのは自分達の方じゃないの!?
戦闘の後でよその娘らを犯してるのを知られて無いとでも思ってんの!本来重大な規律違反だわっ。」

「族長の持っている情報とでは桁が違うだろう。現にあの男は姿をくらましているじゃないか。」

「その情報に基づいて、あの男の持っているローマの情報を得る。それは必要なことだ。
いま、必要なのがどんな情報なのかと言う判断がおまえにつくのか。」


50人からの巨大な筋肉の塊のような男達に囲まれてもびくともしないで胸を張った。
ざわざわと男達は動揺した。件の男は焦ったようにアスカを手繰り寄せると胸に短剣を突きつけた。


「繰言はいい。あの男にどんなことを喋ったのか、白状してもらう。
おまえがあの男と長いこと話しながら抱かれていたのを見ていたぞ。
先代の短剣の秘密まで話していたではないか。」


男達はたちまち殺気立って詰め寄った。男はほくそ笑んだ。


「さあ、白状しろ。そして男をどこに隠したか白状するんだ。」


胸に突きつけた短剣の先端が微かに触れたのか、胸に流れた糸のような血。
そこへ一気に馬を突っ込ませた。男達は驚愕して散った。
打ちかかってくるものもいたが、馬上にいる人間が槍を使えば蹄と穂先に気をとられ、不利だった。
簡単にピピンとよばれていた男は地に倒れた。飛び降りて、胸を踏みつけ男の喉えらに剣を突きつけた。
肋骨のへし折れた鈍い感触。


「皆下がれ、10m以上下がれっ!」


僕が周囲にそう叫んだ瞬間。


「知ってるわよ!」


皆が振り返った。叫んだのは昨夜ここに泊まりこんでいた娘だ。


「あんたは昨夜私のところに忍んできたくせに、放っぽりだしてアスカ様の寝室をずっと覗き込んでいたじゃないの。
ご主人を狙って幾度も忍んで来ているんだと言うことがよくわかったわ。」

「なんだぁ?それは本当か。」

「こいつ、何を企んでるんだ?こいつこそ間諜じゃないのか。」

「縛り上げなさい!これではっきりした。」


アスカがきっと命ずると、たちまち男は皮紐で拘束された。
男は再び馬上に戻った僕をにらみあげた。この男にはにらまれてばかりいるな。
皆は間諜だと決め付けていたが僕にはわかっていた。こいつは単にアスカに惚れていただけだ。
よそ者の僕を相手に体を張っても情報を取ろうとしていたアスカへこだわりが無かったら、
見てただけで襲い掛かりもせずに帰るなどと、間抜けな真似を曝すものか。
アスカの痴態に、見蕩れてしまって機を逸したというわけだ。

どんな痴態でも惚れた女が曝すそれは男のまともな意識を奪う。嫉妬などその後のことだ。
自分がそうさせたかった女が尻を割られ、犯されている。その姿に陶酔するおろかな男。
僕があの直後に立ち去っていればアスカを蹂躙して犯したかもしれないが、そうではなかった。
嫉妬が冷えた後この男は萎えた自分と同時に、恋敵を惨め、女の目の前で殺す事しか思いつかなかった。

馬鹿だが、そういう倒錯した心理こそローマ貴族の得意とする駆け引きだ。
純朴と駆け引き、純真と淫夢が交じり合って立つ社交界。僕は童貞で女のことは何も知らなかったが
その手引きややり口の事は、嫌になるくらい見てきた。
こういう場合恋敵としてできることは、同情で庇うことではなく愚かな演者の一人として最後まで振舞うこと。
そして、男に初心な娘か、愚かな淫売女と思われようが、ただの間諜として消してやることだけだ。
アスカもまたそのことを知っていた。


「フランクの間諜として、首を森外れに曝せ!」


アスカは言い放つと同時に男の首を刎ねた。




「思わぬことで思わぬお披露目をすることになったもんね。」

「しょうがないよ。本来なら君の結婚は高く君を売れる機会なんだ。
他部族の主だったものの同意があって初めて許されるのもそれだけの権力が集中するからだろ。」

「父母が亡くなって、せっかく勝手気ままな生活を送ってきたのに。」


バルバロイの世界とは言え、人が集まり暮らす以上権謀術数は必ず存在する。
こんなに無邪気に見えるアスカだってここではいわば王族だ。そんなことは解かっている。
会議の結果がすんなり行ったのは十分な根回しがあったせいだ。
異邦人が族長の位置に置かれれば差当たりどの勢力もこの婚姻による利益はない。
相対的にどこかの部族に有利だという事も無い。
不利があるとすればこのトラキア部族だけだと皆が判断したと言うことだ。
つまり婚姻に反発する勢力が内部に潜在的にあれば数は変わらずとも弱体化すると。

だから許された。アスカやその仲間がそのように話を持って言ったのは言うまでも無い。
トラキアが僅かに弱体化すれば自分たちの有利な条件で技術を引き出せる可能性が高まる。
全く弱体化してしまっては周囲の大部族に抗しきれないからそれは困る。
あくまで連合体内での力関係にとどめることが必要だ。ローマとの連携の可能性を夫たるシンジが
持っているなら少なくとも周辺部族に対する牽制に役立つではないか。

衝立の向こうで女たちがざわざわと動き回っている。
政治的な思惑に関わらず本当に残念そうだね、アスカ。
僕の支度などは、最初の10分でとうに終わっている。皮と甲冑で完全武装をした姿。
紅い飾り毛の付いた儀礼用兜と純白のマントと言ういかにもな衣装が船の衣装ケースから出てきたのだ。
たちまちこれが取り入れられることになった。
ローマ貴族と結婚したと言うことで、自分たちの立場、ローマ側につく事――を鮮明にしたのだ。


「ほんとに天邪鬼っていうのかしら、しょうがない人だねぇ。知りませんよ。」


多分アスカの乳母か何かだったのだろう。年配の女中はアスカを捕まえてブツブツと説教を始めた。


「何を知らないって言うのよ。」

「今回のことのように、うまく庇い切れるとは限りませんと言うことですよ。
あれで他の部族が本当に引き込まれて来ていたら、首掛けの木の根元に転がってるのは私たちの方だったでしょうよ。
大体殿御を引き込むのに、私たちに相談もせず、」

「引き込んだって言うより、シンジが手を出すのが早すぎたのよ。」

「それって、ぼ、僕ののせいか?」


早く抱きなさいよ、と言ったのは彼女の方じゃないか。ちゃんと憶えてるぞ。
その時、ドアが荒々しく開けられ、一際大きな男が入ってきた。


「やっぱりこの調子か。早くしてくれ。皆先に酔いつぶれちまうぞ。
おい、色男。おまえだけでも良いからこっちに来い。」


つい先日血溜まりができた前庭には、長いテーブルがいくつも並んでいる。
巨大な鉄の鍋や皿が肉やプディングを担いで重なるほど溢れ、正面にはキリスト教の坊さんが3人。
犠牲のヤギが哀れに鳴いている。庭の周囲を従者たちが武装して取り巻いている。
これも短い間の形式で、日が落ちれば交代人員が来て、彼らも肉とワインにありつけるというわけだ。
族長の娘となれば、式は5日間ぶっ通しで行われる。少なくともこの村は酒で壊滅状態になるだろう。
商人たちは思わぬ特需に恵まれ、もっと商品を持ってこなかったことを嘆いた。

宴は既に始まっている。2杯目の皿に景気よく分厚い肉汁掛けのローストが振舞われていた。
皿代わりの硬いパンが山のように積み上げられている。パン釜はこの五日間はぶっ通しで働くことになるだろう。
ワインの樽がすでに何本もころがっている。そして最近売り出し中のビールとか言う飲み物。
これがまたすこぶる喉越しが良い。山積みになった丸太の火で頬が焦げそうだが、これがが無いと夜中に寝こけて
凍死する者が出かねない。



「しかし、この僕がゲルマニアの一氏族の長に連なるとはね。」


現在のローマは長く国境上の争い以上にはゲルマン諸族と事を構えず棲み分けに徹している。
ヴェストファーレン東部の湖沼地帯において1万8千のゲルマン人とローマ軍2万4千が戦い、
ついにローマ軍が雨と嵐とゲルマンの野戦兵の前に一人も帰らなかったカルクリーゼの戦い。
それ以降、我々はある意味で「うまくやって」来たのだ。ライン東とドナウ川の北側と東側を結ぶ線で
ローマとゲルマンの境が自然に形成されている。だが最近になってゲルマンの国境を越えようとする
圧力が過剰で、ローマはおびやかされ、長い目で見れば国境が崩壊することが目に見えていたのだ。
と、これは父の受け売りではあるが、僕自身の考えでもある。
こうして新夫の席から見ていても解かる。ローマに比べてこの兵や将軍や部隊長たちの若さはどうだ。
軽妙洒脱にして精強なことこの上も無い。そして子供らの数の多さ。ゲルマンはローマほど老いていない
国なのだ。笑い声や泣き声、子供たちと鶏や牛や豚、剣の触れ合う音、甲冑がこすれる音。
そんな喧騒が若きローマにもあったに違いない、部族の伸びていく音が聞こえるようではないか。
このエネルギーが民族が膨らんで軋む音なのだ。注がれるまま僕はそう思いながら酒を飲んだ。

歓声が上がった、小屋を覆う天幕の中からアスカが姿を現した。
だが、その歓声は一瞬にして音を失う。全身を柔らかな白い練り絹のケープに包み、磨き上げたローマ金貨を
髪に編みこみ、細い銀の糸でかがられたローブがまるで月のように輝いている。
純白の花嫁衣裳。唯一ゲルマンの花嫁らしくスカートの部分は地に着くほどのゆったりとしたキュロットだ。
そのアスカが、地に敷き詰められた薫り高い香木の板の上を静々と僕に向かって進んでくる。


「す、げえ。これが俺たちのアスカかよ。」


僕を始めとして周囲のお偉いさんたちにも如才なくワインをついで回っていた件の大男がそう呟いた。
この一族の者たちは皆立ち上がりあらん限りの声で、アスカを讃えようとウラーウラーと数回も繰り返した。
地に響く声は、小屋の周囲の兵たちにも広がっていく。坊さんが立ち上がった。式が始まる。
兜を終始小脇に抱え、マントの扱いにうんざりしながらも、僕はアスカの美しさに引かれて文句一つ言わず勤め上げた。
大男は僕の付き添いと言う役どころで、アスカの従兄弟に当るらしい。
彼も普段こんな役は誰か退屈な男がするもんだと思っていたようだ。
俺にしてみりゃ生涯もうこれで十分と彼は僕に言った。思わず笑いをかみ殺す。全く同意見だったからだ。
向こう側で澄ましていたアスカはそれを敏感に聞きつけ、従兄弟殿の足を思い切り踏んづけた。
子山羊が一度に17匹も捧げられると言う式次第は贅を尽くすためのものではなく、
多くの部族が政治的目的とはまた別にアスカに対する好意から捧げたものだった。
つまるところ彼女は皆に好かれていたのだ。


「まぁ、お前が掻っ攫っていったって事は腹立たしいが、中で誰かに決めたら戦になっていたかもしれないな。」


同族同胞として血のつながりを重要と感ずるのとは別に、彼女は精神的な団結の象徴とでもいう存在であった。
若き族長たちは、アスカを中心として父の代とは違う交互の関係を結び交誼を通じていったのだった。
それは、対外的には一つの大きなうねりである。ゲルマニアから溢れ出す、新しい潮流。

夜半を過ぎると庭は屍累々と言う有様だった。苦笑しているうちに自分も眠ってしまったのだろうか。
もっと薪をくべないといけない。


「シンジ、行くわよ。」


揺り起こされ、夢見心地のうちに馬上にあった。冷たい疾風があっという間に目を覚ましてくれた。
僕とアスカは森を抜け海辺の草原を共に馬で走った。
月は中天に、森は黒い影となり、アスカは花嫁の衣装のまま馬上にあった。手加減の無い全力疾走だ。
アスカの半透明のヴェールが風に吹き飛ばされ、僕の銀と皮の甲冑がカチャカチャと細かい音を立てる。
月光の中、彼女の編みこまれた金貨や銀糸、ぼくの魚鱗装甲の輝きが細かく揺れた。
北の海のほとりで、自分の運命と出会ったのだ、僕らは。
手を差し伸べると、アスカは馬上から僕の腕に飛び移ってきた。時速60kmの馬上でだ。
だが、一瞬も不安を感じてはいなかった。僕らはすでに互いのことを自分と一体のものとして感じていたのだ。
馬上で、僕らは抱きあった。そこに甲冑と服を脱ぎ捨て、再び抱きあい、一つのけものとなった。
このけものが、この世界のために力を尽くすと決めたのだ。
僕らの中には少なくとも4つ以上の違う流れがある。
海と陸、森と草原を走りぬけた民族の旗が翻っている。
旗が翻るように、アスカの影は揺れる。
その影は僕を引き付け、その曲線の連なりを僕に貫き全てを与えよと命ずるのだ。


『アスカ』

『シンジ』


互いに呼びかけあい、身体全ての細胞から沸きあがってくる歓喜と官能に満ちたアスカの肉体が重なり合った。
そんな月と海と森と大平原が出会う場所で。僕らは夫婦としての口付けと契りを交わしたのだった。




古くヘロドトスの著作にまで遡ればトラキアは世界第一の富強、多くの人口を誇る民族だった。
沿岸部を除くバルカン半島内陸から黒海沿岸ウクライナに至る大版図を有していた時期もある。
ギリシアの高度な文化を吸収し、自らの独自文化を持ち、時代とともに融合した。
豊かな金、銀の産出。青銅、鉄器、馬具、装飾品、美術品などの高度な冶金技術、文化は元より高かった。
騎馬術、剣、槍術に優れた、強大な軍事力も有する並ぶべきもの無い勇者の集団だったという。
曰く「トラキア人は死を恐れず誇りとする」

ブルガリア、ルーマニアなどの内陸を基盤とし、テュラス、ヘルナモッサなど黒海の内湾ギリシャ都市。
それらともトラキアは深い関係を持っていた。
黒海周辺は草原騎馬民族スキタイの勢力が強くギリシャ諸都市はそれらと交易しつつもその軍事力に怯えていた。
黒海周辺の交易はその背景にある豊かな黒土地帯で採れる莫大な量の穀物、そして毛皮と奴隷、金銀であった。
ギリシャ諸都市はここに穀物の供給を頼っていたためこの交易線の確保が重要課題だった。
それはローマ時代になっても同じことであった。
ボスポロス――ポントス両国がローマの属領化したのはそれが黒海周辺の高い要望に支えられていたからだ。
トラキア人は、最初はギリシア次はローマの依頼によって、勇猛な黒海のスキタイやゴートと戦い続けた。
バルカン中央部からボスポロスへのローマ軍管区将軍として着任していた若きアスカの父。
トラキアの支配するボスポロス王国の縁者であったアスカの母親と知り合うことは不自然ではない。
また、だからこそその北部にあるクリミアの黒海軍管区に逃れて、雪辱と再起を図ったのも想像に難くない。
それから何があったのか。
恐らくはそこに駐屯していたトラキアの部隊は王族であったアスカの母親と軍管区の長であった父親に率いられ、
トラキアとローマ、スキタイとゴートの勢力が入り混じるウクライナで戦い続けた。
ついには半定住できる場所をいづくかに確保したのだろう。

アスカの従兄弟である件の大男が語ってくれたことを、僕なりの解釈でそのように理解した。

「俺の父はアスカの親父さんの弟だった。この歴戦の中で軍団に所属したゲルマンとトラキアの血が混じっている。
しかし、半分はローマの血も流れている。この軍団はみなローマの血が半分だけ流れているものが多い。」

太い丸太を付け木のように簡単にへし折りながら男は言った。

「そして、皆ローマに憧れを持っている。」

それは、わかる。僕ですらローマに対する言いようのない憧れがある。
腐臭が漂いだした今のようなローマであっても、この現象を破壊し再び蘇るであろう、不死のローマに。
例え、異民族の血が混じり、どこまで進んでも真のローマ市民とは認められないのかもしれなくとも、だ。
ローマにある何ものかへの想い、忠誠を誓う何かが身体に流れている。
僕にも、アスカにも、そしてこの巨大な体躯を誇るカイアナクスにも。
ローマから見れば遠い僻地、森ゲルマンの支配地の只中にあって、このアスカの国が存在を許されているのは、
この10年の間に混血が進んだことと、そのトラキア的な勇猛さが一目置かれているからだ。
小競り合いはともかくとして、周辺部族にとってローマ系の国と言うだけでは何の実害も権威も無い。
むしろ中立的な強国としてアスカの父は振る舞い、調停者としての立場を実力で勝ち取ることで安定を得た。
結婚式にやって来た多くの部族は多かれ少なかれこの国を平和や調停のためにうまく活用してきたのだ。
父の代は過ぎた。
しかしトラキア文化の特徴である女性崇拝的な一面、墳墓は女性を中心として男性の遺体を周囲に取り巻くように
配置するといった――その女性は騎馬の彫刻の上に跨り、武装していることすらあるという。
その精神的支柱としての、高い女性の地位がこの国の団結を崩さずに済んだ。
現実の問題として、アスカの存在が若き族長たちの中心となっている事は前に述べたとおりだ。
ゲルマニア諸族の方にも今はいろいろな問題があった。それは僕が本来この国にやって来た理由でもある。

何故、ゲルマンが南下あるいは西進していくのか。
黒海諸国家で奴隷として売買されていたスラブ諸族も今はバルカンに達している。
トラキア人と並び勇猛で恐れられるスキタイ人までがなぜ西方を目指すのか。
出産数の多さを支える東ゴートゲルマンの豊かな土地。
それをを捨ててまで、ローマ領内に侵入し土着しようとする限りローマとゲルマンの間に和平はありえない。
ゲルマンはドナウの北に、ラインの東に。その基本的な構造が揺らいでいる。
既に帝国内に移住した内ゲルマンと、その対岸に留まる外ゲルマン、森のゲルマン、東ゴートを争わせることで
やっとローマは国境を確保しているのだった。


「私たちがこのゲルマニアの地に勢力を張れたのは、カイアナクスの話のような面も確かにあるわ。
でも、ことの本質はいつでも現れるものではないの。毎年は顕現しない、微かな兆候の中にある事が多い。」


カイアナクスがその身内と共に引き上げていった後、婚礼衣装を脱ぎ去ったアスカは今まで僕に見せた事の
ない、ゆったりとした裾裳のついた衣をまとい、暖炉の前のソファーに凭れ掛かった。


「スラブ人がまず増え始めた。彼らは農耕を営む地の草のような存在でありスキタイ族などのいい餌食。
だがパルミラとの東西交易の利もある。しっかりとした宗主国が在るうちは問題のない生活を送っている。
それで人口が増え始めているのよ。」

「元々民衆と言うのはそういうものだろ。人が増えて悪いことは無いじゃないか。」

「我々はそういう弱者である交易民族の保護を行い、勝つことで一目置かれる存在となり調停者として、
いわば小ローマのような存在として小さな自治を獲得していったのよ。
だけどそのうちに交易が年によって極端に細まることに気づいたわけ。
遥か中央平原にはこことは比較できないほどの多種多様な民族が住んでいる。
ずっと安定していた世界が数年に一度人が住めぬほどの寒冷と恐慌をもたらす様になってきたのよ。」


東方には我々が思いも着かぬほどの富強な大国家があり、このローマ世界との間には乾燥したステップロード、
大平原と沙漠が在って両者の交流を妨げていることがおぼろげに知られていた。
そこには遥か東の大国との戦いに耐えた強大な騎馬民族もいて、寒冷の年には隊商を襲うのだと言う。
ローマでは御伽噺に近い話だが、この平原に住むものには現実の脅威である。たまたま襲われるのではない。
彼らは実によく農耕民と商人の行動をよく観察していた。
馬術の巧みは情報の収集とその伝達に素晴らしい速さと事実に即した軍事行動を可能にしている。
襲うべきものを確実に襲う。ぎりぎり交易が途絶えぬよう、羊が次の果実を実らせることができるように図りながら。


「かの昔、トラキア人が他の民族を圧倒しえたのもこの情報戦で勝ることができたから。やることは同じよね。」


それが勝利を分けると言うことがトラキア人にはわかっていたし、それに価値を見出したのはローマ人だけだった。
だからトラキア人は世界の調停者であるローマ人に同盟者として力を貸し続けたのだ。


「おそらく、ここ暫くのうちにも世界は動き出す。
天も地も大帝国も大騎馬民族も、大平原に居座った寒冷の前には阻んで立つことは不可能。
そういう判断のため、父は一族をウクライナを西に移動させた。」


そう、そしてアスカの氏族たちは森ゲルマンの中に潜伏し、次第に勢力を北西部へ移し北海の沿岸を臨む所にまで来た。
その間にスキタイもスラブの一族も東方のアランと争い、ローマはパルティアと交戦を続けていた。
東ゲルマンの一派、東ゴートの一族も日々の戦闘を明け暮れていたし、北部ではカマウィやブリテクの一族が活発に
活動しており、アスカたちは主にフランク族の他に散発的にこの2つの部族とも抗争を繰り返していた。
それと共に緩やかな連携を保って行動したのが先に婚礼に出席した17小部族連合だったのだ。
ローマのとの連携を謳うことには彼らを牽制する意味があった。少しづつ、確かに世界は動き出している。
小部族はローマと提携することでローマ軍の中央ゲルマニアへの進出を導きたいのだ。
強大な二部族を追って安定を得ると言う長期の戦略を共有したのだった。


「それが、ローマ人との婚姻を父さんが望んだ理由よ。」

「それでも、こんなところにローマの軍が来る可能性などほとんど無かったんじゃない?」

「気の長い話だと私も思ったわ。
ローマの貴族の息子が現れて私と結婚するなんてそんな都合のいい話がそうそう転がっているわけがない。
私も夢物語だと思って安心して暮らしてたのよ。」


それはそうだ。
僕自身、最初はこの辺境の地に足を下ろすつもりなどほとんど無かったんだ。
あくまで父に命じられた程度の辺境調査をするつもりだった。
ガリアで雇った交渉人が渡りをつけ、北海沿岸に点在するゲルマニア諸族と接触していけばいい。
内陸についてはまた人を雇い、奥地に住むゲルマン部族の調査をさせ、その結果をまとめればいいのだ。
そう、思っていた。

嵐の気配に我々は波の中、準備に取り掛かり、岸辺近くで船を入れられる湾か山陰を探していた。
突然襲い掛かってきた海賊と戦闘になるまで、このあたりの土地に上陸しようなどとは思っていなかった。
小船に乗った蛮人たちが一斉に漕ぎ寄せてきた。
次々と船に乗り込み、作業中で武装していない兵が次々と切り伏せられていった。


「シンジ様、お逃げください!」

「火を放たれました。帆も焼け落ちます。今のうちに早く!」


向かってくる無数の海賊。後頭部の髪をそり落としたゲルマン人だ。周囲の士官たちが必死で剣を交わす。
斧を振り回し投げつけてくる。それを食らった兵は声も無く倒れる。甲板には血漿が流れ、サンダルがすべる。
剣を振りまわし、3人まで切り捨てた、そして4人目を突き伏せたとき、後ろから突き飛ばされ、海へ落ちた。
水面に何とか浮かび上がれたのは、幼い頃から散々しごかれた甲冑を付けたまま泳ぐ練習のお陰か。

乳兄弟のメリクレスが甲板から僕に向かって空樽を投げ落とした。
すぐに振り返って襲い掛かった敵を切ったのが見えた。


「おいっ!早く飛び降りろっ!」


そう叫んだ途端帆柱が焼け落ち、燃え上がった帆と一緒に大波に呑まれた。戦いのうちに海が逆巻いていた。
僚船が近づいてくる。やっと追いついてきた仲間は、いきなり船腹に衝角を突きたてた。
船が割れ、傾き、水が流れ込む。
爪の突いた縄で船体が横付けされ、そこに次々と板が渡され兵士が一気に押しわたってきた。
ばらばらと生き残った兵たちも海に飛び降りてきた。


「皆、岸はあっちだ。甲冑も剣も捨てろ!身一つで岸に向かって泳げ!」


泳ぎ出した我々に向かい、投槍が次々と投じられる。恐ろしく狙いは正確だった。悲鳴も上げずに兵たちが沈んでいく。
我々を彼らの目から遮ってくれたのは皮肉にもこの嵐による波飛沫だけだった。幾度も波に飲まれながら必死で泳いだ。
凍るような海の中で、体を汗が流れているのが感じられるほど必死で長い時間泳いだ。
浜にたどり着いた時、何とか助かったと思う以外何も無かった。仲間のことも部下のことも自分がどこにいるのかも。
沖合いに小さく火が見えた、大勢の人間がその火を見て浜辺に出ていた。僕は彼らに助けられた。
甲冑の様子から、僕はガリア人だと思われたのかロマン語で話しかけられ、それに微かにローマ人だと答えた。
誰かがラテン語で何があったのかと尋ねた。
ひどく眠く、地面に溶けて行きそうになりながら話し、部下も流れ着くだろう助けてやって欲しいと頼んだ。
そして、気を失ったようだった。
朧げな記憶の中、身体を痛いほどこすられ香油を塗られたり、口の中に熱い蜂蜜酒を流し込まれたりしたのを覚えている。
暖かいベッドに入れられたが骨の髄から凍えていて震えが停まらない。何か温かいものに包まれやっと安心して寝付いた。
今思えば、あれがアスカの素肌だったのだ。命を救われた以上、借りを返さないわけには行かないじゃないか。
その後は前に述べたままだ。アスカにベッドを叩き出されて飯を食った。
流れ着いた部下は5人で、皆死んだと聞いた。残りは海に沈んだとしか思えなかった。


「あれは気の毒だったわね。生きてる人もいたけど切られていたりで助けられなかった。」

「君らのせいじゃない。皆よくやってくれたと感謝してるよ。」


半分は、家の子飼いの兵であり、半分はガリアの駐屯地で志願する兵を雇ったのだ。もう一艘はガリア軍の正規軍船。
久しぶりにローマの金鷲の軍旗の下で軍務につけることを皆喜んでいたのに。
何故、あのガリア正規軍は我々を攻撃したのか。
彼らには本来何の利益もない、とすれば利益がどこからかもたらされたと言うことになる。
僕の死が利益になる者は誰かと言えば、もう言うまでも無かった。しかし何の証拠がある。
とにかく秘密裏に無事を父に知らせることが最優先だろう。
何らかの理由でこのゲルマニアの外れに調査に出向く必要を父は持っているのだ。
偶然とはいえ、この地方の一勢力と結んだ事を知らせる必要もある。

ゲルマニアの人々は牧畜と農業と狩猟で生計をまかなっている。
深堀も施肥も灌漑も知らないゲルマニアの農業は今だ低レベルにあり、生産性はひどく低い。
種麦1に対して収穫3と言ったところらしい。
アレキサンドリアでは麦1に対して10から15になるそうだから問題にならない。
農地を暫く使えばもう生産力は落ちて、移動しなければ生計が立てられなくなる。
そのせいで、ゲルマニアの人々は始終移動を繰り返してる。
定住国家と言う概念は未だに無く、王族の命のままに移動しながら互いに略奪と戦闘を繰り返す。
国境近くであればローマ軍と争いつつ村落を襲い食料を得ざるをえない。
一部の部族はむしろ侵略専門となり毎年ローマ軍と戦いを繰り返すことになる。
それでもよほど生活は楽になるから国境線全てに渡ってゲルマン部族の南下が進む。
いずれローマの方としても徹底した根絶戦を行わなければならなくなる。


「北海領域は、その繰り返しで南下していくから、ゲルマンの人口が今は希薄化しているの。」


柔らかな褥の中で、アスカの体を愛撫しながら話の続きを聞いている。


「私たちは、伝えられた農業・冶金技術と部族間抗争のとりまとめで得た金を基にしてよい暮らしをしている。
豊かだから人口も常に増加している。兵たちの若さを見たでしょう。あ、あん。」

「僕らも、増えなきゃ。」

「シンジったら、恥ずかしいこと言わないで!こら、だめっ、ん。」

「他の諸族は、減ってるって事?ここに留まればそうなるよね。」

「その差があるから我々は優位でいられる。
だけどそのかわり、裕福なだけに常に侵略の対象にもなるってことよ。」

「あの17小部族にはある程度の技術援助をしてるってことか。」















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イルシオン(2)2008−01−15

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