イルシオン(3)

          新しき友   
                  作 こめどころ  







丸いすべすべしたお尻のラインをすべり降り、股間のスリットを撫で上げる。


「ひあっ、だめっ。もうっ!」


手のひらをピシッと叩かれるとかなり痛い。


「ひどいじゃないか。」


そう言いながら乳房を撫で上げながら唇を奪う。細やかな柔毛を愛撫しながら指をくぐらせ、
歯茎に舌を這わせると、アスカの肉体からはあっけなくくたりと力が抜けた。


「こうやって優しく気持ちよくしてあげれば、勇敢な部族も大人しくなるかも。」

「そ、そんなこと、関係ないじゃない、の。」

「そうかな。」


股間から暖かいものが流れ出て、僕はそれで触れるか触れないかと言うほどにアスカの溝を摩る。


「ふ、ふにゅん。は、うぅ。」


我慢しようとしながら、我慢しきれずに肉体を波立たせるのが可愛い。
全身に舌を這わせるともうアスカの正気は簡単に飛んでしまい、僕の思うままに身体を任せてくれるのだった。


「ね、アスカ。」

「な、何…よ。」

「これ、欲しい?」


彼女の身体への入口に僕のものを僅かに挿入し微かに前後させる。
アスカの頬が見る見るうちに真っ赤なまでに上気する。


「あ、あんた変態じゃないのっ!そんなことどこの誰が女に聞くのよっ!」

「ローマ人は尋ねるんだ。ほら、欲しい?それともいらないのかな。」


また、少し体を進め、再び引く。アスカは悔しそうに唇を噛みながら身震いする。
目尻には涙さえ滲んでいるが、その様子がたまらなく愛おしく感じられるんだ。
僕ってほんとに変態かも。


「馬鹿、シンジなんか知らなッ!あ、ひぅっ。馬鹿、だめっ。」


ほんの5−6回抜き挿ししただけで、アスカはだらしなく顔をとろけさせ、瞬間再び毅然とした表情になる。
この落差が可愛くていじめたくなるのにわかってないなあ、君は。
じりじりとゆっくり腰を進めそれに併せてアスカの腿は開かれていく。
恥じらいに染まりながらも健康な張りのある奥腿が、凪の水面がとろりと光を反射させるようだ。
艶(なまめ)かしい輝きを見せながら、僕自身をゆっくりと飲み込んでいく。
それは血管が弾けそうなほど刺激的な場面で。足を抱え上げて腰を折る。


「ああっ、いや、見ないで見ちゃいやあ!」


その様子を見ながらアスカにも目を開くように言う。
硬く閉じていた目を見開いた途端、アスカは信じられないものを見たように呆然とする。
自分の身体が僕を受け入れている様子をあからさまに見てしまったからだ。
快感と想像もつかないほどの淫らさを自分が行なっていることを、離れられないことを認識せざるを得ない。
辱めを受けたような怒りと恍惚の表情が同居していることを僕は見逃さなかった。


「いやーっ、やめてっ!」


絶叫。青い瞳から恥ずかしさに涙がほとばしっている。可哀想だけどこれも必要なことなんだ。
夫婦の間には何一つ隠し事も躊躇いもあってはならない。僕らのような立場ならなおのことなんだ。
僕だってこんな鬼畜めいたことをするのは恥ずかしかった。いや、反面嬉しかったのも確かだけど。
アスカを蹂躙し、夜の褥では完全に支配化に置いておくこと。それに舞い上がるほどの喜びを感じる。
アスカほどの凛々しく勇敢な、男にも引けを取らない女戦士相手だからなおのことだ。
このエロローマ人!とか言いながら抵抗して見せるが無駄なだけ。力がぜんぜん入っていないんだもの。
そしてアスカの奥の奥まで貫き通して激しく動き始めると彼女は堪えきれなくなって声を上げる。


「ひいっ。シ、シンジイッ。」

「ほら、欲しいの、欲しくないのっ?」

「嫌ぁ意地悪ッ、欲しいよ、欲しいに決まってるじゃないっ。あっ、ああいぃぃっ。」


少女らしい嗜みから声を抑えても、その細い嬌声は、僕の耳にすっかり棲みついてしまっている。
たった数日の間に僕らの肉体はこんなにもなじみあい、反応しあうようになった。
ほんの少し触れ合うだけで、人目がある時でも、場合によっては身体の芯まで震えが走ってしまう。
何がアスカを支配するだ。僕だってアスカに支配されちゃってるようなもんじゃないか。
そんな時、アスカは頬を染め、髪を解いてその中に頬を隠す。僕も視線を外して遠くを見やる。
いつも少し遅れて付いて来ているカイアナクスが、僕らのその様子を不思議がる。他の者たちは笑い出す。
そういえば、このアスカの従兄弟である巨体怪力の勇士は、アスカより年下の16歳でしかないのだった。

暫く続いた婚礼の騒ぎが収まると、僕はアスカの連合軍を1000人単位で集め、その戦闘力を確認することにした。
聞いていた通り、彼らは集団での戦いには不慣れだ。重装歩兵の訓練なども思いもよらなかった。
突撃にせよ後退にせよ、まず足並みからして揃わない。一斉に突撃したとしても個別突撃が集団化しただけ。
これでは物理的に集団化した迫力以上のものは望めない。

前にも言ったとおりヴェストファーレン東部での戦いにおいて、将軍ヴァルス率いるローマの軍団2万4千は
雨の湖沼地帯においてケルスキ族を中心とした1万8千のゲルマン人と戦い、3個ローマ軍団、補助兵6個大隊、
同盟軍騎兵3個大隊は、森と沼沢地からの奇襲攻撃の連続に敗れ去り、ついに雨と嵐とゲルマンの野戦兵の前に
一人も帰ってこなかったとまで言われるほどの壊滅を喫したのだった。
カルクリーゼの戦いとして知られるこの戦以後ローマはラインの東に進行することを放棄してしまった。
ガリアは内国民となり、それ以来ゲルマニアの人々は自由を謳歌してきたのだ。
この戦いにおいてはゲルマン人の持つ個別の戦闘力の高さが奇襲というほぼ単独対決の状況において遺憾なく
発揮されたための勝利と言える。
だが本来のローマ軍団が持つ熟練正規軍の集団戦闘という強みを、雨と森林、細い道と足場の悪さと言う条件の
もとで発揮させなかった事によって、やっと勝利したと言う点も確かなのだ。

その上当時と違いローマの騎兵、軍団はガリア兵を中心として格段に強化され、装備や錬度も比較にならない。
今のローマ軍主力は自作農民の素人兵ではない。戦闘のみをを本職とする常備正規軍になっているのだ。
その証拠にあれ以来ゲルマンのライン越境はただの一度も成功したことはない。
ローマの先進農業技術を与えられ豊かになったガリア人の生活を目の前にぶら下げられながらも、飢えと戦いつつ
生きるゲルマン人たちが、いかに必死に渡河し、ガリアを略奪したくとも、豊かになり兵の数も増したガリア正規軍に
ゲルマンの勇者たちは手もなくひねられ続けてきたのだ。

しかしこれから先我々も強力なフランク族と事を構えると言うなら、もっと高い戦闘技術が必要となる。
フランク族と同じ戦法では、勇猛で勇敢で、理詰めの戦いもできるトラキア族主体の部隊と言えども、
常に勝てるとは言い切れない。
ここは重装歩兵とは行かぬまでも集団戦を身につけ、兵力を数倍に活用できれば有利になるのは言うまでもない。

当然のことだが、そのためにはこの森林地帯の中でも開けた戦闘場所を幾つも確保すること。
そこに敵を誘いこめるように備えておく必要がある。
投槍と投げ斧に対抗できる弓の一斉掃射や長槍の集団攻撃部隊、騎馬軍の蹂躙が必要なのだ。
逆に敵の得意とする投槍などはこちら側も近接戦闘用に部隊を編成してもいいかもしれない。
僕とアスカを中心とした幾つかの小部隊は慎重に敵を避けながら周囲の地形把握を目的とした絵図作りを開始した。

そして、連合領内の要所要所に監視部隊を循環させた。ゲルマンの移動とは農地を捨てて次の肥沃な土地を求めての
部族挙げての移動である。女子供から年寄り家畜まで引き連れた移住の足が速いわけはない。
連合領内で不意を食らって全滅したなどと言う話が本来はあるわけがないのだ。
それは監視システムの不十分であることの言い訳に過ぎない。
食料が枯渇し、近隣の村を襲わねばならないほど切迫するまで状況を見逃していたに過ぎない。
先にそれに気づけば食料を援助するだけでも不意打ちは防げるではないか。
それを防ぐのは十分な監視部隊の充実だ。僕らは彼らと違って畑に畝を作り、施肥をすることを知っている。
確保した農地はいつまでも使え、耕地は増えるばかりだ。だが彼らにはその知識がない。
当然、寒さに強い冬小麦の種子も持っていない。だから貧しく、子も増えぬため次第に部族全体が高齢化し、
戦闘力は低下している。ゲルマンが移動した後の耕地にはスラブ人が入り込み、ローマの農業技術で高度化し、
豊かな小麦で物々交換や貨幣を手にし、力をつけ、爆発的に人口が増えている。
それは西ゴート一族のようにローマの属領内に住むゲルマン人とても同じことだった。
ローマ人と混血し、ローマに住むことを許され、豊かになり、国境警備の任につき、下級官僚まで勤めている。
それと同じだけの果実を、アスカたちは周囲のゲルマン諸族に見せつけねばならないのだ。
この黒い森の中にあっても飢えたゲルマン人達に施しができるほどになれば問題は解決できる。
本来純朴で信義に厚い彼らと共存していくことは不可能ではないし、この地に平和をもたらす事もできるはずだ。

現在僕らと緩やかに連合している17部族はゲルマニアに70いると言われている諸部族の中ではごく小さなグループだ。
だが、彼らがアスカや僕らトラキア族と連携することで次第に豊かになっていることは知られつつある。
定住して農耕を始めると言うことはなんと言っても豊かで家族を安定させることであり、文化的になると言うこと。
一家の安寧を守りたい、失いたくないと言うことが共和制ローマがあれほどに強かった真の原因だ。
ポエニ戦争でハンニバルと言う名将に幾度も大敗を喫しながら、父を失えば子が、子が倒れれば孫が次の戦いに立った。
ハンニバルをしてこのローマ市民の半分の気概でもわが国にあればと嘆かせた共和ローマの愛国心。
それは自らの耕地、ひいては家族を守るための自作農業者の思いに他ならない。それこそが真の愛国心である。
間違いなく、アスカ達の連合は強くなる。さらにその富強を慕って合流する部族も増えていくだろう。
勢力が増加すれば、強大を持って知られるフランク族なども、そうそう手出しは出来なくなる。

この豊かさとはローマのような腐敗を招くほどの富裕ではない。
嫁の顔、孫の顔を夢見るに足りるほどの豊かさに過ぎない。
それ以上のものが人に必要だろうか。ここでアスカの一族と暮らすうちに僕は心底そう思うようになった。
その暮らしを守るため、ささやかな夢を実現させるために僕はアスカに協力するんだ。
僕は先頭に立って領内を巡回し、他部族の長や王と会見し、部族集会で語った。武人には剣や騎乗技術を教えた。
一般農民の集会では農業技術としての畝や施肥の施し方や新しい農作物の改良の仕方などを説いて回った。
剣を教え、商人から新型の鎖帷子や長槍を購入させた。
さらにそのつてで甲冑や剣を鍛えられる職人をいい条件で契約させて招いた。鉱山を探し、いい鉄を掘り出させた。
ギリシア系の大商人たちはある程度いい条件で契約してやれば鉄鉱石の採掘や精錬についても 引き受けてくれた。
ゲルマン人と違い高度な文化を長く維持してきたトラキアの人々は商人にとっては手ごわい交渉相手だから粗悪品を
掴まされる心配も無かった。
苦情や反対もあったがアスカや一族の長老たち、若手の理解者たちがそれを抑えてくれるうちに、試行していた物が
現物となって現れ、納得する者が多くなっていってくれた。




「坊ちゃんそんなやり方じゃあ、だめだ。」

母が亡くなったあと、僕は領地の菜園に預けられていた。
そこでは溢れる陽光の中、僕は幸せに育ったと言えるだろう。
よく作事の農奴隷の若者が僕をあやしがてらオレンジを摘んだりぶどう園の手入れを手伝わせてくれたものだ。
その菜園には年の近い男の子もいて、その子の母親はまだよく乳が出たためその乳母の家でもっぱら僕は育った。

父――つまり僕の母の兄であり僕を引き取った伯父である養父のことだが。
軍人らしく何事においても合理的で実際的な人だった。
彼は、どの道赤ん坊は乳がなければ生きられないと至極もっともなことを考えた。
自宅に置いてフェニキアだがどこかの卑しい血が混じっているだのとくだらぬ中傷を聞いて育って何の利がある。
そんな物に子供をさらすのは良くない、これも正しかった。
そういう考えから、遠い領地に僕を送り込んだと言うわけだった。

父は兄妹の中でも特に溺愛していた妹の子である僕のことを不憫だと思ってくれたのだろう。
僕を身の立つようにすること。
あの戦いの直後にショックで亡くなった老母の為にもと考えるような、家族の情に厚い人だった。
また 最初の妻はガリア人、2番目の妻はトラキアの王族というこれもローマを体現するかのようなコスモポリタンでもあった。
そして今の奥方は数代に渡る皇帝の側近で力のある人物の末娘というわけだった。
この点でもローマ人らしいと言えるともっぱらの評判だった。
一軍の将としての実績も申し分なく、名門の出であり、皇帝に意見もできるひとかどの権勢家でもある。
しかしながら武人としての分を守り口数が多くない分ライバルと目される貴族の間でも評判も悪くはなかった。
ただ、その目はいつも遠くを眺めていると言う評判でもあったが。

メリクレスはその乳母の息子で、1年足らず年上だった。
乳母と言ってもまだ18歳の若さである。自分自身元気で飛び跳ねて回っているような人だった。
金色の髪、ブルーの瞳。豊かな胸。明るい笑顔。メリクレスと僕は2人ともこの母の子供だと信じていた。
父親は違うけれど。
というのはメリクレスの父は、僕の養父の幕僚で側近だったため、いつもローマに居たからだ。
帰ってくるときも大抵父と一緒にやってくるからなおさらそう思って無理はないのだった。

メリクレスの菜園は豊かで、多くの奴隷たちが働いており、やんちゃ坊主が興味を示すと喜んで畑仕事を教えてくれた。
メリクレスの父は「坊ちゃん」にこんな泥いじりをと渋い顔をしたものだ。
だが父のほうはどんなこともいずれ役立つ、やらせておいた方がいいと 笑って許してくれた。
その代わりそろそろ武士の子としての訓練も始めようと、それがきっかけになって家庭教師たちが来るようになった。
叩き込まれた一流の剣や騎乗の訓練、哲学、地理、歴史や作戦用例、語学や天文、数学、幾何、操船、設計、医学。
そして農業や牧畜の技術、5種競技や果ては堆肥の作り方から女性の扱い方まで。今その全てが役立っている。
全てを付き合わされたメリクレスが今ここに居てくれたら一緒に笑ったろう、と思う。


「なんだか楽しそうね。」

「え。そ、そうかな。」

「こんな畝起こしの何が楽しいのよ、この汗見て頂戴よ!」

「運動不足だからそうなるんだよ、最近鍛錬が足りないんじゃないの?」

「誰がそうさせてるのよ!
鍛錬の時間どころかあんたが来る前は週に一度はちょっかい出してきた連中が、物音一つ立てないんですもん。
もう退屈で退屈でっ!」

「いいことじゃないか、誰も死なないし怪我しないし。」

「そ、そりゃそうなんだけどさぁ。農作業って退屈じゃない。蒔いた麦から芽ができた時なんかは確かにうれしいけど。」

「芽と言えばさ、僕らの種の芽はまだ生えてこないの?こんなに毎日してるのにさ。」

「あ、あんた馬鹿ぁっ!?こ、こんなとこでっ!」

「あ、シーーッ!アスカッ。」


真っ赤になったまま周りを見回し慌てて口をふさぐアスカ。ああ、顔が泥だらけだ。
そして、顔を寄せてこっそり言った。


「ま、まだみたいよ。」

「ふーん?」


思わず彼女の腰の周りを見る。


「ど、どこ見てんのよっ!」

「いや、いい畑なのにって。」


アスカがキィーッと叫んで三つ又の鍬を投げつけた。これも新しく考えた農具なんだ。
新開地の固い土を掘り起こすのにはこのほうが便利だし、角度を少し付けて梃子の応用で掘り起こしやすくしてある。

施肥を行うにも色々なやり方がある。ウマゴヤシを生やして漉き込む緑肥。
人糞や家畜の尿と藁を混ぜ山にして発酵させる堆肥。獣脂や魚油を絞ったものを干した油かす。
そのまま肥を貯めて発酵させるいわゆる人肥。大量に魚が取れたときに干して乾燥させておく干し肥。
それぞれの組み合わせや、施肥のタイミングが決まっている。あるだけやれば良いと言うものでもない。
家畜の尿を効率よく集める仕組みや、糞と尿を別々に蓄えた方が肥料として幅が出ることなども解かっている。
放牧していただけの馬や牛も使って耕作すればもっと広い耕地を耕すことができる。
そのための農具の開発が必要だし、その応用でローマ軍の持っている戦車のようなものでもっと簡便なものも開発できた。
ハミや鐙の改良も行われたし、新しい兵器開発のための資料や試作品の模型が、商人たちから提供される事もあった。
彼らにとって見れば僕らが強力になり商路の安全が保障されればこれに越したことはないわけだ。
こっちにしても優秀な商品に蛮族が依存するほどやりやすくなるのだから持ちつ持たれつと言うところだ。
税やお礼をもらえるし、それにアスカの大好きな優秀な馬や剣、新型の武具や甲冑なんかも入手できるし。



「また本を読んでるの。ほんとに好きなのねえ。」


アスカの小屋には、聖書と他に数冊の本しかない。
その部屋の中で、明かりを普段より余計につけ、暖炉の明かりも頼りにしながら本を読む。
ローマの家は白壁のせいもあり明るく感ずるが、木製のこの部屋では本を読むには暗く感じられる。
アスカの所にも昔は父親の本が随分あったそうだが戦いが続くうちに失われてしまったそうだ。
僕の軍用ザックの中には5巻程の本もあったのだが恐らく海に沈んでしまった。
結局今読んでいるのは商人に取り寄せてもらったものだが、結構高価なものなので気が引ける。
それで同じ本を何度も読んでいるのだがアスカにはそういう習慣がないので珍しいものでも見るような目で僕を見る。
それでもローマの歴史や旅行記などは朗読してやるといつまでも聞いている。
字は読めるわけだから自分で読めばいいのに、どうも読んでもらうのが好きらしい。


「小さい頃は父様が教師代わりだったから随分本を読んでもらったわ。」

「それで今は僕に読ませるわけ。」

「いいじゃない。父様の代わりなんてあんたにはもったいないくらいよ。
ローマ軍の軍管区長だったんだからね。」

「もしかしたら、君の父上と僕の父は知り合いだったかもしれないね。
2番目の奥さんはトラキア人だったらしいし。」

「そうだったら面白いけど。
私の叔母とか従姉妹とか。向こうは私のことは知らないでしょうけど。」

「何か君の母上の形見の品とかはないの?」

「腕輪とか、額飾りくらいはあるけれど。」

「それは大事にしておくと良いよ。
いずれ君の身分を証明することができる品かもしれないしね。」

「言われなくてもとっておくわよ。どうせ太い私の腕には入らないし。」

「お姫様育ちだったんだろうね、君の母上は。」

「私はどうせ野育ちの、馬と剣にしか興味のない野蛮人だもん。腕も腰も太いしさ。」

「そんなことはない。きみは十分綺麗でたおやかな娘だと思うよ。」


僕は本気でそういったのだが、アスカははぐらかして笑っただけだった。
確かに昼間の屋外では元気すぎるほど元気だが、こうして夜になり2人になればどこの姫だといっても問題ない。
ハープを奏でる指より、剣を握っていても優雅な指をしている野生の山猫のような肢体をした娘の方が好きだ。
しなやかな筋肉を抱きしめ、愛を交わすのが幸せだと思う。

続けて本を読んでいるうち夢中になって、気がつけば無言で読みふけっていた。
ふと気がついて書から目を上げるとアスカは足元で寝息を立てていた。
僕は彼女の「父様」のような気分になって寝床に運んで毛皮を顔半分まで掛けてやった。
その時だった、ノックの音がして泊り込みの女中が「よろしいですか。」と声をかけてきた。


「なんだい?」


そう言いながら扉を開けると、彼女は僕を勝手口に連れ出した。
そこには森向こうの歩哨兵がいた。


「数人の余所者を捕らえた。
ゲルマンでもガリア人でもない。ローマ人だと言っている。抵抗はしなかった。」

「ローマ人?わかった。砦の中には入れるな、僕が直接行くから。」


歩哨を戻し、急いで甲冑を付け剣を帯びた。馬に跨ると森向こうに向かって走り出した。
護衛の兵が3人同様に馬を引き出して後に続いて来る。一体何者だろうか。

5人、いや6人の人間が後ろ手に縛られ、背中合わせに括り付けられていた。
ローマ人だと聞いたが、分厚い毛皮を着込み、投げ斧と投槍を装備していたらしく、
離れた場所に?がれた3頭の馬と荷と共に積み上げられていた。


「これはゲルマニア人じゃないのか。」

「最初はそう思ったが、言葉がうまく通じないので問いただしたらローマ人であると言い出した。」


頬や手から血が流れ出している者もいる。かなり手ひどく調べたらしい。
こういう厳しさは敵の部隊の前衛がいつ忍び寄ってくるかもしれないと言う、
今まで持っていなかった緊迫感を、歩哨の彼らが持つようになったということだ。
それは喜ばしいが、いずれはやりすぎと言うことも教えないとならないな。
ま、今はこれでいい。


「見た目からすれば、どこの部族だろう。」

「どうも、この近辺に元々いるゲルマンとは違うな。」

「地元のゲルマニア人ではない?」

「どうやら…思うにノルマンの一族らしい。」


ノルマンと言えばデーンやスウェーデンの北ゲルマンではないか。
この辺りにいるべき部族ではない。


「俺たちはローマ人だ。こんな格好をしているのはサクソニアに助けられて暮らしていたからだ。」

「サクソン人は海の北側の一族だろう。」

「我々にはわからない。しかし、現に助けてくれたのはサクソン人たちだった。」


これは大変なことだった。
大剣と大鉈で武装した強力なサクソン人がこのゲルマニアに拠点を持った。
つまり知られないうちに移動してきていると言うことになる。

「略奪をしに来て道に迷ったわけではないのか。」

「さっきから言う様に我々はローマ人だ。事情はよくわからない。
しかし彼らの村には女も子供もいて、主に漁業と猟で生活を立てているようだった。
少しずつ内陸に浸透しつつあり、まだ他のゲルマン人と接触した事はないようだった。」


これは貴重な情報だった。
場合によっては我らの連合が一番先に接触することになるかもしれない。
もっと強力な部族と接触すればそれだけ大戦さとなる。


「人数はどのくらいいるのか。」

「そこまで教えられない。助けてくれた人間を裏切ることになる。」

もっともなことだが褒めるわけにも行かない。

「白状しないなら、おまえの仲間を一人づつ殺す。」

「しょうがない。恩義を裏切りで返すことはローマ人のやることではないのだ。
おまえもゲルマニアの戦士なら誇りと言う事を憶えておくといいだろう。」


そして仲間に言う。


「皆済まんな。」


頭らしきその男が言うと残りの男たちも胸を張り一斉に顔を上げた。
いずれ劣らぬ立派な面構えで、どうやらガリア系のローマの武人たちらしかった。
最初の男は伸びた金髪と髭で、目をつぶったまま身体を起こした。
剣を引き抜くと、その男の首筋に押し当てた。


「何か言い残すことはないか。」


「もし、おまえがこの地で他のローマ人に会うことがあったら、メリクレス・アウレリウスは友を探して
ここで死んだと伝えろ。」

「おや。奇遇だな。僕もここで友を探していたんだ。メリクレス。」


かっと目を開けたとたん、彼は大声で怒鳴った。

「馬鹿やろう臭い芝居させやがって、酒だ、酒もってこい!わははは!」


たちまち縄が切られ、ぼくらは皆で抱き合って歓声を上げた。


「ええっ!シンジの仲間が見つかったですって?」


いい知らせは時を移さずアスカに知らされて、砦の中の皆がその男たちを一目見ようと起き出してきた。
元々トラキアとローマの混生軍団がベースとなっている村である。
ローマの男たちを一目見ようと集まったのだ。
が、何のことはない長髪髭だらけの分厚い毛皮をまとったゲルマン式の格好をしていた。
これでは珍しくもなんともない。
それで、主にご婦人方の要望により、宴会の支度ができるまで湯に漬けたり髭をそる。
ローマ風の格好に「仕立て直す」準備も平行して進行した。
結婚式の時に使われた白い天幕が張られた。
待ち受ける人々の前にやや古いとはいえ、立派なローマ正規軍の甲冑をつけた若者6人が勢ぞろいした。
皆からはやんやの歓声である。
今回は女性たちも一緒に宴会に臨んだため、若い娘たちの黄色い声もひとしおだ。


サクソン族の攻撃力はすさまじい。
特に背に背負う両刃の大剣の一撃は重装歩兵の甲冑を一撃で断ち割り、
他部族の剣を木片のように断ってしまうというすさまじさと伝え聞いている。
長くスカンジナビアに留まっているノルマンの一族である。
他に有名なのはアングル族とこのサクソン――後にアングロサクソンと呼ばれた強力な北ゲルマンの一派だ。
話を聞く限りではこの支族は性格的に温和で本来は平和を好む。
北方が何年来もの寒気で暮らせなくなり、ついに南下してきたものらしい。
領土的な野心もさほど無く、南の海で漁をし海岸に家を建てられれば満足しているようだと聞いた。


「それでも、次第に奥地に浸透していっているわけだろう。」

「いずれ、フランクなどとぶつかるぞ。」

「そうなれば、敵と戦うことになるのは必定だ。」

「どちらが敵だ。」


シンジが口を開いた。
ゲルマニアの古老や保守派は、普段は敵対していてもいざと言うときは合体して敵(ローマがそうだった)を
打ち破って来たことの理を説いた。


「しかし。ノルマンとて北ゲルマンとして一族なのだろう?」

「平和でいる限りは。戦いとなればその勇猛残虐振りはこの大陸ゲルマニア族の比ではないわ。」


アスカが答えた。


「その平和でいる限り、と言う点がが問題なんだよ、シンジ。」


カイアナクスも同意するように言う。


「ここでは平和とは何も起こっていないと言うことに過ぎない。」

「といって、ノルマン人との諍いが起こるのを待っているだけというのはどうかな。」


僕がそう言うと皆がざわついた。こういう発想は今までのゲルマンにはなかったからだ。
だが、アスカの部族はこの地域の商品販路の維持や連合の利を説いて平和を保ってきた。
いわば新参に対してもまずは手を差し伸べることで平和裏にやっていけるはず。
その可能性があるなら試行してみよう。その合理性がザクセンに通じるなら無駄に血を流さずにすむ。
それがローマ、トラキアの流れを汲むこの一族の知性というものだ。


「僕と、メリクレスが行こう。」

「シンジが行くなら私も。」


アスカが柄を握って立ち上がった。


「待て、俺はともかく族長2人ともと言うのは危険ではないのか。」

「それは問題ない。ゲルマンで物事を決められるのは族長家だけだ。それで決まったことを民会で承認する。」

「しきたりならしょうがないな。」


明日の夜、出発する。決断は下された。


「シンジ、賛成はしたけど。あんたって不思議な奴だね。」


一緒の褥に入ってから、アスカはぽつんと呟いた。


「メリクレスの恩人の一族だ。可能性があるなら仲良くやって行きたい。」

「私だったら、今夜じゅうにでも夜襲をかけてるな。」

「しまった!」


アスカを抱いていた僕は、ベッドでいきなり起き上がった。


「どうしたのよ?」

「メリクレスが付けられていたら。」


アスカは裸身のまま飛び出すと、歩哨に全員は位置に付くように板を叩け、皆たたき起こせと叫んだ。
そして、武装を半ば終えた僕に剣を投げ、自分も武装をつけ始めた。女中が転げ込んできた。


「お嬢様!なにごとっ!」

「マル!そこのブーツ投げてっ。」


腿まであるブーツ。ガリア製の鎖帷子と、皮と鉄の甲冑。


「先に行ってるっ。」

「お願いっ。」


歩哨と一緒に砦の物見櫓に駆け上がった。砦の防御線を強化させて置いてよかった。
すぐに入り口の跳ね橋を巻き上げさせた。


「何かいるッ!あそこっ。」


遅れて飛び上がってきたアスカが、闇の中の一転を指差す。大弓に火をつけて、指示された辺りに打ち込んだ。
これだけの弓を引けるのは、この辺りでは僕だけだろう。
森の木に突き刺さった火矢の周囲で赤い瞳がぎらぎらと輝いた。
結構いる。さらに森の木の高い位置に、火矢を次々と打ち込んだ。
周辺の森の一本一本に子鬼のような紛争をしたサクソンの戦士たちが隠れている。
気ずかれたのを知って慎重になっているのだろうか。動きは無い。
賢い指導者ならこの時点で伏兵を警戒して下がるはず。
一時のにらみ合いの後、彼らは引き上げて行った。
メリクレスが目的地に辿りつけるかどうかを確認し、その上でそこを攻撃し略奪する。
そう、事を予定したと考えて良いのだろうか。


「あの仮面の集団に見覚えがあるかい?」

「ああいう仮面をつけて戦う習慣は部族によってはあるかもしれないけど。顔を塗ったり線を引いたりするからな。」


今まで見たことは無いって事か、すると最初に思った様にサクソンであると言う可能性が捨てきれない。
にらみ合ったまま、弓と投げ槍の応酬が続いた。だが、向こうにはどうも積極的な攻撃の意思が感じられない。


「メリクレス。サクソンとは言葉が通じるようになったのか。」

「ああ、簡単な話なら通じる。」

「このまま、向こうの意思が伝わらないのでは応じようが無い。」

「ここから、とにかく話しかけてみるか。」


まずそこからだ、と腹を据えた。明かりの下では狙い撃ちされる、火を消して黒い布をかぶらせた。


「俺だ、メリクレスだ。そこに来たのはサクソンの勇者たちか。
俺は無事仲間とめぐり合えたぞ。何か用があるのか、あるなら言ってくれ。」

「メリクレスか。俺はジークエスだ。お前が無事かどうか確かめに来たのだ。」


メリクレスがすぐにその事を僕に伝えた。何てことだ。
彼らは自分が助けた男たちの仲間がいる村に送り届けただけではなく、
誤解から危険に晒されることが無いように、近くに留まっていたのだ。


「俺は無事だ!心配は何も無い、別れていた友とも会えたぞ。」

「それはよかった。それなら俺たちは去る。」

「メリクレス、引き止めろ。」


僕は叫んでいた。

「ジークエスト話がしたい。僕が外に出よう。」

「ちょっと待って、そんなに簡単に信じていいの?」

「俺も行く。俺が助けられたんだから、当たり前だな。」


メリクリンが笑った。


「心配するな、アスカ。ジークは信頼に足りる男だよ。」


メリクリンがそういったので、幾分安心した様だったが結局彼女も付いてくることになった。
結局僕ら3人は砦の外に出てジークと面会した。
メリクリンの通訳では半分も話は通じなかったが、互いに持っていた干し魚と小麦を交換し、
ワインを交わした。
それだけで、互いに信頼できる相手だと思えた。いい瞳をした精悍な男だった。
なんと言ってもメリクリンがこれだけ信頼しているのだ。
アスカはジークの妻のために何か持ってくるといって砦に戻り、僕らは火を焚いて歓談を続けた。

そうして互いの身内を紹介したり、酒を持ってこさせて酌み交わしているうちに男同士は仲良くなる。
結局こういう形でしか人は人と確かに信じあったりできないし、相手がわからないのだ。

その時だった、大きな喚声と悲鳴が上がり、夜空が赤く染まった。
砦の柵の向こう側から、誰かが必死で叫んでいる。僕らはジークに挨拶をして、砦の中に駆け戻った。
何かが起こったのだ。襲撃?
サクソンたちも警戒し、森に立ち去って行った。
歩哨についていたのは30人程で、サクソン人の一件で20人ほどが反対側に寄っていた。
そこに奇襲を受けたのだ。相手はフランクの一派、ここ暫く争っていたケイムカ一族だ。
柵が切り倒され、門の近くの建物は火に包まれている。
次々と浸入して来る異部族の男たちは穀物と女たちを手当たり次第に外に運び出していく。
歩哨に護衛兵が加わったがまだ敵のほうが人数が多い。
切り結ぶうちに女たちが小脇に抱えられ悲鳴を上げながら連れ去られていく。
戦士たちがやっと起き出して戦いに加わった時には、火をかけられた小屋が10に及んでいた。


「メリクレス、弓部隊をつれて屋根に上れ。」


混戦の中で、得意とする部隊戦は行えない。ゲルマンの得意とする一対一の個人戦では戦力に差が無い。
起き出したばかりでは武装の差も無い。 遠方からの狙い撃ち、これで幾らか先手の戦いが楽になる。
柵を乗り越えようという瞬間を射られ、転げ落ちる敵兵。
結局、敵を追い払ったときには焼けた建物の間に子供や女、寝たままやられた仲間の死体が転々と転がっているだけだった。


「シンジ!」

「カイアナクス、無事か。」

「アスカの姿が無い。どこにも。」

「なんだって?」


その後の軍議は意見が真っ二つに割れた。


「すぐに追っ手を出せ!」

「駄目だっ。」


僕は両手を上げて皆を制止した。


「なぜっ。」

「ここでばらばらな動きを見せたら、必ずケイムカの伏せ勢に、個別にやられる。」


ローマ軍がほぼ全滅した戦いが過去にあった。忘れてはならない。


「無傷の者だけで、軍団を再編成する。それが最優先だ。」

「しかしっ。アスカが、他の女たちも。」

「死ぬことは無い。奴隷に売るにしても何日かはかかる。」

「だが、それでいいのか。」

「卑怯者の言うことだッ、俺は娘を助けに出るぞ。」

わっと言う叫びと一緒にひとかどの男達10人ほどが馬の轡をとろうと揉み合う。


「止めはしない。だがあなた達は戻ってこない。助け出した後女たちはどうなる。
後続の部隊だってあなた達がいなければ苦戦するだけだ。」


彼らも顔を見合わせ、唇を噛んでいる。


「死にはしない。あとは我らの神が決めることだ!」


一番飛び出したいのは、僕だ。アスカがあのバルバロイたちに今にも犯されているかもしれない。
組み敷かれ、身体を開かれているかもしれない。涙と悲鳴。打ちひしがれた表情。


「装備を付けろっ。編成を急げっ。それが一番早く女達を助け出せる道なんだ。」


無論偵察は出した。足の速い身軽な伝令兵が軽武装のまま、引いていく彼らをつけている。
一番危険なのは彼らだ。だからこそ無駄に出来ない。隊列を組んで、一気に拠点を潰す。

残った我々はローマ式の重装歩兵とまではいかないまでも、中装歩兵くらいの武装をしている。
重装長槍歩兵、短槍投槍兵、弓兵、軽装弓騎兵と重装騎兵。
この5種の兵の組み合わせはローマ軍本体にも無い。いずれも鉄兜をつけるが軽装騎兵にはない。
特に盾を腕に付けず胸に着け腕には鉄製の幅広の腕輪を着けた。これにより戦闘性が格段に上がった。
訓練も十分でこの数ヶ月で見違えるほどの腕前になっている。
全周囲を守るばらばらの軽装歩兵と正面だけを見る長槍方形陣では戦闘力も違う。
これを組み合わせた。
彼らが引いていった先には広大な牧場がある。そこに部隊を集結させよう。
夜襲が終わった約1時間後。
僕らは700の兵を集め、バルバロイの後を追って追撃戦に入った。
約300の兵を砦に残した。



砦を出て1時間ほど。駆け戻ってくる伝令兵と遭遇した。


「ここからさらに1時間ほどのところに川がある。その川を渡った森の中に入っていった。
残ったものがさらに後をつけている。潜んでいた敵の伏勢もみな引き上げたところだ。」

「さらわれた女は何人ほどだ?」

「俺が見たのは30人ほどだ。途中で騎馬兵が馬の背にくくりつけて走らせている。
若くて綺麗な娘は背中に、そうじゃないのは馬に2人ずつ引かせてる。」

「下手を打つと馬上の娘らは連れ去られることになる。」

「しかしさらに奴らの前方に回りこむのは至難の業だぞ。」

「敵の総数は約300だ。こっちのほうが倍はいるんだろう?」

「ああ、700。」

「あの森の道は、ナタの山の右に抜けることしか出来ない。軽騎馬兵だけなら先回りが出来るが。」

「ふもとの平原でぶつかることになるな。軽騎兵だけなら200、ちょっときつくないか。
投槍300を一度に受けることになるぞ。」


そこで僕には思いついたことがあった。


「待て、敵兵は略奪した穀物はどうしてる。」

「歩兵が背負っている。後は女たちとは別の馬に積んでいる。」

「砦からその森まで敵はずっと走って行ったのか。」

「ああ、大分あごが上がっている。」

「メリクレス!どうだ。」

「ああ、森に入ったら安心して奴らは休むだろう。砦から2時間穀物を担いだまま走り続けだ。
すぐに追って来ると思ってた俺たちが現れなかったので拍子抜けしてる時分だろうしな。」

「落ち着いて追ってきて正解だったな。
我らの騎馬が先回りして戦い始めても戦闘の声が聞こえる場所まで戻る時間が稼げた。」

「よし、軽装弓騎兵200はナタを越え、平原の森の出口から逆戻りしてくれ。指揮は任せるぞメリクレス。」

「おう、わかった。」

「カイアナクス!君は弓歩兵、投槍軽装歩兵200を率いて先行しろ。但し声を立てずにな。」

「承知だ!行くぞ!」


土煙を上げてカイアナクスたちが走り去る。
僕は重武装のつづらを背負い、長槍を持った残りの重装歩兵と重騎兵300を率いた。
重騎兵と重装歩兵の同時攻撃で敗走させてところで弓兵と軽騎兵とで挟撃。決着をつけられるだろう。
幸いこの森はさほど深くなく下草も少ないということだ。方形陣を縦に厚く取って複数で突っ込む。
突撃威力はむしろ増すだろう。 僕らも全力でカイアナクスたちの後を追って走り続けた。


カイアナクス達は森の中を姿勢を低くしたまま進んだ。
ケイムカの連中が休止しているところを確認した伝令兵が、今まさに駆け戻って来た所に行き当たった。
伝令兵はカイアナクスとともに再び駆け戻る。藪影から敵を視認する。
鎧を解き、しきりと汗を拭っている者もいる。思ったとおり小休止を取っているようだ。


「あれか?」

「そうです。数にして3百数十。騎馬は約40頭、捕虜になっている女は30人ほどです。」

「その中にアスカはいたか?」

「アスカ様を見てはおりません。ではこの先に先行した別の一軍があるということですか?」

「可能性はある。砦を襲ったのは一部で、後詰の兵がいたのかもしれない。ここには敵の首魁はいるのか。」

「たぶん今まであの男達と一緒にいた、熊の毛皮を着た一際大きな男でしょう。今は見えませんが。」



先行部隊がいるとすれば、あまり時間をはかけていられない。王族であるアスカは人質としての価値も高い。
先に連れ去られている可能性がある。戦利品としての価値も断トツだろう。
ここはさっさと戦端を開いた方がいい。戦ってシンジたちのほうへ引いていく、調子に乗って軽武装のまま
追いかけてきたら重装兵の餌食だ。逃げ出すところを引き返してきた軽騎兵との挟み撃ちでほぼ皆殺し、と。
弓兵に合図を出す。幸い女たちは馬群と一緒で少し離れた所にいる弓での攻撃には絶好の場所だ。
黙したまま手を振り下ろした。ざああっと言う音とともに弓がバルバロイどもに降りかかった。続けて第2射、
ばたばたともんどりうって倒れるものが数知れない。そのときになってやっと攻撃してくる方向に気づき、
頭に血を上らせきってしゃにむに突っ込んでくる。弓兵の間にしゃがんでいた投槍部隊が立ち上がり、
突進してくる敵兵を殆ど打ち倒し、そこに弓兵の第3射が放たれた。
ところがこの攻撃があまりにも巧く行き過ぎた。
生き残った敵は諦めて反攻せず馬に跨ると一斉に女と逃走したのだ。


「しまったっ!追えっ!」


慌てて飛び出して追いかけたが馬にかなうものではない。
その時、走り出した馬群の前に一群が飛び出し、先頭の4−5頭の騎手をあっという間に馬上から切り落とした。
それぞれがその馬に跨ると、残りの馬群にさらに襲い掛かった。
混乱のさ中に、大剣を背負った精悍な一団が戦場に駆け入ってきた。彼らの豪剣が馬もろとも敵を切り落とす。
そこに僕らが追いついて、フランクのケイムカ一族は一人残らずなぎ倒された。


「アスカッ!」

「シンジッ、遅かったじゃないの。」

「き、君さらわれたんじゃなかったの。」


アスカはふふん!と剣を振った。血沫が草に飛び散る。周囲の兵たちもいずれ劣らぬ腕前の女性兵たちだ。


「この子達は私直属の、いわば近衛の兵よ。ここまで敵を追って潜んで機会を窺っていたわけ。」

「お陰であいつらを逃がさないで済んだよ。流石はアスカだ。」


へへんッと嬉しそうに歯を見せて笑ったアスカだったが、返り血が髪や甲冑にべっとりと張り付いている。
壮絶極まりないお姫様だ。これからもこんな思いをさせられるのでは寿命が縮むと内心苦笑した。
それから、サクソニアのジークたちに向かい直った。


「感謝する。我らを助けてくれたことを決して忘れない。」

「気にするな。卑怯なことは嫌いなだけだ。」

「この礼はいずれ必ず返す。わが友を救ってくれた礼もまだしていない。」


どちらからとも無く手を伸ばし抱き合った。
新しい、信ずるに足る盟友が加わった瞬間だった。

ケイムカの一族は部族の戦士300以上を一気に失い、軽騎兵に遭遇した一軍は土地を捨て森に散っていった。
いずれまた結集するにせよこの辺りにいられないし、我々に抗する力を持つには数年掛かることだろう。
そして我々にはサクソニアの部族150人足らずが新たに加わった。









イルシオン 2008-01-15 komedokoro
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