期末試験を前にアスカと一悶着あった。


「どうして?こんな無駄な勉強なんてやる必要ないじゃない。そんなことより毎日を悔いなく過ごす方が大切よ!」

「昔と違うんだよ。今は誰でも勉強して立派な社会人になれるし、そうならなきゃいけないんだ。」

「だからあんたはお人好しのお子様だって言うのよ。見てみなさいよ。
学校なんてシステムに乗ってたら使われる人間にしかなれやしないじゃない!使われる人間を効率よく育てるとこなのよ!」

「そんな事ないよ。」

「じゃあ、勉強は自分個人の為にやるものなのに、なぜ朝遅れちゃいけないとか、勝手に決めたルールを守れとか、
先生は尊敬しろとか、目上には服従とか言うの?おまけに事勿れで、長いものに巻かれろみたいな教育をするの?」

「そんなの、当たり前の事じゃないか。別に悪い事じゃないじゃないか!」

「ふん!屠殺場に引かれていく羊みたいな顔しちゃってさ。ばっかみたい!」

「アスカみたいに圧倒的な力を持ってるならそれでもいいけど、一般人は波風立てずに生きていくしかないんだよ。
そんなのは、君が生まれた頃だって同じだっただろ!」


アスカの顔が白くなって血の気が引いた。額の赤い宝玉が輝く。


「そうよね・・・。たしかにそうだった。でもあんたのは自分で望んだ馬鹿で、強制された事とは違うんだからね!」


アスカの目の色が赤くなり始めた。まずい。


「全知全能の私がついているのにどうして私の魔力を使わないで、卑屈な生き方を選択するのよっ!!シンジの馬鹿っ!!」


言ったとたん、アスカは身を翻して教室から走り出ていった。

はあ。困ったなあ。どう言ったら分かってもらえるだろう。・・・ぼくは今の生き方が正しいと思って疑う事はなかった。



天使のランプフィギア3

こめどころ





「きゃあ!惣流さん!」


女の子達が悲鳴を上げた。

体育の授業中、だしぬけにアスカが倒れたのだ。僕は慌てて駆け寄った。


「アスカッ。」

「シンジ、ごめん。私抜け殻残して家に帰ってるから・・・。」


そのまま、がくっと首を落とすアスカ。


「先生!保健室に運びます!」


僕はアスカの膝の裏と脇に手を差し入れ、そのまま抱き上げると保健室に向かって走った。


「おおおっ!」「きゃーっ」


どよめきが上がる。何をこんな大変な時に意識してるんだ、馬鹿じゃないか!?

アスカに血の気が無い。抜け殻になるってどういう事?体操着姿のアスカを抱えて必死に走る。

保健室に駆け込んでベッドに横にする。

保健室の先生は、アスカの横につくと脈を取って真っ青になった。


「ネ、ネェ、い、碇くん。死んでるわよ、この子。一体何があったの!?」

「ええっ、そんなばかな。さっき迄で元気だったのに。」


その時僕の頭にひらめいた事がある。僕は保健室を飛び出すと職員室に飛び込んだ。

びっくりして振り返る先生達。僕は手近の電話を取ると家に電話をかけた。


「姉さん!今僕の部屋に入ってランプに触らなかった?!」

「あ?ええ、マイセンのフィギアランプね。つけっぱなしだったから消したけど。」

「あれは消しちゃだめなんだ!すぐに点けて!はやくっ!」


ちん!後ろから手を伸ばした先生が電話を切った。


「なにするんだ!」


僕は思わず先生に噛み付くような勢いで怒鳴った。

僕をおとなしい良い子だと思っていた先生はびっくりした。

そしてそれから逆上したように、何だとは何だ!と怒鳴り返した。


「碇っ。学校からの電話は禁止されてるだろうが。」

「今そんな事言ってる場合じゃないのにっ。」

「理由のいかんは問わん、さっさと出て行かんか。」


僕はこぶしを握り締めた。


「いやだっ、大事な事なんだ。規則なんか守っていられないっ。」

「なんだとうっ。」


先生の手が唸りを上げて僕の頬をひっぱたいた。

僕は後ろに椅子をひっくり返しながら倒れたが、跳ね起きると物も言わずに受話器を取り、番号を押した。


「姉さん!ランプは!」

「今、点けたとこだけど。一体どうしたって言うの。」

「いいんだ絶対にそれには触らないでよ。わかったっ?」

「う、うん・・・。」


ほっとして電話を切ったとたん、襟首をつかまれて引き摺り倒された。


「碇!貴様、なめてんのか!」


まるでどこかの与太者のような口を利く。これでも教師が勤まるんだから不思議だ。

ちょっと不良がかった奴には何も言えないくせに。僕の中に強烈な衝動が浮かびあがった。


「うわあああああっ!」


僕は先生に体当たりをするようにつかみ掛かっていった。


ドカアアアーン!!


大きな爆発が起こった。職員室の窓という窓が粉々に吹っ飛んだ。

職員室にいた全員が吹っ飛ばされて壁や床に叩き付けられた。


ばきばきばきばき


無気味な音を立てて天井が捲れあがって行く。

その向こう側の空に長い髪を放射線状に広げ純白のローブを身に纏ったアスカが光に包まれて浮かんでいた。

額の真っ赤な宝珠と両眼が深紅に輝き、目をあけられないほどの光を放っている。

両手をアスカが真っ直ぐに持ち上げる。

校舎全体が粉々に砕け始め、じきに猛烈な勢いで空の彼方に吸い上げられていった。

全ての施設は、跡形も無くなり、先生や、生徒達が折り重なって地面に倒れている。


その上空にアスカと僕だけが光に包まれて浮かんでいる。

アスカが僕を手招く。僕はアスカに吸い寄せられるとその、か細い体を抱きしめた。


「アスカ、ごめんよ。部屋に鍵をかけるのを忘れたんだ。」


しゅう、しゅうと音を立てて滾っているアスカの身体。

しかし不思議な事に熱くも何とも無い。

眼下に見える山々そして川筋。

地図のように見えるそれらがアスカの立てる波動で次々とあちこちで爆炎を上げていく。

アスカは僕の手を握ると、ぐんぐん速度を上げながら空高く舞い上がっていった。

あっという間に都市が消え、僕らは海の上を飛んでいた。

国防軍のレーダーに感知されたらしく、最新型の戦闘機が2機、僕らを追ってくる。

と、物凄い速度で追い越すと、前方で機体を翻した。


ドドドドドッ、 ドドドドドドドドドッ!!


機首のバルカン砲が火を噴いたのがはっきり見えた。

アスカが片手を前に突き出し平手を僅かに動かすと透明な赤い壁が展開されれた。

全ての弾丸はその壁に受け止められ、消えた。

アスカが僕の手を放す。それでも僕は落ちもせずそのまま宙にうかんでいる。

アスカは両手を胸の前で組むと気合を放つ。

一瞬、僕は空気がはっきりと歪んだのをみた。

歪みはそのまま鞭のようにしなりながら戦闘機を叩き、その両翼を切り落とした。

翼に抱えられたミサイルが轟音と共に火の固まりとなって空に灼熱の炎を広げる。


「アスカッ。」


アスカの髪は白銀色に輝き額の宝珠と両目が竜のように赤く輝いたままだった。

完全に正気をなくしている。


「アスカッ。」


もう一度、強く呼びかける。宝珠の光が落ちると、目の光が弱くなる。


僕はアスカを抱きしめて叫んだ。


「アスカ、アスカ!お願いだよ、元に戻って。もう大丈夫だよ。ぼくは何とも無いよ。」

「シンジ、シンジが。シンジが。」


なおも手を突き出し、僕を守ろうとする。


「大丈夫、僕はここにいるよ。もう怖くない。君と一緒にいるよ。」

「ああ、シンジ。・・・だいじょうぶなの。大丈夫なのね。」


きつくしがみついてくるアスカ。


僕らは真っ直ぐに下降していった。一つの灼熱の発光体と化したまま水面すれすれにまで。

僕ら二人は堅く抱きしめあったまま、激しく水蒸気を吹き上げながらゆっくりと海中に沈んだ。

青い海中で、アスカはようやく静かになった。

紫色の瞳が静かになり、透明な輝きが戻ってくる。

息苦しくもなく、話も普通にできる。


「・・・・アスカ。」

「・・・・シンジ。私、また変になってたのね。」

「被害は学校全壊1、戦闘機2。まだ安いもんだよ。」

「シンジ・・・。」


アスカの表情が変わった。

ひどく悲しそうな、喘ぎ声を上げそうなほどの切ない表情だった。

その苦しそうな表情に僕は何も尋ねまいと思った。


「帰ろう、僕らの街に。」


学校に戻ると、そこは何事もなかったかのように、静かにただそこにあった。

壁にまとわりつく蔦。

影と木漏れ日の揺らぎを作る銀杏並木。

木造の大きな図書館。

雑木林の中で語り合う人影。

グラウンドで練習をする野球部。

校庭でランニングをしている陸上部。

奇声を上げて猛烈なタックルをくりかえすラグビー部。

いつもの学校がそこにあった。

倒れた自転車。

がらくたが積まれたクラブハウス。

どこかから聞こえる合唱部の歌声。

テレピン油の香り。

影を引いて歩いていく帰宅する生徒達。

日常の、学校がそこにあった。


だがここにあるのは全てアスカが作り出した偽りの日常だ。

その中にいても人間は日常を生きていける。

これをただ一つの日常と信じているから。

平凡な毎日の繰り返しと信じているから。


日常、この愛すべき貴重なもの。

日常、この唾棄すべきもの。



昨日まで僕もその中にいた当たり前の決まった世界。

それが。



ひどく遠いものに感じられた。


















家に帰ってみると、姉さんが自分の手をじっと見ていた。

トルコ石の指輪がその指にあった。


「姉さん、それは?」

「え?ああ、シンちゃんか・・・。まえね、マーケットで加持さんに貰ったのよ。」

「きれいだね。」

「いいのかしらこんなすごいものを貰っちゃって。」


ターコイドは神秘的な青い色を纏ってねえさんの指にあった。


「加持さんは、姉さんに上げたかったんでしょ。その為に持ってきたんだからいいんじゃないの。」

「イランの方に旅した時のもらい物だと言ってたわ。」


うちには跡継ぎがいないのでこの石を言い伝えにしたがってはるか東方に伴ってほしい。

差し上げる、と言われたのだそうだ。

ただ、薬を病人に分けてやった事だけでこんなお礼は貰えないと断ったのだが、

どうしてもと押しつけられたということだった。


「この石はその運命の担い手になる為に遥か東方に旅立つ時が来る。
はるか東よりの旅人がこの一族の者を救う時その手に委ねられる事がこの石の定め。
そしてそれまでの間この石を魔より守る事がこの一族の定め・・・。」


「そんなファンタジーロールプレーゲームみたいな事を守り続けたって事自体奇跡みたいな話だよ。」


僕は極めて夢の無い事を答えて夢見る少女の姉をむくれさせたようだ。


「加持さんの見立てでは少なくとも紀元前のものらしいって。指輪の文字がフェニキア文字なんだって。」

「この所もらい物の話が多いな・・・。」


ぼくはちらっとアスカとランプフィギア、カフェサービスセットの事を思い出した。


「でもそんな貴重なものを貰っていいのかな。」

「そうでしょ。だから悩んでいたのよ。」

「どうも加持さんにも何か秘密がありそうだ。これは一つ調べてみなくちゃね。」


部屋に戻ってフィギアランプのスイッチを入れる。


「アスカ、起きてる?」

「ん、なに?」

「加持さんのとこに行くから支度をして。」

「了解。少し違ったパターンで行こうか。」


ばさばさばさっ。


「ふくろうねえ。」

「夜間の隠密行動はこれに限るわよ。」


巨大なしまふくろうが2羽。

野鳥の会の人にでも見つかったら大変だと思うが。


「加持さんの家って分かる?」

「お姉さんの彼氏ね。わかるわよ。」

「まだ彼氏って訳じゃないだろうけど・・・。」

「にぶいわねぇ。恋の匂いがぷんぷんしてるじゃないの。」

「そういうものって、匂いで分かるもんなの?」

「もう、ばっちりよ。」


シンジはうろたえて自分の肩口をくんくんと嗅いだりしている。


「だめよ。自分の匂いはわからないわ。そして自分が好きな人の匂いも分からない。」


そればっかりは自分の心の奥底の自分に尋ねてみないとね・・・・。



加持さんのマンションはすぐに分かった。アスカの魔法に不可能な事はないようだ。

僕の記憶から加持さんの顔を取り出し、その写真のような記憶を数万の虫達にばらまいて捜させる。

ほんの2,30分で見つかった。

加持さんのマンション、というかそこは踏み切りの側の安アパートだった。


「意外だな。金持ちのボンボンみたいな人の趣味かと思っていた。」

「そうじゃないみたいね。結構危ない橋も渡ってるみたいよ。
昔はこういう男達が大勢いたわ。冒険を命で購うような、生きている男達が。」

「今の男達は死んでいる?」

「そうとまでは言わないけれどね。見てると寂しいわ。」


僕とアスカは手すりにつかまって部屋を覗き込んだ。

どこかで拾ったようなたんすの上に、年若い夫婦と小さな男の子と女の子の写真。

そしてその隣りに、なんと、姉さんの写真がおいてある。


「旦那旦那!加持の旦那。」


アスカが声を作って部屋の中に呼びかける。


「おい、アスカ!」


僕がアスカの言葉を遮ろうとした瞬間にガラッと窓が開いた。


「旦那、あっしが御呼びしやした。」

「こいつは驚いたな。この都市のど真ん中でふくろうの御訪問、しかも話し掛けられるとはね。」


たいして驚いたように見えない。普通の人ならパニックを起こすところだ。


「少し鈍いのかな。」

「そうね、ランプから女の子が出てきても慌てない人もいるしね。すこし鈍いのかしら。」


僕は黙り込んだ。


「私らはあの、青い石の関わりの者でして。わたしらもこんななりをしておりますが、本物の石を数千年にわたって待っていた者でしてね。

本物かどうかの確認をしたいんで。旦那の聞いていらした青い石の約束の言葉をお聞きしたいと。そういうわけでまかりこした次第。」

「参ったね、本当だったとは。約束を守っておいて良かったよ・・・。」


「この石はその運命の担い手になる為に遥か東方に旅立つ時が来る。
はるか東よりの旅人がこの一族の者を救う時その手に委ねられる事がこの石の定め。
そしてそれまでの間この石を魔より守る事がこの一族の定め・・・。」


だったかな。おっとその後がある。


東の人間は心優しき清らかな乙女にその石を差しだすべし。そは愛しき者、その者の夢そのもの。その者の憧れであるべし。


てんでガラじゃないがね。たまたま俺にはそういう女性に心当たりがあったからその人に渡しておいたぞ。」


ため息が出るほどはまった話だ。もう選ばれたとしか言いようが無い。


「旦那、その話には続きがありましてね。その石を委ねた乙女に、男は半月のうちにその想いを伝えなければならないという・・・。」

「ちょ、ちょっと待て!俺は渡せとは聞いたが告白とかプロポーズまでしろとは聞いてないぞ。

彼女はいいとこのお嬢さんだ。俺みたいな馬の骨が出る幕はないんだよ。」

「しかしそれが”決まり”ですから。」

「困るよ。いや、それはできないよ。」


おたおたする加持さんを見ていた僕は段々いらいらしてきた。


「おいっ、加持っ!!うちの姉さんのどこが不満だっ!」

「あっ、馬鹿。」

「ね、ねえさん?」

「ぁ、いや、あねさん、姉さんていいたかったんだ。いつも餌をくれるやさしいあねさんなんだ!」

「いや、不満なんじゃなくてさ・・・。」

「アスカ、やっちゃえ。」

「いいの?」


ばん!


上半身のシャツが弾け飛び、いきなり背中に巨大な白い翼が生えた。


「げっ!こりゃあなんだ!」

「魔法が効いてきたみたいですね。加持の旦那。」

「ま、まほうう?」

「魔法にはあらかじめ決められたキャラがそのとおり動かないと強制力というものが働きましてね。」

「強制力って、こ、こんなかっこうで告白するのはいやだぁ!!」

「もう遅い!覚悟を決めるっ!」


アスカがくすくす笑いながら言った。結構のりのりじゃない、アスカ。


加持さんは「男として」とか「こんな急に」とか「心の準備が」とか声を限りに叫んでいたが、家に着く頃には覚悟を決めたみたいだった。

ぼくはベランダに降り立つと部屋の中に入って人間に戻った。そして、姉さんの部屋に行き、ベランダに出てくれるように頼んだ。


「変な子ねえ。」


ともかく姉貴を外に押し出した。上上、と合図を送る。姉さんは上を見る。


「や、やあ。」


白い翼を広げて飛んでいる、加持さんが、にこにこと(冷や汗をかきながら)手を振っているのが否でも応でも目に入った。

パニックを起こしかけた姉貴だったが、何とかこらえたようだった。結構太いな。


「ほら、はやくっ。さっさとやらないと告白にまで強制力が働くわよ。そうなったら自由に喋れないわよ。」


「ミ、ミサトさんっ!!」

「はい。」

「お、お伝えしたい事が。じつは・・・私、加持リョウジ6月17日生まれは、葛城ミサトさんを、深くその、愛ししてしまいました。

いや、あの・・・ミサトさんは大変素晴らしい素養の持ち主だとおもいます。それで・・・あの。」


ミサト姉さんはため息をついた。


「一体何の冗談なんですか?で、今度は何をやらかしたんですか?」

「いや、じょ、冗談じゃないんだ。真面目な話なんだ。ほんとにプロポーズに来たんだよっ。」

「そのなりでですかあ?」


「どうも信用無いわねえ。」

「加持さん冗談好きそうだから、今迄も前科があるんじゃない?」


ごくん、と加持さんの喉が鳴った。


「聞いてくれ!こうなったら本当の事を言う。だから本気で聞いてくれ!」


加持さんは翼をたたんでベランダに降り立った。手をズボンのポケットに突っ込む。

顔つきが、変わった。真剣な、男の顔だ。

姉さんはベランダの端に佇み、加持さんの次の言葉を待つ。


「これを・・・受け取ってくれないか。」


加持さんはその小箱のふたを開けた。そこにはまばゆく輝くダイアモンドのリングがあった。



「あきれた、あんなものをいつも持ち歩いていたなんて。」

「それだけ真剣に機会を狙っていたんだね。きっと。」



「俺と・・・一緒になって欲しいんだ。頼む。」


姉さんも真剣な顔に変わった。


「加持さん?私なんかで、いいんですか。」


姉さんの目線を一瞬も離さず、加持さんは言った。


「君が一緒になってくれないなら、俺は一生結婚はしない。」



「うそっ、この場面で本気を出してきたわよ!」

「がんばれ!加持さん!」



大人しい姉さんは、真っ赤になって俯いた。そして何かをつぶやいた。

それは、余りにも小さな声だったので、加持さんは姉さんの口元にまで耳を寄せなければならないほどだった。

加持さんはそのまま、姉さんを胸の中に抱え込んだ。


「やった!やったぞ!!」


加持さんは僕らに向かって泣き笑いのような顔をして、でも左腕を高々と上げて叫んだ。

白い翼が大きく広げられて夜空に二人は舞い上がった。

そのまま物凄い勢いで二人は夜空に打ち上げられた白銀の弓矢のように一直線に飛んでいった。

僕らは慌てて後を追った。


「信じられない!初めて翼を持った人がどうしてこんなに飛べるのよ!」


高度3000mほどの、銀の草原のような雲海のうえで、二人は堅く抱擁したままくちづけを交わしていた。

僕らは思わず微笑んで肩を抱き合った。


「アスカの言った事、本当だったね。」

「そうでしょ。これで私達の役目はおしまい。例のターコイドは私達が預かっておきましょう。」


姉のトルコ石の指輪は僕らの手の中に現れ、姉と加持さんはそのままベランダに転送した。シャツも元に戻して。




僕らは元の姿になり、姉さん達とは反対側から自分の部屋に戻った。



「ねえ、アスカ。ここには何が書かれているの?」


僕は指輪の裏の古代文字を見ながら何の気無しに言った。


「なになに・・・この石を作りしもの、告げるであろう、赤い目の天使に・・・」


そのとたん、トルコ石から一瞬強い光が発せられた。


「あーっ!!」


アスカは鋭い叫び声を上げ、両手で顔を押さえてベッドに倒れ伏した。顔から白煙が上がっている。


「わわっ!アスカ!どうしたの!!」

「あ、あああーーーっ!!目が、目がああーーーっ!!」


転げまわって苦しむアスカを抱きよせると、引きずるようにして廊下に飛び出した。

そのつきあたりに洗面台がある、そこにアスカの頭を突っ込むと、カランを思いっきり開いた。


バシャーーーッ!!


激しく弾け飛ぶ水が廊下に溢れ出す。

冷水を手に当てながらアスカの目に何度も水を当て、手のひらで冷水を受けて瞼を抑える。

アスカはまだ苦しんでいる。2,3分もそうしていただろうか。

僕もアスカもずぶぬれになり、水が階段から階下にまで溢れ出した頃。

ようやくアスカが僕の手を抑えもういい、と言うように叩いた。


僕は再び部屋に取って返してタオルを持ってきた。

アスカは力尽きたように洗面台に片手をおいて、ぺたんと膝を突いて座り込んでいる。

髪の毛からポタポタと水が垂れている。

そっと顔の水気を取り、ざっと髪を拭きあげる。バスタオルを、頭からすっぽり掛ける。


「アスカ、大丈夫かい。」


ゆっくり、ゆっくりとアスカが目を開いていく。

見守る僕の前で。

僕は、息を呑んだ。

アスカの瞳の色は、高い空の上のさらに上の青。天上に続くような透明なスカイブルーに変わっていた。


だが、事態はそれだけではすまなかった。






「シンジ、目が、目が見えない。どこにいるの。」







後書き


天使のランプフィギア3回目の終わりです。
やっぱり伸びてしまいました。
おゆるしください。


こめどころ


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