あらすじと冒頭のプロローグ。

フリーマーケットで不思議な少女から譲られたフィギアランプ。
そこから現れた、自称最強の魔法使いアスカ・ソウリュウ・ラングレー。
まだいろいろと現代に適応できないでいるところもあるけれど、僕のうちからはじめて学校に通う事になった。
戸籍や住民台帳を改竄し、お金を調達して学校に入学できるようにいろいろ調べて走り回った。
まず、保護者の調達。昔ベルリンの養護施設に引き取られた捨て子を設定し、そこから4代目の子孫としてアスカのルーツ
を作った。さらに祖父母がアメリカにわたって米国籍を取得したことにした。米国は住民台帳しかないので、それを改竄して
空欄になっている番号に移民としてラングレー家を作り出した。魔法で取り出したお金を使って数十年前の不動産台帳に購
入の実績を作り、その代金が所有者である州に振り込まれたように銀行の帳簿を操作した。代が変わるたびに銀行に納税
の実績も作った。アメリカはどこの州にいっても納税台帳だけはきちんとしているので、それを逆手にとって納税番号を手に
入れた。
そうやって作った家の子供としてアスカが生まれたという形にした。NY州Isakaの10年ほど前からある空き家を過去に溯って購入。
そこの学校に籍を置いたが病気がちで小学校に出席できず、中学校から学校に通おうとした矢先に日本に転出という事にした。
本人替わりの土人形をつくり、アスカ自ら親に化けて学校に乗り込んで交渉をし、在学証明を出してもらった。
住民台帳記録上は、10年前から住んでいて、小学校にも一度も出ていないが在学しており、中学校にもそのまま進学している。
ただ、NYCityの病院にかよっていて、学校には行っていない、ということにした。外来カルテを作るのは簡単だった。
大きな病院の外来は曜日によってDrが違い、外来窓口もいくつもあり、カルテでしか個人を特定できないからだ。
一応小学校過程と、中学校3年レベルの試験を受け、まったく問題が無かったのでそのまま州の認定試験を受けて在学証明書と
成績審査証明を発行してもらった。




そうしてアスカは正式に僕らの中学校に受け入れられた。
転校生、惣流・アスカ・ラングレーの誕生であった。




天使のランプフィギア

こめどころ




学校でのアスカはなかなかの優等生だった。その上大変な人気者だ。誰もがアスカと友達になりたがる。

神秘的な容貌でありながら、明るい笑顔と意外と砕けた性格なのが人気の秘密だったかもしれない。

今日は球技大会。うちの学校の球技大会はすべて男女混合だ。


「えーいっ!」


自陣ゴール下でボールをカットしたアスカは、かっとしたボールをそのまま宙で相手ゴールに向かって投げた。

ボールは回転をほとんど止めたまま高く舞い上がると吸い込まれるように敵ゴールのネットに突き刺さった。

まるで宙に浮いているかのような錯覚を起こさせるほどの見事なプレーだった。


ピーーーッ!!


ゴールのホイッスルと試合終了の合図が同時だった。

と、僕たち3−Aのメンバーは踊りあがった。大歓声。これで僕らはソフトボール、バレーボールの2部門を制した。

次のサッカーで勝てば、3−Cを破って完全優勝だ。アスカは女の子達に次々としがみつかれながら、みんなで飛び跳ねている。


「魔法を使っちゃいけないって、あれほど言ったんだけど・・・。しょうがないかな。」


気が遠くなるほど長い間、誰とも語りもせず喜びも知らず、ただ大魔法使いとしてのプライドだけで過ごしてきたんだ。

少しくらい羽目を外しても今日だけは大目に見よう。僕はそう思った。

アスカがこっちへ向かって走って来る。僕は片手を上げるとアスカと手を合わせて、パアンッ!と派手な音を立てた。


「すごいね、アスカ。最高じゃないか!」


ちょっと俯きかけていた、しかられかけた子犬のような目がパッと明るくなった。


「うん!次も頑張るからね!」

「サッカーは、僕も一緒だからね。一生懸命やろう!」

「まーーーっかせなさいっ!!」

「アスカ、次も見せ場を一杯作ってくれよな!おまえのおかげで相田フォトコーポレーションは大もうけだぜ!」

「任せてっ、ケンスケ!でも売り上げの6割はわたしのだからね。忘れるんじゃないわよ!」

「ちぇっ!!しっかりしてるな。まあ、しょうがないか。ほとんどおまえの写真が売れるんだもんな。」

「お、おいおい。二人で何を売ってるのさ。」

「ケンスケの写した、惣流アスカ写真集、青春の光と汗、よ。」

「青春の光とあせぇ?恥ずかしいタイトルだね。」

「これは売れるぞお。アスカ次のサッカーはブルマーで頼むぜ。何といっても売れ行きがブルマーと短パンじゃ違うんだ。」

「大丈夫、ちゃんと渡された真っ赤な青春のブルマーに、着替えてくるわよ。」

「アスカ、そんな怪しげな写真取らせてるの?」

「だって、友達は大切にって、シンジが命令したんだよぉ。」

「そうそう、相身互い、相身互い。」


相変わらず調子が良いケンスケ。アスカも写真に撮られるのはまんざらではないみたいだけど・・・。


「シンジ、印税が入ったらアイスクリーム食べに行こうね。」


アスカはまったく屈託が無い。この間食べに行った、巨大ストロベリー&チョコレートソフトがえらくお気に召したようだ。

彼女に言わせると、やはり魔法で作ったものと本物は味わいが違うそうだけど。

ソフトクリームを食べている時のアスカの顔ったら・・・。身体中に震えが来るほど可愛いんだ。淡い光の中の天使のような。

なに言ってるんだろ、僕。ばか。




因縁の対決宿敵3−Cを倒しての自力総合優勝。それが僕らの願い。

サッカーの試合は進み、ついに同じく勝ちあがった3−Cとの優勝決定戦に縺れ込んだ。

総合得点はまったく同じ250点対250点。この試合に勝った方がサッカーの優勝も総合優勝も手にできる。

異様なもでの盛り上がりを見せる応援団と応援の一般生徒。

急遽結成、アスカ親衛隊の割れ鐘のような応援。そこには下級生女子の黄色い声も混じる。


「A・S・U・K・A!あすくわ〜〜〜!!」

「きゃ−ん、アスカ様〜っ!!」


17台のカメラと、写真部の後輩たちを手足のように使ってすべてを写そうと燃(萌)えるケンスケ。

確かにこの騒ぎなら大もうけだろうなあ。

フィーーーーーッ!

試合開始と同時にセンターはゴールのやや右手前にボールを高く蹴り上げた。

殺到する敵ハーフ、フルバックと僕らの右ウイング、ハーフライト。

高いヘディングから、ボールは中央へ戻る。4・4・2の攻撃型の陣形をとった僕らの思った通りの展開。

さらにレフトに出されたボールがレフトウィングのアスカの前へ。

スライディングタックルを上手く避けて、神業のような早いドリブルでスイーパーの前に出たアスカは、パスをライトに撃つ、

ように見せて、左足からゴールポストに直接ボールをぶち当てた。ほとんど垂直に落下したボールは、見事にゴールしていた!

開始後僅か17秒。ゴール!!


「きゃあっ!やああああったぁっ!!」


手足を屈めてから飛び上がり、大きく身体を伸ばしてこぶしを高く突き上げる、アスカのガッツポーズ!

ハーフレフトの僕がとっさにアスカの腰をキャッチして担いだまま5,6っ歩戻ったところで、他のイレブンにもみくちゃにされる!!

怒号のような大歓声が校庭に響き渡る。17台のカメラからの激しいフラッシュ。

ケンスケが超望遠を掲げたままガッツポーズを決めている。応援しているのか、良い写真が取れたのか。

多分両方だな。

1点を失った3−Cのイレブンは完全に目の色が変わっていた。ペナルティーすれすれのラフプレーも辞さない。

こちらもかなり熱くなっている。とうとうスライディングがあまりにもひどすぎると、センター同士が掴み合いをはじめた。

それはすぐ収まったんだけど、もう暴発ぎりぎりまで来ていたんだ。

ボールをチャージして僕が走り出そうとしたとたん2人がスライディングタックルをかけてきた。

とっさにひいた後、ボールを浮かせてタックルを避ける。そのとたん右足に激痛が走った。相手の足が絡まったまま突っ切った為、

僕の身体は地面に叩き付けられた。

ピーーッ!!

試合が中断する。体が動かない。細かい震えと歯の根のなるような寒気。


「こりゃあ、骨がいってるぞ。」


アスカが飛びついてくる。目の色が変わっている。紫色が真っ赤に。


「きっさまあーーっ!!」


アスカの握りこぶしが、僕を倒した奴の鼻柱にめり込む。盛大に鼻血を吹き出しながらそいつはひっくり返った。

それが乱闘の開始。正面にいたC組の奴がアスカの胸座を掴んで、突き飛ばした。そいつをウィングライトが蹴り飛ばした。

フルバックが相手のキャプテンを張り飛ばした。キーパーが殴られてひっくり返った。そいつを駆けつけてきたケンスケが、カメラの

三脚でぶっ叩いた。あとは大混乱。


「やめろ!」

「おちつけ、やめないか!」


審判の先生達が声を枯らすけれど乱闘は終わらない。3,4人を叩き伏せたアスカが僕を抱き起こす。

「シンジ、大丈夫?」

「いててて、足が折れてるみたいだ。動かさないでくれ。」

「あんちくしょうどもぉ〜〜。」


真っ赤になったアスカの目が更に輝き出したと思ったとたんだった。


グワアアアアーン!ドカーン!



校庭のど真ん中が爆発して争っていた生徒が吹っ飛ばされた。


どぱああああーーーー!!!



吹っ飛んだところにあった水道管から物凄い勢いでみんなの頭に水が降り注ぐ。


「わあああ!。」

「きゃあああ!」


逃げ惑う人々。


「アスカッ、すぐに止めるんだ。」

「いやっ!あんた、悔しくないの?! 男としての誇りはないの?

こんな侮辱を受けて悔しくないの。あんな奴等はこのアスカが皆殺しにしてやるわよ!」


髪の毛が逆立ちかけている。目が変だ。僕は思わずアスカの頬をひっぱたいた。


「しっかりしろ!アスカ!」


両肩を掴んで激しく揺さぶった。


「ぶった。シンジがぶった・・・・。あたし何も悪い事してないのにぶった。」

「う・・・。してるよ。早くこれを元どおりにして!」


水が一瞬で消えた。爆発の跡も消えた。泳いだり這ったりしていた連中の回りから。

ついでに僕の足も痛まなくなっていた。


「あ、アスカ。ありがとう・・・ね。」


アスカが振向いた。その目に涙が一杯たまっている。

う・・・、まずい。


「わあああああん!シンジがぶったああっ!わあああああんっ。」


みんなが僕の方を振り返った。






「ま、なんだ。おまえも災難だよなあ。しょうがないけど。」

「ごめんね、シンジ。」


僕は全身打撲で包帯でぐる巻きになってベッドに寝ていた。アスカは小さくなっているし、ケンスケはあきれている。

あのあと、ぼくは駆け寄ってきたアスカのファンクラブと親衛隊にぼこぼこにタコ殴りにされたのだ。


がらっと扉を開けて、誰かが入ってきた。


「あ、シンジのお姉さん。」

「ケンスケくん。シンジの具合はどう?」

「このざまですけどね。」

「なにやったの?あなた。」

「すいませんっ!わたしのせいなんです。」


アスカが真っ赤になって姉貴に謝った。



かあ、かあ、かあ。



真っ赤な夕日の中を、僕と姉さんと、アスカが歩いていく。僕は姉さんに背負われている。


「シンジを背負って家に帰るなんて、何年ぶりかしら。」

「4年生の時。やっぱりサッカーの試合の後で、足をくじいた僕を背負って帰ってくれた。」

「ちゃんと、憶えてたんだ。」

「姉さんの髪の毛で息が苦しかったからね。」


セーラー服の優しい匂いと暖かい姉さんの背中の記憶。もう6年も前の話だ。


「随分重くなったわね。8歳違いの弟なんて、いつまでも小さいままだと思っていたのに。」

「そんなわけないだろ。僕だってもう15歳だよ。体重だって55キロもあるんだし。」

「結構、逞しいのねえ。」


息を切らせて姉さんは言った。


「あの、お姉さん。わたし、変わりますから。」

「いつの間にかこんな可愛い恋人さんも作ってるしさ。隅に置けないわね。」

「そんな。恋人なんかじゃありません。」

「そうだよ。アスカは友達だよ。」



言った言葉で何となく傷つくふたり。「やっぱりそうは思われてないんだな・・・。」と。



アスカは僕を軽々と背負った。体重を消してしまったらしい。


「アスカ。さっきは叩いたりしてごめんよ。」

「いいのよ。わたし、時々ああなっちゃうのよ。叩いてくれなかったらほんとに人が死んでたかも。」


魔法使いの強力な呪術は本人の意識をも飛ばしてしまう事がある事をアスカは教えてくれた。


「だから、わたしを使う時は気をつけて欲しいの。でもあんたは言わなくても十分分かっていたみたいね。」

「僕は、弱虫だからね。」

「ああなってる時のあたしを有無を言わさずひっぱたける奴なんかそうはいないわ。魔物だもの、あたし。」


アスカはまた寂しそうに言った。




僕の部屋のベッドに横になる。学生服を脱がせてくれるアスカ。


「ちょ、ちょっと。アスカ。」

「なに。」

「恥ずかしいよ、同い年くらいの子に脱がされるのは。」

「何言ってるのよ、わたしはいわばあんたの召使いなのよ。堂々と使役させれば良いのよ。」

「そうはいっても、僕は君の事そんな風にはみれないもの。」

「あいかわらずね。でも、うれしいな。」

「アスカは、僕の友達だよ。」


それ以上の気持ちだってあると思うよ・・・と、言いそうになったけど、やっぱり言えなかった。

アスカは僕の両頬を手のひらで包んだ。


「友達・・・。わたしには何より嬉しい言葉。でも、それは寂しくもある言葉・・・。」


アスカの顔はちょっと染まっているように見えた。

温かい、濡れた感触が僕の唇を包んだ。

アスカはそのまま、影が薄くなり、湯気の様に消え去っていった。

僕は暫くぼーっとしてそのままでいた。指で、自分の唇に触れる。


「お、女の子ってなに考えてるんだかわかんないや・・・。」


照れ隠しに、そう、声に出して言ってみた。







ランプシェードの中でアスカは膝を抱えていた。

自分は一体いつからここにいるのだろう。

繰り返し思い出す、あの封印された瞬間。誰かを罵りながら、深淵に落ちていった瞬間。

何の為に、誰によって。




最初の主人は、なだらかな丘の続く草原に住んでいる羊飼いだった。

わたしはその人の為に泉を湧き出させた。

村中の人が喜び、笑い声が絶えない村になった。

羊が増え、集まってくる人々が増えた。わたしは水の精として村人に愛された。

幸せだった。

しかし、ある日突然その村は滅んだ。

その豊かな村は近郷の強大な王国の併呑の対象になったのだ。

わたしが目覚めた時には、何もかもが終わっていた。

わたしの主人も、愛した人たちも斬り殺され、奴隷として遠い地へ売り払われた後だった。

わたしは正気を失って全ての力を解放した。何も聞こえず何も目に入らない時間がいったいどのくらい続いたのか。

気がつくと、わたしはその強大な王国の焼かれ、荒れ果てた王宮の跡に立っていた。全ての生き物の痕跡すらなかった。

アケメネス朝ペルシアは滅んだ。ギリシアの軍はわたしと共にダリウスを追いつめ、その長槍でダリウスの胸を貫いた。

わたしは見た。ダリウスの幼い娘達が、ギリシア軍の剣に引き裂かれるのを。

わたしはその悲鳴に耳をふさいで、ランプに閉じこもった。誰かがそれを拾い上げ、川に投げ込んだ。

長い時間が過ぎ、わたしは海の底で眠りつづけた。

網にかかって引き上げられ、今度は普通のランプとして魚市場の天井を数十年にわたって照らしつづけた。

大きな地震が来て、津波がその市場を飲み込んだ時、わたしは再び地中海に戻った。









次に浜辺でわたしを拾い上げたのは新しい植民地に住む目元の印象的な少年だった。


「ここは、カルタゴノヴァっていうんだよ。」

「僕らの国はローマって言う国に焼かれてひどい暮らしをさせられてるんだ。でも父さんはそんな国をきっと建て直してくれる。」

「アスカ、僕に剣を教えてよ。」

「アスカ、馬に乗りに行こうよ。」

「アスカ、おまえはなぜそんなランプの中に住んでいるの?」

「アスカ、父が死んだ。俺は必ずこの仇を取るぞ。おまえも手伝ってくれるな。」


夢のような年月が過ぎていった。カルタゴは巨額の賠償金を繰り上げて払い終わり、巨大な軍船を再び建造する力を持った。

ローマ軍は海に気を取られていた。主人は陸からローマを撃つ事が最も効果的だろうと思いついた。


「象軍をアルプスを越えさせる。可能か?」


誰もがその無謀をいさめた。

私とハンニバルが軍の先頭に立った。象軍は雪山に怯え、高い谷間を怖れて歩みを止める。

それを根気強く説得し再び歩を進めさせる。


「アスカ様は、まるで象と話ができるようだ、アスカ様の姿を見ると象達がまるで勇敢な兵のように再び立ち上がる。」

「象達よ。私のハンニバルを助けてあげて。あの人はおまえ達の事も人間の兵と同様に思っている。それに答えてあげて。」


実際ハンニバルは、兵が足を踏み外して転落した時には、自らが縄を腰に巻いて谷間に降りていく事も多かった。

兵と同じ物を食べ、同じ毛織物にくるまって眠り、怪我人を自分の馬に載せ、荷物を背負った。

寒さになれぬ象が凍傷を起こすと象番と共に、一晩中香油を塗りながらマッサージを続けるような男だった。

象達はそれを誰よりも知っていた。カルタゴ軍はまるで一つの生き物のようになってアルプスの峠を越えた。


「見よ!あれが我らの仇敵にして父母兄弟の仇ローマの平原だ!」


私達はかねて用意の新しい衣服に着替え、マントを羽織り、象の飾りを新しくした。

槍と刀を研ぎ直し、ローマを倒すまでは再び故郷に帰らぬとあらためて誓いを立てた。

そして一気に峠道を雪崩を打って駆け下りた。



眼下に待ち受ける雲霞のようなローマ軍と私達は、激しい勢いでぶつかった。

軍の先頭に立ち、純白のローブとマント、黄金の甲冑を身に着け、私も馬上に剣を振るいつづけた。

重装密集のローマ軍が鋼の鎧に身を固め、戦車を連ねて突っ込んでくる。我らは身軽な軽装集団でその中に割ってはいる。

凸型に戦っていた私達が次第に凹型に変わって完全に周囲を取り巻いた瞬間に、ハンニバルの采が振られた。


「今こそ我らに勝利を!全軍突撃せよ!」


歓声を上げて突進するカルタゴ軍。ローマ軍は完全に私達の半月陣に取り込まれなすすべも無く倒れていった。

象軍が一気に駆け抜けた跡には、我々の勢いに太刀打ちできるものはなにも残ってはいなかった。

わずか数時間の戦いで勝負は決した。

ローマの重装歩兵集団は完膚なきまでに打ち破られたのだ。

その後の戦いでも一度たりともローマ軍に負ける事はなかった。数度の歴史的な戦いにカルタゴ軍は全て勝った。

ローマ軍の全ての将軍達は地に倒れた。全ての港が封鎖されローマは飢えに苦しんだ。

私達は野を駆ける風のようにローマの大地を蹂躪し尽くしたがローマも周囲の衛星都市も、ついに降伏しなかった。

敗れれば敗れるほどに、叩かれれば叩かれただけローマの兵士は強くなり、父や兄の跡を継ぎ、優秀な将軍に率いられ

再び荒野に私達の前を遮って立った。

カルタゴ軍の補給路を断つ為に戦闘範囲外のローマ軍はカルタゴの同盟都市を攻め立てた。



ハンニバルの命によりシラクサの救援に出向いた事もある。

強大な敵に囲まれた都市を救う為に、数回にわたりローマの軍船を竜を呼び出し、焼き払った。

老いた数学者の計算にしたがって信じられないような巨大な投石器を作った。

魔法を使ってもなかなか飛ばせぬような巨石を軽々と飛ばす投石器はローマの軍船を一撃で沈めた。

巨大な反射鏡を出現させ、ローマ軍船を焼き払ったのもこの数学者の案だった。

町を守っていた数学者は、わたしが魔法を使った後、深く感謝の言葉を述べた。

そしてその後、再び海に戻って眠りに就く事を勧めてくれた。


「なぜ、わたしが邪魔ですか。それともこの魔力が神の怒りに触れるようなものだからですか。」

「アスカ、それは違うぞ。わたしはおまえをまったき人間と思っている。しかしな、わたしはシラクサの王に

使われる立場の人間。おまえを守る事はできない。おまえはわたしから引き離されただの道具や兵器として

使われるに違いない。だから今は別れたほうが良いのだ。わしは、おまえの事を、実の娘のように思っておるよ。

しかし、人とは限りない欲望を持つどうしようもない生き物じゃ。

おまえを知ればこの国の王とて世界の王になろうと思うであろう。

おまえはやりたくも無い戦に引きずり出され、その手を血に染める事になる。いまは早く海に帰るがよい。

おまえを人として愛する人間がおまえの手を取っても誰もそれを阻まぬ時代が必ずやってくる。」


私が再びハンニバルの元に戻った後、シラクサは落城した。

あの老数学者は、最後まで図形を証明しながら死んだという話を聞いた時、私の心には寂しさというものが宿った。



倒れても倒れても立ち上がるローマ軍に対し、カルタゴからの援軍はただの一度のみ、弟のハズドバルが

自力で兄を助けたい一心でやって来ただけであった。

ローマは震え上がった。ハンニバルに援軍が来る!全軍を上げて合体する前の、陸に不慣れな弟の軍を襲った。

ハンニバルが到着した時、そこには全滅したカルタゴ軍が屍をさらしているだけであった。


既に異郷に戦う事10年。共にアルプスを越えた仲間達も半数を割るまでになっていたが、私達はなおも戦いつづけていた。

ローマを滅ぼし祖国に栄光を。そして、そんなみんなを私は、愛し、守り、共に戦いつづけた。

しかし。

弟を失ってなおも戦う、傷心のハンニバルに、カルタゴから届いたのは帰還命令だった。

ローマの将スピキオは、アフリカのカルタゴ本国を襲い、その政治家達を買収し帰還命令を出させたのだ。


「帰ればあなたは殺されるだけよ。絶対に帰ってはいけない。ヒスパニアのカルタゴノヴァに帰って再起を図りましょう。」


私は必死でハンニバルを説いた。


「アスカ、わしはカルタゴ人だ。国を見捨てる事はできん。」


内通、裏切りのはてに、アフリカでの戦いに、ハンニバルは生まれてはじめて敗れた。

またしてもローマからかけられる過酷な賠償金。

海外の植民地は奪われ、全ての商船は焼き払われた。

しかしそれでも彼はあきらめなかった。クーデターを起こし、全ての国政を自分の手中に収め大改革を期したのだった。

全ての事を一からやり直し、税制から政治まですべてを改革した。無気力なカルタゴの人民に明日を思う力を与えた。

私は彼の側にいて、その全てを見守った。

商船団を嵐から守り、道に迷った隊商をオアシスに導いた。水をくみ上げ、潮の満ち引きを港の都合に会わせて変えた。

小麦を腐敗から守り、道を整え、塩害から畑を守り、雨を降らせた。カルタゴは再び海の女王として復活していった。

海と水と栄光の神として人々は私を崇めた。しかし私の目にはハンニバルしか映っていなかった。


「アスカ。おまえとも長い付き合いになるのに、おまえはいつまでも初めての日のままだな。

わしはついに妻も子も持たなかったがおまえと一緒にいられた日々は幸せだったと思う。

もし神がこの世におわすなら、おまえと巡り合わせてくれた事を・・・、いや、おまえこそがわしの神だったのかも知れんな。」



彼を妬むカルタゴ人の政治家の密告を利用して、ローマ軍が再びカルタゴを囲んだ。

条件はただひとつ。ハンニバルの身柄の引き渡し。

ハンニバルある限りカルタゴは必ず甦る。カルタゴ人よりもローマ人の方が彼の価値をよく知っていた。

私は海に嵐を起こして、全ての軍船を海の底に沈めようとした。それを彼が押し留めた。


「ローマ人はわしが生きていると安心して眠れぬようだ。あやつらに安心して眠れる時を与えてやるとしよう。」

「なぜ、あなたが死なねばならないの?私と一緒に逃げて。どこかで静かな暮らしを与えてあげる。だから生きましょう。」


彼は何度言っても肯かなかった。私は大声で彼を罵った。


「カルタゴの愚民の犠牲になぜあなたがならなければならないの!馬鹿よ、あんたは大馬鹿者よ!」


ハンニバルは毒酒の杯を飲み干すと私の手を握った。


「ありがとう。アスカ。いつの日か、こんどはおまえ自身の幸せを探せ。」





ほんの暫くして、ローマはハンニバルのいないカルタゴに襲いかかった。今更のように必死で抵抗する市民達。

しかしローマ軍に対抗するすべはなく、腐った政治家も、衆愚の果ての市民達も全ては炎の中に消えていった。

私のランプは再び戦利品の一つとして誰かの手に渡り、ローマに渡っていった。













「アスカ、出ておいでよ。今日の夕食は僕の当番だったんだよ。」


ぼくはフィギアランプのスイッチを入れるとアスカに呼びかけた。


「なに?ちょっと眠っていたみたい。」

「みてみて、カレーライスって食べた事ないだろ。」

「カレー?」


アスカはスプーンを取ると、何の警戒もせずに口の中に放り込んだ。


「む、むーーーーっ!!」


胸を抑えて水をがぶ飲みする。


「おいしいだろ。ちょっと辛かったかな?」

「ううん、刺激があってよかったわよ。日本人ていろいろなものを食べるのねぇ。」

「うん、これはもともとはインドのカリーを真似たんだと思うよ。

いろいろな香料を輸入した時偶然醗酵してできたともいわれているけどね。」

「ふうん。ねえ、これを食べてみない。」


アスカの前にボワンと、華麗な装飾を施した机と椅子が現れる。

その上にあるのも、やはりカレーだ。


「これがほんとのカリーよ。約50種類の香料が入っているの。どう?食べる勇気がある?」

「香りだけは確かに素晴らしいね。」


ぼくは意を決すると、スプーンで端の方をかき回して、一さじ食べた。


「なんだ、全然辛くないじゃないの。」


続けて、ふたさじ、みさじ。どくん!と心臓が飛び跳ねた。


「うっ!!う〜〜〜〜っ!!!」


凄まじい刺激と辛さが尾てい骨から脳天に向かって突き抜けた。雷が逆さまに走って天空に抜けたようだった。

ぼくの口の中から、怪獣映画のように炎が吹き出た。


「あんぎゃーーーっ!!み、みじゅっ!!」


コップの水をがぶがぶっと飲む。しかし水の後ろから物凄い辛さが引く事無く湧き上がってくる!


「わああああっ!!アスカ!みずみずぅ!!」

悪い予感がして天井を見上げたとたん、がぱあっと天井の板が開いた。

その向こうに一瞬見えたのは揺れる大量の水の固まり。空がひっくり返ったような膨大な量の水が落ちてくる。

ドッパアアーーーン!!

まるで嵐の海のような量の水だ。部屋の中で溺れるのはいやだ!水色の光。机の上のスタンドの光がゆらめいている。

布団がまるでエイのように窓辺を泳いでいる。と思ったら小魚の群れが僕の目の前を通りすぎていった。

そして、次の瞬間に水は消え、ぼくはベッドに墜落した。


ドカァーン!!


「はあっ!はあっ!はあっ!・・・アスカァ、やったなあああっ!!」


ぽたぽたと全身から水を垂らしながら叫ぶシンジ。そのままアスカに飛び掛かった。


「きゃあ!あははははは!あははははは!」


明るいアスカの笑い声。


「アスカァ!!今度は君に食べさせてやるからな!」

「きゃあ!やめてやめて!」


アスカの魔法で、完全防音防振動になっているからいくら騒いでも大丈夫。

だから、まるで幼稚園児みたいに取っ組み合ってふざけても平気。。

ほんの数時間前に、キスして真っ赤になっていた二人とは到底思えなかった。


(「意識してないわけじゃないけどさ。アスカとはまだこのままでいたい。」)










シンジは思っていた。

アスカには何か悲しい秘密が一杯在りそうな気がする。そんなものを僕が一つ一つ解いていってあげたい。

それが全部終わった時に、僕は言いたい事があるんだ。




(「意識してないわけじゃないけど、もう何度もしてきた別れを、また繰り返すのが辛い。」)

アスカは思っていた。

シンジが自然に私を受け入れてくれる時があったら。そんな時には、私もまた全てをシンジに委ねたい。

その時が来たら、私はただの人間としてシンジを受け入れたい・・・。








アスカはランプのフィギアに指を触れた。

天使が持っていた小さなバイオリンを指で撫でると、それは普通のバイオリンになった。

少し古風なバイオリン。弓を添えるとアスカは夜想曲を静かに奏ではじめた。

シンジは動きを止めてその音に聞き入った。アスカのバイオリンから美しい調べが紡ぎ出されてくる。

ゆっくりとした旋律が部屋の中を流れていった。

切ない旋律が二人をつつみ、暗い夜空に流れ出していった。






天使のランプフィギア2



天使のランプフィギアの続きです。
アスカは球技大会でも活躍中だけど頑張るだけで終わるわけはなかった。
アスカのせつない過去、アスカの秘密。少しづつほぐれていきます。
もう少し続けさせてください。


こめどころ


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