「これって・・・・。」


異様な熱気を僕は頬に感じて、動作を途中で止めた。


「それは人間の骨だ。おまえより少し年上の子供の頭上半分の骨だ。」


誰かが僕の後ろに立って言った。







彼女は魔物?

海の青、空の青、
   赤い水着と青い瞳 



written by KOMEDOKORO
painted by PENPEN






「人間の子供の骨・・・。」


そういいながら僕は決して振り返ろうとはしなかった。身体中が総毛立っていた。
後ろに立っているものは、低い声でうなるように言った。


「今でも覚えている。そいつは悲しいという気持ちだった。
恐いという気持ちもあったな。」


そのまるい頭蓋を持つ手がカタカタと細かく震えている。


「それで私は、悲しいと恐いはそんな味なのを憶えた。」


僕は恐怖のあまり涙を流しているのに気がついた。


「おまえも悲しいのか。それとも恐いのか。
人間は生きていると悲しい味の動物なのか。」

「他にも・・・・食べたの?」


そいつが歯をむいて笑ったのが背中を向けていてもはっきりわかった。


「人間は死んでいても味が残る。人間はみんな悲しみか恐怖の味がした。」


それは指を伸ばして僕の腕を掴んだ。多分そいつの爪か何かが二の腕に突き刺さった。
その獣のような奴が手を放すと、腕に開いた穴から熱い血がだらりと流れ出したのが
わかったが痛みがほとんどなかったのが返って恐怖を誘った。
しゃぶり、とそいつが指についた血を舐めた音がした。


「おまえも同じ味がする。でも違う味が混じっている。おまえは今何を思っていた。」


「恐いよ。食べられるのは悲しいよ。だけど友達がここにいなくてよかったと思う。
お父さんやお母さんもいなくてよかった。一人で死ぬのは寂しいけれどよかった。」

「父母を慕う味は知っている。そう叫ぶ奴がいるから。」

「生きてる人を食べたの?」


「食ったさ。何で食わないことがあろう。皆俺に食われることを望むではないか。
皆、俺が人を喰らう存在と教えてくれる。鬼は人を喰らうと。だから俺は人間を捕え
て食うのだ。逃げた者もいた。そのほとんどは帰ってきた。外には何も無かったから
だ。皆絶望しきって帰ってきて心が動かなくなり最後は俺に食われることを望んだ。
人は例え死であっても誰かといる事を選ぶ動物なのだな。ただ死ぬより誰かに死なせ
てもらいたがるのだ。」


急に僕の目にその景色が見えた。燃え盛る炎が天も地も焦がし尽くし、大気すら吸い
込めば肺が焼けただれるような熱気と化している。毒水が流れ大地に触れると皮膚か
ら血が吹き出す。眼球が腐れ髪が縮れ歯が抜け落ち倒れた者は熱風に炭化していく。


「なに、どこなのここは。」

「ここは絶望の世界だ。遥か昔にこの地上を覆った炎と灼熱の人が個として存在を止
めた世界。人間がその存在を原初に還元した世界。そして、新たな可能性を求めて人
が再び復活した世界。しかし結局はその新たな可能性を生かしきれずに殆どの人間は
倒れていった。人間というものに興味を持ったものは、俺のようにたまたま口にした
人間によって人間というものを知った。
人間というものにそれまで興味を持ったことはなかったが、俺は食らった子供をそこ
に埋めた。そいつの記憶が人が死ねばそうすることを俺に教えてくれたのだ。」

「それまでは、一体何をしていたの?」


震える声で僕は言った。


「昔から、ただここにいたのさ。」


こうしている間にもしアスカがここにやって来てしまったらアスカも殺されちゃう。
それだけは嫌だ。アスカだけは無事に逃がさなくちゃ。
その時、頭の中にあったのはその事だけだった。


「俺はただここにあった。心が入ったときにはその心に従った。俺には心というもの
が無かったからな。外から入って来た心に従うのが俺の仕事だったのだ。力を全て解
き放つこともせずそこにただあったのだ。そしてそのまま最後にあったところに朽ち
果てたまま次第に埋もれていった。俺はなぁ、何故だかそのまるい骨と一緒にここに
眠っていたかったのよ。」

「その骨は、友達の骨だったの?」


僕の背中の化け物は歯を剥いた。もしかしたら笑ったのかもしれなかった。気を緩め
ると歯がカチカチと鳴りそうで、奥歯を思い切り噛み締めた。盛り上がっていた涙が
やっと引っ込んでくれた。そいつは生臭い息を吐きながら続けて言った。


「そいつはただじっと長い事俺と一緒に居たのだ。大きな人間達が皆俺に食われたり
自然に朽ち果てていってもそいつだけは俺の側に居た。そいつは生きたがっていた訳
ではないが消える事を望んでいなかった。だから俺はそいつを生かした。そいつが寝
ている間に俺の精を与えた。すると人間は不死になる。そいつはずっとそこで寝てい
た。他の人間のように泣きも、叫びもせずに静かに横になっていただけだった。」


僕はゆっくりと振り返った。それは諤々と顎を動かした。僕はまたそれが笑ったのか
と思ったが違うようだった。巨大な木の瘤のようなものに4つの目がくすんだ輝きを
放ち折れ曲がった幾本かの翅、身体中は苔のような毛のようなものに覆われていた。



「そいつは・・・」


その獣のような物は丸まっていじけたようにしゃがみ込んでいた。獣の腐敗したよう
な酸えた涎の匂いが鼻腔に入ると目や舌までが痺れるほどの刺激があった。


「待って居たのだ。誰かがやってくるのを諦めずにいつまでも滅びの縁に留まって。
俺のようなものを利用しても生きて、誰かが来るのを待っていたのだ。その待つ者が
どうなったかを知るまでは死ぬ訳にはいかないと思っていたのだ。そいつと俺はそう
やって何年も何年も、そこに生き続けて来たのだ。俺は不死だったがそいつは次第に
衰えていった。俺は自分が分け与えた不死の精が永遠に続くものではない事を初めて
知った。そしてある日そいつは俺に言った。」


何百年ぶりかに人に何かを語ったそいつは次第に形が崩れていく。このままうまく
明日香が木の上で眠っていてくれたら、僕はこいつの隙をついて外に飛び出す事が
できるかも知れない。そうすればアスカに危険を知らせて逃がす事ができる。


「ある日やつは俺に言った。俺は今でもその声が忘れられない。だからここにそれか
らも留まっているに違いない。俺は自分をそのように変えてさまよい歩いた。この地
にしみ込んだ血の最後の一滴までも嘗め尽くした。あらゆる墓場の死体を食らい尽く
したのだ。」

「その子はなんて頼んだの?」


僕は尋ねずにいられなかった。獣は再び諤々と顎を揺らしながら話しはじめた。




その痩せ細った娘は言った。


「私を食べなさい。」


「鬼」は答えた。お前は死ぬる事が恐くないのかと。娘は自分の痩せた身体を抱き
しめ、声を掠れさせながら答えた。


「恐ろしいよ。食われる事は恐ろしい。でもこのままでは私はここで朽ちてしまう。
私は、あんたの魂になってこの洞窟を出ていこうと思う。そして私が待っていた人を
探そうと思う。そのためにだけ私は生きて来たのだから。」


「鬼」は呻いた。「鬼」はこの娘を食らいたくなかったのだ。
「鬼」は吠えた。「鬼」はこの娘の心の深淵に沈んでいるものを知りたかったから。
血も肉も精も全てをお前に与えてやるからもっと待っていたらどうかと問うた。


「これ以上お前の精を受け入れれば私はお前と同化して身も心も鬼となるだろう。
人としてあいつに会うためにはこの身体をお前に与え、魂は人として生きるしかない
ではないか。」


娘はその身にまとっていた赤い服のボタンを次々とはずしていった。


「さあ、食らって。最後の血肉の一滴まで舐め取って。そして私になりなさい!」


長い事一緒に暮らし、娘はこの獣のような化け物が人の心と魂を、食べる事によって
理解する事がわかっていた。そして、自分の身体が朽ちようとしている今、この獣の
魂を利用して自分と同じ写し身とする事だけが待ち続ける事の最後の手立てだと覚悟
を決めていたのだった。

獣はここに存在し、ここにあって初めて自分の性を疑った。俺はこいつを食うのか。
食わずに共にある事はできないのか。何故食わねばならない。そうだ何故俺は人を食
らうのだ。俺が鬼だからか。鬼と名付けたものが居てその名前に従っているからか。
「獣」は娘の服を引き裂いた。病んだあばらの浮いた青白い身体に爪を立てた。黒い
穴から暖かい血潮が勢いよく吹き出て「獣」を頭から真っ赤に染めた。
娘を食らい尽くしたあと。ふと見るとその洞窟の隅に、娘の頭が転がっていた。
もはや物を言わないその唇と半目になったままの瞳。獣は最早、再び「鬼」になって
いたが、その瞬間この娘がここに留まっていた訳を知った。ただ一人でこの洞穴に暮
らす獣は鬼になったまま哭いた。娘の心の中にあった愛おしい魂を羨んで哭いた。



「娘の悲鳴を聞きながら、俺は夢中で暖かい血を飲み骨をへし折り内臓を食らった。
白い肌を血で汚し、乳房を引きちぎり、腹を引き裂いて喰らったのだ。」



獣の身体が何時の間にか黒く染まっている。僕は今度こそやられる事を直感した。
鬼は脇腹を爪で引っ掛けた。思わず飛び退いたが、さっきとは比べ物にならない程の
血潮が傷から吹きこぼれた。長い舌が粘糸を引き、僕の血をしゃぶりと舐めとった。


「お前は、あいつが慕っていた男の味がする。その記憶の薫りがする。俺はお前を食
らって、あの娘の想いを受けるのだ。あいつが想っていた通り愛しい男と一体になる
約束を果たすのだ。たとえそれが骨の欠片、骨の尖になっていようと。」


静かに鬼が言うと周囲の壁から金色の細かい木の根の様なものが湧き出て手足を絡め
取ろうとする。僕は必死でスコップで薙ぎ払いながら出口へ飛び出していった。


「慎二ッ!」


そこに出し抜けに明日香の姿が現われた。赤茶色の髪の毛が、まばゆいばかりの金髪
になっている。そして、いきなり物凄い勢いで部屋の中に激しい炎が渦を捲いた。


「お、おまえはっ!」


鬼は明日香を見て、自分の顔を覆い隠そうと手のひらで顔を覆った。その隙に彼女は
いつも持っている肉厚の大きなナイフを鬼の首らしき所に思い切り突き立てた。鬼は
悲鳴を上げてもとの丸い骨の所に転がって行きその白い器を握った。明日香が手をも
う一度激しく振ると銀色の三日月が飛んで化け物の背を切り裂いた。鬼は哭き叫びよ
ろけ、激しい炎がさらに渦巻いた。その炎の合間から汚れた黒爪の手で頭骨に鬼が頬
擦りしているのが見えた。立っていられないほどの揺れが鬼の慟哭と共に起こった。
明日香と僕は互いに庇い合いながら部屋の出口から通路に飛び出した。目を開けられ
ない程強い光が何回も爆発したように輝き、稲妻が走り抜け、耳を破るほどの雷鳴が
幾度も轟いた。天井が崩れ落ち、壁から冷たい水がいく筋も吹き出した。転がるよう
に外へ出た明日香と僕の目の前で秘密基地はぐらぐらと激しく揺れて炎に包まれた。
その炎は蛇のように絡み合いのたうち回り天まで響き渡るほどの哀しい声で吠えた。
そして次第に小さく縮れていき跳ね回り、呻くように哭いて小さくなり、消えた。


「慎二っ。よかったっ・・・。無事だよね、よかった。」

「明日香は?明日香は何処も怪我してないかいっ。」


二人でお互いの身体を調べ、僕のまだ血の流れている傷を見て明日香は悲鳴をあげ、
その傷をぺろぺろと熱心に舐めはじめる。僕は一瞬それを止めようとして、明日香が
泣きながらそうやっている真剣な眼差しを見て何も言えなくなってしまった。そして
僕も明日香の吹き飛ばされた時の頭の怪我を見て動転し、ハンカチで必死になって血
を止めようと押さえた。

時ならぬ爆発と黒煙を見て大勢の人たちが駆け付けてくるのが見えた。
僕は明日香の髪を傷口ごと濡らしたハンカチで押さえながら、嗚咽が収まった彼女を
抱きかかえ、いつもの赤茶色に戻った髪をひたすら撫で続けていた。
僕達は互いにしがみついたまま離れなかった。抱き合ったまま当面の治療を受け、
抱き合ったままごく浅い眠りをとった。その時僕らは何かを思い出していて、引き離
されればきっとそのまま死んでしまったに違いない。僕らは差し当たり入れられた小
部屋の隅でがたがたと震えながら目だけを異様に光らせ、しがみつきあって5日余り
を過ごした。目はさらに落ち窪み、服に乾いて固まった血や膿が異臭を放っていた。


「明日香、慎二君を離しなさい。そのままでは彼が死んでしまうわ。」


明日香は僕の腕に必死でしがみついていた。
固く目を閉じて、激しくかぶりを振った。


「慎二、明日香を離すんだ。その子には治療が必要だ。」


「明日香とは離れないよっ。明日香は僕の物だ。やっと取り戻したんだ。」

「いやぁっ! 慎二と離すんだったら、ここで死んでやるからっ!」


誰も為す術がない。ただ一つ分かるのは・・・。


「あれは、もとの明日香や慎二ではない。いざとなれば躊躇はしない。」

「互いに相手の所にやってくる魔から相手をを守ろうとしているのだ。」

「しかし健気と言っても限度がある。これ以上あれらの好きにさせておけば子供達
自身が危なくなる。」

「出合いが早すぎたのだ。現在の子供達の力と心では、白銀乃滴の本体の力を支え
きれずに暴走するだけだ。あと2日とは持たずにあの子たちは死ぬ。」

「封印を行いましょう。今となってはそれも手遅れかも知れませんが。」

「全ては、あなたの御心に従うまで。娘の命はあなたに預けましょう。」


微かに記憶に残る、大人達の真剣な会話。子供達はその大人達の会話の真剣さにふと
不安になって父母を見上げる。庭に燃え盛るかがり火と、幾重にも円陣を組んだ人々
の黄色い目、目、目・・・。念を凝らし、かがり火が激しく踊り、揺れる。
そして、その後はどうだったか・・・。



真っ暗な夜空に砂を撒いたように星が煌めいている。


「私たち。ずっとずっと前に会っていたのねえ。」


ベランダで星を眺めながら明日香と僕は肩を寄せ会った。


「あの時僕らは自分達がくっつき合っていると思っていたけれど、実際に求め合って
いたのは誰だったんだろう。あの鬼の中にいた誰かだったんだろうか。」

「さぁ・・・それは未だに分からないんだけれど。あれきり私たちは封印されていた
訳だし。機会があればそのうちパパ達が教えてくれるんじゃないかしら。」

「ねえ、明日香。君が僕と一緒になりたい気持ちって・・・。」


そう言いかけると明日香は憤然と席を立った。


「あっ!慎二、もしかしてあんた、私があの時取り付かれた過去の魂に影響されて、
あんたと一緒になりたがっているとか思ってるんじゃないでしょうねっ!
そんな事思ってるんだったら、わたし怒るからねっ!」


髪を突き抜けるように狐の耳がピョコッととびだし、犬歯が長く伸びた。同時に燃え
立つように、6本の揺らめく尻尾が明日香の腰から噴き上がった。それは輝く3本

黄金の尻尾に収束し、具現化して現れた。その剣幕に驚いて僕は慌てて謝った。


「わ、わかってるよ。ご、ごめんよっ。」

「いーや、わかってないっ!あたしはあんたがあんただから好きなんであって、絶対
過去の亡霊に自分の魂を動かされたりしてないんだから。今の慎二を、今の明日香が
愛してるんだからねっ!わかってんのっ!」


目がギラギラと燃えているように光っている。
こんな告白ってないよ、と僕は(心の中でびびり捲りながら)思う。


「じゃ、証拠を見せて。」

「う、うん・・・。」


やむを得ず立ち上がって、明日香をそっと抱き締めると唇にキスをした。
すると黄色く輝き、瞳が縦に細くなっていた明日香の目がいつもの青い目に戻った。
ほっとしてさらにもう一度キスをすると、犬歯が可愛い真珠が並んだような口元に
戻った。


「これでいいかい?」


明日香は目をつぶったままぶんぶんと首を激しく振った。背中に回った手にぎゅっと
力が込められる。


「それは人間の愛し方でしょ。それもいいんだけどさぁ・・・。」


なにか背筋に嫌な予感がした。


「妖狐としても愛してくれなくちゃ、いや。」


そう言うと明日香は真っ赤になって僕の脇の下に顔を埋めた。その恥ずかしがり方
が、背中がぞくぞくするくらい愛らしく可愛かった。僕はふらふらと明日香の白い
うなじに唇を近付けた。

ぺろ。


「あん!」


明日香の全身にがくがくと衝撃が走ったのを感じ、同時に強烈な征服欲と熱情の波が
自分の身体を貫いたのを「僕」は感じた。そのまま少し乱暴な気持ちになり、明日香
の細い首を口に挟むようにして、強く舐めあげ甘く噛みあげていく。


「あっ、慎二ぃ。あっ、ああっ、ひいぃん。♪♪♪」


がくがくと明日香の身体が震え続けたかと思うと、熱を帯びて来たのがわかった。
その熱気を吸い込んだ瞬間、頭がくらくらとした。自分の中の野生が押さえられな
くなるような、凶暴な衝動だった。明日香の唇がくすっと笑ったのが見えた。


「し、しまった!これは罠にはまったっ!」


妖狐が誘惑する時に出す、強力な衝動フェロモンの渦に僕は捕らえられたのだ。
フェアじゃない!と僕は意識の片隅で思ったが、もはや本体はポロシャツを脱ぎ捨て
やる気満々で明日香をそのままベランダで押し倒すと、ショートパンツを剥ぎ取り
強烈なべ−ゼを明日香とかわしている最中だった。明日香の着ているパーカーをたく
し上げると、現れたピンクの乳首を舌の上で転がし、いままさにショーツに手をかけ
た所であった。彼女は僕の首にしがみついて叫ぶ。


「あっ、あっ。慎二、来て。私を抱いてっ。」

「明日香、なんて甘い匂いなんだ。この柔らかな肌を僕のものにしていいの。」

「あげるっ。何もかもあなたにあげるわっ。」


ひらひらと、明日香のピンクのレースのパンティーが夜空を舞った。



「明日香っ!(あああっ!止めろ僕!)」


「慎二ぃっ♪♪♪♪(やったあっ!)」




どばしゃーっ、ぐわんぐわんぐわんっ。



冷たい水が僕らの頭の上から大量に降り注いだ。一緒に落ちて来た金ダライが猛烈な
騒音を家じゅうに撒き散らす。皆が飛び起きて駆け付けた。そこで彼らが見たのは、
パンツとズボンを膝まで降ろした僕とヨットパーカーを胸までたくし上げられた裸の
明日香の濡れ鼠の姿。ぽたぽたぽた・・・。髪の先から水が垂れ、凍り付いたように
動けない僕ら。
何ごとに及ぼうとしてたかは、一目瞭然だった。


「せ、センセ、・・・いや。苦労しとるのう。」

「いや、いやああ、不潔よ、不潔よ−ッ!」

「若いっていいなあ。」

「姫様、せめてお布団の中でこういう事は。」

「た、助かったああー。危なかった。」

「な、何よ何よ。もうちょっとだったのにぃぃぃぃー。」


誰の発言かは言わないでも分かるよね。
たらいの冷水を必死で2階から投げ落としてくれた惣流小丸くんは、既に物陰に潜ん
で、約束を果たせた事に胸をなで下ろしていたのだった。

お出かけ前の碇家の廊下の隅で、真剣に僕は小丸に頼んだのだった。


「小丸、男と見込んで頼みがある。今度の旅行では明日香はきっと僕に結婚を迫って
くると思うんだ。でも僕は今結婚しても姉ちゃんを幸せにする力がない。」

「どうしてさ。狐だったら、」

「だから、僕と結婚するって事は人間として暮らすって事だろ。そのためには僕は、
この先まだまだ勉強しなきゃ人間の世界ではやって行けないんだよ。お前だって、
姉ちゃんには幸せになってもらいたいだろ。」

「よくわからないけどわかったよ。姉ちゃんに苦労はさせたくないもんな。」

「ありがとう。だから、もし僕が明日香の誘惑でくらくらになっちゃったら何とか
邪魔して欲しいんだ。誘惑って言うのはつまりあのその。」

「わかってるって。つまり姉ちゃんを見てて我慢できなくなって、剥いちゃったり
押し倒したりしちゃったら、邪魔すればいいんだろ?」

「は・・・はい、そうです。小丸、お前来年から小学校にいくんだったよな。」

「ふっ。まかせてよ。報酬はプレイエンジェル?と、ソフト5本でどう?」

「く、くそっ。それが狙いか。成功報酬だからねっ。」




まあこんな訳で、濡れ鼠になったけれど何とか窮地を脱した僕は、お風呂にゆっくり
入りながら、ほっと胸をなで下ろしていた。この別荘の風呂は、まるで旅館のように
広くて延び延びと手足を伸ばす事ができる。湯槽には岩なんかも配置してあって、泳
ぐ事ができるほどだ。碇家の唯一の贅沢な財産と言えるかも知れない。


「あぶなかったあ・・・。後5秒遅れてたら完全にや(姦)っちゃってたなあ。」


がらがらっと戸を開けて入って来たのは明日香。バスタオルをしっかり身体に巻き
付けている。


「わっ、明日香っ。」


ぷくぷくとお湯の中に潜水し、僕は逃げようと構える。


「そんなに逃げなくても大丈夫。フェロモンの効果は暫く耐性が付いちゃうから。」

「ほ、ほんとに?」

「私もこんなにあんたが頑張るとは思わなかったわ。今年はもうこれでお終い。
明日は満月だし、たぶんそれで発情期も終わりだから。」

「そうなの。」


そういわれてしまうと、何となく惜しいような気もする。ちょっと情けないけど
これも男の真実である。でも明日香の言葉はすぐに嘘なのが分かった。それは。


「だから、せめて一緒にお風呂に入ろうと思って。いいかな。」

「う、うん。」


明日香は嬉しそうに、でも頬を染めて小さな声で「ありがとう。」と呟いた。
か、かわいい・・・。
そして、後ろを向いて恥ずかしそうに少しずつタオルをはずしていった。


「見てたらいや。」


さっきとは一転して、少女らしい恥じらいを浮かべて明日香は言った。
慌てて後ろを向く僕。
ちゃぽん。明日香がお湯に入ってくる音が反響する。僕は全身が耳になっている。


「慎二。」


首と肩に、ぺったりと明日香の頬が押し付けられる。


「一つだけ教えて欲しいの。それさえ分かれば私、今年がダメでも待っていられる
かも知れないから。」

「は、はいっ。」


お湯の中で、明日香の身体が背中に押し付けられる。
あ、まあるい膨らみが。
明日香の手と指が、僕の身体をまさぐり、撫で回す。


「わたしの事、好き?」

「うん。」

「ほんとに、好き?」

「うん・・・あ。」

「ずっと・・・?」

「ずっと・・・。」


明日香の腰が扇情的に僕のお尻に擦り付けられてる。風呂の熱気と明日香の行為で、
逆上寸前、爆発秒よみ開始状態になっていた。
僕は想像の中ではとっくの昔に明日香に飛びかかって強姦していた。
明日香が嫌がろうと抵抗しようと受け入れてくれようと、そんな事に関係なく僕の
中のケダモノが明日香を僕だけのものにしたがってうずうずしていた。


がらがらッと風呂の戸があいた。真っ赤な顔をしたトウジとヒカリが入ってくる。


「そんじゃ、は、入ろっか。委員ちょ。」

「う、うん。」


背中合わせになってお湯を浴び、また手をつないで風呂につかる。
戸があいた途端、飛び離れて岩影に隠れた僕たちは再びくっついたが、
今度は目的が違う。
明日香と僕は、目をさらのようにしてトウジ達二人を見つめていた。


「き、綺麗やな・・・委員長。ばらいろのほっぺたに・・なっとるで。」

「お、思ってたよりもっと、トウジって逞しい、ね。」


そのまま二人は黙り込んでしまった。


(「あああ、もどかしいわねっ!」)

(「そこだっ。頑張れトウジ!」)


「あ、あのさ。明日香達ってもどかしいよね。」

「せ、せやな。慎二もこう、惣流の事を大事にばっかりしとらんでバチーッと
決めたらんかい。惣流にしてみりゃ、生殺しやで。」


他人の事だと何でも言える人たちであった。


「私だって。明日香と同じ想いなんだよ。トウジ・・・。」

「え・・・。」

「わたし・・・いいから。いつでも待ってるから。」


そう言い捨てると、洞木さんはザバッと湯から立ち上がって、惜し気もなく
その立派な身体をトウジの目に曝した。


「わたし、待ってるから。トウジ。」


ばちゃばちゃと、素早く湯から上がって更衣室に飛び出していく。
真っ白になったトウジが、湯の中で呆然としてフリーズしている。


「す、すごい。う・・・。」

「やる時ゃ、やるわねえ、あの娘も。」


明日香が振り返ると僕はみごとに鼻血を噴いていた。


「この馬鹿ッ!」


さっきまでの甘い雰囲気は何処へやら、僕の頭に一発ケリを喰らわせた明日香は
ざぶざぶと波を蹴立てて更衣室に進んだ。


「わッ、わわわ、惣流っ。ぶっ!」


そのダイナマイトボディに思わずトウジも鼻血を吹き上げる。その脳天を明日香の
げんこつが殴りつける。


「ぐっ。」


彼はそのままずるずるとお湯の中に沈み込む。


「どいつもこいつも、女心の分からない、大ボケばっかりっ。あ−腹立つっ。」


そこまで見届けたあと、僕は湯槽にぶっ倒れた。
しばらく後。
残された僕ら男の子は鼻血をたらしながら冷たいシャワーを浴びていた。



「女の子って分からないなあ・・・。」

「せや。わしかてわからんわい。」







彼女は魔物?
外伝:夏の終わり/白銀乃森に虹が立つ時








「じゃあ、いってきまーす。」


お使いを頼まれた明日香は、お気に入りの赤いサイクリング車にまたがり白い夏の
セーラー服を翻して出かけて行く。何となく心配な気分で僕は見送った。

もうすぐ新学期が始まるころ。東京の親達から「碇明日香様」宛の郵便小包が届いた。
神社の御両親に届けて欲しいと言うことで、転がり捲って喜んだ明日香はさっそく
白銀乃滴に向かったのだった。

ものの5、6分も自転車を走らせると神社の一番下の階段と鳥居が見えて来た。そこ
に門番のように立っている太いヒバの大木、明日香が近付くと、その大きな枝が放つ
冷やりとした霊気が身体を包みはじめた。胸一杯にその薫りを吸い込む。幼い頃から
それに包まれて育って来た白銀乃滴社の神々しい精気。身体の中に溜まった人間界の
澱が洗い流されていくように思える清々しい青い大気。
明日香はニコニコしながらその冷気を胸一杯に吸い込んで、深呼吸を始めた。

ガシャーン。

自転車がゆっくりと倒れて大きな音を立てた。












2001-4/15 彼女は魔物?赤い水着と青い瞳/終わり
2001-4/19 修正


夏休みのお話がずっと引っ張られてしまいました。
もし待っていて下さった方がいらっしゃいましたらごめんなさい。
明日香と慎二の秘密の一部公開。ラブコメの進行度公開。のため回でしたね。
もうすぐ外伝を出して、狐達の世界も公開していきたいと想います。
次回は予告編通り、レイも登場致します。
明日香VSレイの行き詰まる戦い。劇場公開番みたいな形にしますので、やや
時系列はずれますが、殆ど無視してもいいくらいのものにしたいとおもっています。
もちろんpenpenさんの素晴らしいイラストも満載です。

それではまた。/こめどころでした。

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