「・・・・九尾って、もしかして九尾の狐?」
「金毛碧眼九尾の狐。ってのがうちのご先祖らしいわぁ。でも今わね。」

何を思ったか、彼女は制服のスカートをストンと床に脱ぎ落とした。あ、レースのきれいなパンティー。

「わわわああっ!!なにするんだよっ!!」

僕は思いっきりうろたえた。年頃の女の子のパンティー姿なんて妄想の中以外では、わあっ!!
彼女はなんと、次にその最後のものも膝までするすると降ろすと、くるっと後ろを向いた。

「ほらっ。」

立派な金毛の豊かなしっぽが3本、ゆらゆらと振られていた。まごうかたなき狐のしっぽだ。
でも、でも、僕にはまだ刺激が強すぎたみたい・・・。彼女の細い腰と、白くてまあるいお尻が・・・。

「きゃあああっ!!どうしたのよいったいっ!!」


暗転。




山に霧立ち地には大雨
こめどころ




休みの日には早く目が醒める。

その日も目が醒めた時はまだ4時を過ぎたばかりだった。だが山の稜線は仄かに白く滲み始めている。
父さんが用意してくれた家はこの町の東端にあり、そこから先は一面の水田が広がっていて、そのまま
隣の市との境を成している山々の麓と繋がっている。僕は布団を抜け出して着替えると庭に出た。
夏なのにひんやりとした冷たささえ感じる空気が立ち込めている。都会の空気とははっきりと違う、他人
の肺の中を一度も通ったことのない新鮮な空気だ。思わず胸いっぱいに深呼吸をすると、森の精気が流
れ込んで来たような気がする。青い水田の上にうっすらと絹の布のように薄く霧が流れていく。

僕はその霧の中を、山の方に向かって歩き出した。

山の麓の森はこのあたりの一宮である白銀乃滴神社になっている。この山全体が御神体なのだと集落
の長老のような人が教えてくれた。だから、そんなに大きな山でもないのに全く人の手も入っていないし
その森は深い。このあたりの人達は春の山菜取り、秋のキノコ狩りの季節以外はこの山と森に入ろうと
はしない。森と水田の境目にある苔むした階段を上っていくと古い神社がある。都会の神社は只の形骸
であるがこの深い森の中の神社には、魂のある者たちが寄り集まっているような、そんな気配が濃厚に
たち込めている。
非常に古い形の鳥居が、たどっていく道の其処ここに立てられている。ものの5分も階段を上ると水田は
霧の中に見えなくなってしまった。静かな森の中では遠くで鳴いているカッコウの声だけが聞こえる。

霧の中に、なにか白い物がこちらに向かってやってくる。


「いらっしゃいませ。おはようございます、碇慎二さん。」


惣流さんがきれいな歯を見せてにっこりと笑って言った。白い着物と白い帯、草履と足袋。
そして、相変わらず(僕だけに見えるらしい)うつくしい空の青色の瞳。


「あ、惣流さん。おはよう。今日は着物なんだね。」


先日、不覚にも僕は惣流さんの、その、しっぽを見た時にのぼせてひっくり返ってしまったのだった。
彼女は、その日の内に僕をこの山に招くつもりだったらしいけど、そういう事だったので中止してこの休日
に落ち合うことになっていた。何でも、主従関係を結ぶのには色々と難しい儀式があるらしい。まあ、魔物
と人間が契約を結ぼうというのだから、色々とタブーとか約束事がいっぱいあるだろうというのは分かるけ
れど、正直な話、連れ込まれてとって食われるんじゃないかと僕は怖くて仕方のない所もあったわけで。


「父さん。今日ね、狐の子と会ったよ。」


電話口で僕は密かに、父さんが笑い出して、あれは冗談だといってくれるのを望んでいたのだけれど。
父さんはいつもの冷静な調子で、「そうか。」と一言いっただけだった。


「僕らのうちが狐と関係があるとは思わなかったよ。それに狐が化けているのを見破れる能力があるなん
てこともね。一体どういう事なのか少しは教えて欲しいんだけど。」

「その必要はない。あとは彼らが全てうまくやってくれる。任せておけばいい。切るぞ。」

「ちょ、ちょっとまってよっ!」


結局父さんからは何も聞き出すことはできなかった。碇家の長男は16の誕生日を持って狐の主人になる
なんて事を、一体いつから延々と続けてきたんだろう。その事に何かメリットでもあったんだろうか。いや、
あったのならもう少しうちが金持ちだっていいはずだよな。でも父さんだって、普通のサラリーマンで家に
帰ってくれば部長の悪口を言いいながらビール飲んでるただのオヤジだし、母さんだって、命の次に大切
なのはバーゲンと通信販売のカタログっていう感じの只のオバサンだし。どう考えても特別な人じゃない。

でも。と僕はひとつだけある心当たりを思い付いた。時々深夜にやってくる得体の知れない黒服の男達。
普通の平日に、急に帰って来てどこかへ出かけて長いこと帰ってこない父さん。たまに大怪我をして入院
してしまって、それを別に取り乱しもしないで看病する母さん。そういう時父さんが入院してる病室は赤坂
の前田外科とか、女子医大の特別差額病室とか、総理大臣とかそういう政治家や、とんでもないVIPが、
入院するようなところだったっけ。母さんは「保険にいっぱい入ってるから」といって笑ってたけど。どう考え
たって、一介のサラリーマンにしたらおかしいよ。


「なに、考えてるの?」


惣流さんに声をかけられて、僕はこっちの世界に戻ってきた。


「あ、ああ。いや、なんでもないんだ。今日は君、随分おとなしいんだね。」

「何よ、失礼しちゃうわね。御神域だからで慎んでいるのよ!」


くりくりっと、その空色の目を丸くして、彼女は少し膨れたように見えた。この間と同じ感じになったことで、
僕はちょっと安心した。でも、この間のしっぽはどこにしまってあるんだろう。こうしてみると彼女のおしりの
線は、きれいにまあるい様に見えるんだけど。それに、耳とか毛皮なんかはどうしてあるのかな。
そのとたん、先日のこの子の白いお尻、細い腰を、まざまざと思い出し僕は赤面してしまった。熱くなった
火照った顔はなかなか元には戻らない。ちょっと前を道案内するみたいに歩いてくれてるので、そのぷり
ぷりしたお尻が嫌でも目に入っちゃうんだ。


「さあ、あそこが私の家よ。普段は学校の近くのおうちを姉弟でで借りて住んでるんだけど、お休みの日
には、ここに帰ってくるの。」

「随分立派な家なんだねえ。」


そこはまるで、昔の武家屋敷のような堂々たる門を構えた、立派な日本家屋だった。霧を透かしてみると
その辺の辻ごと、物陰ごとにまるで警備員のように、屈強な若者達が控えている。このうちは、狐の世界
でも結構格の高い家なのかもしれない。


「惣流家一門12家族は、狐の中でも九尾直系の一族なのでみんなが大事にしてくれてるの。だからとい
って、人間みたいに、それを誇るとか、地位が高いとかって事はないのよ。まあ、有名な神社みたいな物
ね。昔はそれなりに威を振るう力もあったらしいんだけど、今はこの間見せたみたいに尻尾も3本だけだし
あまりたいしたことはないのよ。」

「ふうん。尻尾の数で魔力が決まるんだ。」

「まぁそういうことね。歯がゆいけどこればかりは仕方がないわ。信仰してくれる人間も減っているしね。」


そんな事を言いながら僕らは屋敷の中へ入っていった。中にはちょうちんを下げた強そうな若者達が列を
作っていて、その中をどきどきしながら進む。たたきで靴を脱ぐと、柔らかいスリッパに履き替え、今度は
和服姿の女の人たちが廊下の両側にきちんと座って頭を下げている中を進んでいく。まるでNHKの大河
ドラマで、江戸城中を進む殿様みたいだ。だけど、これだけの人数を集めるような大事な儀式って一体何
なんだろう。僕はますます心配になってきた。


数百帖はあろうかという大広間に通された。そこには大勢の人達が、正座して静かに座っていた。その
人達が惣流さんと僕が広間に入っていくと一斉に頭を下げて平伏した。惣流さんは僕を促し、皆に向かっ
て斜め正面の席に座らせ、その横に座った。一段高いところに立派な恰幅の紳士然とした人が座りその
横にほっそりとした理知的な感じの女性が座っていた。その向こうには、なんと、父さんと母さんが並んで
座っているではないか。僕は思わず腰を浮かしかけて、惣流さんに手を引っ張られて座った。一体、何が
どうなっているって言うんだ!


「みなさん、面を上げて頂きたい。」


良く通る、はっきりとした声。何となくどこかで見た人だと思ったら惣流さんと髪の色が同じで、額や顎の
線がそっくりだ。横に端座している女性は、瞳の色と、全体のすらっとしたラインが惣流さんとやはり同じ
感じだ。間違いなく、この二人は惣流さんの両親なんだろう。しかし、母さんは評判の美人だけあって、
こういう場所でも誰にも引けは取らないと思っていたけれど(こんなに神々しいまでの感じの人になるとは
ちょっとびっくりだったけど)父さんのあの落ち着き払った様子はどうだろう。あの悪人面が今日は「迫力
のある顔」に見える。態度も立派だ。いつも結婚式のスピーチも練習なしではできない人とは思えない。
それにしてもいつのまにこの町にやって来ていたのか。


「碇家、78代目当主となられる碇シンジ殿に皆様をお引き合わせ申します。」


一斉に人々の目がこちらを見る。その途端にここにいる人たちがみんな狐だというのがはっきり分かった。
今迄黒髪だったのが、皆、黒、赤、黄、橙、白、銀、鼠、金などの色に変わって、瞳の色も一斉に変化した
からだ。


「前回の総会で決定した通り、慎二殿の組役は、私の娘、明日香があい努めます。」

「暫くお待ちを。」


誰かが異を唱えた。その人は20歳くらいの精悍な人物で夕焼けのような金色の目をしていた。僕をきつい
目で睨んでその人は言った。


「明日香殿は、120年ぶりの女の組役です。その事について問題はないのか。前例ではどのようなことが
あったのか、お教え願いたい。組役を最後まで勤め上げることができたのであろうか。」

「それを明らかにすることは許されていない。ただし、男の場合と違って、女には組役になるに当たっての
試験がある。明日香にはそれを受けてもらう。慎二殿にも一緒に受けて頂く。」

「ちょ、ちょっとまってよ。そんな事、一言ももいってなかったじゃないパパ!」

「そ、惣流さんてば。」


僕の声は全然耳に届いていない。


「大体、組役のなり手がないから何とか頼むって言ってきたのは長老会議の方じゃないの。頼んでおいて
今度は、なりたかったら試験を受けろだぁっ。人を馬鹿にすんのもいいかげんにしなさいよねっ。いいわよ
そんなにならせたくないんだったら、こっちからいつでもおん出てやるわよ。やめたやめた〜〜っ!!」


惣流さんは、機関銃のように大声でわめきちらした。相当頭に来たようだ。


「明日香君。静かにしなさい。」


え?と僕は思った。これが親父の声? 身の中に染み込んでくるような、静かだけど風のように耳元を通り
過ぎていって、思わず目を向けさせる。聞かずにはいられないような声だった。


「どの道やらなければならないのだ。そしてこれは明日香君がというよりも、むしろ慎二のために行われる
試験なのだ。明日香君が慎二を守る、それはとりもなおさず慎二が明日香君を守るために必要なのだ。」

「惣流さんを守る?だって惣流さんは僕なんかに守られなくたって充分に強いじゃないか。」

「そうよ。私より戦闘能力の高い狐が、ここにいる中で何人いるというの。人間ごときにどうして私が守られ
なければならないというの!?」

「うぬぼれるんじゃない。その人間ごときに、一目で『化』を見破られたのは、どこの誰か。」


惣流さんの父親は冷たい声で言った。そうか、基本的には今でも狐と人間が全面的に和解したわけじゃ
ないのか。「人間ごとき」という言葉が僕の心にいつまでも、駸駸と寂しく残った。どうしたんだ一体。人間
を憎んでいない妖孤は只の一匹もいない。そんな事、この世界の現実を見れば分かりきっていたことだ。
自然と共に生きている妖孤たちにとって人間はもはや友ではなく自分達の領域を侵す侵入者に過ぎない
という事ではないか。

会議は一応の終結を見たらしく、広間の人々が次々と消えていく。すーっと陰影が薄くなり空間に溶け込
むように何処へともなく消えていくのだった。全てを委任した者はそこに自分の影を残していく。反対の者
は、何も残さずに立ち返る。三分の一の人数が消えていた。残りは慣習に従い、全てを惣流さんのお父さ
んに委ねていったん立ち返ったのだった。」


「慎二殿ご苦労であった。まずゆっくり湯浴みでもしなさい。明日香、試験はもうはじまっているが、彼にも
都合がある事。まずは慎二殿の接待役。しっかりやるように。後のことはまたそれからだ。」

「は、はいっ。」


接待役と聞き、惣流さんは、暫く口をぱくぱくさせ唖然としていたが、真っ赤になって返事をした。
ちらっと僕を見て、その後、悔しそうに唇を噛んだ。さっきまで人間ごときとかいっていたから、その罰として
命じられたのか。それとも、本来惣流さんのような立場の人がやるようなことではないのか。(何といっても
一応狐の世界ではTOPのお姫様なんだから。)それでも、僕は彼女に湯殿に案内された。


「ここが、風呂よっ。中は温泉になってるから、ゆっくりあったまれるし、いいお湯だと思うわよ。」

「あ、うん。ありがとう。」


朝早くから起きてやってきたし、緊張で結構汗を流したし、お風呂は実際有り難かった。


「中にタオルとかは用意してあるから。終わったらご飯だから。じゃ、またあとでね。」

「あ、うん。」


これだけの可愛い子を目の前にして、もう少し気の利いたことが言えないもんかなあ。と自分でも情けない
と思ったが、これも性分だから仕方がない。頭の中では結構色々考えるけど、口に上らせることができな
いんだ。変なとこばかりお父さんに似たわね、なんてよく母さんにからかわれるけど、仕方がない。

なかで裸になって、中扉を開けるともうもうと湯気が立ち込めている。温泉のいい匂いだ。そう言えばこの
辺は、あちこちに温泉が湧いてるって聞いたな。湯おけをとろうとしててを伸ばすと、先にそれを誰かが取
った。みると、そこに白い湯襦袢を着て、袖をたすきで絡げあげた惣流さんが立っていた。


「え。」

「うしろむいてっ。じっとして、動くんじゃないわよ。動いたら只じゃおかないからねっ。」

「な、なんでこんなところにいるんだよっ。」

「しょうがないでしょっ。接待役になっちゃったんだからっ。」


こ、こういうことか。さっきから惣流さんが落ち着かないと思ってたら。大体この手の話ではこの先こういう
展開になるんじゃないかということは分かっていたはずなのに!!親父の奴っ。


「信じられないわよ。あの馬鹿親父、娘が可愛くないのかしらっ。」


ざぶっと湯桶で湯船のお湯を掬いあげると、それを僕の身体にかけながら彼女はぼやいた。2,3杯掛け
てから、手ぬぐいに石鹸を付け、ごしごしと僕の身体を泡だらけにしていく。すっかり僕は泡に隠れてしま
った。


「どこか、痒いところとかある?さ、前を向いていいわよ。私も大分落ち着いたわ。要は弟をお風呂に入れ
るのと同じ要領。うんうん。あんたと私は種族ちがうんだもんね。恥ずかしいことなんかないのよ。この間
尻尾を見せた時だって、全然どうってことなかったもんね。まあ、あの時は、あんたは服きていたけどさ。」


あれ、彼女のいってることなんかおかしい。

惣流さんは、腰を屈めていたので、腰を伸ばして立ち上がった。湯襦袢は、僕にお湯を掛けた時に濡れて
半分透けかかっていた。惣流さんの腿や足が、お湯でぴったりと張り付いて透けて見える。あ、あの・・・。
お湯を汲んでくる彼女。背中から、ざぶざぶと掛けてくれる。可愛く並んだ白い足の指。
すらりと若木のように伸びたきれいな脚。
僕はそれ以上目を上にやっちゃいけないと、思ったんだけど。僕の目は、ぜんぜん言うことを聞かなくて。

そして、その立派な、すこしまだ小ぶりだけど、とってもかたちのいい胸を。

つい見てしまった。

彼女は、最初の頃のどきどきが収まったらしくて、天真爛漫に笑っていた。
そう。考えたら彼女が恥ずかしがっているのは自分の身体をさらすことじゃなくて僕の体を見ることなんだ。
だから、自分の身体を隠すことなんて、全然考えていない。


「あん、もうっ!!動きにくいったらないわね、この湯襦袢って。」


ちょ、ちょっとまって。


「えーい、脱いじゃえっ。」


濡れそぼった、白い湯襦袢が投げ出された。彼女の頭に可愛い狐の耳がぴょこんと飛び出し、立派な
3本の金色の長い尻尾がバサッとその姿を現した。そして濡れた身体のまま、振りかえって僕に言った。

「シンジ!一緒に入ろうっ!!」



ザッパーン

僕は、水音も高く、湯船に倒れ込んだ。完全にのぼせていた。



またしても、暗転。





彼女は魔物?

こめどころ





次に目を醒ました時。僕の額には、冷たいタオルが当てられていて、布団に横たわっていた。
浴衣がはだけられ、ずっと彼女が扇いでいてくれたらしい。


「大丈夫?シンジ。」

「あ、惣流さん。」

「明日香って呼んでいいよ。惣流って名字、あんまり好きじゃないから。」

「ずっと、面倒見てくれてたんだ。ごめん。」

「あんた、また倒れたんだよ。ねえ、どこか、身体が悪いんじゃないの?」


僕は苦笑するしかなかった。


(「健康な男の子だから、倒れちゃうんだけどね。」)


縁側から、紫陽花が見えた。雨がだんだん激しくなってきたようだった。
雨粒に叩かれて、頭を振っている。


「たいへんだな、おまえも。」








さて、次回。どうなる、この二人。




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