『お父様と私』

【そのさんじゅうさん番外編・君達は天使(後編)】 作・何処


「碇君!どこ?!」
「綾波?」「レイ、どうしたの?」
「あ、碇君!良かった赤木博士も!アスカが又!」

リツコは煙草を灰皿へ投げシンジは走り出す、後を追うレイとリツコ。

「状況は?」
「パニック状態です、シンジって碇君の名をずっと呼んで震えて…幻痛も有るようです、時々悲鳴も…今回は私だけでは…暫く落ち着いていたのに…」
「…量産型の映像ね…深層意識を刺激したのよ…嘔吐は?」
「いえ、今の処はありません。今回は私の首を絞める程錯乱はしていませんが…酷く怯えてます。」
「窒息の恐れ無し、軽度の錯乱か…医療班は呼ばなくていいわね、シンジ君に任せましょう。」

女子パイロット待機室。仮眠ベッドの隅に毛布にくるまり膝を抱えて震えているアスカは酷く震えながらドイツ語で何かを呟いている。

『助けて助けて助けて助けてシンジシンジシンジシンジ助けて助けて助けて助けて痛い痛い痛い痛い痛い助けて助けて助けて助けて助けて苦しい苦しい苦しい痛い痛い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い助けて助けて助けてシンジシンジシンジシンジシンジ…』
「アスカっ!」

部屋に飛び込んだシンジに気付かずまだ毛布にくるまるアスカをシンジは毛布ごと抱き締める。

「アスカ、アスカ聞いてアスカ、大丈夫、大丈夫だから、」
『…痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい怖い怖い怖い怖い助けてシンジシンジシンジシンジ…』
「アスカ、僕を見てアスカ、ほら、ここに僕はいるから…」
『…シンジ?…シンジ…シンジ…シンジ!シンジィッ!シンジシンジシンジシンジシンジシンジシンジシンジシンジィッ!!』
「アスカ…大丈夫…もう大丈夫だから…」
「シンジィ…」

抱き付いて泣きじゃくるアスカを胸にシンジは彼女の朱金の髪を優しく撫でる。ややあって部屋にリツコとレイが入って来た。

「…シンジ君、どう?」
「碇君、アスカは?」
「アスカ、分かる?リツコさんと綾波が来たよ…」
「…リツコ…レイ…あ、わ、私また…」
「…大丈夫なようね、全くシンジ君には頭が下がるわ…トランキライザー1ダースより効果的だもの。」
「良かった…碇君、有り難う。アスカ、大丈夫?」
「あ…うん、リツコ、レイ、有り難う…」
「…ライフキットの睡眠薬と精神安定剤は未だ残ってるわね…無痛注射器も良し…シンジ君、今夜はアスカに付いていてあげて。レイ、もし危なくなったらこの注射を…アスカ、大丈夫ね?」
「…はい、ご迷惑をお掛けしました…ゴメンねレイ、シンジ…あ、ありがと…」「さ、睡眠時間は貴重よ、美容と健康の為私は寝るわね、じゃあシンジ君、後は頼むわ。」
「はい、判りました。」
「クスクス…ミサトには内緒にしておくわ。絶対『シンちゃん二人とお泊まり?手出しちゃった?』ってからかうもの。」
「「あ、ありうる…」」「?」
「じゃお休みなさい三人共…シンジ君ご苦労様。」

部屋を出たリツコは今見た景色を反芻する…シンジに抱えられたアスカと二人を支える様に寄り添うレイの姿を思い浮かべ、イコン画の天使を重ねて微笑した。

「福音を呼ぶ天使か…貴女達に相応しいわ…」

一方部屋の中…三人が一つのベッド上に固まる。

「怖かった…怖かったよシンジ…舐められて噛まれて、噛み千切られて…食べられて…ううぅ…き、気持ち悪くて怖くて痛くて…」
「アスカ…」
「大丈夫だから…もう大丈夫だから…」
「殺してやるコロシテヤルコロシテヤルって…」
「アスカ…」
「倒したのに…殺したのに又…てやる、何度だって殺してやるって…」
「落ち着いてアスカ、もう終わったから…」
「レイ…シンジ…怖い…一人にしないで…」
「アスカ、もう大丈夫だから…碇君はここにいるわ…安心して…」
「…うん…」
「アスカ…」

暫し抱き合う三人。アスカの身体の震えも止まっていく…

「…落ち着いた?」
「ええ…」
「良かった…もう大丈夫ね、碇君お疲れ様。」
「あの…アスカ、そろそろ手を放して…」
「…嫌。」
「アスカ?私の服を何故握るの?」
「…一緒に寝るの。」
「へ?」「…何?」
「ふたりとも今夜はアタシと一緒に寝るの!」
「…狭いわ」
「いや綾波、それ論点違うから…あの、アスカ?」
「いいから二人共アタシと寝るの!」
「あ、アスカ、その…」
「…隣にベッドを持って来るわ、だからアスカ、手を放してくれない?」
「あ、綾波、それは僕が…」
「碇君はアスカに付いていてあげて…アスカ?」
「嫌。」
「嫌って…ほらアスカ、綾波も困ってる」
「二人共ここにいるの!シンジはアタシ達の抱き枕よ!決定!」
「…了解。」
「あ、綾波?あ、アスカ?え?ええっ!?えええっ!ちょ、ちょっとま…」
「碇君、アスカの言う通りにして」
「シンジ…嫌?」
「え、ええっ!?ええええええええええええええええええっっっっ!?!?」

「あ〜シンジの匂いだ…」
「碇君の匂いがする…」
「あ、あのそのうわ…うぅぅ…た…助けて…」

…助けない(きっぱり)。

「え、円周率はたしか三てん…ええと…ひとよひとよにひとみごろだから…」
「碇君の手…大きい…」
「シンジ…あったかい…」
「う…いいくにつくろうは鎌倉だよね…あれ江戸だっけ…」
「シンジぃ…」「碇君…」「う…あ…」

…幸せなのか?ま、頑張れ。

「うぅ…加持さんじゃ無いんだから…父さんなら……あ、駄目だ…『問題無い』で片付けられそう…大問題だよ父さん…」

その頃、偽装通信指揮車内では…

「ハクション!いかん風邪かな…」
「査察官、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、監視状況は?」
「尾行車両を確認しました。彼女達を追尾しているのはトラック二台に乗用車が四台、恐らく奴等が最後の残存部隊です…」
「…で、彼女達はどこに?」
「…電話の盗聴結果です。ネルフ第三独身寮へ向かう様ですが…何者ですかね、この神鷹博士って…プロ顔負けですよ。」
「…碇司令の主治医らしいぞ…」
「司令の!?それは怪しい訳だ…司令に勝てるウイルスがこの世に存在するとは思えませんし。」
「…壁に耳有りだ、発言は慎重にな。ま、俺も同意するが…部隊配置急がせろ。」
「はっ!」

同時刻、国連VIP専用機

「…クシュン!む…」
『どうしましたムッシュー碇、風邪ですかな?』
『ああ、そうかも知れん…済まん、アスピリンを頼む…』
『流石の碇司令もウイルスには勝てませんか…』
『?何が可笑しいのですか?』
『いえ…貴方も人間だと確認出来てほっとしただけですよ、ネルフの帝王。』
『…拠出金欲しさにあちこち頭を下げる帝王か。大したものだ…それに人間程質の悪い生物は無い。』
『…そう言えば貴方も一応人間でしたね。成る程確かに質が悪い。』
『言いますね国連総長…』『これは失礼…私も貴方に影響されている様だ…さて、この調子で大統領や首相達をやり込めなければな。』
『私が帝王なら奴等は魔王か悪魔ですよ、まあ頑張って下さい』
『やれやれ…碇、やはり君には敵わないよ。』

…だよね…さて、チルドレン達は…

「…ね、眠れない…」

「…ムニャ…ん〜シンジぃ…」
「…碇君…」
「落ち着け碇シンジ、冷静に冷静に…あ、谷間が…いかんいかん!」
「うぅん…」
「ん…」
「(や、やばい…静かにしないと…)羊が一匹…」

少年苦悩中…

「へ、平常心〃…む、胸が…いやいや落ち着け…あ、あ、そ…」

(困った…アスカも綾波も柔らかくっていい匂いがして…あ、アスカの髪…か、可愛い寝顔………おっといけない!平常心〃…あ、綾波の匂いが………綾波も可愛い………駄目だ駄目だ!冷静に冷静に………待て待て……よし、落ち着いてきた……あ、アスカの手が…こんなに小さかったかな…綾波もなんだか華奢だし…先生みたいだ……添い寝してくれたっけ…待てよ……あ、違う!恐い夢を見て先生の布団に潜り込んだんだ……ううっすいません先生、あの時は本当に怖かったんです。今思うと恥ずかしい……でも何の夢…あれ?…恐い夢?…夢……あれは…あれは……夢じゃ無い!母さんが消えた時の記憶だ!…怖くて泣いて……何で忘れてたんだ……!?そうだ、先生が忘れてしまいなさいって手を翳して……あれから恐い夢にあの風景は…いや、あの記憶自体が消えたんだ……あれは催眠術だったのかな?)
「不思議な人だったよな…」
「シンジ?」
「あ、ごめん起こしちゃった?」
「ううん…レイ、起きてる?」
「んん…アスカ?何?」
「良かった…夢じゃ無かった…」
「え?」「どうしたの?」
「胡蝶の夢よ…あの悪夢の方が現実でシンジに抱き付いている自分は夢に過ぎないって夢…レイもシンジも夢で実は未だ私は弐号機のエントリープラグの中で悶えてるんじゃって…」
「そんな…アスカ、そんな事無い!」
「大丈夫、アスカ。もう終わっているわ…」
「判ってる。両目が見えて手も裂けて無い、リストの傷の数も合ってる…夢だったのは判ってる…けど…恐いの…怖かったの…」

レイがシンジの手を放して起き上がり、二人を跨いでアスカの隣へ横たわる。レイの意図を察したシンジはアスカごと横にずれて狭いベッドの上、レイの寝るスペースを空けた。レイはアスカを抱きしめ語りかける。

「アスカ、今貴女の感じてるこの手はどう?体温は?これは夢?」
「…いいえ…いいえ、夢じゃ無い、これはレイの手…暖かい身体も夢じゃ無い、レイの身体…息も感じる、私の大切な友達、レイ…」「貴女の隣の碇君は?」
「…そう、シンジも…今、私の隣に…あったかくて、意外とおっきくて…いつもこの手で私を…弐号機のエントリープラグの中で、ユニゾンの時も、マグマの中でもいつもこの手が私を…うぇ、シ、シンジぃ、シンジが居るわぁ…ヒック、ここにシンジが居るよぉ…ううっ、うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
「アスカ、判る?」
「ヒクッ、グスッ、うっ、うん、嬉しい、嬉しいょぉレイが、シンジが、シンジがいるよぅ、う、うわぁぁっ、うぇっ、ヒック、うぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」

暫くアスカの嬉し泣きの声が待機室に響く。
一頻り泣いて泣き疲れたように睡魔にその身を委ねたアスカはレイの腕の中、静かに寝息をたてていた。

「眠ったわね…」
「…うん…」

美少女同士が抱き合う姿にシンジは我を忘れて呆けたように只視線を奪われていた。

(綺麗だ…二人共まるで天使みたいだ…赤と青…金と銀の天使…僕の天使達…)

「…本当に綺麗だ…」
「?どうしたの碇君?」
「あ…いや、二人共綺麗だなって…」
「な、何を言うのよ…」
「いや、本当に…でもアスカがこんな幸せそうに寝てるのは初めて見たかも知れない…」
「…そうね…」
「綾波、いつも有り難う…。」
「いいの…誰かに必要とされる…それは嬉しいって事だって判ったから…」
「そう…」

二人は改めてアスカの寝顔を覗きこんだ。

「可愛い寝顔…」
「うん…本当に可愛いね…」
「…碇君、こっちに…」
「え?う、うん…」
「アスカの代わりに碇君にお礼…」
「え?な、何をあ、綾なムグッ!?」
「ん…いつも有り難う…シンジ君…」
「え…あ…い…いや、その…あ、有り難う…レ、レイ…」

二人沈黙。

「…アスカ、貴女に返すわ…じゃ、おやすみなさい。」

レイはアスカの頬にキスをして、顔を伏せた。

「お、おやすみなさい…」

(うわ…ま、又眠れない…)

『シンちゃん、おめでとう…ってこれから大変よ〜ん、頑張ってね〜ん』
『おめでとうシンジ君、でも…ミサトの言う通りよ。頑張りなさい』
『おめでとうシンジ。健闘を祈る』
『おめでとうシンジ君…後悔の無いようにな』
『おめでとう、やるなぁシンジ君』
『おめでとう!じゃあ一曲…』
『おめでとう…でもシンジ君がそんな子だなんて…』
『おめでとう…じゃ記念に一枚』
『おめでとうセンセ、流石や…』
『おめでとう…でも不潔よーっ!』

「うう〜ん、た、助けて…僕本当に幸せなの〜!?うーんう〜ん…」
「碇君…むにゃ…」
「シンジぃ〜…えへへ〜…」

アスカとレイに枕代わりにされうなされるシンジ…あ〜あ。

【本編へ戻りま〜す、んっガッぐっグッ!】


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