『お父様と私』

【そのにじゅうよん番外編・働く男】 作・何処


ここはネルフ第三独身寮。食堂への闖入者達は疲労困憊し撃沈。サードチルドレンは気絶。途方に暮れる一同を動かしたのはゲンドウだった。
「「「「「し!司令!」」」」」
「何事だ。」
「あ、お早うございます司令。」「…お早うございます碇司令…」

「やあ、お早う。」

「うわっ!」「ひいっ!」「マジっすか!?」「ゲッ!」「「嘘っ!」」「え!」「「エェッ!」」「何っ!」「「オオッ!」」
司令の爽やかな笑顔等と言う想像の範疇外の事態に混乱するネルフ職員…食事中だったので食卓は…あ〜あ。
「あな…ゲンドウさん、この方達は?」
「…帰って来たか。ネルフ南米調査局現地職員だ。マリーカ、ジョルジュ、アントニオの三人。」
「え?司令、この三人って戦自の少年兵…」
「…死者は甦ったり余計な事を話したりしない…そうですね碇司令。」
「え?ああ!そう言う事ね。司令も…ええと…『人が悪い』だったわねレイ。」
「そう。でも…良かった…碇君、良かったわね…」
「ええと…後で説明してくれる?取り敢えずどうしましょうか…」
「ゆ…春日君は子供達の学校へ遅れると連絡してくれ。シンジは私の部屋で寝かせる。三人は…男は空き部屋へ、女は春日君のベッドへ頼む。」

元少年兵二人を軽々と両肩に担ぎ上げ歩み去るゲンドウ。シンジを支えて後を追う少女二人に優しい笑顔で視線を送り、春日は傍らで潰れた少女にそっと囁いた。
「貴女も大変ね…ライバルは手強いわよマナちゃん…(三人共…シンジを好きになってくれてありがとう…)誰か手を貸して下さる?」

暫し時が過ぎ、元戦自少年兵達がその年齢らしい食欲を存分に発揮し春日を喜ばせ(アスカは呆れ)ている同時刻、ジオフロントネルフ本部執務室。

「…碇、今日の書類処理は終わらせたぞ。」
「ああ、流石速いな、こっちも終わった…」
「やはり春日君は有能だな…信頼できる秘書は有難い、来年度には後二人程雇わんか?」
「予算と人間の信用度が問題だが…任せる。さて後は帰国後だ。これからヨーロッパ、今夜の便だ。後は頼む冬月。」
「ご機嫌取りも大変だな碇。」
「ああ、老人の介護に狂信者の子守り、欲の虜に自尊心の塊相手の祝宴だ。精々楽しむさ。」
「うむ、後は任せろ。子供達の面倒なら心配するな。」

「…面倒を掛けます冬月先生。シンジ達を宜しく頼みます。」
「なに、クリスマスを大勢で過ごすなぞ久しぶりだ。楽しませて貰うぞ碇。それはそうと…山岸嬢だが。やはり嗅ぎ付けた者が出たな、今青葉が走り回っている。」
「ふっ、問題無い。その為に南米から呼び戻した。」「しかし碇…」
「機密特秘C-55-1…第三新東京総合病院は設立当初からネルフ傘下だ。主要職員は大半が情報部関係、入り込んだ工作員は既に皆把握、付近の支援部隊や突入部隊への対処配備は完了している。」
「な!」
「既に準備は出来ている。私が留守の上サンプルの存在する病院へマギと直接リンク回線が開くなどそうは無い機会だ。どれだけ釣れるかが楽しみだ。」
「…碇、つくづく貴様は喰えぬ男だ。一体隠し玉を幾つ用意してある!?」
「二年越しの計画だ。入り込んだ連中の背景も支援体制も、それを囮にした本命も既に手は打ち後は網を引き揚げるだけ。青葉と日向を廻す。身柄を拘束するのは危険な奴らのみ、厄介な相手は餌とマーカー、雑魚には成功を確信するに足るダミー、計画外の抑えは南米組に任せる。国連生え抜き諜報員達も呼び、面倒な相手との手打ち情報も用意はしてある。」

「クックックックッ…全く貴様は…明日は楽しみだな。あまり奴らをからかうなよ、そうでなくとも貴様は邪魔者扱いされとる。消されないように気を付けるんだな。」
「…ふっ、連中には何も出来ませんよ…そうだ先生、赤木君にこれを渡して下さい。」
「ん…碇!?しかし…そうか…良いんだな?…そうだな…もういいか…」
「十八年でした…潮時です…長かった…」
「ああ、もうそんなに経つのか…忘れておった…」
「春日君には唯の死亡届と離婚届けを渡しましたが、こちらに暫く留めるつもりです。…彼女ももう本家に飼われる事は嫌でしょう。人は道具では無いのですから。」
「諏訪、春日、香椎…歓待の為、血脈の為、歪んだ歴史の為…碇に列なる者とは言え…」
「変革の機会です。私も六分儀の名には戻りません。又養子が当主となるでしょう。」
「碇…養子だったそうだな…」
「…昔の話です…」

「加持リョウジ査察官、入ります…司令も副司令も御健勝そうで。」
「…ご苦労。」
「健勝?碇がそんな玉の訳が無かろう加持君、相変わらず人を食った男だ…久し振りだな。いつ日本へ?」
「今朝です。辿り着くまで15時間かかりましたよ…ジャングルを抜けるのに8時間、SST発着場まで3時間、弾道飛行で3時間…」
「それはご苦労だったな。南米の仕事も大まか片付いたようだから呼び戻したんだが…何分急ぎの仕事でな、碇の無理にはいつもだが付き合わせて済まん。…しかし彼らも帰国した筈だな…皆来たのだろう?」
「はあ…一緒に来ましたが。ところが途中で俺をタクシーから放り出して三人共何処かへすっ飛んで行きました。」
「ああ、三人共朝一番に私の寮へ来た。シンジが私の所へ来たからな。追って来たようだ。」
「ああ?碇何で貴様の所に息子が?」
「春日君が子供達にケーキ作りを指導するとレイとアスカ君を寮へ呼んで泊めた。冬月、唯特製ケーキのレシピを春日君が知っていた。クリスマスは楽しみにしておけ。…シンジは私に会いに来た訳では無い。レイとアスカ君の二人を迎えに来たんだ。」

「マリーカ、ジョルジュ、アントニオ…元戦自の少年兵達か。そうだな、彼らはシンジ君とは因縁があるからな…再びトライデント計画が浮上した今、彼らには今一度…碇、我々はつくづく度し難いな…。」
「副司令…やはり彼らを?まさか司令、三人揃えて呼び戻した理由とは…!?成る程…死亡扱いにして南米で匿ってたのはその為ですか。手回しが良い訳だ、現地の戸籍迄用意して。」
「…それは後の事だ。今、君と彼らを呼び戻した訳は別にある…明日私の留守を狙いテロが計画されている事が判明した。」
「成る程。…ですがその程度では…裏は何です?」
「ああ、テロは囮。マギへのソフト、ハード両面進入と私の暗殺が目的…だが其も囮だ。実際の目的は…彼女だ。」
「私も碇に聞くまで知らなかったが…。」

「山岸マユミ…使徒に汚染された第1級の隔離対象者…生きていたのか…葛城達にも内緒ですか?秘密主義も行き過ぎは逆効果では?」
「隠していた訳では無い。だが保護した時点で彼女の治癒回復の見込みは無かった。しかし彼女は生きている…だから彼女を私は無期限の冷凍睡眠処置で保存させていた…。それに彼女の存在が公になれば各国の研究機関や軍関係は間違い無く使徒の能力を欲しがる。だが死者ならば手出しは出来ん。」
「確かに…生体試験や解剖程度は間違い無いな、恐らく採取した卵子から生産された子供達は施設内で監視下の元に飼育され検査と称する実験と教育訓練と言う洗脳を受け、飼い殺し。」
「下手をすれば臓器プラント代わりか……彼女についての情報は極秘でしょう?情報漏洩ですか?それとも故意にリークされたのですか?」
「いや、彼女の使徒汚染自体は未だ知られてはいない。しかしネルフが保護していた遺伝子疾患患者となれば、エヴァンゲリオンとの関係位は想像されるだろうな。ましてや遺伝子治療技術を欲しがる組織は多い。本来ならば彼女は永遠に眠る筈だった。だが、事情が変わった。」
「眠り姫を起こす王子様か…そんな厄介な事を何処の誰が考えたんです?」

「切っ掛けは彼女だ。神鷹ナオミ…博士号持ち、遺伝子治療医学の革命を引き起こした天才医師。彼女の生体培養槽による人体再構成理論は現時点でも実現化すれば恐らく全ての基礎疾患や欠損障害、果ては外傷の治癒迄が可能となる。そしてこの技術は数年を待たずとも実用化する程の、正に完成された理論だ。そしてそれは山岸マユミ…彼女を使徒から解放する事をも可能とする。マギに依る成功確率計算は八割を超えた。」
「!ならばその技術だけでも狙われる!軍は勿論政財界もその波及効果に独占欲を駆り立てられ、キメラや超人、果ては不死や不老を求めて、不毛で不幸な実験が行われるぞ!」
「…宗教もだ。原理主義は教義に反する高度医療を否定している…ましてや教義に係わる存在まで居るならば抹殺に走る…」
「碇司令…囮にしてもハイリスクですな。そこまでして…何故です?」
「この治療法は恐らく渚カヲルや綾波レイにも有効だろう。彼はS2機関を有するが故に不死だ。しかし人の遺伝子を元に合成されているのだから人に戻る事を願えば…だがレイは違う。リリスの身体の一部に人工の魂を植え付け、人の形を無意識の意識で取らせているのが彼女だ。現時点では生理も無く出産は無理…人としての老いや死すら叶わない。気力が尽きた或る日に彼女は突然身体を保持する微弱ATフィールドが維持出来ずにLCLへ還る事になる。一週間先か千年先かは判らないが…人の肉体に置換すれば微弱ATフィールドに頼らずとも肉体を維持出来る様になり、子宮も排卵を起こすだろう…老いと引き換えだが。」
「…司令、悪役は大変ですな…」

電子音が響き、何やら携帯で会話する冬月。振り返った表情は皮肉げな笑みを浮かべている。
「日向からだ…ナオミ博士の所に早速大物が掛かった。」
「冬月、後は任せる。私はこれから日本重工へ第4種防護服の追加発注とJAー3の仮採用の件で出掛け、その足で戦自へ行きトライデント試作試験機の払い下げに立ち会い、本部には戻らず空港へ直接向かう。政府専用機へ便乗予定だ。加持査察官、君が渚カヲル主任パイロットに渡したデータと報告書は貴重だった。そちらは後はこちらの仕事だ。今回の件は詳しくは冬月に聞き指示に従え。報告は帰国後に聞く。」
「はっ!」

日本重工、来賓室。接待に当たる時田シロウは意外な来客に驚愕。

「…碇司令自らお出ましとは…お忙しそうですな。」「…少し痩せましたか。」
「…事務畑は向いてないのですよ。」
「貴方程の技術者が事務室長…立場とは言え、勿体無い。」
「ははっ、貴方の口から聞けば嫌味と思わねば…しかし世辞にせよ嫌味にせよ、技術者としては嬉しい言葉です。」

「用件は3つ、1つはそちらの子会社…第三特殊電装は今年度で契約を切ります。」
「!何ですと!」
「子細はこちらのレポート…クレームが委託一件あたり平均2,4回…」
「…やはりリストラは失敗だった…人材育成を怠るなとあれ程…」
「それと、以前そちらから試験運用の為六機採用し八機を仮発注した第四種防護服…追加で十八機の発注を願います。」
「!!あれは特殊環境対応型…まさか!?」
「…セカンドインパクト後15年で使徒襲来…あれから2年、既に忘れた人々も多いが準備は必要です。そちらの提案のJA-3、仮採用として三機を発注します。」
「…今更提案者が言うのも何ですが、採用されるとなると気が重くなります…又戦闘かと思うと。それにエヴァンゲリオンの戦闘報告書を見れば対使徒戦闘に役立つとは…しかし、必要ならば仕方ありません。時田シロウ、ご満足戴ける様に全力で生産に当たります。」
「移動充電…ケーブルを使わず32分の連続戦闘が可能となればエヴァンゲリオンの戦闘行動や作戦に幅が出ます。良く思い付かれました。」
「補給無くして勝利無し…正面戦闘は無理でもこれなら我々の技術力で出来ます。」
「これから私は戦自の新型多脚式戦闘車両試作機の払い下げ受領に向かいます。…如何なる存在が敵か、又いつ襲来するかすら不明な今、手は打てるだけ打つつもりです。ではこれで失礼。」
「…ご武運を…」

【本編へ戻る。】


<BACK> <INDEX> <NEXT>