『お父様と私』

【そのにじゅうご】 作・何処


ネルフ第三独身寮。目覚ましの喧しい音に男子共が再起動中。

「はっ!…あ゛…あれ?あ、そうか…日本…帰って来たんだ…あ、もう時間か…」
「…ん゛んあ〜っっっ!ふあぁ〜〜〜っっ!じ、時間かぁ〜?ひっさびさ良く寝た気がする…」
「…あれだけ食って横になりゃ回復もするわな…」
「だな…つうか飯食って横になれるなんて…幸せだなぁ…僕はこうして二度寝するのが大好きなんだ…いいだろ?」
「…同意…したい…が…あ、駄目だ…」

「良い訳あるかー!起きんか馬鹿者共ー!!」

「「げ!マ、マナ!」」
「マナじゃ無くてマリーカ!!二人してとっととシャワー浴びて服着たら食堂集合!加持査察官から本部出頭命令!30分後迎えが来るわ!以上!」
「「了解!」」

「あらマナちゃん、皆起きた?」
「あ、は、はい。あの〜、実はその…マナって名前は余り表に出せないんで…出来ればマリーカって…呼んで頂ければ…」
「あら…仕方無いわぁ…でもマリカちゃんも可愛い名前よね?」

「あ…有難うございます…春日さん…私…本当の名前知らないんです…孤児で戦自に拾われて…霧島マナも偽名ーでも仲間やシンジ君が覚えてくれた名前だから大切な…でもマリカって…私の覚えてるのはそれだけだったか…か、春日さん!?あのそのえええっ!?」
「いいわ…マリカちゃんて私が呼んであげる。だから“お母さん”って呼んで…お願い…“まりか”…」
「あ…ああ…お…おか…うぇっ…おかあ…」
「なあにまりか。」
「お…お母さん…お母さん!お母さんお母さんお母さん!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっお、お母さ〜んっっ!!!」
「まりか…貴女も私の大切な子供の一人なのよ…大好きよ…“まりか”。」
「うぇっ…お母さぁ…ん…」

「もう…大丈夫です。」
「そう…でも良い事?いつでも私の事お母さんって呼んでね?」
「あはっ…そんな呼べませんよぉ、私の世代で春日さんみたいな若い母親居ません!でも…有難うございました。やっぱり皆の前ではマナで呼んで下さい!私の誇りですから!」
「あら残念。じゃ、私が貴女を“まりか”って呼んだら私の事“お母さん”って呼んでね?約束よ?」
「…なんか…凄い照れ臭いんですけど…はい。“お母さん”」
「宜しくね、“まりか”」

「…てゆうか…迎えって…これ?」
「…映画じゃあるまいし…派手だなぁ…」
「…なんかもー何でも有りだな…」
垂直降下してくるVTOL機のバックドラフトの轟音に掻き消された三人の呟きは降りて来た人物の姿に驚きの声と差し替えられた。

「「「碇司令!?」」」
「乗れ。子細は機内だ。」

サングラス越しの視線が長髪の女の眼鏡越しの視線と交わる。鉄の男にはその一瞬の逢瀬で充分だった。身を翻して機内へ乗り込む。慌てて後を追う三人の少年少女は機内に乗り込む寸前振り返り、見送る女に思い切り手を振った。

「行ってらっしゃい貴方…子供達をお願い…アントニオ…ジョルジュ…マリーカ…いいえマナ…皆元気に帰って来なさいね…待っているわ、“まりか”…」

さて毎度お馴染み第三新東京総合病院、第五診療室。例によってノートパソコンの画面を前に煙草をくわえた女がライターを探している…懲りないねぇ。

「仕方ないよ習慣なんだし。」
「先生…誰に話してるんですか?それにここ確か禁煙じゃ…」
「細かな事気にしないマコりん。あんまり気にするとEカップみたいに愛想無くすぞ、火貸して。」

くわえ煙草を向ける彼女に彼は半ば呆れ顔でZippoを渡した。
「ん、良い趣味じゃないか。」
小気味良い金属音と共に立ち上がる炎に煙草を近付け煙草を吸い、紫煙を旨そうに肺から吐き出す。金属音を響かせ蓋をしたZippoを投げ返し、彼女は放り出したままのマニュアルを手に取り眺める。

「ほう、最近のインターフェースはマコりんの言うとーりユーザー配慮してちゃーんと向こうさん向けスタイルだな?」
「最近は海外とのメーカー合併も多いですし、国内向けだけじゃ無理ですから。これは六ヶ国語対応ですが主流はもう12ヶ国語対応ですね。」
「なるへそ、あ、これ今回の遺伝情報再構成計画書とデータ洗い出し項目表、目通しておいて。それとこれが臓器移植用免疫抑制剤入荷日程表と再生臓器培養プラントの準備状況表、こっちが個体情報記録装置観測値、これが修正データと予定調整値一覧。」
「では失礼します。…分かりました。民生医療支援事業法に基づき、主演算機及びデータベースの使用を認可します。ハイパーリンクインターフェースコンバーターへ接続します。」

持ち込んだデスクトップ相手に作業を始めた男の傍らで紫煙を上げる煙草の灰をコーヒーの空き缶へ落とし、網タイツをスカートのスリットから覗かせて女が尋ねる。
「時にマコりん、君の所から預かったこのクランケだがね、担当医として幾つか質問事項があるんだが。」
「あ、私はオペレーターなので主演算機のデータベースから…」
「なに、そんな大層な質問じゃ無い、君の知ってる範囲で構わん。少しでも患者の情報を獲たいんだ、頼む。」
「と言われましても私も殆ど知らないんで。何でも国連職員の娘さんで遺伝子疾患の発病で進行を止める為冷凍睡眠実験に参加したとしか…」
「…成る程。ま、確かにこいつは厄介だ。薬物にもマイクロマシンにも拒否反応、書き換えウイルスや人工臓器には過剰抗原反応…これでは手が付けられん。」
「しかし先生の理論とネルフの主演算機が揃えばいかな難病でも…」
「勘違いしてはいかんな、万能の治療方法など無い。確かに私が提唱したこの治療方法は医療の可能性を格段に引き上げるがそれだけだ。医師はあくまで患者の治癒力の手助けに過ぎん。助からん者は助からん。それが現実であり、事実だ。」
「で、ではこの患者も…」
「さあ、私の治療方法で生存確率は上がるが、要は本人の意志と肉体の体力とツキ次第だろうよ。」
「…こんな若いのに…」
「さあ、精々働いて生存確率上げてやれ。それがお前さんの仕事だ。」
「…はい。」

【にじゅうろくへつづく】


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