『お父様と私』

【そのさんじゅうさん】 作・何処


《今日、この場に集まられた方々の平和と未来への尽力は祟高かつ偉大な…》

『碇…久し振りだな…』
『お久しぶりです議長…こちらに来られるとは思いませんでした』
『既に議長は退いた…今度の会合に貴様を呼んだのは後任と顔合わせの為』
『後任はお孫さんだそうで…』
『女だてらに切れ者だ』

《…主の導きにより災厄を乗り越えし我らが、明日の糧に苦しみ今日の水を求めし同胞を何故に…》

『…思えばこうして貴様と話すのも久しいな…』
『15年…いや、サードインパクトも挟めば1万と15年…』
『…サードインパクトは成功した筈だった…何故我らは解り会う事も無く欠けたままに…』
『補完は成されました…LCLと化した我らはその中で己の欠けた部分…欠片の断片と出会い、自らの真の姿と対峙し、許しと和解の意味を知ったのです』
『その結果がこれか…何も変わらず人は愚かに私利我欲に迷い、調和と平穏を否定し混沌と対立の世は争いと憎しみに満ちておる…』
『人は世界の半ばしか視野に入りませんよ。前を向けば前、後ろを向けば後…生きるとは喜怒哀楽をその身に宿し歩む事です。良し悪しでは無く、人たる在の儘を認めてこそ、初めて先への道が開ける…そう私は信じています…』
『私には進化の階段を踏み外し足掻いておるようにしか見えん…』

《我らは主の身許に在り、改めて己の愚かさと醜さに涙するのです。許しの意味を我らは…》

『見ろ碇、貴様の前に立つのは只の老人だ。滅びを科学の叡智で留めた我が身は只の人と成り果て、我が分身たるケルビムとの繋がりは断たれ、ゼーレなどと言う過去の残滓ばかりがこの手に残るのみ…』
『未練です…明日は若者の物です。我らは既に過去の幻影…』
『…後は滅びるのみか…』『守り育てる義務を果たした後にです。』

《…身許に召されし同胞に涙し、忘れる事無き悲しみをその身に負いながら何故に尚争いは…》

『守り育てる価値があるとでも?』
『…貴方がゼーレの創設者キールの名を継ぎ既に四世紀…その時貴方は何を求めたのです?』
『ゼーレ本来の目的か…我らゼーレ結成の時、彼ら創設メンバーが初めに何を求めたか判るか碇…』
『…いいえ…』
『この絶望の世に我らは彼を…救世主を求めたのだよ…人全ての罪業を自らの身に背負い、死を越え復活し天に召されし彼の人を…しかし彼の御方は降臨なさらず、産まれ出でし物は魂を持たぬ只の肉塊でしか無かった…』
『愚かな…』

《…正しく今この時も数多の兄弟が産まれ出で、祝福に満たされながら…》

『アダムの欠片より創られし者…誘惑の蛇に惑わせられし咎人を福音と名付けた貴様が何を…』
『使途の試練は彼の福音無しでは乗り越えられませんでした…』
『試練か…狭き門より入れ…確かに狭き門ではあったな』
『数多の聖遺物の収集、科学の目による伝説の解明、遺伝子工学とオーパーツの融合…アダムの欠片より生まれし福音…エヴァンゲリオンはその研究が無ければ産まれ落ちる事は無かったでしょう…』
『我々は奇跡を求めた…徒労に終わる事と知りながら尚、求めずにはいられなかった…』
『奇跡は起きましたよ。我々が今ここに居る…これこそ奇跡です』

《…人の子は、失われたものを捜し救う為に来たのです…》

『ならば何故彼の御方は降臨なさらぬ…』
『…無くなる筈の無い物が消える事は有りません…クローンに魂は宿ります。しかしそれは元の魂とは違う…一卵性双生児と言う自然界のクローンが歴史の前から証明しております』
『魂無き肉体の存在をどう説明する碇…魂の不在…これこそ彼の御方が天に召され主の身許で人たる器を脱ぎ捨てられた証よ…』
『木を隠すなら森…酒を探すなら壷ですよ。飲んだ量より多く酒は減らぬ…器に無いなら他の器…』
『…何を馬鹿な…』

《…人は、新たに生まれなければ彼の国を見る事は叶いません…》

『…議長、この場にいる皆にパンや葡萄酒を用意しても余ります…ですが飢えた人々に人数分のパンと葡萄酒を出しても必ず受け取れぬ者が現れます。』
『醜く愚かなる我らヒトならば正しくそうであろう…喜捨を受ける事のみ望む…』
『明日の糧を得られると信じられる者の台詞です。真に飢えた人は自らの渇望を満たす事を考え、より大切な物を持ちたる者はその為に…我欲、嫉妬、怒り、恐怖、悲嘆、怨嗟、愛…だからパンを千切り籠に入れ人々に廻した…その場の者達だけで食べる為に…一欠片のパンと一欠片の干魚でも人は心が満たされれば満足りるのですから…』
『…無礼者が…見てきた様な事を…』

《…山を動かす程の完全な信仰を持っていようとも、愛無くば無に等しいのです…》

『…議長はあの時、誰と会いました?』
『…いや…誰も…皆、誰かしら逢っているが…何故そんな事を聞く…』
『求めよ、さらば与えられん…満たされぬ者は求めし者を、満たされし者は御使いの姿を見た…ゼーレの追い求めし安寧の中、キール・ロレンツ、お前は何を見、何を感じた?ゼーレに何を夢見、何を求めた?』
『…無礼な…』
『答えろ。貴様はゼーレで何をしたかった?』
『私は…私は…一体…』
『…四つの顔のケルビムの人たる者、ケルブにして獅子、鷲にして雄牛たる者…お前は何者か?』
『私は…キール・ロレンツ…統一と完璧を求めし者…人と主を繋ぎし者…父母妻子を捨て御使いの…何故私に家族が?』
『既にケルビムはケルベロスか…』
『待て碇、貴様は一体…まさか…』
『…我欲に生きる一人のヒトです。子の父であり、女の夫であり、雄たる男である処の、ありふれたヒトたる人間です。』

《…が御子を世に遣わされたのは、世を裁く為ではなく、御子によって世が救われる為であると…》

『では議…いや、メディチ家の末裔、これで失礼…』
『待て碇、いやイサよ、何処へ?』
『明日へ』
『何故』
『赦す為に、種を蒔く為に、見失いし羊を捜す為に、そして愛する為に』

《では皆祈りましょう、あなたがたに平和があるように…》

【番外編へいきまふ】


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