『お父様と私』

【そのさんじゅうに】 作・何処


ジオフロントネルフ本部執務室。スチール製事務机とキャビネットが違和感全開でその存在を誇示している。

「…何が非日常的世界に紛れ込んだ日常って感じですな…」
「我々が如何に異常な世界に居るのか良く解るな。暗闇を覗く者は暗闇に沈む…碇と私にとっては闇を射す光だよ。眩しく愛しい平穏な日常の。」
「冬月副指令からその言葉を聞くとは思いませんでしたよ…まともな感覚ってのは貴重ですね。」
「碇に付き合っているんだ、まともな感覚じゃやってられんよ。」

男二人の笑い声が執務室に響く。

「それはそうと部下の三人…演習場で身分登録させました。問題無く受領しましたが欺瞞工作は成功のようです。」
「ムサシ、ケイタ、マナ。彼ら三人の戦自在籍時個人情報記録は改竄済みだ。写真も指紋も網膜パターンもな。いくら怪しまれようと死亡者のデータが生きている者と違えばそれ以上は追及できん。」
「死亡者の情報は秘匿レベルが低いとは言え…」
「ほう、それを君が言うかね?」
「これは一本取られました。これが受領書類と説明書、運行マニュアルです。…以前より大分小さくなりましたね。」
「陸上軽巡洋艦と称されたトライデント初期計画案、その喪失した試験タイプの実戦記録に基づき試作された本機体は戦闘車両としてより実戦に即した大きさと形になった…と言う事だな。」
「表向きは、ですか。」
「これはあくまで試験車両だ。戦自の計画はこれをコアにしたユニット構想…二足歩行用脚部ユニットやホバークラフトユニット、格闘用マニピュレーター装備ユニット、支援砲撃ユニット等を組み合わせる事で運用に柔軟性を持たせる考えだ。」
「成る程、道理で簡単にネルフへ引き渡した訳だ。未完成品で恩を売り技術供与まで引き出せれば十分元は取れる。」
「試験中破損したのは二足歩行用脚部を擁したδユニット、多機能マニピュレーターの開発が遅れたβユニットは未だ工場…αユニットたる本機のみがネルフへ移管した訳だ。本機はエヴァンゲリオンの回収や支援戦闘に、JAー3が武装運搬と充電及び長距離支援に当たる事になる。」
「エヴァンゲリオンが第三新東京以外で安心して使える訳ですか…各国が煩くなりますね。」
「仕方無かろう、人類の未来の為にも保険は掛けねばな。今や使徒ばかりでは無い、何が待ち受けるか解らぬ。既に我々は預言に頼らず未来を切り開くしか無いのだ。」
「ではこちらでもこの機体に?」
「回収用マニピュレーターと輸送架台を付けたホバーユニットぐらいは必要だろうな、だがその程度のユニット開発なら機密は殆ど無い、民間に任せるのも手だ。」
「ま、対使徒戦闘以外なら一番使い勝手が良いのはこのサイズだと思いますがね。対エヴァンゲリオン用の機体開発はどこも現在停止中…」
「それはそうだ、エヴァンゲリオン一機の運用コストと制圧面積、稼働時間と同時運営する支援部隊の維持費用を考えれば如何に強大だろうとも引き合わん。何より本体より周辺支援部隊を叩く方が簡単に制圧出来る。」
「…それを承知でエヴァの奪取を目論む…何者ですかね。」
「さあな、理由はどこも有るがメリットが無い筈だ。碇なら何かしら掴んでいるだろう…確証が無いだけだろうがな。」
「…では私はこれより掃除にかかります。泳がす魚は選別済み、明日朝までには片付きます。」
「では宜しく頼むぞ加持監察官。吉報を待つ。」
「はっ!」

暫し時は過ぎ現在PM11:00…ネルフ本部に戦自の試作車両を輸送した元戦自少年兵達は大人一人を本部に置いて現在ここネルフ第三独身寮に居座っている…男二匹は空き部屋で、マナは春日の部屋で春日のベッドにて爆眠中。…春日は出張で留守な同居人のベッドを間借り…大人は大変だ…

「TELLLLLLL・TELLLLLLL・TELLLLLLL・TELLLLLL…」
「…あ〓電話…って誰…」

「もしも…英語?『ええと、今晩は、此方ネルフ第三独身寮ですが…どなた?』」
『夜分失礼、そちらにユイ…あ、ミズツバキ・カスガは居られるか?ナオと言えば解る筈だ』

「『少しお待ち下さい』…春日さん、電話です…ナオさんだそうですが…」
「…あらあら、どうしましょう。『お久し振り、元気そうだけどどうしたの?』」
『夜分に済まん、なあに、職員一寸飲ませ過ぎたんだ。ちょいとそっちにに届けついでに久し振りに顔が見たくなった。土産に一本あるぞ。』
『赤?白?』
『ロゼだな、つまみは何がある?』
『…メインデッシュは終わっちゃったのよ、でも丁度富士の養鶏場から美味しい鳥が手に入ったの。若鳥の香草焼きなんてどう?三人前なら出来るわ。』
『ほう、そりゃいいな。楽しみだ。』
『で、どれ程飲んだの?消防車呼んで水掛けた方が早いなんて事は無いでしょうね?』
『なあに、女五人でピッチャー三つとボトル二本だ。後はデキャンタ二つに二合徳利が四本…』
『それだけ飲めば十分よ、バイタルは?』
『看護士は鍛え方が違うぞ。全員平常値だ。』
『…後何分?』
『今駅前だ。コンビニ寄ってから行く。タクシーで10分もかからんだろう。20分てとこか。』
『忙しくなるわね、解ったわ…歓迎するわ、そちらは何人?。』
『独り者の看護士かしまし三人組がピーチクパーチク騒いでる。後は連れが一人だ、では宜しく。』

電話を切り、春日は枕元の眼鏡を掛けるとマナ…マリカに話し掛けた。

「マリカちゃん、お客様が来られるみたいよ。お友達二人を起こして来て貰えるかしら?」
「?こんな時間に…二人!?判りました!直ぐに起こします!」

少女が部屋を出、ドアノブに手をやりながら春日は眼鏡の奥の瞳を愉し気に輝かせながらちっとも困った風もなく呟いた。

「困ったわね、こういう事は専門外なんだけれども…仕方無いわよね。さあて、ゲンドウさんの真似事でも致しますか。」

一方その頃ネルフ本部…
「…ね、眠れない…」

レイとアスカに抱き枕代わりにされてるシンジ…あーあ…

「へ、平常心〃…む、胸が…いやいや落ち着け…あ、あ、そ…」

【そのさんじゅうさんにつづいちゃう】


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