『お父様と私』

【そのじゅうく】 作・何処


執務室の窓を覆う装甲シャッターがゆっくりと格納されていく。窓から外光が差し込み、闇に慣れた一同の目を眩ませる。しかし皆の表情は一様に暗い。先程迄壁面のスクリーンに流れた映像の衝撃は未だ眼底にあり、その闇は光ファイバー越しの午後の陽光に溶けるにはあまりに深かった。

「アスカ…大丈夫よ…終わったわ…」
「レ、レイ、レイ、お、お願い、て、手握っててこのまま…だ、大丈夫だから、大丈夫だから暫く…暫く離さないで…」
「マヤちゃん、マヤちゃん、しっかりして!」
「…怖い、怖い、怖いよ春日さん…た、助けて青葉君、日向君、助けて…先輩、葛城さん助けて…ひっ!」
「シゲル、トランキライザーだ。使い方は…」
「ああ、判ってる…ああ、未だ大丈夫そうだ。返すぞマコト。」
「し…しっかしな、何て物を…これは確かに第四種着込まないとマズイわね…そうでなきゃ運んだ当人達としてちょっち気分的にヤバいわ…」
「司令…何故標的にアレを入れたのか納得しました。アレは危険過ぎます、保管するにせよ研究するにせよ、何れもここの設備では不十分です。第一破棄する事自体があまりにも危険です。…やはりあの処分方法が一番妥当です。良くご決断なされました…。」
「と…父さん…あれが…あれがさっきの標的の中の…」
「…ああ、量産型エヴァンゲリオンの体細胞片が入っていた…シンジ、良くやってくれた。冬月、操作ご苦労。」
「ああ、今行く…しかし…まさかあれほどとは…。」

シンジは先程までの事を回想した。余りに非現実的な事実に戸惑いながら。

執務室の窓をゆっくりと装甲シャッターが覆う。窓から差し込む外光が遮断され、闇に包まれた執務室の壁面が突然スクリーンになりパイプ椅子に座った一同の視線が一斉にそちらを向く。実験終了後急遽招集された皆の表情は一様に硬い。先程迄軽口を叩いていたミサト達もだ。

「皆、先程までの実験ご苦労。これより或る映像を流す。質問は受け付けん。先ずは見ろ。説明より早い。因みに画像は未編集、見た者は特級守秘義務を持つ。解ったか皆…理解したな。では冬月、操作を頼む。」

「これは先程の初号機による焼灼処理を行った廃棄戦車の映像だ…今積み込まれた物が今回の実験に急遽焼却処分作業を組み込んだ理由だ」
「「え?」」「?」「何だ?」「これが?」「何?」「「「…」」」
「これは量産型エヴァンゲリオンの体細胞塊…これから実験映像が流れる。」
「…ホルマリン中でも有機質を喰らい増殖する、強紫外線や硬エックス線も一時的に動きを止めるだけ、何しろ中性子照射による遺伝子破壊すら数時間で復元する。酸やアルカリの中に数時間浸けても表面腐食のみ…高周波加熱も無駄…水分を吸えば再び肉片に戻る。同室に試験的に置かれたマウスが乾燥したこの肉塊に取り込まれるまで数十秒。画像はリアルタイムだ。」
「うっ…」「げ…」「ひっ!」「うぇ!」「!」《レ、レイッ》《アスカ…》
《ミイラから復活…まるでヴァンパイヤ…いえ、これに日光や十字架は関係無いわ…。》
《リツコの口から吸血鬼なんてセリフが出るとはね、しかし…何て代物よ…》
《不死の肉塊…怪奇神話かよ》《洒落になんねーな…》

「次の画像は量産型エヴァンゲリオン解体現場監視カメラの物…今車体に張り付いた肉片、白煙を上げているな?五ミリの防弾鋼板を腐食して内部の有機体を食おうとしている。幸い乗員は防護服着用済み、脱出に成功。たが、たかだか数キロの肉片に軽装甲車を破壊され、現在北米ネルフの量産型エヴァンゲリオン解体作業は中断。一機目でこれではな。」
《ひえー》《当事者たまんねーな…》

「次の画像は解体分離したままな腕部の調査に当たった特殊装甲作業車が突然肉塊と化した腕に五人の研究者と共に飲み込まれたシーンだ。」
「「「ひっ!」」」「「げっ!」」「「「!」」」

「数分後の渚カヲルによる救出も映像に有る。見れば判るが僅か数分で車体はスクラップ寸前、乗員も二名が発狂、二名骨折、一名は脳震盪。だが幸い発狂者は彼の精神操作で回復した。救出後緊急冷凍された肉片は急遽組み上げた無人機器により切断、16の冷凍コンテナに詰め冷却設備ごとN2爆弾と共にモハビの射爆場へクローラにより時速八キロで現在も運送中だ。」
「なんて事…」「これでは自爆すら危険だ」「…自爆後再度周辺ごと焼き尽くすしか無いぞこりゃ」

「現在の処有効な捕獲方法は液体窒素での凍結。だが肉片は完全凍結しても死なん。何しろ実験結果がこれだ。」
「枯草菌並の環境耐性に粘菌以上の融合増殖性。…プラナリアがクマムシ並みの環境適応力を持った様な物ね。」
「…つまり肉片の一つからでも量産型エヴァンゲリオンの肉体は甦る…最悪。」
ミサトの発言に執務室は静まる。
「ここから封印映像のスライドだ…恐らく量産型はコアのエネルギーで肉体を抑制、ダミープラグで増殖行動を制御する設計だ。だが弐号機による戦闘破損を修復後に発現した本能…餓えのプラグ制御は無理だった。結果は暴走。コントロールが戻るのは餓えが多少満たされた後だ。」
「何て事…もしそうならば稼働した量産型は定期的に暴走するわ…餓えを満たす為…」
「量産型エヴァンゲリオン…人はおろか地上の全てを食い尽くすベヘモス…バハムートと化す訳ね。」
「イャ…あ…あ…ひっ!「アスカ!」…だ、大丈夫…」「春日さん、私もう見れない…」「大丈夫よ…大丈夫…」

「これは使徒戦だ。分離合体する使徒も増殖はしなかった。そして次、初号機は使徒の肉体を奪い同化修復し、S2機関を取り込んだ。しかし流石に欠落した部分が増殖はしない。放っておけば壊死する。」

スライド映像が消え白画像になり、続けてゲンドウは語る
「…以上の事実から、量産型のベースはアダムやリリスとは別種と推定される。よってネルフは量産型の廃棄の推進と、この別種の襲来を想定した迎撃準備に重点を置き体制を移行、諸君らの今後の働きに期待する。」
【にじゅうへ】

【次回、インターミッション2】


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