『お父様と私』

【そのじゅうはち】 作・何処


鉛の如き沈黙の海に沈む執務室に呼び出しの電子音が不意に響いた。弾かれたように三人は通話機を見る。最初に動いたのは臨時秘書、春日だった。

「…執務室です…はい、…只今代わります。司令、赤城主任からです。内線一番で。」
「…冬月、頼む。」
「ああ…私だ。碇は今執務中だ、何かね?」

『副司令、赤木です。報告します!新参号機の互換性テスト、惣流・アスカ・ラングレー及び綾波レイ、両パイロット共に起動に成功しました!』

「そ、そうか!!おい碇、新参号機の起動、二人共成功だ!」

『只今より実験は第二段階に入ります。もし宜しければ皆さんお出で下さいませんか?』

「す、少し待て、『おい碇…』赤木君、碇に替わるぞ。」
「私だ。赤木君ご苦労だったな。よくやったとパイロット両名に伝えてくれ。それと今初号機の試験はどうなっている?」

『は?あ、初号機ですか?そちらでしたら地下ゲージにおいて葛城二佐の元、初号機に搭載する新装備のフィッティング試験中です。試験は現在順調に推移中、作動確認の後ジオフロント内試験場にて標的廃棄品の88式への照射試験を行います。明日の国連新戦艦MAX-αとの共同訓練でも同装備にて出撃の予定です。』

「…赤木主任、新しい仕事だ。現在の試験終了後直ちに第四種BC防護服着用の上で執務室へ。葛城二佐も同装備で呼べ。又、初号機の新装備試験は一時凍結、初号機パイロットはそのまま搭乗待機。」

『は?ですが…第四種?判りました!幸い後の実験は既定事項の確認です。伊吹二尉に後事を委任し、直ちに葛城二佐と出頭致します。』

「碇、流石に決断が早い…だがいいのか?」
「サンプルは幾らでもある。それにジオフロント内での保管や生物試験はリスクが大きい。ここのBC設備は第四種ランクAA、その程度ではこれを処理できん。ここで賭をする訳にはいかん。」
「…確かに。次亜塩消毒と紫外線殺菌など無効だ。強コバルト照射にオゾンカーテン隔離も効果は無いだろう。それに最終処理は液体窒素凍結や電気炉焼却ではな…廃水槽や廃棄物倉庫からの復活などされたら目も当てられん…エヴァのポジトロンライフルなら有効かも知れんがここでは大き過ぎで使えんか、堪らんな。それに一般保安要員の対ABC装備はクラスB保護服だ…すると対策はベークライトで隔離…やはり液体窒素頼みか、火焔放射機やレーザーでも恐らく表面を焦がし穴を穿つのみ、全く厄介な…」

「気化爆弾やナパームでも確実ではない。N2や原水爆で周りごと焼き尽くすか熔鉱炉や核融合炉に放り込むしか無い代物だ。幸い確実に処分するに足る装備が現在初号機に試験運用の為搭載してある。」
「おお、成る程!!」
「S2機関の余剰出力を利用したプラズマ発生機、こんな事に役立つとは。プランはATフィールドで目標を保持、発生させたプラズマ障壁へ押し付け焼却。これが一番確実だ。」
「うむ、そうだな。ATフィールドでサンプルを保持するなら実験関係者の直接接触の恐れも無い。確かにそれが一番確実か。」

「…しかしこれは今回だけだ。次回は無い。」
「な、何故だ碇っ!これ程安全な策は…」
「初号機はS2機関を搭載している。」
「!」
「…もし万が一初号機がこの肉片に喰われ、S2機関を取り込まれれば…。」

「何と言う事だ…だが、ならば渚は?奴こそ…」
「忘れたか冬月、奴のクローンはこの肉片の制御プラグに流用された事を。他者の精神に干渉し、支配すら可能な使徒の能力と確固たる自我を持つ渚カヲル、奴は単独でなら何の心配も要らん。だがエヴァンゲリオンは違う。言うならば去勢と脳外科手術によって造られた生体機械兵器だ、自我を殆ど無くし只操られるだけの戦闘用改造人造人間。恐らく肉片は容易くエヴァを乗っ取り、量産型へとその姿を変質…いや、造り替えるだろう。」

執務室は数度目の沈黙に沈んだ。スチール製事務机の後ろのキャビネットから資料ファイルを引き出す春日、だがその指先は震えていた。机の上に積まれた処理済みの書類の束とノートパソコンの間にファイルを押し込み、処理済みの書類をバインダーに綴じ込んでゆく。無言で手を休めず作業を進めながら春日は別の事を考えていた。
(…やはり…そうなのねゲンドウさん…貴方は最初から可能性を予測していた…だからあれほどダミーを…エヴァンゲリオンの無人機体化に拘り更に自爆装置まで付けたのね…何故あれほど強力な物をと思っていたけれど、確かにそれは必要だったわ…そうだったのね…。)


『あらんリツコ、何?あ、こっちは順調よぉ、そっちはど…やったぁ!こりゃ祝杯を…はぁっ!?どおゆう事!?…あ…あんの髭ぇ…一体全体何なのよ!?いきなり試験中断しろだなんて急にそんな事言ったってこっちだって色々都合があるのよ!しかももうシンちゃん乗った初号機は発進口へ…待機ぃ!?しょうがない、シンちゃん回収して…搭乗したまで待機ですって!何考えてるのよリツコ!…司令の指示?…ほ〜お、い〜い度胸ぢゃな〜い、自分の息子いたぶるたぁ…ふふふふふ、髭〜、月夜の晩ばかりじゃないわよぉっっ!…え?第四種BC防護服着用の上で執務室へ!?…判ったわ、葛城二佐直ちに執務室へ出頭に向かいます。リツコ悪い各方面への指示連絡お願い!』

『シンジ君!いい、今からの指示に従って。実験は一次中断するわ、そのまま初号機は待機よ、悪いけど搭乗したままでお願い。…司令から呼び出しがあったの。え?…ああ違う違う、そっちとは別口。そうそう、シンジ君、アスカとレイ、起動成功よ!今夜は祝杯ね!…なはは…多分あんまり有り難く無い内容ね…は?一寸シンちゃんそれは無いわぁ…だあぃじょうぶ、葛城二佐を舐めんぢゃないわって事よ!…あははっ、ぢゃ、そーゆー事でお願い、シンジ君。』

「?どうしました葛城さん、今試験中断と聞こえましたが…」
「まぁ、マコトちゃんたら盗み聞きたあいい度胸ね。そーよ、リツコに司令から直接命令で来たそうよ。試験は一時中断だそうよ…パイロットは搭乗待機でね。て訳で私は今から執務室へ出頭よ。」
「ご苦労様です…搭乗待機?キナ臭いですね、何かありましたか?」
「それをこれから確かめに行くの。でも流石は私、葛城二佐の部下ね日向君、良く気付いたわ。第四種BC防護服着用で来いですって。」
「第四種!?」
「多分リツコは今頃マギの自爆シーケンスを入れてる筈よ…緊急事態に備えて。非常事態宣言が出て無い処から、未だ事態は切迫して無いでしょうけど念の為ね…。」
「外骨格動力式簡易装甲服に宇宙服を組合せた代物…生物兵器に汚染されたテロリストでも入り込みましたかね、化学兵器でも持ち込んで。」
「作戦部長補佐の面目躍如ね…さ、今から着用するわ。日向君は試験再開の準備と中断の後始末お願い。…いつも済まないわね。」
「…お粥持って『それは言わない約束よ』って言いますか?」
「マコト君、リメイクのお笑い番組見すぎ…夕べはアスカやシンちゃんと一緒に見て大笑いだったわ。」
「昨日の放映は傑作でしたね…第四種BC防護服、三番の特殊装備倉庫です…お気を付けて。」

【次はじゅうくよ〜ん】


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