『お父様と私』

【そのじゅうなな】 作・何処


「これが例の…」
「…ああ、量産型エヴァンゲリオン。その体細胞片…今も活動中だ。」
「!まさか!エヴァンゲリオンの体細胞片でもベークライト中では休眠…」
「…これはホルマリン中でも有機質を喰らい増殖する。ベークライトはあくまで檻だ。量産型エヴァンゲリオンの解体中、零れ落ちた僅か数キロの肉片は厚さ五ミリの防弾鋼板を僅か数分で腐食して内部の有機体を食おうとした。」

「な!」

「幸い乗員が防護服を着用していたので脱出も液体窒素での凍結も間に合った。だが肉片は凍結しても死ななかった。サンプルとして送られた数個にカットされた肉片に対する実験結果がこのレポートだ。」
「…見せて貰うぞ…」
「後にしろ。概略結果を言う。その生命は枯草菌と同等の環境耐性を持ち、粘菌以上の融合増殖性を持つ。…クラゲや極大プラナリアがクマムシ並みの環境適応力を持った様な物だ。つまり肉片の一つからでも量産型エヴァンゲリオンの肉体は甦る…」

執務室は静寂に包まれる。

「…恐らく量産型はコアで増殖する肉体を制御し、ダミープラグで行動をコントロールする設計だったのだ」
「…暴走させるダミーではなく暴走させない為のダミーか…」
「…量産型が弐号機を喰ったのは破損を回復した肉体の本能をプラグが制御出来なかったと見るべきだ。S2機関を持つのに食事の必要は無いのだから。食欲が満たされたからこそコントロールがダミーに戻り、聖杯召喚が成された…あの時点でもしエヴァが一機のみなら聖杯は召喚ならずに終わり、又、もし二機同時に出撃していれば二機とも喰われ、やはり聖杯召喚は失敗しただろう…。残る手段は量産型の内一機を贄にする事だが、コアに老人達は居ない…エントリープラグ内部のシンジがコアで再構成されたのはあくまで初号機の…彼女の意思なのだから。ならば量産型の引き起こすサードインパクトは間違い無く量産型そのものの本能の発現…」
「…もしそうならば飢えに暴走した量産型は文字通り終末を招く獣となり地上の全てを食い尽くす…救世主の降臨も福音の使徒も無き世界は量産型と言う絶望の破壊天使に救い無く滅ぼされたろう…碇、我々は何と危うい橋を渡ったのだろうか…。」

再び沈黙が執務室内に降りる。

違和感丸出しなスチール製事務机とキャビネットに挟まれた空間で、その卓上に積まれた書類の束とノートパソコンの影に隠れ、青い顔の臨時秘書が悲鳴を堪えていた。眼鏡の奥の瞳は絶望と恐怖に染まっている。誰ともなく彼女は無意識に呟いた。
《…まさか…量産型とは…ゼーレ…何と言う事を…》

「ハーイリツコ!どう実験は!?ほい差し入れ〜!」
「あ、有り難うミサト。マヤ、レイとアスカの通常ヘルスチェック後、今度の試験仕様のチャートフローを再チェックお願い。それとシンクロ試験用エントリープラグだけど、新型インターフェースのフィッティング試験も兼ねてるからデータは口頭でも収集して。多分に感覚的な物だから計器表示を鵜呑みにしない様にね。」
「は、はい。それとこの新型なんですけど、検知端子のここ…シーリングが甘いんで防水テープで一応シールしました。Oリングぐらい挟めって技師が文句言ってクレーム出すそうです。今回は間に合わないから更に念の為コーキング材を上から塗って対応したと言う話ですが。」
「やれやれ、初期不良は仕方無いにしても…最近は工作精度落ち過ぎなんじゃないかしら、コスト至上と言っても要は売れてどれだけなのにねぇ。あ、あたしブラック貰うわね…」
「始めにコスト在りき…こりゃ駄目ね、必要性とか必然性って知らないのかしら。無駄と余裕の区別付かないのが上に立つとこうなりますって見本ね。そことの契約見直すか…じゃあたしはカフェオレ。マヤちゃんごみん微糖でいい?」
「あ、はい、有り難うございます!」
「営業三年現場は五年技術設計八年越し、先見て現場育成しないと後が苦しいのよね…」

「あれ?ミサトさん、珍しいですねこんな時間に」

「「「ぶっ!」」」

「あっはっはっはっは!ミ、ミサトッ、シ、シンジ君にまでっっ!あははははははっ!」
「ケヘッ、ゴホッ!くっ…苦しいぃ…ゲホゲホッ!」
「…シンちゃん…今朝君達の朝食用意して先に本部行ったのは誰かな…?」

「え?いや、大体テスト始まる頃来てるから、テスト前からは珍しいかなって…え?何か今回は特別な事でも…」
「…ええええ私はどうせ何時でも時間ギリギリですよ所詮特別な事なけりゃ用の無い閑職ですよどぉ〜っせ非常事態向けですょおだブチブチ…」
「けほ…あ、いぢけた。」
「…やっぱりアスカはミサトさんの影響大きいよな…。」
「…あー涙出ちゃった。ミサトったら朝から何回笑わせてくれたのやら…シンジ君、今日はアスカ達とは違う実験に参加して貰うわ。では葛城二佐、シンジ君に…」
「はあ、りょーかい赤木博士。んじゃシンちゃん、ちょっち付いて来て。じゃ皆又後で。」


「…さあ、今日のメイン試験、レイとアスカのシンクロテストよ。新参号機とのシンクロ…成功させるわ。アスカの為にも…。」
「葛城さんとシンジ君はゲージに降りました。アスカちゃんやレイちゃんも試験用プラグ内に搭乗、擬似エントリー準備、出来ました。アスカは余裕を持ってますね。レイも十分にリラックス、何時でも試験開始出来ます。」
「判ったわ。互換試験、開始五分前。カウント開始、モニター作動、警報設定、各計測機器作動、機体セイフティ確認、安全装置作動、主電源投入、プラグ内閉鎖環境化、各生命維持装置チェック、冷却材挿入、ライフキットバッテリー装填、非常用発電機試運転…メイン、サブのバックアップシステムチェック、三、四、五号各予備回線作動確認、緊急停止装置安全装置解除、非常脱出装置爆発ボルト信管安全ピンリセット、ベークライト投入準備、通信ケーブルをモニタリング、拘束具機体固定状況を確認…パイロットに連絡、実験は三分後。…副電源動作確認、医療班、消火班、応急班出動準備、緊急発進口解放準備…そんな無様な真似はしなくて済むようにしなきゃね。」
「…これが上手くいけば弐号機コアからのサルベージ実験が…アスカ…待ってなさい、シンジ君と一緒に逢いたかった相手に…お母さんに逢わせてあげる…これくらいしか私と司令は貴女に…」
「カウントダウン残り30…擬似プラグエントリー…15…10…5,4,3,2,1・0」
「実験開始!」

【じゅうはちに続く】


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