『お父様と私』

【そのじゅうろく】 作・何処


『ええと、ネルフ第三独身寮ですが…それで?』
『そ、それだぁっ!!』

「…あらあら、どうしましょう。」

執務室。臨時に置かれたスチール製事務机とキャビネットが違和感全開でその存在を誇示している。その卓上に山と積まれた処理済みの書類の束とノートパソコンの影、イヤリングに手をやりながら春日は眼鏡の奥の瞳を愉し気に輝かせながらちっとも困った風もなく呟いた。

『あ…あんの髭ぇ…い〜い度胸ぢゃなぁいぬぉ〜っ…ふふふふふ、うっっっかり騙される処だったわぁ、惚けたグラサンの裏で何企んでやがった髭め…さ、すぅわぁあとぅえぇうゎあ…ゆ、許さん!許さないわよ下朗な外道!あんまり女舐めんぢゃないわょぉ…ふっ、ふははっ、はぁ〜っはっはっはっはぁ!どっ、どおしてくれようか…はっ、ははっ、あは、あはは、あははははははははははははっ!!』

「まぁ、ミサトちゃんたら品の無い事。でも流石葛城博士の娘さんね、良く気付いたわ。作戦部長の面目躍如ね…でも正義感強いのはともかくもう少し女の子らしく…いえ、淑女としてのたしなみは覚えて貰わないと…」

彼女は書類の影からそっと執務机の方を眺める。冬月は例によって立ったまま何やらゲンドウと予定の打合せをしている様子。ゲンドウも会話しながら手を止める事無く書類を仕分けし、サインを入れ、印を押し、否決書類をゴミ箱へ棄てていく。
(…あれはもう才能よね…さて、どうしますか…)

「碇司令、冬月副司令、少し早いですがお茶にしません事?」
「そうだな…一息入れるか碇。」
「ん…ああ、そうだな…そうするか。春日君、今日は早くからご苦労。」
「フフッ、おだてても何も出ませんわよ。」
「いやいや、碇が部下を労うなぞ滅多に無い…いや本当に春日君に来て貰って助かる。こんな事ならもっと早くから有能な秘書を入れるべきだったよ。」
「まあ、副司令はお上手な事。でもこれも主人の仕込みですのよ…帆場の姓を名乗れれば良かったのですが…」
「帆場?碇の血縁は皆娘の嫁は婿養子…す、すまん。そうか…成る程それで疎遠な訳か…春日君、苦労したな…。」
「い、いえ、昔の話ですわ。そうそう、皆さんコーヒーになさいます?それともお茶にします?」
「…日本茶にしてくれ、番茶の濃い目で頼む。」
「おお、そいつはいい。そういえばこの間製版所から羊羮が届いたんだ。少し待て、今持ってこよう。」
「ふ、副司令?私が…」
「なあに、少し外の空気も吸いたい処だったんだ。良いな碇?」
「冬月先生…ならば私が…」
「いいから座っとれ。司令が居なくてどうする。では…」

「司令、机の上片付けますわ《ミサトちゃん、寮の私嗅ぎ付けたわ》」
「!…あ、それはこっちに《そうか。どうする?手を打つか?》うむ、有り難う。」
「《大丈夫任せて。》…そう言えば碇司令…私未だ正式に職場の皆様にご挨拶して無いのでしたね。未だ顔を会わせて無い方々も多いのでは?」
「《ああ、わかった。》そうだな…冬月と昼にでも廻るといい。今日はチルドレ…エヴァのパイロットも全員揃っている。どうせなら顔を見て行け。…トイレに行って来る。」
「は…はい!《はい…貴方。》お、お茶は番茶で宜しいのですね?」
「…濃い目に頼む…」


「失礼します…おや、誰も居ないのかな…珍しいな、トイレかな?」
「あ…こんにちは、パイロットの渚カヲルさんですね?」
「?貴女は?御目にかかった覚えは有りませんが…何方かな?」
「あらあら、ごめんなさいね、つい名乗るのを失念してましたわ。私、この度司令部付き臨時秘書として仮採用となりました、春日椿と申します。今後お見知り置き下さいますよう、宜しくお願い致します。」
「これは丁重な御挨拶を、では改めまして、エヴァンゲリオンパイロット、渚カヲルと申します。今後宜しくお願いします。」

「で…何かご用命がお有りですか、司令は所要で席を外しておりますが直ぐ参りますのでお待ち下さい…珈琲とお茶、どちらになさいます?」
「では日本茶を…暫く海外でしてね、久しぶりの日本なんです。出来れば番茶を…濃い目でお願いしたいのですが…?僕の顔に何か?」
「クスクス…い、いえ、先程司令と副司令も同じ物を頼まれましてね、何となくっ…ぷぷっ…クククッ…ッ!」
「時系列相似性…あるものなんですね…。」
「ではテーブルと椅子を…自動制御は楽ですがどうも慣れませんわ。」
「…そんな物なんですか?」
「ええ、そんな物なんです。」

「む…うむ!?到着したか渚君。早かったな、久しぶりの日本はどうだ?。」
「お久しぶりです碇司令。これから又海外です。今度はヨーロッパだそうですが…俗に言う『人使いが荒い』とはこの事ですね、国連も組織をもっと柔軟にして頂きたいものです。」
「君が愚痴を洩らすとは…有給はきちんと取れる様にしてあるが、何なら弁護団を付ける。脅しでは無いと言ってやれ、権利と報酬は守られねばならん。」
「いえ碇司令、僕は寧ろ只で海外旅行を楽しんでおりますよ。リリン逹の微笑ましい悪戯も。」

「…今回は何度だった?」「個人が四回、右と左が各々二回、宗教絡みが三回、恐らく国家組織が二回。気分はジェームスボンドでしたね。映画は為になりましたよ、ワイヤーアクションとかニンジュツとか呼ばれましたが。」
「…ご苦労。」

「あ、これが報告書とサンプルです。…量産型エヴァンゲリオンの。」
「…」
「解体現場で五人呑まれました。幸い僕がATフィールドを中和して全員救出しましたが…碇司令、あれは一体何です?あれは使徒でも人でも無い…敢えて類似を探すなら…」

「…癌細胞…」

「…ご存知なのですね…あれの正体を…」
「…」
「ま、時間が有りません。この話は後で又。」

「碇、これは凄いぞ!虎屋の限定…おお、渚君、無事帰って来てくれたか!」
「ああ、冬月副司令もお変わり無く…虎屋ですって?ああ何て間が悪い…」
「何だもう出発か?」

「ではそれを皆で頂いてからにしましょう。ねえ碇司令。」
「空港までVTOLで送る。それならゆっくり出発でも遅くは無いだろう渚君。息抜きも必要だ。」
「…成る程、これが権力の乱用って事ですか。では口止め料はこの羊羮と言う事で…」

「…高いな…」
「…ああ…」

「クスクス…さ、お茶ですよ皆さん。」

【次回葛城の噂第17話・渚カヲルの活躍にご期待下さい…嘘。】
もちろんさ!ついやっちゃうんだ!


【じゅうななにつづく。】


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