『お父様と私』

【そのじゅうさん】 作・何処


「ミサト…。」
「何よ…。」
暫しマヤとの通話が続き、幾分落ち着かない様子で照り焼きチキンをつ突きながらリツコの様子を伺うミサトは、『こりゃ知らぬ存ぜぬで通すか』と、通話を切ったリツコが暗い顔で話し掛けるのに、わざとつっけんどんに返事を返した。
「司令部に…ね…」
「何よ、あたしゃまだ食べ…」「お願いミサト、私、私…」
「…場所変えましょ。人目あるし。」「…そう…そうね…」
(…照り焼きちゃん、ゴメン!)

所変わってここはコンフォート17、例によって例の部屋。

「ぐすっ、ヒック、うぇっ、ヒクッ…」
「…リツコ…(なんて事よ…リツコに泣かれるなんて…対使徒戦の作戦立案やアスカのご機嫌取りの方が未だ楽よ…た、助けてシンちゃん…この手の事はアスカ以来一番頼りになるのは貴方なのよ〜シンジ君〜、お願い早く帰って来てぇ…でもねぇ…まさか泣くとは…それにしてもこのリツコがねぇ…)」
ルノーに乗り込むなり泣き出したリツコにミサトは只戸惑い、取り敢えず自室に連れ帰ったものの、一向に泣き止まないリツコにお手上げ状態である。
(さて…どうしようか…シンちゃんはアスカが泣き止まない時はずっと手を握ってたわね…先にトイレ行っとかなきゃ…)
「えっ、うっ、ひっく、ミサト、ひっく…あたし、もうどうしたらいいか…」
「…リツコ、ねえ、取り敢えず顔洗って、そしたら話聞いたげるから、ね?その間に珈琲入れたげるから、ほら。」
「う…うん…」
「…こら今の内にトイレにも行っておくか…」

福澳と珈琲の薫りが立ち上るマグカップが二つ、テーブルの上で静かに時を刻み湯気を立てる。幾らか落ち着きを取り戻し、リツコはポツポツと語り出す。

「…司令の笑顔はね、多分あの人が来たからなのよ…なのに私ったら浮かれて…なんて馬鹿なのかしら…呆れて何も…ヒクッ、そんな奥ゆかしい女見たら誰も…我ながら呆れるわよ…本当に…馬鹿よ私…」
「…あたしは信じられない…いいえ信じないわ…だって貴女良く知ってるんでしょ?司令の性格はそんなに女にだらしない?少なくとも加持の馬鹿よりはまともよ?ここ何年で一度でも司令の浮わついた噂が流れた?それに大体昔からあんた以外司令に女っ気が有った?再婚の話だって幾つ蹴ったかあんたが一番知ってる筈よ。大体リツコだって言ってたじゃない、シンちゃんのパパだけあって何より一途なのが司令だって。そんないきなり来た人に余所見するような男じゃないんでしょ?碇司令は?」
「ミ、ミサト…エゥッ、で、でも…が、画像見たの…か、春日さんの…ゆ、唯さんに、唯さんに…奥様に良く似てるの…か、敵う訳…エェッ、ヒック…」
「…があーっ!!あんたは昔のシンちゃんやアスカかあっ!!泣く暇あったら立ち向かわんかあっ!!」
「ミ、ミサト!?」
「大体あんた泣くようなタマ!?天下のネルフの技術本部長様でしょ!!科学と技術で使徒すら倒して来た驚異のサイエンティストがたかが女一人に尻尾巻いてどーすんの!アスカやレイが正々堂々恋敵やってるのにあんた自分の半分しか生きてない小娘共に顔向け出来る!?解るリツコ!あんたがいい女だって事は私が良ーく知ってるわ!幾ら相手がいい女だろうが未亡人だろうが元女房にクリソツだろうがあんたにゃ長い付き合いってアドバンテージがあるのよ!私の見た所、状況は未だリツコに有利な筈だわ、いいこと、この戦い使徒戦よりはよほど勝ち目はあるのよ!解るリツコ、こっちが有利なら先手必勝、作戦は一つ、突撃あるのみ!あんたは堂々と宣戦布告なり強奪なり自信持って何時も通りリツコらしくやっておしまい!そしてこの際ぐうの音出ない位徹底的に圧倒しちゃいなさいっ!!」

「…なんて事かしら…ミサトに説教されるなんて…明日は雪かしら…」
「…おい…」
「…私珈琲入れ直してくる…そう、そうね…そう、私らしく堂々とね…ミサト、有り難う。嬉しいわ…こんな情けない所、マヤや司令に見られたくないもの…」「リツコ…」
「あのね…あたしは冷たい女を演じてきたけど本当は情けない事にさっきの方が地なのよ…お願い、今の醜態は内密でね。」
「ち、ちょっと何言ってるのよリツコ…あたしにはさっきの地の貴女の方がずっと魅力的だったわ。仕事中はともかく、他は地で行きなさいよ。そうよ、だったら司令にも地でアタックしちゃいなさい!普段とのギャップでそれこそ一撃必殺よ!」
「魅力的!?あ、あたしは…ってミサト、普段とのギャップって貴女普段の私をどんな目でっ!何逃げてるのよミサトっっ!待ちなさいっ!!」

…世は並べて事も無し、どうやらいつもの彼女達に戻ったようで…

「大体『…司令の笑顔はね、多分あの人が来たからなのよ…』て台詞吐いたのはリツコでしょう!司令の笑顔位で何狼狽えてんのよ!!」
「『笑顔位で』ですって!ミサト!あなたあの笑顔の価値が判らないの!?」
「二択切り捨て回答基本の冷血髭の笑顔なんぞシンちゃんのおどおど顔の足元にも及ばないわ!」
「このショタ!」
「なによ髭マニア!」

…おい、まともに会話したのは最初だけか…

「…クシュン!」
「碇、風邪か?保健室行くか?」
「い、いえ先生、大丈夫です。(何だろう、妙な悪寒が…)」

「…クチュン!」
「綾波さん、風邪?保健室行く?」
「い、いえ先生、大丈夫です。(何…今の…悪寒?)」

《あん、シンジぃ…『ブルルッ!』…何今の悪寒…折角いい夢だったのに…》

「ハクション!」「…クシュン!」
「碇、風邪か?春日君もか、大丈夫か?」
「い、いや冬月、大丈夫だ。春日君はどうだ?」
「え、ええ大丈夫ですわ、司令に釣られて出ただけです…」

「ミサト…流石ね…確かにシンジ君の頬染める姿は萌えるわ…(…ごめんなさいゲンドウさんシンジ君…でも仕方無いの…思い切り同意するわ…)」
「いや、判ればいいのよ〜、でも確かに司令の笑顔は衝撃ではあったわ〜!」
「「ね〜!!」」

…おい。

【じゅうよんにつづく。のだ。】


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