『お父様と私』

【そのはち】 作・何処


コンフォート17は朝日に包まれていた。
リビングに敷かれた布団の中、静かに眠るリツコは珈琲の薫りにその意識をゆっくりと浮上させていった。
見慣れぬ天井に戸惑い、腕時計を見ようとして自分の姿…お気に入りの猫柄パジャマではないストライプ柄…に気付いた彼女は、漸く自分が何処にいるか現状を把握した。横を見るとレイがすやすやと寝息を立て天使の様な微笑みを浮かべている。慈愛に満ちた表情でレイを眺めて、リツコは昨日の様々な事に思いを馳せた。
(昨夜は良く飲んだわ…ミサトも私も久々の三連休だからって少しはしゃぎ過ぎたわね…ふふっ、子猫に夢中なアスカや可愛さに固まったレイ、見物だったわ…ミサトは意外となつかれてたし、シンジ君は…もうあれは才能ね。それにしても…ゲンドウさんの笑顔…うふふっ、可愛かったわ…うふっ、うふふうふふ…うふふふふふふ…)

布団から身を起こし伸びをするリツコ。成熟した女の魅力に少女の様な仕草が何故か良く似合う。
「おはようミサト、珍しく早いわね。」
「あ、リツコおはよう、朝からご挨拶ね…ほれ、あんたも飲むでしょ?」
「ええ、頂くわ。…まあ、成長したんじゃない?中々いけるわ。」
「料理は未だ未だなんだけどね〜、野戦食みたいに焼く煮るは未だしも、どーも下拵えとか匙加減とかがちょっちね…シンちゃんやマヤちゃんのレシピ通り中々いかないのよね〜」
「…味覚障害みたいな感覚的な物は蓄積した記憶から擦れてるから。貴方の場合幼少時の頃からだから大変よ…よくここまで回復したわ…」
「ええ…母の料理なんて知らなかったし、父は食事とか無頓着で外食かレトルトみたいな生活だったわ…シンちゃんの手料理を初めて食べた朝ね、実は通勤中の車内で泣いたのよ…嬉しくって。ああ、私の為にご飯を作ってくれる人がいるんだって…」
「でも今は貴方が朝御飯作ってるんでしょ?」
「なはは…知ってたか、何時でもって訳にはいかないけどさ、やっぱ家族の朝御飯位は用意してあげたいじゃん!貶されても食べて貰えると嬉しくってね…」
「そう…私も母は無頓着な方だったわね。でも食事は体と心の糧だって味には煩かったの。父親は誰か解らない私だけど、あの人は奔放で辛辣な現実主義的恋愛至上主義者だったから別に気にはならなかったわ。父親が欲しいなら好きなのを選べって彼氏を四〜五人連れて来た時は流石に引いたけど。」
「うはぁ!マジきっついわねソレ!反面教師にしても凄いわそれ!」
「あくまで本気だったって事が脅威よ、彼氏逹が哀れだったわ…。」
「同感…リツコ、朝御飯はスクランブルエッグよ、目玉焼きは今ん所1/2の確率で失敗するから諦めて。」
「ふふっ、何なら私も手伝う?オムレツなら教えてあげるわ。」
「リツコ感謝!!」

夜更かしした子供逹は未だ夢の中。喪われた少女の頃に戻った様な二人の女は和やかに食事の用意を進めている…

「…冬月、今朝は早いな…。」
「ああ、政府との会合で戦自が揉めてな。例のトライデント計画、制御システムとアブソーバ関連の技術供与の形でなんとか纏めた…戦闘機一個小隊分削減と引き替えで納得させた。その代わり03時まで掛かったがな、直接こちらに戻って仮眠室でさっきまで寝ていたが…この老体には流石にきついな。」
「苦労を掛ける。苦労ついでに今度のクリスマスだが、時間を開けてくれないか…シンジ逹がホームパーティーを開くそうだ。じき赤城君か葛城君から話が有ると思うが承知だけしてくれ。」
「それは構わんが…お前は良いのか?その頃は海外だろうが抜けられんのはどうせバチカンでのミサ以外はゼーレとの会議ぐらいだろうが、たまには息子逹のご機嫌でも取ってやれ。」
「既定のスケジュールだ、そうもいくまい…それにシンジはもう立派に独り立ちしている…年相応なのは仕方ないが、そこは家族逹がカバーするだろう。」
「家族?」
「シンジが自分で言ったのだ…葛城君逹を家族と…ならば私が言うべき事は無い…」
「碇…苦労だな…解った。クリスマスホームパーティー、喜んで出席させて貰おう。」
「お茶です…どうぞ…」
「?君は?碇!?彼女は!?」
「…ああ、京都の本家からのお目付け役だ。臨時に秘書として雇う事になる。春日椿君だそうだ。」
「春日?まさか…」
「ええ、お恥ずかしながら先代の庶子です。」
「冬月副司令がクリスマスから新年は国内事務を取り仕切る。私の留守中は彼に一任してある。宜しくやってくれ。」
「はっ。」
「あ、ああ、宜しく頼む…碇、しかし急な話だな、もう少し早く話は通してくれんと…」
「相続放棄した婿養子なぞの意見は通らんよ。」
「あの、お茶をどうぞ。宇治の一番茶ですので…」
「おお、それは…有り難く頂こう。」
「処で春日君、食事は未だだな?職員食堂で良ければ食べていけ。」
「宜しいのですか?」
「ああ、取り敢えず食える味だ、案内がてらにどうだ冬月?」
「私は遠慮しておこう…司令が自ら案内なぞ滅多に無いぞ春日君。よく見て回るといい。湯呑みの方付けは私がしておこう。」
「し、しかし…そうですか。ではそのように…それでは失礼します。」

「…碇…」
「…冬月先生…」
「…似ているな…」
「ああ…」

…おい髭。いい度胸だな。そこらにしとけ。彼女も結構いい性格だこと…。

「…美味しい…」
「そうか…君には味が濃いかと思っていたが…」
「いいえ…でも…貴方とこうして外で食事なんて…どれも美味しい…。」
「そうか…。」

「《あ、青葉君っ、日向君っ、たっ、大変よっ!えっ?携帯の使用許可!?其処ぢゃ無いわ非常事態よ非常事態っっ!!急いで職員食堂A-01の監視カメラ作動させてっっ!ええそう、えっ?監視対象外っ!?外からのカメラは?そう、それで回してっ!ネッ、凄いでしょ!?誰かなんて知らないわよっ!腰までの長髪に眼鏡にスーツ姿なんてネルフ職員ぢゃ無いのは確かね!司令だけだって珍しいのに女連れよ女連れ!あっ、あの人泣いてる!司令が泣かせたのねあれは、ああっ!し、司令がハンカチ渡したわっっ!なんてものを見てしまったの私…うわぁ…眼鏡外したら益々美人…録画は大丈夫!?》」

…あっちゃ〜…

【きゅー、につづく。】


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