『お父様と私』

【そのご】 作・何処


「アスカ…ティッシュ。」
「ぐすっ、ありヒックがとレイうっく、う、う゛ぇぇぇぇっズビーッ!あうあう…」
「…良かったわね…(嬉し泣き…エントリープラグから助けてくれた碇君…初号機に溶けた碇君が出た時の葛城二佐…でも、碇君の泣き顔の方が綺麗…何故?)」
「えぐっ、ひくっ、レ、レイ、ひっく、あ、あたし、あたし、嬉しい、嬉しいよぉシンジ〜」
感極まり思わずシンジに抱きつく。ひとしきり泣いた後、アスカは妙な違和感を感じた。
「…ねえ、いつまで呆けてるの三人共。」
「…司令の笑顔なんて物見たら誰も呆けるわよ…ペンペンが空飛ぶ方がまだ信憑性あるわ…」
「あたし未だ信じられない…多分誰も信じないわ…なんて事かしら…」
「…父さん…」
「…私メロンソーダ買ってくる…五十円の幸せ…そう、私嬉しいの…」
「あのねレイ…あたしは冷たいレモネードお願い。はい五十円。」
「ちょっと何立ち直ってるのリツコ…あたしはコーヒーにするか…」
「あ、あたしはアイスココア…ってちっがぁ〜うっっ!何現実逃避してるのよ皆っっ!大体『よぉ〜っし、お姉さん達にむわっかせなっすわぁ〜い!ふっふっ、燃えるわぁ!』て台詞吐いたのはミサトでしょう!司令の笑顔位で一体どうしたのよ!!!」
「『笑顔位で』ですって!?…アスカ…あなた大物だわ…」
「『ああ』『駄目だ』『許可する』『無駄だ』『いいだろう』『必要無い』『問題無い』、基本司令って二択切り捨て回答だからね…まともに会話しただけでも奇跡よ奇跡」
「ミサト…あなたね…(ごめんなさいゲンドウさん…内心思い切り同意したわ…)」
「それはそうと…ア〜スカちゅわ〜ん、い〜つまでシンちゃんに抱き付いてるのかな〜」
「「え…あ、うわわわああああっ!!」」

「…ご…ごめんなさい…」
「あ…い、いや…」

「あー、なんかビール飲みたくなってきたわ…」
「二人とも可愛いわね…私も付き合おうかしら…」
「祝杯よ祝杯!く〜っ堪んないわね〜!」

「…待たせたな。」
「「「「ビクッ!」」」」
…もはや条件反射。
ゲンドウが座に戻り、一同は自販機で飲み物を購入し、再び席に着いた。
レイがリツコのレモネードと自分のメロンソーダを、ミサトがコーヒーを、目を未だ腫らしたアスカがアイスココアを二つ買って一つをシンジに渡す。
その様子をサングラスに映している例のポーズのゲンドウ。
その表情はサングラスに隠れ判らないが、レイは見た。口元が微かに笑みを浮かべているのを。

「…司令、あの、一つお訊きしたかった事があるのですが…」
「何だ。」
「シン…ご子息の身元を引き続き私が見ると申し出た時、何故任せて頂けたのかお聞かせ下さい」
「ミ、ミサト?何故今更そんな事…」
「そうよ!だってあたしもシンジも『ミサトと一緒に又暮らしたい!』ってお願いしたじゃない!」
「そ、そうですよミサトさん!だって僕らはもう家族じゃないですか!」
「ありがとう二人共…でも正直な所、私には任されないだろうと思っていましたから。」「ミサト…」
「何故そう思った?」
「使徒戦役時、私は彼ら二人の身柄を引き取りました。ですが…実際は保護者として情け無い程無為無策でした。只の自己満足…自分の寂しさを埋める為にシンジ君とアスカを預かったと言われても当然です。挙げ句二人を追い詰め、果てはアスカとシンジ君を死地へ追いやって…っ…」
「違うミサト「アスカ。」で、でもシンジ「今は…」う…うん。」
「!…し、失礼しましたっ!ァ、アスカもシンジ君も、ちゃんと親がいるのですし、ぉ、親と子が共に暮らせるのならばそれが良いのではないかとお、思い、お伺いした次第です。」

「…ロンギヌスの槍を使徒に使った時の事だ。」
「「「「「!?」」」」」
「何故かと問う冬月に私はこう答えた。『時計の針は元には戻らない。だが進める事は出来る。』と。」
信じられない思いでミサトは目前の男を見る。…思い知らされた。誰も知らなかったのだ。ゲンドウと言う男を。
今、ゲンドウの一面に触れ、誰もが皆絶句し、そして理解した。
…これが…碇ゲンドウだと…だからこそ、ネルフ総司令・碇ゲンドウだと…
(…司令…)
(なんと言う事…私は…この人を何も見ず…何も知らずにいたのね…)
(…父さん…ごめん。)
(…司令…この人がシンジの父親…)
(…そう、これが碇司令…思い出した…私は…知っていた…それが私の生まれた理由だから…)
「私はゼーレによって息子がファーストチルドレンに選ばれぬ為、四歳のシンジを行方不明にする為捨てた。そしてレイ、お前は私とユイのエゴによりファーストチルドレンになるべく生まれた。私には親を、いや人を名乗る資格は無い。しかし私に後悔はない。シンジ達が生きているのだから。」
「「…」」「「司令…」」「父さん…」
「そしてシンジは君達を家族と呼んだ。それで充分だ。」
茫沱の泪に暮れるミサト、声も無し。
「それに…独身寮に子連れで入居する訳にもいかん…。」
本気か冗談か判読出来ない台詞に、一同は微妙な微笑みを交わした。


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