『お父様と私』

【そのさん】 作・何処


ネルフ第三独身寮の食堂兼集会室は異様な雰囲気に包まれていた。
男女五人の向かいで一人の男がテーブルに肘を付き、顔の前に手を組んで氷の視線で一同を眺めている…紙コップを前に。

碇ゲンドウ…悪霊妖怪の如しゼーレ幹部達を向こうに廻しても一歩も引かず、魑魅魍魎の漠跨する国連を己が意のままに操り、裏社会にも絶大な影響を誇る男…

『(なんでそんな重要人物が50円の自販機でジュース買ってるのよ!しかもコーラよコーラ!?)』
アスカの心の叫びはどうやら皆の心にも伝わっているようだった。
現にメロンソーダを飲んでいるレイ以外は皆顔をひくつかせて目前の紙コップを眺めている。

まあ、ゲンドウの奢りで飲み物が出た事の方がショックだったのだろう。ミサトとリツコはお互い相手が先に飲む様に肘で牽制しあっている。シンジは…間違って温かい珈琲を頼んでしまった事にも気付いて無かったようだ。違う意味で顔色が悪い。

「あ、あの、コーラお好きなんですか?」

沈黙に耐え兼ねたアスカは思わず出た己が発言を瞬時に後悔した。(ばっ、何を聞いてるのよ私!しっかりしなさいアスカ!これじゃまるでシンジじゃない!)

「好きと言うより習慣だな。研究所員の頃は飯代わりにコーラとビスケット、水代わりに珈琲、酸素代わりの煙草。悪習が未だに抜けん。」

返答が返って来るとは思わなかった一同はあまりの展開に呆気に取られている。精々『下らん』の一言でばっさり切り捨てられるだろうと皆思っていたからだ。…レイを除いて…

「だが、こうして飲んでいる所からすれば『好き』なんだろうな。」

苦笑するゲンドウの表情はシンジに良く似ていた。
(うわ…やっぱ親子…)(と、父さんが笑ってる…)(…フォースインパクトが今起こっていると言われても私信じるわ…)(あらぁ…シンちゃんって実は司令似なのね…)(メロンソーダ…美味しい…)

調子に乗ったアスカはポンポン質問をゲンドウに投げ、ゲンドウも(驚くべき事に)普通に会話をしていた。副司令が見たら“何故普段からそうやってやらんのだ”と説教を垂れそうだ。

「あちこちのラボやら工場に泊まりこんで研究、移動中にレポートの概略をまとめて休日に論文作成、まともな生活じゃ無かった。」

「…京大の学食はましだったがMITじゃろくな食い物が無かった。デリバリーすら呼べないラボじゃ冷凍のホットドッグとコーラが命の綱だった。たまに買い出し要員がハンバーガーとフライドポテトを山のように買って来るんだ…あっと言う間に無くなるから早い者勝ちでな。」

珍しく饒舌なゲンドウにアスカ以外は圧倒されたかのように沈黙中。…レイ、氷噛むのは止めよう。

「アラスカの空港で足留めを喰った時に出た非常食がパスタの缶詰だった…不味い物は人を暴力的に変える。冬月が食い物を棄てるのを初めて見た。」

「航空各社の機内食とネルフ食堂のメニューは制覇した。…殆ど仮眠室に出前して貰っていたから食堂では余り会わなかった筈だ…好き嫌いは貧乏学生の頃に克服した。ああ、甘い物も問題無い。」

「国連総会の会議中にデリバリーのピザをこっそり頼んで皆で喰うぐらいが関の山さ、会食なぞ盗聴機とスパイの群れの中で自白剤と毒薬の混合食品を笑顔で片付ける振りだ。まともな神経じゃやってられん。」

「研究員なぞどこも一緒だ。まともな奴が珍しい。まぁ私も含めてだが。政治家は未だまともだ…最も大半は政治屋だ。企業と軍と営利団体の神輿だからな、期待するだけ無駄だ。」

《一寸リツコ、あれ本当に司令!?あんたまさか司令のクローンでも作ってすり替えたんぢゃ無いでしょうね!?それとも自白剤でも司令のコーラに盛った訳!?》
《あ、あたしだって知らないわよ!予想外の事態よこれは!!》
《父さん…人と話し出来たんだ…良かった…》
《メロンソーダ…緑の液体…炭酸の泡…砕けた氷…そう…私、おかわりしたいのね…》
《《《をい!!》》》
…上機嫌に会話をするゲンドウとアスカの脇でこそこそ失礼な内緒話をする一同…あんたら何をしに来た…
【続く】


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