この場合の二人    こめどころ




3.学園緊急救助隊?の活躍



 電車を乗り継ぎ、レイの住む町へやってきた面々。
アスカの案内で住宅街を抜け小さな商店街にやってきた。昔はこの近くにアスカも住んでいたのだ。

昔ながらの個人商店が軒を連ね、昼の食材を購入しようと言う町の人々がそろそろ動き出した時間だ。
こういう昔ながらの市街を中心として皆が住む大型メゾネット団地が山の手に向かって広がっている。
この形式が、新東京市の住宅地展開の特徴である。
昔はやった大規模小売店は今も存在する。
だが以前とは幾らか人々の指向は変わりうまく共存していると言ってよいだろう。


「ねぇ、あなた綾波会長の家にお邪魔したことある?」

「そういえばないなあ・・・」


役員たちが尋ね合っている。まだ新役員体制になってから間がないというせいもある。
だが、校内ではレイは特別視されている。
「憧れの存在」なので、元々あまり個人的に声をかける者は多くなかったのだ。
畏敬の念から遠巻き・・・そういうことだ。

本人にとってはこういうのはちょっと寂しいのが普通だが、彼女は「普通ではない」少女なので、
それほど気に留めてはいないと、周囲の人たちには思われている。
候補者推薦制度で会長候補としてレイが担ぎ出されたときも、応援演説をする生徒はいないまま。
それでもレイは全投票の80%以上を獲得して当選した。
レイの神話はますます神がかり的なものになっていく。

さて、こういうお話のありがちな展開として、ヒロインの家はとんでもないお屋敷だったりするのだが――
この時はちょっと違った。


「え?ここが綾波会長の家なの?」

「そうよっ。素敵でしょっ。」


う。う〜ん、何となくみんな同意しかねている。
お姫様然としたレイのイメージから言うと、やはりここには迎賓館とまでは行かなくても、
結構立派な家がばーんと建っているんじゃないかと思っていたのだ。

―――会長のうちって、商売やってたんだぁ。

そこにあったのは、街の小さな魚屋さんであった。その店先で胸まであるゴム長に身を固め、
威勢良く水を撒いたり市場から仕入れてきたばかりであろう魚を並べたり、手さばきも鮮やかに
次々と魚を下ろしてショーケースにいれているのは、みんなが捜し求めていた綾波レイ自治会長その人だった。
そりゃあ職業に貴賤はないけど、イメージ的にゴム長の似合わない事、夥(おびただ)しい。


「おやっ、レイちゃん今日もお手伝いなのかい?いやぁいいねえ。
いっつもの愛想のねえ親父よりはよほどいいや。
昨日なんかよ、こっちもお宅の繁盛につられて何時もの2倍も売り上げがあったんだぜ。」

「ほら、おじさん昨日ダイコンいっぱい仕入れてたから、ブリとあらを特にお勧めしたのよ。」

「あ、なーるほどなあ。親父じゃあ、とっさにそうはいかねえやなあ、うん、やっぱりレイちゃんは偉ぇや。」


明るく人懐っこい笑顔で、隣の八百屋の親父とくるくる動き回りながら話している。


「ほらっ!そう思うんだったらあんたもレイちゃんを見習ってもっと働きなよ。
低温保存庫からイチゴとか果物もさっさとだしてっ!葉っぱものも早くね。霧吹き忘れんじゃないよっ。
すまないねえ、レイちゃんうちのが邪魔ばっかして。」

「レイッ!」


八百屋のおばさんに答えようとしてたレイはアスカの呼びかけに振り向く。
その額にうっすら浮かんだ汗が光り、それを拭おうとして頬まで上げたタオル。
その中に包まれていた健康的な明るい笑みが嬉しそうにこぼれた。
いつもの神秘的な笑みではなく、普通の女の子のような笑顔に、皆はいつもと違う溜息をついた。


「セカンド!珍しいわね。何しに来たの?停学中にうろうろしてたらまた怒られるわ。」

「そんなの別に問題ないって。」


ぎゅっと両腕を曲げて筋肉こぶを盛り上げて見せるポーズ。


「アスカ・・・セカンドって?」

「ああ。あたしのあだ名よ。こう見えても小学校の頃はあたし凄く人見知りでおとなしい子だったから、
レイのあとばかり付いて歩いてたのよ。それで付いたあだ名が『セカンド』つまり金魚の糞ってことね。」


あっけに取られるヒカリ。このアスカが人見知りでおとなしかったって、そんなのあり?
そのままでいてくれたら、ああ、私は何て楽だったことだろう。


「あ、あの〜、会長。」


副会長の曽根山達が声を掛けた。余りにも何時もの会長と違う雰囲気に途惑っているようだ。


「曽根山くん。何故みんなここに? 授業はどうしたの?」

「みんな会長の事が心配で、来ちゃったんです。」


小松崎紘子が手を震わせながら言う。


「やっぱり、停学一週間だって。すみません、あたし・・・何もできなくて。済みません」


泣き出した。つられたように皆俯いて嗚咽を漏らし始める。


「だめ。みんな何故泣いてるの。私は覚悟の上のことだからあなたたちが責任を感じる必要はないのよ。」

「でも。みんな思ってたことは一緒だったのに、結局会長一人に責任を負わせることになっちゃって。」


文化委員長の石井久美子はレイとクラスが一緒の2ーHなので、人一倍レイには親近感を感じていたのだ。


「ありがとう。でも心配しなくても大丈夫。」


レイは明るい声で言った。
その青銀色に近い髪が風に翻り、微笑みはまだ冷たい朝の風に広がって、周囲をほんのり暖かくしたようだった。


「レイ、何をしてるの。お友達が来たなら上がってもらいなさい。」


ガラス戸の向こうから誰かが声を掛けた。


「はい、お母様。」


おかあさま・・・・この魚屋の母子、只者ではない。
お母様の線で、どうやって魚屋独特の「はい、らっしぇいらっしぇい!」の呼び込みを掛けるのであろうか。
レイが胸当て付きゴム長を脱いで廊下に上がる。
皆も店の奥から家の中に上がっていく。トウジはそっと惣流アスカの耳元に声を掛けた。


「の、のう。やっぱりただの魚屋の母子にしては雰囲気が違うとおもわんか。」

「そりゃあ、あったりまえよ。あたしのお母さんの大学時代からのお友達ですもの。新東京大の理論物理学科の
院を終ったあと、アメリカのMITに入って、主任研究員として世界またにかけて大活躍してた方なのよ。
僅か29歳にしてドイツ国立数理研究所の教授に就任。数学者としても凄く有名な方なんだから。
世界中の大学の先生が研究に行き詰まるとおばさんを頼ってくるのよっ。つまりノーベル賞級の学者ってこと。

「げ。何でそんな凄い人が魚屋なんかやってるんやぁ?」

「逆に言えば何故そういう人が魚屋をやってはいけないの?ってききたいわ、トウジ君。」


急に振り返ってレイは硬派を自負する少年のを見つめて言った。
その紅玉のような透き通った目の輝き。さすがのトウジも気押されて目線をそらした。


『あ、あかん。ワイとは格が違う。』


今までどんなときにも感じた事の無い感触が身体に纏わり付く。なまじ散々繰り返してきた喧嘩三昧の
経験があるだけに自分より力のある人間がわかる。腕力で負けるとはさすがに思わなかったが、威圧と
でも言うのか、身体が竦んでしまったような感覚を憶えた。
冷や汗をかくと言うのはこういうことなのか。

皆は暗い廊下を辿って2階に上がり、正面の襖を開く。そこがレイの部屋だった。思わず歓声が上がる。


「うわああ・・・・すっごい・・・」


天井に届く、壁面を埋め尽くす作り付けの大きな書架には、ぎっしりと詰まった書籍と専門雑誌。
みんなが適当に抜き出してみると、そのどの本にも書き込みや箋が挟み込まれているのだった。
モニターや、訳の分からない機械がいっぱい組まれて積みあがっている。

手前にあるホワイトボードにはなにやら訳の分からない数式がぎっしりと書き留められ、
その数式の合間合間に無数の付箋が貼り付けられているのだった。


「この部屋は、お母様と共有してるの。あっちの反対側がお母様のお部屋になってるのよ。」


レイが紹介する。
建物の北側に当たるその部屋は、分厚い木の一枚板と目される引き戸で遮られ、中は見えなかった。
ちょっと怪しげ、とも思いながらヒカリは周囲を見回し、隣にいる親友に尋ねた。


「へえ。でも凄い部屋ね〜。アスカが遊びに来てた頃もこうだったの?」

「そうよ。よく二人ではんだ付けとかしてこの部屋で遊んだ。
あの頃に比べて数段また凄くなってるみたいだけどね。いろいろな面白い物があって魔法みたいだったな。」

「何や、そのはんだ付けして遊んだって。女子の遊びかいなそれが。」

「ほら、トランジスターラジオとかICとか、AIを組んで簡易ロボット作ったりとかよくするじゃん。」

「するかい、そんなん。」


レイが部屋を眺め回している皆に声を掛ける。


「こっちが私だけの部屋よ。みんな適当に座って。」


更に混沌とした最初の大部屋の南側にある明るい一間。きれいなブルーの絨毯が敷き詰められている。
その部屋に入り、言われたとおり、思い思いにソファやベッドに腰を降ろす。
窓辺に有るのは描きかけの絵が置かれているイーゼル。
その向こうには弓道の道具がリフティングの用具と混じって置かれている。
子供ほどある大きな熊のぬいぐるみと、バイク雑誌と、学校関係の教科書や資料集と学習参考書。
分厚い辞書や図鑑。壁にはやはり作り付けの大型書架があり、この部屋の主人の興味の赴くままに
ロシア文学から日本文学、医学書、生物学や統計学、生化学や天文学の初歩の専門書が並べられている。

動物や植物の図画集、写真集。演劇の台本や戯曲集、ピアノの教則本や楽譜。マンガ。イラストブック。
教育委員会が発行している地域の石仏や石碑、生物分布、森林分布、水系などの調査報告叢書集。
数えきれ無いほどの文庫本や新書がぎっしり並んでいる。

壁には大きなマンタと樹林の中のコガタマルミミゾウの写真が引き伸ばされてパネルになっている。
多関節照明が3つも付いた大きな机。引き出しが20くらいある重厚なマホガニーの両袖の大机。
3台のデスクトップ、2台のラップトップ。誰かが羨ましそうな溜息をついた。


「見て、この大きな机。いいなあ。」

「この机はお祖母様の遺品。やっぱり科学者だったみたい。もうあまり記憶もないのだけど。」


決して新しくもなく、綺麗でもないが、その机の上には実験の跡かと思われる焼け焦げなどもある。
乱暴に書き付けられた数式や知らない言葉、押しピンの跡などが残されている。
一目で飾られていただけではなく、持ち主の知的格闘の後を物語る実戦上がりの逞しい机だとわかる。
一体どれほどの問題がこの上に展開された事だろうか。

その机上には、今は趣味の良いミュージックコンポーネントが置かれ、流行の曲のDVDやクラッシック全集、
ジャズ、ソウル、民俗音楽や、自然音響集、コーランのDVDなどがラックに並び、ゆっくりと休んでいる。

シンジは圧倒された。シンジだけではなくそこにいた皆がそうだったかもしれない。
この机にはそれを見ているだけで圧倒される巨大な何かがある。
若い彼らだけが感じることができる何かが。

トュルルルルル。チャイムが鳴った。受話器を取り上げたレイがコクリと肯いている。


「セカンド。下に行ってお茶菓子をもらってきて。」

「えー、あたしがいくのー。」

「ほかに分かる人、いないでしょ。」

「惣流、僕も一緒に行くから。」

「え、そう?そうなの。じゃあ、あたし行く。」


嬉しそうに直ぐ前言を取り消し、いそいそとシンジの後から階段を下りていく。
そこを右、なんて声が聞こえた。アスカには勝手知ったる幼馴染の家だ。


「あら、いい傾向じゃないの。アスカがあんなに素直にしてるなんて。うふふふ。」


ヒカリがほくそえんだのをレイは見落とさなかった。


「あの男の子、だれ?」


感情を全く含まない声で、ヒカリに尋ねた。







ヒカリは親友の素直な様子に微笑みながらそのまま応える。


「え?あの子はね、碇シンジ君。」

「あの子、アスカの何?」

「そんなの決まってるじゃない。」


――と言おうとして振り向いたヒカリは思わずたじろいで、そこにあったDVDの山をひっくり返してしまった。
明るい紅茶色の瞳が、まるで、まるで――


「あ、ひ、ごっ、ごめんなさい。」

「そんなこといい。詳しく聞かせて。あの子はアスカの何?」


その瞳の色は、まるで炎が揺らいでいるようにさえ見えるほど真っ赤に染まっていた。


――な、なんなのようっ一体。アスカ、この人あなたの一体なんなのようっ!


「と、ともだちよ。」

「友達?ただの友達?」

「ち、ちょっと進んだ友達、かな・・・たぶん。」

「はっきりして!」

「ア、アスカは恋人として付き合ってるって言ってるけど、碇くんは好きってくらいだと思う。たぶん。」


悲鳴を上げるように答えてしまう。


「じゃあまだアスカの片思いってこと。」

「片思いって訳でもないと思うわ。碇くんが先にラブレター書いたって。そうよね。」

「ワ、ワイに振るなっ。確かにきっかけはせやったみたいやけどな。」


あのトウジが緊張して答えている。下半身はもう勝手に逃げ出しそうになっているようだ。


「きっかけ・・・」

「まぁ、シンジの誠意があの暴力女にも通じたってことやろな。
いっつも無駄に揉め事ばかり起こしよる暴力女にも赤い血が流れとったちゅーことや。」

「恋人――恋してるの、あのアスカが。」

「いや、あいつのことやからなんぞ勘違いって事もあるかもなぁ、ははははは。」


いっつも無駄に元気を垂れ流してるのは、トウジもアスカも一緒だと周りの人々は思ったのだった。




 その頃学校では、自治会執行部役員たちが授業をボイコットし早退したことで先生たちは大騒ぎしていた。
一部生徒も行動を共にしていることについて、緊急職員会議が開かれていた。
自分たちの威厳や既得権が傷つけられた感じたとき、大人たちは些細な事でも大騒ぎする。
決してことの重大性に鑑みての事ではないのが情け無いところだ。

執行役員並びに毎度お騒がせの惣流アスカと鈴原トウジ。
その取り巻きである洞木ヒカリと碇シンジ、相田ケンスケの5名が授業ボイコット。
トウジとアスカは停学中の身でありながら謹慎せずに行動している事も問題になった。

もとより執行部のメンバーは優等生ぞろいだったし、洞木、相田、碇の3人も問題児と仲良しではあったが
ごく真面目な問題の無い生徒。なぜこんな子供達が?
やはり、惣流、鈴原の2名に引きずられたのだろうか。

綾波レイが突然休学を命じられると言う異様な事態と何か関係があるのだろうか?
『学校長殴打事件』がまだ公になっていなかっただけに疑惑が疑惑を呼んで生徒の間にも動揺が広まっていく。
その動揺の中をさまざまな憶測と噂が乱れ飛ぶ。



「どうして1時間目は自習になったんだ?」

「馬鹿ねっ、聞いてないの?自治会執行部が一斉に授業ボイコットしてどこかに立てこもったらしいわよっ。」

「ほ、ほんとかっ?すげえじゃんか。」

「いったいなにがあったのかしらっ。」

「なぁ、今時なあ。大昔のゼンガクレンとかゼンキョートーみたいじゃんか。」

「なにそれ。50年も昔の話でしょ。」

「な、機動隊来るかなあ。」

「来るわけないじゃん。たかが高校生が授業ボイコットしたくらいで。」







「それで、これからどうするんですか?会長。」


アスカとシンジが持ってきた小魚や背骨を干した奴とコーラをつまみながら適当に輪になっている子供達。
もう一皿にはシュークリームの山。大きなやかんには、焙じ茶が入っている。
ぽりぽりと煮干をかじっていたレイはコップのお茶をゆっくり飲み干すと答えた。


「私一人だったら、そのうちPTAの執行部会が乗り出してくるだろうからそこでこの件を話して問題を取り上げ
させようと思っていたのよ。
PTA3役だけじゃ学校にはなかなかモノはいえないわ。校長と仲良しさんということもあるし。」

「結構、PTAも生徒自体も保守的だしねー。」


がっかりしたように呟くアスカ。


「保守的って・・・じゃあ、革新的な意見を聞かしてくださいっ。」


一年生の小松崎が噛み付くように叫んだ。レイ親衛派の最右翼らしい。


「お、なかなか元気のいい一年生もいるのねっ。じゃあ、一発派手にやってみる?」

「派手にってアスカには何か策でもあるかしら。」


レイが面白そうに笑いを含んで楽しそうに言う。慌てたようにトウジが立ち上がる。


「ちょっと待ちいや。こいつが出張(でば)って来おったらまた何するかわからへんで!
おのれは惣流の幼馴染かもしれへんが、最近のこいつの事をよう知らんのやないか?」

「なんか文句があるってぇの、鈴原っ。」

「大ありや!あんたは自分の後を付いて歩いていた可愛い頃の惣流しか知らんから、
タカくくっとんのかもしれんけど、今の惣流と昔の惣流は全然別人と思ったほうがいいのんちゃうか?」

「それってどういう意味よっ、このっ!」


アスカの小麦色に輝く脚が、セーラーの襟とスカートを翻してトウジの身体を 薙ぎ払うように飛んだ。
危なくその蹴りを飛び下がって避けたトウジががなる。

「おおっとうっ! どや見たろ、すぐ牙むきよる。まるで野犬みたいな女なんやで。」

「鈴原っ、こういう真剣な話し合いをしてるときに茶化したり悪口言ったりは無しよ。わかってるでしょっ。
アスカも、あなた少し女の子らしく慎みなさいっ。」


パンツが見えちゃった事なんか、まるで気にしてないアスカ。慌ててスカートの裾を直す親友の少女。
ヒカリが諌めると、ぶつぶつ言いながらアスカとトウジは、例の『お祖母ちゃんの大机』に腰を降ろした。
もちろん顔はそむけあってる。胸の内では、

――なんかこの女に言われると調子狂うのう、
――なんかこの子に言われると調子が狂うわねっ、と同じ事を思いながら。

アスカが口を開いた。


「じゃあ最初から話すけどね、正直言うとあたしのとこにも一年生からのSOSが届いていたわけ。」


相田ケンスケが眼鏡を拭きながら肯く。


「ふん、そういう意味ではトウジと同じってことかな。」

「なんてこと言うのよ、あんなのとあたしを一緒にしないでよ。
こっちは可愛い後輩達がエロ教師のおもちゃにされてるのを黙って見てられないから、大恥かかしてここいらに
いられないようにしてやろうと思ったわけで。異常者に甘すぎるのよ!大人たちは。」

「その前にもいろいろあったけど、面と向かって反抗するからアスカはすぐ問題にされるのよね。」

「ああ、あれねっ。古典の郡山。まぁ驚く程口のうまい奴だから。殴られた奴とか、髪の毛引っ張られた子とか。
色々証言突きつけてもダメだったわね。誰がそんなこと言ってるんだつれて来いってことになって。」

「証言者がいない限り、教師側の言う事が正しいとしか受け止めないのよ。」

「あのたぐいは結局、自分の生きてる世界と危ない世界の境目の実感が付かなくなっちゃってるのよね。
結局現行犯で押さえてぶん殴るしか手が無いのよ。」

「でもあれもあと一歩で危険だったわよ。2人きりで連れ込まれた子なんかアスカが駆けつけなかったら。」

「相手が危険や恐怖を感じて怯える事自体を楽しんでるって感じなのかな。
最初は恐る恐るしてた事なのに、慣れるにつれてだんだん自分に力があるからこういう事をする権力を、
与えられているんだと思うようになるのよ。
常に他人が自分の権力に、この場合は暴力に怯えているのを感じないと生きてる実感が持てないって言うのかな。
危険を冒している自分は他人とは違うと言うヒロイックな高揚感が出てくるみたいね。
現実はただの変態なんだけど。まぁ麻薬みたいな物ね。」

「あの先生は一発ひっぱたいただけじゃだめだったわけ。うちの学校では暫くこそこそしてたけどね。
どっぷり浸ってしまう世界ってあるのよ。そうなるともう自覚する事自体ができないのかもね。」


ケンスケが目を丸くする。――こいつら、郡山の奴の件でも関わっていたのか。
丁度半年前、転勤していった直後にその学校で生徒への暴行事件を引き起こし、駆けつけた警察官とナイフ片手に
大格闘を繰り広げて逮捕されたというスキャンダラスな教師がいたのだ。
校長にしてみると皮一枚で首がつながったとも言える訳で。それは逆に校内でのアスカの名を不動の物にした。


「そんなに簡単に行くなら専門家が苦労しないよ。おまえらは相当運が良かったんだ。トウジもだぞ。」


実はトウジの方も別件で郡山に「バチキかまして」いたのだ。


「後でそう思った。危ない事してたってね。
でもどうしてああいう時ってその時の校長だけが辞めさせられるのか不思議よね。たった半年よ。」

「ま、校長ってのは責任取るためにいるみたいなもんや。おまえ、意外と素直やないか。」

「だから、それ以後は純粋にこれだけでケリが付くような事件だけやってるわよ。」


ふん!と力瘤を作って、しゅっと前蹴りを見せたアスカに、どちらかと言えばクールなケンスケが噴いてしまう。
惣流って、この単純なところがいいんだな。自分には何かできるって前向きに明るく信じてるとこがいいんだ。
碇のやつ、意外といい子を引いたのかもなっ。


「それが新島先生の一件だったと言うわけやな。」

「そう。一年の過激派とあたしとでひん剥いて逆さに電信柱に縛り付けてやったわ。」

「うわあ、無残!」


ほとんどの執行委員とシンジが歓声半分悲鳴半分で叫んだ。


「それでも、新島の奴、何とか不審をもたれないような工作をして、一方的被害者を装ったのよ。」

「一年もよく授業ボイコットまで持って行ったわよね。」

「あ、それあたしの指示。」


綾波レイが片手を上げて、ぽそっと言った。


「ええええええええっ!」


今度はアスカやトウジたちが驚きの声を上げた。


「小松崎さんを通じて一年の各学級委員に、万が一のときはボイコットを行う旨が徹底されてたの。」

「す、すごい。だったらあたしにも言ってくれればよかったのに。」


連帯してボイコットできたと言う事は、それだけ一年の女生徒達がどれほど悩まされ、怒っていたかが
わかろうと言うものだった。


「いまさらだけど、生徒側の活動が気づかれなかったからここまで来れたのよ。
アスカが知ってたらもう露見してるわ。」

「そ、それは無いんじゃないっ?」

「と言うより先生たちが、派手に抗議してるアスカのほうばかり見てたからうまく行ったのね。」


冷静に判断するヒカリ。その様子からしてもしかして何か知っていたのだろうか。

こくこく――ヒカリの言葉に肯くレイ。
小松崎が鞄からファイルを取り出し、手元で10枚程の写真を並べた。


「えええっ、なによそれってぇっ!」


新島先生がぶちのめされて下半身をひん剥かれて、あそこに真っ赤なペンキをぶっ掛けられている。
『危険物、少女の敵!』なんて生っ白いお腹に極太マジックで書かれている連続組写真であった。

その周りを囲む襲撃者も写っている。
みんなマスクを被ってるけど、夜目にも明るく輝く赤金のロングヘヤは隠しようもない。
目撃者がいないのが不思議なくらいだった。


「こっ、こんな写真、いつの間に撮ったのよ。あの中にあんたの手の者が紛れ込んでたわけ?」

「世の中には、暗い所でも写真が取れるカメラってモノがあるのよ。」


しらっと応えるレイ。


「かーっ!惣流アスカ、これじゃあ白昼堂々の事件となんもかわらんでぇっ!」

「るさいわねっ!何よレイッ!これをネタになんかしようたぁ、随分陰険じゃないっ?」

「そんなことするわけないでしょ。あなたと私は特別な関係じゃないの。」


シンジが今度はどきんとする番だった。え、特別な関係って?
そのシンジめがけてレイの鋭い視線が飛んだ。思わず跳び下がる。


「な、なんだよ。」

「あなたに聞きたいこと、あるの。」


レイは一瞬目を伏せると、また眼差しを上げて大きな声で言った。


「アスカに、ラブレター出したそうね。本気?」


たじろいだが、真っ赤に顔を上気させながらも、思い切って叫び返す。


「何だよ藪から棒にっ。出したさッ、アスカのこと大好きだものっ!」

「どこがいいのよっ!こんな我まま勝手で自由気ままな、野生馬みたいな娘のどこがっ。」


アスカの胸の中で、心臓がどきんと跳ねた。自分をあしざまに言われた事なんかどうでもよかった。
聞きたかったけど、怖くて聞けなかったこと、自分らしくもなく聞きただすことも出来なかった事。
だって二人の付き合いは最初はともかくアスカのほうが一方的に好き好き言ってるだけ。
シンジは映画にこそ最初誘ってくれたけれど、それ以降は何も言ってくれなかった。

今、目の前で「大好きだもの!」と叫んでくれたシンジ。
ホントは「わっ。」て飛びついて、顔を「彼の胸」にクリクリくっつけたいくらいだった。
それに比べてレイッたらと恨めしく思いつつも、今は身体中が耳になったみたいだと思うアスカだった。


「惣流さんは、そこがいいんだ。ポニーテールが跳ねまわる、そのまんまの人だから素敵なんだ。
自由で、元気で、正義漢で、真っ直ぐな人だから、そこがいいんじゃないか。そこが大好きなんだっ。
君は惣流さんの古くからの友達らしいけど、もしそうじゃないって言うなら、惣流さんのことを誤解してる。」


みんな信じられないと言う顔でシンジを見た。
あのいつも大人しくて内気で、声なんか中々聞き取れないような、あのシンジが。
顔を真っ赤に染めて、息を弾ませて、精一杯アスカを庇っている。拳骨を握り締め、身体を震わせて。

レイもまた、一瞬ぽかんとした顔になった。そしてにっこり笑った。


 「だってさ。アスカ、大変な理解者見つけてきたのね。」


皆のアスカを囃したてる声が、部屋中一杯に満ちる。
しゅ〜っと湯気がアスカの頭の上に雲を作った。顔を真っ赤にして、ほっぺたを両手で押さえている女の子がいた。


「な、何馬鹿なこと言ってんのよっ。ほんとに、ほんとにぃっ。」


くるりと後ろを向いて、叫ぶ。たちまちシンジはしゅんとしてしまう。


「ご、ごめん。勝手なこと言って。」


その途端、振り向きざまアスカはシンジに飛びついていた。


「きゃっ!シンジッ。」「う、うわっ!」


レイは指を頬に当ててにっこり笑った。その笑いはどちらかと言えばニヤリ、に近かったかもしれないが。


「これで私も安心だわ。碇君も間違いなく私達の仲間として戦ってくれそうだもの。」

「馬鹿ね、そんなの当たり前じゃない。ね、シンジ。」

「う、うん。もちろんさ。」


椅子をくっつけて座った二人。アスカはシンジの身体に腕を回してひしっと抱きついている。


「ね、ねぇアスカ。恥ずかしいよ。みんなの前で。」

「なぁに言ってんのよ。あんなに大々的に2回も告白しといてっ。」

「だって、アスカのことひどい言い方するから。」

「うう〜ん、好き好き、大っ好き。ねッ、シンジ。」


まるでコタツで甘える猫みたいになって、ごろごろ言いながらシンジに纏いつく。
男子からは指笛が乱れ飛ぶ。女の子は真っ赤になってキャーキャー叫び声を上げる。
いつの間にかシンジが「アスカ」と呼び捨てにしてる事に気づいたんだ。


「あ〜ごちそうさん。」

「平和だねぇ〜。」


「え、えへんっ!」


トウジとケンスケが溜息交じりでぼやく。
洞木ヒカリは、少々刺激が強すぎると思いながら咳払いをした。









この場合のふたり3.おわり  こめどころ
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つづく。