この場合の二人    こめどころ




4.友よ 戦いの炎を上げろ




 さて、ひとしきり盛り上がったところで、綾波レイは、集まったみんなと額を寄せて話し始めた。
携帯をかけて、しきりと情報収集をしていた女生徒も、電話を切って輪に加わる。


「とにかく先生一人辞めさせるのは大変な事なの。校長と言えどもクビって事にはなかなか。
それに、追い出すだけじゃ他所の学校に被害が広まるだけ。
ましてそれが有力者の関係者だったりすれば、そのたびに転校させて隠蔽して、いつまでも外部に
知られる事は無い。そいつが行った先でまた生徒がひどい目に会う。永遠に続くババ抜き。
こうやっていれば最後に大事件を引き起こすのは当たり前。教え子に暴行したりという例だってある。」


それは遥か昔から続く、教育界の悪慣習。そして吹き溜まりと呼ばれるような学校を形成する事もある。
表面上は嘘で塗り固めた「教育熱心」な「問題教師」が排除されぬまま弱者を泣かせ続けるのだ。
触らぬ神に祟りなしの庇いあい。転勤制度に守られた屑教師、たった3年かそこらの我慢だという生徒側の諦め。
ババ抜きのようにぐるぐると回り続ければいつの間にやら無事定年だ。


「なによ、新島の奴ってそんなに大物の子供なわけ?」


アスカが怪訝な表情を浮かべると赤い瞳が振り返った。


「阿野弥太郎衆議院議員って知ってる? あの人の孫。
姓が違うから知ってる人はあまりいないけど、この辺の教育委員会あたりが歯の立つ相手じゃないの。」

「阿野議員?あたしだって名前くらいは知ってるわよ。」

「何やってる人か知ってる?」

「えと、えと、なんか大臣やってたこともあったわよね。」


うろ覚えだったがヒカリが応えた。


「内務・文部族のボスみたいな人。下手すればその方面では現職大臣より権力がある。」

「今の内閣では国家公安委員長かなんかじゃなかったかな。」


レイがさらに言い、相田がフォローする。


「要するに全国の学校の元締めってことだ。その辺の校長なんか簡単に飛ばされちゃうよ。」

「そうなの。校長にしてもそれがわかってるから無茶苦茶でも何でも生徒側を恫喝してあった事を
無い事にしようと必死なわけ。だから校長を挑発しやすいようにこっちも手を出してみた。」

「校長をひっぱたいたとなれば、外部に漏れればそれだけで週刊誌ネタになるものね!」


アスカはわくわくしてニヤニヤするし、ヒカリは心配になって尋ねる。


「実際、そうなれば何故ひっぱたかねばならなかったかを取材しに来そうなもんだけど。
どうだったんですか?」

「今のところ全然。職員会議でもろくに話題にもならなかったみたいだわ。」

「職員会議に掛けないで処分を決められるんですか?」


それには相田が答えた。


「管理者の専管事項だからな。特に校長との間のプライバシーに関わる件なら許されるだろうよ。」

「鈴原くんと惣流さんについてはちゃんと議題になったそうです。校長一任だったらしいけど。」


文化委員長の石井久美子が口を挟む。


「それは誰からの情報?」

「美術の加持先生からの情報。
会議では加持先生の他に、養護の栗原先生と生活指導の吉田先生が反対したって聞きました。」

「意外やな。あいつ中々いいとこあるやんか。」


感心したようにトウジが言った。


「あの、『鈴原には停学なんぞ、蛙の面に小便で何の効果も無い事がわかっとる。
むしろ引きずり出して席に縛り付けてドリルでもみっちりやらせた方があいつにはこたえるわ!』と、
そんなふうに――おっしゃられてたという事です。」


吉田元紘先生、52歳。この道30年の大ベテランだ。
さすがにこの2年間、トウジを矯正優先順位ナンバーワンの生徒として見つめ続けていただけの事はある。


「うおのりゃーっあんの糞爺っ!さっきの発言はキャンセルやぁっ!」


血管を額に浮かべて、ドン!と机を叩く。皆の顔に苦笑が広がる。


「アスカの派手にやるのって、どんな作戦なのか。ぜひ聞きたいわね。」

「簡単よ。学校を占拠して立てこもっちゃうのよ。可能な限り派手派手に。
そして駆けつけてきたテレビとか消防とか新聞社とかに向かって、あたし達がどうして
こんな事をするのか訴えんのよっ。」

「アホ、さっき綾波が言うてたんを聞いてなかったんか? 
マスコミはその大臣だかなんかの圧力で取材をしに来ないて言うてたやろ。
第一事件になっとらんのや。ただ勝手に騒いだって何にもならへんわ。」


はっとトウジの顔が歪んで笑い顔がにやっと。


「そうやなぁ〜、火の無いところには無理やり煙を立てさせればええ訳やなぁ〜、惣流よぉ。」

「そういうことっ! 何事も受身受身で立ち止まってたら何も出来ないわっ。行け行けゴーよっ!」


政治部の記者には圧力が効く、だが社会部には効かないってことがある。まして地方版ならなおさらだ。
学芸部が最近の若者からの反発の本質なんて事で取り上げる事だってあるだろう。
『怒れる若者たちは健在!』なんて安保世代のおっさんが定年前の最後の力を振り絞って書くかもしれない。
そうなれば書いた者勝ちがマスコミってモンだ。

つまりは静かに大人しく意見を具申してる限り、もみ消されたと言う事実さえ世間の目には触れない。
記事にならなかったと言う事は、そういう事実が無かったと言うのと同じ事だ。
それをぶち破るための行動は一種のテロルの論理だと言う言い方もあるだろう。
だが他人の痛みなら100年でも我慢できるのが人間だということをヨーロッパの学校では習った。
やれる事をやらないでいるのをヨーロッパ人は美徳とはしない。人一人の力がもっと大きい事を知っている。
どちらが正しいかはわからないが、目の前の不正を見逃せないのがアスカラングレーという少女だ。

事を話し合いだけで済ましていたら今だに日本人の頭にはちょんまげが載っていたかもしれないじゃない!
そう考えた。平和主義者は戦わないというのは大きな間違いだ。あたしは戦う平和主義者なんだからねっ。


「つまり、先生たちに何とかしてくださいって言ってばかりでは何も解決しなかった。
でも惣流さんや綾波さんが自力で解決しようと動いたら、あっという間にその先生は排除できたんだ。」


 一生懸命アスカの言葉を考えていたシンジが大声で言った。


「今度も同じなんだ。先生たちが恐れている事態を、大人たちが自分で始めるわけ無いんだ。
僕らは、自分で困っている事を自分たちで解決しなきゃいけない。
誰かにしてもらうのを待ってたらダメなんだ。」

「そういうこと!大正解よ、シンジ!誰も始めない事を始めるの。」

「アスカを休学になんかさせないよ!『校長たちが恐れてる事態』を僕らが作り出すんだ。」


 シンジは身震いしながら立ち上がった。


「お〜お〜、乗せられよってからに。」

「何よ、鈴原だって同意したくせに。それともあんたは外野で見物してるって言うのっ!」


アスカが叫ぶと、鈴原はシャツ一枚まで服を勢いよく脱ぎ捨てた。


「阿呆抜かせっ!こないな面ろいモンに乗らん手が有るかいっ!」

「トウジッ!」

「シンジッ!」


ガシッと組み合わされる腕と腕。あぁ、青春ど真ん中! 


「日頃から大人しかった奴が燃え上がると、手がつけられないって言うけど、やるか。」

「しょうがないわね、親友にお付き合いしましょうか。」


相田ケンスケと洞木ヒカリが、溜息つきながらもそう言って立ち上がった。
但しその目は輝いてる。


「俺たちが付いて無いとあいつら暴走しそうだし。」

「そうね、お目付け役って大事よね。」


「わ、私もやりますっ! 学校のためにも会長のためにも。」


執行部で一番小さい身体でも正義感の一番強い小松崎は、今回も真っ先に手を上げて叫んだ。
執行部の面々もそれにつられた様に自分も参加すると立ち上がる。
レイは一旦それを押しとどめ、ゆっくり言った。


「ちょっと待って。あなたたち執行部の人たちは、参加したらとんでもない損をするかも知れないのよ。
せっかく皆が真面目に積み上げてきたロイヤリティーというか、実績がパーになっちゃう。
大学の推薦入学とか、受けられなくなっちゃうかもしれない。良く考えて頂戴。」

「そんなことっ。推薦なんか受けなくたって行きたい大学にはちゃんと受かって見せますよ。」

「そうそう、例え退学になったって検定くらい突破して見せますよ。」


副会長は、自信に満ちた顔で微笑む。顔をしかめたのはトウジだ。


「ちょっと待ちぃ。何でわしらのことは心配せえへんのや?」

「え、トウジ、大学に進学するつもりだったのか?」


ケンスケは驚いたように尋ねる。親しいとは言え、今の今までそうとは知らなかった。


「いや、別にそうと決めてたわけや無いんやがな。お前のほうはどないなんや?」


あたふたと話をケンスケのほうに振る。
トウジにしてみれば、このままスポーツ推薦でも何でも、大学に行きさえすれば働かないで
サッカーを続けられると思っていただけなのだ。推薦入学の目がなくなるのは、ちょっとばかり痛い。


「俺は元々推薦制度の無い大学を志望してるしな。別に大学行かなくてもいい事を目指してるし。」


ケンスケの趣味についてはみんな知っていたので、なるほどと直ぐに納得できた。


「そうか、学校長推薦か。そういう問題も有るんだ。アスカは?」


アスカはきょとんとした顔でシンジを見て言った。


「あたしもう、大学卒業してるもん。言ってなかったっけ?」


シンジは耳を疑った。既に大学を終っているだって?
その隣ではヒカリもが驚きで放心している。


「11歳の年からドイツに戻っていたんだけど、その間に飛び級したの。12から15の間で大学卒業した。」

「そんなむちゃくちゃな制度があるんかいな。
わしもそれだったらぱっと終らせてサッカーして暮らせるんやけど。」

「どんな理由で、何の為にあんたを飛び級させる必要があるっていうのよ。」

「うわ、きっつー。」


思わず妄言を吐いたトウジをど突き倒すヒカリ。あまりの驚きにいつもの淑やかさが喪われているようだ。
吹っ飛んで頭ッから機械屑の山に突っ込むトウジ。
ガラガラとコードやらスプリングやら細かい部品を引きずりながら這い出してくるとさらに言った。


「せやかて、な、なんでそんなことになるんや? それまで金魚の糞のセカンドだったんやろ?」

「ここで散々レイのお母さんと遊んでたせいらしいのよね。
ドイツに渡った途端、3ヶ月もしないうちに天才とか言われて、普通の学校からいきなり大学に放り込まれて
3年で卒業しちゃったんだ。でもこの経歴は日本では学歴として意味が無いんで一応高校に戻ったわけよ。
高校出ればドイツの大学卒業資格も認められれるらしいわ。大人ばっかりのところで金魚の糞ではなくなったけど、
大学はちっとも面白いとこじゃなかった。教授は優しかったけどね。」

「そりゃあ、教えたら教えただけ片っ端から吸収してくれる生徒なんて、教える側にとってはこれほど嬉しい事は
ないものな。それだけ惣流は優秀だったってことか。たいしたもんだ。」


目を細めて眼鏡越しに惣流アスカを今までとは違った目で観察するケンスケ。


「一体どんな遊びしてたって言うんや!」

「ほら、バイオリンの鈴木メソッドとかってあるでしょ。お母様はああいう特殊な早期英才教育みたいなものを
当時研究していたらしいの。それで私とアスカがいい実験台だったらしい。」


所謂マッドサイエンティストの類ってことだったってことか。ケンスケは背中にぞくぞくと走るモノを感じた。。


「こ、このアスカが既に大学卒業してる天才児ですって? 何でよ、何であんたいつもあんなに成績悪いのよっ。」


アスカの両肩をつかんでガクガク揺さぶるヒカリ。やっと手のかかる親友相手に、まともに口が聞けるようになったらしい。
いつも定期試験のたびに赤点を取らないようにと友人のために骨身を削り胃の痛くなる思いをしているヒカリにとって、
「もう大学卒業してる。」という情報はなんとも納得し難いものであったのは言うまでもない。


「い、いや、ちゃんとがんばってるんだよ。でもさ、ほら、小学校のときと違って難しい漢字やたらと多いしさ。
年号とか昔の人の名前漢字で覚えたりするの、できなくて。それでも親が煩いから一応予備校にも行ったりして。」

「だって、数学なんか、」


ヒカリはアスカの数学の成績がテストごとに激しく上下する事を思い出した。
100点のときもあれば30点のときもあって。
良かったときは、計算問題の比率が高かった時とか、設問が妙にごちゃごちゃしていない時ではなかったか。


「あれみんな漢字が読めなかったとか、文章の意味がわからないってだけだったの?!」

「う、うん。」


あああ、目が眩みそう。自分がアスカの為に親友の為にやってきたことは何だったのだ。
そう言われれば問題が解けない時にアスカの一言でばらばらっと解法がわかったことが多々あったような気が。
そうか、この子に必要なのは漢字書き取りと、本を一杯読んで文章に慣れるというそれだけのことだったんだ。
自分の口から魂が抜け出ていくのを見たような気がするヒカリであった。ハフー、ハフーと息が荒れている。


「それよりシンジは大丈夫なの?」

「えっ。そ、そうだね。僕は・・・僕は。」

「大学受験には十分な成績は取ってるの? 
言っておくけど現役でちゃんとしたとこに受からないなんてあたし許さないからね。」

「ア、アスカ。そんな言い方無いんじゃないの?」


ヒカリが袖を引っ張るが関知しない。


「そういえばあんたは予備校にも通ってないみたいだし。どうして?」


まくし立てるアスカにトウジが割って入った。


「人にはそれぞれ事情っちゅうもんがあるんや。
 お前もシンジが好きやって言うんならちっと考えてもの言わんかい。」

「なによ!あんたに関係ないでしょ。第一あたしがいつシンジを好きだって言ったっての?」

「関係あるわい。わいはシンジのツレやからな。第一好きも嫌いも、おまえ見え見えやんか。」

「惣流、シンジのことまだ余り知らないんだろ。今日のところは黙ってた方がいいぞ。」


ケンスケまでがはっきりシンジの側に立って言う。
さすがに何かシンジの触れられたくない部分を抉ってしまったかと気付き口を噤むアスカ。
溜息をつくヒカリ。俯いているシンジ。一瞬気まずい雰囲気が立ち込めてさすがに焦る。


「ま、まずっ。あたしったらまた『やっちゃった』わけ?」



まあこんな調子のアスカ達に比べると執行委員達は成績的にまず何ら問題なかった。
全員がこの企て(くわだて)に即時参加を決意した。元々このクラスになると推薦など受けるつもりも無い。

どうあろうと成功してしまえば関係ないだろうという考え方もある。勝てば官軍と言奴か。
さらにはっきり言えばアスカやトウジは、レイと逆にそういう点をあまり深く考えてはいない。
結果がどうあれ正義のために突き進むべきだという考えだったのだ。
結果を予想してどうこういうのは不純だと思う。
予想がだめなら悪を見逃すのかというある意味純真、言い換えれば猪突猛進。
それだけにやることが過激なのである。大塩平八郎かおまえたちは。


「やり方次第で結果は良くも悪くもなるわ。今回は私の作戦に従ってちょうだい。」

「レイがそうまで言うんなら仕方ないわね。」

「洞木とセンセがその方がええゆうなら仕方あらへんな。」

「さーて、急に忙しくなってきたわよぉっ!」


妙に張り切っているアスカの前を阻むものは無し!

その夜、夜陰に紛れて4,50人の男女の生徒たちが学校の塀を越えた。少女たちは屋上から垂れ幕を吊るし、
さらに校舎にさまざまな仕掛けを施した。
さらに学校紹介のホームページも何者かの手によって書き換えられた。あっさりセキュリティーは突破され
過去にあったいろいろな不始末や不条理な出来事のことごとくが明らかにされた。
各家庭へのメールアドレスがハッキングされ、翌朝までに学校始って以来の事件の数々が暴露されていった。

学校側の対応は大きく後退せざるを得なくなった。翌朝朝8時頃から父兄からの厳しい問い合わせが殺到したのだ。
そればかりではない、マスコミ各社の掲示板や投稿欄にも『この教育現状現場を問う!』と言う檄文まがいの
メールが資料や写真付きで送りつけられていた。セクハラの現場写真やその時の録音までも。
先々こうなる事を予想したレイやその協力者達が1年に渡って調査してきた資料であった。

臨時PTA総会が召集された。新規議員の選出により既存役員の勢力は1/3まで後退した。
つまり長きに渡って丸め込まれていたPTAの執行部は、かなり中立的もしくは批判的な勢力に立場を変えたのだ。
残った役員もこの状態で学校側に立って発現するなどできっこなかった。

全てをうまいこと隠蔽し通してきた学校側にとって由々しき事態が出現することになった。
立候補者がいない状況では学校に都合の良い委員を学校主導で選出できた。詳しく説明するということで
順々と説けば、もともとモノを教える立場の教師という職業を業とするだけあって親は簡単に納得した。
しかし事ここに至っては説得は不可能だった。元文部大臣も力の揮い用がない。

財政的にも生徒のために使われるべき親からの委託金による内部の留保資金が余りにも巨額であったり、
その使途が曖昧であったりしたことが取り上げられていた。日に焼けたカーテンや埃の噴出すような旧式エアコンを
いつまでも使って留保を溜め込む理由は一体何なのか。問題のある教師を密かに転勤させて口を拭った理由は、
その教師の所属する宗教団体の圧力を恐れたためだとか。今回のセクハラだけでなく、生徒の指にピアノの
蓋を落とした、男子更衣室に隠しカメラをつけた、落第をねたに強請った、3年生のPTAから特別な謝礼を個人が
受け取ったなど、出るわ出るわ。
これが有名進学校で起こったこととは信じられないほどだった。
いや、なまじ進学校だからこそこれだけの事が親と教師の間の暗黙の了解事項としてまかり通ってしまったのか。

門前に殺到したマスコミ関係者の目の前に現れたのは正門後門にうず高く積み上げられ、針金で固定された机と椅子の山。
屋上の時計台からぶら下げられた垂れ幕に墨痕鮮やかに描かれた、セクハラ教師を追放せよ!不当留保金を明らかにせよ!
隠された傷害事件の責任を問う!事なかれの父母よお前の父母は泣いているぞ!等々の檄文であった。
その閉鎖された校庭を、詰襟とセーラー服の制服に身を固めた生徒たちがジグザグデモを繰り返し、シュプレヒコールを
叫び、校外放送のスピーカーが要求を繰り返している。


「ゲ、ゲバルトだあっ!」叫ぶ中年教師。

「いやあ、なんとも懐かしいですな〜」


老教師たちが目を細めている。好々爺然としているが一番張り切っているのは彼らかもしれない。


「えっ、だから学校封鎖です!バリストですっ!高校生たちが学校を封鎖して要求を突きつけてるんですよっ!」

「馬鹿なったって、実際目の前でやりやがってんですよ。そう、高校生、高校生がですよっ!」

「すぐに中継車を回してくださいっ。首相官邸の発表?そんなモン世の中に影響なんか無いでしょうっ!」


「機動隊を派遣しろっ!」


政府部内で誰かが叫んだ。


「機動隊って今時そんなもん全部交通機動隊に改組しちゃったじゃないですか。」


そうは言っても国家公安委員会直々のお達しだ。無理でも何でもやるしかなかった。
警察倉庫の鍵がぶち破られ、中からカビの生えたようなジュラルミンの盾とかヘルメットとかが運び出された。
放水車なんか無いぞという事で、急遽消防車を白黒に塗り替えて出動させた。非番の警察職員にそれを着せて
とにかく半日後には学校を昔懐かしジュラルミン盾と鎮圧棒を手に手に乱闘服を着込んだ3千人の機動隊が取り囲んだ。
かき集めでも何でも、本庁経理や人事部の内勤警官やら、でっぷり太った地域署のお巡りさんまでが動員されている。


「なんだよこの放水車、ペンキが制服にくっ付いちゃうじゃないか。」「背中がツートンカラーだ。」

「隊長!このゴーグル下ろすと前が見えないんですが。」「腹がズボンに入りません。」「ボタンが全部跳びました。」

「くもの巣張ってます。」「悪臭で鼻が曲がりそうです。」「靴がありません。」「メットが2つに割れてます。」


大騒ぎである。生徒たちに武器を向けられないと塀をよじ登って向こう側に寝返る若い隊員も出る。
その度に中はまた大騒ぎ、大歓声が上がる。到着した中継バスの上に陣取ったカメラが数台、撮影を開始。


「あっ、また機動隊の列から3名が生徒側に駆け込みましたっ。感動的でありますっ。市民に暴力を振るうことは出来ない
というスピーカーからの寝返り隊員のコメントが次々出されています。そうです、愛される警察は常に市民側に、」

「機動隊に告ぐ!今からでも間に合う、投降せよ!お前たちの親兄弟は泣いているぞ!悪徳政治家を守るために警察は
存在するわけではない。本来君らは正義の使徒として戦う崇高な役割を果たすべき存在ではないのか。元の姿に戻れ!」

「元の姿に!元の姿に!」「お前らの親戚兄弟は泣いているぞ!」「原隊に復帰せよ!」


TVの実況中継の声と、校内からの大きな呼び声が、ごっちゃになって何も聞こえない大騒ぎだ。
学校を取り囲む機動隊のさらに外側を取り囲む市民の中からも同調する声が上がる。一緒に叫びだす。
その声に釣られるように、さらに数人が壁を乗り越える。中から手を貸す生徒たち。


「元の姿に!元の姿に!」

「あっ、こらおまえらどこにいくっ。洗脳されるんじゃない、我々は社会秩序の安寧のために存在するんであってだな、」

「あ、こら逃げるなっ。」


ばらばらと隊列から離れ逃亡する者も出る。必死で押しとどめる各部隊長。だがこの状態では警察は全くの悪役である。


「お前たちは何をしているのかわかっているのか!このままだと停学、いや停学になるんだぞ!
今からでもバリケードを解いて出て来ないかっ!一部の生徒の扇動に乗るんじゃない。一生を誤るぞ!」

「校長帰れ!悪徳ゴマすり校長帰れ!」

「かえれっ、かえれっ!わっしょいわっしょい!」


ハンドマイク片手に恫喝に現れた校長も軽くあしらわれるばかり。そればかりか今がチャンスとマスコミがその周りに殺到。
もみくちゃにされる、校長やセクハラ教師、暴力教師と名指しされた教師たち。


「一体何が起こったのですか。」

「生徒側から提供されている、この資料は本当のことなんですかっ!」

「今は話すべき時ではありません!ノーコメントです。」

「これだけの資料が目の前にあってノーコメントは無いでしょう。真実を話してください。」

「あんたもしつこいな、ノーコメントといったらノーコメントっ!」

「ノーコメントという事は認めると言う事ですね。」

「ななな、何故そういうことになるのかねっ。無礼だよ、君それは無礼だ。」

「無礼ってのは、あんたたちの生徒に対する態度でしょう。子供にも子供達の理由が無かったらこんなこと、」

「ええい、生徒は教師の言う事を大人しく聞いてりゃいいんだ。」

「その発現は人権侵害だと思いますが。一部の教官も加わっていると言う事は事が単純ではないと言う事では。」

「うるせえな、人のうちの問題に嘴突っ込むんじゃねえよ。おまえらマスコミだって始終同じ事をやってんだろうが!
記者クラブ見てえなもん作って、記事の独占とか、政府に都合よく情報曲げてんじゃねぇか。」

「それは、報道に対する侮辱だっ!」

「かっこつけんじゃねえよ。同じ穴の狢だって言ってんだよ!」


言いたくも無いことを白状させられそうになって、学校もマスコミも逆上ぎりぎりで罵り合っている。
これが全て一般家庭に流れたのだ。騒ぎにならない方がおかしい。日本の放送局に加え、CNNやBBCのクルーまでが
押しかけ、ヘリ中継をし、長期的視野に立って取材をしている。
真実を伏せようとする校長が、勇敢な生徒会長の女の子にひっぱたかれたことまでがすっぱ抜かれ、BBCニュースで全世界に流された。

本来事なかれの慣習に守られた日本のマスコミには都合が悪い。現場の盛り上がりとは別の意志が働きだす。
その為か、次第に日本側の放送の主眼は学校側からの理由に偏っていくのだった。
逆にWebの掲示板やチャットなどのネットワークは、事の真相を次々暴きたて、内部告発も流している。
それをまた外国の報道機関がどんどん取り上げる。


「BBCもやるねえ。CNNも対抗上黙ってないな。」

「へへへっ。大学時代の仲間の所に送ってやった資料が役に立ったみたいね。」


アスカのメールは早速『豊かな金持ち国日本』の柔らかな腹部で巻き起こった造反劇の一幕ということで
世界中のリンクを駆け巡っている。その内容は日本のマスコミに流れた物より詳しく内容もえげつない所に踏み込んでいる。
まぁ、その反面、被害者側の女生徒などの情報についてのプロテクトはさらに厳しくしてある。


「この障壁大丈夫でしょうね。」

「母さんの電脳の一番深くに沈めてある。世界中のハッカーが集中しても自動対応だけで3日は破れないと思うわ。」


にこりともせずにレイの手がキーボード上を走る。「敵」側の障壁が崩れてデータが剥き出しになる。


「国辱ものだってムキになる奴が出なければいいんですけれど。」


興奮して舞い上がるアスカに、1年生の小松崎が冷静に言った。









この場合のふたり(4)友よ 戦いの炎を上げろ!   こめどころ




つづく。