「ラルク、バルエストノモス。エルクエムラガシュ。
ストロロバス、エン、コンサイティアストゥルガルエンマカテウオン。ウィクエンマッハデオヤーガ。」

「なんだ!?」


加持さんが天井を振り仰いだ。部屋中に聞きなれない音韻が満ちて、物凄い圧力で僕らの体を締め付ける。


「うっむううっ!!」


その声は、まるで化学合成された分子が重合体を作るように、重なり数倍に膨れ上がり、急速に大きくなっていく。

それが僕にもはっきり分かった。





天使のランプフィギア5.

こめどころ









キーンと、耳鳴りがする。その耳鳴りは次第に大きくなり、はっきりと僕のポケットから唸りを上げ始めた。

僕は思い出した。アスカのイヤリングだ。アスカのイヤリングが音を上げているのだ。厚い木の板壁が共鳴して震えている。

ポケットに手を突っ込み、イヤリングを掴み出す。それは唸りを上げていつかのアスカのように輝きを次第に増しつつあった。

淡いピンクのオパールか何かの中に封じられた逆さまのスフィンクスが中から飛び出してこようとしているのを僕は感じた。

先ほどから僕らを締め付けている得体の知れない何かに向かって、僕はそのイヤリングを投げつけた。


バリバリバリバリバリッ!!!


白い光が何かの形を浮かび上がらせる。大きな、見えない獣が我々のすぐ側にいるのだ。

巨大な翼がこの広い部屋いっぱいに広がり、さらに大きくなっていきつつあるのがはっきりと見えた。


「なんだ、あれは!!」


加持さんのお父さんが驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。

獣臭い匂いが室内にむっと立ち込める。その息使いが生臭い匂いが顔にかかる。

曲がった大きな嘴。尖った耳、翼、太く逞しい獅子のような脚。巨大な翼を動かすたびに、身体が本能的に竦みあがる。


「グ、グリフィンかっ!?」

「ぐわああああああおおおおっ!!!!」

ぱりぱりと細かい放電を繰り返してそのグリフィンの身体がのたうっている。太い鞭のような尾が激しく床を叩く。

よく見かける模式化された偶像ではない。それは生々しい、いままさに人をその嘴に掛けたばかりのような妖獣の姿だった。

そのグリフィンが首を激しく振って苦しんでいる。床の下から伸びる腕がグリフィンの喉笛を掴み砕こうとしているのだ。

グリフィンは苦しさの余りか床を大きく蹴り上げて壁を突き破って外に逃れようとした。壁がぶち抜かれ、がらがらと庭に崩れ落ちていく。

その下から離すまいとする相手の身体が床から引き出されるように飛び上がってきた。黄金の流れる髪に額の深紅の宝珠が輝く。

それは銀色の甲冑を身に着けたアスカだった。


「うおおおおおおおっ!!」


アスカは大きく叫ぶと腰から引き抜いた短剣を深々とグリフォンの胸に突き立てた。


ぶしゅううううううーーーーーっ!!


激しく吹き出す鮮血を浴びながら、

アスカは倒れた化け物から飛びのいた。そして背中に背負った長剣を構えると、激しい気合もろともグリフォンに振り下ろした。


「てええええいいっ!!」

「がわああああああおおおおおおおううううううううんんんーーー。」


断末魔の悲鳴を上げてグリフォンは真っ二つになる。部屋の中はほとんど血の洪水のような状態だ。

その様子を見届けたアスカは、たちまち小さくなり、片膝を突いてゼイゼイと激しい息をして肩を震わせながら咳き込む。


「アスカッ!!」


僕は血まみれのアスカを抱擁した。真っ青になって、今にも倒れそうだったのだ。


「だ、大丈夫だったみたいね。間に合って、良かった。でも、まだ駄目。本当の敵が今、出てくるから・・・。」

「無理だ、アスカ、そんな状態でっ!」


アスカはきっとなって僕を見返した。


「もういやなの!私の愛した人が私を置いて行ってしまうのを見ているのは嫌なのっ!!それくらいなら私が先に死ぬわっ!!」


アスカは顔中を血と涙でぐしゃぐしゃにして叫んだ。


「そこまでよ、アスカ。貴方が終わりを望むなら私がそれを与えてあげましょう・・・。」


静かな声が響いた。

アスカはよろけながら立ち上がろうとした。剣を探す手が床を探る。まさか・・・・。


「アスカッ。まだ見えないままなのっ!!」

「そう都合よくは、見えるようにしてくれないみたいよ、シンジ。」

「駄目だっ、本当に死んでしまうよっ!!」

「ごめん、シンジ私にはこうするしかないの。貴方をどうしても失いたくないのよっ。」


血を吐くような声でアスカは叫び、その後きりきりと歯を食いしばって探し当てた長剣を杖に無理矢理立ち上がった。

まるで血の気がない表情。ばら色の頬も唇もほとんど紫に近いようなまっ青な色になっていた。


「立ち上がっても無駄よ。あなとと、貴方の主人はここで死ぬの。埃も残さずにね。その秘密を知る人もみんな残さず。」


僕は、その青い髪と、赤い目の少女にしか見えない強力な敵に向かって立ち上がった。


「なぜ、君がこんな事をするのか分からない。だけど僕はアスカを失いたくない。たとえ何を失おうとも。」

「ふふふ。かわいいわ、あなた。」


青い髪の少女は、にっこりわらってその細い白い腕を柔らかそうな布の間から差し伸べた。


「私のものになるなら、貴方と貴方のお姉さんは助けてあげてもいいわよ。」


なぜだ、こんな事をするくらいならなぜあのランプを僕に渡したんだ・・・。


「アスカッ!主人として命じる。僕に、僕に君の全ての魔力と戦う力をっ!!」


アスカの顔が絶望に歪んだ。


「いやあああああああああああああっ!!!」



アスカは、薄いローブ一枚だけの姿になり、そこに立ち尽くしていた。


「加持さんっ、アスカを連れて逃げてくださいっ!!」

「分かったっ!シンジ君、必ず帰って来いよ。どの道、君が死ねば僕らも生かしておいてはもらえそうもないがな。」

「いやあっ、離して!シンジの側にいさせて!シンジと一緒に死なせてぇっ!!」


青い髪の少女は信じられないという顔をした。


「相当なもの好きね、あなたも。あの魔物と、自分の命を引き換えにするつもりなの?」

「アスカは、アスカは君たちの為にもう数千年もの間苦しんだんだ。せめて、僕の力が足りなくて死ぬにしても・・・・。」

「魔物でないアスカで死なせてやりたいわけね。」

「僕が愛したアスカは、魔物なんかじゃないっ!!優しくて可愛い、普通の女の子なんだっ!!」

「よくそんな事が言えるわね。人間に取り入る時の魔物のいつもの手口じゃないの・・・。哀れね。」

「黙れえええっ!!」



両手を広げて、真っ直ぐに女の子を撃つ。金色に白熱した球弾が無数に降り注ぐ。

しかしその全ては彼女の前の赤いスクリーンに阻まれて届かない。

弾き飛ばされた白熱球が屋根や床を突き抜けてあちこちで爆発音を響かせている。


「相手の名前も知らずに死ぬのは可哀相ね。私の名はアムビトリテのレイ。三相一体の神にして、
全てのものを取り囲むエトルリアの守護神レイ・ント。」


女神だって!するとその神に追われているアスカの正体は何だって言うんだ。だがそれでも僕にはアスカこそが女神なんだ。

レイが片手を上げると、全てのものが震え始めた。空気までが激しく振動をしている。屋根が崩れ落ちて、青空が見える。


「アスカの、アスカの目を見えなくしたのも君だな!」

「そうよ。魔物風情が、あんまり幸せそうにしているからね。ちょっとばかり苦しめてやったのよ。」


頭にカーッつと血が上ったのが自分でわかる。僕は全身の力を込めてアスカの長剣を握ってレイに向かって振り下ろした。


バシイッ!!


赤いスクリーンが輝いてそれを受け止める。頭に血が上ったままで勝てる相手ではない。静まるんだ、落ち着け。


「無駄よ。可愛い恋人さん。」


僕はさらに力を込めた。スクリーンが僅かに歪む。レイの顔に驚きが走る。スクリーンは更に歪み、ついに激しい音を立てて消滅した。


「っく。な、なんてこと!!こんなに人間の意志の力が強いとは!ただの人間とは思えない!」

「ただの人間さ!だからこんなに好きな人のために頑張れるんだっ。神や魔物は人を愛したりしないんだろっ!!」


とっさに飛びすさったレイのローブのすそに剣で切られた一筋の切れ目があった。それを払うと、レイは巨大な7色の7枚の翼を広げた。


「たいした物ね。それは認めてあげるわ。だけどあなたは終わり、死になさい。」


翼が大きくはばたき、その全体から先ほどの数十倍の圧力で光が輝いた。目を開けていられない。

くっ、アスカこれで最後かっ?ごめんよ、守り切れなくて。僕は思わず覚悟を決めた。

悪態を一つ、服に切れ目を一つ。それだけかっ。くそう!くそう!アスカを守れなかった。


しかし、熱がいつまでもやってこない。僕が目を開けると、僕とレイの間に再び甲冑を身に纏ったアスカが飛び込んでいた。

いつもその白い首にかかっている、金のネックレスが高温に溶け、ばらばらになって僕の胸の上に落ちてきた。

その背中にはレイと同じような巨大な翼、ただこちらは黄金の翼であった、が広げられ、レイの灼熱の輝きを遮っていた。


「く、くうう・・・・。シ、シンジィ。」


ぶすぶすと、羽根のこげる香りが漂った。僕の腕の中にアスカが崩れ落ちる。


「アスカっ。」

「あ、あれ?へんだな。私にこんな大きな金色の翼なんかあったっけ?・・・・。」


ぼんやりと笑うアスカ。


「シンジの顔が見えるよ。シンジの顔が見える・・・。」

「アスカ、見えるようになったんだね。」

「よかった。シンジの顔が最後に見れて。もう思い残す事はないわ。」

「馬鹿な事を!これから二人でいつまでも一緒にいるんじゃないか。例え殺されたって。」

「ごめんね、シンジ助けられなくて・・・私もう駄目だ。でも一緒だからね。」

「うん、一緒だよ。いつまでも一緒だ。」



アスカとシンジは抱き合って最後の瞬間がやってくるのを待った。

その時。

アスカの額の赤い宝珠が、突然真ん中からパシッと音を立て、ふたつに割れて下に落ちた。

それは、床の上を転がり、白いけむりをあげ、瞬時に燃えつきてしまった。床に、こげ跡がつく程度の可愛い炎が上がっただけだった。

レイが、僕らの横に立っていた。赤い瞳がアスカを見つめている。



「アスカ。私が分かる?」

「あ、あんた。アムビトリテのレイ・・・・・・・・・。・・・・レイ・ントじゃないの。わたし・・・いったいどうして・・・・なぜ・・・。」


「アスカ、記憶が戻ったの?!」


僕は大声で叫んでいた。アスカは僕を見つめ、こっくりと肯いた。


「アスカ。あなたにかけられていた縛めは今、まさに解かれたのよ。・・・・まあ、みせつけてくれたわね。ふふふ。」


さっきまでの、アスカを魔物と呼んでいたレイとは思えない、母のような優しさでレイはアスカに語り掛けた。

レイの手の上にアスカのフィギアのランプが現れた。そこに付いているバイオリンを弾く天使は、見る見るうちに神々しく輝く女神の姿に変わった。

甲冑を身に着けたアスカがそのフィギアの中に吸い込まれていく。


「アスカッ!」

「だいじょうぶよ。シンジ。今度こそ彼女はあなたのところに戻ってくるわ。あなたは彼女の呪縛を解いたのよ。」

「呪縛。」


肯いたレイは、僕に話してくれた。




はるか昔、アスカはリリス、リルラケ、リリットとなどと呼ばれる女神だったのよ・・・。他にも色々に呼ばれていたわ。


lilith.JPGリリスがアダムの最初の妻という伝説が生まれることになったのは、昔の権力者=神たちが、

バビロニアの女神ベリティリあるいはベリリを自分達の神話(政治機構)に吸収しようとしたその名残だったの。

あるところでは、リリスはバーラトという女神であり、ウルから出土した紀元前の粘土板では、リリスはリルラケと呼ばれていた。

男達は根拠のない男性優位に凝り固まっていたから「女を天にし、自らを地にする男は、呪われてあれ」とまで言ったわ。

男性社会のあらゆる宗教の教会も、男性上位以外は、すべて罪であると言い張ったのよ。

しかし、リリスはありとあらゆる宗教に囚われる事がまったくなかった。自ら考え自ら行う彼女にとって意味のないものだったから。

聡明な彼女は粗暴なアダムを冷笑し罵り、男性優位の共同幻想社会から逃げ出して、

自分を支持する人々と紅海の近くに住みついてしまった。神は、自分の軍、天使たちを派遣して、リリスを連れ戻そうとしたの。

でも、リリスは天使たちとの戦いに打ち勝ち、神の命令を無視して、「デーモンたち(リリスの支持者)」と時を過ごしたわ。

彼女にとっては、デーモンたちとの暮らしが楽しかった。毎日100人の子供を祝福し、国は富み、学問や芸術は栄え、勢力を強めた。

そのため神は、リリスの後がまとして、リリスよりも従順なイヴ(Eve)を創り出さなければならなかった。

最強の女神に、男性神はとうとう手も足も出なかったのよ。

リリスは、もともとアダムによって代表されるあらあらしい遊牧民の侵略に抵抗した、平和な定住農耕部族の守護神であったの。

でも、戦いを避けて遊牧者と農業従時者の融合を目指し、優秀な男性移民を優遇するリリスを男性優位者主義者たちは嫌っていた。

しかし、定住農耕部族の守護神であるとともに、リリスの国は「海」が権利を持つ国であり、土地に縛られぬ海遊民族の根拠地だった。

「血と葦の大海=紅海のリリスの国」は、万物を生み出す。つまり貿易によって利を得ると同時に、また他国の技術者の大量の導入によって

定期的に血を補充される必要があったのよ。ここからリリスは男を集め、誘惑する神である、という新たな神話が付け加えられたわけ。

当然の事ながら、自由人である技術者集団、統制社会から離れている海洋民族、自己の決定権と聡明さを失わぬ美しい娘達は、

リリスの国に全て集まってきたから。後からリリスやその娘達がいわれたような性的な意味じゃないのよ。


リリスつまりアスカとエトルリアの女神レイ・ント、つまり私ね・・・との間には堅い守攻協定が結ばれ関連があった。

レイ・ントは顔がない姿であらわされる、それは私には色々な顔があって一つに決められないからなの。

わたしは、華やかなアスカ=リリスとは違い、エイタやペルシプネイと一緒に冥界の入り口で死者たちの霊を受けるといわれた。

しかし決して無個性な女神ではなく喜怒哀楽のはっきりした三相の女神にして全てのものを取り囲む、戦上手で自由と海洋を愛するニンフを代表する女神だったのよ。

この辺の共通点が二人の女神を結び付けていたのかもしれない。私とアスカは鏡の両面みたいなものだったかもしれないわね。

冥界の門は、女性原理に支配される百合であり、したがって、冥界の門を擬人化した女神レイ・ント。百合lily(すなわち、lilu「蓮」)は、リリスの花であり、

リルというその花の呼称がリリスの名を連想させる。ギリシア人はリリムを借用し、彼女らを「ラミア」「エムプーサ」あるいは「ヘカテの娘たち」と呼んだ。

キリスト教徒ものちになってリリムを借用し、彼女らを「地獄の娼婦たち」あるいは男の夢魔Incubusに対応する「サクブスたち」と呼んだ。

修道士たちは、リリム (娘達)を近づけまいとした。(また、リリムはリリスの化身とみなされていたので)、信心深いキリスト教徒では、男の子が睡眠中に笑っても、

人々はリリスが彼を愛撫していると言った。男の赤ん坊をリリスから守るため、揺籃の周囲には白墨で幾重にも輪が描かれ、

さらにそこには、神がリリスをアダムのもとに連れ戻すために派遣した3人の天使=軍団長の名が、書き添えられた。

リリスはこれらの天使たちの手に負えるような女性ではない、ということがアダムの一件で立証ずみだったのに、そのような措置がとられたのよ。(笑い)





そういう、いわれのない汚名や、汚れた伝説が男達や異教徒の間に流布されたにもかかわらず、私達、リリスと、レイ達の王国は栄えたわ。

そして全ての女性原理の源である世界中のマリア(海の神の系譜の女神たち)の王国は千年の長きにわたって栄えつづけた。


まさにその時、天変地異が地球を襲ったの。いかなる魔も神も対抗できないほどの巨大な天変地異が。

大陸がいくつも海に沈み、栄光ある名のみを今に伝える数々の文明が消え去っていった。

復興できたものも、知性が衰退し、感情は干からび、その日その日を生きる事で精一杯の日々がつづいた・・・・・。




「紀元前25世紀以前の輝かしい女神達の世界は、アダム以降の男性原理を信奉する野蛮で勝手気ままな、女を肉としか見れない男達と、

その補完のみを旨とする、愚かで小さな男達に媚びる事でのみ生きていける女達のために次第に失われていった。」



レイはため息をついて言った。



「その時こそ、神とアダムが世界に覇を唱える事ができた瞬間であったの。そしてわたしたちは・・・・。」



アスカは神に追いつめられた時、全てを捨て、みずからの記憶を捨てる形で神の追手を逃れた。



その封印を施したのが私と彼女自身。



その封印とは、男性と女性とが本当に対等に、愛し愛される世の中になること。

アスカが自らの命をかけても助けたいという気持ちを持て、その男性もまた、アスカのために自らの命を惜しまない。

アスカの魔力を見てそれを怖れず、アスカの魔力をつかって我が身の栄華をどうこうしようとする意識がまったくない男。

そんな男を選べる時、呪いが外れると・・。



「そんなやつ!この世の終わりまで現れっこないじゃない!私は最後まで神と戦ってやる!」

「無駄よ。今の私達にはそんな力はない。文明を失い、暴力だけがすべてを決する世界では私達女神はその力を顕せない。」

「では、いま、この時に苦しんでいる女や子供たちはどうなるの。明日を思う事だけで耐えている自由人達はどうなるのよ!」

「待つしかないわ。私達のはるか昔の女神達がその力を手に入れるまで耐えたように。」

「そんな事、そんなこと!!私達は女神なのよ!あの野蛮な男神たちから人々を守るためにいる女神なのよ!!」




「アスカはみずからに封印を緘し、わたしがその封印のKeyを魔法を青と赤の宝石、記憶を黄金の首飾りに分けて更に封印したわ。

魔力の根元が別れた事で魔力の性質が変わり誰がその力を使ったのか探知できなくなる。その事で強大になった神の力から逃れたの。

我々神の力はそれを信奉する人々の総じた力だから、自ら生きる女達が減ってしまった時代では神に太刀打ちできなかったのよ。

アスカに助けを求める女や子供や自由人の声が渦巻いている中で私はアスカを守って封じ、未来に逃がす事で望みを託したわ。

アスカは身悶えしながら、泣きながらランプの中に封じられていった。」




「ちくしょう!ばかやろ〜〜〜っ!!」


できる限りの大声を上げながら奈落の底にむかって落ちていく。

暗黒の深淵が大きく口を開けている中を、どこまでもどこまでも。


「うわああああ〜〜〜〜〜っ!」





「私はその後、伝説通り海の民が支配する土地の継承権を欲しがったにポセイドンに、ニンフ達を代表する形で嫁ぎ、その庇護下に暮らした。

マリアたちはキリストの母たるマリアに代表されるようにいろいろな形で男性原理の中に取り込まれていき、息をつないだ。

暗い、つらい時間が、長く長く続いたわ・・・。人が単位や数値や群れとしてしか認識されないものとしての時代。それが男達だけの時代・・・。」




「だけれど、アスカはみごとに復活した!あなたとアスカとの愛を見ていると、やっと私達の望んでいた世界がやってくる事を教えてくれる。

新しい世界は、男も女もなく、支配せず支配されない、人も神も魔も皆等しくみずからの望む王国を建設できる世界。

全ての神が死んだのではなく、押さえ付けられていた全ての神が、人が、新生した世界。そんなものが、やっとやってくるのね。」






レイの、赤い瞳が潤んでいた。

風が吹きぬけ、僕らはいつのまにかどこかの浜辺に立っていた。


「もうすぐ、この浜辺にアスカが復活してくるわ。」


レイが言う。


「だけどまだこれから先は決まったわけではないの。あなたとアスカは、まだ神からのいろいろな試しを受けると思う。」


僕は肯いた。


「大丈夫。僕とアスカは。ありがとう・・・レイ。」


「わたしは、本気であなたを殺そうとしていたかもしれない。・・・余りにもアスカが幸せそうだったから。」


僕は黙って、レイの身体を抱きしめた。


「碇くん・・・。」


「レイ、君はうらやましかったんじゃない。きっと寂しかったんだ。

親友が苦しんでいても助けられない。呪いを解いてやる事もできない。」



その時、ぼくはレイの心を少しだけ覗いたような気がした。


「僕はただの人間だ。こうして少しの間抱きしめてあげる事しかできないけど。」


「ううん・・・。ありがとう、碇くん。アスカがあなたを選べたのが少し分かった気がする。」


レイは、僕の胸に暫く顔を埋めると、僕の胸をそっと押し離した。ほそい涙が一筋流れていたけれど、レイは微笑んでいた。


「暖かい。 ・・・碇くん、暖かいという事を、思い出せたわ。そう、人間は暖かいのよね。」



レイは、7枚の羽を広げると、まるで綿毛のように陽光の中に消え始めた。


「レイ!」


「碇くん。アスカをお願いね・・・・・。」


たくさんの細かい海のあわが、彼女のからだから放たれて飛んでいく。それとともに身体が淡く淡くなっていく。

そうして彼女が完全に消え去ったあと、浜辺に一糸纏わぬ女の子が倒れていた。優しい肩。丸い腰の線。

すらりと伸びた脚線。そんな美しさが長い金髪に包まれて倒れている。砂が流れ、金色の髪が浜辺の砂の上になびいている。


僕は。


アスカの横に膝をつくと、彼女を抱え起こした。

白磁のような美しさと抜けるような白い身体が余りにも眩しい。

僕は、アスカの赤い唇にくちづけていた。鼻腔は彼女の肌の香りでいっぱいになる。

うっすらと目を開くアスカ。


「シンジ・・・・。」

「アスカ・・・・。」


アスカの身体からはまだかすかに潮の香りがした。


「今度の瞳の色は、深い海の色だね。マリンブルーのような。」

「シンジは、いつもの黒い瞳。でも私の事をすべて受け入れてくれる、優しい瞳・・・。」


僕は大急ぎで、学生服の上着を脱いだ。


「さ、これを着て。」

「え?」


その時やっとアスカは自分がすっかり裸身のままなのに気づいた。


「あ、いやーーーーーっ!!」



ばっちーーーーん!!!




お約束のような、張手が、僕の左の頬を襲った。脳震盪を起こしそうだった。


僕は、上着の他にズボンも奪われて、パンツとランニング姿に革靴という大変間抜けな格好で歩いていた。その上頬はジンジンする。

アスカは学生服の上下に靴下という格好。まだ僕よりマシだ。


「アスカァ、空飛ぶ絨毯は?」

「ないわよ。」

「どこでもドアは?」

「ないっての。」

「テレポーテーションは?」

「使えたらとっくにつかってるわよ!」


「ちぇっ!少しくらい魔力残しとけばいいのにぃ!」

「うるさいわね!あんたがアスカ以外は何も要らないなんていうからでしょ!!」

「アスカだって、シンジと要られるなら何もって。うぷっ、ぺっ!ぺっ!なにすんだよ!!」


アスカの砂攻撃。その日僕らは5時間も歩いてやっと人のいるところにたどり着いた。







あれから5年の月日が経った。


いまもぼくらは毎朝家から一緒に出かけている。

アスカはすっかり魔力をなくして普通の女の子になっていた。

変わったのは瞳の色だけ。深い海の瞳。そこに何が映っているのか僕は知らない。

でも、それでいい。




ランプフィギアは一人減った。


「ねえねえ、シンちゃん。あそこにいた、バイオリンの天使は一体どうしたの?欠けてしまってるじゃない。」

「とれちゃって、どこへ行ったかわからないんだ。」

「惜しいわねえ。やっぱり男の子にマイセンを持たせるものじゃないわね。」


あの時の記憶はみんなのところから消えてしまっていた。


加持さんからも、姉貴からも。二人は結婚し、今はうちの離れに住んでいる。入り婿マスオさんだ。

姉さんは明るく元気になり、結婚前とは別人みたいだ。

加持さんは相変わらず。でも元気一杯の姉さんもいいなと思っているようだ。二人の仲はすごくいい。


父さんと母さんも相変わらずちょっと変わっているけどいい夫婦だ。




僕の心にだけあの事件は残ったのだろうか。あの、レイの細い身体の感触と共に。




「いててててててててっ!!」

「あんたいま、レイの事考えてたでしょ。次はもう見逃さないわよ。親友でもとっちめてやる。」

「わ、わはったはら、つねらはいでふれえっ!!」


ほんとに、全部魔法使えなくなったのぉ?

ちょっと涙ぐんでいる僕にアスカは言った。


「そのかわり、私のすべては、あんたのものなんだからっ。絶対損な取り引きじゃないはずよっ!!」


腰に片手を当てて、ビシッと指を僕に突きつける。この自信の根拠はどこにあるんだ!?

しかし、その疑問は続けて襲ってきた甘い唇の感触によって僕の脳裏から奇麗に拭い取られてしまった。


「シンジィ〜〜。私だけを見てくれてなきゃ、いや。」

「ア、アスカァ・・・。」


つい、腕を彼女の体に回してしまう。いいんだろうか、こんなことで・・・・。








アスカは僕の天使。全能の女神にして世界を守る智と光と海の神。世界創造神の一人。




そして僕のわがままな恋人。








表通りのアイスクリーム屋に老人と孫娘と思しき二人連れが入って来た。


「おじさーん!ソフトクリーム、チョコとバニラそれとストロベリーとチョコね!!」

「あいよう、お嬢ちゃん!!」

「レイ、よくまあ毎日毎日食べる金があるな。神や天使はあまり金は持っていないものだが。」

「うん、ちょっとした隠し財産があるのよ。神様も溶けないうちに早く食べて。」

「う?ああ・・・。」


神は意外と甘党であった。


「アスカも復活しちゃった事だし、もう後は見守るしかできないんでしょ。」

「ああ、復活されてしまってはどうしようもない。この5年間、いろいろやってみたが、まあ徒労だったな。
昔、直属の軍団3個師団を送り込んだ事があるが、3人の軍団長ごと、全員が半死半焼で帰ってきた。」

「半死半傷でしょ?」

「いや、半死半焼でいいのだ・・・。」


神は遠い目をして言った。


「世界最強の女神がより完全になって復活した以上、わしはもうかなわん。引退だ。」

「じゃあ、これからは毎日アイスクリームなめて暮らそう。」

「ああ、それもいいな。」


神はサングラスを外すとソフトクリームにかぶりついた。白くなったあご髭にチョコがついた。

頭は見事にスダレになっている。


「もしかしてレイ。このアイスクリーム代は、アスカの亭主と姉からカフェサービスセット代で巻き上げたやつか?」

「えへへへへ。御名答。それとあちこちの遺跡からの持ち出し物をフリーマーケットで少々。」


もはや、レイの店は古物商や考古学者の行列ができるほどの有名な店になっているのは神にはナイショだ。


「悪いやつだ、魔力で出したものを・・・神罰が下るぞ。」

「大丈夫よ。あの子は暫く幸せで他の事なんか見ちゃいないわよ。あいつ、あれで男は初めてのはずだしぃ。」


レ、レイの発言が危ない。


「いいんじゃなぁい?女神の初めての男は神と同格になるとかいう話だから、不死不老になるんでしょ。
大丈夫、神様の跡継ぎもこれでできたわけだ。」


「それも、何の経験も心構えもないのは困るのだがな・・・・。」


神は目を細めてソフトクリームを味わいながら呟いた。


「まあ、いいことにするか。新しい世界は新しい者が何もないところからはじめるのが一番だ。
わしもただの人間に戻る事にしよう。」


「おじさーん!ソフトもう一本!次はパイナップルとバニラね!」

「お嬢ちゃん、すごいペースだね。人間業じゃないよ。」

(「人間じゃないからな。」)


神は思った。







「ほらっ、早く早く、講義の時間に間に合わないでしょっ!!」


くじけそうになるシンジを後ろから急き立てながら走るアスカ。


「ひいひい、もう、これ以上走れないよう・・・。」

「ほらっ、もうすぐよ。角を曲がればバス停じゃないの!」

「あ、ほんとだ。結構走ってたんだね。じゃあ、もうひとがんばりっ。」


パチン!指を鳴らすアスカ。指先で、小さな光の輪が広がる。


「あ、バスがちょうど来てる!アスカ間に合うよっ。はやくはやくっ。」



先に角を曲がったシンジがアスカに呼びかける。

どこにでもいそうな、カップルが今日も慌ただしくバスに駆け込んでいく。













天使のランプフィギア5最終回おわり。



後書き

やっと全編を終わりました。ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。<いるのでしょうか?
だいたい最初の思惑通りのストーリーにはなったのですが、なかなか側面資料を集めるのが苦労でした。
こんな魔法の話はいかがでしたか。最後にその正体はもっといい手があったでしょうか。
もし読んでくれたかたいましたら、こんな最後もいいなとか、アイデアお寄せくださいませ。

それではまた。こめどころでした。



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