『お父様と私』

【そのいち】 作・何処


「…えぇ〜っ!?此所〜っ!?」
「ち、一寸待って、リツコ、嘘でしょ!?」
「あ、あたしに聞かないでよ!」
「地図だと此所な筈だけど…」
「あ、あんたバカー?!どうせ地図見間違えたんでしょこの男は!一寸貸しなさいよ!!」
「…碇君は間違って無い。最初に迷ったのはアスカ。」
「う、うっさい!レイは黙ってて!」
「しっかし、よりにもよってなんだってこんな所に…驚き通り越して呆れるわね。」
「ミサトはともかくこの中に誰も司令の家を知ってるのがいないのが異常なのよ!!…ったくどーゆー組織なのよネルフは〜!」

立ち騒ぐ5人組の前に立つ古びた階建て。そこの表札にはこう書いてあった。
【ネルフ第三独身寮】

「ねえリツコ、司令って公邸に住んでるんじゃ無かった?」
「…公邸って言っても彼処は賓客歓待用の迎賓館よ。ましてや司令は殆ど本部に詰めてるか出張で居なかったし。私も司令の私生活は知らなかったわ…」
「一寸、マジ何も知らなかった訳?」
「えぇ…考えてみれば一度もプライベートで会った事は無かったわ…本当に無様ね…」
「あ〜リツコ、今更何を言っても始まらないわ!これからが大切なのよ!シンちゃん達の未来の為にも!」
「あの…僕は別に父さんと会わなくとも…」
「碇君、逃げちゃ駄目。逢える時に逢わないと後悔する。」
「レイ、あんたにしては良い事言うじゃない!」
「そうアスカが言ってた。会えなくなってから後悔するより、会って失望した方が諦めがつくとも。」
「バ、バッカかあんたはっ!余計な事まで何ばらしてるのよっ!」

「…何を騒いでいる。」

ワイワイ騒ぐ集団の後ろから掛けられる聞き慣れた(いや、誰も未だ慣れないが)鉄の声にピタリと全員の動きが止まった。

「…楽しそうだな。で、こんな所に何か用か?」

ゆっくりと一同が振り返っていく。その視界に目標の人物が入った瞬間、レイを除く全員が『いゃーんな感じ』ポーズに固まってしまった。
…パンパンに膨らんだスーパーのレジ袋と御丁寧に葱とセロリが頭を出した買い物籠を両手にぶら下げたゲンドウなぞ、エヴァの暴走よりインパクトがある。

「用が無いなら帰れ。有るなら付いて来い。立ち話と言う訳にはいくまい。」

すたすた歩いていくゲンドウの後をてくてくとレイが付いていく。解凍の溶けた面々も慌てて後を追った。
「お待ち下さい司令、それではドアが開けられませんでしょう。一つお持ちします。」
駆け寄ったリツコがレジ袋を奪い取るように持った。
「あ、ああ、頼む。」
アスカとミサトは顔を見合せ怪しい笑みを浮かべ、シンジは只途方に暮れていた。
『何でこんな事になったんだろう…』


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