As.−Treat me nice

『受くるより与うるほうが幸いである(使徒言行録20章34節)/
It is better to give than receive』

komedokoro


 

 

 

 

 

2020-01-04 10:00

マダガスカル洋上においてのリツコの消息は全くなかった。
小太りのさえないおっさんと妙齢の美女(しかも妖し気な金髪だ)の組み合わせが目立たないはずはない。この方向からもリツコが墜落機に実際に乗っていた可能性はますます低くなった。インドで乗り換えた際にも生き残ったどのパーサーも記憶がないと言う。特に座席番号から担当だったはずの墜落機のパーサーも、日本からの機内乗務員も、憶えがないと言う。この点からもミサトの掴んだ情報の信憑性がますます増していた。
警察が動き始めるという。
エヴァを世界で唯一再構築できる女となれば、その失踪捜索には十分な公益性がある上、何やら仕組まれた事件の匂いがする。軽井沢、松代の封印された旧ネルフ実験場とその後方支援基地の調査が必要と言う判断が生まれて来た。封印と言っても通常の移動禁止の札が張られている訳ではない。厳重に鍵をかけられた上に、鉄板で囲われ、厚さ40cmのコンクリートが流し込まれて作られた、いわば原子炉封印と同じ科学の墓場である。

ここには、使徒戦役当時の意志あるコンピューター、汎用第6世代有機コンピューター初代MAGIシステムの要とも言うべき『意志の核』、そして他に使徒から直接手に入れたS2機関とそのコア、使徒などのデータ−が封印されていた。
つまり旧ネルフ本部にあった重要機密の残骸が、圧縮矮小化された形ではあるがこの後方支援施設にあったのである。その事自体が重要機密であり、政府部内でもネルフ部内でもこの事を知る人間はごくごく少数であり、知っていた人間自身、日常の煩雑な所用の中でその事を忘れ去っていた。

結局、打たれた痛みを知る者の記憶にしか、真実は残らないものなのだ。

ともあれこの2ケ所の施設は更に封印されたコンクリートの上に厚く土砂を被せられ、今ではクマ笹や低潅木が生い茂ってまるで現代版の古墳の様になっている。訪れる者も皆無であり管理事務所も遠く県庁の中の1主任の管轄ファイルの中の書類中にあるというだけにまで風化していた。

数多くの重機を伴って三が日開けの4日。
ミサトは突然軽井沢の元後方支援基地にあらわれた。
同時刻、同様に日向の率いる部隊が松代実験施設跡に現れている。


「さ、仕事始めよ。ちゃちゃっとやっちゃいましょうか。」
「年末年始とこき使っていたじゃねえか、何が仕事始めだよなぁ。」
「俺ずっとパチンコに入り浸っていた性格破綻者って女房に烙印押されちまったぜ。」
「ネルフ止めて、やっと出来た彼女に振られそうなんですよ。洒落になりませんよ。」


こそこそと文句を言う声と忍び笑いにミサトも苦笑する。彼等はもはや正式のネルフ保安部員や諜報部員では無い。水道局や区役所や市役所、警察や消防、学校、ごく普通の民間企業などで仕事をしているのだ。今日も新年早々有給休暇を取って来ている者が多い。完全なボランティア。この重機のリース代だって、ミサトの退職金(実際は今回のような緊急時に備えての秘密資金が殆どではあるが)から出ているのだ。なのにこうやって手弁当で出てくるのは、要するに彼等の中でまだ使徒戦役はケリがついていないのだ。死んだ仲間への義理が立っていない、と感じてしまう奴らの集まりだ。


・・・本当ならリツコの資金と折半なのに。無事帰って来たら絶対取り立てるからね。


「じゃ、いきまっしょっ!」


ミサトの号令に人々は一気に襲い掛かった。が、いかんせん土木技術の粋を集めて作られた封印はなかなか破壊されない巨大な鉄玉がドカンドカンとうなりを上げてコンクリートを砕き、パワーショベルが唸りを上げ更に破砕機が耳を劈くような打撃音を山々に響かせる。
そして開始から3時間余り。ようやく細い隙間が穿たれて内部への進入路が開けた。手に手に削岩機やつるはしを持った男達が内部へ進入して行く。


「マヤちゃん、周囲の警報機やなんかは全部潰してあるわね。」
「はい、完璧に。ただ余り派手になるとここの管理官が制止に入るんではないかと。テレビ一応潰してありますけど、地元から通報が行かないとも限りませんから。」
「チョッち音やなんか派手は派手だけどね〜。ま、そん時はそれ、ひとつ20代の玉の肌で篭絡頼むわ〜、マヤぴょん。」
「え、エエッ。そんなの聞いてません〜!」
「リツコ先輩の事が心配じゃないのかなぁー?」


真っ赤になるマヤ。・・・ああ、怒ってるぅ。
爆発する前にと、慌てて青葉がマヤと一緒になって抗議して来るが、ミサトは何処吹く風だ。抗議しながらも、実はマヤの方はミサトのことだから、こういうこともあろうかと最高のインナーを一応身には付けて来ている。
彼女ももう長年の作戦部暮らしですっかり作戦部(ミサト?)の芸風に染まっているようである。


「ま、もし来たらの事よん。大丈夫大丈夫。」


それから更に1時間余り。ようやく内部空間への道が開けた。シャッターの手前までおよそ10mを掘り進み、シャッターを切り開いたのだ。
・・・だが、そこに封印されてあるはずの全ての機器はひとつ残らず無くなっていた。
中にはただ広い空間があるばかり。おそらくこの封印工事が始る直前に全ては極秘の内に搬出されていたのだろう。空しくその据え付け後が残っているばかりである。
ミサト達は、唖然としてそのがらんとした広い空間を見回していた。


「やっぱり予想された通りってことか・・奴らの狙いはEVAの復活。となると・・・」


適当に跡を修復して部隊は引き上げた。土を盛って早生の雑草の種を大量にばらまく。
折からの激しい雨がキャタピラ跡などの証拠を全て洗い流してくれた。一週間もすると見た目は殆ど前と区別はつかないだろう。


「さあて、ッ撤収するわよ!みんな!」
「うおーいっす!」






2020-01-04 17:00  


東京、吉祥寺。外郭環状線から伸びる各地方都市への立川と並ぶ高速、モノレール線の起点である。旧東京から生き残った企業群の殆どはこの近郊沿線に分布する。
そのターミナル駅近くの公園のたもとにある中年の伯父さん達御用達の焼き鳥屋。
前世紀から続く庶民と貧乏学生達のたまり場である「伊勢屋」。
そこの小部屋でこたつに向かって湯豆腐と焼き鳥、甘い梅割りを飲む美女と青年。
美女はややこの雰囲気には似合わないかとも思われたが、飲みはじめれば誰よりもこの場に馴染んでいるのが分かる。

2杯目の梅酢割りと数本の鳥モツを食べると、青年は豪快に大ジョッキで梅焼酎を傾ける黒髪の美女に声をかけた。この場なら何処にも盗聴器を付けられる心配はない。誰が一体こんな愛想のない汚れたままの店で世界の行方をきめるかも知れない重要な情報交換が行われていると思うだろうか。


「ミサトさん、あっちももぬけの殻でしたよ。中の施設は全て既に何処かへ搬出されていました。」
「随分早かったのね、防壁が薄かったのかしら。」
「いえ、長い削岩機で穴を開けて中は内視鏡を入れたんです。」


・・・そうかその手があったわね。

と思いながら、顔色をにもあらわさない。


『やはり、こりゃ大分根が深いと言う事ね。ネルフ施設の接収が決まったのが空白の2日間だかサードインパクトの後2週間。その時あの混乱の中で既にもうこれだけの事ができる組織が成立していたって事になる・・・か。』


「日向君、ネルフの内部にさ・・・」
「はい。」


2人は顔を寄せあった。部屋の外からはカップルが睦言を囁いているようにしか見えないだろう。だがその話す内容は剣呑な事この上ない。


「分派があったという可能性って有ると思う?」
「当時、その余地があったとは思えませんが・・・可能性としては。」
「可能性?」
「つまり・・・分派活動をするだけの力があった部署、人物がいたかって事です。」
「・・・可能性、ね。」
「もしくは・・外からの援助を受け入れてその活動を行うだけの余力が有る部署。」
「後は、それによってなんらかの利益が...ま、基本よね、これは。利益と言っても、経済的な物とは限らないし。土壇場でそれだけの工作を行え、なおかつその事で利益を得られる人物。」

「先ずは我々、作戦部。武装解除以後我々はする仕事も無くなったし再成立はもはや考えられなかった。自分達の存在意義を示す為に外部と結び問題の種を播いて。」
「なるほどそれは有りそうな話ね。でも残念ながら私そんなに勤勉じゃないのよ。」
「あはは。次は保安、諜報部。その頂点は全ての情報を管轄、管理する事になる。」


それがまさにゲンドウだった訳である。彼が亡き今は全てを把握する者は只一人。


「まさかね・・・冬月総司令が。」
「もう一つ。」
「わかってるわ。技術部ね。あそこはあれこそ宝の山だもの。ねじ一個手掛けた人でも、その素材から冶金技術まで従来のものはひっくり返る。まして実物と一緒となれば、その価値は図り知れない。」
「機械一升金一升ですか? 僕らのような潰しの利かない部署の人間から見れば何ともうらやましい話しですね。」
「それがダイヤモンドでもプラチナでも稀少金属でも莫大なおつりが来るわね。」


ミサトの細い指がとんとんと机を叩く。何故この女はこの歳で、こんな過酷な仕事をこなしているにもかかわらず、娘のような指をしていられるのだろう。


「でもそれこそ引き抜き合戦は国連がもっとも厳しく監視している訳だし、生半可なことはできないし、技術者がそこまでのリスクを自分自身で負う必要がないわ。」


さらに一杯あおる。


「あーあ、潰しの利かない身としては、こんな時こそお嫁にいきたかったのに、先に死なれちゃったんじゃどうしようもないわね。」
「意外と死んでないかも知れませんよ。しぶとい方でしたからね。」
「生きてたらお断りよ。死んでるからそういう気になるだけよ。」


日向が塩焼きの軟骨をばりばりと齧る。ミサトは湯豆腐をぱくつく。


「へんね・・・。」
「どうしました?」
「なんだろ・・・身体が。うろらないのほ。」
「何かろれつが回ってませんよ。まだ酔いの回る量じゃないですよね。」
「まだ・・・5、6杯しらのんれなひ・・・」
「大丈夫。僕がお送りしますから。今日は重労働で疲れたんじゃないですか。」
「へ、へんよれ・・・」


ミサトはそれでも日向に頼り切っているせいか、じき無防備に眠ってしまった。


「やれやれ・・・大きな子供みたいだな。」




2020-01-01

話は少し戻る。
やっとの思いで部屋にたどり着いた明日香は痛みと出血の為に気を失っていた。


明日香の母親が娘の部屋を覗くと、コートも脱がぬまま下半身から大出血を起こし蒼白になっている娘を見つけた。正月早々であったが救急車は駆け付けてくれた。
救急隊員達は明日香を見て顔色を変えた。彼等の隠語である13番(強姦致傷致死)であるのが明直だったからだ。出血も、ここに横たわってからでも相当な量であり、腹腔内出血もあるとすれば一刻を争う事が見て取れた。

病院の医師は、明日香を見た途端顔をしかめた。明らかに凄まじい暴行の跡が身体中に有り、しかも長時間に渡って痛めつけられたようだった。まだベテランというほどの時間を医者として過ごしている訳ではないせいか、こんな可憐な少女をいたぶった
犯罪者にたいしての義憤も感じていた。すぐに洗浄をし、裂けた部位を丁寧に縫合していった。輸血量2000cc。最近の手術としては珍しい。先に出血していた量を補う意味もあった。

警察の事情聴取が受けられたのが3日の午後。順調な回復だった。だがまだ退院を許可できる程ではなかった。その日の夜に娘の保護者らしき年輩の男が尋ねて来た。
祖父だろうか。支払いを済ませ、病状を尋ねて行った。後遺症も何もないと知らされ安心したようだった。
少女は盛んに叔父様に悪いと繰り返していた。

伯父か・・・母親は酷く体調が悪く家を出られない程だと言うのを聞いていたから、おそらく彼が、おそらく妹親娘の面倒をみてやっているのだろう。
酷い地区に回されたなと同期の友人にからかわれた事を思い出す。そんなことはない。
人間らしい、情に厚い、いい地区じゃないか。
そんな事を口にすると、ここに勤めて長い婦長が大笑いした。

センセイ、あんたもまだまだ人を見る目を養わなきゃだめよ。あの娘は娼婦よ。
おそらく、たちの悪い客にひっかかって、酷い目にあわされたのよ。
尋ねて来た年輩の紳士然とした男は、あの娘の旦那ね。オーナーかも知れない。
持ち物の傷の修復を見に来た訳よ。使い物にならないようだったら買い替えなけりゃならないしね。まあ、あんな可愛い顔をしてても中味は海千山千だからね。先生も、気を付けないと引っ掛かるよ。あはははははは!



2020-01-04 深夜。

夜の巡回。個室を一つ一つ回って行く。夜間に急な苦痛を訴える患者も多い為、この病院では、差額ベッドの患者へのサービスとして医師の深夜巡回が義務付けられていた。医療機関もひところと違って、ふんぞり返っているだけでは到底やっていけない
時代である。医師もごく普通の労働者として必死に働いている。まあ、彼くらいの歳であれば、昔であってもこき使われている年代ではあったが。
例の年輩の男性が来て以降少女は高額の差額ベッドであるこの個室に移った。少女の横に立ち、小さな灯りを付け、そっと声をかける。


「もう、痛む所は、ないかい。」


澄んだ蒼い瞳が頷く。吸い込まれる程柔らかい下腹を押さえる。


「ひッつれるような感覚がないかな?」
「大丈夫です。」


恥ずかしそうに頬を染めて少女が答える。


「排泄時は苦痛は有りませんか。」
「左側の・・・お尻を上にして7時の辺りが、たまに。」
「ああ、そこは時に傷が深かったのでまだ糸が残っているんです。明日の外来で抜糸しましょうね。そうすればもう大丈夫でしょう。」
「ありがとうございます。」


柔らかそうな、ふかふかした金髪。美しい蒼い瞳。
こんな娘が娼婦。医師には信じられなかった。自分は矢張り世間知らずなのだろうか。
その視線に気づいたのか少女は言った。


「先生。どこかで私が娼婦だってお聞きになったんですね。」
「あ、いや。」
「いいんです。事実なんですから。私にはこれしかなかったんですから。」
「でも、奨学金だって何だってあったんじゃないか?」
「病気の母親をかかえて?私達の街には法的に認められた育英資金や生活援助金もおりないんですよ。」
「そんな。法で決まっている物が何故。」
「難しい事は分かりません。でもここに暮らす人間は自分だけでやって行く事に決まっているんです。そこに鼻を突っ込んだ人間は、例外なく死にました。だから関心を持たないで下さい。」
「ダーク・ゲットーというやつか。話に聞いた事は有るが実在するとは。でも・・・僕はきみを助け出したいんだ。」
「だめ。私の見た目に騙されてはだめよ。私が筋金入りの娼婦だと言う事を証明してあげる・・・だから私の事は忘れて。」


明日香は自分に心を奪われかけている若い医者のベルトに手を伸ばした。
腰を抱き寄せ、ズボンの上から股間に口をを押しあてて熱い吐息をこもらせた。
見る見るうちにそこは硬度を増しそそり立って行く。ベルトが引き抜かれる。


「う・・・止めるんだ・・・」
「止めないわ・・・私は雄にたかる娼婦だもの。」


熱い口腔に自分のものが包まれて行く。若い医師はそれに逆らえなかった。
程なく放ってしまった自分の精液を少女が喉を鳴らして飲み込む音を聞いた。
呆然としている自分に、唇を白衣の裾で拭って少女は相変わらず清らかそうな笑みを浮かべていた。だがその胸元のボタンが既に全て外され青白い胸がさらされていた。
目が眩んだようになり、小さな灯りの下、彼は少女の身体に覆い被さった。
これは、してはいけない事だ。これでは僕はこの少女を踏みにじった連中と同じだ。
理性が微かな悲鳴を上げた。だが少女の自分に与える喜びはそれを遥かに上回った。

数時間後、医師はふらついたような足取りで、自己嫌悪に塗れて個室を後にした。


「これでいいのよ。所詮あたしは人形なんだから。何もかも無駄なのよ。どんなに愛しても、どんなに慕っても!シンジの心には届かない。穢れた、汚らしい、けがらわしい、汚物入れなんだから。」


素肌を曝したまま、明日香は精液で青光りのする唇を歪めて笑った。


次の日の午前の外来で抜糸がすむと、医師は完治を告げた。只、仕事に付くのは7日以降にした方がいいだろうと言った。医師は最後まで、明日香と目線を合わせようとしなかったが、最後に言った。


「絶望だけはしないで下さい。」
「生きられるだけは生きるつもりよ。お世話になりました。」

 

 

 

 

 

As.-treat me nice-21『 It is better to give than receive.』2002-05-25

 


あとがき

ここで舞台は最初の頃に戻り第5話、『pistil』に繋がります。
そこでは、ついに明日香は悪魔との契約を結んでしまいます。
全ての希望を断ち切られた明日香が、ここから先、どう生きて行く決断をしたか。
次の22話をお読みになる前にもう一度第5話をお読み下さい。

そして、酔いつぶれてしまったミサトは日向にくだを巻くのか?(^^;

第5話の日付けは2020-01-07となります。次回の22話はその後から始ります。

 

それではまたお会いしましょう。 /こめどころ