As.−Treat me nice

『例え夢でも幻でも』

komedokoro


 

 

 

 

 

2019-12-31/16:30pm

誰かがシロホンを鳴らしている。
ミ・ド・ミ・ド・ミ・ソ・ミ・ド・レ・ファ・ラ・ソ・ミ・ド


ああ、この曲は小学校で練習した曲だ。
私だけが最後までできなくて、いつまでも間違えた。
いつまでもつっかえた。
運動も勉強も、何でも問題なくこなせたのに何故かシロホンだけが苦手だった。
悔しくて、放課後先生に頼んで練習させてもらった。夕方近い金色の音楽室。
先生はテストの採点をしながらそれを聞いてくれてたっけ。
さすがにもう、いいかげんあきらめて投げ出そうとした時に先生が立ち上がった。
いつも間違えてしまう所に白いチョークで×を付けてくれた。
すると、どうだろう。奇跡のようにその次から突っかえなくなったのだ!
×をを消しても大丈夫だった。先生ははにっこり笑った。出来たね、と言った。
私は有頂天になっていつまでもシロホンを叩き続けた。

 

目を醒ますともう夕方だった。アスカがピアノを弾いているらしい。
防音性能の高いこのマンションでは、ドアを閉めればピアノの音ぐらいならごく微かにしか聞こえなくなる。

 

そしてあの子が弾いているのはモーツァルトの『きらきら星による12の変奏曲』だ。
つたないピアノを弾いているような導入部から華麗なタッチに変化し、速度が上がり高度な演奏になり、息も着かせぬ流麗な指使いを見せる場面と、つぎつぎに変幻して行く曲である。
その最初のたどたどしい曲調がシロホンの練習を思いおこさせたのだろう。

 

「でも・・・珍しいわね、アスカがピアノを弾くなんて。」

 

かつてマンションに大量に持ち込まれたアスカの荷物。
それに追われるようにして自分の部屋の奥で埋もれていたピアノ。
かつて平和な時間に母と練習したピアノ。
あの頃のものは戦乱の中に失われてしまったがあのピアノだけは奇跡的に残った。
精々が酔っぱらった時に流行の歌を弾き鳴らす程度。
でも、年にほんの数回、昔、母と練習した曲を弾く事もある。


ある日帰ってみると、居間に引っ張り出されてピカピカに磨かれ、調律も済まされていた。

 

「弾きもしないのに。無駄だから棄てちゃってもよかったのよ。」

 

ミサトがそういうのをいつもシンジが押しとどめて、それからも年々調律にまで来て貰っていたピアノ。


・・・シンちゃん、知ってたのかもしれないな。


アスカがピアノを弾けるなんてずっと知らないでいた。
それを知ったのは2人の学校に教師となって赴任してからのことだった。
音楽の教師に、あの子が卒業式のピアノ演奏の係をやる事になったと聞いた。


「ええ?アスカがピアノの演奏?」
「この御時世ですからね。ピアノなんぞを弾ける女の子は昔に比べて少ないんですよ。ましてクラシックとなるとね。曲自体知らない娘が多いですから。」


夕食の時に尋ねると、アスカは事も無げに言った。


「ああ、ピアノね。小さい頃から習わされていたのよ。ママはあたしにピアニストかなんかになって欲しかったのかも知れないわね〜。ママが死んだあとも、世間体からかな。ピアノとバレエだけは続けさせられたわ。パパもあたしがピアノを弾くのを奨励してた訳。あとは軍に入ってからも、男所帯でしょ、ピアノを弾く女の子っていうのに皆憧れがあったらしくてさぁ、これだけは別に時間を取るから続けろなんて言われてね。続けてた訳。バレエの練習時なんか窓に兵隊が鈴なりでさぁ。」
「へえ〜あたし気がつかなかったなあ。」

ミサトは一時、アスカの警護でドイツに滞在していた時期がある。後任の加持と昔なじみのよしみで飲みに付き合ったり・・・というか他に付き合ってくれる相手もいなかったので引きずって行った事もあった。ミサトの『酒豪』ぶりは彼の地でも有名であったので。


「あんたは自由時間となると、加持さんと出かけるか、PXで飲むかばかりしてたじゃない。知ってる訳な−いでしょ。ドイツの酒場しか憶えてないんじゃない?」
「てへへ、そうだっけ?」
「アスカが・・・アスカがバレエ。」
「何妄想してんのよ! このすけべ! ヨーロッパでは女の子の立ち居振る舞いを優雅にして、指先まで神経を行き届かせる習慣をつける為にごく普通にバレエを習わせるのよ、姿勢も良くなるしね。」
「そ、そうじゃなくてアスカがあの白い衣装で踊ってるとこ想像つかなくて。」


おどおど喋って墓穴を掘るシンジ。


「悪かったわね、想像つかなくてっ! 普段は黒いレオタードと白タイツだけよっ。あんなぴらぴらしたものをいつも着てる訳じゃ無いからね!」


ゴツッと、音がする程、拳骨でシンジの頭を殴りつける。


「痛ーっ!」「自業自得よ。」



その時、一曲だけってシンジ君と頼んで、何か小品を弾いてもらったんだっけ。
そうそう動物の謝肉祭の水族館とか化石とかだったかな。
いつものアスカのイメージと余りにも懸け離れているので唖然とした憶えがある。
真剣な眼差しで、し−んとした雰囲気。そういえばシンジ君は、あれがホントの
アスカなのかも・・・なんていってたっけ。

それからは、家に帰って来ると中でかすかにピアノの音がしている時がある。
シンジが何処かに出かけて留守にしている時だけなのだが、いい音を奏でていた。
チャイムと同時に止まってしまうのだけれど。


でも、こうしてみるとなかなか上手よねえ。あたしは南極へ行くまで習っていたけれども、もはや何も弾けやしないでしょうね。


指が、弾んでいる。
女の子としての喜びに溢れている。
きらきらした感情が辺りに光の粉をまき散らしているようだ。


・・・なまじその場にいない方が演者の気持ちが分かるって本当ね。
ま、この調子じゃ、御機嫌ぶりを隠しもしてないって感じでしょうけど。
さて、わたしもそろそろおきようかなーっと。


「あふぁああああー。」


葛城ミサト、起動。









2019-12-31/18:00pm

「Don't stick your nose in where it doesn't belong!」
「日本語で言ってよ!」
「あんたに関係ないでしょって言ってんの!」
「だって、そのままじゃ味が無くなっちゃうじゃないかっ。」
「水でさらせっていったじゃないっ。」
「少しは塩味が残ってないと。」
「なんで?潮臭くて食べられなじゃない!」


口角泡を飛ばして言い争うアスカとシンジ。
毎度恒例だが正月のお重に何を詰めるかどんな味付けにするかの争いだ。


「ローストビーフをあんなに増やしたじゃないか。ここは譲歩してよ!」
「チキンを醤油味にしたじゃない!」
「醤油味じゃなかったら煮しめにならないだろっ!」
「生の魚肉ばかり入れてたし、魚すり身にして蒸したやつもいっぱい。」
「刺身と蒲鉾でしょ。そんな言い方すると食欲なくなるから止めてよ。お正月料理なんだから和風が多いのはしょうがないじゃないか。」
「気味悪い魚の卵の塊入れるし、苺も入れてくれなかったし・・・」
「筋子だよ筋子。なんだよイクラなら一杯食べる癖に。お重には入ってないけど、4パックも買ってあるじゃない。コンデンスミルクも10缶も用意したでしょっ。そんな我侭ばかりいってると。」


はっとしたように俯いてしまうアスカ。その途端シンジも言い過ぎたかと思うのだが、行き掛り上すぐに鉾を納められない。


「ぼ、僕醤油とビール買って来るよ・・・。」

プシュッとドアが閉まる。


「ああ・・・またやっちゃった。」
「まだ最初にうちは仕方ないわよ。そのうちだんだんらしくなるって。」


ソファーに寝転がっていたミサトが、のんびりと声をかける。


「え・・・な、何が最初だって?」
「うふふふ・・・。」


思わせぶりな笑いを浮かべ、チュシャ猫のような笑みを浮かべる。
この笑いがでた時のミサトはたちが悪い、とアスカは思っている。


「なによ! 変な事勘ぐってるんじゃないでしょうね。」
「夕方は随分楽しそうにピアノ弾いてたじゃない。あれ、シンちゃんに聞かせてたんでしょ。」
「・・・それのどこがいけないのよ。」
「随分音が弾んでたな−ってさ。今まで人前でめったに聞かせなかったのにどう言う風の吹き回しかなっとね。随分仲良くなったのね。」
「え・・・だって、シンジがピアノ弾いてって・・・せがむんだもん。」
「せがんだからって、ただ聞かせてあげる子じゃないでしょ、アスカは。ズバリ、ふたりの間に何が劇的な転換点があったと見たんだけどっ?」
 


たちまち逆上(のぼ)せたような顔になるアスカ。


「ばっ、馬鹿な事言わないでよっ。」
「その上、お料理のお手伝いなんかしちゃってさー。」
「こっ、これは明日までに作らないといけないし。マンパワーの不足を補う為にはやむを得ない措置であって、必ずしもあたしがシンジに対して、好意的行為として自主的に応援措置を取っていると言うのとは、性格を異にしている訳で、いわゆる一般的表現で言えば、」


手を上下にばたつかせ抗弁する。が、ミサトのにやにや笑いには何の効果もなく。


「ああ、わかったわかった。お手伝いじゃなく甘えたくて近くにいると。」
「何処をどう解釈すればそういう事になんのよっ!」


真っ赤になった勢いでお玉の柄をぐにゃッと折り曲げて、ねじっている。
ぐるぐる回す度に、柄はリボンのように丸まっていく。
ミサトが手でつんつんとジェスチャーをしてそれを教える。


「え? あああっ、しまった。ミ、ミサトのせいだかんねっ!」


堪らず椅子にかけてあった赤いチェックのコートを掴んで駆け出した。


「あ、あたしもなんか、お菓子で買ってこようっと。」


バターン!





外はもう暗くなり、かなり強い雪が降っていた。
・・・アノラックを着て来て良かったな。
シンジは醤油を2本と、忘れていたお屠蘇用のみりん、ミサトのビールの買い足しをして坂道を登りつつあった。
誰かが上から降りてくる。金色の髪、蒼い瞳の少女。


「アスカ! 迎えに来てくれたの?」
「・・・うん。やっぱり心配になっちゃって。何を買ったの?」
「ビールとお醤油と味醂だよ。お屠蘇用の買うの忘れてたからね。」
「ふーん。わりと地味な買い物よね。」
「そこのお店はもともと化粧品屋さんだったのがコンビニを併立させてるからね。普通のマーケットみたいに生の魚や肉を売ってる訳じゃないから。ついでに何か買っていく物、ある?」

コートから雪をはたいてやりながらアスカにそう言うと、彼女は暫く考えてから、そうそうもうなくなりかけているものがあった、と言った。


「なに?ついでだから買って行こうよ。」
「あのね、もうオードトワレが無くなりそうなの。」
「あ、香水か。いいよ、お年玉代わりに僕が買ってあげるよ。」


シンジがそう言うと、アスカは嬉しそうに白いミトンを顔の前で合わせて笑った。


「ほんと? もうかっちゃった。」


ふたりで店に戻り、アスカは化粧品のコーナーを見て回った。


「これこれ。これ買って。」
「・・・HERMESのオードトワレ。これでいいの?」
「うん。」
「お菓子やなんかは?」
「まだ大丈夫。」
「じゃあ、買って来るから。」
「ねえ、シンジは整髪料なに使ってたっけ。」
「ヘヤトニックは、アダージオだけど。」


アスカはシンジの頭に手を伸ばし手前に引き寄せてクンクンと髪の匂いを嗅いだ。
店の中にいた人達が吃驚したようにこちらを見ている。が、構わずシンジの頭に顔を埋めたまましがみついてしまう。

「な、なにすんの、アスカ。」
「いい匂い。いいからこのままでいなさい。」


わずかに顔を上気させてうっとりした顔で言う。
真っ赤なマントコート。胸元に下がる大きな白いぼんぼりがが愛らしい。


「あたしもこれ買って行こう。アダージオね。」
「そんな、ヘヤリキッドなんかどうするの。」


アスカは頬を染めて嬉しそうに笑った。ほっぺたがつやつやっと光る。


「うふふ、ないしょっ。」


アスカはシンジの鼻先に、ちゅっといい音を立ててキスをすると身を翻しレジ前に立った。それを追ってシンジもレジの前に立つ。
店中の人が、今度こそ羨望とか、驚愕、嫉妬とかがごっちゃになった視線を2人に浴びせかけた。
アスカはまるでそんな事を気にしないようにシンジの腕に絡まるようにして甘えてくる。家での様子とはまるで違う・・・それどころか昨日までとさえ全く。



「ア、アスカ。恥ずかしいよ。ちょっと手を離して・・・」
「なによ、あたしと手を組むのがいやだって言うの?」
「そうじゃ無いけど・・・ほら、こんな事・・慣れてないんで。」
「じゃあ、今から慣れなさい。」


少女は悪戯っ子の顔をして意地悪く言う。


「アスカぁ。」


やっとの思いで会計を終え、外に出た。冷たい空気に触れると顔が火照っていたのが良く分かる。
雪が酷くなっていた。マンションの方向から吹き付けてくるので坂を登ると顔に雪が叩き付ける様にぶつかって痛い程だった。
アノラックの内布を手早く外すと、ショールのようにアスカの頭を包んだ。これでアスカの顔には雪が当たらない。片手で顔を庇いもう一方の手で胸の横にしがみつくようにしているアスカを包んだ内布を押さえる。
荷物はアスカがどうしても持つと言って聞かないので任せた。







「遅いなぁ・・・」


ミサトは部屋から暗視双眼鏡なんぞを持ち出して来て、ベランダからコンビニの方を覗いた。セーターとコーデュロのズボン。なかなか温かそうだ。


「うしし・・・もしかしたら2人の決定的瞬間でも見れるッかな〜、と。」


視野の中にコンビニからこちらへ向かって来るふたりが見えた。


「お、いたいた。まぁ、仲良さそうに抱き合っちゃって。目の毒よね〜。」





「アスカ、寒く無い?」
「うん、シンジの毛布あったかいよ。風も全然当たらないし。」
「前は僕が視てるけど、足元滑らないようにね。僕のは滑り止めがついてるけど、アスカのは普通のズックでしょ?水が滲みない?」
「大丈夫。防水コートしてあるし。」



そのときだった。ネルフの真っ赤なジャケットを羽織ったミサトがマンションの方から坂を駆け降りてくるのが見えた。口を大きく開けて叫んだ。


「シンジ君!その子から離れなさいっ!」


えっ?
ミサトは駆け寄りながら、懐から拳銃を取り出し、ぱっと片膝をつき、射撃姿勢をとった。本気で撃つ気だっ。とっさにシンジは射線上に飛び出しながら、アスカを後ろに押しやった。

パン!

発射音と同時にぴゅんっ、と頭の上に弾丸の風を切る音がはっきり聞こえた。


「ミサトさんっ! 止めて下さいっ。」


瞬間、身を翻すようにして赤いマントコートの少女は森林公園の茂みに飛び込み、身を隠した。そのまま木立の間を金と赤をちらちらさせながら駆け抜けて行く。
そのあとを腰を落としたままミサトがすーっと狙い済まして射撃姿勢をとった。
ミサトの射撃の腕は凄まじい。先程のは明らかに威嚇の為の射撃。今度は本気で当てようとして狙っているのだ。

蒼白になったシンジの口が「やめてっ」と動きだした瞬間、射撃音が響いた。ギン!という激しい音がしてミサトのステンレスの銃が弾き飛ばされた。


「あうっ! くっ、痛ぅっ!」


50m程先の街路樹の陰から人影が飛び出してアスカのあとを追って走り出した。
しかしミサトの手は完全に痺れてしまっており対応は不可能だった。

「ちぃっ!」
「ミサトさんっ!大丈夫ですかっ。」
「シンジ君、マンションに戻るわよっ。早くっ!」
「あの、アスカはどうなってるんですっ。」
「シンジ君が出たあと直ぐに、私も行くって、あの子あとを追って出たのよ。私、上から視てて、戻ってくる時にやっと気づいたのよ、出て行った時とコートが違うって。」


シンジは驚愕した。


「じ、じゃあ、本物のアスカはッ!?」
「ここに来る間はいなかったのよ。最悪の場合、」


最後まで聞かずシンジは猛然と走り出した。アスカ、アスカッ、無事でいてっ!」


桜通りまで駆け上がって左右を見るとマンションの前から無人タクシーが猛然と発進した。マニュアル走行のサインである青い点滅が屋根の両側で光っている。
マンションの陰から走り出て来た黒服の男達がサイレンサー銃を数発、タクシーに向けて放ったが、車はたちまち角をまがって消えてしまった。

その時、シンジはマンションからの足跡が2つしかないのに気づいた。自分の足跡と、歩幅の広いミサトの走った跡。それから少し小さなアスカの足跡だ。その足跡は、マンションの玄関から5、6歩あるいたところで乱れ、消えていた。ここで抱き上げられたらしい。シンジの背中に寒気が走ったのと同時にカッと頭が熱くなった。ごつい、スノーブーツの跡。これが犯人だろう。先程ミサトを撃った人物とすれば、アスカにだって発砲したかも。その足跡はすぐにエントランス脇の茂みに入って跡が目立たないようにしている。シンジは奥の茂みに赤い物を見つけた。かき分けるとそこにアスカが倒れていた。蒼白な顔をしたままシンジが抱き上げる。
思わず胸に耳を押し当てる。
トク・・・トク・・・トク・・・規則正しい音がする。シンジの全身が脱力した。
気を失っているだけだ・・・。


「・・・・ん。」


アスカを抱き上げて、背中に負うと、ミサトが駆け付けて来た。黒服も2人。


「アスカッ。」
「大丈夫です。気を失っているだけのようです。」


この2人の保安部員は、旧ネルフでも凄腕の2人・・・それがあっさりと・・・


ミサトは2人に更に2人を増員するように依頼した。


多分本部でも受け入れる事だろう。リツコに続いてアスカ・・・しかも替え玉まで用意して。どういう意図か分からないけれど、ただならぬ敵でありかなり大規模な敵・・・米国を動かせる程の・・・おそらく国防省の一部を。
表の組織ではない。現在の保安諜報部では対抗は難しいだろう。
昔死んだ恋人を思い出す・・・あんたがいれば、初めて少しは役に立ったのに。
肝心な時には死んでるなんて・・・最後まで使えないやつ。・・・


「何で気がついたらここにいるのよ〜。」
「言ったでしょ、あんたはエントランス出たとこで貧血起こして倒れてたのよ。」
「あたしが貧血?なんかくらくらッとなったのは憶えてるんだけど・・・。」


ミサトは、すぐに感情的、好戦的になるアスカには本当の事は伏せておいた方がいいと判断していた。理由としてはリツコの事で暗躍している組織があるという事で。まだ拉致の件についてはアスカとレイには何も話していない。シンジだけだ。
彼としても、昨日の今日でまだ精神的に不安定な恋人に負荷をかけたくなかった。
ましてレイはもはや只の人間で、シンクロテストにかけても針がぴくりともしない、サードインパクト時の記憶も全くない、過去エヴァのパイロットだったという経歴のあるだけの、ごく普通の少女なのだ。


「ほら、アスカ。昨日は遅くまで起きてたでしょ。そのせいかな。・・あは。」


言った直後に、しまったと真っ赤になるシンジ。


「ばっ、ばか・・・なに赤くなってるのよ。」


シンジだけに聞こえるような小声でいうと、連鎖反応的に真っ赤になるアスカ。
それを隠すように殊更大声で叫ぶ。


「で? 第一何でここにレイ迄いるのよ。」
「いいじゃない?冬休みなんだし楽しくやりましょうよ。同窓会だと思ってさ。」


ミサトは軽く言ったが、冷や汗をかいていた。予算がないから護衛増強なら同居をしろと言うお達しだったのだ。2SLDK68平方メートルの家に大人4人はちょっとつらい。

「私達・・・まだ卒業してないわ。碇くんとアスカは2年生だし。」
「落第生で悪かったわねぇ。あんたは健康体で復活できてヨゴザンしたね。」
「何でそういう事言うの。下級生の癖に生意気・・・」
「なぁんですってぇ〜〜。やる気なら表へ出なさいよ。」
「いや。寒いもの。行きたければ一人でどうぞ。」
「あのさ・・・アスカ。レイと同室じゃ・・・いや?」


恐る恐る・・・と言う感じでミサトが切り出す。


「しょうがないでしょ。ミサトの部屋を今さらすぐ片付けられないし、シンジの部屋はもともと納戸だし。あたしの部屋が一番広いんだから。」


確かにアスカの部屋は12畳、20平方メートル近くもあって圧倒的に広い。
ちなみにミサトの部屋は6畳、シンジの納戸は4畳だ。最悪自分とレイは居間に簡易ベッドを並べようかと思っていた程だった。
それだけにアスカの発言は意外性からも現実の問題解決からも感激だった。
しかし、チラチラと意味ありげに目線を交わしあう2人は別の事を考えていた。

『あ〜あ、これ以上護衛がついちゃったらデートなんかできないな・・・』
『折角、護衛が無くなってアスカとも一緒になれたのに。禁欲生活かぁ。』

シンジは、さすがに若い男性だけの事はあった。が、やむを得まい。アスカを2度と危ない目に合わせたくなかった。




2019-12-31  10:28pm


「じゃあ、僕、おせちの残り仕上げちゃいます。あ、醤油。」
「ああ、それなら酒屋さんに特に頼んで届けてもらったわ。醤油とみりんでしょ。あとはHERMESのオードトワレと、アダージオ。そしてビール。」


言う迄もないが黒服の保安諜報部に買いに行かせたのだ。
3本の缶ビールは2カートンに増えていた。


「HERMESのオードトワレ? あんた良くあたしの銘柄なんか知ってたわねえ。」


怪訝な顔のアスカ。先ほどの少女が知っていただけとは、言えない。


「あ、はははは。まぁ、そのくらいはね・・・。」
「貴女達は学校では有名なバカップル。・・所構わずいちゃいちゃしてるって有名。そのくらい知ってて当たり前ではなかったの?」

不思議そうに尋ねるレイ。


・・・こっ、このあほたんちん!!


「その黒いチョーカーは、碇君に身も心も捧げた証だってみんな言ってた。」


本人達には自分達の間だけの秘密であっても、他人の勝手な妄想が以外と大正解ということもある。この時はまさにそのものであった。
アスカの顔が、カーッと真っ赤になる。ミサトの前でだけは言われたくなかった。
これからもずっとできる限りミサトにだけはと思っていたのに。


「ええーーーっ! そうだったのおっ。ここんとこずっと護衛がいなかったから、おねいさんちっとも知らなかったわぁ!」
「ばっ!馬鹿な事言わないでよ! なんであたしがっ。」


習慣とは恐ろしい。思わずお決まりの台詞が口から爆発した。
しかし今夜は、辛うじてその台詞は途中で止まった。
真っ赤な顔のまま、アスカはもじもじと膝を摺り合わせた。


「わ、笑わない?」


にやにやしていたミサトが不安になってしまう程、まるで女の子のような顔をして、
アスカは上目遣いにミサトの顔を見た。
もともと女の子なんだっけ、とミサトは思った。こんなアスカは初めてだった。


「あなたが一生懸命話す事を、笑う訳ないじゃない。」
「あ、あたしさ・・・。」


ちらっと隣り合って座っていたシンジを見る。
同じように真っ赤になって俯いていたシンジと目が合った。


「シンジが・・・好きなの。ずっと前から好きなの。」


ミサトが目を真ん丸にした。レイの目も。


「大好きで・・・大好きで・・・どうしようもない事に、この頃気がついたの。」


シンジが、手を伸ばしてアスカの手をぎゅっと握った。
その手を胸の前に持って行って両手で抱えるようにそっと胸に抱えた。
目を瞑って、告白するように少し上を向いた。


「シンジの手が触れると、身体が温かい。見つめられると身体が震えるの。頬が触れると、身体中が泡立ったみたいになるの。」


・・・ああ、そうだった。加持と初めて触れあったとき。
私も・・・そんなふうに思ったっけ。
自分の身体が粉のようになって風に飛ばされて・・・
空に舞い上がってしまうような高揚感・・・


「シンジと一緒にいたい・・・ほんの少しでも離れていたくない。あたしが、シンジといる時どんなに幸せかシンジに伝えたいの。
シンジの心の全てを知って、あたしの心の全てを知って欲しいの。」


アスカは目を開いて、ミサトを見つめた。
自分を見る、その青い瞳がいつもよりずっと深い色をしているように見えた。
・・・いい目よね。いい恋をしている目よね。
その瞳が揺れている。涙が盛り上がり、溢れそうだ。
シンジが、そんなアスカを抱き寄せると少女は男の子の肩に顔を埋めてしまった。
首筋までが、赤く染まっている。顔を離すと2人は頭をくっつけ合って俯いたまま何か話している。アスカが、手で、涙をしきりと拭っている。


・・・こっちが恥ずかしくなる程初々しいわね。
このまま幸せになれたら一番いいのだけど。大人になると言う事はなかなか難しい。


「アスカ・・・碇君。幸せなのね。幸せってこんな感じの物なのね。温かくて心が沸き立って、自分が嬉しくて、相手も嬉しくて涙が出るのね。」


レイが赤い瞳で、じっとアスカの様子を見つめながら、言った。


「そうよ。それで何回でも『愛してる』って言いたくなるの。そう言って欲しいくなるのよ。何回唇を合わせても、身体を寄せ合っても足りないの。」
「そうなの・・・」


レイは顎を手にのせて考えた。どんな物なのか想像してみた。


「強かったアスカが弱々しくなって、泣きながら碇君に甘えてる。幸せだけれど、悲しい程、心が揺らぐもの? 一人でいれなくなってしまうものなの・・・?」




2019-12-31  23:42pm


電話の呼び出し音が響いた。秘守回線をまわす。


「侵攻準備、出来ます。0201-0101。立川に集まっています。」
「了解。待機せよ。」
 


そう言って服を着替える。玄関口に送って出たシンジにいう。


「アスカにごめんって言っておいて。続きは帰ってから必ず聞くからね。」
「ミサトさん・・・黙っていてごめんなさい。」
「いいのよ、シンジ君。あと、頼むわね。外部との接触はできるだけ避けて。」
「はいっ。」
「アスカ、ちゃんと守って上げなさいよ。」
「はい。」
「いい子よ。おいおい分かる事も別にあると思うけど。あなたのできる事は、全部してあげてね。」


ぎゅっと手を握った。その手に拳銃を握らせる。


「もしものときに・・・ね。携帯許可は取ってある。アスカとレイはもともと軍人だから許可は持ってるし、いまでも所持してるはずよ。」
「そんなに危険な敵なんですか。」
「正体がわからない以上は最悪を想定すべきって事ね。」


肯くシンジ。
ミサトはシンジと目線を合わせて見つめた後、きびすを返し、外へ出た。

 

 

 

 

 

参照
MIDI 「きらきら星」変奏曲 古典派ピアノ名曲集
http://www.bb.wakwak.com/~oguri/piano/
MIDI 動物の謝肉祭 水族館/化石ピアノ
http://www.oracion.co.jp/support/MILink/MI4/Midi/