As.−Treat me nice

『Snow fell in whirls.』

komedokoro


 

 

 

 

 

2019-Dec.-24



シンジ達の通う高校の化学準備室。
2人の自称女盛りが、古風な灯油ストーブの前でコーヒーを飲んでいる。


「あんたとも長い付き合いよね・・・。」
「好きで付き合ってる訳じゃないけど、不運が重なったから、ね。」
「腐れ縁でも15年にはなるのかしらぁ・・・。」
「さあ、そのくらいだとおもうけど。もう33だもんね・・・」
「もう数えるのはやめたわ。とっくにね・・・。ところでミサトあんた私に借りがあるの、憶えてるでしょうね。」
「わかってるわよ。15日の給料日に真直ぐ三勢丹に行ったわよ。」

 

ミサトは、いつも持ち歩いている黒い大きなバッグの中から、小さな包みを取り出した。そしてちょっと溜息をついて言った。

 

「ほら。まぁ・・・クリスマスおめでとう。」
「サンキュ。」

 

にんまりと包みをうけとるリツコ。
マンゴラドラとかヒキガエルの踵とか猫の足音を受け取った魔女みたいな笑顔だわね・・・と黒髪の女性は胸の中で悪態をつく。

 

「何であたしが子供達の演劇の為にこんな高価なものを・・・。」
「いいじゃない、美しい師弟愛よ。偉いなあミサトは。」
「税込みで100クレジットちょっと。師弟愛には高すぎるわ。」

 

投げやりな表情で言うミサトを、クスクス笑いながらリツコは包みを開く。
中から出て来たのは、クリスタルの親子猫セットだ。

 

「あの子、その後どうしてるのかしらね。」
「ああ、あのお芝居をやってくれた娘ね。さぁ。向うの学校の先生に尋ねて見たんだけど、ろくに学校に出て来ない子供の一人らしくて、曖昧な笑いを浮かべてただけだったわ。」

 

ミサトはすっかり日の落ちた外の空を眺めながら言った。リツコは猫達をどこに置くか、迷った挙げ句に、小型の冷蔵庫の上におき、角度を変えては見つめ、結局母猫が子ねこたちをあそばせているような角度に決定した。

 

「結局、私達は見てる事しかできないのね。」
「見てる大人がいるだけでも、子供は嬉しいものよ。」
「そうかしら・・・。」
「誰かの心が触れていないと寂しいのよ。人間と言う脆弱な種は、固まる事でやっと生きて来たのよ、そう簡単に変われないわ。孤独を好きなんて人は、只周囲に溢れた自分への関心に酔っているだけ。他人がいなきゃ、寂しいと言うただそれだけで死んでしまうような種よ。・・孤独が好きです?ハ!」

 

両手を軽く持ち上げて皮肉っぽく言った相方に、ミサトの口元が弛んだ。

 

「体育の吉真田先生? 体育教師なんかやってる割には意外と繊細な事言うのね。あの人の机の上に、金子光晴の詩集がおいてあったのを見た事があるわよ。」
「なんでそういう情報をさっさとよこさないのよ!おかげで私は馬鹿みたいに明るい人間、を演出しちゃったじゃないの! そりゃミサトのコピーじゃ、詩人は煩くてしかたないでしょうよ。」
「へ! 何、あたしぶって振る舞ってみた訳?」

 

あっけに取られた顔で、ミサトは古い友達の顔を見つめた。長い付き合いのミサトが驚くような恥じらいを見せて、リツコが首筋まで赤くしている。うわー明日はホントに犬や猫が空から落ちてくるんじゃないでしょうね。と思わずにいられない。

 

「だ、だって。素のままの私であの人がふりむいてくれるなんて思えなかったんだもの。・・・それで、明るく言ったの。今夜はクリスマスイブだし、吉真田センセイ、一緒に御飯でも食べにいこうよ!って。」

 

さっきまでの魔女が、たちまち魔女見習いの可愛い女の子になってしまう。

 

「そしたら?」
「毎年、死んだ家族の事を思って、お祈りをしてますので済みませんって。あの、でかい身体を小さくして謝るのよ。」

 

がたん! ミサトが立ち上がって、拳を握りしめていた。

 

「リツコ!いくわよ・・・。」
「え?」
「あんの馬鹿やろめに、生きてる女の血が熱い事を教えてヤンなくちゃ!」

 

 

 

 

旧東京の繁華街で唯一生き残った都市、西東京。海面が約50m上昇した際、中央線ぞいに海が進行し、荻窪がちょうど臨海都市と化した。昔あった京王井ノ頭線と中央線の接触点である吉祥寺、荻窪、三鷹が融合し、そこに海面上昇に追われた渋谷、新宿が合体した商圏である。山側から張り出した丘陵地帯が、小さな入り江と島嶼となって、リアス式の多島海を形成している。その景色は美しく、海は穏やかで旧東京には、ノスタルジックな雰囲気を求める人々が集まり、第3新東京などの新都市とは違う景観を呈していた。

 

「ちょっリツコ。そんなにくっつかないでよ。昔は鳴らした口でしょっ。」
「あんたと違って、研究所にこもりきりだったから深夜のバーくらいしか、わかんないのよっ。」

 

30プラス何歳? とは言っても、さすがにこの2人、ヒールを履くと背の高さは175cmを楽に越えるし、抜群のスタイルの素晴らしさがコートの上からでもはっきり分かる。行き交う男達の視線を完璧に奪っている。何と言っても、思わず見とれてしまう程のすこぶるつきの美人である。殆ど素っピンの顔にルージュを引いただけで男が群がってくる。これで完全武装したらどうなるというのだろう。

 

「ほうら。私達も、まだまだこれからなのがよく分かるわネん。」
「お気楽な事言ってるわね。はやく教会を探しましょ。御厨先生がおっしゃられてたのは、西山の手教会だっけ? エート、みつば銀行の裏? 」

 

駅で貰ったタウンマップを立ち止まって広げるリツコ。

 

「ええ?まだ探すのお?もういいじゃん。ネクラの体育教師より新規開拓したほうが早そうよん。いたたたあああい!」

 

リツコに耳を引っ張られて渋々ミサトは歩き出した。

 

 

 

 

この繁華街の一角にある、静かなレンガ敷の小道。街路灯もここだけは特注のガス灯である。その静かな青い輝きがその通りの雰囲気にはよく似合っていた。そこに寄り添うように歩いているのは、今回珍しくこんな所までまで遠征して来た、碇シンジと、惣流アスカラングレーだ。2人は映画を見たあと、定型通り食事をし、喫茶店で紅茶を飲んで暫く歓談していたが、そろそろ場所を変えようと、表に出てきたところだった。

 

「何かいい雰囲気のところね。誰に紹介してもらったの?」
「実は日向さんなんだ。まだネルフに参加する前に、この辺でよくバイトをしていたらしいよ。この辺りに御両親も住んでいらっしゃるんだって。」
「ふーん。この辺に家があるの。じゃあ結構なぼっちゃまじゃないの。」
「この町は、街路樹も大きくて立派だし、お屋敷町だった気配がまだ残ってるね。大学もこのへんに10校くらい集中してるし。」

 

アスカが立ち止まった。ポケットから小さな小箱を取り出している。

 

「ね。あの、これさ・・・シンジに。」
「え? ぼ、ぼくに・・・?」

 

今まで、アスカに自分より先にプレゼントを渡された事はなかった。アスカの考えでは、シンジが自分にプレゼントをくれたから、御礼としてお返しにたまたま準備してあった、誰にあげるとも決めていなかったものを、シンジにあげる。という事だったからである。少なくとも初めてキスらしいキスを交わした中3の冬休み以降も、その姿勢というか態度だけはいじっぱりのお姫様は崩さなかったのである。
シンジの目をじっと上目使いに見上げながらアスカは白いミトンの手袋にプレゼントの小箱をもって、シンジに向かって差し出していた。アスカの青い瞳に青いガス灯の輝きが映って揺れている。初めてこんな事をしている自分が嬉しくもあり、恥ずかしくもある気持ちと、もう自分を偽らなくてもいいという喜びが少女の胸を一杯に満たしていた。

 

「ありがとう。」

 

素直にそういってシンジはその箱の包装を丁寧に剥がしていった。アスカはその丁寧さに自分への愛情を感じて嬉しかった。包装を取り終ってシンジは現れた箱の蓋をそっと開けた。中にあったのは腕時計。文字盤が青く輝いている。

 

「それはね、初号旗の塗装と同じ加工をしてもらったの。技術部で。」
「初号旗の。でもずっと明るく輝いているね。」
「仕上げの磨きこみを最高にしてあるんだって。そうするとこんなに明るくなるの。」
「元の色はもっと猛々しい感じだったものね。この青はアスカの瞳の色だ。」

 

シンジはアスカの頬を片手で包むと目の下を親指で柔らかく擦った。

 

「そうだね。僕と君を結び付けてくれたEVA。忌むべき物であったかも知れないけど、僕らにとっては必ずしももそれだけではなかったよね。」

 

シンジはパスケースを取り出すと開いた。そこにはプラグスーツ姿で何事か叫んでいるアスカの姿があった。しっかりと両足を踏み、指示を出しているかのように腕をあげて何か叫んでいる写真だ。

 

「アスカは僕の憧れだった。」
「ど、どこでそんな写真撮ったのよ。これ、学校じゃないわよね。」
「ネルフの広報班のカメラマンの方に頼んで、貰ったんだ。」
「ああ、あの身体の大きな、田宮さんだか言ったかしら。隠し撮りとはとんでもない人ね。」
「皆にアスカちゃんの写真をくれって責められて、大変だったみたいだよ。」
「ま、学校でもそうだったから。ネルフの若い男性が狙うのも無理ないか。」

 

アスカは照れ隠しに、生意気そうに言うと頬をわずかに染めて笑った。

 

「結構年輩の部長級の方も買ってたようだよ。娘にしたい子No.1だったな。」
「ええ〜っ。私ってオヤジ殺しだったの?」
「あの我が儘で勝手気ままなとこがいいって。」
「喜ぶべきか悲しむべきか。やれやれだわ。現実の私は親無しっ子なのにさ。まあ、いいか!パパがいっぱいってのも。」

 

そういいながらアスカも札入れを開く。そこには騎馬戦で潰れて、踏ん付けられているシンジの顔がアップで写っていた。

 

「ああ〜〜〜。また酷い写真を。ケンスケのやつだな。」
「シンジは私のおもちゃだったのだ。」

 

くっくっくっく・・・とアスカは口に手を当てて笑った。憮然とした表情のシンジ。御機嫌をとるアスカだったが、すぐに破顔して、笑い出してしまう。

シンジは思う。

 

この自分の横で楽しそうに笑っているかわいい僕の恋人。
赤いマントコートを着ている、バラ色の頬の可愛らしい少女。
金色の髪。深く澄んだ青い瞳。艶やかな唇。
その全てが、僕のもの。その心もその肌も、その香りも。
出会ったその時から、僕の憧れ、僕の心、僕の全てを奪っていったアスカ。
不思議な思いで彼女を見つめる。
ほんの3ヶ月前には、好きと呟く事さえできなかった。
唇が触れあう事さえ稀だった。
彼女が何処かに飛んでいってしまわないか、それだけをいつも怖れていた。

そのアスカが、今は紛れもなく誰に向かっても、自分の恋人だと言える。
誇らしく思う。嬉しい心が押さえきれない。幾度でも口付けしたくなる。
抱き上げて、宙を振り回したくなる。宙を。

 

そう思うと、もう我慢できなかった。
シンジは、クスクス笑っているアスカを横抱きにかかえあげると、驚いているアスカの目もとにキスを一つ。そしてぐるぐると凄い勢いで振り回しはじめた。

 

「きゃあ、やめてぇ!」

 

アスカはベレーを押さえながら悲鳴のような声をあげる。でもその顔は笑っている。シンジに甘えた顔。ほんのちょっと前まではなかなか見せてくれなかった童女のような笑顔。その顔を見てシンジもまた、何も憂いのない、ポッカリした笑顔のままベンチに腰を降ろす。アスカの事を膝の上に載せたままだ。アスカがシンジの頬をミトンの白い手袋で包んだ。毛足の長い、柔らかなアンゴラのミトンが微かに産毛に包まれたアスカの頬に自分の頬を押しつけている様な錯覚を覚えさせる。そして唇がうごく。

 

「・・・・てる・・・・ジ。」

 

大きな青い目が、直ぐ前で自分だけを見つめて潤んでいる。微かに耳に聞こえたつぶやきと、丸くかすかに差し出された唇。
まっすぐに長く切れた、意志と理知を示すその眉、その妖精のような色の瞳、長い睫がそれをけぶらせ、きちんと梳き上げた髪が、いつもと違う、大人になりかけた彼女の容姿を引き立てている。

 

「・・・く、も・・・カ。」

 

くるみ込むようにその柔らかな唇を自分の物にする。
純粋な、キスだけの為のキス。身体が、芯の方からゆっくりと温まってくる。
愛が、温かい物だと。
家庭に恵まれなかった2人は、泣き出しそうになる自分の心がわかる。
確かな予感。
もうすぐ、きっともうすぐ。2人は互いにお互いを、唯一無二の存在として受け入れる事を。その思い描く過程は違っても、一つに溶け合ってもう2度とふたつの存在には離れない。
どちらからともなく、長いキスから唇を離した。

 

「アスカ。」「シンジ。」

 

優しい、暖かな目が自分を包んでいると感じた途端。アスカはある衝動を感じた。
シンジもそれは同じだった。
そして?こんなに幸せなのに、何故涙が出そうになるのか不思議に思った。
シンジの肩に白い物が落ちた。つられたように空を見上げたアスカの上に巴を描き雪が降って来た。シンジの腕の中から一歩踏み出して両手を広げ、空に向かって伸ばす。マントが背中に垂れて、そのまま天に登っていきそうに思えた。

 

「見て、シンジ。・・・雪よ・・・。」

 

その可憐な姿を見てシンジの体は震えた。愛らしいいとおしい、自分の少女。
この姿を見て、彼女の裸身を思い浮かべ、抱きたいと想った自分を不潔だと思った。
純粋に、アスカを愛おしいとだけ、何故に思えないのか?砂を噛んだような思いが、シンジの中に広がる。

 

アスカを後ろからそのまま、背中から抱きしめるシンジ。アスカの髪は僅かにつけたコロンの香りが漂った。

 

「どうしたの?」
「ごめん、アスカ。しばらくこのままでいて。」

 

 

 

 

 

 

 

「イブには、いつも何をしていたのかね。」

 

立派なスーツを見事に着こなした男は、ワインを注ぎながら尋ねた。

 

「いろいろ・・・イブには結構呼ばれる事も多いのよ。パーティーの同行者として、その夜限りの恋人として。可憐で清楚な服装で、清らかな娘のふりをして教会にいって賛美歌を唱うのも背徳的でいいわね。」
「ふむ・・・私のように寂しい叔父様も多いと言う事かな。」
「別に年輩の方とは限らないわ。若い人も寂しい人は多いもの。でもそういう人と過ごすイブは私達だって本当は嬉しいの。自分が聖母になったような気がするから。一夜だけの恋人が出来たような気がするから。たとえ現実は卑しい娼婦であっても、今夜だけは違うという夢を持っていられるから。」
「そうか。その機会を私などが奪ってしまって悪かったな。」
「叔父様以上に呼ばれて嬉しい人はいないわ。これは本当よ。」

 

肩の中程までを曝した、ミニのカクテルドレスは明日香によく似合った。
シックな赤ワインの色のドレスは明日香の肌の白さを際立たせた。男は目を細めて彼女を見た。今年一年で格段に少女は女らしく美しくなった。その大半は、確実に彼が育て上げた女の部分によっているのが分かっている。見事な作品を育てたという自負も満足感もあった。歳若い彼の愛人は、見つめられているのに気づき、頬を染めて俯いた。この男の前で自分が示した媚態の数々が数限り無く思い起こされる。

 

「可愛い娘だ。聖母も、もしかしたら、こんな可憐な娼婦であったかもしれんな。」

 

男が呟いた。明日香は習慣的に客の言った言葉に肯く。

 

「父のない子を産んだと言うからな。明らかに、月足らずの子を産んだ妻を良人は何故追い出さなかったのだろうな。」
「妻を愛していたからそんな事は些細な事だった?それとも結婚前から関係があったのかしら。必ずしも他の男の事は限らないでしょう?」
「まあ、こんな疑問は言い尽くされて、陳腐にすらなっているだろうがな、キリスト教の圏内ではな。」

 

男は酷薄な笑いを浮かべた。

 

「こんなのはどうだ。貧しいマリアの家では花嫁のヴェール代も、身体に塗る香油も、寝台を飾る花も買えず、婿を迎える酒も宴席も設けられなかった。おまけに母親は病気であった。そこで娘は身体を売ってそれらを買い求め、稼ぎのいい大工に声をかけ自分の恋人として、身体をまかせた。だからマリアの夫は何も言わなかった。彼にとっては唯一絶対の恋人だったし当然自分の子だと信じていたから・・・。」
「いまひとつひねりが足りないかしら。その大工には可愛い恋人がいたけれどというのはどう?」
「おお、意外な展開だな。実際マリアはその大工を本当に愛していたのか、それとも、その可愛い恋人を破滅の罠に追い込みたかったのかな?」

 

男は笑って言った。超高級ホテルの一室で遥かに夜景を楽しみながら2人は食事を摂りおわり、酒を飲んでいた。シェリーを飲んだ後に明日香は更にワインを、男はブランデーをストレートで飲んでいた。

 

「仕事のたまっていない休暇は困るな。何をすればいいのか想像もつかん。」
「家族はいないの?」
「それは・・・ルール違反の質問だな。だがいい。昔はいたが全て水底に沈んでしまった。ささやかな幸せも当たり前のように手に入れたと思っていた家族も、過ぎていくはずだった平穏な人生もな。」

 

明日香は息を飲んだ。男の、ついさっきまでの穏やかな表状が消えていた。

 

「悪い事を尋ねたわね。ごめんなさい。」
「いや、いいんだ。年に一度くらいは思い出してやらねばな。一度だけでも思い出せば、満足してくれるだろうよ。今日は、お前が俺の家族と言う訳だ。」
「奥さんにしては若すぎるんじゃない?」

 

男の異様な昂りに明日香は気づいた。
・・・失敗したかな。乱暴にされたら嫌だなと、そう思った。

 

男は立ち上がった。窓際に立ち、暫く外を眺めていたが、ふと明日香を振り返り招き寄せた。少女が立ち上がり男の横に立つと、腕をあげて男は明日香を抱き寄せ長いキスをした。5回程、濃度の違うキスをした。

 

「下着をとって、窓に向かって手をつけ。」

 

男が静かに言った。明日香は主人の命じるまま、後ろを向きショーツを降ろした。片方の足だけから引き抜き、左の膝にそのままひっかけておく。男の嗜好は分かっていた。だから男から自然に、自分の様子が見えるように、ためらいがちに。何の容赦もなく荒々しく男の手が左の腰骨にかかり、右足が明日香の右の足首を裂くように開かせた。目の下に大勢の人々がイルミネーションの中を歩いていく。心配したような事もなく男は明日香をその姿勢にさせたまま、ゆっくりと愛撫してくれた。男の指が中に潜ってきて、反対の手が乳房の中に入りこんでいたぶる。暫くすると男は明日香の絖った膣の中に押し入って来て動き始めた。

 

明日香は腕を突っ張らせてその衝撃を堪えた。淫猥な姿がガラスに写って夜空に映し出されたように見える。声を出さぬように堪え眉根に皺を寄せた自分の表情。背中にまでドレスとキャミソールがたくしあげられ、背中から細いウエスト、スペード型に広がった豊かな腰を曝け出した淫らきわまりない格好。その女が上半身を快楽に委ねたようにくねらせ、喘いでいる。正面の白い腹と下腹と燃え立つような淫毛が、波打って捩れ、息遣いに合わせてうねる。次第に高まる体温に、窓のガラスに突いた手の跡が白く残る。やがて上半身の衣装も脱がされ、窓ガラスにべったりと乳房と、首筋を押し付けるような形で、長い事陵辱された。次第に喘ぎ声が高くなる。黒のストッキングと細い金のネックレスだけを身につけた女。片足を高く抱えられ、その付け根に男が出入りしている様までが映し出されている。

 

だが、いつもの明日香は男に翻弄されるばかりなのに、今夜は少女の意識は清明なまま保たれていた。男の愛撫に何時もの生彩がないのは、明日香の事だけに集中していないからだ。
少女は、ふと夜空を見上げた。雪が降り始めているのに気づいた。

 

・・・あのふたりは、今頃どんなイブの夜を過ごしているんだろう。

 

客をとっている最中に、そんなことを考えるのは初めてだった。その少女が自分だったら。・・・突然、思いもよらず、いきなり明日香の身体の奥が収縮した。

 

「あ?・・・んあぁっ!」

 

男を、少女の性器が思い切り締め上げて、その衝撃に明日香は仰け反って叫んだ。
その夜の、最初の絶頂だった。その波は2度、3度。続けて明日香を苛んだ。

 

「(・・・くん・・・)あっ、ああっ。うっ。」

 

抱いているのは・・・・誰?
抱かれているのは・・・誰?
抱かれたいのは・・・・誰?

 

男は明日香から引き出すと、自分の物ををねぶるようにと命じた。
娘は振り返り、男の前に膝を突いた。

 

 

 

 

 

「ほう?冷えると思ったら雪が降って来たか。オヤジ、紹興酒もう一杯な。」
「Fさん、あんたも来年はぱっとした事があるといいねえ。」

 

隣に座っていたのは明日香と同じ店の女だった。

 

「明日香は、あの坊やとデートできっかもしんないって楽しみにしていたのに仕事だってさ。泣きそうな顔して出ていったけど、辛いよね、実際。」
「なんだって、思った通りには行かないさ。それでも思い出に縋り付いているよりずっといいのだがね。コブクロとセンマイも貰おうか。」

 

鉄板の上で肉が煙を出している。

 

「わたし、コムタン貰おうかな。」
「そういうあんたは何かいい芽でもありそうなのか?」
「どうだろ。体はって仕事してるんだけどねえ。」

 

その女はにやりと笑った。

 

「俺はもう終っちまった男だ。どこに行く当てもない。この町の用心棒として暫く暮らして、また何か生きていく道でも探すさ。」
「ねえ、そん時はあたしも連れてっておくれよ。セットなら、どこの町でもやっていけるじゃないか。」
「まぁ、食いっぱぐれのない仕事ではあるがね。お前達が稼いでくれないと、こちとら干上がっちまう。始末の早いに越した事はない。」
「明日香みたいな娘がもっと稼いでくれないとこっちだっておなじことさ。店からの支給金だって馬鹿にはできないからね。蚊が別の蚊の血を吸って生きてるんだ。」
「蚊の蚊か・・・じゃあ俺はなんだ。」
「あんたのおかげで皆安心して商売に励める訳だ。外からやってくる蜻蛉を食ってくれるんだから。」
「じゃあ、俺は蜘蛛みたいなもんだな。だが俺だって蚊も食うんだぜ。」

 

女は出て来た丼を引き寄せ、割り箸をふたつにわった。湯気がもうもうと立ち上る。

 

「雪が降ったら、皆一緒に凍っちまうんだけどね。」

 

男は酒にに火照った顔を、屋台の軒の外に出して、食台の縁を掴んで上を見上げた。

 

「全部の雪が俺に向かって降ってきやがる。」

 

 

 

 

 

「雪だわ・・・」

 

西山の手教会のドアにもたれ掛かって寒さに震えていたミサトは思わず空を見上げた。親友は前から2番目のベンチに想い人と仲良く座って話し込んでいる。

 

・・・もう私の事なんか忘れちゃってるわよねえ。

 

そろそろトンズラした方がお互いの為かと思っていた所への雪だった。
雪が本降りになったら第3までの直行便が運休になるかも知れないがそれはイブの恋人達には願ったりかなったりであろう。雪を口実に、泊まり込むカップルもあるだろう。自分にとってはスタッドレスタイヤがない事の方が問題だった。

 

終業式が今日終っていてよかったね、リツコ。

 

そう思いながらメインの商店街に向けて大股に歩き出した。
歩きながら携帯電話を取り出そうとして、取り落としかけた。はっと掴み直した時、そこに地下に続くレンガの階段があるのに気づいた。

『Jazz/SOMETIME』

ミサトは肩に積もった雪を払うとその階段を下っていった。
その日演奏するバンドのチラシがべたべたと煉瓦の壁に張られている。階段の下に小さな灯りがあり、その横に分厚い木の扉があった。ドアをあけると、喧噪と音楽、煙草と酒の匂いがミサトを一度に包んだ。

 

 

 

 

雪が降り続いている。汚れた物も美しい物も一律に。
白いベールをかぶせていく。平等に一面に塗りつぶしていく。

 

 

 

リツコは雪の中を吉真田と一緒にコートの襟を立てて歩いていた。

 

シンジとアスカは、自分達の家に帰る電車の中でもたれあって眠っていた。

 

ミサトは頬杖を突いて、ダブルベースのソロ部分に耳を傾けていた。

 

明日香は、舌が痺れてくる程、一心に男の性器への奉仕を続けていた。

 

 

 

雪の下でイルミネーションが輝く。
酒と煙草、車の騒音、さくさくと歩き続ける雪を踏む音。
電車の一律に刻まれるリズム。男女の体臭と呻き声。
行き交う人のざわめきと、様々な思い。その、様々な祈り。

 

卍巴(まんじともえ)に空から降る雪がそれぞれをを包む。

 

 

 

 

AS.12 Snow feii in whirls.3-29-2002