As.−Treat me nice

『tabularasa/soil』

komedokoro


 

 

 

 

 

シンジは夕食を終えると、アスカを家に残し、いつものように雑踏の中を歩いていた。雪は既に止んでいたが相変わらず気温は低かった。ごみごみした安手の雑居ビルが立ち並ぶ再開発区画。雪のおかげで、いつもよりよほど綺麗に見える。その中の部屋の一つにシンジは入っていった。数人の若く美しい女達がそこにたむろしており、シンジを見ると妖艶な笑いを一様に浮かべた。

 

「あら、シンジ君いらっしゃい。もうすぐ彼女帰って来るから。」
「Fさんの紹介があったとは言え、あんた達ってやっぱり年が近いせいなのかな。随分急速に仲よくなったものね。」
「あ、あの。待っていていいですか。」
「もちろん。ほら、ここに座りなさい。あ、ついでにお茶かなんか入れてくれるとお姉さん嬉しいんだけどなあ。」
「何いってんのよ。ちょっと図々しいんじゃない。あの子はあんたを尋ねて来てる訳じゃないのよ。」
「あは、そうでした。」
「ただいま。」

 

そこに明日香がドアを開けて帰って来た。

 

「おかえり、明日香。」

 

飛び上がるように明日香を玄関に迎えに行くシンジ。

 

「あ、シンジ。また来てくれたの? うれしいっ。」

 

羽のように軽い身体がシンジに張り付く。それをそっと抱き寄せる。そのまま濃厚な、舌を絡め唾液を奪い合うような、キスを交わし続ける。あの時、男が紹介してくれた店で出会った少女。それは学園祭で出会い、シンジが邪な考えを一瞬抱いていたあの少女、明日香・ランズフートだった。シンジはその時の事を思い出した。

 

 

 

 

 

男の紹介で引き合わされた娘は、今日の芝居の相手、明日香・ランズフートであった。考えられないような偶然に、2人は息を飲んで見つめあった。

 

「このお店は?酒を飲ませる店?こんなところでバイトしてるんだ。」

 

呆気無く露見してしまった自分の秘密。明日香は羞恥心に顔を染めて俯いたが、直ぐ立ち直る事が出来た。この商売をやると決意した日から全ての羞恥心は店では持つまいと決意していた。恥ずかしがってもこの状況を変えられないのなら、生きてゆくためにこれしか方法はないのだ。明日香は努めて明るい声で、ほのかな想いを感じていた少年に言った。

 

「ウーン、酒も飲ませる。場合によっては食事も。でも一番の売り物は女の子。」
「そ、それって・・・あの、いわゆる・・・」

 

シンジは、口をぱくぱくと動かした。変なビデオやアダルト小説なんかで存在を知ってはいたけれど、足を踏み入れた事など当然あるわけがなかった。まして自分と同い年の少女が働いているなんて。そして・・アスカそっくりの彼女が、こんな、こんな淫微な場所で働いている事に対して押さえきれない興奮を感じていた。

 

「そう・・・夢宿よ。harlotry house・・・一夜の夢を貴方に。」
「き、君みたいな高校生が・・・。」
「関係ないわ。高校生だから清く正しく生きて、飢えて死ねとでもいうの。その上、私には被扶養家族がいるんだから。」
「被扶養家族? まさか・・・」

 

シンジの顔を見て、明日香はプ−ッと噴き出した。

 

「何考えてんのよ! 私に子供がいるわけないでしょう。ママがいるのよ。病気でね、長い事寝てんの。さっ、こっちの私の部屋に入りなよ。」

 

部屋の中は、ごく普通の女の子の部屋のように見えた。木目調のシックな壁。品の良いモスグリーンの毛足の長い絨毯。多分自分で織ったと思われる、美しいタペストリー。

 

「待っててね、今着替えちゃうから。」

 

そういうと、彼女は制服のスカートをいきなり脱いだ。シンジの前に、細く長い、完璧に近い形の長い脚と、水色の薄いショーツが剥き出しになった。アスカの様に鍛えられた筋肉が輝く様な脚ではなく、柔らかくて優しい女の子らしい脚だった。
続いて、上の制服の真紅のリボンが抜かれた。シンジはその時になって、やっと慌てて後ろを向く事ができた。
そしてふわふわの薄クリーム色のアンゴラセーターと、長めのえんじ色のスカートに着替えた明日香が、もういいから、と言うまで必死に目をつぶって壁の方を向いていた。アスカそっくりの悪戯っ子のような笑顔で明日香はくったくなく笑った。
私服に着替えた彼女は、一層その美しさとあどけなさの同居した不思議な雰囲気が増して、シンジはその漆黒の、鴉の濡羽色とでも言うべき青味がかった髪と不思議な煌きが渦巻く瞳に、魂が掴まれたような気がして胸に痛みさえ憶えていた。

 

「ふ、普通の部屋なんだね。もっとけばけばしてるものなのかと思ってた。」

 

電気ポットから、品のいい陶磁器のポットにお湯を注いだり棄てたりしながら少女は答える。ジャスミンの綺麗な香りが部屋の中に流れる。部屋の横奥にあるキッチンスペースから部屋の小さな卓にお茶が運ばれて来た。純白の厚手のカップにそれが注がれる。

 

「どうぞ、碇くん。」
「ありがとう。・・・何か、君の勉強部屋に招待されたみたいだね。」
「ここではね、その部屋の娘のイメージにあった作りにしてるの。私はまあ年齢的に、やっぱり妖艶ていうよりは清純派が似合うでしょ。だから・・・実際この部屋で宿題をかたずけたり、読みたい本を読んだりするのよ。」
「お客さんはそんな所を見て、この娘って選んだりするんでしょう?」

 

話をあわせようと、何処かで聞き齧った事を言ってみたけれども、明日香が黙ってしまったので返って会話が途切れてしまった。シンジは間の悪さに俯いてしまう。

 

「ふうん、詳しいじゃない。碇君はもしかして経験者なのかな? ちょっと見かけによらず危険な少年だったりしてね。」
「まさかね。それどころか自分の彼女とすら巧くできない情けない男さ。」
「惣流さんと? 一体何が上手く行かないの? あんなに仲が良さそうだったし、一緒に暮らしてるんだって聞いたけど? もう、ずっと前から、身体の関係までいってるんでしょ。あんな可愛い人相手に、倦怠期ってのは贅沢なんじゃない?」
「か、身体の関係って、僕らはまだキスがせいぜいだよ。あの子そういうの嫌がるし、だから彼女の身体を直接触った事なんて、ほんの少しだけ・・・。」
「あきれた。なんでそんななの?」

 

心底驚いた様子で目を丸くした明日香が、勉強机の前の椅子に腰掛けて、ぎいぎいそれを鳴らしながら尋ねた。
シンジは話しはじめた。アスカとの長い長い関係を。
ゆっくりと流れる時間がひどく心地よくて、彼女の香りに包まれたようなこの時間が、何時までも続けばいいと思いながら、シンジは熱にうかされたように話し始めた。アスカとの思い出、アスカとの大事な絆、アスカへの想い・・・その全てを。
アスカとだけの、2人きりの、2人の心の中だけになければならなかったその思いをシンジは全て吐き出してしまう。それがもう取り返しの付かない事である事に少年は気づいていない。言葉にしてしまった思いは永遠の広がりと輝きを失い、只そこに整理されてある記録になって整理されてしまう。そこに心の大きな間隙が生じ黒い空間となって口開く。そこに目の前の甘い想いがすかさず入り込んで大きな比重を占めていく。
シンジは何時の間にか明日香のベッドに座り込み、女はシンジの前のカーペットに横座りになって、彼の腿に頭を載せて話を聞いていた。顎を載せたり、ベッドに横たわったり、まるで猫が膝の上で身体をくねらせるように。身体を伸ばしたり、小さく丸まったり。そして次第に息が、彼女の熱が、シンジの腰や腿にに集まっていき、彼女の動く姿が愛おしいものに見えてくる。セーターに包まれた丸い乳房や肋骨や鎖骨の陰。柔らかなビロードの様な布に包まれた、腰や、お尻や、脚のライン。晒されている細い首筋、脛、白い靴下。さらさらとした頬と温かい手のひらの感触が刷り込まれていく。まるで彼女とずっとこうして来たような、自然な愛おしさがシンジのうちに流れ込み、溢れそうなまでになっていく。

 

「ふーん、そういう事があったんだねえ。じゃあ君は惣流さんの為に彼女を守ってこれからも生きていきたい訳なんだねえ。」

 

男の子はその疑問にいつものようにこっくり頷いて応えた。

 

「うん。」

 

その途端大声でどやしつけられた。ぽんぽんッと威勢のいい罵倒がぶつけられた。

 

「ばかねっ! そんなんじゃ何れ愛想つかされて捨てられちゃうわよ? あんたの周りにいた人って、よほどの偽善者か、それでなければ恋愛破綻者ばかりだったんじゃない? 円満な家庭を営んでいる人なんか、ただの一人もいなかったんでしょう! 」

 

明日香は、まるでシンジのアスカそっくりな様子でに、腰に手を当てシンジを指差し叫んだ。髪と瞳の色さえ黒くなかったら、そこにアスカがいるといってもいいくらいだった。思い掛けない衝撃が、シンジの心から警戒心や障壁を吹き飛ばす。

 

「男と女なんてそんなんじゃないわ。あんたは惣流さんを、普通の女の子として好きになったとか言いながら、誰よりも彼女を神格化してる。惣流さん自身も、普通の娘として見てくれて嬉しかったとか言いながら、あんたと言う最高の騎士を手に入れて、完全に独占し、そこに縋り付いてるじゃないの。お互いに互いを温室の中に入れて、鏡に写った自分を見て誉めあってるの! そんなの異常よ。」
「そんなつもりは・・・。」
「そうね、だったらどうしてあんたは惣流さんを抱く事にそんなに罪悪感を覚えるのかしら。君は彼女を愛していて優しさもたっぷりあって、彼女も心から君を愛してくれてる。なのに彼女が嫌がるから抱けない? 馬鹿言うんじゃないわよ!」
「だって、無理矢理なんて・・・。」

 

俯くシンジ。彼とてもおかしいとは思っていたのだ。これが、アスカがいやがれば何もしないで待ち続けるのがほんとに正しいのだろうかと。

 

「教えてあげる。上手く行かないのはね、あんたの情熱が足りないせいよ。何が何でも惣流さんが欲しい、そういう情熱がないから、待っていることができるのよ! もし、今、この瞬間に惣流さんが他人の物にされてしまっていたらあんた、どうするッ? しょうがなかったねって、さめざめ泣いて、それであきらめちゃうの?」
「そんなの僕だって嫌だ。彼女を殺して僕も死ぬかも知れない、でも、それでも彼女が泣いていやがっているものを無理矢理犯すような真似はできないよ。」

 

明日香・ランズフートは、にやりと笑った。

 

「彼女が嫌がらなければいいじゃないの。何故彼女が嫌がるの?それはね、彼女のお城には君と自分の2人きりしかいないからよ。だからいつまでも汚れない清純なお姫様である自分と、凛々しく優しいナイトである君と清い仲でいたいのよ。でも、お姫様も大きくなる、成熟して大人になっていく。そんな時に今まで清い仲だった騎士の男の子と、いきなり発情しましたって言ってSEXができると思うの? そんな事、普通の神経してたらできないわ。いい? 碇君、お伽話には描かれていないもう一人の王子様がいるのよ。幼馴染みの凛々しく可愛い少年騎士。魔法使いや、ドラゴンと闘うのはみんな彼。助け出されたお姫様は、彼を誉め称え、愛し、何時までも一緒に暮らしたいと願うでしょう。けれど彼女は成熟してお嫁に行く。その相手は家来の騎士ではなく、逞しい隣の国の王子様なの。大人になったお姫様の望みは逞しい隣国の皇子の胸に抱かれる事なのよ。」

 

ああ、確かに僕は・・・と、シンジは思わざるを得なかった。じゃあ、じゃあどうすればいいの? どうすればアスカが僕を迎えてくれるの?

 

「納得いったみたいね。じゃあ、その後騎士がお姫様をどうしても自分の物にしておきたかったらどうすればいいの? 誰かが姫に刻印を押してしまってからでは遅いのよ。まず、自分で姫に刻印を押してしまうの。」
「そ、それって、アスカを無理矢理犯すって事じゃないのっ!」
「落ち着きなさい少年。確かにそれも一手。だけど余りいい思い出にはならないわよね。だから、最後の一言は姫様に言わせなきゃ駄目なのよ。お姫様は潤んだ瞳で碇君に言うの。『お願い、私を抱いて下さい。貴方の物にして下さい』って。」

 

ごくッとシンジは大きな固まりのようなものが喉につかえているのを飲み下した。

 

「キスや、愛撫までは許してくれてるんでしょ。だったらそれを徹底して彼女への武器にしなきゃ。今日、君としたあたしのキスはどうだった? まあ、普通のキスよね。じゃあこれはどうかな、素敵なシンジ君。『本気のわたしのキス』を、してあげる・・・」

 

心が、蕩けてしまいそうな甘い声、全ての隙間から少年に染み込んでくるような。
そう言うと、明日香はシンジの両頬を抱え込むようにして、唇を合わせた。唇自体のが震えて、その舌がシンジの歯茎にちらちらと揺れ、頬の優しい指が次第に首を這い降りてくる・・・絡まるようなキス。熱い頬、揺れる瞳。甘い吐息。星の煌めく様なけぶる瞳・・・背中からかき抱かれる細い腕の感触。脇腹を摩られる時の、全身を走る震え。服を着ているままなのにシンジは明日香と直接肌を合わせている以上の官能を感じていた。柔らかな胸、腿にすり寄せられる彼女の柔肉がシンジをどんどん昂らせ、擦り付けられる腰のうねりと明日香の匂いに包まれて。

 

シンジは僅か3分程のキスで昇天してしまった。

 

「そんなに恥ずかしがる事無いってば。わたしはプロなんだしさ。碇君は才能あると思うよ。初めてで私と本気のキスして、すぐに普通に喋ってるもん。惣流さんとの事はあたしにまかせて。彼女が本気で君を愛してるなら、必ず後で良かったと思うよ。女の子の事全部君に教えてあげる。折角知り合ったんだし君にも幸せになって欲しいもんね。最初のうちは惣流さんも戸惑ったり、恨んだり、泣いたりするかも知れないけど。それまでに色々なテクニック教えたげるから。」
「宜しくお願いします。」

 

シンジはまだ少し惚けているようだった。ぺこんと頭を下げる。

 

「じゃあ、まず、女の子の愛撫の仕方を教えてあげようね。うん、今日は碇君が女の子役よ。女の子の立場にならなきゃ身に付かないからね。」

 

明日香は、呆然としているシンジのシャツのボタンを外し、ベッドにゆっくり押し倒した。シャツをまくりあげ、少年の乳首に舌を這わせながら、ズボンのベルトを外し、下着ごと引き降ろす。シンジが放ってしまったものの匂いが立ち篭める。
慌てて半身を起こそうとするシンジを制し、唇を重ねる。少年の身体から力が抜けていく。

 

「ダメよ、シンジ。これからあなたが、こうやってアスカの服を脱がせる時は、いつだってあの子は、自分の濡れた匂いの中なんだから・・・。」

 

 

 

 

 

・・・コレデ、イカリシンジハ私ノモノ。アノ人ノ一番大切ナモノヲ貰ウワ。

 

 

 

 

 

As.-treat me nise-8/tabularasa/komedokoro/2002-02-28