留学生アスカ/海女の湯から愛を込めて

      こめどころ






3. 市立伊豆原高等学校にて新学期




留学生アスカラングレーは、騎兵隊を待つ幌馬車部隊のように教室の中で孤立無援
であった。

恐る恐る話し掛けてくる同級生達。

「あ、あの。日本語分かる・・・?」

「うん。結構話せると思うけど。なあに?」

「え、あ、うん。話せるのかどうか、聞きたかっただけなの。じゃ、またね。」

ぽつねんと、遠巻きにされていて寂しいアスカ。
夏休みが終わったばかりで、宿題の話題や、夏の間の話題にも付いていけない。
やむを得ないとは分かっているのだけれど。日本という『田舎』では往々にして起
こる事で、変化と言うものに慣れていない『田舎者』は、物事を自分を中心にして
考えるから、やって来た人間にまるで罪があるかのように、仲間に入れて欲しけれ
ばそれなりの努力をしろと迫って恥じる事がない。受け入れてやれない自分達こそ
が恥なのだとは考えられないのである。意識すらしていないことがある。

「美香〜、真っ黒になったわねー。」

「結局吉岡君と那覇の方に行ったの?」

「あ、しーーーっ。どこらかばれたら凄く困るんだからっ。」

「大丈夫よ。私達口は固いし。」

「そうよ、実際私達が一緒に行ったのは事実なんだし。」

「泊まった場所は違うけどね。」

「でも・・・そこの留学生なんか真面目そうだし。」

「ガリ勉やって、センセのお気に入りじゃなけりゃ、留学生の推薦なんか受けられ
ないさ。」

それに品性下劣が加わるのだから、「新入り」はたまったものではない。


その時話し掛けてくれた勇敢な男の子は隣の席の碇シンジだった。

次の時間はこの教科書だよ。
日本の学校は自分達の使った所は自分達で掃除するんだ。これは掃除と精神修養を
一体のものと考える仏教の影響があるんだろうね。今でも禅宗のお寺では,掃除は
大切な修行の一つなんだよ。
女の子達は何人かで固まってグループを作るから委員長が出てくる迄我慢して。
きっと君を上手くみんなの中に溶け込ませてくれると思うから。
今年はちょっと一学期の途中から病気になって、夏休み明けも3日目からでてくる
って言っていたんだ。
僕は柔道部に入ってるんだ。少し逞しくなりたくて。細すぎるって君も思うだろう?
              

3日目、委員長洞木ヒカリが登校して来た。碇シンジと2人で話していた時は終り。
あっという間に委員長に連れられてアスカは女の子達の中に溶け込んでいった。
みんな。金髪と青い目になんとなく怯んでいただけだったから、アスカが明るくて
快活な娘だとわかるとたちまち人気者になった。でも万事がいい事ばかりではない。

「ねえねえ、どこにすんでるの?イサカってどのへんにあるのお?」

「旭通りの、3丁目のお風呂屋さんに下宿してるの。」

「やだ、お風呂屋さんに?そこって知り合いか何かなの?めずらしぃー。」

「そんなに変?」

「だって・・・ねえ。」

「うん、お風呂屋なんて今時行く人いる?そこにわざわざ下宿するなんて変なの。」

アスカの手が握りしめられる。その手をそっと包むようにしてヒカリがいう。
アスカは思わず、委員長の顔を見上げた。

「さて、そろそろ音楽室に移動しましょうね。みんな。」

「はぁーい。」

「委員長のおかげで遅刻はしないけど、なんか管理されてるみたーい。」

「しょうがないわ、2Aの母だもーん。」

ばたばたと周囲の生徒達が音楽の準備をして移動を始める。ヒカリはそのまま、
恐い顔をしているアスカを見てウインクをし、ちっちっちっと指を立てて振った。

「ま、いろんな人が居るから、世の中面白いのよね、アスカ。」

「うん・・・、そうよねっ。」

こうしてアスカとヒカリはだんだん親しくなって行った。
9月も末。アスカを取り巻いていた喧噪も終わった頃。
一人で帰って行くシンジ。ヒカリと一緒にあとから校門を出たアスカ。

「ヒカリ、私ちょっと碇君と話しながら帰りたいんだけどいいかな。」

「あらあ、あやしいぞっ。」

「そ、そんなんじゃないわよっ。学校に来だした頃、さんざんあいつに世話になった
のにこの頃ろくに口も聞いてないなって。ちょっと恩知らずかなって・・・。」

ちょっと染まったアスカのほっぺたを見ながら、ヒカリはにっこり笑った。

「冗談よ。いってらっしゃい、頑張って。」

「な、何を頑張るって・・・、ヒカリ、ごめんねっ。」

シンジを後ろから追い掛けるアスカのポニーテールが右左に揺れて遠ざかる。
ヒカリはそれを見送った後、溜息をついた。

「いいわねえ。あのころって一番幸せだったかな。」




シンジの背中をポンと叩く。

「碇君一緒にかえろう。」

「え?な、なんで?」

「なんでって、あたしが一緒に帰りたいからよ。それじゃ駄目な訳?」

アスカが舌鋒鋭く迫ると、碇シンジはたちまち降伏した。一緒に帰ると言っても
何も喋る事がある訳ではなかった。ただ並んで歩いているだけ。

「ねえ、あんたジュード−部に入ってるって言ってたよね。ああいうtraditionalな
chivalry・・・武道っていうの?日本では盛んなの?」

「うーんどうかな。今は余り盛んではないかも知れない。相撲や柔道よりも剣道とか
空手とかの方が人気があるとおもうな。」


余り大した話題ではなかったが、話していると言う事に満足して2人は歩き続けた。

「ここが僕のうちなんだ。」

「え?ここって・・・・。」

アスカはその場所をよく知っていたのだった。

ここに来て間もない頃、町を歩き回っていた時ここに何回かやって来た事がある。
人相の悪い神主さんがいた神社だった。




「おまえは観光客か。それとも今年の伊豆原高校の留学生か。」

振り向くと思わず引くようなヒゲ面サングラスの男が立っていた。白い木綿の着物と
根の袴姿から、このシントーシュラインのpriestだと想像がついた。

「貴方は、この・・・shinto・・・」

「神社というんだ。憶えておけ。ちなみに私の事は神主と呼ぶのだ。
英語読みされると背筋に寒気がする。」

「ショ、しょうが?」

「ジンジャーって、馬鹿な事を言わすな。わっははははは。」

「よかった。ママの寒いギャグでも通じて・・・。」

アスカは胸をなで下ろした。其れが最初の出会い。
日本人の間にとけ込めるかどうかの不安を口にしたアスカにその男は神社の
お参りの仕方を教えてくれた。

「おまえが清らかななものだったら、きっと神がなんとかしてくれるだろう。」

「だって、わたしはPaganですよ。お参りしてもいいの?」

「日本の神はそんな事は気にせん。自分達もまたどこからか流れ着いた神だ。
この地に住むものを守ってこその神だからな。異郷の娘でもこの地にいる限りは
守ってくれる。」

パンパンと、手をうちならしてがらがらを鳴らすと、何かスッキリした。

「神は清らかなものが好きだ。その前に出る時だけは少なくとも清らかなもので
あらねばならん。家に神を祭れば清浄を保たねばならん。
なるべくその時間を増やしていけばよいのだ。人に対してもな。」

「はい。」

アスカは静かに手を合わせた。
振り返るとその男は消えていた。人の気配もなかった。
それから何回かアスカはここを訪れていたのだ。




「碇君は神社の子だったのね。」

「そうなんだ。もうすぐ秋祭りもあるし、結構準備が忙しいんだ。ここはもともと
海の神様なんだ。だから小さな木端を船の形にして其れを魔よけに配ってるんだよ。
いっぱい準備しないといけないから、もう夏休みの後半から其れに係りっきりさ。」

みると、大きな船の模型や、船の描かれた板がいっぱい軒下に飾られている。

「航海の安全と大漁を祈って出港して、上手く行くと絵馬を奉納するんだ。他にも
人生の安全を祈願して、お嫁に行く娘の為に親が絵馬を奉納する事もあるんだよ。
人生を航海に見立てて、娘の幸せを祈る親の心なんだろうね。」

「へえ、それってなんか、とってもいい話ね。私も一枚買って行こうかな。」

「何を祈るの?」

「碇君にありがとうって。ずっと、お礼しなくちゃって思ってたの。あたしが誰も
友達いなくて寂しかった時、碇君だけが、あたしに優しくしてくれてた。あの事、
忘れてないから。・・・ほんとに、うれしかったんだよ。だから、あんたと友達に
なれますようにって。」

シンジは照れくさそうに学帽のツバを引き下げた。

「い、いいよ今さらあんな事くらい。僕は洞木が来るまでの間だけ・・・。」

「ほら。一枚売ってちょうだい。」

アスカが小さくたたんだ千円札を手渡す。シンジは社務所の鍵を開けると、中から
小さな絵馬を持ってでて来た。可愛い白い漁船の絵。赤いラインが引かれていて、
煙突から煙がでている。

「あら。この絵は可愛いわね。ねえ、この絵って誰が描くの。」

「普通はオヤジが描くんだ。でもそれは・・・僕が描いた奴なんだ。練習で。
オヤジにはまだ売り物にならんて言われて、隅にしまってあったやつなんだ。
それ、惣流にあげるよ。それと、これはやっぱりいらないから。」

「だって、そんなわけに。」

「たのむよ、受けとって。君からお金を受け取りたくないんだ。」

夕焼けに染まった2人の影が神社の庭に長く伸びている。
松林の向うの海がきらきらと輝いている。鳥居の影がゆっくりと近付いてくる。

「・・・だって、友達じゃないか。」

アスカの顔が、ぱあっとうれしそうに明るくなって、笑った。

「わかった。じゃあこれは碇君からのプレゼントとして貰っておく。ありがとう。
きっと大事にするから。」

「いや、そんなの只のへたくそな絵で・・・。」

モゴモゴと口籠るシンジだった。

「この町にいる間。ずっと一緒の船に乗っていてくれるのよね。」

「え?」

不思議そうに顔をあげると、逆光に縁取られてアスカの顔がいっぱいの笑顔で自分
を見ているようだった。
眩しいよ、惣流さん。
シンジは目の上に手をか座し、アスカの顔を見ようとした。

「一緒にいてくれて、同じ船で航海してくれるんだよね。だって碇君の船だもん。」

「う、うん。」

いきなりぎゅっと手を握られて、引き寄せられた。
アスカの顔が寄って来て、頬に何かあたった。

ちゅっ。可愛い音がした。

「えっ。」

「友達になってくれてありがとう。」

一瞬、視線と視線がしっかりと絡み合った。
女の子は早口で言うと、ぱっと身を翻し、金色の髪の尻尾を左右に振りながら、
駆けて行ってしまった。

「変なやつ。」

シンジはそう言うとアスカの唇の跡をそっと手で押さえた。











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作者後書き

『アスカの留学生日記』みたいなものをかいてみようと言う事で始めました。

アメリカ、ニューヨーク州、オンタリオ湖の南にフィンガーレイクス
(the Finger Lakes region)と呼ばれる地域があります。北から南方に向かい、
まるで指を開いたように延びる細長い形の幾筋もの湖沼群は200万年前の氷河の
痕跡だそうです。

この湖群の南端にイサカ(Ithaca)という森に囲まれた小さな町があります。
この市はアメリカの名門校コーネル大学(1865年創立)の学園町として其れなりに
栄えている美しい町です。多くの学生用宿舎にはリスなども現れ、窓を開けて寝て
しまうと、朝になると酒のつまみのナッツが消えているなどと言う事件が起きたり
します。もちろん腹を好かせた同居人が食べてしまった訳ではなく、もっと可愛い 
悪戯者の仕業です。
そんな街からやって来たアスカが巻き起こす色々な軋轢と騒ぎ。次第に広がって行
く友人知人の輪。
このお話では、アメリカの国籍を持っているアスカが母のキョウコにすすめられて、
自分のルーツである日本にやって来たというお話からスタートします。
続けてお読みいただけると嬉しいです。
私も楽しんで書いて行きたいと思っています。

それではまた。/こめどころ


アスカ :げっちゅ♪
マナ  :……(-_-メ)
レイ  :……(-_-メ)
アスカ :……二人とも、どうしてそんなに怖い顔をしているの?(^_^;)
マナ  :アスカばっかり、ずるい……。
レイ  :以下、同文……。
アスカ :うふふ、心清らかなものは、神様が助けてくれるのよ〜♪
マナ  :清らか……。
レイ  :……誰が?
アスカ :もちろん、あ・た・し♪(^^)
マナ  :日本の神様も、地に落ちたものね(-.-)
レイ  :いいえ、きっと腕力にモノを言わせて、神すら脅迫したとか(-.-)
アスカ :な〜にか言ったかしらぁ?(-_-メ)
マナ  :あ、あたしもお参りしてこよっ!
レイ  :碇君、待っててね……。
アスカ :こ、こら〜! 仕事さぼって、どこ行くのぉ!(-_-メ)

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