留学生アスカ/海女の湯から愛を込めて

      こめどころ





2. 第3新東京市伊豆原町にて



伊豆原と言うのは、新しく出来た再生都市で、伊豆半島の中程にある静かな美しい
町だ。ゆったりとしたラインを描く海に向かう広大な傾斜を中心に展開する新市街。
そして、海辺には昔ながらの漁師町。防波堤と小さな港。魚市場と定期船の発着場
がある。
ここから斜に湾を突っ切り、基幹都市であるS市まで通勤通学する人も多い。
特殊な形をした湾と長く伸びた半島状の砂洲と山が、この町を変動の際の津波から
救った。
その町の中ほどにあるうっそうとした森の中に私の通う学校があった。

学校の先生が幾つか下宿を探してくれたのだが、余りアスカの気には入らなかった。

どうせならこれでもかと言うくらい日本的な所に住んでみたいわよね。
アスカはそう思っていたのだった。学校はまだ夏休み中。時間はたっぷりある。
彼女は旅館に泊まり、畳マットの部屋で暮らしながら町をぶらつき、下宿を探して
歩きまわった。

「さあて、いろいろ見て回ってママに報告しなくちゃね。」




親愛なるママ。貴方の娘は今日も元気でした。

ここ暫く、街を探検して歩いています。黒い瓦屋根がとても綺麗な街です。
軒先きの風鈴。
(綺麗な音。一個一個全部違う形。一個一個違う音色なの。)
板塀の上を歩いて行く日本猫。
(イサカの猫と比べて丸顔で目が大きくて可愛いのよ。)
小道に並べてある小さな木の鉢。
(小さな木が植えられて、でもみんな曲ってるの。失敗したのかな?)
竹でできたベンチの上で将棋をする人達。
(縁台将棋って言うんだって。)
聞いた事のない蝉の声。
(朝にうるさいのと昼に鳴くのは違うみたい。)
知らない花、知っている花。
ここはオレンジも生るんだけど、ミカンって名前で冬に向かって採れるんだって。
今とれるのはアマナツって種類で、酸っぱいけど美味しいわ。
防波堤の金網の上にずーっと並べられている魚の開いたの。赤い草みたいなもの。
(あの赤いのは多分海草なんだけど、あれが海苔になるのかしら。)
生け垣、ブロック、トタン、竹の塀。石垣、オオヤイシ、竹の組み合わせたやつ。
お寺の門。凄く立派。齢とった木が美しく掃き清められた庭に何本も何本も立って
いるの。静かで神聖な雰囲気は異郷の人間にも分かるわ。
夕方の鐘の音も素敵。一つ鳴ると、その余韻の中で、また遠くの他所のお寺の鐘が
微かに聞こえてくるの。
神社。鳥居。お賽銭箱。その上に大きながらがら鳴る鈴があって奥に神様がいる。
(小銭を入れて手を叩くの。ママは2礼2拍手1礼って知っていた?)
日本の神様は寛容だから、外国の娘の願いでも聞いてくれるよって、神主さんが言
ってたわ。神主さんっていうのは、まあ、神父さんみたいな方ね。
(ちょっと人相が悪かったけど、まあ悪い人じゃ無さそう。)
カソリックの教会もあったわ。古くて小さな教会は昔風のとんがり屋根の教会で、
神父さんと、銀髪の混血の男の子が住んでいたわ。

やたらと元気な魚屋の男の子に「トレトレの絶対旨いシマアジ」を売り付けられた。

「エエがな、旅館の女将にこれも出してって、頼んどき。日本に来てから刺身食っ
たか?赤いの?マグロか。そんなもんとはレベルが違うわ。とにかく食ってみい。」

なんかちょっと違う日本語だったけど、確かにとても美味しかった。生の魚なんて
お寿司屋さんでしか食べた事無かったけど、確かに美味しかった。ソイソースの味
も違うみたい。
宿の女将さんもとても親切な方で、街を歩いて写真も撮って回ると言ったら、おに
ぎりと水筒と、大きな麦わら帽子とサングラスまで用意して下さったの。
日に焼けないようにってサンスクリーンまで塗ってくれたのよ。
私、最初は「岡見さん」て名前だと思ってたのよ。でもねそのうち気がついたの。
男の人達がみんな、お前のとこのの岡見さんは、俺のとこの岡見さんはって言うん
だもの。一家の主婦や女主人の事なのね。

不思議な国よね、日本て。
イサカみたいに屋根の色や壁の形が決められている訳でもない。
なのにこの奇妙な統一感はどこからくるのかしら。
みんなが一つ一つ違う個性を持ってるのに、全部集めると同じ物になって行く。
全部お揃いにしても何処かでバラバラなあたし達の文化とどこが違うのだろう。
そんな所を探って行きたいと思っています。

撮った写真も添付するわね。

         いつでもママのアスカより。愛するママへKissと一緒に。



そしてある日、アスカは素晴らしい場所を見つけたのだった。

「これは素敵だわ。日本情緒もたっぷり。ここにおいてくれないものかしら。」

すごく大きなお城のような日本式家屋。アスカの日本のイメージにぴったりだった。
その入り口横には、貸し部屋ありますの張り紙が。

「よーし!なんとしてもここに住んでみせるわよおっ!」

風呂屋「海女の湯」に、一瞬のうちにアスカは下宿する事を決意したのだった。
そうと決まれば直ぐにも折衝よ!そう思ったアスカは木戸を押しあけると大声で
叫んだ。

「たのもぉ〜〜〜っ!たのもおお〜っ!」

「爺さん、誰か裏木戸で叫んでるようですよ。」

「おや本当じゃな。随分時代がかった挨拶じゃが・・・。」

その日のアスカの日記。

『後で聞いたら、もうこういう挨拶は使ってないんだって。
うちにあったビデオでは必ずこう言ってたのになあ。古いビデオだったのかしら。』

ちなみにその日に交された会話。

「外人さんが下宿するなんて初めての事じゃねえ。」

「ほんとに金色の髪の毛なんじゃのう。豪儀な事だのう。幾らくらいするかの。」

「あの、お爺さん?・・・金でできてるわけではないんですよ。」

「冗談じゃ。」

ずっこけるアスカ。1/4は日本人とか言っても混乱するだけだろうなあ。

「あんた風呂屋の風呂に入った事はありなさるか?」

「まだ無いんですけど、あ、でもアメリカでもバスタブパーティーってよくやりま
したよ。皆で水着を着てお風呂に入りながらおしゃべりしてワインなんか飲んで。」

「日本の風呂は水着は厳禁じゃよ。憶えておいて下さいね。」

お婆さんが優しく言った。

「それは知っています。温泉の様子とかよくテレビで見ましたから。」

暫く談笑を続けると、アスカはすっかりこの2人が気に入った。
少女はずっと昔、小さな頃。おばあちゃんと話していた頃の事を思い出していた。
ゆっくり、ゆったりした優しい話し方。周りまでほんわりするような。
2人の方も明るくてハキハキしたアスカの事が大変気に入ったようだった。

「私、ここがとっても気に入りました。どうかここに下宿させて下さい。」

改めて、そうお願いすると2人はにっこりして頷いた。

「家賃は月-5万円。賄い付きじゃ。」

「え・・・5万円ですか。もう少し安くなりませんか?」

予定していた額は、寮に入るための月2万円しかない。奨学金は月/5万7千円。
アルバイトもすぐに見つかるとは限らない。
お爺さんが両手を出してそうではない、というポーズをとった。

「あわてなさんな。−(マイナス)5万というておる。」

「へ?マイナスって?」

「そのかわりうちの仕事を手伝ってくだされ。儂も婆さんも、もう年での。
身体が動かんのじゃ。結構辛い仕事なんで若い者の来手もなくてのう。」

「賄い付きで、5万のバイトつき!や、やりイッ!ここ!ここに決めます!
お手伝いもさせて頂きますッ。」
 

こういうのを軽挙妄動って言うんだろうなあ。

「何よこれぇ。これがお風呂? 水泳大会でも開く気じゃぁないでしょうねぇ。」


夜、初めて風呂場の掃除を手伝う。広い浴槽、広い洗い場。山のような洗面器。
それをピラミッドの断面図のように積み上げる。高い天井。天窓が並んでいる。
湯気で天井が見えない。並んだ蛇口が50組100本。
風呂の向うには見事なフジヤマの壁画。床にデッキブラシをかけ、たわしで蛇口台
のタイルやカランを一個ずつ洗って磨いて行く。
髪をポニーテールにして、白いタオルで鉢巻をする。赤いTシャツと短スパッツ、
はだしという機能的な格好で、アワだらけになって走り回る。

割れたタイルの修復。流しのごみ取り、無くされた鍵の取り替え。冷蔵庫の牛乳の
詰め替え。忘れ物の整理、(何故か片一方の靴が毎回でる。)
店の前に散らばったアイスの棒や空き缶の回収。
窓や鏡を磨き、曇り止めを塗る。
打ち水をして、裏の薪釜から灰や燃え滓の木をかき出して片付ける。

「ひゃー、結構疲れるわね。結構たいへんかも。」

アスカは早くも後悔しかけ・・・。



「してないわよっ! あたし、頑張るんだからッ!」


アスカ :は〜るばる〜、来たぜ……どこ?
マナ  :た、たのもぉ〜って……ぷぷぷ(^^)
アスカ :むっ、あたしが見たビデオには……(-_-;)
マナ  :いったい、いつの時代劇よ?
アスカ :ええっと、背中に桜吹雪の絵が描いてある人が出るやつ……。
マナ  :アスカ、渋いの見ているわね(^_^;)
アスカ :シンジに聞いたら、”え? そんな時代劇あったっけ?”って言われた(T_T)
マナ  :最近、放映されてないものね。
アスカ :……って、マナも知ってるの?
マナ  :結構、好き(^^)
アスカ :他人のこと、笑えないんじゃなくて?
マナ  :あたしは、人の家に行った時に”たのもぉ〜”なんて言わないもん(^^)
アスカ :くっ(T_T)

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