こんなアスカを大好きだ!【10月】


こめどころ



……

10月


正門から続くイチョウ並木がすっかり黄色くなった。
イチョウの木って、ポプラに似てるから好きなのよね。。
ドイツにもアメリカにもポプラの並木はいっぱいあったから、何となく懐かしいの。
早朝掃除当番が頑張っても、放課後には正門通りはカドミウムイエローに塗りつぶされる。
ここでシンジが自主的掃除番をして毎朝銀杏集めをしているのは結構有名な話だ。
同時に、アスカは茶碗蒸しが大好物なんだって、という噂も。
ヘイヘイ、いつでも可哀想な役柄はシンジですよ〜だ。

簡単で美味しい銀杏炒めの作り方w
ポップコーンの要領でサラダ油をちょっとフライパンに入れて塩をかけて蓋をする。
そこに銀杏を食べたいだけ放り込みます。サラダ油がまんべんなくいきわたる程度。
それを傾けて回しているとやがてポンポンと元気な音がする。派手な音よ。
静かになったら火を止める。ガラガラと最後にひと回しすると2−3個弾ける音がして出来上がりよ。
松葉とか爪楊枝に3つづつ刺して、最後に岩塩粒を少し。シンジはすごく喜ぶ。
実は銀杏はシンジの大好物なのよね。あまりいっぱい食べてはいけないものだけど。
髪の毛と爪に匂いがつくので拾うのはシンジがやらせてくんないの。
で、炒める作業は危ないから(という理由で)シンジにはやらせないの。お気に入りだから。
これが真実。

その日、剣道部は休み。当然わたしも休みだった。
つまり、シンジの後を追うようにわたしも剣道部に入部したのだ。
わたしも剣は随分と練習してた。エヴァの訓練生だったからねぇ。
段は無いけどシンジよりは強い、かもしれない程度の腕前。つまり2段くらいかな。
パイロットとして太刀を振るう事はなかったけどソニックグレイブやプログレッシブ
ナイフ程度は結構使ったから。ま、実践的実力ってやつがあると自負してるわけよ。
顧問はまたシンジの時のように何故せめて2年生で入部しなかったのかと嘆いた。
というのはここの女子剣道部は設立以来ほとんど勝ったという経験が無かったの。
しかし、喜んでくれた人々もいた。誰ってそりゃシンジも含む男子部員よ。
ま、当然よね。

「昨日は、袴ふんづけて転んで、お尻が半分出ちゃったからだって正直に言ったら。」
「女子にはわざとやって男子の気を引いたとか淫乱とか言われて散々だったんだから。
どうしてそんな下種なものの考え方ができるのかしらね。」
「僕には単なる笑い話でも、男子部にはショックだったみたいだよ。」

あの歓声はショックというより明らかに喜んでいたと思うけど。なんてドジ!

「アスカを見るなぁって慌てて飛んできて自分の剣道着脱いで掛けたりするから、
ますます騒ぎになるんじゃない。王子様も大変よねー。」
「なっ、じゃあ、あのまま起き上がるまで半ケツさらしてるつもりだったのっ。」

思い切りおでこを打った痛みに暫く動けないでいたのよ。お尻も気づかなかった。

「そ、そんなに怒らなくたって…悪かったわよ。」

まぁ、他ならぬわたしの王子様なんだけどさ。
だからすぐ、あの時もご機嫌をうかがったんだよ。

「せっかく明日は休みなんだから郊外に遊びに行きましょうよ。ね〜?」
「もう、僕以外にお尻を見せたりしないね。」
「誰が好き好んで他人にこの見事なお尻を見せたりするもんですか!」
「だったら赦してあげるよ。」

ぶんむくれた表情をしていたシンジはぺろっと舌を出した。あ、こ、こんのお〜〜っ!

というわけで、今朝は学校鞄と昼のお弁当の他にバスケットをもって家を出たわけよ。

都市の外側は広く水田に取り巻かれている。完全に機械化された農業地帯は広大だ。
遥か彼方に天井都市のような中央ビル群が白い影になって見える。
辛くてキツイ仕事だった農業は、今は就農希望者だけで十分人数が足りる。
それは農業だけではなく水産業も介護も医療も消防や救急、危険な警察行動などに及ぶ。
24時間管理が好ましく肉体的に厳しい職業はすべて。

ただし突発的判断を要する分野ではまだまだ人工知能は人間に及ばない。
ありとあらゆる要素を取り込んだ膨大な予知判断計算。
強固な甲殻の中で守られながらのサンプル採取。

MAGIタイプの有機第6世代人工知能が人に置き換わり、人は最低限確保すれば済む分野。
さらに人が嫌がる仕事だけではなく、就きたがる仕事からも人は部分的に排斥されつつある。
もちろん人の判断をフォローし裏付けするデータチェッカーとしてだけれど。
しかし、昔のSFのようにヒューマノイド型がうろうろしているわけではない。
そういう知能の高い自律型エヴァのようなタイプが必要とされる分野はごく少ないのだ。

施設や道路といったそのものが、セットで機械化され思考単位として社会基礎となっている。
人型である必然性が無いのだ。実例としては道路とセットの自動制御タクシーなどかもしれない。
本来の人型は介護や医療現場、危険で特殊な機械の調整をする技術者。
原子炉の緊急事故、内部点検などに必要とされる。ロボットの形に合わせては後で困るでしょう?
そういうものは人間と見た形状の区別はつかない。それこそが機能的なのだ。
あとは皮を張るかどうかの違いね。

人型の、非人間細胞と金属骨格と強靭な皮膚組織や有機脳を組み合わせた、全く無かった生体だ。
生殖以外は何でもできる。それだって必然があってそれをヒトが望むなら可能になるだろう。
理想の肢体と美しい表情があれば、ヒトは人であることにこだわらないわ。

だいたい、人間という動物種はもはや必要不可欠なものではなくなっているわけよ。
30億とも50億とも言われた総数は今や5億に過ぎず、この人口を維持することが決定している。
その5億の8割までが、もはや純血種では無い。単一民族の単一文化は急速に失われていくでしょうね。

日本においても現在3千万強の人口は2千万程度に落ち着くでしょう。活性を失いながら静かに。
夢として論じられた宇宙進出、他の太陽系への生活圏拡大はもはや語るべき未来では無くなった。
大抵の人々はそう感じている。ヒトは傷つき、安静が必要な時代なのかもしれない。
知的好奇心とお遊び以外の題目で、現在それは必然性を失っているのだ。

「人はパンのためだけに生きるにあらず、とはいうけど。」
「すべきことを失ってしまった生物種はさみしいわね。」
「動物たちは何のために生きているのかなんて考えやしないからね。」
「夜寝るときに生きていたと思うだけね。実際それさえも感じないか。」

こんなに空が高い。ああ、生きているだけで幸せだ。そしてそのことが哀しい。
それでも生きる意味を必要とする。それが人間というものだと思っていた。
吹く風と、白く清らかな雲、甘い水、豊かな実りを眺め、餓えもない。なにが不満なのか。
ヒトという、今あるものに決して満足しない不思議な存在。

「意味がないことに耐えて、無為に生きるなんて人にはできないことなのかしら。」

不思議ね。
寝て、食べて、交わるだけでは、何故充ち足りないの。


ジーマ画伯/絵


「僕らの世代は休息の時と感じても、下の世代は機械に養われている世界と思うかもね。」
「それだけでは、生きる意味が無いと思うのでしょうね。」

生きる意味を探し、それが無いというなら何番目かの使徒に世界を譲ってやればよかったのよ。
わたしのつぶやきは間違っているとしても、それを否定しきれないだろう。結果論だ。
もしかしたら、またいつの日にか人類は活性を取り戻すかもしれないけれど。

「人は生き続ける。だって生きているのだから。生きているから生き続けたいと思うんだわ。」

それが、単体ではなく複数の個々として、世代交代をし、その時々で集団としても行動形態を
変化させ、その時々の状況に応じて生き方を恥ずかしげもなく変える、それが人類種の生き延び方。
その意味。ヒト単体は生きたいと思わなくても、人類という集団でいるからこそ生き続ける。
そこまで広い意味ではなく、さらにブレイクダウンすればもっとわかりやすい。

愛する人がいるから生きている。親を、子どもを、友人を、恋人を本能的に守ろうとしている。
愛してくれる誰かがいるから生きている。愛するという使命を感じるから生きている。
愛され、慈しまれた分を自分もまた人に同じように返したいと願う、それがヒト。
偽善と言われようがその行為をなぞれる者が別に存在するとでも言うのだろうか。

「アスカに死んでほしくないから。一緒に生きていたいから僕は生きてる。」

シンジは息がかかるほど近くに顔をよせ、わたしに語りかけた。

「キミに、僕の子を産んでもらいたい。キミを抱く度に子供ができるといいなと思ってる。
その子を抱き上げ、アスカに僕とその子に微笑みかけてもらいたいから。」

な、なんてこというのよ。「シンジの子供を産む」という言葉の魔法のような響き。
農園の外側に広がるさらに広大な丘陵地帯。大きな空、そよぐ風、きらきらした日射し。
豊かな実りの中で、そこで語り合うわたしたちは人類最初の二人と変わらない。
そこに広がる牧草地帯でゆっくりと牛や羊たちが草を食み、夕方には牛舎に戻っていく。
その丘陵に大きく枝を広げた桜の古木、楡やクスノキ、クヌギやナラやシイの雑木林。
その森からは、清らかな清水が小川になって流れ出し、大地に溝を刻み始めている。

「ほら、おいしいよ。」

バスケットから取り出したマグカップでシンジはその水をくみ上げる。

「おいしい。これが本当の水の味なのね。」
「関東の大地の味だ。ずっと忘れていた、僕らが生きている土地の、水の味だよ。」

ところどころに、朽ちた住宅の庭にあったリンゴや梨の木、ぶどう棚が残っている。
果樹園の跡もある。それをもぎ取って、歯をあて、齧り取る。口に溢れる果汁。
膨大な蓄積と残された遺物、よく仕えてくれるクロノロイド。

ヒトは、発生以来初めて、地の天国に住むことを赦されている。
わたしとシンジの子は、この水を飲み空気を吸って地上に生きていく。
いつの日か、ここに3人で。4人になって、5人になって。

それでも学校に通い、自制と秩序、自己管理を身に付けなければヒトは人間にはなれない。
学校という世界は、社会のミニチュアモデルというわけでは無い。あくまで疑似世界だ。
社会に身分的階層はないが、役目上、職業上の階層は実在している。
実在する以上選抜もある。そうである以上何らかの競争もある。

「学級委員なんか誰もしたがらないのに、小役人程度でもなれるならなりたがるのは何故よ」
「何の得にもならないのに学級委員なんてって、みんな言ってるじゃないか。」

つまり、小役人にも何か得があるって事?岡っ引きみたいに?

「じゃあ、委員になると月3万円のお小遣いが出るなら、みんななりたがるかしら。」
「その役目柄の権力を行使できるならやりたいという奴もいるかな。」
「キミ、ゴミを捨ててきなさい!って言うとか?そんな事の何が面白いのよ。」
「アスカは別に委員じゃなくたって、男の子にゴミを捨てに行かせるじゃないか。」
「掃除当番サボってるから行かせただけよ。」
「キミみたいな人には確かに権力なんか無意味だろうな。」

何でそこで笑うかなー 

「管理職っていうものはね、さぼる奴がいるって前提があるから必要なのよ。」
「あるいは、家庭教師みたいなもの?」
「そうよ。今日の宿題今ここで始めましょうか。」

まぁ、サボらせないというのと、金儲けのために早朝から深夜まで身体を壊しても働かせ続ける
なんてのは、てんで違うけどね。まるで犯罪者に媚びる人質みたいに、怯えて恐れて働いてる。
そんな風に見えるのよね、日本の勤労者たちって。ネルフは勤務意欲にあふれてて、あそこでは
労働基準法は適応外だって冗談が溢れてたわ。

「い、いやあ、後でいいよ。」

ほら、こういうシンジみたいな奴のために本来管理職は必要になるのよ。
家庭教師兼タイムキーパー。頬に笑いを浮かべた所為か、話題がまた変わった。

「社会的階層が上がると、昔ほどではないけど収入の多寡に差がつくから?」
「大卒初任給30万。年収にして450万。部長クラスで80万、年収1500万てとこでしょ。」
「ならせばそんなところかな。ネルフの局長クラスは2000万かもう少し上らしいけど。」

いつの間にか、人生設計の話までできているわけで。苦笑しちゃう。

「まぁ、わたしたちはダブルポケットだもんね。
課長クラスになったら2人でざっと年収2000万強。十分すぎるわ。」

にんまり笑う。確かに私なら平ー主任ー係長ー課長補ー課長試験を最低基準10年で突破できる。
シンジだったら…20年?もうちょっとシゴいて短くしてやるわよ。局長?お断りよ。

「結構ちゃんと生活設計してるんだな。それで半分は貯金かい?」

なんかがめつい女とか思われなかったかな。
ドイツに冠たるハウスキーパー、それがドイツ女性の誇りよ。(つい最近思うようになった)

「し、しっかりしてるって言ってよ。」
「ネルフみたいな大企業に勤めればの話で、大学に残ったら半分もないと思うよ。
大学に戻った日向さん、講師でも20万ちょっとだって。ネルフ関係者だから幾らかいいらしいよ。」
「まぁそうねえ。昔よりはましらしいけど、そんときは何か素晴らしい特許でも取りましょうよ。」
「自分たちの研究所建てられるような?」
「研究室内を子供が駆け回ってるような。」

そこでわたしは化学実験じゃなくて、料理という分野の実験を続けるのよ。
料理って結局化学実験なんだけど、あー、なんか尾(こそばゆ)い話よね。

何で、シンジの子供、なんて言葉が平然と出てくるのよ。
やっぱり子供できるような真似すると、身体は本能的に十月十日すれば子供ができると思うの?
高校生の会話じゃないわね。まったくもって。でも実は私は共稼ぎは望んでないの。
だからシンジは一人でガンガン稼いでくれなきゃだめなんだから。

貧乏大学院生から、非常勤研究職じゃ、大したことは期待できないかもしれないけど。
その時は2人だけの暮らしだって、きっと幸せなのに違いない。
非常勤大学講師、月収17万8千円、ボーナスなし。家庭教師のアルバイトで月3万円を稼ぐ。
狭くてエレベーター無しのキッチンと6畳4畳半の職員寮。碇シンジ、アスカの表札。

きゃあきゃあ!
これ以上の幸せなんて、みんなおまけよね。

人類生存の可否。この未来がどのように展開するのか。ヒトがどのように生きるべきなのか。
わたしとシンジは身体を張ってその疑問に答える時間だけは稼いであげたわ、人類のために。
そこから先を考えるのは、世界中のあなた達一般人の仕事よ。あなたが選んだ政治家の仕事。
わたしとシンジは、片隅の小さな幸福を追い求めたいのよ。
この丘で、2人並んで三角座りしてる。これが目下一番の幸せ。
正直ほかのことなんか知っちゃいないわ。もっともっとシンジのこと知りたいし。
精神的にも、肉体的にも。
こっ、これは毎日シンジとしたいとかそういうことじゃないからね。
あくまで形而上学的な意味であってね。
存在、実在、普遍、属性、関係、因果性、空間、時間、出来事、その他諸々の諸概念が、
まさにそれに基づくところの現実性の基礎的本性に関する、最も根本的な概念や信念の研究で。

「なに真っ赤になって手を振りまわしてるのさ。」
「しッ、知らないわよッ!」

シンジと一緒にいると形而上学なんてまったく意味のないことよね。

コスモスの茂みに隠れて丘陵の道からは何も見えない、柔らかな草原。いいところなんだ。
保冷バスケットを開いて、軽い卵サンドとブドウの房と梨を出す。いかにも秋よね。
わたし特製のジンジャエールも入れてきた。これもシンジの好物なの、よく知ってる事。
喉を潤して、炭酸ビンをカチンカチンとぶつけ合う。日射しが煌めいている。

「あっ。」

丘陵の草むらの中に、押し倒されて絡みあった。たぶんどこからも見えてないと思うけど。
わたしたちの間にあるのはもっと原始的な、求めあう因果律。
ショウガの香りのキス。それだけで陶酔させられてしまうわたし。自分から求めてしまう。
あっというまに腿の内側に彼の手が這う。セーラーの脇ボタンは外れ、リボンが緩む。
首筋に唇、胸元へのキスが与えられる。シンジに唇と身体を押しつけてる自分がいた。

「愛してるよ。」

他にセリフはないのかって思うけど、その言葉でカッと身体を熱くさせるわたしはバカだ。
ほんの僅かに触れられただけなのに。甘い言葉をささやかれただけなのに。
もう、ほら、息を荒れさせて。額の生え際に汗が滲んでいる。なんて愚かなのよ。

「シンジィ。」

熱い吐息と一緒に、名前を呼ぶ。呼ばずにいられない。頬が火照るんだもの。
思わず腰を浮かせて、シンジのしゃらくさいマネに協力してる。なんで平気でこんなこと。

「アスカぁ。」

シンジの手。掌。指の先と指の腹。なぞられただけなのに、かすかに触れられただけなのに。
彼のポケットに突っ込まれたわたしの小さな布切れ、忘れずにかえしてよ。
じゅくっと、もうこんなに。恥ずかしいっ。アスカ、あなた気が狂ってるんじゃない?


ジーマ画伯/絵


「こ、こんなとこでじゃ、やっ。」

切れ切れにそう言ったけど、シンジは赦してくれない。
最初の時とは比べ物にならないほど弄られ、嬲られ、焦らされ、声を絞り取られる。

「そんなとこ、い、やぁ。ん。」
「もうすこし、緩めて。」
「あ、う、うん。はぁ、ぁん。」

いったい誰よ。うん、て肯いたの。
この可愛い淫らがましい声出してるのは、誰、アスカ?
その声を小さく抑えてるのは、わたし、アスカ。
だって、素直に開かないとシンジの愛撫がきつくなるんだもの。

「あ、あぁん。」

そうしたら声を抑えきれないんだもの。風が運んじゃうんだもの。
顔から火を噴くような思いでシンジに舐(ねぶ)られる。腰に力が入らず、ひくついてる。
ブラウスがたくし上げられ、腰骨と脇腹を撫であげられていく。身体全部に震えが走って。
両腿でシンジの頭を挟んで締め上げる。自分で自分の胸を、あぁ。

あっ、も、もう我慢しきれないよぅ。
こんなに長く堪えたもの。てのひらが赤く染まるほど、シンジに抗ったもの。
でも、とうとう最低限に抑えた息と声が漏れてしまって、馬鹿、シンジの馬鹿っ。

「む、あっ。…めッ。あふっ。」

一瞬、気が遠くなった。視線がぼやけて。
その後も姿勢を変えさせられ、身体は震え、燃えるように感じ。

「ァ、アスカをいじめないで。」

幾度もシンジの制服や草地に顔を押しあて、泣きそうな声を抑えたり、堪え切れなかったり。
わたしはピンで留められた昆虫箱の天翅目のよう。水面を滑り、あなたの卵を振りまく波紋。
どのくらいあいつを受け入れたのだろう。

仰向けにされたまま、視界には夕焼けの金色、鱗雲が眩しく輝く。
汗が浮いた肌は通り過ぎる風に僅かに寒さを感じた。
シンジとは指先だけがつながっている。いつの間にか頬がぐっしょりと濡れていた。

まったくわたしの身体は最近こらえ性が無いんだから。あなたも少しは我慢しなさいよね。
家でも学校でも草原でもどこでもって言うんじゃ、獣と一緒だぞ。
愛撫された後ではキスを交わすのさえ憚られる。息を整えるのに長い時間がかかるし。
あなたは何でそんなに普通でいられるのよっ。
あ、あんなことわたしにはまだとてもできないんだからね。

風が、草原を走る。ザーッという大きな音。激しく葉先が揺れてるわたしの肌の周囲の緑。
わたしたちの体の形に窪んでいる草の形。むせるような草の吐息。
2人の身体のある場所を取り巻く、紅白とピンクのコスモスの群生。
細くスマートで可憐な植物なのに一番強い草だ。

シンジの横顔を、赤い花弁達を背景に眺め、また指に触れる。
チェロを弾く指、細く長いのに強い。しなやかな指だ。
この指がわたしを虐めた。いつも嬲るんだ。
コスモスの茎の様でも欅の幹の様でもある、意地悪な指。
いつもわたしを泣かせる指。逞しい、シンジの指。口に含みたい、と思った。

抱き合った後の、この時間。あなたはいつもなに見てるの。
抱かれた跡。乱れた冬の紺セーラーとブラウス、外れかけたブラ。熱が、抜けていく。
たくし上がってたスカート、ひざ下に落ちたソックス。投げ出された鞄とバスケット籠。
上半身を起こそうとした。

「綺麗なシルエットだ。」
「どこ、見てるのよ。」
「キミの横顔。胸と腰とお尻のライン。僕は見てていいんだよね。」
「なに言ってるのよ… シンジじゃないみたいよ。」
「僕だよ。だって、僕のアスカのお尻だもの。」

腰の裏からお尻をなでられると背骨にそって後頭部まで、淫らな感覚が走った。
骨盤沿いの逆Tの字に両足にV。わたしの神経ってこんな形に走ってるんだ
もう一度、シンジがわたしの腿をつかんだ。そこっ、ダメなのに。
ガクガクっと身体が震えた。

「あっ、ちょっ、ダメぇ…」


目の隅にうごめく影を捉えた。とっさに身を伏せ、服をかき寄せた。靴はどこ。

「シンジッ、早くズボンはきなさいっ。何時までもそんなもん出してないっ。」
「アスカはそのまま、立ちあがらなくていいから…女の子は楽でいいよな。」
「なに馬鹿言ってんのよッ。」

そんなことを言いながら、低い位置で必死で服を整えた。
こっちだってそのままってわけじゃない。むしろ後こそ大変なのに。浸ってたいのに。
小さなティッシュや濡れナプキン、だれがポーチに準備してると思ってんのよ。
こんな…ボーっとした頭で。片付けまで。


影は…やっぱり男女だ。しかもあれって、ええ〜っ!
クワッと目が覚めたぁ!

「あれ、うちのクラスメートじゃないか。」
「黙りなさいってのっ!それ以上言うのはルール違反よ。」
「ル、ルール違反って。」

田老の港で一発鳩尾(みぞおち)に食らったことを思い出したか。
シンジは大人しくなった。よしよし。

あ、あいつってばいつも何かとわたしのおっぱい握って来るバスケ部のあいつじゃない。
偉そうなこと言って、ちゃんと彼氏がいたのね。しかも、わたし達より過激だ。
あ、あんな事したことない。出来ないわよ。うわー、うわーっ。
背が高くないとねえ、とか言ってたけどそんなに大きくは見えない。煙幕発言であったか。

「あれ、あいつ主将じゃないか。彼女ができたんだ。」
「主将って、剣道部の?」

まだ顔を覚えてない、というかシンジ以外の男の顔は野菜と一緒よね。

「うん、今月で役職は引退だけどね。その前に告白するって言ってた。」

なるほど、その相手が女子バスケの主将というわけか。
眉毛の濃い、眼鏡の小蕪ってとこね、主将。
小蕪くんとショートカットの美少女。スタイル抜群、キリッとガテン系。
うーん好きずきよねーって、告白されてすぐこうなの?
あたしたちは、4年もかかったってのに。高3からだと手が早くなるのかしら。
もしかして、わたしたちって相当奥手だったの?それともシンジが臆病だったの?
いずれにせよ大分待たされてたってことか。バスケの奴、いい顔してるじゃん。
まぁ、時間かけて、わたしはこれで良かったんだと思うけどね、今は。

「あれ?相手の子ってアスカの友達なの?」

シンジに見透かされるほどの笑顔を浮かべていたのかしらね。わたし。
ここでが初めてとは思えない。こんな葉っぱの上なんて。
女の子は誰だって安心できる場所で初めてを迎えたいんだから。
まぁ、うん、せめて最初だけはね。

わたしたちは道端でリンゴをもいで、齧りながら家に帰った。
髪が風になびいて気持ちよかった。手をつないでさっさか歩いて行った。
パンツは駅舎が見えたところで、やっと思いだして返してもらった。
わ、忘れてたっ。向かい側から誰も来なくて良かった。
横丁のビルの隙間で、シンジを蓋にしてこそこそ。
道理でスースーすると思ったわ。いくらなんでもドジ過ぎる。
きょ、今日のは結構頑張ったパンツだったんだよ。気づいてるのかな。
こんなこと慣れて、どうなるんだろわたし。



「昨日は天気良くてよかったわね〜。郊外も熱い熱ぅい。」

ギクッと背中が震えたの、確認しちゃった。

「な、何のことかな。惣流さん。」

ギ、ギ、ギ、と音がしそうな様子で振り返ったバスケ。目が胡乱(うろん)だ。

「えっ、二人でどっか行ってきたの〜?いいなぁ。」
「ピクニック日和だったけど、相手がいないんじゃねー。」
「これだけ女がいて、カレシいるのがアスカだけっていうのもさぁ。」
「いい男はおらんのかぁッ。根性を見せてみろッ。」
「悶える29人もの熱き血潮の乙女がいるというのに触れもせんっ。」
「触れてみぃっ、触れてみいっちゅうんじゃーっ!」

なんか最近この体育クラス、獣じみてない?
騒ぎに紛れてぎゅうっと、ブラ引っ剥がして後ろっからおっぱい握ってやった。
あ、何?こいつわたしより随分でかいじゃん。低い位置から握り上げたから?
10p楽に違うもんな。しかし、この華やかなレースのアンダーはなによっ。

「いたたたた。きゃあっ。」
「きゃあじゃないっ!なんか、急にでかくなったんじゃない?」
「そんなにすぐ変わるわけないっ、あわわわわ。」

恐るべし、女子更衣室。
もうそのあとは甲高い歓声が鳴り響き、モミクシャ状態だった。いい気味よ。
ジュース缶がひっくり返り、お菓子がぶちまけられ、リボンが宙を舞い、
誰かが汗止めだか何か、スプレーを踏みつぶした。

げほげほげほ

隠す必要もなくなったという事で。
バスケと剣道の主将はその日初めて並木道を一緒に歩いて帰って行った。
ここを堂々と連れ立って歩けば、公認カップル。
あ、でも本当は剣道の方が少し背が高いんだ。175と169pってところ。
そう言えばいっつもあと1p、1pって言ってたもんな。
周りにいる人の平均との差で大きく見えるのね。
今のわたしたちは159と174p、今春調べ。シンジはもっと高くなっただろう。
160の大台にあと1pなんだけどなぁ。少しだけでいいから伸びないものか。

中学校の頃の小さなシンジがちょっぴり懐かしかった。
あの頃一緒にいた奴らが、次々思い出された。名前も、あだ名も、声ですら。
死ぬような目に逢って、実際一度か二度死んだのかもしれないあの時。
それでも、わたしは生き抜いた。生きてしまった。生き返ったのかも。
ごめんね。
シンジと一緒に、今も生きて、好きあって、抱きしめあって暮らしている。

「それで、いいのよね。」

「いいのよ。」
「いいんや。」
「それでいいのさ。」
「わっかいんだから!」
「理屈なんて、後から付いてくるものよ。」
「今は、これでいい。」

黄色いイチョウ並木を眺めているわたしの肩を、シンジが抱いた。
みんなの声と一緒に。
唇が震えた。拳を握りしめる。わたしは、必ず。

「今日は、サンマ焼こうか。秋だし。」
「大根、忘れないでよ。買いに行かなくちゃ。」
「忘れずに摺るさ。ちょっと辛めに。」


さあ、今日も、わたしたちの家に帰ろう。



「いいなあ、あたしも彼氏が欲しい。」

すれ違った誰かの呟きが聞こえた。













Konna Asuka o Daisuki da (Oct.)komedokoro 24-Apr.-2009/ Komedokoro
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