本当の事しか言えなくなるクスリの正しい使い方

                    こめどころ


 

 


「リツコ〜、もう仕事終った〜?」

ドアを開けて入ってきたのは御存じ葛城ミサト。
このネルフで何かが起きる時は、必ずこの女性がからんでいるというのはもはや常識と化している。

「あら?いない。どこへかくれたのかな〜っと。」

仮眠室のベッドにもいない。
クローゼットのドアをあけると20着余りの白衣がぴしっとアイロンを当てられて行儀良くならんでいる。
冷蔵庫の横の段ボールを開くと五匹の子猫がにゃぁにゃぁ言いながら壁をよじ登り始めたので、
慌てて押し込んでふたを閉めた。
人が2人は入れるような巨大な薬品冷蔵庫のドアをあけると白い冷気がモワモワと流れ出し、雲の中にいるようだ。
誰も入っていない。そのドアもバタンと閉めた。


「こ、ここ・・・」


小さな声が聞こえた。
見上げると天井を走る配管のメンテナンス用昇降通路に口を押さえた赤木リツコ博士がうずくまっていた。


「だ、だめ・・・終業時刻だからミサトがきたら厄介だと思って隠れてたのよ。」

「はあ? そりゃまた随分愉快な事を言ってくれるじゃない。気を悪くするわよ。」

「はああ・・・しょうがないじゃない、お騒がせ娘に会いたくないんだもの。」


ミサトのこめかみに血管が浮き出た。


「とにかく降りて来なさいよ。会いたくない訳を聞かせてもらおうじゃないの。」


頭を振りながら四つん這いに移動すると、梯子団をカンカンとハイヒールの音を響かせながら降りて来た。
そのまま真直ぐ机にいくと、コーヒーをマグカップに注ぎ、ミサトに差し出した。


「あ、どうも。」


こだわりの人、リツコの入れるコーヒーは旨い。今回も大変旨かった。


「ああ。あんたってホントにコーヒーを入れるの上手ねえ。」

「あら、ほんと?インスタントなんだけど嬉しいわ。もう一杯入れてあげる。」


リツコが注いでいる間に、机の一番したの引き出しからブランデーを取り出した。
入れてもらったコーヒーにドポドポとブランデーを注ぐ。


んぐ、んぐん、と実に旨そうに飲み干して行く。


「どう、美味しい?」

「ん〜、コーヒーもいいけどさあ。なんて言ってもアルコールが先よねー。」


ハッとして口を押さえるのだが、口からは本音が流れ出ていた。


「リ、リツコッ!あんた一服盛ったわねぇっ!」

「こんな面白い目に、わたし一人だけ会って堪るもんですかッ!」


がたん!と椅子を後ろに倒して立上がり、睨み合う2人!


「ほほお〜、で、なんて薬? お世辞が言えなくなる薬?」

「フ、そんな薬なら怖くもなんともないわよ。」

「そうよね、あんたが少し憶えた方がいいような薬だ・も・の・ね・ぇ〜〜っ」

「大ごと引き起こしてから一生懸命おべっかつかうよりま・し・で・しょ〜〜っ。」
                                   

側頭部を、ごりごりと擦り合わせながら、威圧し合う2人。
いつもと違って言葉に遠慮がないので血圧の上がり方も急速である。


「嘘が言えなくなる薬?」


ミサトが問う。


「ふっ。なまやさしいわ。これは本当の事しか言えなくなる薬なのよ。」


リツコが答える。


「ぐっ、より能動的というわけね。」

「そう、嘘なら口を閉じていると言う選択もある。だけどこいつは。」


金髪が震え、目は恐怖に見開かれる。


「さっき呼ばれて応えないと言う事ができなかったように、真実を黙っているということすらできない。
黙ろうとしても、返事をしなくちゃと言う反射反応を、真実を覆い隠していると脳が勝手に判断してしまうのよ。」

「いわゆる、未必の故意(未必の故意について認識と意思との関係を考察し、現実に問題となる情動的殺傷、
自動車運転に伴う死傷、贓物罪といった類型ごとに立証問題も含めて個別的検討を行うものとして、青木紀博著
「未必の故意の一考察」同志社法学3216(1981)83頁以下、また、同「「同時認識」と故意の認識形式−未必の
故意論の解明のために−」同333-1(1981)125頁以下参照。)という奴は認められないって事か。
ネルフ内部では守秘義務違反だらけになって、洒落にならないわね。ああ、何べらべら喋ってんのよ私。」

「・・・となれば、面白い相手と言えば。分かってるわよね、ミサト。」

「それしかないわよね。うははははは。
まってなさーい!  あんた達迷える子羊を、お姉さんがあんじょうしたるさかいなあっ!」


葛城さんって大阪出身ですか?





ぞくぞくぞくうっ。


「な、何か今物凄い寒気が背中に走ったような気がするんだけど。シンジ。」

「え? 風邪でも引いたんじゃない?」


すぐにアスカの額に手を当て、自分の体温と比べている。
前髪をかきあげられ、聡明そうな広い額を曝け出したアスカの顔。
誰の目にもいつもより少し幼く可愛らしく見えたのだった。
余りにも迅速なシンジの動きと自然な行為。
アスカ自身も丸い目をして唇を輪にしたままきょとんと幼児みたいな表情をしたままだ。


「う〜ん。」


あまつさえ、シンジはその上でコツンとおでことおでこをくっつけた。
その時点で、やっとアスカの顔にゆっくりと朱が登り始めた。


「特に、熱はないようだよ。」


そう安心した少年が笑いながら言ったのと少女の額の上いっぱいまで真っ赤になったのがちょうど同時。
うなりを上げた一陣の風が少年の頬に迫る。


ぱしぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ !!


横っ面を張られた音が響き渡るものと誰もが思ったが、案に相違しアスカの平手はシンジの手のひらの中にパシッといい音を立てて収まった。


「おお〜〜〜。」


ぱちぱちぱちと、拍手の音まで。
まあ、ここまでは何処の学校でも良く見かける、ほのぼのとした(そうか?)出来事であった。


「何?アスカ。お転婆は、駄・目・だ・よ。」


ごくゆっくりとではあるが、真面目に毎日の厳しい訓練を欠かさないシンジは、既に成長期の終わりを迎えつつある
女の子のアスカに比べてまだまだ背も伸び続けていたし筋肉も敏捷性も増して行っていたのだ。
こればかりはアスカがいかに頑張ってもどうしようもないことだった。





「悔しい、悔しい悔しいようッ!このあたしが、あのボンクラ馬鹿シンジに軽くあしらわれて、
『お転婆はだめだよ』なんて子供扱いされるなんてッ。」


呼び止めるシンジを振り切って学校から全速力で走って帰って来たアスカは汗だくになった身体をシャワーで洗い流しながら思いっきり悪態をついていた。曇り止め機能のついた鏡に全身を映す。

身長はどうも160に届くか届かないかで止まってしまいそうだった。しかしながら小柄で細身のすらりとした体型と
バランスのいい頭身はアスカの美しさを少しも損なう物ではなかった。

きゅっと絞られた細い曲線を描くウエスト。ふっくらと厚みの増した腰回り。
男の子のようだった引き締まった張りのある腿やヒップラインも柔らかな丸い曲線を描くようになってきた。

中学校時代に比べ、2回りも大きくなったように感じられる、きれいな形の乳房。
だが今のアスカにはこの大きさを増した胸が、自分の動きを鈍くして、シンジとの身体能力差を広げる一方に感じられた。

「こんな、こんな男に媚びるみたいな身体にしてくれなんて誰も頼んでないのにっ!
なんでこんないやらしい形になっちゃうのよっ! 何で、歩くだけでお尻や胸が、ぷりぷり揺れたりするのよっ! 
ああ邪魔くさいッ!」


アスカは自分が女である事がうっとうしくて悔しくてしょうがなかった。
女じゃなかったら、絶対に世界で一番の、最高のパイロットになれたのに。
どんな事があったって、シンジに引けをとったりしないのにっ! 

ドイツに帰って白人の間に混ざれば、バストも背も肩幅太腿腰のサイズもまるでお子様な、
貧弱な肢体に過ぎない事はアスカにはよくわかっていた。

(こんな私をキャーキャー迎えてくれるのなんて、ホントは日本人だけなのよ。)

ドイツ人は混血を嫌う人が多い。それが白人同士の混血であってもだ。
ましてアスカの様に日本の血が入っていると一目で分かる容貌であればなおさらだった。
だから・・なおのこと自分が女である事を疎んじる気分が強かったのかもしれない。
アジアの血が入った遊ぶのに都合がいい。
いざとなれば『混血女はやっぱりふしだらで駄目だった』と言うだけで周囲が納得してしまう。
そんな所がドイツと日本は妙に似た社会だから。
体面を重んじ、批判を侮辱と捕らえ、改める事は間違っていたのを認める事になると意固地になる。
男女の社会的地位がいつまでも改まらない父権の国。
ドイツでは日本女、日本では金髪女。何れも卑しい目の対象に格好の標的だった。


アスカとシンジは別段仲が悪い訳ではない。でも、アスカは基本的に男というものが信用できないのだった。
シンジと仲良くしていられるのはシンジが自分を少年らしい憧れの対象と見ているうちに限られるだろうなと本気で思っていた。
そうじゃなくなった時、少年がどう変わるか、大人びた少女には悲しい予感があった。

何処かに違和感があったのだ。17にもなって今さら単純な対抗心だけでシンジに毒づいてる訳ではない。
今日の事で、それが良く分かった。今の自分が憤っているのが何故なのか。何を怖れて逡巡しているのか。




・・・今日からじゃない。きっとずっと思っていたんだよね。
それを、シンジを傷付けたくない一心で言えないでいたんだ。
シンジだけ? ううん。あたし自身も傷付きたくなかったからよね。

・・・今日シンジが帰って来たら、言える?
・・・とても、言えないんじゃないのかな。

シンジはあたしの事、ホントに大事にしてくれているんだもの。
あたしだって・・・そのくらいのこと・・・わかる。

・・・言えないよ。・・・あたしが我慢してたら、いいんだもの。
知らんぷりして、ずっと・・・このままで。


ずっと?・・・そう、   ・・・ずっと。




女と感じて欲しくない。でもそれと反する気持ちもあった。
いつまでも小さな少女でいられたらいいのに。それが今の素直な感情だった。
だからアスカはその日、髪を幼い頃のように解くと、少女のような小花模様のワンピースに着替え、白い靴下をはいた。
男の子に、自分の髪の花飾りを落とさないように願う気持ちを込めて。









「し〜んちゃん。」


家路を急ぐシンジ。
アスカが機嫌を悪くした時は、美味しい物を作るに限ると思っているシンジは、重い買い物袋を下げて、早足で坂を登っていた。
そこに黒塗りのリムジンがスルスルと近付いて来たと思ったら窓が開いてミサトが顔を出した。
ドアが開いて中に引っ張り込まれた。


「ミサトさん。いったいどうしたんです、こんなとこで。」

「あのね、今日はリツコも一緒なの。久し振りに、みんなで一緒に御飯食べようって思ってさ。」


奥の席でリツコも会釈をしている。


「お久しぶりね、シンジ君。」

「あ、どうも。こんにちは。」

「ところがさ、急な呼び出しで戻んなきゃいけなくなっちゃってさ。だからこれ、アスカと一緒に食べなさい。」

「いい?あなたが買った事にするのよ。女なんて、そんな事が嬉しいんだからね。」


そういって、『traveler』 のケーキ箱を手渡した。


「4つ入ってるけど、2つ宛くらい食べれるわよね。アスカの好きな、苺ショートと苺タルトも入ってるわよ。じゃあね。」


シンジをマンションの前に降ろすと、2人はネルフに戻って行った。去って行く車に向かって、シンジは独りごちた。


「ミサトさん、ありがとうございます。これでアスカの機嫌よくなりますよね。」






♪ぴんぽーん!



チャイムを鳴らすと、いつもの髪をほどいて、長く豊かに梳き流したアスカが、にこにこと出迎えてくれた。
波うち際の陽光が揺れるような小さなカールが彼女の小振りな頭を取り巻いて流れ落ちているようだった。
手に持ったケーキ箱を見てアスカはさらににっこり笑ったので、シンジは心から安心して、溜息をついた。
そしてアスカの愛らしさにも、もう一つ溜息を。


「ごめんシンジ。気を使わせちゃったね。わざわざケーキ買って来てくれたの?」

「え?うん。アスカの好きな苺のショートやタルトも入ってるよ。」

「じゃあ、サービスするか。」


そう言って、アスカは髪を後ろでさっと茶色の太いリボンでまとめると、キッチンに戻ってお湯を湧かし始めた。
白い陶器のポットとカップを取り出して並べている。
その背伸びをする様子が、シンジには何故かとても女の子らしく感じられた。白いくつしたもなんて可愛いんだろう。

・・・どうやらお茶を入れてくれるつもりなのかな。

シンジはそれを眺め、期待しながら部屋に入っていった。
教科書を出して並べ、お気に入りのトレーナーと濃いグレーのチノパンに着替えて戻ると、既にお茶の準備が整っていた。
白いお皿が2枚、ティーポットとカップも2つ宛。新婚さんのようなお揃いのセット。
これを出してくる時はアスカがかなり機嫌のいい時なのを知っている。


「これ、『traveler』のケーキでしょ。だいぶ遠回りしたのね。」

「まあ・・・ね。」


口止めされているから歯切れが悪い。
アスカは多分にこのケーキで機嫌がなおっていると思われるので、否定する愚は侵さない。


「じゃ〜ン。オープン!」


アスカがニコニコしながら蓋をあける。
苺タルトと苺ショートとモンブランと、プリン付きのフルーツアラカルトが姿を現した。
4つとも、いつもアスカが店先で、笑えるほど頭を抱えて迷う奴だった。


「わぁ〜〜。困っちゃう。」

「僕はひとつだけでいいから、アスカおたべよ。」


一瞬、アスカの顔が笑みで埋もれたみたいに輝いて見えた。
でもすぐに嬉しそうな顔は、澄ました顔に折り畳まれて少女は言った。


「そんなのだめよ。あ、まさかあんた、あたしを太らせようって気?」

「いいじゃないか、お茶にお砂糖入れなければいいんじゃない?」

「え〜、甘くないお茶なんて・・・。」

「じゃあ、牛乳にしたら?」

「子供みたいでちょっとね。それに生クリームと一緒じゃくどくて。」

「合成甘味料は?二種類あるでしょ。」

「本物と比べちゃうとね・・・お茶だけで飲むとかならいいんだけど。」

「じゃあ、しょうがないね。」

「なによ。言い出したんなら何か手を考えてよ。もう期待しちゃったんだからね。」

「あ、そうだ。日本茶でどう?」

「でも、もう紅茶をポットに入れちゃった。折角のセカンドフラッシュだし、捨てるのは勿体無いよ。」


そういいながら時間になった紅茶をこぽこぽとカップに注いで行く。
馥郁(ふくいく)とした香りが部屋に漂う。


「じゃあ、お茶だけにして、ケーキは寝る前のお茶で。」

「だから、寝る前が一番太るから駄目なんだってばっ!」

「じゃあ、今食べるしかないじゃない。甘いお茶で。」

「論理的に考えて、それが結論よね・・・うん。」


シンジはやれやれと肩を竦めて少女を見遣った。

・・・その結論はちっとも論理的に導かれていない。



次の難問はケーキ選びだ。


苺は二つとも食べたいんだろうからな・・・

そう考えてシンジは目の前の女の子に尋ねた。


「で?アスカはモンブランとフルーツアラモードケーキのどっちがいいの?」


そうシンジが言うと、アスカは真っ赤になった。


「な、何よそれ・・・あたしが苺を二つともとるって決めてない?」

「何年付きあってると思ってるのさ。そうなんでしょ。」

「い、いいわよ。苺タルトをあんたにやるわよぅ。」

「無理するなよ。苺はアスカでいいんだよ。」

「無理なんかしてないもん。タルトはシンジ。これで決まりね!」

「おいおい・・・いいの?」

「いいのよっ! 3つもらうんだから、いつもあんたが食べれないのを、シンジが食べるのっ。逆らうんじゃないのっ!」


・・・完全に無理してるなあ。でもそう言ってくれるだけで嬉しいよ、アスカ。

アスカが食べるかどうか睨んでいるので、仕方なく先にタルトを口に運ぶシンジ。


少女は言い放ったあと、パクッとショートケーキの苺を口に入れた。
シンジも口にタルトを入れているのを見て嬉しそうに笑みを浮かべながら、もぐもぐと咀嚼している。
次にモンブランをソーサーで慎重に小皿に移してフォークでたっぷりとクリームをすくいあげた。


「このお蕎麦みたいになマロンクリームが感触と言い、味と言い、応えられないのよね。頂上のマロンも威張ってて素敵よね。」


無垢な子供のような笑顔。この笑顔、これに僕は参っちゃってるんだよね。
素敵なアスカ、いつでも僕の隣いる女の子。今日はレースと小花の愛らしい服装をしているせいで余計愛らしい。
こんな服も持っていたなんて知らなかった。
命令で一緒に住んでるんだけど・・・今はそんな事思い出しもしない。


何よ・・・じっとあたしのこと見つめちゃって。何か言いたい事があるの?
言いたいなら早く言って。それがもし・・・あたしの言って欲しい言葉なら一瞬でも早く聞きたいわ。
だけど、そうじゃなかったらこの世の終わり迄聞きたくない。
先に何を話すのか、人の心にも予告編があればいいのに。
そうすれば、映画館みたいに、見に行くかどうか決められるのに。


ああ、クリームが顔に付いてる。不思議だな、外ではあんなに隙がないのに。
大人達が顔色を無くす程頭が切れて弁が立つのに。
皆の言ってる世界の太陽みたいな、元気で素敵なアスカなのに。
僕には仲良しの同級生にしか見えない。どっちがホントの顔なのかな。


シンジって何考えてるのか分からない。
ほんとになんにも考えてなくて、あたしの顔が映っているだけなのかも。
だとしたら、あたしが期待してる事は蜃気楼みたいなもの。
あたしは・・・あなたに無い物ねだりをしてる?
髪飾りを落とさないように、そっと・・・告げて欲しいの。
でも・・・そんなふうには言えない。あたしは生意気に言うだろう。



「はっきり言って欲しいわね。シンジがあたしをどう思っているのか。」

「僕がこんなにアスカのことばかり考えてるなんて、アスカは思った事もないんだろうね。」

「でもいいの、あたしはいつまでも言ってくれるのを待っているから。」

「いつか必ず言うよ。世界で一番可愛い君とだけ、いつまでも一緒に居たいって。」

「だって、あんたのこと大好きなんだもの。苺タルトよりもずっと。」

「君のこと大好きなんだ。僕のアスカ、ずっと僕のアスカでいてほしいな。」


「・・・・・」

「・・・・・あの。」




『・・・・はい?』

『・・・・はい?』




・・・な、なに、今の・・・空耳・・・?

・・・なんか・・・とんでもない事が聞こえたような気がするんだけど・・・


・・・ア、あたし何か口走った・・・??

・・・なんか・・・勝手に口が動いちゃった気がするんだけど・・・



お互いの顔を伺う。

顔が真っ赤に染まって行く。シンジの手が・・・アスカの方に恐る恐る伸びた。
テーブルの上で、アスカの手が、シンジの手を絡みとめるように受け止めて・・・指と指が重なりあった。


『あ、あの・・・』

・・・こっ、これ以上何を言おうとしてるのよっ、あたしの口っ!!

『あ、アスカ・・・』

・・・だっ、だめだあっ。いっちゃ、だめだあっ!





「いまの・・・ほんとのこと・・・だよ。」


「あたしも、嘘なんか言ってない。本当のこと。ずっと言いたかった事。」


「いくじなしで、君にはとても相応しくなんかないんだけど・・・ずっと、ずっと言いたかった・・・僕のアスカって・・・」


「あんたは優しいから、嫌でもきっと嬉しいって言ってくれるだろうから。
だから、言えなかったの・・・こんなに、こんなに・・・好きなのに。怖くて。
あんたが嘘で言ってくれたのが分かるのが怖くて・・・」



涙が次から次から、瞳から溢れ出してくる。
両手でその涙をひっきりなしに拭いながら、アスカはまるで小さい子が、泣きじゃくるみたいに、
嗚咽をこぼしながらシンジの前で顔を手で覆って泣き続けた。


・・・気持ちいい。シンジの前で泣いちゃってるのに。
・・・こんなに、こんなにそれが嬉しい。不思議な気持ち。


シンジの手が、くりくりとアスカの髪を撫で回してくれた。
アスカは、大人しくされるままになっていた。
シンジの手をしっかり握りしめていた。


「僕・・・アスカを・・・い、い、一生・・・あ、あい、」


シンジは今頃になって薬がピークを迎えたようだ。アスカは泣きながらも、ほんの少し苦笑した。


「・・・まあ、いいわよ。白馬の王子様が日本にいた訳だし。」

「・・・え?なに。」

「ばかね。愛してるってこと。・・・あたしのシンジ。」


顔を・・・びしょびしょに濡らしたまま笑った。雨上がりの萩の花のように。

シンジはそっと・・・おそるおそる手を伸ばす。涙をためて自分に微笑む娘。
その青い瞳が・・・近付くに連れ、しだいしだいに閉じられて行く。


「お願い・・・そっと・・・花びらを落とさないように・・・」




ちゅっ・・・・・・   ほぅ。








ネルフ大深度地下:赤木科学研究所。(技術部長室とも言う。)



「これよっ!これよこれよ。ばっちりモニターできたわよぉ〜〜〜。最高っ!!」

「ミサト〜、あんたやってて空しくないのかしら?」


握りしめるようにしていたマグカップのコーヒーを啜る。天才赤木博士。


「これ、売れるわよう。相田君のルートで流しちゃいましょうね。ふ、ふ、ふ。」


興奮の余りエビスビールの缶を握りつぶす、天才指揮官葛城三佐。
バラ色に顔を染めた初々しい2人が微かなくちづけをしあった瞬間を何回もリプレイ。


「勝手にして頂戴。あ−、あの鬚も早く・・・してくれないかなあ。求婚。」

「あたしゃ馬鹿加持のことは、とっくにあきらめてるも〜ん!」


悪らつなシナリオを飽きずに執筆中の鬚男と、ハッキング中の無精髭男が、ネルフ本部の上と下で派手なくしゃみをした。




本音丸出し。どうやら薬が切れてからも、正直が癖になってしまうようだ。

正直って・・・・怖い病気だよな。






 


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この第3新東京シティーには有名なカップルがいて・・・

この2人は、エヴァンゲリオンと言う決戦兵器に乗り組んだ戦友同士で、当時まだ中学2年生だったという。

この2人はパイロット同士と言う必要上、一緒に住んで一緒の学校に通っている。
年頃の男女のことゆえ、すこぶる付きの仲良しでもある。

それどころか、2人は高校に入ってから後、お互いに告白も済ませる事ができた。
お互いが感じている、引かれ合っている気持ちを言葉にできた。

胸を、苦しい程ときめかせて、頬を染めながらお互いの気持ちを確かめた。
甘いキスも桜の花びらが舞い散る中で経験した。頬を合わせた時の熱さ。
めくるめく、柔らかな異性のくちびるを知っている。



シンジのくちびるが、白い首すじをゆっくりと愛撫してくれる喜びも。
抱き締められて髪や背を撫でられる時の、吐く息の切ない嬉しさも知っている。

それは背中から身体が溶けて行ってしまうような感じの、今までに経験した事のない幸せな気持ちだった。
寝ても醒めてもシンジの姿を目で追っている自分がいた。

シンジの匂いにうっとりして、膝の上で甘えたり、キスをねだるのも日常だ。


アスカを抱き締めると、喜びと一緒に、自分がとても強くなった様な気がする。
この儚気な、夢のように美しい恋人を、他ならぬ自分が一生守って行くのだという自覚に満ちてしまうから。
勉強もスポーツも彼程何でも一生懸命やる。
確かに僕は頑張ってる、アスカの為だもの。そして僕らの未来の夢の為だもの。
といってガチガチの優等生なんかになるつもりはないし、そんなのできっこない。
仲間と一緒に悪戯をしては立たされたり、可愛い恋人にひっぱたかれたりもしてる。

アスカといつか一緒になって、世界中を飛び回って一緒に仕事をしたい。
それが目下の僕の大きな夢だ。
アスカの求めに応じてキスをするのにも、やっと慣れて来た。





第3新東京シティーに行った事があるかい?

休みの日には、大きな荷物を一杯抱えて華奢な彼女に連れられて買い物をしている
彼を見かける事もできるだろう。
話し掛けてみるといい。
君達はイカリシンジくんとアスカラングレーさんですか、と。


「きみたち、正式におつき合い始めたんだって、おめでとう。」


2人は声も出せないくらい真っ赤になって俯いてしまうとおもう。
つまり2人は、嬉し恥ずかしの初々しい恋人同士、という関係なのである。


「ありがとう!」


まずシンジ君が言うだろう。


「えへへ。ありがと。」


そしてアスカさんが続けて言う。


「あんた、誰だっけ。何処かで会った事あった?」

「君たちのファンなんだ。これからもお幸せにね。」

「言われなくたって絶対幸せになるわよ。」

「うん、今もう幸せだしね。」


2人は顏を見合わせて笑った。でも、僕は知っている。
君たちにはもっともっと色々な試練も幸せも降り注いでくることを。



「じゃあ、またどこかで。」


そういって、2人を見送る。
復旧が終ったばかりのシティーの空が真っ青に晴れている事だろう。

 

 

 

 



 

アスカとシンジのいつもの話/2002-06-30/2008-02-05改訂こめどころ



Fujiwara Fanfiction より転載


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