学校帰り
Written By こめどころ
桜の花が咲き終わって葉桜になりつつある。
入学式が終わり、大学では学生がシラバス片手に頭を抱え、始業式の遅い高校生もそろそろ学校に通い始めた。
アスカとシンジの通う高校も、今日はオリエンテーションだけだったので、随分早く終わった。
ふたりが駅の階段を降りてくると、黄色い帽子の小さな子供たちの集団とすれ違った。
「わ、わわわ。」
あたふたとカバンを持った両手を挙げて子供たちを避けて背伸びをするアスカ。
そのまわりをぞろぞろと黄色い流れが行き過ぎていく。甲高い声が駅舎に響く。
黄色い花畑の真ん中で踊っているみたいなアスカを見て吹き出してしまうシンジ。
「なによぅ。笑うなんて!」
「ごめんごめん。今年の小学校の新入生達だねえ。」
アスカの様子に昔飼っていた犬を思い出す。結構強もての近所でも有名な大きな秋田犬だった。
ところがある日、隣りのうちの犬が子犬を産んだ。
生け垣の穴を通ってその怖いもの知らずの5匹の子犬たちはシンジの大きな秋田犬のところにたかってくるのだった。
最初のうちは、威嚇して近寄らせないようにしていたようだが、ある日ふと見ると子犬たちは彼の腹や背中にまとわりついたまま
安心しきって眠っていた。
そして、彼はというとあきらめきった表情でじっとしている。
シンジに気がついて彼は「くおーーーん。」と情けない声を上げた。
「何とかしてくださいよ、この細かい奴等。」
と言ったつもりだったのかもしれない。
普段無表情なシンジの笑い声におじさん一家も何事かと飛び出してきて、一緒になって大声で笑った。
秋田犬はふてくされたように、向こうを向いてしまったっけ。
シンジはそんな事を思い出して暫く声をかみ殺して肩を震わせていた。
「なんだってのよっ!まったく!!」
アスカはなぜ笑われているのか分からない。不機嫌そうに叫ぶとドカドカト足音を立てんばかりの勢いで、先に立って歩いていった。
「まぁーーったく、何で日本人ってのは、おそろいで集団で歩くのかしらねえっ。あんな細かい頃から・・・っ。」
その態度と台詞が更にシンジを笑わせるのだけど。
そのとき、ぱたぱたと黄色い帽子の子がもう一人駆け下りてきた。
きょろきょろと、あたりを見回している。どうもぼんやりしててみんなからはぐれてしまったらしい。
シンジが集団の行った方を見回すと、最後尾の子が今まさに、ロータリーの角のビルを曲がっていくところだった。
でも、小さな一年生の視界には到底届かなかったようだ。
見る見るうちに大きな目に涙がもりあがってくる。
バンバン!
いきなり重いカバンと手提げ袋を投げ渡された。
「え?」
アスカがもうその子のそばに走りよっている。
と思ったとたん、その子を小脇に抱え上げると、ダッシュでさっきの集団を追って走り始めた。
「はやいっ!」
シンジはあわててカバンや何かを抱え上げると、アスカを追って走り始めた。
シンジが角を曲がってさらに追いかけていくと、向こうの方で引率の若い先生にアスカが子供を渡しているところだった。
先生は恐縮してぺこぺこしている。
一年生たちが周りを取り囲んでいる。
たんぽぽ畑の中で、立っているように、シンジには見えた。
アスカは、身を翻してこちらに向かって駆け戻ってくる。目がニコニコしている。照れくさかったらしくて顔が真っ赤だ。
「お疲れ様、アスカ。」
「もう、手がかかってしょうがないわよね、小さい子っていうのは!」
シンジが差し出したカバンと手提げを引っ手繰るようにとって、髪の毛をバサッと振り払う。
「放っておくわけにもいかないしね。」
「そ、そうよ・・・。なんであんたがさっさとやってやらないのよっ。おかげであたしが・・・・。」
「わかった、わかった。」
「だから、なんかおごんなさいよ!」
「ええ〜〜っ。」
いつもの帰宅路を、ぽてぽてと歩いていく。
ソフトクリームを舐めて、ご機嫌のアスカ。
荷物はその間全部シンジが持っているのだ。
ずいっ。
顔の前に突き出される、ピンクと白のソフトクリーム。
「暑いんでしょ。ひ、ひとくちあげるわっ。」
「いいの?」
「食べるなら、早く食べなさいよ。溶けちゃうじゃないのっ。」
先っぽをぱくっと一口かみとる。
「あ、あーーーっ。こんなに食べたあっ。あんたには遠慮ってもんがないの?」
「だって、アスカが食べていいって言ったんじゃないか。」
「こんなに食べていいなんて、だれも言ってません〜〜っ。」
「わかったよ。わるかったよ。」
「わかればよしっ。だから明日もおごりねっ。」
にぱっと笑うアスカ。シンジはがっくりと首を落とす。
「は、はめられたっ。」
コンフォートマンションの下はグリーンロード地区になっていて、結構植物が植えられている。
その斜面に、冬の間耐えていた草が一面に茂っているのだが、今日の陽気に、一斉に花を開いていた。
小さなすみれの群落。木陰のカタクリの集団。
その一角に二人が良く立ち寄る空き地がある。
街路のバス停から20mくらい行ったところを、左にトウヒの生け垣を割って入る。
ほんの数mの間、低い3m足らずの雑木が幾重にか重なる中を身体を横にしてカバンを胸に抱えて通り過ぎる。
その向こうのぽっかりと周囲を木に囲まれた空き地にでる。
ここには、たんぽぽの大群生がある。ついこの間までは土筆がびっしり生えていた。
それをシンジがせっせと摘む。
アスカもそのうち面白がって摘む。
「こんな物が食べられるの?」
「まあ、いまは酒のつまみかなあ。でも油揚げを刻んでいれて甘辛にして炒めると、結構美味しいんだよ。」
「ふーん。今夜作るの?」
「そう、食べるのは明後日かな。あく抜きもするから。」
アスカは興味津々で袴脱ぎも手伝った。その後、胞子で手がみどりいろになって、散々文句を言われたけれど。
苦いと言いながらアスカはご飯を土筆だけで2杯も食べた。
その晩は遅くまで、ミサトの歓声が部屋の中に響いていた。
「うわあ、すごいたんぽぽねえ!この前まではつくしばかりだったのに。」
アスカが歓声を上げ、靴を脱ぎ捨てて、たんぽぽの上を飛びまわる。黄色いたんぽぽの絨毯の上でくるくると踊っているアスカは、
まるでさっきの小学生の中で踊っているように見えて、シンジは優しい気持ちでそれを眺めていた。
シンジはカバンを投げ出してこの小さな空き地に寝転がる。
その前は芝生がびっしり生えていたのにいつのまにか粗柴になり、たんぽぽやスギナが大部分を占めるようになった。
真っ青な空が視野いっぱいに広がる。
「奇麗な空。 まるで、アスカの目の色みたいだなあ・・・。」
その視野の中にアスカが顔をにゅっと突きだした。
「なに?なんか呼んだ?」
びっくりして、慌てて起き出そうとするとアスカに両肩を押さえつけられた。そのまま馬乗りになって、いたずらをする直前の顔になる。
「ふふふ、動けまい!」
かーっと顔が赤くなるのがわかって、シンジは思いきり腰を突き上げて、体を捻って逃れようとする。
だが、格闘技を身につけているアスカは、両腿でシンジの脇を挟み込んでびくともしない。
「無駄無駄ぁ!!きりきり白状せい!」
ぼくがこんなに意識してるのにアスカったらどうしてこんなに平気なんだ?恨めしくさえなるシンジだった。
「アスカの・・・目がさ。」
「うん。」
「空一杯に広がっているみたいで、とってもきれいだなって。」
「・・・・!」
今度はアスカが真っ赤になる番だった。
「ま、まあね・・・。あんたはどこにいても私の監視下にあるっていうか、さ。」
支離滅裂な事を言っている。そう思ったとたん、自分のしている格好が取っても恥ずかしい格好である事を意識する。
あ、あ、あたしってば・・・。
でも・・・。
アスカが突然真っ赤になって俯いてしまったので、シンジは困惑していた。恥ずかしいのはぼくの方じゃないか・・・。
でも、次の瞬間、シンジは今度こそ心臓が痛くなるような想いをした。
アスカの上半身が、自分の方に向かって倒れてきたからだ。
ぺったりと、制服のままのアスカが自分の上にかぶさっている。
シンジの目からはアスカの少し赤い金髪と、汗ばんだおでこしか見えなかったけれど。
アスカは、シンジの鼓動を聞いていた。どく、どく、と打つ拍動が、自分の心臓の音とかぶさっている。
すこしずつ、動いていく手がシンジの手のひらに触れたとたん、シンジの手はアスカの手の腹に合わせられたまま、ぎゅっと握られた。
そうして、もう片方の手も、同じように。
「はあ・・・。」
万感の思いを込めたため息が、ふたりの口から同時に漏れた。しかし、自分のため息と相手のため息が同じ意味だなんて事がありえる事だとは思っていないのがこの二人だった。
「な、なによっ。今のため息はっ!!私がそんなに重いって言うのっ!!」
「ア、アスカこそっ!! ぼくがおこちゃんだとかなんとか、また言うつもりだったんだろっ!!」
一転、怒鳴りあい。
「もうしらないっ!!シンジって最低!!」
「アスカのバカッ。すぐに怒って、もう知らないからなっ!」
カバンを掴んで飛び出していったアスカの後ろから罵声を浴びせるシンジ。
「小さいんだ・・・な。」
自分よりずっと小さいサイズの、きゃしゃな女の子用の靴。
シンジはそれを持って、ごそごそと通りに出る。
ちょっと先のガードレールに腰を半分かけるようにして、白い靴下のままのアスカがいた。
カバンを膝の前に持って、ちら、とこちらを不安そうに見る。
シンジは、苦笑いをしながら靴を持ち上げてみせる。
そして、アスカの白い靴下の前に黒い革靴を、きちんと並べて置く。
「ご、ごめ・・・。」
「ごめんっ!!アスカっ!!」
遮って先に頭を下げるシンジ。上げた顔がにっこりと笑っている。
アスカの胸の奥が、またきゅうっ、と音を立てる。
そして思わず自分も極上の笑顔を見せる。
「かえろ。」
「うんっ。」
ミサトはそんな二人の様子をさっきからずっとマンションのベランダから眺めていた。
アスカとシンジはどこからも見えていないと思っていたが、実はあの空き地はここから丸見えなのだ。
「やれやれ・・・・なーにやってんだかねえ、あの子達。抱き合ってみたり甘えてみたりケンカしてみたり忙しい事・・。」
こちらに向かって、指の先をつないで歩いてくる二人が見える。
「お姉さんには目の毒なのよねえ。此れが飲まずに・・。」
ぷしゅっ!!
「いられますかって。」
まあ、いい飲む口実ができたというものですな。ミサトさん。
あの空き地がこのマンションから丸見えだって言う事にシンジとアスカが気がついたのは、
何と二人が結婚してミサトのところに遊びに来た時だったそうで。
めでたしめでたし。
学校帰り:おわり
あとがき:
いったいこのSSは何を書いたのでしょうか・・・・。(@@)??
特に何の事件もない。ある日の帰宅路の出来事を並べただけ。
いちおう開設お祝いで書いたのですが・・・・。お祝いになるのでしょうか?
Parlさん、HP開設おめでとうございます。
あなたの開設記念SS「桜の花が舞う夜に」を読んで、じゃあ、この二人はいつもどんな暮らしをしてるのかとつい思ってしまいまして、
筆の向くまま書いてしまいました。
春になって、またEVAーSS界に新しい息吹が・・・。Parlさん、これから先、期待しております。頑張っていっぱい作品書いて下さいね。
こめどころ
チルドレンの座談会
レイ :「こめどころさんから、投稿作品『学校帰り』を頂いたわよ。 このサイトへ初めて投稿作品を掲載できたわ」
カヲル:「それは、めでたいねぇ。 投稿は、リリンが生み出した文化の...」
レイ :「やめなさい。 いつもそればかりで、芸が無いわ」
カヲル:「......」
いじけているようです。
シンジ:「あ、あの...作品について話した方が良いんじゃないかな」
レイ :「それもそうね。 碇君はどうだった?」
シンジ:「うん。 なんか、暖かくて良かったよ」
アスカ:「そうね。 平和になったあと、アタシ達が幸せそうに暮らしているのは、ナイスね」
シンジ:「アスカ。 アスカも気に入ったんだ」
アスカ:「まあね」
カヲル:「芸が無い...しかし、あれは僕の存在意義...でも、飽きられている...だけど......ブツブツ」
アスカ:「それにしても、アンタって手が早いわね」
シンジ:「僕?」
アスカ:「そう、アンタ。 しっかりアタシのことをモノにしちゃってさ」
シンジ:「モ、モノにしたって?」
アスカ:「アンタ馬鹿。 最後にしっかり結婚したってあったでしょ」
シンジ:「う、うん」
アスカ:「結婚したってことは、アタシの唇とか、純潔とかも、アンタに奪われたってことでしょ」
シンジ:「ア、アスカ!! な、なに言ってんだよ!!」
レイ :「唇を奪ったのは、アスカの方よ。 暇潰しと言って、碇君を挑発してたじゃない」
アスカ:「レイ、アンタは黙ってなさい。 それより、シンジ、認めるわね?」
シンジ:「認めるって、なにを?」
アスカ:「アタシの唇や純潔を奪ったってこと。 認めるわね!!!」
シンジ:「は、はい!」
カヲル:「リリンの生み出した文化...これは、捨てられない...では、どうすれば......ブツブツ」
アスカ:「よろしい。 じゃあ、ここでは、アタシ達....その....あれって事よね」
シンジ:「???」
アスカ:「だ、だからさ...ここでは、ふ、ふふ、夫婦ってことなのよね」
シンジ:「え? あの、その...」
アスカ:「それで...その...夫婦らしくしたいなって...」
シンジ:「アスカ...うん、分かったよ」
アスカ:「じゃあ、お食事にします? それとも、お風呂にします?」
シンジ:「食事は、リスクが大きいから......お風呂にするよ」
アスカ:「分かったわ。 すぐ準備するね。 あっ、でもその前に......ただいまのキスを忘れていたわ(ニヤリ)」
シンジ:「え? むぐっ!!」
アスカさんが、シンジ君の唇を塞いでいます。
レイ :「やっぱり、唇を奪ったのは、アスカの方ね」
カヲル:「新たなネタ...僕の存在意義......ブツブツ」
<INDEX>